「どうも……」
「物資の補充を兼ねて応援に参りました」
サラによってエリカとアキラが送り届けられてから更に日が流れたある日、ルビア王国を二人の人物が訪れた。本人たち曰く『エクスクロス教導傭兵団の団長』と『リッカ商会の会頭』である。事前のアポイントはなかったわけだが、現地には両名を知る者もいる。すぐに確認が取れたためアッサリと入城許可が下ろされた。
「ブッハハハハ……! おま、ハルトか!? 何だその仮面!? ッハハハハ……!」
そうして現れたリオを見た弘明は、何の遠慮もなく指を指して笑った。それも無理からぬことで、別れた時は普通に素顔を晒していたのに、今は目元を覆う仮面を着けているのだ。
仮面キャラというだけなら既にホークがいるが、だからこその二番煎じ振りに笑いが堪えきれなかった次第である。
「坂田さん、あまり笑わないでもらえますか? 俺も好きで着けているわけではありませんので……」
笑われるだろうとは思っていたが、ここまで遠慮なく笑われるとリオとしてもイラっとくる。そのため、ついつい殺気を弘明に向けてしまった。言葉は丁寧で顔も笑顔だが、だからこそ余計に怖い。
「お、おう……。悪かったな……」
普段おとなしい奴ほど怒らせると怖い。リオはその典型例である。殺気をぶつけられた弘明は身を以てそのことを知り、気付いたときには謝っていた。
「フランソワ陛下の意向なんですよ。なんでも、エクスクロスの新団員に迎えた人物は仮面を着けているみたいじゃないですか?」
「それは俺のことですね。はじめまして、お二人とも。イオリと旧知なこともあり、プロキシア帝国から引き抜かれましたホークと申します」
壁際に立っていたホークが前に進み出て挨拶をした。リオとリーゼロッテも挨拶を返す。
「秘密裏に寝返った者は俺の他にもいるらしいんですが、ドグマを扱う俺に関しては遊ばせておく余裕がないとのことでしてね。とはいえ、プロキシア帝国との交渉締結前に寝返りがバレるのも上手くないため、こうして仮面で顔を隠すことになったわけです」
好きで仮面を着けているわけではないことを念押しして告げるホークであった。
「そうだったんですね。流石にそこまで詳細な情報は届いていなかったものでして……。それでも『エクスクロスの新団員は仮面を着けている』という断片的な情報は届いたわけでして、『いっそのこと共通の仮面を用意して、それをエクスクロス団員の証にしてはどうか?』という案が持ち上がったそうです。その間、私たちは国を出ており、そんな提案が為されたことすら知らなかったわけですが……」
リオは仲介役として、そしてリーゼロッテやアマリは使者一行として精霊の民の里へ赴いている最中に持ち上がった話だ。これでは関与する術がない。
その一方、亜人族輸送の兼ね合いからオーフィアとアルマはガルトゥークに待機しており、同性・同年代ということもあって美春や亜紀との仲を深めていた。……なお、ラティーファはリオにくっついて里帰りしていた。
そんな折、北方の情報を仕入れたフランソワが美春たちへ相談を持ち掛けたわけである。
偽装のアーティファクトの効果は確かなものだが、素顔を晒していることには違いない。夜会でヘキサグラム精霊国の王としてリオをお披露目することは決定事項なわけで、それすなわちエクスクロス団長の素顔を晒すことでもある。そして髪色の違いだけでは、リオとハルトを結び付けるのは難しくない。
そんなことは元より承知の上での方針だったわけだが、隠せる可能性を上げられるならそれに越したことがないのも事実。
そんな時に、アイマスクを着けたエクスクロスの新団員、マラカイトの情報がフランソワに齎されたわけである。フランソワが国王ということもあるのだろうが、身近なところに顔を隠しているような人物などいなかったために、『顔を隠す』という単純にして明快な方法に思い当たらなかったのだ。
団員の共通項に『アイマスクを着けている』という特徴があれば、それはそれで名を売るための一助になるだろう。元より実力は確かなのだから尚更だ。
ついでだから仮面の方にも正体偽装の効果を付与してもらえれば、二重の意味で相手を騙せる。身体がブレて見えるなどの軽い幻惑効果でもいい。名が売れればそれを騙る者が現れるのは道理であり、その対策にもなる。
「坂田さん一行もおらずシャルロット王女たちもおらずでは、フランソワ陛下の相談相手も自ずと限られるようでして……。加えて俺に関与することでもありますので、美春さんたちに相談相手として白羽の矢が立ったみたいです。陛下の方は分かりませんが、美春さんたちの方は単純に心配が先に来ての同意だったみたいで、そうなると俺もアマリさんも断り切れませんでした。また、仮面の作成には腕利きの鍛冶師でもあるドミニクさんが思いの外乗り気になり、結果的には上等な代物となってます」
頑固な一面もあるが、基本的にはリオもアマリも人が好い。そういう理由があるのなら、断り切れなくても無理はなかった。
「ところで、イオリやサラさんはどこに?」
キョロキョロと室内を確認したリオは、両名の不在について訊ねた。
「イオリ兄ちゃんたちならシルヴィ王女様に同行してるぜ」
「イオリ君、アリア君、サラ君は此度の逆撃の主戦力と化しているからね。彼らの少数精鋭振りと神出鬼没さが、国力差を覆した威圧外交を可能にしていると言ってもいい。プロキシアの交渉官も初めのうちは強気な態度で交渉に臨んでいたそうだが、最近は専ら弱腰になってきているらしい。徐々に徐々にと属国や領土が削られているのだから無理もないが……」
「簡単に言えば立っているステージが違うからな。一騎当千なんて言葉があるみたいに、独りで軍勢相当の働きを示せる人物もいるところにはいるもんだ。イオリを一騎当千とするなら、残りの二人は百人規模、シルヴィ王女だって十人規模の実力は持っている。そんな奴らが狙い所を吟味した上で固まって動いているんだから、そりゃあ大国のプロキシア帝国だって削られるさ。中心層は厚いにしろ、末端はそこまででもないからな。加えて言うと、堅固な防壁も飛び越えられたら意味がない。結果、支配域を削られた国民は不安に思うし、他国には侮られる。それが風評となってプロキシアを追い詰めている。ここまでくると、プロキシアは折れるしかないさ」
雅人、ユグノー、ホークがリオの質問に答えた。
「そうですか……。では、ホークさんでしたよね? 団員の証としてこちらの仮面をどうぞ」
どこからともなく仮面を取り出したリオが、それをホークへと差し出す。
現在のリオは時空の蔵を所持していることを隠していない。もちろん大っぴらに明かしているわけではないが、入念な秘匿を心掛けているわけでもなかった。レアな代物の所持は、それだけで人脈なり実力の高さを表すからだ。
実際、リーゼロッテはエクスクロスのスポンサーを表明しているし、フランソワもフランソワで大型のブラックワイバーンを単独討伐してみせたイオリに対し名誉騎士の称号を授与している。無論、イオリの通称は『菫青石の術士』であり、家名はアイオライトだ。もっとも、それ故に事情を知らぬ者にはイオリが団長だと勘違いされているのがエクスクロスの実情だったが。
かといってリオが侮られているかと言えばそんなことはない。装備・装飾品の上等さや実力で言えばリオも大したものだからだ。
「謹んで受け取らせていただきましょう」
リオから仮面を受け取ったホークは、それをマジマジと見つめる。
「へえ? 本当に正体の偽装と軽い幻惑効果を付与しているんですか。いやはや、これの作成者は大した腕だ。……現在のシュトラール地方ではこれの自作は不可能です。遺物の中には存在するかもしれませんが、数を揃えるのは難しい。しかし、都合よく数が揃っているのだから自作以外にあり得ない。……亜人族を抱えるヘキサグラム精霊国でしたか。今しがたの時空の蔵といい、大国たるガルアーク王国が繋がりを深めようとする理由が窺えますね。いきなりの亜人族保護はそのためであり、そのきっかけとなったのが団長であると……。納得です」
エクスクロスの団員ではあるものの、当然ながら現在のホークが知る情報は限られている。リオの抱える裏事情など知る由もないが、諸々を具に観察していれば見えてくるものはあった。
「んで、実際どこまで聞いてるんだ? いや、どこまでの情報が届いている?」
可能な限り定期的に情報は送っているが、遠方ということもあり、どうしたってその間隔は空いてしまう。飛行船は移動するには便利だが、その分だけ費用が嵩む。情報を送り届けるためだけに使用するなど以ての外だ。タイミングさえ合えばリッカ商会が物資補充のために帰る時に預けたりもするが、基本的には陸路となる。
「俺たちが陛下から聞いたのは、それこそホークさんのことくらいですが……」
「なるほど。やっぱ電話やメールがねえってのは不便だな。通信機自体はあるようだが、相手を限定することは出来ねえようだから使いどころが難しい。……端的に言やあ、そっから色々と進展している」
「まず一つ目。勇者様の消息が分かった。一人は既に私たちと合流している。もう一人の方は確証こそないが可能性は高いと踏んでいる。タイミングを見て王城へと呼ぶ手筈になっている」
ユグノーの口から齎されたのは大きな進展だった。
「な……!? 既にそこまで進展しているのですか!?」
思いがけぬ重大情報に、リオもリーゼロッテも驚愕を隠しきれない。
「うむ。まあ、多分に運が良かったのも事実だがね」
そう前置きして、ユグノーは勇者についての情報を語った。
それを聞けば、確かに運が良かったとしか思えない。
既に合流しているエリカの方は、婚約者であるアキラの言葉が通じないこともあり、住まわせてもらっていた村でも余所者扱いだったそうだ。まあ実際に余所者であるわけだが、その国の政情を鑑みると危うかったのは事実だ。間違いなく移民としか思われていなかっただろうし、ちょっとしたことで状況は悪くなっていただろう。
もう一方のレンジという冒険者の方については接触タイミングを計っているみたいだが、確かにその方が妥当だろう。
ヴィルキス王国に派遣したリッカ商会員からの情報によると、聖地を破壊した下手人と思しき人物が、役人や正規兵を殺傷して逃げたらしい。情報を提供してくれた付近の村人によると、名はレンジ。冒険者としての登録タイミングを合わせて考えると、流石に偶然の一致で片付けるのは無理がある。間違いなくヴィルキス王国から逃げてきたのだ。
だからこそ、相応に警戒している筈だ。同じ勇者である弘明が『北方に召喚された勇者の行方を追っている』という情報は広く流布してあるそうだが、元からの知人でない以上、同郷とはいえどこまで警戒が薄れるかは分かったものではない。
とはいえ、その割に首を傾げざるを得ない部分があるのも事実だが。冒険者活動は生活の糧を得るためだとしても、そのような経緯があるのなら偽名を使う方が妥当だと思えるからだ。
その一方で、敵国だから敢えて名前を変えていないという可能性もあるし、偽名を使ったところで違和感なく行動できるかという危惧があるのも確かだ。リオの場合、前世の名が春人だからこそ、ハルトを偽名として使用している面があるのは間違いない。呼びかけられても自分のことだと反応できないのであれば、むしろ偽名を使う方が悪手だ。
そこら辺の真相がどうあれ、冒険者という面からのアプローチの方がまだマシであるのは事実だろう。討伐系の依頼に関して着実に実績を積み上げているのは確かなようだし、であるならば姫騎士と謳われるシルヴィが興味を持ってもおかしくはない。
「そして最後に、ルシウスなる男の情報が手に入った」
「ッ……!?」
その言葉に、リオは思わず息を呑む。
「もっとも、現状ではそれが君の探している相手なのかまでは確証がない。部分部分で見れば、可能性が高いのは間違いないのだがね」
「こちらで手に入れた情報によりますと、ルシウスなる男は『天上の獅子団』という傭兵団の団長とのことです。確かな実力を持ちながらも、勝つためにはどのような手段も辞さないため、その強さを慕う者が多い一方で批判する者も多いそうです」
「現在、我が国の捕虜にパラディア王国の王子がいますが、現在はそのパラディア王国が天上の獅子団と専属契約を結んでいるとのことです。もしよろしければ面会の場を取り持ちますが?」
「お願いします」
エステルからの提案に、リオは迷うこともなく即答したのであった。