「ルシウスを知っているかだと?」
「はい」
エステル王女の協力によって成り立ったデュラン王子との会談の場――もっとも、便宜上は尋問である――で、リオは真っ向から質問をぶつけた。
「ふむ……。貴様の言っているルシウスが天上の獅子団の団長を指しているのであれば、確かに知っている。実際がどうあれ尋問という名目を取っている以上は答えるのも吝かではない」
怪訝そうな表情を浮かべたのも束の間、デュランはすぐさま鷹揚に頷いて答えた。
「しかしだ。それを答えたとして私に何の得がある? 現状、私は待遇の改善を求めてはいないし、かと言ってそちらも改悪という手段は取れないだろう?」
「………………」
優雅な笑みを崩すことなく、デュランはエステルを見やった。対するエステルは答える言葉を持たない。
「確かに私は貴国の軍と相対した結果として捕虜になったが、我が国が貴国と敵対しているかと言えば厳密には異なる。互いに敵対するに足る理由はあるが、積極的に敵対する理由は薄い。それが現実だと私は認識しているが、あなたは違うのかな? エステル王女」
「…………はぁ。どうやら誤魔化せないようですね。ええ、確かにあなたの言う通りですよ、デュラン王子」
誤魔化しきれないと悟ったエステルは、深々と溜息を吐いてそれを認めた。
プロキシア帝国はルビア王国が敵対しているガルアーク王国の同盟国だからこそ攻めてきた。敵の仲間=敵という理屈で攻めることが出来た。
パラディア王国は同盟国であるプロキシア帝国に参陣を請われたから兵を出したが、積極的にルビア王国と敵対する理由はない。
そしてルビア王国は、侵攻を跳ね返すことができたし、今現在も逆撃に成功しているが、イオリたちの働きが強いのは否定できない事実だ。
言ってもルビア王国は小国なのだ。単純な国力で比較すればプロキシア帝国とは雲泥の差がある。持久戦に持ち込まれたらまず耐えきれない。ましてヴィルキス王国という敵国を抱えているのだから尚更だ。
ヴィルキス王国も小国だし、今現在は勇者の弘明を抱えたフローラ一行がルビア王国に滞在している。それが抑止力として大きく寄与しているのは否定できない。
そして、現状では北方に召喚された勇者の一角であるエリカを保護した事実を大々的には公表できない。勇者の意向に対し真っ向から対峙できるのは、同じ勇者だけなのだ。だからこそ、ルビア王国がエリカの擁立を表明すれば、他の国は躍起になって最後の一人と目されているレンジを探すだろう。それを抱え込む相手次第では目も当てられない結果になる。少なくとも、ルビア王国と、北方に新たな国を構えるフローラたちと協調できる相手でなければならない。
しかし、最後の勇者がレンジだと目星こそ付いているが、未だコンタクトを取れていないのが現状だ。必然、その思惑も分からないし、レンジが本当に勇者だという確信も持てずにいる。
その一方、イオリたちにしろフローラ一行にしろ、あくまでも一時的な滞在であり、それぞれの思惑があって協力してくれていることに違いはないのだ。
双方がルビア王国から去ってしまえば、現時点では静観している国も動き出すだろうし、だからこそそれを見据えた動きをする必要がある。
捕虜に対する待遇はその一つだ。属国、属領の者に対してならばともかく、独立を保っている国の者が相手ならば、待遇次第で決定的な敵対を回避できる可能性が捨てきれない。
そんなルビア王国の思惑を、デュランは見切っていたということだ。
「エクスクロスに恩が売れる。何せ、こちらの人物はエクスクロスの団長だからな。……それでは不服か? 友よ」
そこに口を挿んだのは、仮面を外したホークだった。
「ほう? ルビア王国に寝返ったということか? 友よ」
「その言い方は正しくないな。俺を引き抜いたのはあくまでもエクスクロスだ。ついでに言えば、仮面を着けている時の俺はエクスクロスの団員、マラカイトだ」
それを聞いたデュランはエステルへと視線を移す。
「事実です。我々が直接雇ったわけではありませんが、エクスクロスの功を鑑みると、流石に何も返さないわけにはいきません。その一方で、功が大きすぎて何を以て返せばいいのかも判断付かないのが現実です。素直に聞いてみたところ、彼の身柄の引き渡しと拠点の提供を持ちかけられた次第です。……まあ、それだけで足りるとは思っていないのも事実ですが」
「そのけったいな仮面はそれ故か。……私が未だに解放されていないことからも、プロキシアとの交渉が締結されていないのは間違いない。そんな状態で、貴様が素顔を晒して堂々と出歩けるわけもあるまいな。素顔を知る者は知っている故に」
ホークがアイマスクを着けていることに関し、デュランは納得した。また、その心中で思考を巡らせる。
日増しに世話役の所作に喜びが表れていることを鑑みれば、大方プロキシアに逆撃を仕掛け、それが上手くいっているのだろう。あの一戦でプロキシアが受けた被害は、全体的に見れば然程ではなかろうが、局所的には甚大だ。そう簡単に戦力を整えられるわけがない。
だからこそ、目論見を覆されたプロキシア帝国がルビア王国に対し誅伐の軍を向けようと考えても、その実行は難しい。あの戦に参陣した多くの者が死に、多くの者が捕虜となった。プロキシアが戦の内容についてどれだけの情報を得ているかは分からんが、その事実は覆しようがない。
下手に数だけ揃えたところで、また一蹴される可能性は否定しきれない。では少数精鋭を向けるか? 出来なくはないが、それで仕留められる保証もまた無い。試すだけ試してみる可能性はあるが、それで効果が出なければ、それこそ取れる手段は限られてくる。先の戦以上の数を揃えるか、本当の意味での少数精鋭をぶつけるかだ。いずれにせよ大きな博打となるだろう。
あのアイオライトとかいう傭兵はまさしくジョーカーだな。一緒にいた二人の女も大した腕前だったが、こと殲滅能力という点ではアイオライトに及ばんだろう。そして、あくまでも突出した個人戦力であるが故にその動向を掴むのは難しい。敵国なれば尚のことだ。
つまり、プロキシアはアイオライト――正確にはエクスクロスに翻弄されることになる。
そんなエクスクロスの団長がこの男だという。見た目は少年と言ってもいい年頃だが、年齢と実力がそぐわないことなど珍しくもない。であるならば、確かに恩を売ることも一興ではあるのだが……。
「我が国が天上の獅子団を雇っているのは、まさしくその戦闘力が必要であり、精強さを買っているからだ。天上の獅子団は団長であるルシウス自身が戦を求めている故に、高い戦闘力に比して安く雇えるのが魅力でもある。然るに、容易に天秤を傾けることなどできんな」
瞑目したままデュランは語る。
「とはいえ、あのアイオライトとやらの実力を鑑みれば、その所属する傭兵団の長に恩が売れるのは確かに悪い話ではない。だが、腕っぷしが物を言う傭兵団とて、商売であることに違いはない。なればこそ、単純な戦闘能力ではなく、交渉能力や人望の高さから団長の座に就いている可能性も否定は出来んのが事実。ただの傭兵団ではなく教導傭兵団を名乗っているなら尚更だ」
「まあ、そうですね」
「であろう? だからこそ、まずは私の知るルシウスが、団長殿の探すルシウスと同一人物であるか否か、まずはそこを確認しようではないか。同一人物であった場合のみ、条件を詰めていけばいい」
デュランの提案は尤もだった。現状のリオは、デュランが指すルシウスの外見情報すら知らないのだ。まずはそこを確定させるのが第一なことに違いはない。
その助けとなる情報の提供こそが、デュランの売る恩なのだろう。
「御尤もです。判断材料を提供していただける見返りとしては、貴国内に棲息する魔物の巣の殲滅をお約束したいと思いますが如何でしょう? もちろん、ずっと拘束されるのはこちらも困りますので、そこに関しても後ほど詰める必要はありますが……」
「悪くはない。気を抜けばどこにでも巣を張るのが魔物だからな。新米共の実戦相手として重宝しているのも事実だが、その一方で間引きに兵力を割かれているのも事実だ。正味な話、小国でこれは致命的よ」
「横から口を出して恐縮ですが、場合によってはその魔物素材をこちらで買い取らせて頂きたいのですが?」
当然と言うべきか、そこに商機を見出したリーゼロッテが口を挿んだ。
どこにでも棲息しているのが魔物だが、その一方で一定地域にしか棲息しない魔物もいる。ありふれている現地で安く買い、珍しい遠方で高く売る。それもまた立派な商売だ。
「あなたは?」
「申し遅れました。私、ガルアーク王国に居を構えるリッカ商会の会頭、リーゼロッテと申します」
「ほう? あのリッカ商会の会頭か。我が国でもリッカ商会の品は人気があるが、如何せん正式な商通を結んでおらぬため、時折行商人が運んでくる物を買うしかない。必然的に高額となるし、品もてんでんばらばらだ。正式な商通を結べるのであれば、こちらとしてもそれに越したことはない」
リーゼロッテの口出しに、デュランは殊の外喜色を見せた。
「……と、その前に確認したいのだが、団長殿はそれが可能な実力を持っているのか? いやまあ、たとえ団長殿に出来なくとも、アイオライトなりを派遣すれば容易いことだとは思うが……」
「棲息する魔物にもよるでしょうが、十分に可能だと思いますよ。むしろ、自信がないのであれば初めから提案はしません」
「ベルトラム王国第二王女フローラです。これが参考になるかは分かりませんが、デュラン殿下は過日に我が国で行われたシャルル・アルボー公爵子息とセリア・クレール伯爵令嬢との結婚式についてはご存知ですか?」
「詳しく知っているわけではないが、パレードの最中に花嫁を拉致されたとは聞いている。下手人はかなりの腕利きで、警備兵は物の役に立たず、王の剣と謳われる人物を以てしてすら逃げられたとか……」
「その実行者が、こちらの団長です。彼とは元から知人だったこともあり、私が依頼しました。彼ならば出来るという確信もありましたので。もっとも、勇者様が召喚されたこともあり、以後の展開は当初の予定と異なっているのが実情ですが……」
無論、真実は異なるのだが、そんなことをデュランが知る由もない。
「……ふむ」
リッカ商会の会頭が成功を前提にした話を持ち掛け、ベルトラムの王女までもがその実力を認めている。むしろ、こうなると実力よりも人脈の方が気になってくる。その、仮面の下の素顔も。
「些か話がズレてしまったが、ルシウスについてだったな」
そうしてデュランはルシウスについて語った。それは多分にデュランの主観に基づいた情報ではあったが、そうして語られた外見的な特徴は、リオの知るルシウスと一致する。
リオが最後にルシウスと顔を会わせたのは、もう十年ほども前のことになる。それでも、その顔と声は一度たりとも忘れたことなどない。それほどまでに根強くリオに刻み込まれている。
復讐を最優先にして生きるつもりはないが、最優先でないだけで復讐を目的にしていることは間違いない。そのことをリオ自身が再認識した瞬間だった。
「ありがとうございます。お話を伺った限りでは、高確率で私の探すルシウスで間違いないでしょう」
「であるか。……して、団長殿がルシウスを探す目的は何なのだ? それ次第では解放後に顔合わせの場を取り持つことも吝かではないのだが……」
「率直に言えば仇討ちです。あの男は、俺の目の前で母を殺しました。ともすれば父をも手にかけている可能性もあります。……あの男は、父を喪った俺たちに親身に接してくれました。そのどす黒い本性を隠したままで。だからこそ、余計に許せないんです」
「ふぅ……。おそらく、団長殿が今生きているのは、仇討ちに来た団長殿を返り討ちにすることを目論んでのことだろう。確実に叶う保証はないが、種を蒔いておいて損はない。あの男がやりそうなことではある」
言いながら、デュランは頭を悩ませた。
ルシウスを仇と狙う団長と、それを返り討ちにすることを目論むルシウス。それだけであれば場を取り持つのに不都合はない。双方の間では願ったり叶ったりで何の問題もないのだから。
しかし、その後の展開を鑑みた場合、デュランにとっては非常に困る。まず間違いなく双方は殺し合うのだから。
ルシウスが死ねば、彼率いる天上の獅子団を雇っているパラディア王国の戦力が減る。
団長が死ねば、リッカ商会とフローラ王女、そしてエクスクロスを敵に回す。
とはいえ、場を取り持たないなら取り持たないで、別の問題が生じかねないのも事実。
既にパラディア王国が天上の獅子団を雇っていることは明言してしまった。だからこそ、眼前の団長が隣国に雇われる可能性を捨てきれないのだ。先ほどのやり取りで、この穏やかな雰囲気の底にルシウスへのどす黒い憎悪が煮え滾っていることを確認してしまったのだから尚更だ。現状は理性を保っているようだが、いつ起爆するか分かったものではない。
こうしてデュランが囚われの身になっている間に、この団長が隣国に赴き、エクスクロスの団長だと名乗った上で『現在、デュラン王子はルビア王国にて捕虜になっている』とでも囁けばどうなるか? 間違いなくルビア王国はプロキシアの侵攻と迎撃の成功、その立役者としてエクスクロスの名を喧伝しているだろうから、信じる者は現れるだろう。加え、『天上の獅子団の相手は自分たちが受け持つ』とでも宣言すれば、開戦まで待ったなしだ。
「……分かった。捕虜の身から解放された暁には、顔合わせの場を提供しよう」
「感謝します。では、その際にルシウスに言っておいてほしいことがあるのですが、よろしいですか? 万が一にも無視されては堪りませんので……」
「そちらにしては尤もな危惧であろうな。して、何と伝えればいいのだ?」
「事実をそのまま伝えて下さい。かつてベルトラムで暮らしていたリオという男が、お前を母の仇として探している……と」
「承った」
最悪、エクスクロス自体が敵に回る可能性を鑑みれば、デュランの返答は限られていた。