精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

36 / 61
第35話

 結論から言えば、冒険者レンジは間違いなく勇者であり、彼はそれを隠し通すことができなかった。

 冒険者ギルドはそもそもが各国から委託されて設立された国際組織だ。端的に言ってしまえば、公共では手の回らない部分を代行させるべく設立されたわけである。

 如何に腕が立ったところで、礼儀がなってなかったり一定の学を修めてなければ、正規兵になることは出来ないのだ。定職に就けない荒くれ者がどのような行動を起こすかなど、想像するのは実に容易い。傭兵になるならまだマシな方で、大抵は街の掃き溜めに居を構える社会不適合者になるだろう。それを放置しておけば裏社会が形成されるのは間違いなく、だからこそ冒険者ギルドはその予防策にして救済策なのだ。もっとも、これは一側面からの見方でしかないのも事実だが。

 人間、誰も彼もがまともな教育を受けられるわけではないが、分野別に見れば十分な技能を有している者は少なくない。言わば実地で学んでいた状態にあるのだ。採用基準を低く見積もれば、そういった者たちも十分に戦力として機能し得る。

 その目論見は一定の成功を見たわけだが、その一方で国際組織というのは名ばかりであった。本部という名前を冠する組織こそ存在するものの、その機能を備えた拠点はどこにもないという有様だ。

 歴史上、一番最初に冒険者ギルドが設立されたのはシュトラール地方最西端に位置する『アルマダ聖王国』の、これまた最西端に位置する『聖都トネリコ』だ。そのため、一応はそこに建てられた冒険者ギルドが総本部という肩書を持ってはいる。しかし、他の都市に建てられた冒険者ギルドと緊密なやり取りをしているわけでもない。

 実際、冒険者ギルドが設立された経緯が経緯ということもある。聖都トネリコは人魔戦争発祥の地に建てられたのだが、その証拠となるのがトネリコに存在する迷宮(ダンジョン)だ。

 迷宮の全容は未だ知れていないわけだが、多種多様な魔物が棲息しているという、その一点だけは昔から分かっていた。そして、魔物を討伐すれば魔石が手に入る。魔物を倒す必要こそあるものの、魔石という資源が恒常的に手に入ることを示している。言ってみれば鉱山みたいなものだ。である以上、王家が管理するのは半ば当然であった。

 しかし、前述の通り、迷宮の全容は未だ解明されていないのだ。時を遡れば尚のことだ。そんな状態で万全の管理など出来るわけがない。

 結果、それが起こったのは半ば当然と言えるだろう。『迷宮(ダンジョン)厄災(カタストロフィ)』。迷宮から大量の魔物が溢れ出したのである。それはアルマダ聖王国に収まらず国の外へも広がっていき、人魔戦争の終結から復興の途にある各国へ混乱を齎した。

 当然、迷宮を管理していたアルマダ王国の王政府は国内外から責められた。そうなると、『迷宮の管理責任は負いたくない。しかし、迷宮から得られる魔石は懐に収めたい』と王政府が考えるのは妥当である。と言うより、当時の状況を鑑みると、迷宮から得られる魔石という資源なくして国家の運営は成り立たなかった筈だ。

 その解決策として生まれたのが『聖王』と冒険者ギルドである。

 冒険者ギルドの役目は、迷宮の魔物を討伐して魔石を回収する傍ら、常に迷宮内の魔物を間引くことで迷宮厄災の再発を防ぐこと。たとえ再発を防げなくても、常に間引くことで最初のそれより規模が弱まるのは間違いない。

 その一方、聖都を自治区として国から切り離し、迷宮の管理責任ごと聖王へと押し付けたのだ。旨味があるとはいえ、厄介事を押し付けられた聖王は堪ったものではないだろう。

 最初の冒険者ギルドがそんな経緯で設立された故に、冒険者に対する各国の見方は『厄介事請負人』、『魔物駆除者』、『迷宮挑戦者』という側面が強かった。

 また、ただでさえ人魔戦争を生き残った魔物が棲息していたのに、それに加えて迷宮厄災で溢れ出した魔物が大陸各所に広がり、巣を作った状況である。復興途上で被害を被ったこともあり、正規軍だけで対処できる筈もない。各国がアルマダを真似して冒険者という組織を立ち上げるのは当然と言えるだろう。

 そんなだから、冒険者ギルドというのは各国の独立独歩なのである。魔物という人類共通の敵の存在もあり同盟国同士で協調することもあるが、未来永劫続く関係など存在しないのもまた事実。それもあって協調関係も高が知れているのが現実だ。

 ギルド間でのやり取りが無いに等しいのだから、その業務は籍を置く国と直結する。実際、各々の国の役員が支部の業務の監督を行っている。である以上、冒険者とはいえ、それが他国のギルドに所属する者であれば、基本的には邪魔者でしかない。

 そして、冒険者になるには本部か支部のいずれかに加入して冒険者として登録する必要がある。そうしなければ冒険者としての仕事を受けることは叶わない。素材の買取くらいであれば登録せずとも可能だが、素材を持ち込むということは、討伐乃至は採集をしたということだ。冒険者であれば、たとえ依頼を受けておらずとも、持ち込み時点で該当素材の募集依頼があれば、その依頼を達成したという扱いにすることが可能だ。つまりは報酬も手に入るということであり、どちらが得かは考えるまでもない。

 その一方、必要分の素材が集まれば依頼が取り下げられるのは当然であり、所属冒険者にしてみれば飯の種が一つ減ることも意味している。同じ冒険者同士であれば、早い者勝ちということでまだ納得も出来るのだが、冒険者でない者にそれを行われては、余計な真似するんじゃねえ! となるのも仕方のない一面がある。早い話、所属冒険者の恨みを買いやすいのだ。リオはその典型である。

 そんな事情を踏まえた上で、だ。

 王城から冒険者ギルドを通し、レンジを名指しで登城するように要請があれば、ギルドにもレンジにも断る術などありはしない。

 更に言えば、討伐実績を鑑みれば王城にレンジの噂が届いていてもおかしくはなかったことや、招待主である第一王女が『姫騎士』などという二つ名を持っている武闘派だったこともあり、レンジ自身が危機感に確証を持ち得なかったことも一因である。

 そうして王城に赴き案内された先に待っていたのは、第一王女だけではなかったという話。とはいえ、レンジとて護衛の存在は考慮に入れていた。ガルアークだかベルトラムだかから来たという勇者のことも想定していた。ここ最近、国内にリッカ商会の商品が急速に充実し始めたことで、リッカ商会の関係者が王城にいるかもしれないとは考えないでもなかった。

 だがしかし。

 そう。だがしかし、それら全て――いや、それ以上の人員が第一王女と同席して自分を待ち受けているというのは、流石に想定外だったのだ。

 勇者の特典で異世界にも拘らず言葉が通じるが、それはあくまでも自動で日本語に変換されているだけなのだ。

 勇者であることを隠すに当たり、このことがいずれ不利に働くとは思っていたが、可能性で言えばそこまで高いものではないし、独力でこの世界の言語を一から学ぶには限度があった。

 だから、室内を見渡した瞬間にヤバいとは思ったが、気付いた時には後の祭りである。もはやレンジに為す術はなかった。

 どれだけ気を付けたところで、それが『元から日本語を話している』のか、『シュトラール語が日本語に変換されて聞こえているのか』を判断するのは難しい。時間が経つほどに集中力は欠如していくし、遠からずにボロが出るのは自明の理。

 それを理解した瞬間、レンジは降参した。つまり、自分が勇者であることを明かしたのだ。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「冒険者のレンジだ。――それとも、勇者の菊地蓮司と名乗った方が分かりやすいか?」

 

 室内の面々が名乗り終わった後で、レンジはそう返した。

 

「へえ、誤魔化さねえんだな?」

「誤魔化しきれる可能性が高いならまだしも、この状況ではな」

 

 揶揄する弘明に、蓮司は室内の面子を見回して答えた。ぶっちゃければいつもの面子なのだが、それは複数のシュトラール人と日本人が入り混じっているということだ。

 

「まあ、素直に認めるんなら話は早え。率直に訊くが、お前はヴィルキス王国のことをどう思ってるんだ?」

「……なに?」

「だ~か~ら~、ヴィルキス王国だよ! お前が召喚された国! ……噂にゃ聞いてるかもしれねえが、俺が北方に来た名分は召喚以降行方の知れない同胞――勇者を探してのことだ。んで実際に北方に来ていろいろと調べてみれば、両方が両方とも勇者にあるまじき扱いを受けていたときた。大抵の国が王権の根拠に六賢神を掲げ、そして勇者が六賢神の使徒とされている以上、それを見過ごすのは実際に勇者を掲げた国々にとって具合が悪いんだよ。もちろん、勇者の特権を享受する者にとってもだ」

 

 いきなりヴィルキス王国をどう思っているかを訊かれて困惑した蓮司だったが、続く弘明の言葉を聞けば理解することができた。

 

「勇者を召喚したのは聖石だ。ガルアークにベルトラム、そしてセントステラといった大国はその管理もきちんとしており、召喚された人物を勇者として認識することが可能だった。……一方、小国が乱立する北方地帯だ。片やリヴァノフ王国の山奥に召喚され、何故そんな場所に聖石があったのかの由来も定かではない。それに比べれば、聖石の安置されていたと思われる泉だか湖だかを聖地として扱っていた分、我が国と敵対するヴィルキス王国はまだマシなのだろうが、正確さを欠いている時点で片手落ちであることは否めない」

「……なるほど。聖石あってこその聖地だというのに、いつの間にか場所の方が神聖視されてしまったということか……。確かにヴィルキス王国の尋問官とかという男もそんなことを言っていたな。あの湖は国が定めた聖域の一つとかなんとか。光の柱が立った日に湖が枯渇し、その日に俺が村を訪れたということで、俺を下手人扱いしていた……。いやまあ、最初は容疑者程度だったかもしれんが、俺が答えなかったらいきなり下手人に格上げだ。少なくとも、聖石と勇者のことが国にきちんと伝わっていたのなら、見慣れぬ髪色と恰好をした人物だからといっていきなり不審者扱いはしないだろう」

 

 記憶を探るように眉間を揉み解しながら蓮司は言った。

 

「ヴィルキス王国についてだが、そんな経緯もあって不満の方が大きいな。そりゃあ召喚当初は右も左も分からなかったし、付近の村で唯一俺を受け入れてくれたレアという少女には感謝しているが、それだけだ」

「……決まりだな。現地に召喚された当の本人がそう言ってるんだ。ヴィルキス王国には、少なくとも現王権には六賢神の信徒たる資格なしだ。或いは聖石と勇者の関連性について伝えられていた可能性はあるが、見慣れぬ人物だからといって最初っから不審者認定するような人物を派遣した時点で判断ミスは明らかだ」

「いかがいたしますか、レンジ様? 事情を鑑みれば、あなたの正体を明かした上で告発すべきだとは思いますが……」

「様はいらん。ついでに言えば、正体を明かす気もない。気楽な冒険者稼業が気に入ってるんでな」

 

 シルヴィの提案を、蓮司は一刀両断に断った。

 

「お前の言うことは分からんでもないが、正直に言やあそいつも難しいんだわ。まだ公表してねえが、ルビア王国には勇者としてこちらの桜葉さんが協力することになっててな。いくら正体を明かすまいと、同国内に勇者がもう一人ってのは上手くねえ。端的に言えばパワーバランスってやつだ」

「俺には関係ない、とは言い切れないか……」

「ついでに言えば俺にもな。俺はベルトラムに召喚された身だが、どういうことかベルトラムには聖石が二つあったんだわ。おまけに政権争いの真っ只中。片やこっちのユグノー公爵と、片や本国で幅を利かせるアルボー公爵。当初ユグノーは俺とフローラを担いでアルボーに対抗しようとしていたそうだが、そうも言っていられない事態が起きた」

 

 そう前置きして、弘明はここ最近の異常事態について語った。無論、イオリのスマホで録画した新種を見せるのも忘れない。

 

「伝説に謳われる魔物であるミノタウロスと、この新種。ミノタウロスについては目撃証言だけですが、幸いなことにこちらの新種については御覧の通り映像に残っております。そして、いずれにしろこれらはどこにいてもおかしくはないのです。トドメに勇者の召喚です。最悪を考えた場合、これらが指し示すのは人魔戦争の再来です。……そんな状況下で権力闘争に明け暮れるのは愚の骨頂の他ならない。我らはそう判断し、ガルアーク王国のフランソワ陛下並びに勇者のサツキ・スメラギ様もこれを支持。我らが北方にやってきたのは、もちろん先の理由もありますが、普段からなかなか目が届かず、それでいて小国が乱立している故に状況の把握が難しい北方地帯の現状をどうにかするべくでもあるのです」

「小国とはいえ国が乱立しているのなら、中には暗君の治める国があって道理。そしてそんな国であれば、勇者の強権で正当性を批判することも可能となり、後釜にフローラ王女とやらを座らせることも出来るというわけか……」

「ご明察です。加えて折り良く勇者が見付かれば、勇者を掲げる国同士で協調。先の危惧を明らかにした上で、我らに従うように周辺各国に従うように呼び掛けます。素直に従うならば良し。従わないのであれば容赦なく攻め滅ぼします」

「ほう? 強く出るな」

「攻め滅ぼすのは本意ではありませんがね。しかし、伝え聞く人魔戦争の内容を鑑みると、悠長な真似はしていられないのです」

 

 ユグノーの言は間違っていない。古代魔道具の存在を鑑みると、現在の魔術やら何やらがいろいろと劣化しているのは否定できないのだから。

 

「ヘキサグラム精霊国……だったか? 最初は、なぜガルアークほどの大国が未開地に居を構える国と国交を? と思いはしたが、サラの実力を見た上で今の話を聞けば納得しかないな。少なくとも、精霊術には魔術とは異なる強みがあるのは確かだ」

「付け加えると、勇者の問題もある。分かりやすく言えば、勇者の強さってのは呪われた強さなんだよ。六賢神の使徒とされる割に、なぜか勇者は精霊との契約状態にある。つまり、勇者の使う術は精霊術なんだ。そして、精霊術を伝えたとされる六大精霊は人魔戦争を境に姿を消している。神装は勇者の意思で自在に出し入れが可能で、精霊も実体化と霊体化を行使可能だ」

「六賢神の使徒だから勇者が六人ってのは何の不思議もねえ。だがな? そこに今言った事柄が絡むと途端に不穏になる。俺たち勇者は謎の声からのアドバイスを受けることで、自分たちが勇者ということや神装の扱い方を知ったが、この声の主が六大精霊という可能性があるとは思わねえか?」

 

 弘明の言葉を聞き、蓮司と絵梨花は息を呑んだ。他にも衝撃を受けた人物はいたが、その度合いで言えば勇者当人である二人に勝る者はいないだろう。

 

「勇者と神装はセット。ならば、神装その物が六大精霊であり、だからこそ勇者は精霊との契約状態にあるし、神装も自在に出し入れが可能。少なくとも、そう考えることは十分に可能か……」

「神装の使い方を教えるのは勇者を成長させるため。そして結び付きを深め、いずれはその身を乗っ取るため。……そういう考え方も出来るということね?」

「ああ、そうだ。六賢神と六大精霊は同格と考えていいだろう。そして当時は人魔戦争の真っただ中だ。そんな状況であれば、同格相手でも――同格相手だからこそ騙し討ちも可能だったとは思わねえか? ……基本、契約ってのは公平なもんだ。だが、俺たちには契約したという自覚すらもねえ。その時点で、とてもじゃねえが公平な契約とは言えねえ。それは六大精霊側にも同じである可能性を否定は出来ねえ。そうなると、六大精霊がどうにか解放されようと足掻くのは無理もねえし、それが謎の声って可能性も十分にあり得るわけだ。もちろん、謎の声は六賢神の仕掛けって可能性もある。勇者が成長しないことには兵器としての価値なんざありはしねえからな」

 

 そこで弘明は深々と溜息を吐いた。

 

「無論、これは仮定に仮定を重ねた推測に過ぎねえ。だが、部分部分で考えると、頭っから切り捨てることも出来ねえんだわ。そして、だからこそ六大精霊を信仰する亜人族たちも協力することを決めた。この推測が事実で六大精霊を神装から解放できれば、亜人族にも十分に益があるからな。もちろん、俺たち勇者にとっても、勇者を掲げる国にとっても同じことが言える」

「勇者を掲げる国にとってもか? そこは正直疑問だが……」

「人魔戦争の伝説が正しいとして、真にそれと同じことが起こった場合、勇者に頼らないわけにはいかないでしょう? でも、菊地君はいつ暴走するかも分からない兵器に頼りきりになれる? 自分たちのことを兵器扱いするのは気持ちのいいものじゃないけど、つまりはそういうことよ」

「……なるほど。そう言われれば納得だ」

 

 蓮司は頷く。

 

「そこら辺を調査する上でも、もう少し世の中には落ち着いてもらった方が良いんだわ。その方法として俺たちが選んだのが、勇者を軸とした大同盟圏の設立だ。実際に勇者が召喚されてんだから、最悪の事態として人魔戦争の再来を想定するのは何の不思議もねえ。それに反発するってんなら、そりゃあすなわち人類の敵だ。集中砲火で攻め滅ぼされても文句は言えねえ。そうして危うくも一定の均衡を保っている間に調査を進めるって寸法だな。そしてこの方法であれば、各国各地にのみ伝わる情報を集約することもできる」

「そこを踏まえた上でだが……。菊地君、パラディア王国に移る気はないかい?」

「……なに?」

 

 突拍子もない問いかけに、再び蓮司は困惑するのであった。 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。