精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第36話

「ハハハハハハ……! これまた何とも愉快な提案を持ちかけてきたではないか!」

 

 耐えきれないと言わんばかりにデュランは呵々大笑した。その表情は笑みに歪んでおり、端正な顔が見る影もない。

 実際、デュランにしてみれば考えられないほどに好待遇な提案だった。

 まず一つ、勇者の一角であるレンジ・キクチの提供。もっとも、レンジ自身は基本的に表立つつもりはなく冒険者としての活動を望むとのことだが、それならそれで構わない。重要なのは自国に勇者がいるかどうかであり、そのことを国が把握しているかどうかなのだから。また、ガルアーク王国で行われる夜会には参加するつもりとのことなので、決して表立たないわけではない。

 第二に、勇者を掲げる国同士による大同盟圏の設立。勇者の召喚=人魔戦争の再来の可能性。なるほど、言われてみれば尤もだ。確証はなくとも可能性は捨てきれない。そしてこればかりは、事が起こった後で取り掛かっても遅いだろう。最悪を鑑みれば前以て備えておく必要がある。

 第三に、勇者を掲げることによる国土拡大の正当性。人魔戦争の再来という最悪の可能性を鑑みれば、まさしく人類が一丸となって事に当たらなければならない。そんな状況では小国の乱立など望ましいことではないのだ。

 まして北方に召喚された二人の勇者は、片や悪政に疲弊した地方村での暮らしを余儀なくされ、片や聖地破壊の下手人として扱われた。ガルアーク、ベルトラム、セントステラといった大国に召喚された勇者が召喚当初よりきちんと勇者として扱われたことと比べれば、まさしく雲泥の差である。

 その理由を突き詰めていけば、『情報が正しく保全されていなかったから』と言うより他にない。そしてそうなった原因を、『存亡激しい小国乱立地帯故』と言い換えることもまた不可能ではない。事実、大国ではきちんと情報が保全されていたのだから、その点を突かれると言い訳のしようがない。

 第四に、プロキシアに対して言い訳が立つ。六賢神の信徒としては、最大限に六賢神の使徒たる勇者を尊重しなければならない。である以上、同じく勇者を掲げる予定のルビア王国と、既に勇者の支持を受けているフローラ王女が建国予定の国に対して敵対する必要がない。同盟を理由にプロキシアが両国への攻撃を要請してきても、堂々と断ることが可能になるのだ。無論、それでプロキシアが同盟を破棄したならば、堂々と両国に味方するだけだ。

 ハッキリ言って旨味しかない提案である。ここまで好待遇だと裏を窺いたくなるところだが、そこは第二・第三の理由に集約されている。

 パワーバランスを考えれば、プロキシアに勇者を提供するのは悪手に過ぎず、かと言って一国で二人以上の勇者を抱えるのもまた悪手。そうなると、どこか都合のいい国に掲げてもらいたいのが両国の本音だろうが、小国が乱立している北方地帯故にゆっくりと吟味している余裕もない。それ故に、同じ小国であるパラディア王国に白羽の矢が立ったのだろう。その大きな理由としては、デュランが捕虜となったことで多少なりとその人柄が知れたからか。

 

「良いだろう! そも、これだけの好条件、パラディアとしては断る理由もない!」

「交渉成立だな。いや、正直に言って助かった。これで断られていたら、また面倒なことになるところだったからな」

 

 デュランの返事を聞いたシルヴィは安堵の息を吐いた。そして、続ける。

 

「では、早速本題に入ろうか」

「うん? 今のが本題ではなかったのか?」

「本題と言えば本題ではあったがな。貴公は捕虜という立場故に、身代金がこちらに届かない限りは母国へ引き渡すことも出来ないのが実情だ。その上で、夜会への参加を含めていろいろと時間が差し迫っていることも事実なわけだ。そんな状況下、ハルト団長にしろリーゼロッテ会頭にしろ、ただ貴公の身が解放されるのを待っているのは時間の無駄でしかない。……それは理解いただけると思うが?」

「なるほど。要はこの俺に一筆用意しろというわけだな?」

「まあ、そういうことだ。団長と貴公の契約、リッカ商会とパラディア王国との契約、どちらにしろ必ずしも貴公が同席する必要はあるまい。同席した方がスムーズに事が運ぶのは間違いなかろうが、先述の通り予定が詰まっている。貴公に文を用意してもらい次第、先んじて取り掛かるとのことだ」

 

 シルヴィの言にデュランは頷いた。

 ルシウスの件はともかく、魔物の巣の殲滅に関しては必ずしもデュランが同席する必要はない。それはリッカ商会とパラディア王国との商通に関しても同じことだ。まあ、団長の戦いぶりを己が目で見物できないのは残念ではあるが、それはデュランの個人的感情に過ぎない。重要なのは事が遂行されることである。

 

「そういうことであれば、喜んで書かせていただこう」

 

 そう答えたデュランだが、言葉とは裏腹に僅かながら残念そうな表情を浮かべていた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「いやはや。参りましたね、どうも……」

 

 ところ変わって。

 そう深々と溜息を吐いたのはプロキシア帝国の内政官、レイス・ヴォルフである。

 ここ最近――特に勇者の召喚に前後して物事が上手く運ばなくなっている。無論、それが当然であるのは理解しているし、普段は納得もしているのだが、それが覆りそうなほどにはケチが付いている。それがレイスの感想だった。

 

「一番最初は……やはりシャルルとセリア嬢の結婚式ですかね……?」

 

 どこからケチが付き始めたのかを考えた場合、真っ先に思い浮かぶのがそれだった。

 所詮は他国のこと。プロキシア帝国には直接の痛手はない。しかしその一方で、手を結んでいるアルボー公爵にとって痛手となったのも事実である。それはベルトラム王国でアルボー派と政権闘争真っ只中であるユグノー派を勢いづかせることに繋がるし、ベルトラムとガルアークの同盟破棄というこちらの目的にも支障が入る。

 

「それは旨くないと思い、ユグノー派やガルアーク王国にも痛手を被ってもらおうと行動したわけですが……」

 

 それにもまたケチが付いた。

 途中までは上手くいっていたのだ。大型のブラックワイバーンを嗾けたことで、危機感を覚えたユグノー派やリッカ商会はこちらの狙い通りにノワの町へと魔導船を緊急着陸させた。

 ノワの町からリッカ商会の本拠が置かれているアマンドまでは陸路でもそう遠くない。ブラックワイバーンが原因である以上、事態が鎮静化するまでノワの町に待機するとは思えない。彼女らの立場を鑑みれば、たとえ魔導船を置いていくことになっても陸路を強行するだろう。

 レイスはそう踏んだのだが、現実にはそうならなかった。

 

「いつかアマンドに混乱を齎そうと仕込んでおいたレヴァナントはその大半が駆逐されており、それに気を取られている間に今度はブラックワイバーンが仕留められてしまいましたからね……」

 

 レヴァナントにしろブラックワイバーンにしろ、今のシュトラール人では仕留めるのが難儀であることに違いはない。だからこそ全滅は免れたものの、レヴァナントがその数を大きく減らした事実をそう簡単には受け止められなかった。

 もっとも、難儀であるだけで、不可能ではないのも事実。実際、結婚式場からセリア・クレールを拉致した精霊術士であれば十分に可能だろう。

 

「結果、想像以上に思考を割いてしまったのが失敗でした……」

 

 誰がやったのか? それほどの凄腕がアマンドにはいるのか? そういった諸々を考えている間に、ブラックワイバーンが仕留められてしまったというわけだ。

 仕留められただけならまだしも、その方法が分からないのが痛い。どうにか仕留めた者の姿を確認することは出来たが、それがまた別の問題を生んだ。

 

「まさか、ブラックワイバーンの討伐者とセリア・クレールを拉致した精霊術士が仲間だったとは……」

 

 いやまあ、本当に仲間であるかどうかまでは分からないが、少なくとも交友関係にある知人であることに間違いはないだろう。遠目ではあったが、両者が気安い様子で手を振り合っているのは確認できたのだから。

 もっとも、レイスが確認できたのはそれだけだ。そこで誰かに見られていることに気付き、確実に逃れるために転移結晶を使ったわけだが、それ故にそれ以上の確認が出来なかったのだ。

 

「そこから暫しの間は問題らしい問題も起こらなかったわけですが……」

 

 それが油断に繋がった。考えすぎかもしれないが、そう考えるのは決して不可能ではない。

 ベルトラムにしろガルアークにしろ、プロキシアからは距離がある。遠方なのだ。だからこそ、北方地帯に姿を現すことを想定しきれなかった。端的に言えば、そんなことをする理由が思いつかなかったのだ。

 

「討伐者と精霊術士と契約精霊……。いずれも難儀な相手ですが、特に討伐者の情報が不足しているのが痛かったですね。おかげでうかうかと探りにも行けず、後手を踏むことになりました」

 

 おそらく、討伐者は精霊術士ではない。契約精霊の気配が感じ取れなかったからだ。まあ、終始霊体化していただけという可能性も捨てきれず、断言は出来ないわけだが……。

 しかし、だから討伐者は得体の知れなさが際立つ。一般的な魔術士では単独でブラックワイバーンを討伐することなど不可能の筈なのだ。可能だとすれば、それこそ腕の立つ精霊術士か、ある程度育った勇者しか考えられないわけだが、僅かに観察できた範囲では、討伐者はそのいずれでもないのだから。

 結果、レイスは慎重を期して距離を置くことを優先した。そもそもにして他にも色々とやることがあるのだから、いつまでもかかずらってはいられないのだ。

 

「現状、如何に大国とはいえ、ベルトラムはプロキシアの敵足り得ません。王は凡庸。それを補佐する有能な臣下は揃っておりますが、有能であるが故に凡庸な王はその手綱を握りきれない。これでは真価を発揮できるわけもありませんからね……」

 

 それが確認できたから、狙いをガルアークに切り替えた。ベルトラムとの講和も、そのための一手でしかない。言ってしまえば、ベルトラム内部における政権闘争を過熱させるのが狙いだ。

 

「まあ、まさか次代のデキがあれほどお粗末とは思いませんでしたがね」

 

 それによって足を引っ張られている面があるのは否定できない事実だ。

 

「ベルトラムと講和を結ぶことでその分の戦力を浮かし、内のいくらかをガルアークとの国境に向けることで圧力を強めた。そうなればガルアークの目が北から逸れるのは必定。その間にガルアークの同盟国たるルビア王国を秘密裏にこちらへと寝返らせる。――途中までは上手くいっていたんですがね……」

 

 だが、失敗した。

 ルビア王国に脅しをかけるための侵攻が失敗した原因の大部分は件の討伐者が参戦したことだが、ルビア王国の声明によると彼の人物は傭兵らしい。エクスクロス教導傭兵団とやらの一員で、名はアイオライト。

 北方に訪れた目的は、召喚されたものの行方が知れない二人の勇者を探して。

 同じく召喚された勇者を掲げるベルトラム王国ユグノー派とガルアーク王国の利害が一致した結果、ブラックワイバーンを討伐したその実力をガルアーク国王フランソワに見込まれ、北方に赴く勇者ヒロアキ一行の護衛として雇われた。

 

「まあ、筋は通っているんですよね。こちらにしてみれば致命的にタイミングが悪かっただけで……」

 

 ベルトラム、ガルアーク、セントステラ……聖石を保管していた大国は、軒並み勇者が召喚された事実を公表しているのだ。

 その一方で、小国が乱立する北方ではどの国も勇者を擁立しない。大国が首を傾げるのも、勇者を掲げた身として安否を気遣うのも当然と言えるだろう。

 勇者が関係するとあれば、遠方のこととはいえ大国が重い腰を上げても不思議はなく、そのお役目に就いたのが他ならぬ勇者当人であり、それ故に彼の討伐者が護衛として抜擢されたのは何の因果か。

 結果、彼らがガルアークの同盟国であるルビア王国に到着したのと、プロキシア帝国がルビア王国へ攻め入ったタイミングが一致してしまったというわけだ。そうなれば件の討伐者が参戦するのも無理からぬ話であり、侵攻軍は散々に打ち破られた。

 

「ここで終わっていればまだマシだったんですがねえ……」

 

 確かにプロキシア帝国は大国だが、大元は一介の傭兵が興した国である。それを当代で大国と呼ばれるにまで拡大したからこそ、ニドル・プロキシアは傭兵王との呼び声が高いし、傑物として知れ渡っている。

 だがその一方で、そんな成り立ち故に信用と信頼の置ける内政官が少ないのだ。

 まして、その拡大路線は融和による併合ではなく、侵攻による併呑だ。必然として支配下に組み込まれた地域からの悪感情は高くなる。

 それをどうにかするために領主には地縁のある人物を据えているわけだが、それがまた新たな問題を運んでいるのも否定できない事実である。

 今回の侵攻戦では、主に王都圏ではなく地方圏や同盟国の兵力を主軸に使った。王都圏から派遣した部隊もないわけではないが、比率で言えば微々たるもの。敗れはしたものの、精鋭部隊は大半が温存できているのだ。

 そこら辺の詳しい事情を説明をしたわけではないが、戦力を提供したからこそか地方領の役人にも気付く者はおり、だからこそ敗北の報を受けた輩が独断専行したというのが、今回のあらましである。敗績を取り返そうとしたのか、或いは本国からの覚えを良くしようと目論んだのかは定かではないが、それで失敗していれば世話がない。

 プロキシアの威を笠に着て強気な態度で交渉に臨み、それが向こうの逆鱗に触れた。結果、数の暴力ならぬ質の暴力によって、外縁部が荒らされに荒らされた。

 ガルアーク王国で行われる夜会の際の仕込みに向けてレイスが国を空けていたことも痛かった。レイスが事を知らされたのは、外縁部だけとはいえだいぶ荒らされた後だったのだ。

 事態を知ったレイスはすぐさま交渉官に指示を出したが、ここまで後手を踏んでは大部分で譲るより他になかったのが実情である。

 

「しかし、やはり件の精霊術士も関わっているようですねえ……」

 

 そうでなければ、亜人族の提供など求めるわけがない。精霊術士には未開地以東の住人が多いわけだが、未開地には亜人族が住まう集落があるのだ。精霊術を扱う者同士、親交があると考えた方が無難だろう。それが交渉に表れたのだ。

 つまり、今後のガルアークの戦力には未開地に住まう亜人族が加わる可能性があるということだ。

 

「まあ、それならそれでやりようはあるというものです」

 

 何せ、それ故の仕込みだ。そのために後手を踏んだのは事実だが、今度は向こうに後手を踏ませればいい。

 

「とはいえ、やはり出費が痛いですねえ……」

 

 その事実に、レイスは再度溜め息を吐くのだった。 

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