精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第38話

「ともあれ、ここから先の話は前提としてハルト君を異世界転生者として認める必要があるわ。……それはいい?」

 

 場の面子をグルリと見回して沙月が言った。

 

「俺は別に構わねえよ」

「私たちも構いません」

 

 雅人とサラたちが頷く。

 

「それじゃあ話を続けるけど、ハルト君の話を信じるのであれば、色々とややこしかったり意味不明な内容になってるから、そこは覚悟しておいて」

 

 一つ頷いた沙月は、更にそう念押しした上で言葉を続けた。

 そうして語られた内容は、確かにややこしくて意味不明な内容だった。

 一つ、リオ=ハルトの前世は天川春人といい、美春の幼馴染であり亜紀の兄であった。なお、リオの偽名であるハルトは、この前世の名前に起因する。

 一つ、春人が七歳の時に両親が離婚し、春人は父親に、亜紀は母親に引き取られる形で離ればなれになった。

 一つ、春人は高校入学を機に故郷に戻ったが、入学先の高校で美春が見知らぬ男子と親し気に話している場面を目撃。その光景にショックを受けてしまったため、その日は話しかけることが出来なかった。そして、翌日には既に美春は失踪してしまっており、駆け落ちだの何だのという噂が広まっていた。以降の春人はやり場のない想いと後悔を引きずったまま無気力な日々を過ごす。

 一つ、成人したのを機に、春人は十三年ぶりに離婚した母に会いに行った。その時、母親は『亜紀は元気にやっている』と言う一方で、美春が失踪したままであることを告げた。ただ、この時点での春人は亜紀までもが失踪していた事実を知らず、その際に亜紀と顔を会わせることもなかったため、美春はともかく亜紀に関する情報の信憑性は定かではない。

 一つ、その後、春人はバスの交通事故で亡くなり、この世界でリオとして生まれ変わった。そして、七歳の時に前世の記憶が目覚めた。

 一つ、リオにとって天川春人はあくまでも前世であり、現在の自分とは別人であると認識している。その一方、前世で得た経験や知識に助けられている部分も多いため、同一人物であることを否定しきれないとも思っている。

 

「例えば記憶喪失になった人がいて、じゃあその人はそれまでのその人と同一人物であると言えるのか? とまあ、こういう話よね。肉体的には同一人物なんでしょうけど、その人を構成する重大な要素である記憶がないんじゃあ、同一人物だと認識できない人がいてもおかしくはないわ。あとは、心臓移植なんかの手術を受けた人が、移植元の人を想起させる振る舞いをすることがあるだとかね。輪廻転生なんかもあるし。何を以て『その人と認識する』かは、それこそ人ぞれぞれとしか言いようがないわ」

「ついでに言えば、語られた内容には時間的な矛盾も存在していますしね。ただまあ、異世界が絡んだ場合、時間的な矛盾なんてのは割とよくある話なんですけどね。以前に私とイオリ君が召喚されたアル・ワースは様々な世界から人を召喚していましたが、その中の一つである『戦争の世界』からは、数十年どころか千年以上の時間的な開きを置いて召喚されていましたし。そんなかけ離れた時間軸の人たちが一堂に会するわけですから、異世界が絡んだ場合の時間的な矛盾なんてのは考えるだけ無駄な部分が大きいと個人的には思いますね」

 

 沙月の言うこともアマリの言うことも尤もだった。ただ、そう簡単に流せないのは、渦中の人物がある程度身近な相手だからこそか。

 

「えっと、沙月さんとアマリさんがいる場所ではハルトさんもそこまでしか言わなかったんですが、その後、私と亜紀ちゃんだけに追加で言われたことがありまして……。ただ、その内容が内容で……」

 

 チラチラと亜紀を見つつ、美春がおずおずと口を開いた。

 

「いい、美春お姉ちゃん。私が話す。ううん、他ならぬ私のことなんだから、私が話さなくちゃいけないと思う。他の人に相談するんなら尚更。……まあ、これまでの説明を沙月さんとアマリさんにぶん投げといてどの口が、ってなっちゃうけどね」

 

 それを受け、亜紀もまた弱々しく口を開いた。

 

「過去の私は、天川亜紀はお兄ちゃん――天川春人が大好きだった。だから、結果的に『ずっと一緒にいる』という約束を破ることになった彼が許せなかった。もちろん、頭だとこれが逆恨みだってのは分かってる。彼だって子供だったんだから、個人でどうこう出来る筈がないからね。それでも、離婚によってお母さんが苦しい生活をしていたこと、私自身が幼かったことも併せて、彼を恨まずにはいられなかった。そうして感情は凝り固まり、もう理屈を抜きに天川春人を嫌悪するようになっていった。そうして気付いた時には、彼の名前を聞くだけで拒否感情を示すようになっていた。何度か美春お姉ちゃんが彼の話題を出すことがあったけど、その度に私は反感を露わにした」

 

 ポツリ、ポツリ、亜紀は語っていく。

 

「それは千堂のお父さん――実父に引き取られてからも変わらなかった。それが繰り返された結果、美春お姉ちゃんが彼の話題を口にすることはなくなった……。自分でも酷いと思うよ。美春お姉ちゃんだって彼とは仲が良かったし、子供ながらに彼とは将来を約束していた。そんな美春お姉ちゃんにとって、彼のことを語り合える相手なんて少ないのに、私は自分のことばっかりで、全然美春お姉ちゃんのことを考えてなかったんだからね」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ亜紀姉ちゃん! 亜紀姉ちゃんは親父の再婚相手であるお袋の連れ子だろ! なのに親父が実父ってどういうことだよ!?」

「……そうだね。普通に考えればそうなるよね。アンタの疑問は何もおかしくないよ、雅人。ただ、リオさんの言葉を信じるのなら、私はお母さんと浮気相手だった千堂の父さんとの間に生まれた娘だったってわけ。そして、それを知ったからこそ天川のお父さんはお母さんと離婚した……。自分の血を引いているわけでもないのに、天川のお父さんが私を娘として見れるわけがない。事情を承知の上だったのならともかく、知らなかったのなら尚更に……」

「亜紀姉ちゃん……」

 

 雅人は何かを言おうと思ったが、亜紀の名前を力なく呟くので精一杯だった。

 

「ふ、ふふ、滑稽だよね。つまり、離婚はお母さんの自業自得であり、私はお門違いな嫌悪を春人お兄ちゃんに向けていたんだよ。そして、それを知ったのは春人お兄ちゃんが亡くなった後であり、教えてくれたのは春人お兄ちゃんの生まれ変わり……」

 

 感情の整理が追いつかないのだろう。亜紀は泣き笑っていた。

 

「このことを教えてくれる前にハルトさんは言っていました。『これから伝えることはきっと亜紀ちゃんを傷付ける。けれど、こんな異世界にやって来てしまって日本に帰れる保証もない。そんな状況で、自分と――離婚の真相を知る天川春人の生まれ変わりと亜紀ちゃんは出会ってしまった。ならば、真相を伝えることが、亜紀ちゃんの兄だった者としての務めだと思うから』って……」

 

 美春による補足を聞けば、リオを責めるわけにもいかなかった。

 確かに残酷な行為だ。亜紀のことを傷付けている。だが、話が正しいのであれば、亜紀自身が認めているように、天川春人へ抱く嫌悪自体がお門違いなのだ。

 そして、そんなお門違いな嫌悪を抱いたまま――天川春人との関係を修復できぬままに天川春人は亡くなってしまった。

 もはや真相を知ったところで天川春人に対してはどうにもできないが、それ以外の人物に対してはそうでもない。亜紀の嫌悪の対象には天川の父も含まれていたし、天川春人への嫌悪から美春を傷付けていた部分もあった。天川の父へ謝ることが出来るかは分からないが、美春に対して謝ることは十分に可能だ。

 そういう風に考えるのであれば、リオが真相を伝えたことには確かな意味がある。ある意味で、その行為は誠実さの表れなのだ。

 

「信じられない、信じたくない、そういう思いがあることは否定しない。だけど、リオさんが嘘を吐く理由もない。リオさんは他人に対してドライな部分もあるけど、基本的には誠実で人が好い。記憶の中の、まだ一緒に暮らしていた頃の春人お兄ちゃんも、優しくて思いやりのある人だった。むしろ、そういう人だったからこそ、裏切られたという思いが強かったんだけどね」

 

 こんな異世界では、伝えられた真相が真実であるかを調べることも出来ない。だから、嘘だと、でたらめだと、偽りだと思うことだって出来なくはない。

 けれど、自分にそう言い聞かせるのが無理難題なほどに、亜紀はリオへの親近感が強まっていたのだ。その高まりは出会ってからの時間を思えば異常なほどだが、それもリオが天川春人の生まれ変わりであるのなら、大好きだった頃の天川春人と重ねていたのなら筋は通る。通ってしまうのだ。

 

「私もそうなんですけど、きっと亜紀ちゃんはハルトさんにハル君を重ねていたんだと思います。真相を伝えられなければ、ハル君への嫌悪感からハルトさんへの態度が否定的になっていたかもしれません。一種の自己防衛本能ですね。ただ、真相を伝えられたことでそれも不可能になりました」

 

 そこら辺もまた複雑だ。

 そもそもにしてリオの話を信じるということは、リオへの肯定的感情があればこそだ。

 亜紀も既に中学生だ。幼いながらに道徳は弁えている。真相を知らなければ天川春人への嫌悪感に連座してリオを嫌悪することも可能だったろうが、真相を知ってしまえばそうもいかない。亜紀の道徳観念に照らし合わせるならば、悪いのは母親だからだ。

 である以上、天川春人に対する嫌悪感はお門違いである。そう認識してしまえるだけの理性を持っているのだ。

 その一方で、凝り固まった感情はそう簡単に解れない。理解は出来ても納得は出来ないというやつである。

 亜紀にしてみればそれも無理からぬことだが、それを伝えたリオが天川春人の生まれ変わりであることが、余計に事態を複雑にする。どうにか納得できたとしても、肝心要の天川春人に謝ることが出来ないからだ。

 悪いことをしたら謝る。それは道徳で教わることだが、その当たり前の道徳が叶わぬのだ。

 亜紀自身、リオに天川春人を重ねている部分はある。指摘されたところで今更否定することはない。

 それでも、前提として亜紀はリオを天川春人とは別人として認識しているのだ。これでは、リオに謝ったところで亜紀の罪悪感を減らすための行為でしかない。

 

「理性と感情の板挟みってやつね。ハルト君を天川春人さんの生まれ変わりとして認識することは出来る。だからこそ、その根底にあるのはハルト君と天川春人さんは別人であるという認識。……亜紀ちゃんが『お門違いの理由で天川春人さんを憎んでいた』とハルト君に謝れば、きっとハルト君は亜紀ちゃんを許すでしょうね。だけど亜紀ちゃんにしてみれば、そんな謝罪は自己満足の行為でしかなく、謝罪としての意味を持たない」

「まあ、そんなところです。だから、もうわけわかんなくなっちゃって……」 

 

 沙月が意見を集約すると、亜紀はそれに同意した。

 

「別にそんな悩む必要ねえんじゃね? いやまあ、俺にしても色々と衝撃の事実だったわけだけど、ハルト兄ちゃんは『亜紀姉ちゃんの兄だった者の務め』として真相を教えてくれたんだろ? だったら、亜紀姉ちゃんがその言葉に甘えたって何の問題もねえだろ。亜紀姉ちゃんはハルト兄ちゃんから伝えられた真相を信じて、だから自分が悪いと思ってるんだろ? なら、素直にハルト兄ちゃんに謝ればいいだけじゃんか。そうすりゃ、真相を教えてくれた時と同じように、兄だった者として何らかの反応を返してくれんだろ」

 

 悩む亜紀に対し、あっけらかんと言ったのは雅人だった。弟であるからこそか、そこには何の遠慮もない。

 

「ぶっちゃけ、俺としても納得がいったよ。何て言うか、亜紀姉ちゃんを見てると兄貴と美春姉ちゃんに対する執着がすげえように思っていたからさ」

「そう、なの?」

「ああ。まあ、そんな事情があるのなら、家族――特に『兄』や『父』に対する執着が強まっても不思議はねえだろ。この人たちなら自分を裏切らないとか、裏切ってほしくないとか、そういう感情からくるもんだとは思うけど。……美春姉ちゃんに関しては、その天川の父と兄が離れて行った後も自分の近くにいてくれたってことで、甘えると同時に依存しちまったじゃねえか? ……今だから言うけど、亜紀姉ちゃん、兄貴と美春姉ちゃんをくっ付けようとか思ってただろ?」

「……うん」

 

 雅人の問いに、亜紀は力なく頷いた。

 

「いやまあ、俺の知る限り美春姉ちゃんの周りには兄貴ぐらいしか親しい男がいなかったから、俺も美春姉ちゃんには黙ってたけど、事情を知っちまったら流石に黙ってられねえわ」

「亜紀ちゃん、そんなこと思ってたんだ……」

 

 驚いたのは美春である。

 言われてみればおかしなことではないのだが、美春自身は今でも一途に天川春人を想っている。

 また、確かに同年代の異性だと貴久は親しい相手だと言えるだろうが、それでも僅かに緊張と抵抗があるのは否めない。

 

「先に謝っておくね、ごめんなさい。確かに貴久君は親しいと言えるけど、そういう相手としては見れない。見ることが出来ない。私はずっとハル君を想っていたから」

「うん、知ってる。知ってて、私は美春お姉ちゃんを貴久お兄ちゃんにくっ付けようとした。美春お姉ちゃんの想いを無視して、ただ私が安心するために……。ふふ、やっぱり浮気をする両親の間に生まれたからかな……? 私って最低だ……」

 

 美春の言葉を受け止めた亜紀は、その上で自嘲した。天川と千堂、双方において唯一の娘である亜紀だけが、浮気をした両人の血を継いでいるのだ。春人とは異父兄妹だし、貴久・雅人とは異母兄妹弟になる。

 

「亜紀ちゃん……」

 

 亜紀を慰めたかった美春だが、亜紀の自嘲は事実であるために否定することも出来ず、力なく名前を呟くだけで精一杯だった。

 

「いやまあ、そこまで自分を嘲ることもねえんじゃね? 確かに亜紀姉ちゃんは美春姉ちゃんを蔑ろにしちまったかもしれないけど、実際に兄貴と美春姉ちゃんがくっ付いたわけでもねえんだからさ。ちゃんとごめんなさいって謝れば、美春姉ちゃんも許してくれんだろ。二人の間には、そんだけの絆が確かにあるんだからさ」

「そうだよ、亜紀ちゃん。確かに、私の気持ちを知ってての行いであることを思えば残念ではあるけど、私も一定以上亜紀ちゃんに踏み込むことを避けてたからね。その点では私も悪い。本当に亜紀ちゃんのことを想うのであれば、たとえ傷付けることになったとしても踏み込むべきだった。だって、私とハル君が結婚した場合、亜紀ちゃんを結婚式に招待しない筈がないし、そうなると亜紀ちゃんとハル君は再会することになるんだから……」

「美春お姉ちゃん……」

 

 美春の言葉を受け、亜紀が顔を上げる。いくらかは前向きになったようだ。

 

「まあ、期せずしてこの想いが叶うことがないと知ってしまったわけだけど……。フ、フフ……」

 

 しかし、次の瞬間には美春の方が限界を迎えてしまったようである。

 そりゃまあ、感情の整理が追いついていないのは美春も同じだったのだ。ただ、亜紀の姉ポジションとしての責任感から自分を奮い立たせていただけである。当然、いつまでも続くわけがない。

 

「あちゃ~、美春ちゃんも限界を迎えちゃったかぁ~」

 

 そう呟いた沙月は、無理もないと思いつつ、美春の慰めに動くのであった。

 他の面々もまた同様に……。




原作だと亜紀の実父については触れられてないんですよね。千堂の父親に関しては母親の再婚相手としか語られていません。
ただまあ、育ち盛りの息子を二人も抱えた男親が、如何に息子の母親をやってくれる人を求めたとして、子連れの相手と再婚するかって話ですよね。現実的に考えて。よっぽど裕福じゃないと、まず選択肢にも上がらないと思います。
いやまあ、千堂の母親については、そもそも離婚なのか死別なのかも定かではありませんが、離婚であった場合は慰謝料取られていてもおかしくありませんし、そうだとすると尚更選択肢は上がらないと思います。
そういった諸々を考えた上で、なお千堂の父親が亜紀の母親と再婚した理由を考えると、『千堂の父親が亜紀の実父だったから』とするのが一番しっくりきました。
そのため、本作では千堂の父親を亜紀の実父と位置付けています。
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