精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第3話

 目下の目的地をアマンドと定めたまでは良かったが、一行は早々に足止めを食らっていた。

 イオリたちが放り出された場所はガルアーク王国とセントステラ王国の中間地点と言ってもいい場所である。現代社会の日本で暮らしていれば馴染みがないために失念しがちだが、この世界の社会情勢では各所に検問が存在しているのだ。

 基本的にチェック内容はあまり厳しくないものだが、何台もの馬車を引き連れていれば証明書の提示なりを求められる。当然、この馬車のどこかにはそれもあるのだろうが、イオリたちが知る筈もない。そうなると、検問の兵士に怪しまれても無理はない。

 果たして、馬車から降ろされ砦内に拘束されてどれだけの時間が経っただろうか。一人ずつ、或いは集団を対象に、兵士からは何度も同じことを確認された。美春、亜紀、雅人の三人は言葉が分からないこともあって、聴取も難航しているのだろう。

 イオリとて曲がりなりにも法務機関に在籍していた身である。その行為に理解は示すが、移動を禁止されて一室の中に閉じ込められるのは中々に厳しいものがあった。ただ、雅人とリオも同じ部屋を宛がわれたのは幸いだった。なおイオリたちとは別室だが、アマリ、美春、亜紀の三人も同じ部屋を宛がわれている。

 

「確認すると、町中を歩いていた君たちは突如として見知らぬ草原にいた。おまけに、一緒にいた筈の男性と女性、合わせて二人の姿もない。ただ、直前に男性の足元には赤い魔法陣が、女性の足元には緑の魔法陣が敷かれたのを確認した。そのことから、信じ難くはあるが二人に対して行使された転移魔法に巻き込まれたと判断。途方に暮れたもののその場を動くことにした君たちは程なくして人と出会い、幸いにして君たちの中に言葉の通じる人物がいたために情報等の協力を求めたが、相手は悪質な奴隷商人であり、君たちのことを奴隷にしようとした。その場にそちらの少年が通りかかり、抵抗する君たちに加勢。奴隷商人と、その護衛として雇われていた冒険者たちを返り討ちにした。君たちと出会う前に少年は各地に色違いの光の柱が立ったのを目撃しており、ガルアーク王国方面から上がった緑の柱と、セントステラ王国方面から上った赤い柱が直近のものだった。一緒にいた人物の足元に現れた魔法陣の色とも一致しており、それもあってどちらかに向かうことにしたが、少年の言葉によるとセントステラ王国の閉鎖的な体制は有名なので、それもあってガルアーク王国の方に向かうことにした……と。この内容に間違いはないか?」

「ええ、その内容で間違いはありません。付け加えると、俺たちへの態度を見る限り、あの奴隷商が真っ当な商いを行っているとは思えませんでした。奴隷として馬車に乗せられていた人たちの全員とは言いませんが、何人かは拉致されて無理矢理奴隷にされている可能性を否定はできません。ですので、彼らに対する詮議と賠償金の支払いを要求します。言った通り、俺たちは無一文で地盤もありませんので」

 

 またもや兵士に同じことを確認され、何ら後ろめたいことのないイオリは同じことを繰り返す。

 普通に考えて、証言内容を信じるのなら黒は奴隷商たちとなる。しかし、奴隷商たちには地盤を証明する証拠があるが、召喚されたイオリたちにはそんなものなどありはしない。そうなると、ただでさえ突飛な証言内容なのだから、信じられずとも無理はない。

 だが、その一方で所々に否定しきれない要素があるのも確かなのだ。実際、兵士たちも各所に立ち上った光の柱は確認している。そしてそれは、今まで見たことも聞いたこともないような現象であったのも間違いはない。そうなると、普段なら信じないような内容の事柄にもある程度の信憑性が生まれてくる。

 

「正直に言うと、我々では判断しきれないのが現実だ。奴隷とされた者たちと君たちの証言内容は一致しているが、奴隷商たちの証言内容とは反している。こうなるとどちらかが嘘を言っていることになるが、普段であれば奴隷商の肩を持つ。持たざるを得ない、と言うべきか。如何に怪しかろうと、向こうは実際に商人なり冒険者なりの届け出がされているが、君たちにはそういうものがないからだ」

 

 そう言って、眼前の兵士は溜息を吐いた。

 

「しかし、今回に限っては状況が異なる。光の柱に関しては実際に我々も確認しているし、あんな現象については今まで見たことも聞いたこともない。そうなると、君たちの言うようなことが起こったのだとしても不思議はないだろう。事実、君たちの中にはこちらの言葉がまるで分からない者がいる。あれは、とてもじゃないが演技とは思えない」

 

 今度は首を横に振った。

 

「そういうわけでだ。何人かを中央に確認にやることにしたのだが、それに君たちの中から二人ほど同行してもらう。言葉の分かる者と分からない者との組み合わせでだ。率直に言えば、行く者と残る者、互いが互いの人質ということになる。だが、君たちにもメリットがないわけではない。なにせ、今回の案件はあまりにも特殊だからだ。人をやっても確認が取れるまでどれだけ時間が掛かるか分かったものじゃない。しかし、そこに君たちの証言内容の証拠とも言える人物――つまり君たち自身が同行しているのなら、その分だけスムーズに進行する可能性も決して否定はできない」

 

 兵士の言葉は、尤もと言えば尤もだった。

 

「悪いが君たちに拒否権はない。逗留人数が増えれば増えるほど、そしてその日数が長ければ長いほど、備蓄食料の消費も早まるからな。まだ余裕はあるし定期的に補充もしているが、予算には限りがある。いずれ今回の分の補填はされるだろうが、それがいつになるかは分からないのも現実だ」

 

 再度、兵士は溜息を吐く。そこにはお役所勤めの哀愁が漂っていた。

 

「人選は君たちに任せるが、男手を選ぶことをお勧めする。馬で駆けることになるからな。乗馬に慣れていないのなら男でも辛いだろうが、女性が同じ目に遭うよりはマシだろう」

 

 その後、イオリたちに人選の相談時間が与えられるのであった。

 集まりはしたが、然程話し合うこともなくイオリと雅人が行くことに決まった。日本語を使えばイオリ、アマリ、リオ、雅人、美春、亜紀の六人共意思の疎通を図ることはできるが、これがシュトラール語になると雅人、美春、亜紀は除外される。

 また、リオが日本語を話せることは兵士には秘密にしている。それを説明しようとすれば前世云々という、これまた突飛な内容を話すことになるからだ。

 これに部屋割りやら何やらを加味すると、イオリと雅人の組み合わせ以外選びようがなかったのが現実である。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「俺、馬に乗るのなんて初めてだよ」

「まあ、そうだろうな。日本人で馬に乗るのなんて競馬の騎手くらいじゃないか?」

 

 どこか楽しそうで、同じくらい不安そうな表情を浮かべる雅人の言葉に、イオリは肩をすくめてそう返した。

 なおイオリの服装はこれまでと異なり、私服から術士服へと切り替わっている。一方の雅人はそのままの格好だが、着替えようにも替えがないのだから仕方ない。入学日の下校中に跳ばされてきた雅人が、着替えなど持っている筈もなかった。それに関しては美春も亜紀も同じだが、一日の終わりにイオリやアマリが洗浄のドグマを使っているため、清潔さは維持していた。

 二人は砦の兵士と一緒に騎乗することになるが、当然ながら乗る馬は別である。

 

「君たち、腕に覚えはあるか?」

 

 出発の直前になって、兵士から問いかけられた。

 

「あの奴隷商の護衛を打ちのめせる程度には」

 

 あらゆる面でこの世界の知識が不足しているイオリとしては、そう答えるより他になかった。目下のところ、比較材料がそれしかなかったのだ。

 

「雅人は腕に覚えはあるか? これまでに格闘技を学んだりとかは?」

「生憎と全然。精々が学校の授業くらい」

 

 イオリの問いに、雅人は首を横に振って答えた。全くの未経験ではないが、素人と大差ない。

 

「この子は戦闘とは無縁に育ったのでサッパリだそうです」

「……そうか。ルートとしては可能な限り大通りを進む予定だが、それでも魔物と遭遇しない保証はないのでな。一応、心構えはしておいてくれ。また、今回は速度を重視するために人数が少ない。もしかしたら君の助力を乞うことになるかもしれん」

「むしろ望むところです。魔物の素材って売れるんですよね? 現在の俺たちは無一文なので、稼げる機会を逃したくはありません」

「心強いことだ」

 

 紛うことなく本音で答えたイオリだが、その兵士は冗談と受け取ったらしい。軽く肩をすくめる。

 そして――

 

「フッ! ハッ! セイッ! 疾走れ、旋風!」

 

 事前の警告通り、道中では幾度か魔物と遭遇し、その度にイオリは積極的に狩って回った。出立前に兵士へと言ったように、無一文のイオリとしては稼げる機会を逃したくはないのが本音だ。そのために寄り道をする気はないが、相手が道を阻むのであれば容赦はしない。

 最初のうちは灼熱のドグマなども使っていたが、イオリにしてみれば想像以上に弱い魔物ばかりだった。かつての旅路を通して実力が向上していることもあってか、食らった魔物は易々と燃え盛る。そうなると、素材はダメになって買取価格は激減するし、火の始末も面倒だ。そこら辺、よくあるゲームとは違うのである。

 結果、イオリは専ら徒手空拳で戦うようになった。元々空手の心得はあったし、そこに堅牢のドグマと神速のドグマを併用すれば、何ら戦闘への支障もない。

 気付いたときには、外皮に価値のある魔物は拳打による内部破壊を狙い、内臓などに価値を持つ魔物に対しては旋風のドグマによる斬撃というスタイルとなっていた。

 生身での戦闘経験は少ないイオリだが、生身に限らなければ戦闘経験は豊富である。イオリ当人に自覚はないものの、平たく言えば『有数の実力者』であった。

 

「いや、改めて言うが凄いな。正直、俺たちやそこらの冒険者なんか相手にもならんだろう。ここまで突き放されると嫉妬心すら湧かん。君なら、噂に聞く『ベルトラム王国』の『王の剣』とも渡り合えるんじゃないか?」

 

 それを幾度か繰り返せば、同行している兵士たちの態度も軟化していった。

 普段は国境の砦勤めでも、兵士である以上は道を阻む魔物の退治は半ば必須だ。しかし、倒した魔物の素材を回収するにも限度があるのも事実である。結果、その余分な素材が道中の生活ランクを向上させる仕組みになっていた。

 早い話、宿代や食事代に化けるわけだ。当然、素材が多ければ多いほど、そして質が良ければ良いほど、買取価格も向上して宿なり食事なりの豪華さも上がる。

 宿内の食堂の一角で、兵士の一人が上機嫌にそう言った。この宿代と食事代も、元はイオリが仕留めた魔物の素材である。正直、兵士だけだとこうはならない。数が揃えば多くの魔物を仕留めることは可能なるが、その分だけ一人当たりの取り分も減るのが当然であり、乱戦ともなるとダメになる素材も多い。結局は野営することになるのが自然だった。

 しかし、今はイオリ一人で戦力のほとんどを賄っている。最初のうちはともかく、後半になると仕留め方も洗練されていき、その分だけ素材の買取価格も上がっていた。

 ハッキリと言えばイオリのお零れに与っていることになるが、隔絶した実力差を前にしては言葉通り嫉妬心も湧かなかった。

 また、実力は高いイオリだが、常識面ではその限りではなかった。言葉を信じるなら異世界から来たということなので当然ではあるのだろうが。結果的に兵士たちがそこら辺をフォローすることになり、それもあってイオリも資金の供出に文句はない。

 

「王の剣、ですか?」

「ああ。俺たちも詳しく知っているわけじゃないが、ベルトラム王国における最高最強の実力者に与えられる称号って話だ。国宝の魔剣を携えており、その実力は他者と隔絶すると聞く」

「へえ。ガルアーク王国には、そういう実力者はいないんですか?」

「残念だが、とんと聞かねえなあ。まあ、王都への報告の結果として君が所属することになれば、君がそうなるかもしれんな。王の剣ならぬ『王の拳』ってな」

「そりゃあ道中は専ら徒手空拳で戦いましたけど、俺、本来は術士なんですけどね……」

「そういやそうだったか。しかし、あの戦闘を見てるとなあ。術士よりも拳士のイメージの方が強まっちまったよ」

 

 そう言って、兵士たちは笑う。

 

「なあなあ、イオリ兄ちゃん。もしよかったら、俺のことを鍛えてくれないか? 仕方ないとは分かっているけど、見てるだけってのはな……。それに、いつでもイオリ兄ちゃんやアマリ姉ちゃんと一緒にいれるわけでもないだろうし。そうなると、亜紀姉ちゃんや美春姉ちゃんを護るのは俺の役目だと思うんだ」

 

 そう言って、雅人はイオリのことを見つめた。なお、その恰好は出立時と変わっている。資金に余裕ができたこともあり、雅人の着替えも購入したのだ。

 

「……そっか。いいよ。俺でよければ、雅人のことを鍛えよう。まあ、空手にしろドグマにしろ、最初は地道なトレーニングからになるけどな」

 

 雅人の要望を聞いたイオリは、思いの外アッサリと承諾した。その理由は、未だ不定形ながらも雅人に破壊の意思の片鱗を見たからである。この先、ともすれば現実に敗北し、それにより挫折する可能性もなくはないが、あくまでも可能性である。その結果は、その時を迎えてみないことには分からないのだ。

 未だ小学六年生である雅人の年齢は否定材料にならない。かつての仲間には雅人より幼い年齢の人物もいたのだから。

 

「ありがとう、イオリ兄ちゃん!」

 

 以後、王都への道中、雅人はイオリに鍛えられることとなり、それにより気持ちが上向いていくことになるのであった。辛いは辛いが、成長の実感を得られているからだろう。

 そうして幾ばくかの日数が経ち、一行はガルアーク王国の王都に着いた。

 その頃には、雅人もオドと魔力を感知・視認できるようになっていた。これはイオリが共感のドグマを用いることでイオリと雅人の感覚を一部同期させ、それによりオドと魔力に対する雅人の感覚を向上させたことが一因である。イオリや雅人たちの過ごしていた地球ではオドも魔力もなくなっていたが、だからこそ、感知しやすくなっていた一面もあるだろう。無論、雅人が真剣に取り組んだからこそでもある。

 王都に着いた兵士が真っ先に向かったのは兵舎だった。情報を仕入れるためでもあるし、報告のために王城へ入るにも手順というものがあるからだ。

 兵舎とはいえ部外者の立ち入りが禁止されているわけではない。当然、イオリと雅人も同行した。

 兵舎の一室で、イオリと雅人を傍らに立たせた兵士たちが上役へと報告する。

 

「……なるほど。イオリ・アオイとマサト・センドウだったな。これから王城に向かう。君たち二人も私についてきてくれ」

「分かりました。ただ、俺たちの推測が正しかったとして、確認のために名前を出すなら雅人の方が良いと思います。俺は件の人物と直接の知り合いというわけではありませんので」

「了解した」

 

 言葉の分からない雅人を促し、二人は上役の後を追う。検問所から来た兵士たちも一緒である。

 そうして、王城の一角で待たされること暫し。

 

「雅人君!」

 

 現れた女性が感極まった表情で雅人の名前を叫んだのであった。報告を受けてから急いで来たのだろう。その息は荒い。

 

「沙月姉ちゃん!」

 

 名前を呼ばれた雅人も笑みを浮かべて名前を呼ぶ。

 

「よく無事で……!」

「最初は困惑したけど、一緒にいたイオリ兄ちゃんとアマリ姉ちゃんが助けてくれてさ。沙月姉ちゃんが覚えてるかは分からねえけど、あの瞬間に通りすがって二人も巻き込まれたんだよ」

「そう言えば、オウムを肩に乗せた男女の二人組とすれ違ったような……」

 

 雅人の説明を聞いて記憶が刺激されたのだろう。顎に人差し指を当てた沙月がそう呟いた。

 

「あなたがイオリさんですか?」

「ああ。本名は葵伊織というが、『菫青石の術士』の二つ名と、イオリ・アイオライトという名前も持っている。俺とアマリは以前にも異世界に召喚されたことがあってね。そこで賜ったものだ。そこで習得した魔法がこの世界でも通用したのは幸いだったよ」

「俄かには信じ難いですが、現実として私も異世界召喚なんてものをされているわけですしね。異世界召喚の前例があったとしてもおかしくはありませんか……。――って、ちょっと待った! もしかして地球への帰還の術に心当たりとかあったりします!?」

「一応ね。俺の使い魔が次元を隔てての転移魔法を行使できる。事前の準備なり調査なりは必要になるだろうけど、やってやれないことはない筈だ」

 

 イオリがそう返すと、沙月は見るからにホッとした表情を浮かべるのであった。  




オリジナル展開として、早々に沙月と出会います。
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