精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第39話

「ふっ!」

「はあっ!」

 

 意気が発された次の瞬間、鈍い音を立てて木と木がぶつかり合う。木とは言ってもどちらも武器を模している。また、大きく分ければどちらも槍に分類されるが、その形状は異なっていた。一言で言えば薙刀と斧槍である。世界観に合わせるのであれば、グレイブとハルバードと呼ぶ方が正しいかもしれない。

 沙月と蓮司が手合わせをしているのだ。

 経緯としてはそう難しい話ではない。夜会に合わせ、それでも少しばかりの余裕を持ってデュランやシルヴィたち北方勢はガルアークを来訪。そうなれば、フランソワより『勇者同士で親睦を図ってはどうか?』という提案がされるのはある意味で道理だった。弘明、蓮司、絵梨花の三人が一足早く北方で顔を会わせているのに対し、沙月はそうでないのだから、沙月を掲げるフランソワとしては当然の行為である。

 まあ蓮司は自分からそのような提案をするタチではないが、その意図するところは分かったし、情報収集と考えれば断る理由もなかった。

 そして勇者同士の話となればそれぞれの神装に言及するのも当然で、分類としては同じ槍ということもあり、蓮司が沙月に模擬戦を吹っ掛けたのだ。

 殺し合いならばともかく、模擬戦であれば沙月の忌避感も薄い。身体を動かすのが嫌いではないこともあり、沙月はその提案を快く受け入れた。

 その後はフランソワに掛け合って場所を提供してもらい、模擬戦と相成った次第である。もっとも、これが夜会の当日であればそのような余裕などなかっただろうが。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「チッ……!」

 

 まただ。そう思い、蓮司は舌打ちした。

 果たして、模擬戦を初めてから今ので何度目の激突か。果敢に攻めているというのに、未だ一発の有効打も与えることが出来ずにいる。序盤の優勢が嘘のようだ。

 神装の司る属性や武器の形状こそ違うものの――まあ、今は神装ではなく木製の武器を使っているわけだが――沙月とて同じ勇者なのだ。故に女だからといって舐めているつもりはなかった。

 しかし、所詮は『つもり』でしかなかったのだろう。状況を鑑みれば、否応なくそれを認めざるを得なかった。今まで自分に絡んできた冒険者や討伐してきた魔物とは違う。

 先手必勝こそが蓮司のスタイルである。先手で仕留められるだけ仕留め、余裕が出来てから情報収集に取り掛かる。弱者相手にはそれで十分だ。軽く仕留められる相手の情報など後回しでいい。

 そういう考えからくるものだったが、これはいくら蓮司のスペックが高かろうと基本的にはソロで活動しているのだから、徒党を組んでいる相手に対し悠長に様子見をしている余裕がないという現実的な事情もある。

 その一方で、大抵の相手は勇者のスペックでゴリ押せるという経験則に基づくものでもあった。

 だから、この模擬戦でも蓮司はそのスタイルを崩すことはなかった。得物は手に馴染んだ神装ではないし術の行使にも制限が課せられたが、それは相手も同じである。第一、事前に沙月の情報を収集しようにも限度があった。特に戦闘方面に関するものは。

 短いながらも冒険者活動を通じて培った経験則を基に、蓮司は果敢に攻めた。武器攻撃だけではなく、時には蹴撃も織り交ぜて。

 対する沙月は明らかに後手を踏んでいた。女とはいえ勇者だけあってか、一撃の威力は重く、鋭い。しかし、こちらの動きに翻弄されていた。早々に攻めを諦めて守勢に入った。

 それが蓮司の抱いた感想であり、だからこそ早々に片を付けるべく、より一気呵成に攻め込んだ。――それでも、沙月は崩れない。

 蓮司は沙月の護りを突破できずにいる。それが現実だった。

 

「うん、何となく分かってきたかな」

「……なに?」

 

 沙月が呟いたのはそんな時だった。

 なにが分かったというのか? 見当が付かなかったからか、それとも浮かんだ疑念を認めたくはなかったからか、蓮司は眉を顰めた。

 

「気合い入れてね! そろそろこっちからも攻めるよ!」

 

 しかし、続く沙月の言葉を聞けば、疑念の正しさを認めざるを得なかった。

 

「せーの!」

「くぅっ!」

 

 そして、程なくして疑念は現実のものとなった。

 今や攻守は逆転し、蓮司が一方的に攻められていた。意地でどうにか有効打を与えられるのは防いでいるが、それも時間の問題だ。

 今まで相手取ってきた魔物や冒険者と何が違うのか? どこが違うのか? その答えを蓮司は自ずと察していた。

 日本にいた頃、こいつは正式に武道を学んでいたのだろう。最初の劣勢も、今の優勢もそれ故だ。あくまでも根幹が日本のスポーツ武道だったからこそ、知らずのうちにそのルールに縛られていた。蹴りなどの攻撃に反応が遅れていたのも、そう考えれば説明が付くのだ。

 だが、今やっているのは確かに模擬戦ではあるが、日本の競技試合ではない。だから蓮司が武器での攻撃に織り交ぜて蹴りを放ったところで、違反でも何でもない。早々にそのことを悟ったからこそ、この女は守勢に回った。そしてその時間を使い、意識の切り替えとこちらの観察を行っていたのだ。

 話を聞くに、この女に実戦経験はない。基本的には、召喚されてからずっと王城で保護されていた。蓮司とは偉い違いである。しかし、だからこそ戦闘経験の有無では蓮司にアドバンテージがある。

 その一方、蓮司は武道を学んだ経験などない。その戦闘スタイルはあくまでも喧嘩殺法なのだ。『実践で学んだ』と言えば聞こえはいいが、何ら体系化されておらず無駄が多いのも否定はできない。スペックでゴリ押せる相手ばかりだったこともあり、成長の糧になっている部分も少ない。

 そしてスペックによるゴリ押し――すなわち『力』が効かないのならば、勝負を決めるのは『技』や『策』となる。しかし、この状況で機能する策など蓮司には思いつかない。である以上、技の勝負に持ち込まれた時点で蓮司の勝機は無いに等しい。

 正しく言うと、蓮司の勝機は沙月が競技試合との差異に戸惑っている間に攻め勝つことしかなかったのだ。

 それが果たせなかった時点で――

 

「……参った」

 

 蓮司の敗北は確定していたということだ。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「いや、中々に見ものであったわ」

 

 拍手をし、顔には笑みを浮かべてデュランが言った。

 実際、二人の身体強化(・・・・)は精霊術に由来するそれだ。魔術による身体能力強化(・・・・・・)とは強化の度合いが根本的に異なっている。デュランが同じ真似をしようとすれば、古代魔術具に頼るしかないのが現状だ。である以上、見応えがあったのは間違いない。

 

「武人として俺も一手お手合わせ願いたいところではあるが……いやはや、今のを見ればやる前から結果が分かり切っているな。なんとももどかしいものだ」

「確かに。強化魔術をありにすれば、私たちでは太刀打ちできない。かと言って強化魔術を抜きにすれば、今度は私たちの勝利が確定してしまう。あくまでも今のところは、という注釈が付くがな」

 

 デュランとシルヴィが口々に感想を洩らす。

 模擬戦の場合、先の事情から二人が使用できるのは身体能力強化が精々なのだ。その時点で、身体強化を用いる蓮司と沙月には敵わない。

 小国とはいえ二人とも王族なだけあって、レアな魔剣――古代魔術具を所持している。それを用いれば身体強化では追随できるが、得物が実剣に代わった時点で事故死の確率が跳ね上がってしまう。片や王族、片や勇者という双方の立場を鑑みれば、それは余りに危険である。

 では強化魔術を抜きにした場合はどうなるか? 十中八九、デュランとシルヴィの勝利が確定する。二人が王族の割に武闘派ということもあるが、それに加えて群雄割拠の小国出身だからこそ、対人・対魔物を問わずに命がけの実戦を幾度となく経験している。無論、それは模擬戦も同様だ。

 

「正真正銘の殺し合いになれば、まだ我らの方に分があるだろうが……」

「勇者相手にその選択は悪手だ。勇者と知ってしまったからこそ、自然とブレーキがかかる」

「であるな。まあ、だからこそ一廉の実力者を相手にした際の実戦が怖くもあるのだがな……。仮に今のレンジがルシウスを相手取れば、十中八九レンジが敗北するだろう。あの男の性格を鑑みれば間違いなく嬲られるだろうし、最悪は生命を落とす」

「何だと……!」

 

 二人の会話を聞いていた蓮司がデュランを睨みつける。

 

「そういった反応を返している時点で明らかだ。負けず嫌いは結構だがな、それも時と場合によって使い分ける術を身に付けることだ。今のレンジは些細な挑発にも乗ってしまう危うさがある。挑発に乗るということは、自信の無さの表れだ。自信がある者ほど、軽く嗤って受け流す。少なくともそういう見方が出来るのは間違いないし、それが駆け引きというものだ」

「……確かにな」

 

 デュランを睨みつけた蓮司だが、続く言葉を聞けば同意せざるを得なかった。

 それが本当に侮りなのか、それとも平静さを損なわせるための挑発なのか、今の蓮司にはそれを判断するための材料がない。材料となる経験が欠けている。それは蓮司自身が認めていることでもあった。

 

「レンジとサツキ殿、経験不足は双方に言えることだが、些かその向きは違ったように見受けられた。実戦経験であればレンジに分があるが、それ故に加減の塩梅が掴めていない。レンジが攻めきれなかったのはそれ故だな」

「わざわざ言われんでも自覚している」

 

 蓮司は苦い顔を浮かべるが、デュランは微笑で受け流した。

 

「それはすまんな。だが、こういうことを疎かにしていると意思の疎通を欠くことになる。勇者を掲げる者として、掲げられる勇者として、それは余り上手くない」

「……それも理解している」

 

 言葉通り、蓮司は理解しているのだろう。それ故に苦い顔を浮かべはするが、声を荒げることはない。

 

「一方のサツキ殿は、どうやら体系化された術理を学ばれていたようだな。手合わせの類にも慣れているようだ。動きや得物の扱い方がスムーズであったことからもそれが窺える。……が、お国柄と言うべきか、或いは世界柄と言うべきか、手合わせそのもののルールがこちらとは違うのであろうな。その差異が戸惑いとなって表れたように感じた」

「仰る通りですね。国から戦争が消えて数十年以上は経っています。武そのものが消えたわけではありませんが、殺傷を目的としたものから道を探るものへと変化しています。精神修養と言い換えてもいいでしょう。自然、試合のルールも安全を念頭に置いたものとなっています。その差異を頭では理解していたつもりでしたが、どうにも『つもり』でしかなかったようです。蹴りを繰り出された瞬間、そのことを自覚しました」

 

 次いでデュランは沙月に対して言及し、沙月は素直にそれを認めた。

 模擬戦となればこちらでも安全を考慮しているが、その安全性はスポーツ試合と比べると雲泥の差がある。

 基本的には寸止めを心掛けるが、失敗しても死ななければよし。実戦が身近なればこそと言えるが、こちらの模擬戦のルールはこんなものだ。

 おまけに沙月は勇者である。城の兵士に手合わせに付き合ってもらったことがないわけではないが、当然、そこには立場への配慮が組み込まれる。結果的に、それがスポーツ試合の様相とマッチしていたのだ。

 また、基本的には王城内の生活故に危険とは無縁で、精霊の民の里に赴いた際も、結局は転移による往復となって魔物と戦うことなどもなかった。

 だからこそ、今回蓮司と手合わせするまで、沙月はそのことを自覚できなかったわけである。

 蓮司は蓮司でルールに合わせて慣れないながらに寸止めしようとしていたが、逆に言うと蓮司が苦心していたのはそのくらいだ。ルールで禁止されていない以上、蹴りも行えば砂を蹴っての目潰しも平然と行った。勝利のために躊躇しないのが冒険者であることを鑑みれば、なんとも冒険者らしい振る舞いと言えるだろう。

 まあ、それ故に沙月が差異を埋めるのに時間が掛かったわけだが。

 

「レンジとサツキ殿は互いから学ぶところが多いと思う。全く同じというわけではないが、得物の方向性も槍という点では共通しているわけだしな」

「レンジ殿の動きには所々に無駄が散見される。サツキ殿から得物の基本的な扱い方を学ぶことで、多少なりと無駄は減るだろう。……一方のサツキ殿は、レンジ殿からこの世界での戦闘が学べる。他の者から学ぶことも出来るだろうが、その場合はどうしても勇者という立場への遠慮が出てしまう。私も王族であるが故に、その点は断言できる。それが物であれ言葉であれ、王族に対し遠慮斟酌なくぶつけられる者など限られているのが現実なのに、それが勇者となれば果たしてどれだけいるものか。その点でも、同じ勇者であるレンジ殿は打ってつけの相手と言えるだろう」

 

 シルヴィのその言葉には実感が込められていた。デュランもまた頷いている。

 

「そういうことらしい。互いが互いに教え合う。沙月もそれで構わないか?」

「構わないけど、然程交流のない異性相手にいきなりの名前呼びはどうかと思うわよ?」

「そういうものか……。だが、この世界では名字のない者の方が大半だ。それを踏まえると、名前で呼ぶ方が現実的だと思うが?」

「む、そう言われると……」

 

 などといったやり取りが蓮司と沙月の間で行われる。

 どちらの言うことも間違っているわけではない。ただ、双方のスタンスの違いである。

 沙月の方は、いずれ日本へ帰還することを念頭に置いている。それ故にどうしても日本での常識を重視してしまうのだ。

 一方の蓮司は、別に日本へ帰れなくても構わないと考えている。帰れるものならば帰りたいとは思うが、その可能性は限りなく低いと判断しているのだ。また、召喚当初の仕打ちが仕打ちだっただけに、否応なくこの世界に適応せざるを得なかったし、その分だけこの世界での常識を重視している面もある。

 同じ勇者として召喚された者同士、されど辿ってきた経緯の違い。その一端が、互いのスタンスに表れているのだった。

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