「あの、美春さん? 亜紀ちゃんも……」
リオはおずおずと美春と亜紀の名を呼んだ。
シャルロット王女らをガルアーク王国からの使者として精霊の民の里へと連れていき、再びガルアーク王国へと戻ってきたあと、リオは美春と亜紀に自分の秘密を打ち明けた。
自分の己惚れでなければ、それは二人にとっても残酷な真実だが、伝えるべきだと思った。考えに考え抜いた末の決断だった。
日本に比べてこの世界は生命が安いし、最優先ではないにしろ自分は仇討ちを目指している。いざルシウスと相対したとして、負けるつもりはないが、勝てるとも断言できない。相討ちになる可能性もあれば、勝てたとしてもものを喋れなくなる可能性だってある。
また、二人が日本に帰還できるかも定かでない以上、自分が教えない限り二人は永遠に真実を知らない可能性がある。
そして、二人は既に高校生と中学生だ。最低限の分別は付けられる年齢に達している。
そういったあれやこれやを鑑みると、それがどれだけ残酷な真実であれ、黙ったままでいるのは不義理ではないのか? そう思ってしまったのだ。
結果、二人に真実を打ち明け、内容が内容であるために落ち着いて考えてもらおうという思いもあって、二人とは暫しの距離を置いていた。平たく言えば、リーゼロッテに同行しての北方訪問がそれなわけだが。
リオがガルアーク王国に戻ってきた時点ではまだ整理が付いていないようだったが、それでも時間を空けたことが良かったのか、数日も経てば二人とも整理が付いたようだった。
それはいいのだが、以降の二人はやけにリオと一緒にいたがるのである。リオとしてはむしろ距離を置かれることを想定していたため、それが不思議でならなかった。
然るに、今日こそはどのように結論付けたのかを確認しようと思い、二人の名前を呼んだわけである。
「なぁに? リオ君」
「なんですか? リオさん」
「ええと、その、なんて言うか……自分にくっ付きすぎじゃないかなぁ? と。それが嫌なわけではないんですけど、俺としてはむしろ距離を置かれると思っていたので、不思議でならないわけです」
小首を傾げる二人に対し、リオは切り込んだ。
『ああ、なるほど……』
それに対し、二人はポンと手を打った。思えば、自分たちの出した結論をリオには伝えていない。そりゃあ、リオにとっては不思議でならないだろう。
最初に口を開いたのは美春だった。
「確かにそうなっていた可能性もあります。私自身、随分と悩みましたし、色々と相談に乗ってもらいました。その結果、気付いたわけです。私はハル君がハル君だから好きなんだと。外見が全く関与しないわけではないですけど、私にとって重要なのは内面なんです。それは人柄であり、もっと言えば『心』とか『魂』とかに分類されるものだと思うんです」
「言わんとすることは分かりますが、俺は天川春人とは別人です。確かに前世は天川春人でしたし、その点で言えば同一の魂を持っていると言えるのでしょうが、俺は天川春人であれば行わないようなことも必要であれば行います。その最たるものが殺人ですね」
「そうですね。それを否定はしません。ですが、それでも、私にとってハル君とリオ君は同一人物なんです。根っことか軸の部分は変わらないように思えるんです。である以上、その程度は些細な違いです」
「殺人が『些細な違い』……ですか?」
「はい。世の中、不変の人なんて存在しません。良かれ悪しかれ、みんな何かしらに影響を受けて変わっていきます。ですけど、その一方で変わらない部分もあると思うんです。……そして、人との関係を築くに当たり何を重視するかも人それぞれです。だから、私にとってリオ君とハル君は同一人物なんですよ。肉体の違いなんて些細なことです」
美春は迷うこともなく、揺らぐこともなく、リオの言葉に己が言葉を返す。
「そもそも、顔も会わせないまま十年も想いを積み重ねるなんて、普通ならしませんし出来ないと思います。幼い頃に交わした結婚の約束を信じて努力を積み重ねることもまた、出来ないと思います。ですけど、私はそれをやり遂げました。……だからそう、言ってしまえば、私は『重い女』なんだと思います。理屈なんかどうでもよくて、私が納得できるかどうかなんです。そして、私はハル君とリオ君が同一人物なんだと納得した。この決断をリオ君がどう思うかは関係ありません。ただそれだけの話なんです」
それは滅茶苦茶な理屈だった。いや、理屈でもなんでもない。
しかし、リオは納得した。その言い分を受け入れてしまった。
「はは、参りましたね。そんなことを言われてしまったら、俺には返す言葉がありません。……天川春人もまた、美春さんとの再会を、約束の成就を夢見て並みならぬ努力を積み重ねました。遊びなんかにも目を向けることなく。である以上、美春さんの言葉に則るのなら天川春人は『重い男』であり、その生まれ変わりである俺もまたそうなんでしょう。……実際、今の俺は幼い頃に殺された母の仇を討つことを願って止みません。その点を鑑みると、方向性こそ違うものの、確かに『重い男』です」
そしてリオは、美春の言い分を認める旨を言葉に乗せて返した。それを受け、美春が顔が笑みを浮かべる。
「私の場合、そもそも春人お兄ちゃん大好きだったのが、突然の両親の離婚で『愛しさ余って憎さ百倍』になっちゃって、だけどそれがお門違いだと知っちゃった結果、何やかんやあってリオさんを『お兄ちゃん』として認定してしまった感じです。……まあ、ぶっちゃけ私も『重い女』だったってことですね。『ブラコン』で『シスコン』で、自分可愛さの余りに庇護者を求めて止まない『寄生虫』。そんな、人格的には最低最悪な人間が私なんですよ。人を恨み続けるのって疲れるのに、それをこの齢になるまで継続していたわけですから、『重い女』であるのには言い訳の余地がありません」
「そ、そうなんだ……。いや、そこまで自分を卑下するのはどうかと思うけど……」
堂々とした亜紀の宣言に、リオは引き気味になりながらも頷いた。
評価なんてものは人によって様々なのが現実だ。どれだけ周囲からの評価が高くても、自分を認められない人物はいるものだ。
つまり、亜紀の自己評価に関してリオに出来ることは、地道な働きかけしかない。
リオの思うところ、これは亜紀からの救援信号だ。こんな自分でも受け入れてほしい。そう、リオに求めているのだ。
そしてそうと察してしまえば、リオがその手を振り払うことは出来なかった。どうしようもなかったとはいえ、前世の自分はその手を振り払った。だからこそ、今またその手を振り払うことはどうしても出来なかった。
「ここにいたか、リオ」
そこに声を掛けてくる人物があった。小柄な体格だが、その態度は傲岸不遜。氷の勇者、蓮司である。
「ああ、蓮司さん。すみません。待たせてしまいましたか?」
「いや、単に俺が待ちきれなかっただけだ。沙月との手合わせもそれはそれで糧になっているが、俺の知る限り、あらゆる意味で最も都合がいい相手がお前だからな。待ちきれなくなっても仕方ないとは思わないか?」
「まあ、分からなくもないですが……」
勇者の中でも、蓮司はひときわ強くなることに対する思いが強い。北方で顔を会わせてからというもの、リオは度々手合わせをせがまれていた。
強者というだけなら他にも候補はいるが、イオリは武器使いではなく無手だし、アマリは砲台スタイルだ。デュランたちとは条件が合わない。まあ、実際に手合わせをすればそれはそれで糧になるだろうが、蓮司との共通項が少なすぎて大きな成長は期待できないのも確かだ。
その点、リオは剣だけでなく槍も使えるし、精霊術を教えることも出来る。蓮司にしてみれば、教師役としてこの上ない相手であるのは間違いない。
当然だが、リオの方も利があって引き受けている。『勇者と六大精霊が契約状態にある』というのは、あくまでも状況からの推測でしかないのである。真偽をハッキリとさせるために文献を洗ってはいるものの、あるかも分からないのが実情だ。
然るに、他のアプローチによる情報収集が求められるのは自明の理だ。その点において、勇者自らが契約精霊に働きかけるというのは、リスクを度外視すれば妙手と言えるだろう。
まあ、そのリスク故に強制させることも出来ないわけで、だからこそ、進んでやってくれる蓮司は得難い相手なのである。
「そちらの危惧も分からんではないが、情報が不足している現状、どの道誰かがやらなくてはならないことだ。お前たちもそれを認識しているからこそ、他ならぬお前自身が度々教師役を務めてくれているんだろう? ……悲観的な思考も重要だが、それに囚われすぎるのもよくない。お前はもう少し楽観的にモノを考える癖をつけるべきだ」
「……善処します」
まさかのダメ出しに、リオはそう答えるしかなかった。
イオリたちとの出会いを経て多少は前向きに考えられるようにはなったが、やはり根底には悲観的だったり慎重な思考が付き纏う。
まあ、夢に向かって努力した末の結果が、叶わぬままの事故死であり、生まれ変わった先では母親を騙し殺され、幼い頃からのスラム生活を余儀なくされ、王女を救った恩賞として招き入れられた王立学院では、浮浪児故の蔑視に晒された。ついには冤罪を着せられてベルトラム王国を出奔する羽目になり、その後も暗殺者を向けられた。極めつけが、生まれ変わった先で前世の想い人との出逢い兼再会だ。
元来、人は苦しいことや悲しいことの方が記憶に残りやすい生き物なのだ。それを鑑みると、悲観的だったり慎重になったりしてしまうのも無理はないのではないだろうか、と自己弁護するリオだった。
無論、楽しいことや幸せだと感じたこともきちんと記憶に残ってはいる。しかし、そちらの方は『何気ない日常』といった風味が強く、どうしても『これ!』という印象が残りづらいのも確かだった。
「やらない奴のセリフだぞ、それ」
呆れを滲ませて言いながら、蓮司は練兵場へと歩き出した。リオもまたそれに続き、美春と亜紀も付いてくる。
「……何かあったのか、お前ら?」
その様は、美春や亜紀との付き合いが薄い蓮司には、或いは付き合いが薄いからこそか、異様に思えた。蓮司が二人に抱いていた印象など、何事かに悩んでいた、という程度でしかない。それが数日後にはリオにべったりになっているのだから、疑問を覚えて然りである。
「いや、何と言いますか……」
「リオ君は私の想い人の生まれ変わりなんです」
「リオさんは私のお兄ちゃんの生まれ変わりなんです」
どう答えるかを悩むリオを置き去りに、美春と亜紀が口を開いた。
「兄の生まれ変わり? 亜紀だったか? お前の兄はセントステラの勇者という話じゃなかったか?」
「それも間違いじゃないですよ。私の両親は離婚と再婚をしていて、セントステラの勇者――貴久お兄ちゃんと雅人は再婚先の家族なんです。リオさんは離婚した際に父親に引き取られた兄の生まれ変わりですね」
「そう、なのか……。いや、異世界転移者がいるのなら異世界転生者がいてもおかしくはないが……。つまり、リオの前世と亜紀は兄妹で、美春とは『将来結婚しようね』的なベタな約束を交わした幼馴染みで、両親の離婚によって離別を余儀なくされ、再会叶わぬままに兄が亡くなったと思えば、生まれ変わった姿で再会を果たしたと……。勇者として召喚された俺が言うのもなんだが、お前も割と波乱万丈な人生を送っているな」
蓮司は深く突っ込むこともなく、素直に受け入れた。
「ええ、まあ……。でも、意外ですね。もっと突っ込まれるかと思ってたんですが……」
「そりゃあ、日本にいた頃であればこうも素直には受け止められなかったろうが、ここは魔法や勇者の存在するファンタジー世界だぞ? 異世界くんだりに来てまで日本の常識を持ち出してどうする? 俺も坂田と同様に中二病の気があるが、だからこそ断言する。ライトノベルなんかではありがちだ。一作品の中で一人の人物にここまで重なるというのは珍しいかもしれないがな」
リオの考えこそがおかしいと言わんばかりの態度で蓮司は言った。それつまり、要素要素であれば珍しくもない、ということでもある。
そして、そうも自信満々に言われれば、そこら辺の知識に疎いリオは否定しきれないし、興味も湧く。
「そういうものですか?」
「ああ。俺や坂田なんかは、日本の平和な日常を享受する一方で、その平穏な日常に倦怠感を覚えていたタイプだ。まあ、だからこそ、逃避を兼ねてサブカルチャーにのめり込んだんだろうと自分では認識しているわけだが、それ故に今の状況は俺にしてみれば万々歳だ。……お前はそういう知識には疎いのか?」
「そうですね。前世の俺は、美春さんとの再会を夢見てひたすら己を磨くことに没頭していましたから。勉強、武術、農業に料理……生活に役立つことは色々と学びましたけど、その反面、ゲームやアニメなんかはサッパリです。人気作の名前くらいは知ってますが、内容に関してはお手上げです」
リオはサブカルチャーの知識に疎いことを素直に打ち明けた。
「……なるほど。そうなると、やはりサブカル方面での知識が役に立つかもしれないな。人の想像力というものは存外馬鹿にできたものではない。特に、ファンタジー作品だからこそ根幹となるファンタジー要素には厳密な設定が為されている場合が多い。当然ながら、作品ごとに設定が異なっているのが大半だ。この世界のそれと合致とまでは言わずとも類似する可能性は十分にあるだろう。そしてそういう捉え方をするならば俺にも思い当たる作品はあるし、それを試行するために己を磨いている側面もある」
「例えばどんな?」
「さて。例を訊かれると、いろんな作品のそれを参考しているから、逆に答えるのが難しいな……。お前に分かりやすく言うと、いろんなレシピ本のレシピを参考にしているようなものだ。『卵焼き』の作り方ならばどれも大差はないだろうが、『卵を使った料理』なら途端に候補は増えるだろう?」
「ああ、なるほど。『ある程度条件が定められている一方で曖昧な部分も大きい』となれば、それは参考作品も増えますか」
蓮司の言い分にリオは納得した。
「まあ、『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』に他ならないがな。ただ、何も試さないよりは余程いい。元々の勇者の役目を考えると、時間制限がある可能性も否定はできないからな」
「えっと、時間制限って?」
おずおずと訊いたのは亜紀だった。
「言葉通りだ。今はこうして俺たちの自意識・自我がキチンとあるが、『人魔戦争の再来』が起これば強制的に神装に乗っ取られる可能性もゼロじゃない。何せ、究極的な勇者の役目は魔に対する人間兵器だからな。だが、積極的に勇者の力を使って調べておけば対抗できる可能性も生まれる。もっとも、その過程で乗っ取られる可能性も否定はできないが」
勇者の役割――『魔への対抗手段』、『最終兵器』という観点で考えると、蓮司の意見には十分に頷けるものがあった。そして現状、感情以外にそれを否定する要素はない。
「そんな……!?」
「まあ、現状ではあくまでも可能性に過ぎないがな。情報が足りない故に判断を付けることが出来ないのも事実だ。それ故に、情報が手に入った時点では如何ともしがたくなっている可能性も否定はできない。……結局は諸々を考慮した上でそれぞれが選択するしかないんだ」
蓮司が言い終えるのと同時、一行は練兵場へ着いたのだった。
日常の一幕。
リオ=春人も美春も亜紀も、見方によっては非常に『重い人間』だと思います。
なので、こんな決着の仕方もありかなぁ……と。
特に本作の場合、周りに『破壊の意思』を重視する人間がおりますので、少なからず影響を受けるでしょう。
そもそも、リオ自身が理屈なんて大して気にしない人間なのに、理屈を盾に持ち出したところで脆弱に決まってるんです。
だから? それが? と言い続けていれば、まず間違いなくリオの方が折れると思います。相手が美春と亜紀なら尚更です。
あとはリオと蓮司の触れ合いですね。
原作では見られない展開を描写するのも、二次創作の醍醐味です。