「さて、やるか……」
夜。
自室として宛がわれている部屋に戻った蓮司は、ここ最近のルーチンワークに取り掛かった。平たく言えば就寝前の座禅・瞑想である。
それが主軸ではないとしても、人ならざる相棒との対話が描かれている作品は割と多い。そしてそれらの作品の中には、懇切丁寧にそこら辺が描写されている物もある。蓮司はそれらの作品に現状への対処手段を求めたのだ。
無論、このやり方が合っている保証はない。時間の無駄でしかないのかもしれないが、あらゆる意味で情報が不足しているのも事実である。であるならば、蓮司にとってやらない理由はなかった。
もちろん、手当たり次第に試しているわけではない。と言うより、そんな簡単に結果が出るとは思っていないため、まずは現状と作中の描写で類似性の高いものから取り掛かっているのだ。
「リオと沙月には感謝だな……」
リオからは精霊術を、沙月からは武道を学んでいる最中だ。まあ、沙月自身、未だ教えを受けている最中とのことだが、ずぶの素人にとってはそれでもありがたい。取っ掛かりとしては十分だ。この座禅・瞑想も沙月から教わったものである。
結跏趺坐を汲み、自己の内へと埋没していく。……と、言葉では簡単が、実行は難しい。それでも、日々繰り返していれば徐々に手応えが出てきたような気がしないでもない。まあ、それも勘違いに過ぎないのかもしれないが。
徐々に、徐々に、そんな益体もない思考が――雑念が消え去っていく。
それから果たしてどれだけ経ったか。 一秒? 一分? 一時間? それは分からない。蓮司に分かるのは、自分がいま果てしない暗闇の中にいるということだけ。
目を瞑っているから――というわけではない。現実世界の蓮司は確かに瞳を閉じているのだろうが、今現在の、言わば精神世界にいる蓮司は確かに瞳を開いている。少なくとも、蓮司自身はそのように認識している。
「これは初めてだな……」
これまで座禅・瞑想をしてきて、こんな状況になったのは初めてだ。故に驚きが言葉として洩れ、同時に状況の進展にコブシを握る。
その証左として、自分以外の気配と言うか何と言うか、とにかく、そんなものを感じる気がするのだ。
菊地蓮司の中にありながら、菊地蓮司ではない存在。そんなもの、契約精霊以外に思い当たらない。
気配は感じるが、遠いのか近いのかさえも分からない。それでも、今までより一歩前進したのは間違いないだろう。
「やはり、正規のやり方でないとはいえ、精霊と契約しているからなんだろうな。精霊術への理解が進めば、変化が表れて然りと言うわけだ」
蓮司がその様に納得した直後、無機質な電子音が鳴り響いた。蓮司がそれに気を取られた直後、景色が一変する。ぐにゃりと歪む。身体が何処かへと引っ張られていく。
瞳を開ければ、そこは元いた自室だった。テーブルの上では、スマートホンが事前にセットしておいたアラームを奏でている。本来ならとっくに充電が切れていたのだが、イオリによって再充電されたのだ。その点で言えばドグマへの羨望がないではないが、イオリの技量あってこそということも理解している。
溜め息一つ吐いて羨望を追いやり、手を伸ばしてスマートホンを掴み、アラームを止める。
改めて息を吐き、そこで気付いた。
「汗が凄いな……」
額もそうだが、シャツの中もビッショリだ。それだけ、負荷が掛かっていたということか。
流石に、この汗をどうにかしないことには寝られそうにない。
「ついでだから、精霊術の練習でもするか」
ブリザードという現象がある。『吹雪を伴う冷たい強風』を指すが、RPGなんかでも魔法として登場することがままある。作品によって扱いは異なるが、元々の現象故に氷属性や風属性、或いは風と水の融合属性として扱われることが専らだ。
そして、契約精霊の影響もあるのだろうが、蓮司の得意属性は氷である。水や風とは別個の属性として存在している。……がしかし、普通に考えて『重複領域』や『重複属性』とでも言うべきものが存在していて然りなのではないだろうか?
この考えが正しいのであれば、水は無理にしても雪を扱うことは出来るかもしれない。
汗を流すだけならば、蓮司の立場にしてみれば水とタオルを頼んだ方が手っ取り早い。それは蓮司も認めている。だが、こういう細かな積み重ねが成長に繋がるのも間違いない。
そんなわけで、蓮司は睡眠時間を削って精霊術の練習に取り組んだのであった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「おう、菊地。寝不足かよ?」
翌朝。
食堂へ向かう道中、あくびをかました瞬間を弘明に目撃された蓮司は、当然の如くからかわれた。
ニヤニヤとした表情が気に障るが、寝不足なのは事実である。もしかしたらクマも出来ているかもしれない。
誤魔化すのは難しいし、そもそもにして誤魔化す必要もない。別に疚しいことなどしていないのだから。
「ああ。ちょっと精霊術の練習に熱を入れすぎてな」
そのため、蓮司は正直に答えた。なお、足は止めない。自炊能力のない蓮司は、食いっぱぐれると次の食事まで我慢しなければならないからだ。
それは弘明も同じであるため、文句を言うことはない。日本にいた頃は有って当然だった物のほとんどが、この世界にはないのだ。有ったとしても、利便性や性能面で遠く及ばないのが実情である。
「ほぉん? 精霊術のな……」
「本腰を入れて学び始めると、精霊術は非常に奥深い。属性という制限は受けるが、その効果は使い手次第だ。無理繰りでも何でもいいから効果と属性を結び付けて考えることさえ出来れば、あとは術者の技量次第。お前もやってみることを勧めるぞ。と言うか、やれ」
「おいおい、提案じゃなくて命令かよ……」
「水、氷、風、雷、火、土が六大精霊の司る属性なんだろうが、じゃあ光や闇は? 無属性は? 時空属性は? 木属性は? ってな感じに考えるのはおかしなことか?」
「いや、おかしくはないな。特に、俺たちみたいな人種からすると、実に夢が膨らむ話題だ」
蓮司の態度に呆れつつ、弘明は同意を示した。
「だろう? じゃあ、氷属性の俺にはどこまでのことが出来るのか? いや、そもそも氷属性はどこまでを範疇に含むのか? となるのもおかしな話ではないわけだ。そこら辺が気になった結果、ちょっと練習するつもりが想定以上に睡眠時間を削ってしまったわけだな」
「まあ、分からんでもないが……」
理解も納得も出来るが、それでも呆れざるを得ない。
「実際に勉強して分かったことだが、魔術にしろ精霊術にしろ、この世界の術者は、この世界の常識に囚われている面がある。独創性というものが少ないんだ。まあ、無理のないことではあるが……」
「あ~、俺たちの世界じゃあ、あくまでも想像の中の代物だったからな。最初のうちのルールなんぞ、『魔法の使用には魔力なり精神力なりを使用する』くらいじゃねえか? 実際に使えない分、人の数だけ自由に想像されただろうさ」
「それこそが俺たちの強みだ。魔術の行使には先に術式の構築と契約が必要だが、精霊術にはそれがない。その分、契約精霊に左右される部分が大きくなるが、俺たちは六大精霊が相手だ。属性の軛は大きくなるが、属性内の自由度は大きい。俺たちが成長するに従って、その自由度は更に増す。……実に学び甲斐がある」
「言いたいことは分かるけどよ……」
「例えば、お前の得意属性は水だが、じゃあ血はどうだ? 水も血も同じ液体だぞ。なら、血を操れない道理もないだろう?」
「……一理あるな」
言われ、弘明は考え込んだ。
一朝一夕で操れるとは思わないが、練習しておけば隠し玉として機能する可能性は十分にある。
「あとはまあ、普通に『癒しの水』とか『元気の水』とかか。ゲームとかじゃあ、回復魔法が水属性に割り当てられているパターンは多いからな。……世界に漂う魔力がマナ、人が有する魔力がオド。そしてオドは生命力でもある。ならば、マナは世界の生命力と言える。精霊術により、ただの水ではなく生命力を濃縮した水を作り出すことも、お前なら不可能ではないと思えるが? 同じことは沙月にも言える。属性の違いがあるだけで、『癒しの風』とか『安らぎの風』なんてのも珍しくはない。俺も出来なくはないだろうが、氷結というステップを挿む分、どうしても即応性は低くなる」
生命力を集めた氷を作ったとして、それでどうやって回復するかを考えた場合、無難なのは体内に取り込ませることだ。
しかし、戦闘中、暢気にブロックアイスを舐めている余裕が果たしてあるのか? かき氷を食っている余裕があるのか? あったとして、それによる回復力は果たして如何ほどだ? こういう問題が湧き起こる。
別の解答としては『つららをぶっ刺す』とかだろうが、どうしても見栄えが悪いし、やはり即応性にも疑問が残る。
だが、これが水ならば、かけても飲んでもいいし、風ならば撫でられればいいだけだ。どちらも即応性を発揮するイメージが容易に浮かぶ。
「言われてみりゃあ尤もだな。
そういうことであれば練習しておいて損はないかもしれない。弘明はそう思った。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
そんな会話をしている内に迎賓館の食堂に着いた。
食堂自体は迎賓館の中に幾つかあるが、二人が来たのは主賓用のそれである。この食堂を利用できるのは、主賓格と専属護衛くらいなものだ。現状ではフローラ一行、シルヴィ一行、デュラン一行くらいしか利用していない。また、朝食時間も二時間くらいは設けられているので、訪れるタイミングも人それぞれだ。
基本的に、弘明はフローラたちと、蓮司はデュランたちと食事を共にすることが多いが、それも毎回というわけではない。それぞれにやることがあるのだから当然と言えば当然である。北方勢がガルアーク王国を訪れることなどそうはないのだから尚更だ。
「お、今日はいつも以上に空いてるな」
食堂内を見渡した弘明が呟く。
蓮司もまたそれに倣って見渡すと、確かに弘明の言う通りではあったが、幾つかの席は埋まっている。そんな少数の中に見知った人物を見付けた蓮司は、迷うことなく足を向けた。
何を言うこともなく、弘明もそれに続く。
「おはよう、先生」
「はよっす、先生」
二人が向かった先にいたのは、『大地の勇者』桜葉絵梨花の婚約者である勅使川原明だった。
明は日本にいた頃、三十代前半という若さで准教授まで昇り詰めた逸材である。
准教授というものは、ただ研究していればなれるわけではない。ただ教えていればなれるわけでもない。人に教え導くことができ、当然ながら研究には資金が必要になるので出資者を用意することができ、その上で研究の成果を見出すことができ、成果を発表する場に立つことができ、更にはその功績を己が物とすることができなければならない。
部分部分だけならどうにか出来る者も少なくはないだろうが、それら全てを兼ね備えるとなれば稀有である。若さを踏まえれば尚更だ。
そんな明であるから、二人の知るような教師とは異なる柔軟性があった。
生徒の人気取りに終始するような教師とは違う。規定通りのカリキュラムを詰め込むことを優先するような教師とも違う。校則を優先するような教師とも違う。
実際に明と接することで身を以てそれを実感した二人は、自然、明に対して尊敬の念を持つに至った。
そもそもにして、弘明も蓮司も『礼儀作法』という点では劣等生だ。周囲からそれを指摘されたことも少なくはないし、当人たちもそのことは自覚している。普通なら直すことに気を向けるのだろうが、両者は共通して日本での生活に閉塞感を抱いていた。
楽しいことがないわけではないが、所詮は一過性のもの。分かりやすく言うと、『夢』や『希望』というモチベーションを維持するためのものが欠けていたのだ。
幼い頃はそうではなかったが、成長するにつれて、『現実』を知るにつれて、叶うことがないと夢に見切りをつけてしまったのだ。まあ、そんな人たちは珍しくもないのが現代日本という社会であるのだが……。
弘明と蓮司がサブカルチャーに熱を入れたのには、そういう『夢の名残』の追いかけたが故の部分もある。
その最たる要因は、科学技術の発展にあるだろう。それが悪いわけではないのだが、発展速度が早過ぎるのだ。
実際、ほんの数十年前には携帯電話なんてものは登場すらしていなかった。雛形が登場してから、ポケベル、携帯電話、スマートホンとトントン拍子だ。無論、それらの発表には相応の時間的な開きが存在している。それを否定はしないが、それを加味しても早過ぎる。
それらは何も電話に限ったことではない。ネット関係の技術もそうなら、家電の類に使われている技術だって遥かに向上している。
そうして暮らしの利便性が増していく反面、それらなくしては暮らしていくのが難しくなった。顔を会わせて会話をする必要が亡くなった分、人と人との関係性が希薄になった。それに合わせるように詐欺の類の手管が増したこともあり、他人を信じるのが難しくなった。
アニメやゲームに熱中することをバカにしてくる者がいる。男子にしては小柄な体格というだけで見下してくる者がいる。そんな輩がありふれている世の中で、礼儀を尽くすに値する相手もいないのに、どうして礼儀作法なんぞに力を入れられるか。
弘明と蓮司にはそういう言い分があった。だが、友人も教師も、果ては家族も、周りの人たちは二人の言い分を素直に受け止めることをしなかった。『もう分別のない子供じゃないんだから』、『大人になれよ』、『現実と折り合いを付けろよ』……誰も彼もが似たようなことを返すだけ。
無論、二人とてそれらの言い分には理解を示すが、だからといって納得できるわけではない。
そうして、そういう『分別をつけた大人たち』で構成されているのが現代社会というものであり、それに馴染めない
ルビア王国に滞在している頃、二人はそういう不満をぶちまけたことがあった。きっかけは食卓で出されたワインを飲んだことだったか。この世界には『お酒は二十歳から』なんていうルールがない。つまり、食卓にワインが並んでも珍しくはないのだ。
弘明の場合、召喚時に事情を聞いたユグノーの指示で弘明の同席する食卓にはワインが出されていなかっただけである。
蓮司の場合、ソロの冒険者ということもあり、弱みを見せまいとして飲酒を控えていた。
だがそんな事情、説明しない限りルビア王国の者が知る由もない。また、ルビア王国が異界の事情を窺うとすれば、必然として自分たちが掲げる絵梨花と明が優先される。そして二人は、飲酒可能年齢に達している大人である。
結果として食卓にワインが並び、元々飲酒に興味があったことや、異世界ということで殊更日本の法律に囚われる必要がないこともあり、二人はワインに手を出したのだ。
当然、大人の義務として絵梨花や明はそれを止めようとしたが、後者の理由を持ち出されれば止めきれる筈もない。……なお、ひときわ異界というものに慣れていたこともあり、その場に同席していたイオリは二人の飲酒について止めることをしなかった。流石に雅人の飲酒に関してはモノ申したが、それも『飲むなら低アルコールに留めておけ』程度である。
ともあれ、初めての飲酒でアルコールに呑まれた二人は、盛大に日本の不満をぶちまけて愚痴を吐いたのだ。
そして、それに明が同調したのである。まあ、どれだけの成功者であろうと、愚痴や不満はあって然り。日本にいた頃は様々なしがらみに囚われて迂闊に吐き出すことが出来なかったが、異世界でならばその限りではない。
同調意識というものは、関係を深める上で重要な要素だ。現代日本という社会に対する不満をぶちまけたことで、同性ということもあっただろうが、三人は一気に仲を深めたのである。
そんな経緯もあって、明が准教授ということから、二人は明のことを『先生』と呼ぶようになり、明もまた二人のことを『生徒』と扱うようになったのだ。
「やあ。おはよう、二人とも。……蓮司君は寝不足かな? 目元にクマが出来ているよ」
「ああ。ちょっとばかし精霊術の練習に熱を入れすぎた」
「……なるほど。『好きこそものの上手なれ』とも言う。その気持ちは分かるけど、無理だけはしないようにね。……まあ、僕自身、偉そうに他人のことを言えたものでもないんだけどね」
「へえ? そういうもん?」
「そりゃあね。この齢で准教授になるって言うのは、それだけ力を入れた証だよ。こう言っては何だけど、肩書はその方向性やらがマッチした結果でしかない」
「ヒュウ♪ それって、成功者だからこそ言えることだぜ?」
「かもしれないけどね。ぶっちゃけ面倒なものだよ。好きなことを好きなように研究できたら、それが最高だ。ただ、現実はそんなに優しくはないからね。弘明君は僕のことを『成功者』と評したけど、僕自身としては運が良かったからとしか思っていない。そりゃあ、結果を出すために努力はしたけど、特に周りの人・物・環境は意思だけじゃあどうにもならないから……」
肩をすくめてそう言われれば、弘明もそれ以上は茶化せない。真実、明が肩書を重視していないことが分かったからだ。まあ、そういう人物だから尊敬が出来るのだが。
そんな感じで会話をしつつ、朝のいっときは穏やかに過ぎていったのであった。
原作の弘明には鍛錬嫌いな面が散見されるわけですが、それはそれとして、魔法の練習に精を出しても良いと思うんですよね。日本にいたままじゃ使うことも出来なかったわけなんですし。
魔術と精霊術の違いから教師役がいなかったとしても、弘明なら創作物を参考に出来るわけですし。
精霊術の原作設定的に、よっぽど的外れな作品を参考にしない限り、ある程度の効果は出ると思います。
固有の隠し玉なり必殺技を持つことは、俺TUEEEをしたい弘明の方向性ともマッチします。
原作の場合、それが八岐大蛇なんでしょうけど、あれは大味すぎて隠れた練習なんか出来やしないでしょう。
そういう実情に加え、原作からしていろんな投稿小説を読んでいることが示唆されている弘明であれば、むしろ創作物を参考に魔力コントロールなんかを練習してもおかしくないと思ってます。
努力する姿を見せない俺、カッコいい……みたいな感じで。それでここぞという場面で活躍すれば尚更カッコいいですし。
そういう疑問があったため、本作ではそこら辺を蓮司にやってもらいました。創作物を参考にする訓練は、蓮司であればやってもおかしくありませんし。
んで、そこから弘明に影響させる展開にしました。
各種創作物に詳しくないリオであれば、光は光、水は水という感じでイメージが固まってしまうかもしれませんが、サブカル知識豊富な弘明とか蓮司であれば、『水=液体=血』とか、『氷=冬=吹雪』みたいな感じでイメージを広げても不思議はないとも思います。
あと絵梨花の婚約者であるテシガハラアキラですが、原作では漢字が不明なため、本作では『勅使川原明』とさせていただきました。准教授という設定から、究明や解明の『明』にした次第です。
三十代前半という若さで准教授になってるわけですから、それだけ人脈構築能力や人心把握能力もあると思ってます。
その前提で考えると、弘明や蓮司とも上手く付き合えるかな……と。