「さて、いよいよ明日は夜会か……。やってやれないわけじゃないが、堅苦しいのは苦手なんだがな……」
「だね。でもまあ、私たちは初日の参加だけで済むし、他の人たちに比べればまだ楽なんじゃないかな?」
夜。
満天の星空の下、イオリはアマリへと愚痴を零した。確かにパーティーではあるのだが、一般庶民が気楽に楽しめるようなそれではない。開催する必要性と、それに自分が参加する必要性も分かってはいるが、気乗りするかはまた別だ。
アマリはそれに同意しつつも柔らかく宥める。……が、それを聞いたイオリは逆に怪訝な表情を浮かべた。
「いや、アマリ。たぶん、俺たちも全日参加だぞ?」
「え?」
見るからにポカンとした表情を浮かべるアマリ。
「普通に考えれば、勇者召喚に巻き込まれた日本人、イオリ・アオイとアマリ・アマノとして紹介しないわけにはいかないだろう。その一方で、ガルアーク王国としては、黒竜討伐の立役者であるエクスクロス教導傭兵団のアイオライトを紹介しないわけにもいかないだろう。それを功績として名誉騎士に任命しているのだから尚更だ。同じことはアクアマリンにも言える。アイオライトの功績あってこそではあるが、同じエクスクロスの団員ということでシャルロット王女の教師役に任命された部分があるのは否定できないからな。大々的に紹介する場があるのならやらない筈がない」
国内に対しても、国外に対してもだ。
「……そっかぁ~。そりゃあ、そうだよねぇ~。え~、でも私、なんで初日の参加だけなんて勘違いをしたんだろう……?」
「アマリ・アクアマリンとアマリ・アマノに対する伝達がごっちゃにでもなったんじゃないか?」
「う~ん、そう考えるのが無難かな……?」
取り敢えず、そういう風に結論付けるしかなかった。
現在、二人がいるのは未開地だった。精霊国ヘキサグラムの構成都市――となる予定の場所である。
過日、シャルロットや沙月と共に精霊の民の里へと赴いたアマリは、その自由時間を用いて未開地を探索。街を構えるに手頃な場所に目星を付けると、ホームとなる転移陣を刻んだ。その後はルーン・ゴーレム――正確に言うと『もどき』――を作成し、街の土台となる整備・整地作業を任せていたのである。
もどきとはいえ、制御頭脳となる『ウォルンタス』は組み込んであるし、最低限の戦闘能力も持たせている。そもそもが数メートル越えの巨体なのだから、それだけで一定の脅威度は保有している。
ウォルンタスによって簡易的な自己判断は可能だし、制限付きとはいえ外部からの魔力吸引機構を取り付けているので動力の問題もクリアしている。結果、きちんとお役目を果たしてくれていたようだ。もっとも、時折様子を見に来ていたので、動作に問題がないことは分かり切っていたわけだが。
無論、移動手段は転移である。ガルトゥークに用意されたエクスクロス用の拠点にも転移陣は作成済みなため、余程の異常が起こらない限りは双方間の転移が――正確に言うと、ホームポイントを介することで各所に用意した転移陣への跳躍が可能となっている。
現在、転移陣はホームの他にも精霊の民の里、ガルトゥーク、アマンド、ルビア王国王都、クレイアのクレール伯爵邸地下、元ヴィルキス王国・現『永世中立国ブレイブ』の中央都市『ブレイブタウン』に用意されている。
なお、永世中立国ブレイブは、特に北方地帯における勇者関連情報の紛失を危惧したことにより作られた新興国である。
国の最高意思決定者は勇者だが、誰か一人というわけではなく、勇者同士の合議制で採決が決まる。とはいえ、基本的には各国から出向された人員の協議によって運営されることとなっている。勇者が口出しするのはよっぽどの時だけだ。
北方に召喚された勇者が、揃いも揃って召喚当初に置かれた不遇な状況を鑑みれば、情報の保全場所を用意するのは必須である。それでいて、事が勇者に関わる内容であるからには、どこか一国に任せるには各国に不安と不満が残るのは間違いない。
その結果、場所として白羽の矢が立ったのが元ヴィルキス王国であり、王政に依らぬ運営方法だったわけだ。
自国が、召喚された勇者の一角である蓮司にしでかしたことを勇者の連名で公表されては、ヴィルキス王国も文句を言うことは出来ず、おとなしく国をたたんで土地を明け渡すしかなかったのである。
しかし、立場を追われたとはいえ王族は助命されているし、何ならブレイブの運営に携わることも許可されているので、不満は思いの外少ないとの報告が入っている。……まあ、だからといって油断は出来ないわけだが。
「ともあれ。そろそろ、ここに来た目的を果たすとするか」
「そうだね、イオリ君」
そもそも、二人が未開地にやってきたのにはきちんと理由が存在する。
確かにルーン・ゴーレムは自立行動をとってくれるが、それにも限度というものがある。街づくりを行うに当たって邪魔となる木々の伐採、岩石の除去、魔物や害獣の討伐はしてくれるが、言ってしまえばそこまでなのだ。伐採した木々やどかした石材を使って建築してくれるわけではないし、魔物や害獣の解体をしてくれるわけではない。つまり、新たな指示を出さないことにはそれらが溜まっていく一方なのだ。
片付けるように指示しておけばいいじゃんと思うかもしれないが、何せここは未開地だ。そう、基本的には人の寄り付かぬ土地なのだ。ヤグモ地方と行き来する者がいないわけではないし、精霊の民の里のように定住する者がいないわけではないが、前者は基本的に通り過ぎるだけだし、後者の行動範囲は限られる。そういった条件下なこともあって、お宝が眠っている可能性を――むしろ、資源自体がお宝である可能性を否定できないのだ。
「おっと、結構溜まってるな……」
木材、石材、死骸といった感じで種類ごとに保管場所を分けているのだが、それぞれの場所には結構な数が溜まっていた。
「本当だね。だけどこの数、人口氷室にしてなかったらヤバかったかも……」
死骸の保管場所を覗いたアマリが冷や汗を流す。小型のワイバーンやら狼やらを始め、主雑多な害獣や魔物の死骸が所狭しと転がっている。
「確かにな。腐ってないようでなによりだ」
餌にもならないのにルーン・ゴーレムを襲う意味が分からないが、魔物や害獣相手に意味を求めたところで無駄とも言える。動いているから襲った、なんて可能性もあるかもしれないわけだし。
理由がどうあれ、死骸があるのは事実である。イオリとアマリは、それらを手分けして亜空間に放り込んでいく。売れば結構な金になるだろうし、価値次第では売らずに誰かしらに提供することで恩を売ってもいい。どちらにしても利点がある。
そして、それは死骸以外にも同じことが言えた。分析のドグマで解析したところ、木材は結構な強度と性質を誇っている。加工は難しいかもしれないが、技量と設備次第では十分に可能だろう。家具にするには打ってつけだ。また、岩石の中にはいくつか鉱石も混じっている。
「街づくりだけど、そのうちドミニクさんたちに依頼するのが良いかもしれないね。……あ、ドミニクさんは精霊の民の里のエルダードワーフなんだけど」
「ああ、なるほど」
ドミニクと聞いてもパッと思いつかなかったイオリだが、補足を聞けば理解できた。
「まあ、シュトラール地方中から亜人族を掻き集めているわけだしな。精霊の民の里がどの程度の規模なのかは分からないが、何の手も打たなければ、そのうちにキャパ不足になってもおかしくはないだろう」
「うん。だから、そこら辺の解決策も込めてね」
「知れば、リッカ商会――リーゼロッテさんも絡んでくるだろうな。街づくりとなれば大規模な人手が必要となる。そこら辺は亜人族で賄うとしても、食事に関しては如何ともしがたい。しかし、時空の蔵とやらがリーゼロッテさんに提供された以上、食材の輸送だけなら彼女一人がいれば済む話だ。それに、これなら転移陣を必要以上に明かす必要もない」
現状では絵空事に過ぎないが、話の持っていき方次第では実現する可能性は高いだろう。
「素材の回収も終わったし、そろそろ戻ろうか」
「そうだね」
二人は転移陣の元へと戻る。
なお、転移陣は野晒しにしているわけではない。ドグマを用いて作った石壁で囲ってある。魔物や害獣に襲われる可能性を考慮すれば当然の措置だし、石壁も中々に頑強だ。もっとも、本当にただ石壁で囲っているだけなので、広さはあるが殺風景なことこの上ない。
「そのうち、ここもどうにかするか……」
「流石に、もう少し見栄えをどうにかしたいよね……」
顔を見合わせて頷いたあと、二人はガルトゥークの拠点へと転移するのであった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「そんなわけで協力を願いたいんだがどうだろうか?」
翌日。
イオリたちはリオに話を持ちかけていた。ドミニクの協力を得ようとすれば、まずリオかアルマの協力を得ることが必要だと判断したからだ。
「いや、イオリ。いきなり『そんなわけで』とか言われても内容が分からないから。そんなんじゃあ返答のしようがないから」
しかし、リオには呆れ顔で突っぱねられた。まあ、肝心の内容を話していないのだから無理はない。むしろ、これで受け入れられたら逆に困惑する。
「……ふむ。お約束が『お約束』として機能するのは、やはり創作物の中だけか。まあ、分かっていたことではあるけど」
「ごめんなさいね、リオ君。イオリ君も普段は真面目なんだけど、時折はっちゃけちゃうから……」
「いやまあ、いい加減、付き合いも濃いんでそれは分かってますが……。と言うより、偶にはっちゃけるのはアマリさんも同じでしょうに……。で、結局なんなんです?」
そんなやり取りが行われたあと、改めて未開地の拠点に関する相談が持ちかけられた。
「あの時、里を抜け出してそんなことをしてたんですか……。けどまあ、未開地の街づくりですか……。確かに尤もな話ではありますね」
話を聞いたリオは頷いた。……精霊の民の里から帰る際に経由はしているのだが、あくまでも魔法陣を通っただけだ。周辺を確認したわけでもないので、ホームであることまでは分かっても、そこがどこなのかまでは分かっていなかった。
ブラックワイバーンの素材に釣られ、今でさえ結構な数の亜人族が引き渡されている。今はまだ精霊の民の里も収容できるだろうが、状況次第では収容しきれなくなるだろう。遅かれ早かれ、土地を拡張するか、新たな受け入れ場所を用意する必要があることに違いはない。
そこにリオのカバーストーリーが加わると、選択肢は後者一択だろう。基本、精霊の民の里は隠れ里なのだから。シャルロットや沙月たちを連れて訪れたことこそが例外と言える。
新たな受け入れ先を用意すると言っても、本来ならそう簡単に選べる選択肢ではない。……が、それを可能にするのがドグマの規格外さを知らしめている。ルーン・ゴーレム――いわゆる『岩人形』を作成して土地の整備を進めているなど、リオとしても俄かには信じ難い話だが、ゼルガードという巨大ロボットを知っている身では否定もしきれない。
そして、土地の整備が進められているのなら、あとは実際にそこに住まう人がいれば最低限の体裁は整う。そして大工仕事なら、エルダードワーフであるドミニク一派の右に出る者はいない。可能な限り短期間で事を済まそうと思えば、彼らに協力を求めるのは道理だった。
「様々な事情が複雑に絡み合ってはいますが、俺が『ヘキサグラム精霊国の国主』なんてのを演じなくてはいけなくなった理由の一つには、『人魔戦争の再来に備えて』という面が無きにしも非ずですからね。伝承を紐解けばシュトラール地方だけで対抗するのは愚の骨頂ですから、どうにかヤグモ地方の協力を得る必要もあります」
そのために、ヤグモ地方にルーツを持つリオは都合が良かったのだ。面倒ではあるが、その点はリオも理解と納得を示している。
「話が持ち上がった当初はカバーストーリーだけで済みましたし、往復の難度を鑑みればそれは当面も変わらないでしょうが、それでも、明日には大国の夜会で正式に紹介されるのも事実ですからね。いつカバーストーリーだけでは済まなくなるか分かったものじゃないのも確かです」
転移魔術の込められたアーティファクトを理由にヘキサグラムへの来訪者に制限を掛けるにしても、どうしたって限度というものがあるのだ。
そも、国家間交流のお題目がお題目であるために、状況によっては互いの感情など小事として切り捨てられかねない。魔に滅ぼされてしまったら元も子もないのだから。
すぐにどうこうなるとも思えないが、新種の存在を始め、魔が暗躍しているらしきこともまた否定はできないのが現状である。
それらを鑑みると、実際に外交の使者を受け入れられる場所は必要なのだ。まあ、土地柄を考慮すれば規模は小さくても構わないし、それが救いでもある。国民の少なさを理由に挙げれば、未開地の実態を知らぬ者はそれを信じるしかないのだから。
「取り敢えず、リーゼロッテさんにもお話しに行きましょうか。……そういったあれやこれやを話し合う時期を迎えた。少なくとも、その点で意見を一致させておく必要があるのは間違いないでしょう」
そんなわけで、三人と一匹はリーゼロッテの元に向かうのであった。