精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第44話

「よお、来たな」

 

 今日から三日行われる夜会の舞台となる、ガルアーク王国城隣接の社交館。イオリとリオが声を掛けられたのは、正装に着替えたのち案内された、その控室に入った途端のことである。

 見やると、案の定そこには、やはり正装に着替えた弘明の姿があった。無論、いるのは弘明だけではない。見知った顔もあれば見知らぬ顔もある。

 

「しかし、なんだ。割と遅かったな。何かしてたのか?」

「ええ、まあ。少しばかり、今後のことについてリーゼロッテさんに相談をしてから来たものでして……」

 

 弘明の問いにリオがそう返した瞬間、室内の空気が僅かに固まった。

 

「いやまあ、間違ってはないんだろうが……。リオよ、その言い方はあらぬ誤解を受けるぞ」

 

 溜息を吐きながらそう忠告したのは蓮司だった。出会ってからの時間は短いが、訓練やら何やらを通し、リオとの関係はそこそこ深い。

 

「え? ……あ~、そういうことですか。なるほど。言われてみれば尤もですね」

 

 直接的な忠告を受けたことで、リオは自分のセリフが紛らわしかったことに漸く気付いた。事情を知らぬ者には男女関係を想起されても文句は言えまい。双方共に年頃なので尚更だ。

 

「簡単に説明させていただきますと、自分たちがシュトラール地方の亜人族を引き取っているのは御存じのことと思いますが、それによる問題もあるわけです。一言で言えば住民の収容限界ですね」

「あ~、そりゃ当然の話だな。俺は行ったことがないから理屈の話でしかないが、家にしろ街にしろ、こんな風に『シュトラール地方で奴隷として扱われている連中を引き取る』なんて考えの下に作られたわけじゃあねえ筈だ。そりゃあ、理想としてはあったかもしれんがな」

 

 リオの言葉に納得を示したのは弘明だった。まあ、言葉に出したのが弘明というだけで、頷くことで納得を示している者は他にもいる。

 

「こういう言い方をするのはアレだが、理想はあくまでも理想に過ぎんだろ。元々の母体がシュトラール地方の迫害から逃れた連中であることに加え、場所がシュトラール地方とは比べ物にならないほど強力で凶悪な魔物や害獣が闊歩していると言われる未開地だ。技術は凄いようだが、どうしても人手の面で規模の拡張も頭打ちになった筈だ」

「仰る通りです。そのため、新たに街づくりを始める必要性に迫られまして……。土地の整備なんかは、アマリさんがドグマで岩人形を作ってやってくれてたんですが、流石に岩人形任せには限度があるらしく……。そうなると実際に人手を駆り出すしかないわけですが、今度は相応の食料が必要になってきます。ですので、折を見てそこら辺についての相談をしたい旨を伝えてきたわけです」

「補給は重要だからな。リッカ商会ほどの大手ならば多くの食料を用意することは十分に可能だろうし、リーゼロッテ女史にはそちらから提供されたという時空の蔵もある。つまり、輸送能力も問題はないわけだ。問題は道中の安全だが、護衛対象が彼女一人だけならば十分に可能だろう。……いや、実に羨ましいものだ」

「まったくだな。かく言う我らも多少なりとリッカ商会の恩恵に与っているわけだが、やはり貴国との直接的な繋がりが欲しいのは否めない。……どうだ、リオよ。現在の町づくりが一段落付いたら、今度は未開地の北方にも街を造ってはくれまいか? そうしてくれると我らも助かるのだが……」

「お気持ちに理解は示しますが、私からは何とも言えませんね。意見を述べることは出来ますが、それも状況次第です」

 

 シルヴィの無茶振りに対し、リオは苦笑して受け流す。

 

「期待はしておくとしよう。現状はガルアークを介しての付き合いしか出来ないわけだが、先を見据えた場合、それでは即応性に欠けるのも事実なのでな」

「それを言うと、ヘキサグラムに頼りっぱなしも問題になってくるぞ? 少なくとも、私たちの側からも未開地に進出する必要はあるだろう。戦力的にそれが可能かどうかは疑問が残るがな……」 

「問題はそこだな。現行の魔術は、魔物や害獣を相手取るには心許ない部分がある。無論、それ故の利点があるのも否定は出来ないが……」

 

 術式により、誰が使っても威力や着弾速度などは変わらない。その分だけ計算に組み込みやすく、その点は確かに利点だが、人とは比較にならない頑健性を誇る魔物や害獣が相手になると、途端に威力不足に陥るのだ。決してダメージを与えられないわけではないだろうが、それが蚊に刺された程度のダメージであった場合、効果がないのと一緒である。

 同時、それらの特性により、戦争では数の差が優劣に直結してしまうのだ。例として百対千の戦いの場合、理論上、百分の魔法は相殺可能でも、残り九百の分が素通りになってしまうのだから無理からぬことだ。魔術に頼る場合、質で覆すといったことが極めて難しいのである。

 

「実際に精霊術やドグマを目の当たりにすれば、多少の不便さを許容してでも自由度が欲しくなってくるというものだ。……セリア女史から提供された新魔術は、今までの魔術に比べれば確かに度を超えて強力なものだったが、当人が未完成と言うだけあって負担は大きいからな。広めたところで使いこなせる者は少ないだろう」

「確かにな……」

 

 昨日の光景を思い出したデュランとシルヴィは――いや、実際に場面を目撃したそれ以外の面々も揃って溜息を吐いた。

 セリアが開発した新型術式、仮称『アクセルモード』は、それほどに使いにくいものだったのだ。試しに使ってみたところ、デュランとシルヴィという一流の戦士ですら振り回されたのである。確かに自己強化の度合いは現行の魔術とは比べ物にならないほど強力だが、それだけに感覚が追いつかないのだ。十秒という時間制限を設けるのも納得の代物だった。

 

「あ~、どいつもこいつも盛大にコケてたな。転ばなかったのは、アンタたち二人の他はアリアさんとセリアさんだけじゃなかったか?」

 

 実際、弘明の言う通りであった。

 一行の中だと相対的に魔術の使い手が少なくなっているが、護衛を含めれば話は別となる。鬼ごっことはいえ訓練という体裁を取っていることに違いはないため、王族が参加するなら護衛も付き合わないわけにはいかないのだ。そして、その護衛連中が新型術式を扱いきれず盛大に転倒したわけである。

 

「談義もいいですが、そろそろそちらの方々を紹介されてはどうですかな?」

 

 一種の身内話に口を挿んだのは明だった。手で示された先にいるのは、リオとイオリの見知らぬ面々。その中の一人が代表して口を開いた。

 

「いやはや。申し訳ありませんな、アキラ殿。……リオ様、そしてイオリ様、お初にお目にかかります。クレティア公爵家当主、セドリック・クレティアと申します。娘のリーゼロッテを御贔屓いただいているようで感謝いたします。以後は私とも御昵懇に願えれば幸いです。……こちらは私の家族です。妻のジュリアンヌ、長男のジョルジュとその婚約者のコレットさん、そして次男のパスカルです」

 

 どうやらリーゼロッテの家族だったらしい。公爵家の一行であることに加えリーゼロッテの家族であることが、この控室に席を用意された理由だろう。

 セドリックに紹介された面々が会釈する。

 

「リーゼロッテさんのご家族でしたか。いえ、こちらこそ彼女にはお世話になっております。イオリ・アオイと申します。こちらこそよろしくお願いします。……あと、自分に様付けは不要に願います」

「そういうことであれば、イオリ殿と呼ばせていただきます。流石に勇者様のご友人に対して君付けで呼ぶわけにもいきませぬので」

「それでお願いします。あと、今は素顔ですが、基本的には仮面を着けて『エクスクロスのアイオライト』として行動することの方が多いと思いますので、その点もご承知ください」

「なんと!? イオリ殿が彼の『黒竜殺し』とは!? ……私共にそれを伝えてもよろしかったのですか?」

「リーゼロッテさんの家族であれば構わないでしょう。この場にいる他の方々は知っていることですし、どうせこの後の夜会で伝えますので遅かれ早かれです。むしろ、フランソワ陛下は事前に伝えることを期待して皆さんを自分たちと同じ控室にしたんじゃないですかね?」

「……御尤もですな」

 

 セドリック一行は頷いた。フランソワであれば考慮していない筈がない。

 

「リオと申します。何の因果か『精霊国ヘキサグラムの国主』なんて役を務めることになりましたが、私も基本的には仮面を着けて『エクスクロス団長ハルト』として行動する予定です。……こちらもリーゼロッテさんにはお世話になっておりますし、ご家族の方も以後はよろしくお願いいたします」

 

 セドリックのような大人から様付けで呼ばれるのはリオも勘弁だったが、それが我儘なことも理解している。なので、諦めと共に受け入れていた。

 こんな感じでクレティア公爵家ご一行との一段落付いた頃。

 

「ああ、そうだ。シルヴィ殿下には既にお礼申し上げたが、イオリ殿――いや、この場合はアイオライト殿の方が適当かな……? ――にもお礼を言わせてほしい。北方における貴殿らの活躍がなければ、私は未だに国境に詰めていただろうからね」

 

 そう言ってイオリに頭を下げたのはパスカルだった。

 

「そりゃあ、重要度で言えば国防の方が重要度は上さ。それは否定しないよ。だがまあ、人脈の重要度も決して劣るわけではないからね。夜会に招待されている時点で一定の重要度を持っているのは確定しているのに、今回は勇者様のお披露目会だ。それも、自国だけではなく他国の勇者様も訪れる。貴族の一員として、参加できるものなら参加したいというものさ。とはいえ、これでも国境守備の指揮官だからね。参加は叶わぬ願いと諦めていたんだけど――」

 

 そこで言葉を止めたパスカルは意味ありげにイオリとシルヴィを見やった。

 

「――プロキシアの奴ら、ルビア王国に攻め込んで返り討ちに遭ったというじゃあないか。いやあ、その情報が届いた時には半信半疑だったが、真実だと分かった時には指揮官級の奴らが揃って笑い転げたね。その後もルビア王国の快進撃は続き、プロキシアとの停戦条件には同盟国との交戦禁止も盛り込んでくれたそうじゃないか。いやはや、こう言ってはなんだがベルトラムとは偉い違いだ。……ああいや、失礼。ベルトラム貴族であるユグノー公爵のいる前で言うことではありませんでした」

 

 余計なことを言ったと思ったのか、顔を顰めたパスカルはユグノーに向き直り頭を下げた。

 

「構いませんよ。政敵とはいえ同じベルトラム貴族でありますし、大敗後に講和を纏めた点では、私もアルボー公爵の手腕を認めざるを得ません。ですが、状況的に仕方なかったとはいえ、同盟国であるガルアーク王国を蔑ろにした講和であるのも事実ですからね。ガルアーク王国の、それも国境守備に就く者なら抱いて当然の感情ではあるでしょう。……かく言う私も、それによって復権を果たしたアルボー公爵に立場を追われた身ですからね。以後のアルボー公爵とプロキシア帝国との昵懇ぶりを見ると、アルボー公爵はもちろん、それを諫められずにいるフィリップ国王陛下にも思うところがあります」

 

 ユグノーは、ともすれば非礼になりかねないパスカルの言動を苦笑して受け流した。

 

「そのように言ってもらえると重畳です――と言っていいのでしょうかね? どうにも不穏当ですが……」

「これもまたどうせこの後の夜会で明らかにすることですので先んじて伝えますが、我らはフローラ様を担いでベルトラム王国から離れます」

「そして夜会後、頃合いを見て、過日に我が国がプロキシアより接収した地の幾つかを割譲。フローラ王女を女王に据えた新王国を建国し、ルビア王国及びパラディア王国と勇者を軸に据えた同盟を結ぶ。名分は『人魔戦争の再来に備えて』……だ。勇者が召喚された以上、人魔戦争の再来を危惧するのは何もおかしくはない」

「現状、我がパラディアはプロキシア帝国と同盟を結んでいるわけだが、勇者を盾にすればある程度は言い分が通るだろうでな」

 

 確かに筋は通っている。言い分は尤もだ。しかし――

 

「仰ることは尤もだと思いますが、まことにそれがプロキシアに通りますか? 裏切りと見做される可能性の方が高いのでは?」

 

 それが危惧として存在することも事実だった。

 だが、パスカルの危惧を聞いたデュランは微笑で浮かべて答える。

 

「かもしれんが、そうなったらそうなったでプロキシアとの同盟を破棄するだけだ。六賢神の信徒たる者、可能な限り勇者の言い分は受け入れねばならんだろう? 我がパラディアは、自国の掲げた勇者であるレンジ・キクチ様の『訓練や喧嘩程度ならともかく、勇者と戦争するのは気が乗らん』というお言葉に従っているだけなのでな。ルビア王国やフローラ王女の興す国と戦わないだけで、プロキシアへの協力姿勢を取り止めるわけではないのだ。まして、同盟を結ぶ根幹には先の理由がある。それで我が国を咎めるというのなら、非はプロキシアにある」

「正しくは、そのように言わせた、だがな。だが、真相を知らぬ者にとっては、それが真実俺の願いとして映ることだろうさ。……そして、プロキシアは大国であるが故に拡張先が限られる。ベルトラムとは講和を結んでいるし、実質、対峙先はルビアか新王国くらいしかないってわけだ。その時点でパラディアを戦力として用いることは出来ない」

「まあ、それでも依然として国力差は大きい。その気になればプロキシアも侵攻を厭わんだろう。だが、過日の戦で質の暴力を食らったばかりだ。今までの、魔術を軸とした戦闘からは考えられない被害だ。しかも、それを為したのはたったの三人だ。その上で大々的な攻め手を取れるかっていうと疑問が残る」

 

 ユグノー、シルヴィ、デュラン、そして蓮司に弘明。それぞれの言葉を聞いたセドリック一行は理解した。今回の夜会は、ベルトラム――正確にはアルボー公爵を抑え込むためにあるのだと。それにガルアークも噛んでいる。だからこそ、本来なら来賓の参加は二日目からにも拘らず、初日からルビア王国やパラディア王国が夜会に参加するのだ。

 勇者を掲げていること、元からルビア王国と同盟を結んでいること、そして同盟の設立理由を鑑みれば、北方の勇者同盟にガルアークが参入してもおかしくはないのだ。それが意味するところは、同盟圏の拡大である。その上で、勇者を掲げる残り二国に話を持ちかけるわけだ。貴国も同盟に加わらないか? と

 聞いた話、セントステラの勇者はガルアークの掲げる勇者、サツキ・スメラギの友人であると同時、ガルアークが保護しているマサト・センドウとアキ・センドウの兄であるとのことだ。同盟に加わる可能性は高いだろう。

 六人の勇者のうち五人までもが賛同するとなれば、ベルトラムも賛同せざるを得ないだろう。だがそれはつまり、ベルトラム――と言うよりアルボー公爵とプロキシアの蜜月に罅が入ることを意味している。それを思えば突っぱねる可能性も否定は出来ない。しかし、同盟の設立理由を鑑みるとそれは悪手に他ならない。

 同じくベルトラムに召喚された勇者であるヒロアキ・サカタがフローラを支持するユグノー派と共にベルトラムを離れるからこそ、二枚舌は使えない。否応なくアルボー公爵は選択を迫られる。なおもプロキシアに肩入れするか、勇者同盟に参加するかを。

 そして、どちらを選んでもアルボー公爵は失脚する。何故なら、フローラ王女にユグノー公爵、そして勇者ヒロアキという錚々たる面子のベルトラムからの離反理由に、アルボー公爵は大きく関わっているからだ。

 いくら小国とはいえ、同盟の中軸である以上、フローラらの言い分はある程度通る。故に、同盟へのベルトラムの加入条件にアルボー公爵の国外追放を加えればいい。実際、アルボー公爵がいたからこそ、フローラ一行は国を離れるという苦渋の選択をしたわけだ。それを踏まえれば条件としては妥当である。

 王女に有力貴族、引いては勇者に国を離れられたベルトラムとしても、その上でアルボー公爵を庇う理由はない。むしろ、嬉々として参加を表明するだろう。恥を明かして助けを求めれば、勇者同盟が味方になってくれるのだから尚のことだ。

 ユグノー派がいなくなっても親王派は存在するし、トップであるアルボー公爵を国外追放すれば派閥員も大きな顔は出来なくなる。であれば、時間は掛かれどベルトラムも国の立て直しは可能だろう。

 

「いやはや。絵図を描いたのは果たして誰なのか? 気になって仕方ありませんね。まあ、現状では余りに壮大すぎて絵空事に過ぎないのも事実ではありますが、一笑に付せない真実味があるのも確かです」

 

 冷や汗を掻きつつ、パスカルは言うのだった。  

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