精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第46話

「静粛に! 静粛に!」

 

 フランソワから提供された話題に招待客たちが盛り上がりを見せてしばらく経った頃、会場に司会の言葉が響き渡った。

 司会がわざわざ会場を黙らせるということは、重大な告知があることを意味している。それを知っている招待客たちは、他にも重大な告知があるのか!? と司会に近い場所にいる者から口を噤んでいき、やがてはそれが会場中に伝播して静寂が訪れた。

 それを確認したフランソワが一階を見渡しながら口を開く。

 

「暗い予想をものともせぬ盛り上がりを見せているようで結構なことだが、話すことはまだあるのだ」

 

 それは招待客たちの意表を突いた。既に十分過ぎるほどの話題が提供されていたからだ。

 

「ベルトラム王国第二王女であるフローラ殿と、その名代であるユグノー公爵から重大な発表がある。皆、心して聞くように」

 

 フランソワが一歩下がり、代わりにユグノー公爵が進み出る。

 

「ただいまご紹介に与りました、ギュスターヴ・ユグノーでございます」

 

 そう前置きしたユグノーは、まずベルトラム内部の政情について説明した。

 まあ、ユグノー公爵とアルボー公爵がバチバチにやり合っているのは有名な話である。この場に招待されているガルアーク貴族であれば、誰もが知っていることでしかない。

 とはいえ、詳細を突き詰めれば話は別だ。言っても、結局は他国のことなのだから。ベルトラムに近い領地を預かる貴族であれば、他人事ではなく常日頃から詳しく調べもしようが、ベルトラムから遠方の貴族がそこまで力を入れて調べる筈がない。精々、話のネタとして困らない程度であろう。

 最優先が自領、次いで周辺情報、仕える国は三番目というのは、別段珍しい話ではない。

 ユグノー公爵もその点は重々承知しているし、いきなり本題に入っても付いてこれる者は限られているため、下準備として自国の政情を語ることから始めたのだ。

 現状ではアルボー公爵が優勢であり、実権を掌握していること。そのきっかけとなったのが大敗後にプロキシア帝国と講和を結んでみせたことであり、一方のユグノー公爵は、軍事拠点の一つがプロキシア帝国に占領されたことの責任を負わされた形になり王都から脱出せざるを得なくなったこと。しかし、アルボー公爵はプロキシア帝国への強硬路線を主張していたにも拘らず、今は掌を返したかのように親密な関係を構築していること。そういった事情もあり、決定的な証拠こそないものの、アルボー公爵にはプロキシア帝国との黒い繋がりが見え隠れすること。当然、同盟国であるガルアーク王国を蔑ろにした講和も、ベルトラム王国の現政権がガルアーク王国と距離を置き始めたことも、アルボー公爵が強く関わっていること。

 そういったあれやこれやを、ユグノー公爵は実に分かりやすく説明していった。

 

「当初、我らの目的は佞臣たるアルボー公爵を打倒し、王家の血を引く正当たる統治者に王国の政権を明け渡し、古き良きベルトラム王国を復活させることでした」

 

 聴衆はこの言葉に疑問を覚えた。この言いようでは、今現在の目的は違うと言っているようだ。

 

「皆様も疑問に思われたことでしょう。……ええ、その通りです。今や我らの目的は異なります。先ほどフランソワ陛下も仰られましたが、勇者様の召喚を契機として、そのような小事に囚われている場合ではないと判断したからです」

 

 今度こそ聴衆の間にどよめきが広がる。王政復古を小事と言い切ったからだ。

 しかし、その波は意外と早く治まった。人魔戦争の再来という最悪の事態を想定すれば、確かに小事であるからだ。

 

「失礼ながら、佞臣を抑えきれぬフィリップ陛下には国王たる資格がないと判断せざるを得なかったことも一因です。反面、アルボー公爵は佞臣でこそありますが、確かな手腕を持っていることを認めざるを得ません。敵対派閥である我らが国から離れれば、良きにしろ悪しきにしろ国の立て直しをやってのけるでしょう。……また、一国内に勇者様が二人というのも好ましいことではありません。そういった我らの事情・心情を、ヒロアキ様、サツキ様、フランソワ陛下も認めてくださいました。……そう、我らが北方に赴いたのは、行方の知れなかった二人の勇者様を探すことだけではなく、新王国を建国するに当たっての候補地を見付けることも目的だったのです」

 

 ユグノー公爵の言い分を、招待客たちが声高に否定することはなかった。

 ユグノーもアルボーも、臣たるを放棄するかのような振る舞いであることは否定できない。しかし、家臣に家臣たるを望むのであれば、王もまた王たるに相応しいことを示さざるを得ないのだ。その一点で、フィリップに王たる資格があるか疑問視せざるを得ないのも事実である。幼いだとか、何ら教育を受けていないだとかの事情があるのならまだしも、フィリップはそういうわけではないのだから。

 盲目に従うだけが忠臣の在り方ではない。である以上、ユグノー公爵がフィリップに見切りを付けたとしても何らおかしくはないのだ。むしろ、国王に見切りを付け、国から離れてもなお、その娘たるフローラ王女に仕えようというのだから、立派な忠臣だとする見方もできる。

 

「皆様もご存知の通り、北方は小国が乱立する群雄割拠の地です。なればこそ、暗君に支配されている国が存在する可能性も高いと判断したのです。民衆を糾合し、暗君を打倒し、フローラ様の優しさで以て国民を癒す。勇者であるヒロアキ様が暗君だとお認め下されば、理は我らにあります。……そういう皮算用があったのは否定しません」

 

 なるほど、と聴衆は頷く。理論上、暗君が治めている可能性は確かにあるし、小国が乱立しているからこそ行き当たる可能性も高くなるだろう。

 賭けであるのは否定できないが、手勢もいれば勇者の威光もあるし、何よりガルアーク王国からの支援もあるのだ。そういう国に行き当たりさえすれば、成功する目算は高い。

 

「そうは言っても、決して簡単なことではありません。夜会への参加も考慮すれば、見付からない可能性の方が高かったのは事実です。しかしながら、幸か不幸か早々に建国地の目途が付いたのです」

 

 言葉を止めたユグノーは、そのまま横にずれた。そこにシルヴィとデュランが進み出る。

 

「ここからは我らも参加しよう。ルビア王国第一王女シルヴィだ」

「同じく、パラディア王国第一王子デュランだ」

「先にフランソワ陛下が説明下さったが、我が国へのフローラ王女一行の訪問とプロキシア帝国による侵攻が重なった。ただでさえ国力差は歴然なのに、繰り出してきた戦力も尋常ではなかった。突然の侵攻だったこともあるが、我が国が用意できた戦力は百を僅かに超えるのが精々だった」

「我が母国パラディアはプロキシア帝国と同盟を結んでいることもあり、援軍を請われて私もその戦に参陣した。プロキシアは傭兵王が治めるだけあって傭兵からの人気が一段と高く、加えて大国でもある。その時の戦力は中枢を振り分けていないにも拘らず、それでも一万に達した。……大国であるガルアークの方々には信じられないかもしれないが、小国と大国の差はそれほどまでに大きい。王都を追われたにも拘らず、ユグノー公爵は護衛の騎士を数十人規模で連れ歩くことが出来ているが、小国の我らにとっては信じ難いことであったな」

 

 シルヴィとデュランの言葉を信じれば、普通に考えてルビア王国に勝ち目は無い。それが常識だ。

 

「勝ち目などなく、後はどれだけ上手く負けるか。我らの焦点はそれだけだった。だが、そこにフローラ王女一行の護衛として同行してきたイオリ殿、アリア殿、サラ殿が現われてな。実にアッサリと戦況を覆してしまったのだ。目の前で常識が音を立てて崩れた気分だったよ」

「それでも、味方であっただけシルヴィ王女はマシだろう。私など敵方だぞ。たった三人によって戦況を覆されたあの光景には心躍るものもあったが、生命が縮んだ気になったのも間違いではない。……その後は、まあ当然の選択として捕虜になることを選んだわけだ」

「我がルビア王国とプロキシア帝国、当事者双方の想定を覆した結果に終わったわけだが、その後もまたこちらに都合よく転んだ。プロキシアからやってきた交渉官が横柄な人物でな。勇者であるヒロアキ様を怒らせたのだよ。結果、勇者様の支持を得た私たちは、これまたイオリ殿たちの協力を得た上で逆撃に出た。そして、プロキシア帝国から多くの外周部や属国を削り取ることに成功した。同時、その過程でエリカ様とアキラ殿を保護するに至った」

 

 当事者が語ることで、聴衆はより具体的に情景を思い浮かべることができた。『どのようにして』という肝心要の部分は語られないままだが、部分的に思い描くだけなら十分だった。

 その間に、絵梨花も前に進み出る。

 

「私たちが召喚されたのは僻地の山中であり、事情も分からぬまま、麓の村に住まわせてもらっていたんです。そんなある日、ルビア王国の方が来られまして、リヴァノフ王国というその国がルビア王国によって攻め滅ぼされたことを知ったんです。同時に、ルビア王国によって保護されることになったわけです。前以て弘明君やイオリ君が提示していた注意事項に、私たちは物の見事に該当していたようで、半ば問答無用でしたね」

 

 絵梨花の話を聞いた聴衆は驚愕した。大国に召喚された勇者とは豪い違いである。ガルアークもベルトラムもセントステラも、大国は光の柱が立ってある程度した頃には勇者の保護を表明したからだ。

 

「結果から言えば、フローラ王女一行が我が国を訪れないことには、プロキシア帝国を返り討ちにすることも、エリカ様たちを保護することも叶わなかったわけだ。よって、我がルビア王国はプロキシア帝国から奪取した地の幾つかをフローラ王女に割譲することで話が付いている」

「具体的にいつとは決まっておりませんが、プロキシア帝国との停戦が終わってからになる予定です。今の時点で譲り渡されて建国を果たしたところで、非戦対象国に含まれていない以上、プロキシア帝国に攻め滅ぼされるだけですからな」

 

 非戦対象は、あくまでも契約が締結された時点で双方の同盟関係にあった国だけだ。当然だが、フローラの建国する国は条件に該当しない。

 

「当然ではありますが、シルヴィ王女やイオリ殿たちが動いている間、我らとて何もしていなかったわけではありません。勇者様に関する情報の収集はおこなっており、それによってレンジ様に目星がついたのです」

 

 蓮司の名前が挙がったことで、彼もまた前に出る。

 

「俺はルビア王国の隣国であるヴィルキス王国に召喚されたわけだが、召喚された場所が聖地として扱われている泉だか湖だかでな。おそらくは聖石が祀られているが故の聖地認定だったんだろうが、召喚の衝撃で水が干上がってしまったわけだ。事情が分からぬなりに正体を隠して行動していたんだが、国の役人から聖地破壊の下手人として扱われたものだから、それを返り討ちにしてルビア王国に退避。以降は冒険者として行動していたんだが、ある日、王城からの召喚命令が届いてな。早い話、坂田たちの敷いた包囲網に取っ捕まったわけだ」

 

 絵梨花の経緯を聞いた段階から何となく想像ついてはいたが、蓮司の経緯を聞かされれば聴衆たちは揃って驚愕に襲われた。小国と大国で、これほどまでに情報の保全に違いがあるのか……と。

 だが、それが思い違いに過ぎないことを、彼らはすぐに悟った。伊達や酔狂で招待客に選ばれたわけではないのだ。そして、如何に選りすぐりといっても低位貴族が大半で、爵位が高くなるほどにその数は少なくなる。

 振り返ってみれば、光の柱が立ち上がった時、何が起こったのかと自分たちも調べた筈だ。そして結局は分からず、王都からの知らせで以て勇者が召喚されたことを知った。

 そう、ガルアーク王国は大国であり、そう謳われるだけの国土を誇り、当然ながら国内の重要情報は王都に集約される。だからこそ判明したことであり、招待客の大半はそのお零れを頂戴したに過ぎないのだ。

 小国である以上、その規模が大国に比肩する筈がないのだ。自然、集約できる情報も限られてくる。しかも、北方は国の存亡が激しい群雄割拠の地だ。当然、その中には大国から分裂して出来た国もある筈であり、そうであるならば情報が散逸していてもおかしくはない。現状を鑑みると、勇者を勇者として認識できなくても何ら不思議はないことになる。

 それは悟ってしまえば、揃いも揃って神妙な表情を浮かべた。

 そんな招待客を余所に、デュランが口を開く。

 

「その後、基本的には冒険者として活動したいレンジ様の意向もあり、我がパラディアで引き受けることになった次第である。プロキシア帝国の同盟国ということで思うところもあるだろうが、こちらとしても彼の国は邪魔なのだよ。小国が乱立する中、唯一大国として突出しており、それでいて領土欲も旺盛なのだから、こちらとしては堪ったものじゃない。そこら辺が噛み合った末の結果だ」

「以上を踏まえ、今ここに宣言します。プロキシア帝国との停戦が終わりを迎えた暁には、ルビア王国からの領土割譲を以て、我らはフローラ様を女王に据えた新王国――『レストラシオン』を建国いたします! また、それと時を同じくして勇者を掲げる国同士による同盟を結びます! 詳細条件についてはこれから詰めていくことになりますが、既に決まっていることもあります。『勇者を掲げる国同士では戦争を行わない』、『可能な限り、互いに助け合う』というものです」

 

 それを聞き、ついに全員が理解した。わざわざ敵対関係にあると言ってもいいパラディア王国に勇者を預けた意味を。

 この条件なら、パラディア王国は敵にならない。

 同時に、プロキシア帝国を封じ込めることにもなる。プロキシア帝国は大国であるが故に拡張先が限られるのだ。依然として国力差は歴然だが、戦力差もそうだとは言い切れない。アイオライトというジョーカーの存在が、そのことを知らしめた。軍勢ではなく個人だからこそ、その動きは掴みづらい。プロキシア帝国は、どうしてもアイオライトを警戒せざるを得ないのだ。

 

「言わずとも分かるであろうが、我がガルアークもその同盟に参加するつもりである。また、明日以降の夜会で、ベルトラム王国とセントステラ王国にも同盟への参加を呼びかけるつもりだ」

 

 それが叶えば、勇者を軸とした大同盟圏の完成だ。人魔戦争の再来が起こっても希望が見える。

 招待客たちは、大同盟圏の設立に胸を躍らせるのだった。




原作での『レストラシオン』はベルトラムの特別政府ですが、本作ではフローラ一行の興す国名になります。正直、名前変えるの面倒なので。
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