精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第47話

 その後、夜会の一日目はトラブルなく幕を下ろした。

 まあ、あくまでも『夜会に慣れた面々にとっては』だが。

 何せ数多くの貴族が順次話しかけてくるのだ。一人乃至は一グループ辺りの対応時間は一分~三分くらいだし、簡単な挨拶の他は二言三言交わすだけだが、こういうのに慣れていない面々にとっては気疲れすることこの上ない。

 夜会の終了後も平然とした様子を崩していなかったのは、王侯貴族の他はイオリ、アマリ、沙月、明くらいだった。

 

「明先生は准教授……? って偉い人みたいだからこういうのに慣れててもおかしくねえけど、沙月姉ちゃんもイオリ兄ちゃんもアマリ姉ちゃんもスゲエな。俺なんてクタクタだし、それはリオ兄ちゃんも同じみたいだぜ?」

 

 控室のソファにぐったりと身を任せた雅人が、億劫そうに口を開く。

 

「まあ、これほどの規模ではなかったけど、ある程度パーティーに慣れてはいるね。研究を続けるにも人脈は必須だから、正しくは『慣れざるを得なかった』と言うべきなのかもしれないけど……」

「私もまあ、生まれが生まれだしね。皇グループ一門の娘に生まれてしまえば、そりゃあパーティーと無縁ではいられないわよ」

「俺とアマリはアル・ワースでの経験が大きいな。その実態がどうあれ、魔従教団の術士ってのは一種のステータスだったから……。小規模なパーティーなら何度か参加したことがある」

「半ば強制でしたけどね。外からどのように見えたところで、術士が実働部隊の一番下っ端であることに違いはありませんから……。修行中の者だと格が足りないですし、法師より上の立場は数が少ない。そうなると、術士に白羽の矢が立つのは自明の理です」

 

 水を向けられた四人が言葉を紡ぐと、自然、リオへも視線が向く。

 

「いや、雅人が俺のことをどう思ってるかは分からないけど、俺は完璧超人じゃないからね? こういうパーティーに慣れてるわけでもないんだから、そりゃあ疲れるよ」

 

 一斉に視線を向けられたリオは、否定するように顔の前で手を振りながら答えた。

 

「俺から――と言うか、大多数からすれば、お前は間違いなく完璧超人だと思うぞ。疲れているのは本当だと思うが、その言葉に説得力はないな」

 

 それを、蓮司がバッサリと両断した。他の面々も蓮司に同意するかの如く頷いている。

 

「なんで!? セリアも言ってやってくださいよ! 俺は完璧超人なんかじゃないって!」

「……ゴメン。私から見てもリオは完璧超人に見える。基本、やることなすことスマートだし、経験なくてもすぐに覚えるし、それが知識であれ技能であれ、覚えたことは中々忘れないし……。普通、リオほど物覚えが早くて、それを忘れない人ってそうはいないからね? 経験から謙遜するのが骨身に染みついているのかもしれないけど、リオほど能力のある人がそれをやると逆に嫌味だからね? リオはもう少し自己評価を上げるべきだと思うな。むしろ、もう少し傲慢になっても良いと思う。ううん、なるべきね」

 

 心外に思ったリオはセリアに助けを求めるが、その返答はリオの期待するものではなかった。むしろバッサリだった。蓮司以上の鋭さを以てリオの心を切り刻む。

 

「ぐふっ……!? なら、ラティーファ!」

「セリア先生に同意でーす!」

「がはっ……!? 美春さん!」

「ごめんなさい。私もセリア先生に同意です」

「こふっ……!? 亜紀ちゃん!」

「『謙遜は美徳』にも限度があると思うの」

「うう……イオリ……」

「まあ、なんだ。諦めて受け入れろ。有象無象ではなく、身近な人たちからの評価なんだからな。頑なであることを否定はしないが、時と場合によって柔軟さも必要だぞ」

 

 ズタボロだった。滅多打ちだった。これほど、自己評価と他者からの評価が乖離している者もそうはいないだろう。

 精神的に打ちのめされたリオは、ガックリと俯いた。燃え尽きたと言わんばかりである。

 

「思うに、リオ君に必要なのは自分を好きになることですね」

「自分を好きに……ですか?」

「はい。大切な人を護れなかった。約束を果たせなかった。そういう気持ちが自分を責め、同時に自分を卑下しているんだと思います。護れなかった人が、交わした約束が、大切であればあるほどに、自分を責めてしまう。……まあ、それは別段おかしなことではないのですが、リオ君の場合は殊更に深刻なんでしょう。自分に価値がないと決め込んでいるから、価値があるという言葉を信じられなくなっている――いえ、信じようとしていないんでしょうね。リオ君の過去を知れば知るほどに無理もないと思いますが、大切に思う相手の言葉くらい、受け入れてもバチは当たらないと思いますよ?」

 

 そう、アマリは言った。

 リオとの関係は近すぎず遠すぎず。それでいて、年齢からは考えられないほどに濃密な経験を積んでいる。それ故だろうか。その言葉は、不思議とリオの心に染み渡った。

 それに感化されたのは、リオだけではなかったようだ。ラティーファが立ち上がり、リオへと近付きながら言葉を紡いでいく。

 だが、そうして紡がれた言葉はシュトラール語ではなかった。ラティーファの前世――遠藤鈴音の慣れ親しんだ日本語だったのだ。

 

「そうだよ、お兄ちゃん! 確かに、お兄ちゃんの前世である天川春人は遠藤鈴音を助けることが出来なかったのかもしれない。けど、確かに遠藤鈴音の心を救っていたんだよ! こうして生まれ変わってからもそう! 確かに、リオはお母さんを護れなかったのかもしれない。けど、暗殺者として、奴隷として飼われていたラティーファを救ったのは、間違いなくお兄ちゃんなんだよ! 前世と今世、私は二度もお兄ちゃんに救われているんだよ! そうして救われたのは私だけじゃない筈だよ! だから! お願いだから、出来なかったことだけに目を向けないで! 護れなかったことだけに心を囚われないで! お願いだから、誰かを救えた自分を誇って……。誰かを護れた自分を好きになってよ……。うう……ぐすっ……」

 

 捲し立てるように言葉を紡ぎ、最後にはリオに縋りついて泣いてしまった。

 

「ラティーファ……」

 

 リオはラティーファを抱きしめながら、頭を撫でて彼女をあやす。

 

「そうですね。いい機会ですので、私も言っておきましょうか。私の前世である源立夏もまた、先輩が通う大学の付属高校であなたに救われているんですよ。まあ、先輩は覚えていないようですけどね」

 

 そうして、今度はリーゼロッテまでもが日本語を紡ぎ出した。言って、クスクスと笑う。

 

「たびたび一緒のバスに乗り合わせていたんですから、すぐに分かりましたよ。まあ、だから何が言いたいのかというと、きっと天川先輩は誰かを救うことが常態化していたんですよ。救った相手のことを覚えていないほどに。或いは、救えなかった誰かへの代替行為だったのかもしれませんが、だとしてもそれを理由に自分を卑下しないでください。代替行為だったとしても、それで救われた人がいることを認めてください。誰かを救えたことを誇ってください。そうして、まずは前世の自分を許してあげてください。そうじゃないと、感謝の念を向ける『誰か(わたし)』がバカみたいじゃないですか……」

 

 最後には、優しくも泣き笑いの表情を浮かべて。

 

「リーゼロッテ……さん」

 

 リオの自己否定の念は根強い。前世が絡んでいるから尚更だ。

 幼馴染み(美春)との約束を守れず。

 (亜紀)との約束も守れず。

 交通事故で亡くなった際には、自分に懐いていた女の子(鈴音)ひとり護れなかった。

 そうして、生まれ変わって前世の記憶に目覚めてみれば、両親はすでに亡く、母親に至っては自分を助けるために目の前で殺されたという記憶があった。

 これで、どうして自分を好きになれようか。こんな自分に何の価値があろうか。……リオがそんな風に思ったとしても何の不思議もなく、それについて責められる者などいやしない。――普通ならば。

 しかし、今この場には。

 春人に救われ、死に別れ、リオと同様に生まれ変わった――ラティーファとリーゼロッテがいる。

 だからこそ、二人の言葉は届く。しかも共通して、『リオと春人(自分)のことを認めてほしい』と懇願している。

 ピシリとどこかで音が鳴った。リオはそんな気がした。音の出所を探そうとして気付いた。前がよく見えない。何故と疑問に思い、自分が泣いていることを自覚した。

 

「前に言ったよね、ハル君。たとえ生まれ変わって身体が変わっちゃったんだとしても、私にとってハル君はハル君なんだよ。だから、約束を果たすのは今からでも遅くないんだよ。理屈なんか関係なく、リオさんが自分のことをハル君だと心から認められたなら、今からでも約束は果たせるんだよ」

「色々と変わっちゃったし、以前の約束を果たすことはもう出来ない。だから、新しく約束を交わそ? 『今度こそ、一緒にいよう』? ずっとじゃなくてもいいから、必要な時には寄り添い合おう? それなら、きっと果たせると思うから。新しく兄妹をやりなおそ?」

 

 原初の約束を交わした相手――美春と亜紀がいる。

 そうして、美春と亜紀もまたリオを抱きしめた。抱きしめながら泣いている。

 その光景を尻目に、一人、また一人と部屋を出ていった。

 控室には、四人だけが残された。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「……で、つまりはどういうこった? リーゼロッテどころか、ラティーファって子も日本語を話してたし。それにあの内容は……」

 

 空気を読んで場所を移した面々だが、真っ先に我慢できなくなったのは弘明だった。

 

「余としても、教えてもらえるのなら教えてもらいたい。揃いも揃って涙を流す様を見れば無理にとは言わんが……」

 

 それにフランソワが続いた。

 もっとも、疑問の対象は何を話していたかだ。日本語を理解できないのだから当然ではある。まして、リーゼロッテまでもが未知の言語を用いたのだから尚更だろう。

 

「リオは異世界転生者だ。前世は日本人で、名は天川春人。美春は結婚の約束をした幼馴染みで、亜紀は血の繋がった妹だそうだ。とはいえ、亜紀は母親と浮気相手との間に生まれた子であり、父親がそれを知ったことで両親は離婚。春人は父親に、亜紀は母親に引き取られることとなり、それを境に美春とも離ればなれになったらしい。……俺が知っているのはこれくらいだな。まあ、話を聞く限りではリーゼロッテとラティーファも異世界転生者だったようだがな。もっとも、リーゼロッテに関してはその可能性があると踏んではいたが……」

 

 事情を知る者が様子を窺う中、真っ先に口を開いたのは蓮司だった。

 

「……なるほど。ってか、蓮司。何でお前がそんなことを知ってんだよ?」

「訊いたら、美春と亜紀が普通に教えてくれた。突然、美春と亜紀が揃ってリオにべったりになっているんだから、疑問を覚えて当然だろう。まあ、それで理由を訊ねるかどうかは人それぞれだろうがな。ついでに言うと、リッカ商会の商品の中にはまんま日本語と発音が同じ物がいくつかあるんだ。これで疑わない方がおかしいだろう」

「……そうだったか?」

 

 蓮司の言葉に大半は納得の表情を浮かべるが、弘明だけは首を傾げた。

 

「……お前、気付いてすらいなかったな? 俺が言えたことじゃあないが、もう少し興味の外にも目を向けるべきだと思うぞ?」

「うるせーよ!」

 

 呆れを隠さずに蓮司が言う。実際、否定しきれないので、弘明はそっぽを向くしか出来なかった。……が、直後には羞恥心を忘れたかのように言葉を紡いだ。

 

「あん……? だがおかしくねえか? リーゼロッテの言葉を信じるなら、リオの前世は大学生ってことになるぞ。時系列が合わねえ」

「まあ、そうだがな。異世界間に時間の同期を求めても意味はないだろう。別に同じ星の中ってわけでも、地続きってわけでもないんだからな。右回りで進めば時間は前に進むが、左回りで進めば逆行する。こんな感じで納得しておけばいいだろう」

「あ~、まあ、そう言われりゃあそうか。……セリフから察するに、あの三人は同じバスに乗ってて、その交通事故で一緒にお亡くなりになったんだろうが、だとしても三人が三人とも前世の記憶を持ったまま生まれ変わるってのもおかしな話だ。それこそ人為的な何か――ぶっちゃけて言えば神様が関わっていたとしても不思議はねえ。神様視点で捉えれば、主人公はリオで、リーゼロッテとラティーファは異なる面からアイツを支えるヒロインってわけだ。チクショウ、これだからイケメンは……!」

 

 それですんなりと弘明は納得した。と言うより、そのように結論付けるしかないのが現状だ。

 そのまま嫉妬めいたことを口走りもしたが、リーゼロッテは自他共に認める才色兼備の公爵令嬢でありつつも有力商会を運営する会頭であり、出会いはともかくラティーファが一緒にいることでリオの心が救われた部分があるだろうことは否定できない。また、たとえバス事故自体は偶然にして必然の出来事だったとしても、神様であれば死んだ後の魂に干渉できたとしても不思議はない。まあ、リーゼロッテとラティーファに関しては完全に巻き込まれの可能性もないではなかったが、一定の筋は通っていた。

 

「それに関してだけど、『もしかしたら生まれ変わりは他にもいるかもしれない』ってリーゼロッテさんは言ってたわ。大学生の男性と小学生の女の子と、そして自分、あとは運転手もいるかもしれないって……」

 

 二人のやり取りを見守っていた沙月が、そこで口を挿んだ。

 

「その可能性はあるだろうが、所詮は可能性でしかない。頭の片隅にでも留めておけばいいだろう。展開を考えれば、ヤグモ地方にでも生まれ変わっている可能性はあるが、だとしたら現状では余計に確認する術がない」

 

 蓮司はそれを認めつつ、今は気にする必要がないと両断した。

 

「俺もつい先日までは知らなかったわけだけど、うちの親父と再婚するまで亜紀姉ちゃんたちはだいぶ苦労したみたいでな。それもあって、リオ兄ちゃんの前世と親父さんをだいぶ恨んでいたらしい。ところが、蓋を開けてみれば原因は完全に母親の自業自得で、姉ちゃんの恨みは完全に的外れな逆恨みだったわけだ。……それを、亜紀姉ちゃんと美春姉ちゃんはリオ兄ちゃんから伝えられて、そのことについて落ち着いて考えてもらう目的もあってリオ兄ちゃんは北方にやって来たって話だった」

「……なるほどな。渡りに船と深く考えずに申し出を受け入れたが、そんな事情があったか……。これが国内の貴族であれば進んで関与するのも吝かではないが、リオたちはそういうわけではないからな。関与する理由がない。現状で余が関与できるとすればリーゼロッテくらいなものだが……どうだ?」

「場合によっては、とお答えしておきます。今の今まで自覚はしてませんでしたが、どうやら私、天川先輩のことが好きだったみたいです。引いては、リオさんのことも……」

『うぇっ!?』

 

 リーゼロッテの言葉に、幾人かの女子が驚愕を露わにした。

 

「ですので、婚姻に関してお手伝いを願うかもしれません。幸いと言うのも変ですが、リオさんは一国の王という立場を演じることになりましたので、複数の側室がいたとしても不思議はないわけですし。独占欲がないわけではありませんが、美春さんを筆頭にリオさんを想う女性は他にもいるみたいですし、リオさんを奪い合って彼女たちと険悪な関係になるのも御免ですので、リオさんを想う女性全員でリオさんを支えていく形にするのが、落としどころとしては無難かな……と」

「フッハッハッハッハッ……! 良い良い。そういうことであればいくらでも協力しようぞ。元々、そなたには恋愛結婚の自由を許可していたでな。その相手がリオであるならば拒否する理由もない!」

 

 リーゼロッテ言葉を聞いたフランソワは呵々大笑した。

 

「そうか、そうよね、今のリオは王様だもんね、その選択も十分にありよね」

「ハーレム……。ハーレムかぁ……。一番穏当と言えば穏当だけど、美春ちゃん、受け入れられるかしら……」

「まあ、ドミニク様を筆頭に複数の奥様を持っている方は里にもいるわけですし、リオさんがそうしたところで不思議はないですよね」

「私にも可能性が……」

 

 などと呟く女性がいたそうだが、まあ余談である。

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