精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第4話

「いったい何をやっているんだろうな、俺は……」

 

 砦の一室で、リオは独り溜め息を吐いた。イオリと雅人が王都への報告に向かう兵士に同行して行ったこともあり、現在のリオは与えられた部屋を独りで使っている。静かで考え事をするには都合が良いが、耽ってしまうのが玉に瑕でもあった。

 結婚式からセリアを救い出したのも束の間、ほとんど近況を交わさぬ内に各所に光の柱が立ち、血相を変えたアイシアにある場所へ行くように言われた。

 結果としてリオがそこに着いたときには誰もいなかったわけだが、大規模な空間魔法の痕跡は残っていた。タイミング的に光の柱と関係がある可能性は高く、それを証明するかのような人の痕跡もあった。

 その痕跡を追っていった結果、予期せぬ出逢いにして再会を果たすことになったのだ。

 リオには日本の大学生、天川春人として生きた前世の記憶がある。それと折り重なって現在の人格ができている。天川春人とは別人だという認識はあるが、その影響を否定する気はない。

 出会ったのは五人。葵伊織=イオリ・アイオライト、天野亜真里=アマリ・アクアマリン、綾瀬美春、千堂亜紀、千堂雅人。このうち、美春と亜紀の存在がリオを強く惹き付けた。美春は春人の幼馴染であり、亜紀は両親の離婚に伴い生き別れになった春人の妹だ。そして春人の知る限りでは、美春は高校の入学日を境にして行方不明になっていた筈だった。少なくとも、春人が交通事故で死ぬまでの四年間、その消息を聞いたことはなかった。

 そんな相手と、こんな異世界で、生まれ変わった体で出会ったのだ。しかも、話を聞く限り、美春たちは入学式を終えた下校途中だったらしい。

 おまけに、イオリとアマリは魔術とも精霊術とも異なる魔法を行使しているし、シュトラール語も通じている。二人は通りすがりに巻き込まれたらしいが、その前はこことも違う異世界に召喚されていたらしい。二人が使ったのはその世界で修めた魔法であるそうで、言葉が通じるのもその影響だろうという判断だった。

 確かに、正規の手段で召喚されたのであれば、意思疎通を容易にするため言語の違いをどうにかするための方法が用意されていて然りである。召喚の術式に翻訳の術式も混ぜるなり、そういう効果を持つアクセサリーを用意するなどが考えられるか。

 可能な限り冷静さを取り繕いはしたものの、リオの困惑は非常に強かった。

 リオと春人は別人なのだから、すぐにその場を去って別れればよかったのだ。そう思いはするものの、それを実行しても美春と亜紀のことが気がかりになっていた筈だ。近くにいる今でさえこうも悶々としているのだから、離れたら離れたで悶々としていただろうことは想像に難くないし、特に美春と亜紀の存在があったから同行を決意したのも事実である。

 

「っと、そろそろ時間か……」

 

 現在のリオは、美春たちに対する教育係を仰せつかっていた。やはり、言葉が通じないというのは、兵士たちも美春たちも困るのだろう。可能な限りアマリが翻訳しているが、彼女のそれはあくまでも翻訳魔法の効果であり、完全に通用するわけではない。単語一つだけだとかスラングだったりすると通じない場合もある。そういうこともあり、リオに白羽の矢が立ったのだった。

 必要性に迫られていることや、他にやることがないという事情もあって、美春たちはほぼ一日中勉強漬けである。リオも可能な限りそれに付き合っていた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 一方のイオリたちであるが、ガルアーク王国国王、フランソワ・ガルアークと謁見することになっていた。

 想像通り、沙月は勇者として聖石に召喚されたらしい。ガルアーク王国を始めとする一部の国では六賢神が王権の根拠となっており、それもあって六賢神の使徒ともされる勇者は、たとえ国王であっても軽々しく扱えない存在なのだとか。

 そんな勇者に関わりのある話をするとあれば、国王として参加しないわけにはいかないということで、本来ならあり得ないことだが、急遽謁見する運びとなったのである。とはいえ、あくまでも私的なものだ。公的なものにするとどうしても大仰な儀礼作法が必要になり、その分だけ時間も取られるからだ。国王たる身の上、時間を捻出するにも限度があるということだ。

 

「……なるほど。イオリだったな。我が国に召喚された勇者であるサツキ殿の友人を救ってくれたことに対し、まずは感謝しよう」

「恐縮です」

「本当よね。一番最初に遭遇したのが悪質な奴隷商って……。いやまあ、私も短いながらにここのことを学んでいるし、奴隷制度の必要性に理解を示せなくもないんだけど、元々生活していたお国柄もあって、どうしてもマイナスイメージが付き纏っちゃうのよね」

「返す言葉もないな。こちらも巡回兵団を出したりはしているのだが、どうしてもそのルートは固定されがちだ。裏をかかれると如何ともしがたい。たとえ非合法な商売をやっていたとしても、その現場を目撃しないことにはどうしようもないのが実情でな。そういう奴らは、この王都にも居を構え、裏社会を形成している。その力は侮れず、無理に取り締まろうとすれば被害が拡大するのが目に見えている。向こうも表立ってはこちらに手を出してこず、ある種の秩序を形成していることもあって、半ば放置せざるを得なくなっているのが現実だ。棲み分けができていると言えなくもない」

「……対処しようとはしなかったんですか?」

「私が王位を継いだ時には既にそのような有り様だったからな。そして、奴らの顧客の中には我が国の有力貴族もいることだろう。よっぽどの劇薬でもない限り、これではどうしようもない」

 

 どこか責め立てるような沙月の問いかけに、フランソワはそう言って首を横に振った。

 

「見た限り、この国は独裁国家というわけではなさそうですからね。あちらを立てればこちらが立たず。仕方のない部分もあるでしょう」

「そう言ってもらえると助かる。とはいえ、件の奴隷商に関しては厳罰に処すことを約束しよう。何せ右も左も分からぬ状態にある勇者殿の友人を奴隷にしようとしたのだからな。その事実を前にしては、事の切っ掛けなどどうでもいい。これを見過ごしてしまっては王権が揺らいでしまう」

 

 王としての覇気を纏わせてフランソワが宣言した。

 

「それに伴い、我が国がお前たちの後ろ盾になることを約束しよう。それにハルトと言ったか? お前たちの加勢に入ったという者に対しても、褒美を取らせることを約束する」

「後ろ盾に関してはありがたくお受けします。地球への帰還を第一目標にしてはいますが、一朝一夕にできることではありませんし、どうしたってその間の地盤は必要になりますので……。ただ、ハルトに関してはこちらからどうこう言うことはできません。軽く聞いた話ですが、以前にベルトラム王国とやらで貴族のゴタゴタに巻き込まれたことがあるそうですので……」

「あの国はな……。同盟国ではあるが、身分を笠に着た振る舞いは見るに耐えんものがある。我が国にもそういう輩がいないわけではないことが、残念極まりないがな」

 

 この場にいるのが限られた者だけということあってか、フランソワはベルトラム王国を扱き下ろした。

 

「あらあら、お父様ったらバッサリですわね。ただまあ、仰りたいことは分かります。言い方を変えれば『成り上がり者に厳しい』ということですが、一言に成り上がりと言っても重視すべきはその内容次第でしょうに……。成り上がりだろうと何だろうと、それだけの実力があるのなら上手く使ってみせればいいのです。人を使うのが貴族であり、必ずしも本人が何でもこなす必要はありません。貴族が矜持を持つべきはむしろそちらの部分でしょうに、それの分からぬ者のなんと多いことか……」

「分かってはいるのだろうよ。ただ、貴族としての血統と家柄しか誇れるべき部分がないことを自分で分かっているから、そのように振る舞わざるを得んのだろう」

 

 この場に同席しているフランソワの娘、シャルロット・ガルアークが笑顔で宣うと、フランソワもそれに続いた。

 沙月は半ば呆け顔である。

 

「ん? どうした、サツキ殿?」

「いえまあ、いつもとは全然雰囲気が違いますので……」

「フン。王だの何だのと言ったところで、人間であることに違いはない。同盟国だろうと家臣だろうと、全く不満を持たないわけではない。ただ、国王としては国益を重視せねばならんから、表に出す態度には気を付けているだけだ。――ただ、今のこの場には本当に限られた者しか同席しておらんからな。本心を語ったところで問題は少ない。それに、そのことを実際に見せた方が、サツキ殿もこちらに対して心を開きやすくなるだろう?」

「……分かってたんですね。私が警戒していること」

「分からん筈がない。だがまあ、分かっても取れる手が少ないのも事実でな。正直、今回の件は渡りに船だったし、だからこそ、私的なものとはいえこうして謁見の場をも用意した。すべては、サツキ殿と腹を割って話すためだ」

「……分かりました。信じます」

「うむ。そうしてくれると助かる。もちろん、マサト殿とイオリも必要とあれば口を挿んでくれ」

 

 元から沙月の友人である雅人に対しては『殿』をつけ、単なる通りすがりに巻き込まれたイオリには『殿』をつけない。その事実が、フランソワが勇者を重視している証明でもあった。名分以上のことを思っていないのであれば、年少の雅人に対しては呼び捨てになってもおかしくはないのだから。

 

「……なんて?」

「訊きたいことや話したいことがあったら、遠慮なく口に出してくれってさ」

「……そうか。イオリやサツキ殿に対しては通じるから失念していたが、マサト殿には言葉が通じないのであったな。ふ~む、どうしたものか……」

 

 そのやり取りを見たフランソワが頭を悩ませる。

 

「雅人、手を」

「うん?」

 

 それを見たイオリが雅人に手を出すように言い、不思議そうに差し出された手をイオリは握った。その上で、多少術式を弄った共感のドグマを行使する。

 

「今、魔法を使われたようですけど、何を?」

 

 首を傾げて不思議そうに、それでいて強い眼差しで問いかけるシャルロットの言葉が、何故か雅人にも分かった。先ほどまではフランソワとシャルロットの言葉が全く分からず、だからこそ疎外感を味わっていたのだが。

 

「多分ですけど、翻訳魔法か何かを使ったんじゃないかと思います。さっきまではサッパリだったシャルロット王女の言葉が、急に分かるようになったんで……」

「……驚きですね。私にもマサト殿が何て言ったのかが分かりました」

「雅人たちにこっちの言葉が通じないこともあって、コツコツと開発していたんですよ。元は感覚を同調させる魔法でして、それを改良したものになります。まだ完成したわけではありませんので肉体的接触を維持する必要はありますが、魔法の行使中は俺が分かる限り雅人にも伝わります」

 

 そのためにイオリは雅人と手を繋いだのである。

 この場にホープスがいればそのための魔導器を用意してくれたかもしれないが、後々の合流も考えてホープスにはアマリと一緒にいてもらっているし、何でもかんでもホープスに頼り切るわけにもいかない。

 

「サツキ殿の故郷ともこことも違う異世界の魔法、ドグマと言ったか? それはこの世界の者でも習得できるのか?」

「そこに関しては『やってみなければ分かりません』としか言えません。また、ハルトの説明によると、元々この世界には魔術と精霊術という二種類の魔法があるようですが、どちらかを覚えていると、それを捨てない限りもう片方は習得できないそうなんです。そのルールがドグマにも適用される可能性は否定できません」

 

 魔術を捨てなければ習得できない可能性があり、捨てたとて必ずしも習得できる保証はない。そう言われると、普通なら試すには二の足を踏む。――そう、普通なら。

 

「あら、面白そうですわね。私、試してみようかしら?」

 

 しかし、それを聞いたシャルロットは笑顔で宣う。

 魔術は六賢神が伝えた技術とされており、魔術を捨てて別の魔法を習得するということは、ある意味で六賢神を否定することにも繋がる。だが、それも考え方次第である。別種の魔法を習得した者が魔術の担い手に従うのであれば、それは六賢神を尊重していることにも繋がるのだ。

 

「承知の上で習得に挑戦するというのであれば、こちらも教えることに否はありませんが……」

 

 そう言いつつ、イオリは視線をフランソワに向ける。何せ相手は王女なのだ。それを否定できるとしたら、父親にして国王であるフランソワしかあり得ない。

 

「まあ、やるだけやってみてくれ。上手くいかなかったのであれば、その際は再び魔術を覚えればいい」

「国王陛下がそう仰るなら……。ですが、実際にシャルロット王女に教えるのはアマリにやってもらおうと思います。俺は雅人にも教えなければなりませんし、同性の方が何かと都合が良いでしょうから」

「それもそうだな。知る限り使い手が二人しかおらず、片方はマサト殿に指導している最中というのであれば、王女だからと融通を利かせることはできん」

「仕方ありませんわね。アマリさんとやらが来られるまで待つと致しましょう」

 

 シャルロットに関してはそういうことで落ち着いた。

 

「ねえねえイオリ君。それって私も覚えられる?」

 

 落ち着いたが、今度はサツキがワクワクとした目で待ち受けていた。

 

「そりゃあ、この世界の人以上には可能性があるでしょうけど……」

 

 無理もないと思いながらそう答えたイオリは、改めて沙月をよく見やる。そこで、漸く気付いた。

 

「前言撤回します。今のままだと沙月さんはドグマを覚えられませんね」

 

 その結果を、努めて冷静にイオリは伝えるのであった。




正直、精霊幻想記を読んでると魔術の利便性ってそれほどないと思うんですよね。
確かに『精霊術ほどの汎用性はない』と原作でも説明されてますが、少なくとも大小様々な国が存在することは作中でも語られており、いろんな髪色の人物が登場するんですから、『髪色を変える』という発想は普通に浮かぶと思うんです。
諜報活動とかを鑑みれば普通に必要な術だと思いますし、危惧して然りな術だとも思います。ただ、その危惧自体が存在していない感じなんですよね。

精霊術との相関関係も知られていない感じですし、どうしても『新たな術式の研究・開発
はされているが、大した発展はしていない』イメージが付き纏います。
作中において魔術の使用者は数多く登場しますが、魔術で並外れた活躍をする人物が少ない一方で、精霊術の使い手として真っ先に思い浮かぶ比較対象がリオであり、それ以外の使い手が結構な活躍をしているのも、魔術へのマイナスイメージを強めてる一因だと思います。

そんな状況下で、実際に目の前でドグマを行使され、それが現在の魔術では到底不可能な内容だった場合、たとえ王族でもドグマに惹かれて無理はないと思いますし、王族だからこそ便利使いする可能性を考えずにはいられないと思います。
魔術の欠点を知っていれば尚更に。
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