「お姉さま! どうぞこちらへ!」
控室に入るなり、手を振りながら声をかけてきた妹を見て、クリスティーナははしたないと思いながらも嬉しく思った。
もっとも、その想いを素直に表情に出すことはない。出すわけにはいかない、と言うべきか。
また、発言は最小限にし、発言内容にも気を付けねばならない。
現状、ベルトラム王国はアルボー派に牛耳られているも同然なのだから、そのトップであるヘルムートの息子――シャルルの前で晒せないのは無理からぬことであった。
「はしたないですよ、フローラ。あなたも王女という自覚を持って――」
クリスティーナの言葉はそこで止まった。近付くまでは死角となって誰が座っているのか分からなかった場所。
「――セリア先生……?」
そこに、恩師であるセリアが座っていたからだ。
以前、シャルルとの結婚式場より拉致された筈のセリアが、だ。
「お久しぶりです。ご壮健そうで何よりです、クリスティーナ王女。シャルル様も」
一礼したセリアのことを、クリスティーナもシャルルも驚愕なしには受け止めきれない。それだけ望外の出来事だったのだ。
「驚きましたか? でしたら良かったです。セリア先生を任せるのにシャルルだと分不相応だと思いましたので、私の方で腕利きの傭兵に結婚を阻止するよう依頼したんですよ。元々の知人であり、セリア先生に恩があるのが大きかったですね。ベルトラムへの恨みを堪えて引き受けてくださいましたので。――っと、挨拶を先にするべきでしたね。お久しぶりです、お姉さま。再会を嬉しく思います。シャルルは『己が分』というものをよく学び、王家の臣たる自覚を持って仕えるように。それと、そちらが勇者様でお間違いないでしょうか? ベルトラム王国第二王女フローラでございます」
クスクスと笑いながらフローラは堂々と宣い、かと思えばそれぞれに挨拶をする。
それを受け、内心でクリスティーナは驚いた。人前でこんなに堂々とできる子だったのか。ましてや、限定されているとはいえ人前でこうもあからさまにシャルルを挑発するなど、以前のフローラからは考えられない。
痛烈な批判ではあるが、フローラがベルトラム王国の王女であることに違いはないので、正当性はある。
実際、式場からの拉致がああもスムーズに運んだのは、下手人の力量が高いのもあるが、シャルルが指揮系統に割り込んだことも大きい。アルボー公爵家として見栄を張ったのだろうが、終始アルフレッドによる指揮を徹底させていれば、たとえ『逃亡を許す』という結果は同じでも、アルボー公爵家の評価はマシだった可能性がある。
式の招待客としてあの場にいたクリスティーナはそう思うし、それを表に出すかはともかくとして、他の招待客の中にも似たような感想を持つ者はいる筈だ。
セリアがいるからこそあの場面を思い出したのは間違いなく、その失態を指して『己が分』と宣ったのであれば、随分と人が悪い。……まあ、王侯貴族として見るならば、『頼もしい』という評価に一変するわけだが。
正直、とんでもない成長ぶりである。
「はじめまして、フローラ王女。お察しの通り、ベルトラム王国に勇者として召喚されました、ルイ・シゲクラと申します。どうぞよろしくお願いします」
「重倉君、こっちよ!」
瑠衣がフローラに返礼の挨拶をしたところで、瑠衣を呼ぶ声が上がった。クリスティーナが見やると、フローラとは別テーブルに一塊となっている男女の姿が認められた。その内の一人である少女が、ブンブンと手を振っている。
「彼女はガルアーク王国の勇者として発表されたサツキ・スメラギさんですね。僕としても旧交を温めたく思いますし、行っても構わないでしょうか?」
それを受け、瑠衣はシャルルへと確認を取った。王女であるクリスティーナではなく、現状では公爵子息に過ぎないシャルルへと確認を取ったのだ。
そんな真似をすれば、当然ながら周りは奇異に思って然りである。そう認識している瑠衣は、軽くながら周囲へと説明を行う。
「本来なら、代表はクリスティーナ王女であり決定権を持つのも彼女で然るべきなんですが、アルボー公爵直々に『シャルルさんに名誉挽回の機会を与えてほしい』と頼まれまして。現在のベルトラム王国は、彼とその傘下員なくして国政の運営が成り立たないのが事実であり、僕もベルトラム王国のお世話になっている以上、アルボー公爵直々の頼みとあれば無下にも出来ません。また、年功序列を踏まえれば、クリスティーナ王女より年長であるシャルルさんが指揮を執るのもおかしなことではありません。その様な理由から、今回の夜会に際してはシャルルさんが決定権を有していることになります。僕が働きかけることでフィリップ陛下とクリスティーナ王女に折れていただいた以上は、僕もそれに倣うのが道理でしょう」
勇者である瑠衣直々の説明とあっては、周りもそうと認識せざるを得ない。実際に瑠衣はシャルルにお伺いを立てているので信憑性も高い。
である以上、ベルトラム国内においては、王族よりもアルボー派が力を持っていることの証左ともなる。
その一方、わざわざ年功序列を持ち出している辺り、能力的にはクリスティーナ>シャルルと瑠衣が認識している可能性があることも知れ渡った。シャルルを庇う、周囲への説得力を上げる、という意味では年功序列を持ち出してもおかしくはないが、それは同時に『クリスティーナよりもシャルルが勝っている部分は年齢だけだ』と言っていることにもなるからだ。……あくまでも裏読みすればの話だが。
「ええ、構いませんよ。先ほども言いましたが、余程の理由がない限り、勇者であるルイ様を止めるつもりはありません」
フローラに引き続き瑠衣にまで公衆の面前で面子を潰された形になったシャルルは、それでもどうにか怒りを堪えて、にこやかに許可を出したのであった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
瑠衣が沙月たちの元へ向かって暫し。
クリスティーナとシャルルも着席し、同じグループとなった面々――フローラ、ロアナ、セリアと挨拶を済ませれば、当然と言うべきか、話題はセリアが攫われてからのことに移った。
「ええ、まあ。攫われた当初は驚愕と困惑に支配されていたんですが、少ししたらそれが知人だったことに気付きまして。着いた先はフローラ様の元だったのには驚きましたが、である以上は戻ることも出来ませんので、そのままお仕えしておりました」
セリアは申し訳なさそうに言った。
端的な言葉だったが、筋は通っている。フローラの元=ユグノー派の元だ。アルボー派と対立するユグノー派が、折角の釣果を返す筈がない。それがセリア・クレールという才人であれば尚のことだ。
また、連れ出した方法はともかく、フローラもまたベルトラム王国の王女である以上、セリアがフローラに仕えたとしても問題はないに等しい。ないわけではないが、王女に公爵、勇者による鶴の一声を以てすれば、後からどうとでも出来るレベルだ。
とはいえ、疑問が残るのも確かである。ただでさえ人付き合いの薄いフローラにそんな腕利きの知り合いがいるとは、クリスティーナにはどうしても思えなかったのだ。
「その依頼を受けたのが俺たちの団長でしてね。もっとも、当時は団長だけのソロで、傭兵団が結成されたのはその後なんですが……。どうも、はじめまして。エクスクロス教導傭兵団のアイオライトと申します。仮面についてはご容赦を」
そこに声をかけてくる人物がいた。少し離れた席に座っている三人組の一人であり、アイマスクで目元を隠している。王侯貴族を相手取るには不躾な格好と態度だが、その名はそれを許容させるだけの価値を持っていた。
「黒竜殺し。現代の英雄、アイオライト卿ですか。……クリスティーナ・ベルトラムと申します。貴殿の偉業は我が国にも轟いておりますよ。お会いできて光栄です」
早い話、如何に優れた戦闘力を持っていようと、そして名誉騎士の称号を与えられていようと、元が傭兵出身である男に高貴な振る舞いを求める方が間違っているということだ。むしろ、その出自を踏まえれば十分に許容範囲だ。
そもそも、彼に求められているのは礼節ではなく、単騎で大型のブラックワイバーンを討伐できるほどのずば抜けた戦闘力だ。
同時に、為政者たる者、その牙を自分たちに向けられないことを第一に考える。プロキシア帝国という前例があるのだから尚更に。
今でこそ大国のプロキシア帝国だが、皇帝を称する元傭兵、ニドル・プロキシアが一代で国を大きくしたのは有名な話だ。まあ、一介の傭兵が一から国を興すことなど考えられないので、可能性が高いのは国の乗っ取りだろう。
国の頂点たる国王が不慮の死を遂げてしまえば、国政がまともに機能する筈もない。国王を暗殺することでそのような状態に持っていったのか、或いは偶然の産物だったのかは分からないが、ニドルはその混乱を突いて一国の王の座を手に入れた――と考えるのが自然である。
小国が群雄割拠する北方の地であれば、決して否定しきれることではない。
元が傭兵なので、戦闘力は抜群――と言うよりは、正攻法に拘らなかったのだろう。勝ちに持っていくために打てる手はなんだって打った筈だ。
他方、自国を見ていれば、正規戦力の不甲斐なさというものがよく分かる。いいように弄ばれ、プロキシアが拡大する糧となったのだろう。
結局のところ、強い方が勝つし、勝った方が強いのだ。かつて野外演習で散々な目に遭った経験が、その思いを強めている。
だからこそ、クリスティーナは微笑を浮かべて対応した。
アイオライトと対峙してはならない。敵に回してはならない。王女として情けない? は、それがどうした! 嗤わば嗤え! 結局のところ、王侯貴族なんて立場や肩書は、それに価値を見出す者にしか通用しないのだ。それが通用しないのであれば、それ以外で勝負するしかないのである。……そんな心境だった。
「こちらこそ次代の賢君にお会いできて光栄です、クリスティーナ王女。……ああ、こちらは同団員のアクアマリンとアイスです」
結果、クリスティーナは賭けに勝った。黒竜殺しから『次代の賢君』という評価を引き出したのだ。それすなわち、アイオライトがクリスティーナを認めたということでもある。……微笑を浮かべたまま、クリスティーナは心中で安堵した。
アイオライトは二人の女性を紹介する。互いに軽く挨拶を交わした。
アクアマリンもアイスも、アイオライト同様にアイマスクを着けていた。噂には聞いていたが、仮面が団員の証というのは本当のようだ。
そしてここまでくれば、クリスティーナにも欲が湧いてくる。どうせなら団長にも顔繋ぎをしておきたい。
セリアを拉致した行為には思うところがあるが、そもそもは王女であるフローラの依頼であるらしいし、『王の剣』たるアルフレッド・エマールと渡り合った腕前は決して馬鹿にできたものではない。
「失礼ですが、団長殿はいらっしゃらないのでしょうか? せっかくですので挨拶をしておきたいのですが……」
「ご期待に沿えず申し訳ない。今回、団長は表の顔で参加しておりましてね。今はユグノー公爵と一緒ですよ」
そんな思いから発した質問だったが、アイオライトの返事は望ましいものではなかった。だからといってクリスティーナが不満を表すことはない。ただ、残念そうな表情を作って言葉を続けるだけだ。
「そうですか、ユグノー公爵と……。ところで、表の顔、ですか?」
「ええ。我々がアイマスクを着けているのは、当然ながら正体を隠す意味合いが強いのですよ。その理由は様々ですけどね。団長の場合、表の顔だとベルトラムで指名手配されているらしいのです。まあ、冤罪らしいのですが。なので、セリアさんの救出目的で正体隠して依頼を受けたはいいですが、結果的にフローラ王女とユグノー公爵に正体がバレたのは誤算だったそうですよ。もっとも、それによってフローラ様とユグノー公爵からは謝罪を受け、過去の因縁も水に流したようなので怪我の功名とも言えますが。……ああ、そうそう。シャルル殿はお気を付けを。取り分け、貴殿とスティアード殿は団長の恨みを買ってますので」
あっけらかんとアイオライトは言った。
普通に考えて、とても軽々しく言える内容ではないのだが、それが出来ている事実こそが問題だ。周囲――少なくとも、この室内にいる人物は承知の上ということなのだから。そして、夜会の主催者であるガルアーク王国国王フランソワも。
いやまあ、フローラとユグノーが冤罪だと証言している以上、フランソワもそれに則った対応をせざるを得ない部分もあるのだろうが、如何に王女や公爵が冤罪と認めたところで、国王であるフィリップが冤罪だと認めていない限り、同盟国の王としては罪人として扱わざるを得ないのが実情だ。
にも拘らず、エクスクロス教導傭兵団の団長は、表の顔で招待されているという。実力の高さだけだと、招待客に選ばれる根拠としては弱いと言わざるを得ない。つまり、実力以外にも、招待されるに値する力を持っていることの証左だ。
クリスティーナの背中を冷や汗が流れる。一部心当たりのない部分もあるが、部分部分で一人の人物を思い起こさせるのだ。特待生として王立学院への入学を許可された、スラム育ちのかつての同級生を。
出奔したとの情報は得ていたが、その後の足取りは不明である。普通に考えれば既に亡くなっていておかしくはないのだが、易々と『普通』に当て嵌めていい存在ではないという思いがあるのも事実だ。むしろ『非凡』とさえ思っていたし、憧憬を感じてもいた。
この予想が正しければ、確かに可能性はあるのだ。あの時点でさえリオは非凡な能力を持っていたのだから、出奔して枷が外れてしまえば、どこまで大きくなるかも分からないのだ。それこそ、ニドル同様に国を興していても不思議はない。
そんな風に懐かしい存在を思い出しつつ自問自答に耽っていたものだから、さしものクリスティーナもシャルルの行動に気付けなかった。
「アイオライト卿だったな。先ほどクリスティーナ王女が仰った通り、貴殿の武名は我が国にも届いているし、その功績によりフランソワ陛下より名誉騎士の称号を与えられたことも知っているが、些か言葉遣いが過ぎるのではないかね?」
クリスティーナが気付いた時には、シャルルがこんなセリフを宣ったあとだったのだ。
(何をしているのこのバカは!?)
クリスティーナは即座に心中でシャルルを罵った。
いやまあ、シャルルの言うことも尤もではあるのだが、世の中にはそれが通用する状況と通用しない状況があるのだ。
先ほど瑠衣の口から、『今回決定権を持っているのはシャルルだ』と周知されたこともあり、周囲もそう認識している。だからこそ、代表としてシャルルを立てもするだろう。
その一方で現状のシャルルは、あくまでも『公爵子息』でしかないのだ。である以上、準貴族に過ぎないのである。それもベルトラム王国のだ。
片やアイオライトは、フランソワから名誉騎士として任ぜられたこともあり、伯爵相当の爵位を持っているのだ。
こと爵位で比較した場合、公爵子息――準貴族に過ぎない者と伯爵とでは、どちらが格上かは考えるまでもない。
つまり、言葉遣いが過ぎているのはシャルルの方である。同じ内容でも、それを述べたのが王族であるクリスティーナやフローラであれば筋は通っていたのであるが、シャルルが述べては筋が通らないのだ。
それでも、ベルトラム国内であれば、地盤の差もあり、失礼ではあっても許容範囲だったかもしれない。
しかし、現在地はガルアーク王国である。地盤でも爵位でも優位なのはアイオライトの方だ。
加えて言えば、アルボー派の行動により、現在のベルトラム王国は間違いなくガルアーク王国に嫌われている。辛うじて同盟は保たれているが、いざ期限を迎えた際、再度の同盟を結ぶのは難しいだろう。
プロキシアの影響を多大に受けているアルボー派としてはガルアーク王国との同盟破棄は望むところなのかもしれないが、先のシャルルの言葉は、同盟破棄を通り越して開戦になりかねない一言だ。アイオライトに対する侮辱は、彼を名誉騎士に任じたフランソワへの侮辱にも繋がるからである。
ベルトラムは、未だプロキシアとの戦で負った大敗の傷が癒えたわけではないのだ。そんな状況でガルアークと開戦する余力などありはしない。勇者である瑠衣を盾にするにも限度があるし、そんな真似をすれば瑠衣にまで見限られかねない。友人も一緒に召喚されたからこそベルトラムに留まっているが、政情不安な国に誰が好んで居付きたいものか。
現状を正しく認識していれば出る筈のない一言である。勇者が揃っている状況なのだから尚更だ。
クリスティーナが焦るのは当然であった。
「シャルルっつったか? 言葉遣いが過ぎてんのはお前の方だろ。確かにお前が代表なのかもしれないが、公爵家の生まれとはいえ子息に過ぎない奴が、伯爵位持ち相手に何様だ? ……っと、俺はヒロアキ・サカタだ。フローラんところに召喚された勇者だな。つまり、曲がりなりにもベルトラム王国の勇者ってわけだ」
だから、弘明が口を挿んできたのは、クリスティーナにとって紛うことなき福音だった。言葉を信じるのなら、擁する派閥が違うとはいえ、弘明もまたベルトラムの勇者である。これからの運びようにもよるが、開戦を防ぐことは十分に可能だ。
言葉遣い云々に関しては弘明も他人のことを言えたものではないが、それでも彼は勇者なのだ。六賢神を王権の根拠としている国の王侯貴族が相手であれば、十分に通用する権威を持っている。
「俺も偉そうに言えるような言葉遣いじゃねえのは承知の上で言わせてもらうが、言葉遣い云々を言うんであれば、アンタに非があるのは間違いねえと思うんだ。……重倉っつったか? 同じベルトラムの勇者として、そこら辺はどう思うよ?」
「そうですね……。代表として、他国の貴族に対する態度として、相応しくはないでしょう。先も言った通り、アルボー公爵直々の嘆願でしたのでシャルルさんを代表に据えるのに賛同しましたが、今は後悔の念の方が強いですよ。……アイオライトさん、でしたね? 不快な思いをさせ、申し訳ありません。僕の判断で、今から代表をクリスティーナ王女に戻させていただきます。他の皆様も、どうにか溜飲を下げてもらえれば幸いです」
弘明と瑠衣。ベルトラムの勇者である二人が表立ち、瑠衣に至ってはアイオライトに頭まで下げている。これにより、どうにか『未熟者の暴走』という形で片を付けられそうだ。……こんなのが次期公爵だというのだから頭が痛いが。ロアナを見習えロアナを!
「な……!?」
「黙りなさい! ヴァネッサ、これ以上その男が問題を起こさぬように口と動きを封じなさい!」
他ならぬベルトラム王国の勇者である瑠衣の判断により決定権が戻った以上、クリスティーナが不安要素を自由にさせる理由などありはしない。
護衛隊長であるヴァネッサも心得たもので、即座にシャルルの動きを封じた。その上で、他の部下に命じて枷を付ける。命令を下したのが護衛対象にして王女であるクリスティーナなので、部下たちも躊躇はしない。
「皆様、我が国の者が大変失礼をいたしました。改めて、私の方からも謝罪させていただきます」
そうして、クリスティーナもまた他の面々に頭を下げるのであった。
正直、この場で頭を下げることに対する不満などクリスティーナにはなかった。本番とも言える夜会でやらかされるよりは遥かにマシだからだ。
とはいえ、これでも十分かは分からないのが正直なところだ。
「俺は構わないと思いますよ。年齢に限らず、失敗は誰にでもあることですから。まあ、重倉さんの言う通り、一端の大人として、また一国の代表として相応しい態度だったとは思えませんので、夜会への不参加・謹慎辺りが処罰としては妥当じゃないかと思います。もっとも、かく言う俺自身、情けない真似をしたばかりなので偉そうに他人のことは言えないんですけどね。……ああ、名乗り遅れました。俺はタカヒサ・センドウ。セントステラ王国の勇者です」
クリスティーナが冷や冷やとしている中、セントステラの勇者から声が上がった。その事実と内容は、クリスティーナにとって追い風である。
「俺としては、それだけじゃあ生ぬるいと思うぜ? 話を聞くに、本来ならクリスティーナ王女が代表として適正なところ、そいつを代表としてねじ込んだのはアルボー公爵とかいうベルトラムの有力貴族なんだろう? そいつが国元でどれだけの権力を握っているのかは知らんし、辣腕ぶりを発揮しているのかも知らん。しかし、状況だけを見ればただの『親ばか』だ。遡求してアルボー公爵とやらに責任を求めるのが妥当だろう。……俺はレンジ・キクチ。現在はパラディア王国の勇者をやっている」
「ガルアーク王国の勇者、サツキ・スメラギです。私も蓮司君に同感ですね。……いやまあ、ガルアーク王国でお世話になっている身としては、ガルアーク王国のことも考えないわけにはいかないんですよ。然るに、アルボー公爵の振る舞いは、ガルアーク王国としては許せないわけです。代表的なのは、同盟国であるガルアーク王国を蔑ろにして、プロキシア帝国と一方的に講和を結んだことですね。事情に理解を示すことは出来ますが、それによってプロキシアからの国境に対する圧力が強まっているのも事実ですから、簡単に納得することは出来ません。ついでに言えば、未だそれに対する、ベルトラム王国からガルアーク王国への謝罪もないようですので尚更です。……正直に言わせてもらえば、同盟を結んでいる価値があるのか怪しいという認識ですね。厳しい言い方をさせてもらえば、傀儡に成り下がった王に王たる資格などありません。それでも辛うじて同盟が保たれているのは、アルボー公爵の政敵であるユグノー公爵がフローラ王女と弘明さんを担ぎ、その上でガルアーク王国に協力姿勢を示しているからです。ユグノー公爵派としても、そうしなければアルボー公爵派に対抗できないという事情はあるでしょうが、それによってガルアーク王国に利が生まれているのも事実です。必然、ガルアーク王国が推すのは、フローラ王女を担ぐユグノー公爵派ということになります。アルボー公爵派を弱められる機会を見逃すわけにはいきませんよ」
「ルビア王国の勇者、エリカ・サクラバです。現在、ルビア王国・パラディア王国・ガルアーク王国、そしてユグノー派の間で、勇者を軸にした同盟を結ぶ動きが出ています。今回の夜会で、セントステラ王国とベルトラム王国にも誘いをかける予定でした。しかし、自分で言うのもなんですが、『勇者を紹介する』という重要な夜会に、能力的に分不相応な者を代表に据える動きを示したというアルボー公爵を信じることは出来ません。その様な輩の傀儡に甘んじているフィリップ陛下に関しても同様です。その様な状況では、同盟に誘うことの方が怖いです。以上の理由から、私は此度のシャルル・アルボーさんの振る舞いに対する責任をアルボー公爵のみならずフィリップ陛下にまで遡求し、クリスティーナ王女に王位を継承していただくことを希望します。最悪、『人魔戦争の再来』が起こることを考慮すれば、そうしない限り私たちが安心できません」
貴久に続くように、続々と他国の勇者からも声が上がる。それら全てが、アルボー公爵に追いやられている王家にとっては追い風だった。
もっとも、王位の交代や人魔戦争の再来に関しては物申したいクリスティーナだが、現状で声を上げられる筈もなく沈黙を選ぶしかないのが実情だ。
「失礼いたします。クリスティーナ王女とフローラ王女、ヒロアキ様とルイ様はいらっしゃいますでしょうか?」
そんな折、控室に訪れるや否や、クリスティーナたちを探す少女が現れた。
その少女に関してはクリスティーナも知っている。ガルアーク王国はクレティア公爵家の令嬢、リーゼロッテだ。
「ここですが、いかがいたしましたか?」
「この場で理由を説明するのは憚られまして。突然で申し訳ございませんが、同行を願えますでしょうか?」
詳しい事情は分からないにせよ、面倒事が解決していない間に新たな面倒事が起こったのはクリスティーナにも確信できた。そうでなければ、ベルトラムの王族と勇者だけが呼ばれる筈もない。まあ、まず間違いなく別室に向かったスティアードが何かしらの問題を起こしたのだろう。
「承りました」
そう結論付けたクリスティーナは、内心で深々と溜息を吐きながら、申し出を許諾するのであった。
まあ、無礼討ちも普通に存在する貴族社会ですからね。
シャルルが如何に公爵子息とはいえ、実際はただの準貴族です。
そんな人物が、他国で普段通りの振る舞いをしようものなら、高確率で無礼になるでしょう。
原作であの態度が通用しているのは、地元であり、親の七光りが通用するからです。怖いのはシャルル本人ではなくその親というわけです。
然るに、ガルアーク王国には関係ありません。地元でそんな舐めた態度を取られたら、普通に無礼を咎めます。アルボー家と友好的な関係を築いているのならともかく、そんなこともありませんしね。