精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第51話

「付き合わせてしまい申し訳ないね」

「それは構いませんが……」

「本当に来るでしょうか?」

 

 控室にて、ユグノーは巻き込むことになったリオ、ラティーファ、リーゼロッテに対して軽く謝罪した。

 その謝罪を、三人は軽く受け流す。どの道、一緒の控室になっていた可能性は高いからだ。

 

「さて、どうだろうね? 可能性はあるけど、あくまでも推測に推測を重ねただけなのも事実だから、断言は出来ないな」

 

 ベルトラム王国が送り込んでくるであろう人物を考えた場合、問題が起こる可能性が高いのも否めなかった。

 招待客として確定している重倉瑠衣とクリスティーナは問題ない。

 問題があるとすれば、その同行者だった。クリスティーナに対する監視の意味も込め、まず間違いなくアルボー派の重鎮が送り込まれる。権勢基盤の維持を鑑みた場合、十中八九はシャルルだろう。

 今は当主であるヘルムートの辣腕でどうにかなっているが、次代が頼りない場合、将来は間違いなく瓦解する。

 それを防ごうとすればヘルムートが健在なうちにシャルルに実績を積ませるしかないのだが、シャルルの場合、これまでに重ねた失態が多過ぎるのも事実だった。

 生半なことでは汚名の返上も名誉の挽回も出来ないが、今回の夜会は勇者を主役に据えている。それに参加するだけである程度の名誉に繋がるし、結局は夜会なので問題が起こる可能性は低い。仮に問題が起こったところで、引き起こした当事者でない限り、その責任は主催者にある。……シャルルを送り込むにはもってこいの舞台と言える。

 送り込まれるのがシャルルだけの筈はない。他に誰がと考えた場合、可能性が高いのはユグノーの長子であるスティアードだった。

 北方まで同行させた次子のピエールと違い、『基盤の維持』を名目にして、スティアードは本国に残している。ロダン侯爵に後見をお願いしてはいるが、根拠地が違うために上手くいく筈がない。

 早い話、スティアードはアルボー派が狙うには打ってつけの餌であり、ロダン侯爵への後見依頼は失敗を前提に置いたものであった。

 この夜会にスティアードを送り込むことで、アルボー派は、『お前の跡取りは我らに取り込まれたぞ』というメッセージを暗にユグノーへと伝えることが出来るのだ。取り込みに手間がかかるならまだしも、簡単に出来るのならやらない筈がない。……それがユグノーの分析であった。

 しかしそうなると、シャルルとスティアードという、二人の問題児が一所に揃うことにもなる。意思統一が為されているならまだマシだろうが、その可能性は低い。一度問題が起こった場合、どこまで規模が拡大するか分かったものではなかった。

 である以上、最悪を想定するならば、シャルルとスティアードを分断する必要があった。そのためにユグノーは多方面に協力を求めたのである。

 シャルルとスティアードの問題児ぶりを聞かされれば、フランソワが断ることはなかった。これにより、フローラとユグノーを別の控室にすることが叶った。

 フローラには、クリスティーナとの再会を願っている旨を受付に伝えるように頼んだ。フローラとしては断る理由がなかった。

 リオとラティーファにはユグノーとの同席を求め、セリアにはフローラとの同席を求めた。シャルルとスティアードの激発材料となり得る人物を分けたのである。シャルルがセリアを、スティアードがラティーファを予期せぬ場所で目にした場合、暴走する可能性が高いと踏んだのだ。

 刃傷沙汰への発展を防ぐため、高い戦闘力を持つイオリをフローラと同じ控室に置いた。加え、アマリとサラも。あくまでもエクスクロス教導傭兵団のアイオライト、アクアマリン、アイスとして。

 ユグノーの方にはリオがいるし、護衛を兼ねてオーフィアとアルマも一緒だ。それもあり、最終的にはサラもリオと別室に入ることを承諾した。

 弘明や沙月たち勇者はフローラと同室にし、シルヴィやデュランは自由意思に任せた。

 その上で、一部の情報をクリスティーナたちに伝えて選択肢を委ねたのだ。

 前提として、アルボー派にとってフローラや弘明はあくまでも神輿。敵足り得るのはユグノーである。ならば、曲がりなりにも王国の臣としてフローラの意向を無下には出来ないが、ユグノーを無視も出来ない。どちらを優先するか、間違いなく迷う。

 その背中を押すために、フローラと弘明が同室であることも伝える。そうすれば、瑠衣が弘明のいる方を選ぶ可能性が高いと踏んだのだ。

 勇者である瑠衣の希望をシャルルが払いのける可能性は低く、そこにフローラの希望も重なれば、クリスティーナと瑠衣はフローラたちの控室に向かわせるだろう。クリスティーナの監視役たるシャルルもそれに同行する筈だ。かといってユグノーを無視するのも怖いため、子息であるスティアードはユグノーのいる方へと向かわせるに違いない。

 

「そりゃそうでしょうけど……」

 

 不満そうにラティーファは呟く。ユグノーの言うことは尤もだし、それを理解した上で協力しているが、それはそれ。せっかくの復讐の機会なのだから、失敗したら面白くない。

 だがまあ、そもそもにして同行者にスティアードが含まれているかも分からないのが事実である。結局のところ、含まれているという前提に沿った対策でしかない。

 それでも、上手くハマればラティーファにとってはローリスク・ハイリターンなのだから、協力しない理由はなかった。

 

「しかし、本当に大丈夫なのか? ラティーファ。もしかしたら、トラウマが再発するんじゃ……」

 

 心配そうに、リオはラティーファへと問いかける。その過去を思えば、心配せずにはいられなかった。

 

「うん、まあ、断言は出来ないけど、覚悟はしてるつもりだし、いつかは乗り越えなきゃいけないことだから……」

 

 ラティーファとしても自信はない。空元気であることを自覚していた。

 なお、当然ながら控室には他の貴族たちもいるのだが、その誰しもがリオたちの様子を窺うに留めていた。彼らとしてはリオたちとお近付きになりたいのだが、容易に近付けない組み合わせでもあったのだ。

 まあそんな感じで、理由はともあれ室内の大半が悶々としているとき、新たな来訪者が現れた。

 そしてそれは、紛うことなくリオたちの待ち人であるスティアード・ユグノーだった。

 入室したスティアードは、キョロキョロと室内を見渡している。間違いなくユグノー公爵を探しているのだろう。つまり、策が上手く運んでいる証明だ。

 そうと知るからこそ、ユグノー公爵の次子であるピエールは、確証がないと嘯きながらもここまで読み取った父に対する尊敬の念を強め、ベルトラム貴族・ユグノー公爵家の終わりが近付いていることに物悲しさを覚えた。なお、その引き金を引くことになるだろう兄のことは既に見限っている。

 ふぅ、と一つ溜め息を吐いて、ピエールは立ち上がった。そのままスティアードの元へと近付いていく。

 さしものスティアードも、自分に近付く人物がいれば流石に気付く。

 

「おお、ピエールじゃないか! 久しぶりだな。壮健そうで何よりだ」

「ええ、お久しぶりです兄上。そちらもお元気そうで……。ところで、誰かを探していらっしゃったようですが?」

「うむ。こちらの控室に父上がいらっしゃると聞いてな」

「なるほど。では、ご案内しますよ。ただし、父上は他の招待客の方とご歓談中ですので、その点に対するご配慮を願いますよ?」

「父子水入らずで、とはいかないか。まあ仕方あるまいな。その点は了承した。案内を頼む」

 

 心中を見せぬままにスティアードとのやり取りを終えたピエールは、兄を連れて元いた席へと戻っていく。

 

「父上、兄上をお連れしました」

「ラティーファ……? ラティーファだろう!? なぜラティーファがここに!?」

 

 ピエールが報告するのと、スティアードが声を荒げるのは同時だった。

 この時点でピエールがおこなった忠告は無意味と化したが、スティアードにその自覚はない。

 そもそもの目的であった父親に挨拶するより先にラティーファに声をかけている辺り救いようがないが、こうなることはユグノーらにとって想定内だった。

 

「口を慎まんか馬鹿者! 申し訳ありません、ラティーファ様、リオ陛下。愚息が失礼をいたしました」

 

 そんな本心をおくびにも出さず、ユグノー公爵はスティアードを一喝し、そのままリオとラティーファへと謝罪。粛々と頭を下げた。

 当然ながら、スティアードには理解が出来ない。スティアードにとって、ラティーファはユグノー公爵家の奴隷だからだ。

 同時、父親が発したリオという名前から、一人の人物を思い浮かべた。特待生として王立学院に入学し、魔術以外はどこまでも自分より上の成績を叩き出していた、スラム育ちの移民の子を。

 当然、頭に血が昇る。『陛下』という尊称は既に忘却の彼方だ。

 これでスティアードが自分を律し、己の認識に疑問を覚えることが出来るようであれば、見限られることはなかったのかもしれない。だが、それが出来ないから見限られたのだ。先ほどの一喝は、最後の機会だったのである。

 

「なにを……何をなさっておられるのですか!? 父上! 我が家の奴隷どころか、このようなどこの馬の骨ともつかぬ輩に謝罪し頭を垂れるなど!」

 

 然るに、スティアードが自覚のないまま処刑嘆願書にサインを入れても、一行はそれを止めることはなかった。むしろ、サインを書き終えるのを待っていたぐらいである。

 

「やれやれ……」

 

 そしてサインを書き終えた瞬間、ピエールは即座にスティアードを拘束した。しかも、ただ拘束するだけではなく、床に叩き付けたのだ。

 ユグノーに同行して北方に赴いたピエールは、ベルトラムという国の戦力の脆弱さを、これ以上ないほどに肌で感じたのだ。しょっちゅう隣国と鎬を削る群雄割拠の小国の兵と、大国という立場に甘えている兵では、戦闘に対する心構えからして違っていた。そしてそれは、日頃は政務を第一とする貴族であっても変わらなかったのである。

 それらに刺激を受けたピエールは、ルビア王国兵の訓練や、雅人たちのおこなっている訓練にも混ぜてもらい、ベルトラム基準で飛躍的に実力を向上させたのだ。である以上、スティアードの拘束程度は造作もない。

 

「ぐあっ!? ……何をする!? ピエール! ……うぐぁ!?」

 

 突然拘束されたスティアードはわめくが、ピエールはより強く抑えることで強制的に黙らせた。知らぬはスティアードばかりなり。最後の機会を逃した時点で、こうなることは決まっていたのだ。

 とはいえ、スティアードへの感謝がないわけでもない。なにせ、スティアードが愚鈍なればこそ、ユグノーは次子であるピエールを後継者と定めたのだから。

 ユグノーらの方針として、ベルトラム王国と離別することは既定路線だ。既に新たな国を興すことも、その場所も決まっている。である以上、ベルトラム王国貴族という立場・肩書に拘泥する必要もない。……まあ、そんな理由でもなければ、ピエールもここまで落ち着いてはいられなかっただろうが。

 

「何をと言われましても……。私、言いましたよね? 他の招待客と歓談中ですので、ご配慮をお願いします……と。そして、兄上は了承されました。その結果があれですか?」

「ぐ……む……」

「自分が誰に何をなさったのか理解されておられぬであろう兄上のために、私の方から説明させていただこうと思うのですが……。都合上、お二方を侮辱するに等しい言葉を使わねばなりませんが、よろしいでしょうか?」

 

 スティアードに告げたピエールは、いざ説明をする前にリオとラティーファに確認を取った。

 現在のリオは異国の王であり、ラティーファは義理とはいえ妹だ。しかし、スティアードの認識はその過去で止まっている。現状を正しく認識させるに当たり、リオがスラム育ちだったことや、ラティーファがユグノー公爵家の奴隷だったことに触れないわけにはいかない。そうなると、事前に両名の許可を得ようとするのは当然だった。

 

「構いませんよ。スティアード殿を除けば、同室の皆さんには昨夜のうちに公表済みですので」

「右に同じくです」

「感謝いたします」

 

 リオとラティーファの快諾に、ピエールは礼を告げる。

 その上で、スティアードの認識不足に対し、優しく、懇切丁寧に説明してあげたのだった。……なお、スティアードにしてみれば『真綿で首を絞められる』が如くだっただろう。

 説明を聞き終えたスティアードが悄然としたのを確認して、ユグノー公爵は口を開いた。

 

「リーゼロッテ君。使い走りにするようで申し訳ないが、クリスティーナ王女とフローラ王女、ヒロアキ様とルイ様、それからフランソワ陛下をお連れいただいてもよろしいかな? 本来ならこちらから出向くのが筋なのであろうが、必要以上に大事にもしたくないのでね」

「まあ、そうなりますよね」

 

 室内を見渡して、リーゼロッテは理解を示した。――そのように見せかけた。

 この場には目撃者として選出された貴族たちがいるのだ。共通点は、ベルトラム王国近郊の領地を預かっていること。爵位は問わない。

 まあ、そんな意図的な選出をしている以上、彼らとてそのことには早々に気付いていた。昨夜の夜会でおこなわれた発表を鑑みれば、ベルトラムへの対応も慎重にならざるを得ない。『今のうちに意思統一をしておけ』という、フランソワからの隠されたメッセージだと受け取るのは自然なことだ。ならば、爵位の差など必要以上に気に留めることではない。

 それが彼らの共通見解であり、そこにユグノーらが現われ、更にはスティアードが現われ、その上で先の一幕を見せられれば、『自分たちに何がしかの役割を求められている』と察するのは容易かった。

 

「今から陛下たちをお連れいたしますので、皆様は今しがた目撃されたことを正直に報告するようにお願いいたします」

「私からもお願いする。スティアードは元より、必要以上に私たちを庇い立てする必要もない」

 

 リーゼロッテとユグノー公爵のその言葉が、決定打となったのだった。




原作では魔道具で偽装しているにも拘らず、スティアードはラティーファだと気付けたのですから、偽装していないのならよっぽど簡単に気付くでしょう。
そしてスティアードの性格上、そうなれば暴走一直線です。
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