精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第52話

「やれやれよな……」

 

 事情を聞き終えたフランソワは深々と溜息を吐いた。

 なお、『目撃者役』に選ばれた貴族たちの姿は既に室内にはない。報告だけさせたら会場に向かってもらった。何せ、今日と明日の夜会は初日と違い他国からも多くの来賓が来るのだ。当然、開場時間もそれを加味したものとなる。

 また、そういった理由があるから、それだけフランソワたちの入場時間にも余裕ができる。

 しかし、時間の余裕は有限なので、この空き時間で取り敢えずの落としどころを定める必要があるのは否めないのだ。

 

「して、いかがする? 余は確かに此度の夜会のホストであるが、逆に言えばホストでしかない。ホストとして介入しないわけにはいかないが、当事者間で余も納得できるような落としどころを探れるのなら、無理にでしゃばるつもりはない。承認して終わりよ」

 

 フランソワはリオとラティーファ、及び別の控室から呼び出されたベルトラム勢――クリスティーナとフローラの王女組、弘明と瑠衣の勇者組――に対してそう告げた。

 当事者というのであれば、真に当事者なのはスティアードであるが、証言からスティアードの方が一方的に悪いのは明らかだ。である以上、スティアードに自主的な発言権などある筈もなく、それはスティアードの父であるユグノー公爵もまた然り。

 そのような事情から、わざわざクリスティーナたちが呼び出された次第である。……が、ここで厄介なのがユグノー公爵とスティアードの立ち位置の違いだった。ユグノー公爵は弘明を担ぐフローラ派として夜会に訪れており、一方のスティアードは瑠衣を担ぐクリスティーナ派として訪れているのだ。その事実を無視はできない。

 早い話、フランソワの言う『落としどころ』とは、スティアードの処罰内容を決めることである。被害を受けたリオたちは無論のこと、クリスティーナ派とフローラ派、引いてはフランソワまでもが納得できる処罰内容を、時間のない中で決めなければならないのだ。

 勘弁して、というのがクリスティーナの本音だった。別室――クリスティーナたちが元々いた控室の方でもシャルルが問題を起こしており、それに対する処分内容も未だ定まってはいないのだ。この上でスティアードもとなると、流石に手に余る。時間に余裕があるならまだしも、ないのだから尚更だ。

 そんなクリスティーナの心情を察したのか、瑠衣が口を開いた。

 

「ベルトラム王国に勇者として召喚されました、ルイ・シゲクラと申します。発言をしても構いませんか?」

「お初にお目にかかる。余はガルアーク王国の国王、フランソワ・ガルアークだ。……発言をどうぞ」

「それではお言葉に甘えさせていただきますが、実は――」

 

 そうして瑠衣の口から放たれたのは、別室で起こった出来事だった。

 

「やれやれよな……」

 

 事情を聞き終えたフランソワは、再度深々と溜息を吐いた。

 こうなる展開は想像していたし、先々を考えた場合、最も望ましい流れであることは否定しないが、それはそれ。始末が面倒であることに違いはない。

 

「よろしいでしょうか?」

 

 ともあれ、元より想定済みの事態だったがために、対応は十分に練っている。だからこそ、ここでフローラが声を上げるのも約束通りだった。

 

「過去がどうあれ、現在は他国の王であるリオ様と、義理とはいえその妹君であるラティーファ様に無礼な振る舞いをおこなったスティアードの罪は軽いものではありません。まして、此度の夜会は大国であるガルアーク王国国王であるフランソワ陛下が主催したものであり、その目的は勇者様のお披露目です。夜会の場本番でないとはいえ、夜会の範疇に含むことは十分に可能です。然るに、ここで問題を引き起こしたスティアードは、リオ様とラティーファ様だけではなく、フランソワ陛下と全ての勇者様の面子に傷を付けたも同然であり、尚更軽い罰則で済ませるわけには参りません。よって、私はスティアードから遡求し、父であるユグノー公爵にも罰を与えることを提案いたします。もちろん、ユグノー公爵を重用していた私も責任を取ります。スティアード本人に対する罰則については、此度彼を同行させたお姉様に一任致しますが、ユグノー公爵に対しては爵位を没収し、領地を王家に返上した上での国外追放、私もまた王位継承権を返上し、国元から離れるのが妥当かと。無論、私の一存で決められることではありませんが、勇者様方の賛同があれば十分に可能でしょう」

「な……!? 何を言っているの!? フローラ!」

 

 フローラの発言内容は、とてもではないがクリスティーナが容易く呑み込めるものではなかった。反射的に問い返してしまっても無理はないだろう。

 

「落ち着いてください、お姉様」

 

 フローラは激昂する姉を宥めつつ、言葉を続ける。

 

「元々、私とユグノー公爵は国を離れるつもりであったのです。如何に大国とはいえ、一国内に勇者様が二人というのは歪ですからね。……私たちがガルアーク王国の支持を取り付けて北方に赴いたのは、行方の知れなかったレンジ様とエリカ様を探す他に、国を興す地を見定める目的があったのです。結果、勇者様は見付かり、土地に関しても目途が付きました。つまり、後はどのようにしてベルトラムという国から離れるかだけだったのです。それを思えば、今回の問題はまさしく奇貨と言えるでしょう。これにより、私たちは合法的に国を離れることが可能になります。また、ユグノー公爵が子息の失態でそのような憂き目に遭った以上、同じく子息であるシャルルが失態を起こしたアルボー公爵に同様の処罰を下しても何ら不思議はないのです。問題を起こした相手が、スティアードは他国の王で、シャルルは名誉騎士という違いはありますが、そこは年齢を逆手に取ってしまえばいいかと。更に言えば、多数の勇者様が賛同している以上、それが国王たる父上に遡求するのもおかしなことではありません」

 

 まさしくフローラの言う通りであった。

 勇者の言葉は、たとえ大国の王であっても蔑ろには出来ない。蔑ろにしてしまえば、それは六賢神の信徒であることを放り投げるに等しく、王権の根拠もなくなってしまうからだ。

 それでも、相手が自国の勇者ならば、まだやりようはあっただろう。勇者とて、生活するためには衣食住が必要だからだ。そこを国に世話してもらっている限り、勇者も配慮せざるを得ない。今回、瑠衣がアルボー公爵の言い分を呑むことになったのもそのためだ。

 同時、他国の勇者が他国の振る舞いに対して高らかに異を唱えるのも、それはそれで問題がある。その勇者がどこかの国の世話になっている限り、著しく公平性を欠いてしまうからだ。

 しかしそれらは、必ずしも適用されるわけではない。それらの事情を考慮した上で、なおも異を唱えるに値する理由さえあれば、途端に天秤は勇者を利するものとなる。

 此度の場合は、シャルルとスティアードの振る舞いがそれになる。刃傷沙汰に発展していないのが救いと言えば救いだが、双方共に公爵子息として問題のある振る舞いだったのは変わらない。

 準貴族に過ぎない者が、勇者に王族という錚々たるメンバーの面子に傷を付けたのだ。それも、正当性があるならともかく、正当性のないままに。当然、その罪は重い。

 そして準貴族に過ぎなくとも、シャルルもスティアードもれっきとした公爵子息なのだ。普通に考えれば、彼らが次代の公爵となるのだ。此度の夜会の名目が『勇者のお披露目』だからこそ、そんな場で無様を晒した両名の親もまた、教育失敗を叩かれたところで文句は言えない。公爵という立場は決して軽いものではなく、立場に見合った能力が求められるのだから当然だ。

 

「……そう。そういうことね」

 

 そこまで言われれば、元が聡明なクリスティーナであるから、落ち着きを取り戻すには十分であった。

 たとえフローラがベルトラムの王族でなくなったとしても、勇者である弘明の支持があるのなら、国を興すには十分な大義名分となるのだ。

 ベルトラムの王族でなくなった理由も、本人に瑕疵がないのであれば、周囲が納得する余地は十分にある。

 根本原因はあくまでも子息であるスティアードの失態であり、政務能力と子育ての失敗は別問題なのだから、フローラが引き続きユグノーを重用したとておかしくはない。

 国からユグノー公爵がいなくなるのは痛手だが、それを代価として獅子身中の虫であるアルボー公爵を放逐できるのであれば、クリスティーナとしては十分に許容範囲だ。

 フォンティーヌ公爵を始めとする親王派の面々は残るし、ユグノー、アルボー両公爵の派閥員にも国に残る者は多いだろう。爵位と領地がなくなってしまえば神輿たる価値もなくなってしまうのだから、なおもアルボーに忠を尽くす者もそうはおるまい。

 両公爵を国から放逐し、今回の問題を起こした後継者を罰しても、両名の血を継ぐ者はまだいるのだ。働き次第であることを前提に、折を見てその者たちに家を復興させることを約束・公表しておけば、国に残る者たちも下手に暴走はしないだろう。

 また、フローラの国外追放に関してはあくまでも自主的なもの。現時点での国王陛下に対する一種の禊と取ることは十分に可能だ。である以上、クリスティーナへと王権が移譲し暫く経った後でなら、国外追放処分の撤回も叶うだろう。

 あくまでも理屈の上でではあるが、現在のベルトラム王家を悩ませている問題に綺麗に片が付く。――と言うよりも、綺麗に整いすぎている。

 

「いやはや、剛毅果断とはこのことなんでしょうかね……」

 

 既にクリスティーナも瑠衣も、此度の一件――二件と言うべきか――が、半ば出来レースであることを察していた。『評価主義』が正常に機能していないベルトラムの弱点を見事に突いたやり方だ、と納得もした。

 シャルルとスティアードという、ベルトラムで力持つ二大巨頭の子息が何かしらの問題行動を起こすことを前提にし、その上で敢えて起こりやすい状況を用意したのだ。スティアードにはリオとラティーファを宛がい、シャルルにはセリアを宛がったのがそれだ。ホスト側の最高権力者であるフランソワなら十分に可能である。

 とはいえ、フランソワの意向だけで出来ることではない。平たく言えば、それぞれの部屋に配置されていた人員の大半が、意図を知らされた上で協力していたのだろう。

 意図を知らされていなかったのは、状況を報告してこの部屋を退室していった面々くらいではなかろうか。

 可能性としてはセントステラの勇者も思い浮かぶが、彼が真っ先に瑠衣に賛同したからこそ、それが他の勇者に対する呼び水になったのも事実である。

 ただし、彼の意見を不足としている点を鑑みると、よくて半々か。

 ベルトラム本国のありように大きく関わることだというのに、肝心要の自分たちがそれを知らされてはいなかった。まあ知らされる状況になかったのも事実ではあるが、掌の上で転がされたようで、決して快い気分にはなれない。

 それでも、結果を考えれば最上と見るべきだろう。

 

「シャルルとスティアードに対する本格的な処分内容は後で考えるとして、取り敢えずは両名とも謹慎処分とし、夜会への参加権も取り上げるのが妥当なところでしょうか。時間もありませんので」

「であるか。……リオ殿とラティーファ殿もそれでよろしいか?」

「私たちはそれで構いません」

「ユグノーはどうだ?」

「構いません」

 

 これにて、スティアードとシャルルの謹慎が確定したのであった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「……で、実際のところ、どこまでが想定通りだったんですか?」

 

 ガルアーク王国の兵によってスティアードとシャルルが連行されるのを見届けたところで、瑠衣が口を開いた。

 

「何とも難しい質問だな。結局のところ、ある程度のパターンを想像し、そうなった際の対応を予め共有しておいたに過ぎん。それとて、時間の不足からセントステラとは協議できなかったし、多分に運任せなところもあった。有体に言えばアドリブで乗り切った感じだな」

 

 それに答えたのは蓮司だった。壁に寄りかかって肩をすくめている。

 

「フローラ王女たちからのお話を聞くに、アルボー派がクリスティーナ王女の監視役を同行させるだろうことは想像がついたけど、それが誰になるかまでは確証も確信も持てなかったからねぇ~」

「シャルルさんは失敗も多いと聞いていましたし、箔を付けさせることで失敗を払拭するか、或いは更なる失敗を重ねられることを恐れて実力のある重鎮に任せるか、可能性としてはいいところ半々でした。スティアードさんでしたか? ユグノー公爵のご子息についても、それは同様です。『どうだ? お前の跡取り息子は既にこちらの手中に落ちたぞ?』という、ユグノー公爵に対する脅しの駒として使われる可能性はありましたけど、実際に使われるかまでは分かりませんでしたからね」

 

 続いて沙月と絵梨花が口を開いた。

 

「それって、あの二人を罠に掛けたってことですか?」

「ま、そうだな。ただし、こっちはあくまでも罠を用意しただけで、掛かったのは向こうだ。罠なんてものは、どれだけ仕掛けたところで実際に獲物が掛からなけりゃあ意味がない。こっちでテコ入れした部分もあるが、誰相手にも機能するもんじゃないし、あの二人が終始冷静であれば罠に掛かることもなかった。そもそも、お前自身が言ってたじゃねえか。『一端の大人として、また一国の代表として相応しい態度だったとは思えません』ってな」

 

 貴久が僅かにムッとした表情を浮かべて問いかければ、弘明が小馬鹿にしたように返す。

 弘明が言っていることは確かに道理であり、加えて自身が発したセリフを返されれば、貴久もそれ以上は何も言えない。事情を知らなかったからこそ、それがあの時点で貴久が抱いた紛うことなき本心だからだ。

 

「付け加えると、私たちが勇者として召喚されたことから思い浮かぶ最悪の予想を鑑みれば、現在のベルトラム王国における傀儡政権はどうにかしなければならなかった。たとえ荒療治であっても、私たちが互いに協力できる土台を作っておく必要があったのよ」

「それが……『人魔戦争の再来』ですか?」

「ええ。ハッキリ言って、私たちは私たちが召喚された理由を知らない。本当に突然だったし、私たちの意図したものじゃない。それに加えて、勇者や人魔戦争に関する伝承は残っているけど、それがどのようにして終わったのか? 最後に勇者はどうなったのか? そこら辺がハッキリしていないのよ」

「再度人魔戦争が起こる可能性を疑うには十分だし、それに比べて俺たちの状態だ。『六賢神の使徒』だのと謳われている割に、俺たち勇者は召喚時から精霊との契約状態にあるんだよ。もちろん、俺たちに契約した自覚なんてありはしねえから、召喚術式に含まれていたんだろうさ。……そら、怪しいとは思わねえか?」

「確かに怪しいですね。……なるほど。勇者を軸とした同盟には、それらに対する調査も含まれているということですか」

「ああ。シュトラール地方では魔術が一般的であり、それと対を成す精霊術に関しては廃れているそうだが、未開地以東では逆に精霊術の方が一般的らしい。だから、こっちとしては精霊術に詳しいリオたちの協力は必須だし、自然、協力を得るために努力する必要がある。こっちの方じゃ、亜人族や移民の扱いが悪いからな」

 

 そういった諸々が複雑に絡み合った結果の、此度のおこないだったということだ。

 

「簡単に納得できるわけじゃないですけど、取り敢えずは納得しておきます」

「正直、アルボー公爵はたびたび孫娘との縁談を勧めてくるので困っていたんですよ。僕には好きな人がいますし、それが落ち着いてくれるのであれば、取り敢えずは万々歳です」

 

 一応ではあるが、勇者同士による意思の共有は叶ったのであった。 

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