精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第53話

 突如として夜会への参加をキャンセルする招待客が現れようと、同じ控室でもない限りは他の招待客がそれを知る術はない。

 なので、シャルルとスティアードが参加しておらずとも、夜会は問題なく回っていた。

 それも当然。二人は確かに招待客の括りに入ってはいるが、主催者がメインで招待した客が連れてきた同行者に過ぎないのだ。すなわち、二人を連れてきたメイン――クリスティーナと瑠衣さえ参加しているならば、主催者側としては何の問題もない。

 スティアードが引き起こした問題行動を目撃した面々も、その当人が参加していないことからそれとなく事情を察し、そこに関しては貝のように口を噤んでいた。

 

「いや、疲れますね。これは……」

「確かに。僕もそれなりに慣れていたつもりではあるのですが……」

 

 そんな中、疲労を隠せずにいたのは貴久と瑠衣だった。

 まあ、勇者の中では今日が初参加なのだから、他からの狙いが集中して然りである。

 無論、他の面々にも招待客が向かわないわけではないが、ガルアークに所属する者たちは既に昨日のうちに挨拶を済ませているので、向かうのは専ら他国からの招待客である。

 比率としてどちらに傾くかなど考えるまでもない。

 挨拶に勤しむ者もいれば、ダンスを楽しむ者もいる。直前にトラブルが起こったとは信じられないほど、夜会は穏やかに回っていた。

 しかし、その平穏は突如として破られた。

 盛大な音を立てて、会場の扉が勢いよく開かれる。ズカズカと入ってきたのは、仮面を着けた一人の男。

 警備兵は取り押さえようとしたが、その仮面を見て躊躇する。

 

「緊急事態につき、無礼についてはご容赦願いたい! 自分はエクスクロス教導傭兵団に所属するマラカイトと申します!」

 

 突然の事態に困惑していた招待客たちも、取り敢えずはその名乗りを聞いて落ち着きを取り戻す。

 会場が静けさに包まれたのを見計らい、マラカイトは言葉を続けた。

 

「本日の夕刻、永世中立国『ブレイブ』の詰め所に、北方各国の各所にて魔物どもが一斉に行動を起こし手当たり次第に付近の町村を襲っているとの報告が入りました。群れの組み合わせは様々で、ゴブリンだけだったり、オークが混じっていたり、中にはオーガ、ミノタウロス、サイクロプス、新種を目撃したとの報告も上がっています。自分もミノタウロスと思しき魔物を目撃・交戦いたしました。各所で正規兵に冒険者、傭兵たちが対応に当たっていますが、対処しきれてはいないのが実情です。そのため、援軍を要請しに参った次第です。……とはいえ、必要なのは数ではありません。数を活かせる指揮官であり、突出した能力を持つ実力者です」

 

 そうして紡がれたのは、とても信じ難い内容だった。

 同時に、否定もしきれない内容だった。

 人魔戦争の再来。その危険性について提唱されたばかりだ。

 そして今現在、ここにはガルアーク王国貴族の大半と、他国からの来賓が多数集まっている。当然、招待客たちは護衛として騎士や兵を相応数引き連れてきている。つまり、一時的にではあるが、各地の戦力が低下状態にあるのだ。

 夜会の開催については広く伝えていたため、魔の陣営がその情報を掴んだとしてもおかしくはなく、タイミングを合わせて魔物を暴れさせたのだとしても、何らおかしくはない。

 

「言葉を返すようだが、本当なのか? 貴殿が北方からやって来たというのであれば時間が合わないだろう」

「疑問は御尤もですが、各所に用意されたエクスクロスの拠点は転移陣で繋がっておりますので、それを用いれば移動と時間の矛盾はなくなります」

 

 夜会の参加者から挙がった疑問に、マラカイトは慌てることなく答えた。

 ついでに、どこからともなくミノタウロスと思しき魔物の頭部を出して見せれば、参加者も信じるより他にない。

 

「ゲリラ戦を仕掛けられたか。敵ながら上手い手だ。……増援として赴くのは吝かじゃないが、問題があるとすれば、北方だけで収まるか分からないことだな」

 

 マラカイトの言葉に、アイオライトが相槌を打つ。しかしそれは、決して希望ではなく、この場の面々を更なる絶望に叩き落とすにも等しい内容だった。

 

「頭が痛くなるが、尤もな意見だな。一時的に戦力が低下しているのは、何も北方だけではない。ガルアーク国内各所は無論のこと、ベルトラムやセントステラも例外ではないだろう。何せ勇者様や王族の護衛だからな。相応の数が、或いは数は少なくとも少数精鋭に相応しい人員が割かれていると思うが如何か?」

 

 真っ先に追随したのはデュランだった。小国とはいえ戦に慣れているだけあり、望ましくない事態も認める胆力がある。

 

「認めます。精鋭の全てというわけではありませんが、一部は引き連れてきております」

「我が国も同様ですね」

 

 クリスティーナもリリアーナも、デュランの意見に同意する。

 それは、割ける人員にも限りがあることを示していた。少なくとも、リオ、イオリ、アマリといった有力戦力の全てを向かわすことは出来ない。今はまだ報告が届いていないだけで、他の場所でも同様の事態が起こっている可能性を否定できないからだ。

 無論、夜会に参加者を寄越した各国も、国防を踏まえた上で護衛を就けているのは事実だろう。だが、このような異常事態においては、どこまで安心できるか分かったものではない。

 故に、そちらの対処も考えた上で人員を派遣する必要がある。

 

「厳しくはあるが、同時に幸運でもあるだろう。魔の者どもも、よもやこれほど早く我らの元に情報が届くとは思ってもおるまいよ。マラカイトが情報を届けてくれなければ、我らが気付いた際には手遅れとなっていた可能性もあるのだ。そう思えば、むしろチャンスと言える」

 

 シルヴィが、その美しい顔を凄絶に歪めた。王女としての教育を受けてはいるが、紛うことなき武人でもあるのだ。舐めた真似をされて、諦観のままに受け入れるほどおとなしくはない。

 

「報告している身で言うのもなんですが、それには同意見ですね。ブレイブという特殊な形態の国でなければ、またグリフォンを情報伝達に起用するという大胆な政策がなければ、これほど早く情報が届くことはなかったと思われます」

 

 魔物が人を襲う。それ自体はおかしなことではないが、傾向があるのもまた事実。護りの薄い農村や小村、集落、ねぐら近くを少数で行動する冒険者に狩人、木こりに商人といった、魔物視点で迂闊な者たちが優先して狙われるのだ。

 逆に、一定以上の護りが常日頃から敷かれている、いわゆる『町』以上の規模になるとそうそう襲われることはない。

 そうと分かっていても、国内すべての居住地に十全な防衛戦力を配備するなど不可能だ。その不足を補うための『冒険者』システムではあるのだが、冒険者ギルドの運営を鑑みた場合、やはり最低限『町』の規模であることが必須となる。

 大小問わず、各国が共有するジレンマだ。

 そこに一石を投じたのが、永世中立国ブレイブである。

 北方における勇者同盟の中枢として用意された、勇者を頂点に置く、国王が不在の国。国の運営機関は、勇者直属の配下として国体の維持管理に勤める。そして国王が不在であるからには王族という存在もなく、引いては親衛隊だの近衛隊だのも存在しない。つまり、その分だけ人手が余る。

 その浮いた人手を、同盟加盟国へと振り分けたのだ。防衛戦力として見れば心許なくても、情報収集専門として見れば十分に機能する。

 自国の国防に関しては、自国民と加盟国から提供された人材に任せる。

 なんとも実験的な試みであったのは事実だが、奏功したのは間違いない。

 まあ、北方では一介の傭兵が天上の獅子(グリフォン)を持てるという事情もあるが。つまりはそれだけグリフォンがありふれていることの証明だ。道に縛られぬ分、普通に考えて伝達速度は跳ね上がる。

 ガルアークやベルトラムもグリフォンを所有していないわけではないが、その数は限られている。逆に言うとそれだけ貴重ということであり、単体で大きな戦力にもなり得るそれを情報伝達に遊ばせておく余裕はない。

 ついでに言えば、現在時刻は夜である。煌々と明かりが灯された会場にいては忘れがちだが、建物の外に出れば途端に暗くなる。王都だけあって街灯の類も設置されているが、闇を払いきるには至らない。そんな場所は歓楽街くらいだろう。

 然るに、街の外に出れば尚更暗くなる。小村や集落にまで街灯が設置されている筈もなし。日も沈んだ頃合いに襲われれば、住民が気付くかも怪しい。仮に気付いて救援を求めに走ったとしても、そもそもにして逃げ切れるかも分からないし、衛兵が常駐するような町に着くまでどれほどの時間が掛かるかも分からない。

 あくまでも、ブレイブが例外なのだ。

 

「勇者殿と我らが戻れば、どうにか士気は維持できるだろう。そして我らが戻れば、マラカイトを遊撃に動かすことも可能となる。北方に関しては、それでどうにかするしかあるまいな」

「私も同行しましょう。遊撃も二手に別れれば、被害も軽減できる筈です」

 

 デュランの言葉に、サラ――アイスが同行を告げた。

 デュランが視線でリオに訊ねれば、リオは頷きで応えた。

 

「了解した。正直、貴殿が手伝ってくれるのであれば願ってもない。……フランソワ陛下、そういうわけですので、我らは中座させていただく」

「うむ。貴殿らの武運を願わせていただく」

 

 そして、デュランに蓮司、シルヴィに絵梨花に明、アイスとマラカイトが会場を後にした。

 

「北方については彼らを信ずるより他にないとして、問題は他だな。防衛力が減った各所を狙われる――現在進行形で襲われている可能性はもちろんあるが、他ならぬここが襲われる危険性も捨て去るわけにはいかん」

 

 自国はもちろん、他国の有権者も一極集中しているのだ。その分だけ厚い防衛網を敷いているが、破られた際の被害が尋常ではない。ゴブリン程度が相手であれば、大多数に襲われたとて問題なく対処できる自信はある。……が、そこに上位の魔物が組み込まれればそれも薄まる。

 

「アイオライトにはここに留まってほしい。黒竜殺しの武名名高き貴殿がここにいるからこそ、この場の者たちが一定の安心を得ているのは否定できん。もちろん、領地や国元を襲われているという不安はまた別だろうがな」

「ふむ。砲台役が得意なのはアクアマリンの方なのですが、そういうことなら仕方ありませんね。俺がここに残るとしましょう」

 

 フランソワ直々にそう言われてしまえば、そしてそこに一定の筋が通っていれば、アイオライトとしても断り切れない。

  

「とはいえ、ただ情報が届くのを待つのも愚策でしょう。仮に北方以外も襲われていたとして、いつ情報が届くかも分からないわけですから。こちらからも戦力を向かわせると同時、現地との情報交換をおこなうべきでしょうね」

「道理だが、誰を向かわせる? どのように振り分ける?」

「セントステラにはアクアマリンと――オーフィアさんをお借りしてよろしいか? 足代わりに利用したい」

 

 アイオライトはリオへと問いかけた。エクスクロス教導傭兵団のアイスとして振る舞っていたサラはまだしも、オーフィアはリオの護衛役である。リオの許可なくしては動かせない。

 

「なるほど。彼女をお貸しするのは構いません。地の利はありませんが、そこはセントステラの方々に付き合ってもらう以外にありませんか……」

「そうなります。貴久殿とリリアーナ王女も構いませんか?」

「はい。母国が襲われているかもしれないというのに、ここに留まってはいられません。道案内や現地の士気向上のお役には立てるでしょう」

「御英断、感謝します。……雅人、師として命じる。お前もアクアマリンについて行け。現地に到着したら適当な場所を見繕ってアクアマリンに転移陣を刻んでもらうから、お前は情報の伝達役を務めろ」

「了解だ。転移陣を用意しても、ドグマを学んでなけりゃあ使えないからな」

 

 状況が状況のため、アイオライトは容赦なく雅人も起用する。

 それを聞いて表情を歪めた貴久だが、文句や不満を口に出すことはなかった。

 

「ラティーファ。念のため、君は里に帰還して伝達を」

「うん、分かった」

 

 リオはラティーファへ里への伝達役を頼む。結界が張られているから大丈夫だとは思うが、未開地が無事である確証はない。

 

「私はアマンドへ戻ります。アマンドはガルアーク国内における一大商業拠点ですから。王都が無事でも、あそこが機能しなくなってしまえば大打撃を受けることに違いはありません」

「確かにね。君がここにいるということは、君の武装メイドもここにいるということだ。この状況下、彼女たちは貴重な戦力だからね。遊ばせておく余裕はない。……僕も付き合おう。一部で構わないからメイドたちの指揮権を頂けるかな?」

 

 リーゼロッテがアマンドへ戻ることを伝えれば、次兄であるパスカルが同行を告げる。普段は国境の防衛指揮を執っているだけあり、パスカルの手腕は確かである。

 

「アルマさんもリーゼロッテさんに付き合ってください。アマンドが機能しなくなるのは、こちらとしても困ります」

「……了解しました」

 

 それを見て、リオがアルマの派遣を決める。僅かな葛藤の末、アルマは承った。

 

「私たちはベルトラムへ向かいます。幸い、クレール伯爵領は領都クレイアにある我が屋敷にも転移陣は刻まれていますので、移動だけならすぐです」

「クレイアはベルトラムの東寄りに位置し、ガルアーク王国へと街道が通っていましたね。拠点とするには打ってつけでしょう。――当然のように転移を前提しているのを聞くと、頭がおかしくなってきますが……」

「慣れですよ、お姉様」

「私も付き合いましょう。流石に素顔では行けませんので、エクスクロス教導傭兵団団長のハルトとしてですが……」

 

 セリアが口にすれば、頭を抑えながらもクリスティーナが続き、そんな姉にフローラがほほ笑んだ。

 リオもすかさず便乗を口にする。

 

「アイシアはガルアーク国内を回って、各所の街町に警戒を促してほしい。魔力に関しては精霊石を」

「ならば、私もそれに付き合います。王女である私が赴けば、説得の時間も短縮できるでしょう。こう言ってはなんですが、アイシアさんだけでは現地の者が簡単に信じるとも思えませんし……」

 

 それはシャルロットが行っても同じなのだが、王女である彼女の場合、有無を言わさず命令を聞かせることが可能となる。相手に信じてもらう必要などないのだ。

 また、小柄なシャルロットであれば、アイシアが抱きかかえることも十分に可能だ。

 

「已むを得んか……。アイシア殿、娘を頼む」

「うん、分かった」

 

 これにて戦力の振り分けは決まった。

 あくまでも特記戦力であり、無論のこと他にも騎士や兵士がいる。それらを上手く扱うことで、大きな被害を抑えるしかない。

 短くも長い夜の始まりだった。

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