デュランもシルヴィも母国が一番気になりはするものの、状況を鑑みればブレイブから動き出すのが妥当だという考えに異論はない。
そんなわけで、夜会の会場を後にした一同は武器だけ持ったら着替えることもせず、ガルトゥークに用意されたエクスクロスの拠点に赴き、そこから転移。ホームポイントを介して、これまたブレイブの拠点に用意された転移陣へと降り立った。
無機質な部屋の扉を開けば前と左に廊下が広がり、そこを進めばホールへと辿り着いた。
元が貴族の屋敷だっただけあって広さは十分。外へ通じる両開きのドアがあり、突き当りにはこれまた両開きのドア。それを包むように二回へ続く階段が配置されている。無論、サイドにも幾つかのドアがあるし、このままホールを通り過ぎれば再び廊下が続いている。
「チィーッス、お疲れ~。首尾よく援軍は引っ張り出せたか~?」
ホールに出てきた一行に気安く声をかけてきたのは、階段に背を預けている男だった。
漆黒の長髪に上から下まで黒い服装の黒づくめ。十分に美形と言えるが、その顔だちはどこか移民を思わせる。
ホークが冒険者だった頃の同業であり、その後は子飼いになった男だ。現在はエクスクロスの予備団員を自称しながら、変わらずホーク――というよりマラカイトに仕えている。名はクロウ。
「はぁ……。お前な、何度も言ってるが、少しくらいは言葉遣いをまともにしろよ」
「やだよ、めんどくせえ。宮仕えじゃねえんだからいいだろ」
ブラブラと片手を振りつつクロウは答える。
「さいで……。説明すると、増援は持ってこれたが援軍は無理だった。ま、無理もないがな。この異常事態が北方だけで起こっているとは断言できん以上、人手を割くにも限度がある」
「ま、しょうがねえか。んで、やって来たのは……勇者殿が二人に、婚約者さんに、デュラン王子とシルヴィ王女、最後に――おいおい、あんときのお嬢さんかよ!?」
一人二人と顔触れを確認していた男は、サラ=アイスを見るなり驚愕を露わにした。
サラの場合、アイスとして活動する際には元々の魔道具による偽装を施した上で仮面を着けている。……が、それはあくまでも仮面が共通ルールと化してからのこと。最初は魔道具による偽装だけだったのだから、その姿を知る者にとっては仮面の有無程度の違いしかない。当然、気付く者は気付く。
「上出来だろ? 取り敢えず、状況を確認する。大雑把に役割分担はしたが、状況が分からんことには動きようがない」
「あいよ。んじゃ、そっちの部屋に行くか」
そんな感じで、扉を開けて奥の部屋へ。
扉を開けると、喧々囂々としたやり取りが繰り広げられていた。
いくつかある大きなテーブルの上には地図が広げられ、何人かがそれを取り囲んで駒を置き、熱心に意見を交わしている。
「よお。どんな感じだ?」
「正直、上手くはねえ。既に宮廷騎士団は出発したが、多方面すぎて分散せざるを得なかったからな。付け加えると、やっぱ時間がな」
規模がどうあれ、人が長期間において一定ヶ所に住み着くということは、そこに目的があるからだ。
かといって、必ずしも住める環境にあるとは限らない。それでも住もうとすれば、環境を整えるところから始めなければならない。
そうまでしてなぜ住もうとするか? その目的は様々であろうが、それを推進するのがその地の領主や所属国家である場合、そうする必要があるからだ。大概においては、資材回収の簡略化と人減らしを兼ねてだったりする。
人が減れば労働力と生産力の低下に直結するが、そもそもの生産性が低い場合、生活するのも容易ではない。領民国民の全てがまともな生活を送ることなど不可能なのだ。それをどうにかするためにはそもそもの環境を改善するしかなく、苦肉の策として、奴隷だったり志願者だったりに新たな居住地を作らせるのだ。
条件としては、水場が近くにあること。水がなければ人は生きていけないので、これは当然のことだ。
次に、近場から資材が取れること。近くに森があるのなら木材が取れる。上手いこと森の恵みを採取できたり、森に棲む動物を狩ることが出来れば、それも生活の糧になるだろう。まあ、取れる資材は何も木材でなくてもいい。石材でもいいし、鉱物でもいい。何なら『農耕に適している』などの条件でも構わないのだ。
重要なのはこの二点。この二点が揃っているのなら、少しばかりの環境改善で十分に人が住まうことが可能となる。もっとも、その『少しばかり』が難儀なのも事実だが。
一方で、それらの条件は何も人にだけ適用されるわけではない。水と餌が揃っていて暮らしやすいのは、野生の動物や魔物も同じなのである。森であっても洞窟であっても、大きければ大きいほどねぐらにするには打ってつけだろう。
然るに、居住地を構える以上、それらの危険と無縁ではいられないのが実情だ。
ともあれ。そういった理由から、どこに人が暮らしているかの割り出しは容易だ。前提として、それらの情報を取得できることにあるのが必須だが。
集落、小村、村、町、都市……規模が拡大するにつれて、防衛能力も自然と上がっていく。なので、防衛力の低い場所から優先的に戦力を派遣しているそうだが、目的地が多岐に亘れば戦力を分散せざるを得ないのが道理だ。
その上で、距離の関係もある。速度を優先すれば、どうしてもグリフォンや馬で向かうしかない。必然、歩兵以上に数は少なくなる。ただでさえ少ない戦力を更に割った上で、住民の避難と護衛に当たるのだ。到底護りきれるものではない。
そこに時間――闇夜という状況が加わると、尚更に難易度は跳ね上がる。
かといって、何もしないのは悪手だ。ここで見捨ててしまえば、開拓への志願者自体が出なくなってしまう。継続的に志願者を出させるためには、全てを護り切るのは不可能にしても、護るために微力を尽くしたという姿勢を示す必要があるのだ。
「夜会に赴いて知ったことだがな? 大国ベルトラム王国の東寄り、ガルアーク王国と通じる主要街道が通る、クレール伯爵領の領都クレイアの人口は三万人ほどだそうだ。セリア嬢――そこの領主の娘から聞いたことだから、そこに間違いはあるまい。それほどの規模を誇っても、ベルトラムでは地方都市という扱いなのだから、大国というのは羨ましいものだな」
「まったくな。実数を聞いた際には、大国と小国の違いを改めて思い知ったよ。……比するに、我らが北方は小国の乱立状態故、一国辺りの人口比率では到底及ばん。この際、その分だけ宛がえる開拓民が少ないのは幸いと思えようが、同時に正規戦力が少ないのも事実であるからな。人同士の戦争であれば、労働力の低下を懸念してむやみな虐殺も起こるまいが、相手が魔物や害獣ではな……。向こうも餌がなければ困るだろうが、どこまでこちらの都合を考えてくれるかなど分かったものではない」
シルヴィの言葉は決して的外れというわけではなかった。
町民、村民、集落民、開拓民、それらの区別なく魔物や害獣による被害は起こる。しかし、防衛力の低い方ほど被害を受けるのは事実であり、その一方で、彼ら彼女らが根絶やしにされることは早々なかった。瘦せ衰えていようと肉は肉。つまりはそういうことなのだろう。
魔物や害獣にとって、人間という生き物は食物連鎖の宿敵であると同時、根絶やしにすると困ったことになる餌なのだ。だからこそ、襲われはしても根絶やしにされることはない。――もっとも、それは人の側にも言えることだが。
厄介なのは、今はその前提が崩れていることであり、だからこそ異常なのだ。一ヶ所二ヶ所程度ならそういうこともあり得ようが、それが広範に及ぶとなるとイレギュラーにも程がある。
それに辻褄を併せようとすれば、考えられるのは『魔人』だの『魔神』だのと呼ばれる者どもの関与しかあり得ない。伝承・文献による表記揺れのためどちらが正式な呼称なのかはわからないが、そう呼ばれる存在が魔物どもを使役したというのは伝わっているのだ。勇者が召喚された事実と併せて考えると、決して否定できることではない。
「魔人どもはどこまで細やかな指揮が可能で、魔物どもはどこまで細やかに指揮を聞き入れるかは分からん。分からんが、我らとしては大雑把なことを願うしかなく、救いの道はそこにしかない。……タイミングを考えるに、夜会に合わせた襲撃と見るのが妥当だ。『いついつに、近場にある人間どもの居住地から襲っていけ』。魔物どもに下された指示はこの程度であることを願いたいな」
頭を抑えながらデュランが言う。
だいぶ希望を盛り込んだ意見だが、人間でさえ大多数に細やかな指示を聞かせるのは難儀なのだから、理想論とも言い切れない。第一、この広範囲を同時に指揮するなどどう考えても無理がある。その点を踏まえれば、ある意味で現実的な意見と言えるだろう。
「俺は遊撃に回り、絵梨花さんはここに残る。これは既に確定だ。普段はともかく、非常時くらい勇者が詰めなければこの国の意義が揺らぐ。それは流石に旨くない。だからといって、非常時に勇者が閉じこもっているようじゃ民衆からの支持が失せる。それも無視はできない。結果として、勇者は別けざるを得ない」
「ヒロアキ様は如何したのですか?」
「あいつは別口だ。俺たちが出てくる時点では分からなかったが、この事態が北方でだけ起こっているとも限らないからな。夜会の会場となったガルアークはもちろん、参加した他国も同じ目に遭っている可能性がある。それを思えば、北方にばかり目を向けるわけにはいかない。……それに、将来的にはともかく、今のアイツはベルトラムの勇者であり、掲げる者たちもベルトラムの所属だ。ベルトラムを無視はできんだろうよ」
「道理ですが……厳しいですな」
蓮司の言葉に、対策班の者は理解を示しつつ溜め息を吐いた。
「そもそも、この広い大地を六人で護れってのが無理あるんだよ。それでも六人でどうにかしようと思えば、親玉目指しての特攻くらいしか手はないだろう。もっとも、親玉の居場所なんか分からないがな。仮に親玉の居場所が分かったところで、今の俺たちはまだまだ弱い。特攻したところで返り討ちに遭うのが関の山だ。現状はここに二人しかいないんだから尚更だな」
蓮司もつられて溜め息を吐く。勇者の中では自信家な蓮司だが、決して過信家なわけではない。単身でもそこらの魔物にやられるとは思わないが、それは住民を護り切ることと直結しないのだ。
「ないない尽くしとはよく言ったものだけど、それでもやれるだけのことはやらないとね。……私は防備を整えるわ。どうも私は大地への干渉に特化しているみたいだから、防壁を用意したり、堀を作ったりなら出来ると思うしね」
絵梨花は暗い考えを払うように頭を横に振った後、扉へと向かった。言った通り、防備を整えるのだろう。
「遊撃はレンジとアイス殿のペア、俺とクロウのペア、マラカイトは単独で、防衛の指揮はシルヴィ王女に任せる。……どうだろうか?」
面子と地図を見比べながらデュランが言う。
「おや? レンジ殿はそちらの勇者なのでしょう? 私と一緒でよろしいのですか?」
「勝利条件を定義付けるのも難しい状況だが、今はとにかく魔物どもを一体でも多く仕留めることが先決だ。二人は揃って氷の精霊術の使い手であるし、戦闘力も突出している。契約精霊による移動も出来れば、地面を凍らせての移動も叶うだろう。早い話、足並みを揃えやすいだろうという判断だ」
「御尤もですね。そちらがよろしいのであれば私も構いません」
首を傾げたアイスだが、返事を聞けば理解を示した。
「俺はデュランの旦那とか。ま、構わねえよ。知らねえ仲でもないしな。――ただし、勧誘は勘弁願うぜ?」
「分かっている。直属に出来ぬのは残念だが、傭兵として雇えるのであれば然程変わらん」
「そいつも暫くは勘弁願いてえんだがな……。ぶっちゃけ天上の獅子団と――より正確に言えばルシウスの奴とは顔を会わせたくねえんだよ」
「ほう? それは初耳だな」
「あいつ、ベルトラムはオルグィーユ家の生まれなんだろ? 親から聞いた話じゃ、俺もその血筋なんだよ。祖父さんだか曾祖父さんだかが、移民の奴隷に手を出すどころか『妻に迎える』とか言い出したらしくてな。貴族には相応しくねえってんで放逐されたんだと。当然、その後はだいぶ苦労したそうだ。……こっちをンな目に遭わせておきながら、当のお家は没落しましたとか、ふざけんじゃねえって話だ。あいつと俺に直接の関係があるわけじゃねえが、狭量なベルトラム貴族に対する怨嗟を聞きながら育てば、恨みつらみの一つや二つは覚えるさ。んなもんだから、あいつの顔を見ればついつい殺したくなって仕方ねえってわけだ。その一方で逆恨みだってのも理解しているから、正直、自制すんのが大変なんだよ」
「フッハッハッハッハッハッ……! いやはや、あやつも大概恨みを買っておるものよ」
「あん? そりゃどういうこった?」
「ルシウスのやつはエクスクロスの団長殿の怒りも買っているのだ。なんでも、団長殿が幼い頃に、彼の母親を目の前で殺したらしくてな。もしかしたら、父親をも手にかけているかもしれんとのことだった」
「……マジかよ? 救いようがねえな。――ま、そういうことなら殺さずにいて正解だったな。下手すりゃ俺も団長さんから恨まれていたかもしれねえわけだし?」
そんなこんなで衝撃の事実が語られつつ、デュランとクロウの組み合わせも確定した。
マラカイトに関しては誰も何も言わない。当人も言わない。そもそもにして単独で空を飛行するマラカイトとは足並みを揃えるのが難しいからだ。
「……で、それぞれがどう進むよ?」
「私はルビア王国の方面へ進みます。以前に少しばかり滞在していましたので、他に向かうよりは地の利がありますので」
「当然、俺が向かうのはパラディア方面だ」
「自然、俺が向かうのはそれ以外……と」
洩れ出る部分に関しては、仕方がないと諦めるより他にない。全てを救うなど、人には到底不可能な所業なのだから。
「では、往くか」
銘々に返事を返し、それぞれが動き出すのだった。