「んで、パラディアに向かうのは良いが、ルートはどうすんのか決めてんのか? デュランさんよ」
天上の獅子――グリフォンに跨ったクロウは、自分の横で同じくグリフォンに跨っているデュランへと問いかけた。
永世中立国ブレイブは元々の名を『ヴィルキス王国』といい、ルビア王国と隣接している。
それがどうしてブレイブに変わったとかと言えば、何のことはない。勇者として召喚された蓮司に対する扱いを誤ったのだ。情報の不足もあり、蓮司を勇者として認識できなかったのである。
それだけならまだしも、蓮司のことを『聖地破壊の下手人』として扱ってしまったものだから、もう大変だ。ヴィルキス王国が真実を知った時には既に遅く、取り返しがつく筈もない。
蓮司がパラディア王国という後ろ盾を得た上で、同じく勇者として召喚された弘明と絵梨花との連名で以て声高に非難すれば、瞬く間に周辺各国も同調して責め立てた。
六賢神の使徒である勇者に否定されたことで王権の根拠を失い、そもそもが小国であり、加えて周囲に味方もいないとなれば、ヴィルキス王国は早々に降参するより他に手はなかったのである。でないと、四方八方から今度は武力で攻められる。
その点だけは、英断と言えるだろう。
そうして、勇者の名の下に、降参したヴィルキス王国の国土を接収。再度同じことが起こらないように、勇者を頂点に置いた永世中立国とした上で国名を変更し、情報の集積機関とすることを発表した。
直後、蓮司を掲げたパラディア王国と、絵梨花を掲げたルビア王国は同盟を発表。ブレイブの直下国になったことを伝えた上で、周辺各国に選択を迫った。
すなわち、ブレイブの傘下に入るか、入らないかを。
表向き『傘下国は平等だ』と謳っているが、真実そんなことはない。実際に勇者を掲げているルビア王国とパラディア王国が上に立つのは間違いないのだ。
結果、各国の反応は大きく二つに分かれた。即座に傘下入りを発表するか、様子見をするかだ。
どちらにもメリットとデメリットがあるし、敵対をしないのであれば取り敢えずはそれでいい。夜会が迫っていたこともあり、ブレイブも即答を求めなかった。
そんな事情がある上で、ブレイブからパラディアに向かうには幾つかのルートがある。パラディア王国はブレイブともルビア王国とも隣接していないため、向かうとすれば他国を経由する必要があるのだが、見事に傘下国と非傘下国に分かれているのだ。
なお、非傘下国の中には、長年においてパラディアと争っている隣国もある。傘下に入ればパラディアの後塵を拝むことになる以上、様子見するのは至極妥当と言えた。
「無論、傘下国を通った上で最短距離を突き進む。幸いと言うべきか、パラディアは他に比べて余裕がある。全く以てリオ様様よな」
クロウの問いに、デュランは即答した。
リオという超常の実力者の手で、パラディア国内の魔物の巣はほぼ潰されているのだ。今後、魔石という資源が得られなくなるのは国としても困るため魔物を殲滅したわけではないが、その棲息域が大きく減少しているのは間違いなく、その分だけ暴れている魔物も少ないと思われた。
「パラディアでも魔物が暴れているそうだが、その規模は他に比べて小さいと予想できる。国内を沈静した上で、戦力の一部を約定に従い傘下国へと派遣。その一方で、非傘下国に対する派遣に備える。この状況下、追い詰められれば直接パラディアの下に就くことを望む国も出るかもしれんのでな」
ブレイブはその統治システム上、即断即決には向かないのだ。現地には絵梨花が残っているが、彼女が頷けばそれで良いというものではない。非常時はその限りではないが、それも内容によりけりである。
一国が傘下に入るとなれば、よっぽど入念に条件を詰める必要がある。平等を謳っているから尚更だ。
その一方で、即座に庇護を求めるが故に傘下に入ることを希望する国にとっては、悠長なことこの上ないシステムでもあった。
余裕がないから庇護を求めるのであって、即座に恩恵を受けられないのなら、そもそも傘下に入る意味もない。待っている間に国が滅びるかもしれないとあっては尚更だ。
そうなると、たとえ非平等であっても、即座の庇護を受けられる国の傘下に入るのはおかしなことではない。
実現すればデュランとしても好ましい。確かにデュランは自国の拡大を望んでいるし、そのために隣国に攻め込んでいるが、必ずしも相手国を滅ぼそうとは思っていないからだ。自ら頭を下げてくれるのであれば、それに越したことはない。
「はいはい、然様で……。ルート上に襲われている奴らがいれば、それを助けつつ進むってことでいいな?」
「ああ。多方面を相手取るとなれば数が必要なのは事実だが、それを優先する余りに救える者を見殺しにしたのでは、いらぬ恨みを買いかねぬのでな」
方針が決まるや否や、二人はグリフォンを駆けさせた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「むんっ!」
「そらよ!」
デュランの繰り出す剛剣とクロウの繰り出す鋭刃が、二体のオークを塵へと帰した。二人は流れるままに剣を返し、瞬く間に今度はゴブリンを屠る。
「いくらなんでも遭遇し過ぎな気がするのだがな!?」
魔物を仕留めながらも、デュランはクロウへ言葉を投げる。
「悪いけど、気付いちまったら見過ごせないんでね!」
「よもやと思ったが、やはりか貴様! ええい、いったいどのような絡繰りだ!?」
元々人間は夜目が利く方ではない。単に身体能力を強化しただけでは、決して夜闇の中を見通せるようにはならないのだ。暗視の術式を使わない限り、視力が強化されて終わりである。
然るに、グリフォンが高空を駆けており、光源が星と月と所々に点在する街町の明かりしかない以上、よほど注意しない限り、地上で民衆が魔物に襲われていようと気付くのは難しいのだ。
開け放たれた地で、逃げる民衆が松明なりカンテラなりで光源を確保していれば多少は気付きやすくもなるだろうが、そういうことは滅多にない。逃げる側の心情として、気付かれないことを第一に考えて松明などを使わないことの方が多いからだ。それによって道を逸れたりすることも往々にしてあるのだが、ただの民衆がそこまで思い至れる筈もない。
そんな事情を鑑みると、ブレイブを出立してこちら、これで五回目の遭遇なのだから明らかに異常だった。しかも、毎度毎度先陣を切っているのはクロウである。何かあると考えるのが普通だった。
「俺は単に相棒から教えてもらってるだけだって!」
「相棒だと!?」
「そ! 分類上、俺は魔術士じゃなくて精霊術士でね! 相棒に色々とフォローをお願いしてるのさ! もっとも、相棒はシャイなんで人前に出るのを好まないんだけどな! だから紹介するのは難しいぜ!?」
言葉の応酬の間にも、二人は次々と魔物を仕留めていく。剣撃音やら咆哮音などが響き渡る中での会話であるため、どうしてもその声量は大きくなる。
まあ、相手がゴブリンとオークばかりとはいえ、魔物との戦闘の片手間にそんなことが出来ている辺り、二人の実力が並外れているのは確かだった。
無論、装備の質が良いことも一因ではあるのだろうが、単に装備が良いだけだとあり得ない結果でもある。
恐怖に陥っていた民衆も、いつの間にか二人の活躍に魅入っていた。民衆が落ち着いたため、護衛も動きやすくなったようで、着実に戦果を重ねている。
そうなると、この場の魔物を殲滅するまで、然程時間は掛からなかった。
「援護、感謝いたします。自分はロムルス王国の騎士団の者です。いずれ名のあるお方とお見受けしますが、御尊名を伺ってもよろしいでしょうか?」
「自分はブレイブ勇国第三騎士団の者です。自分の勘違いでなければ、そちらは傭兵団『漆黒』のクロウ殿ではありませんでしょうか?」
民衆の護衛に就いていた者のうち、二人が進み出てそう名乗る。
デュランとクロウは、そこで初めて護衛の所属が違うことに気付いた。まあ、状況を考えればおかしなことではない。
なお、『漆黒』とはエクスクロス教導傭兵団の正規団員、マラカイト直下の下部組織という位置付けであり、外部からはエクスクロスの予備団員という認識を受けていた。エクスクロスが少数精鋭を掲げていることや、北方におけるアイオライトとアイスの活躍が大きいことが最たる要因である。
マラカイトは専らブレイブの留守を預かっており、必然的に子飼いもブレイブに駐留する。
そして、ブレイブにとって身近な勇者の一角が冒険者志向の蓮司ということもあり、正規騎士団は少なからずその影響を受けている。正確に言うと、ヴィルキス王国からのコンバート組が特に影響を受けている。
ヴィルキスへの忠誠心がないわけではないが、それはそれ。話を聞けば、ヴィルキス側の失態であることに間違いはない。勇者相手にそんな真似をしてしまえば、王権を否定されても仕方ない。そんな風に、諦めと共に現実を受け入れざるを得なかったのが、彼らにとって正直なところである。
だが、国の正規騎士団員であるが故に一緒に処罰されてもおかしくはなかったところを、勇者は新しい国へそっくりそのまま受け入れてくれた。かつて仕えていた国王や王族も、立場を追われたとはいえ殺されてはいないのだ。
それらに対する感謝の念が、彼らを蓮司のシンパへと仕立て上げた。国の代表たる騎士団として見栄えは重視する。しかし、見栄えだけには囚われない。そんな精神性の騎士団となったのだ。
そんな彼らであるから、戦場では冒険者と似たり寄ったりなスタイルの傭兵に教えを乞うことも厭わなかった。冒険者と傭兵の違いなど、メインの相手が魔物か人かの違い程度だ。
そもそも、実際の戦場では綺麗も汚いもない。勝たねば意味がなく、そんなものに拘泥して負けたのでは無能以外の何者でもない。見栄えのいい勝利に拘る者など、そういったハンデを付けられる程の実力者か、実際の戦場を知らぬアマチュアである。
騎士団の者たちは戦場を知らないわけではなかったが、マンネリ化が進んでいた部分があったのは否めない。まあ、元々が小国故に行動範囲が狭く、相手にも大した変化がないのでは仕方ない部分もあるのだが。
所属をブレイブへコンバートした彼らは、今までの自分たちを惰弱と判断せざるを得なかった。それを払拭するための手段の一つが、傭兵との合同訓練であった。傭兵との戦いでは意表を突かれること数知れず。卑怯と責めることは簡単だが、実際の戦場を思えば、それこそ甘えに他ならない。結局のところ、自分たちが負けない強さを身に付ければいいだけなのだから。
まあ、そんな事情があったことから、ブレイブ所属の騎士団の中には漆黒と手合わせしたことのある者も多い。である以上、相手がクロウを見知っていたとしても何ら不思議はない。
「俺はパラディア王国の第一王子、デュランだ。そちらの見立て通り、こいつはクロウだ。……実際にどこまで広がっているのかは分からんが、広範で一斉に魔物どもが暴れ出したとの報告が入ったのでな。対応のため、俺たちはパラディアに向かっている最中だ。別方面にはレンジ様とアイスの組み合わせも動いているし、また別方面にはマラカイトも動いている。エリカ様とシルヴィ王女はブレイブの留守を預かっている。……逃げている者たちと遭遇したのは、お前たちで五組目だ」
「感謝いたします、デュラン殿下。パラディアに向かわれるとのことですが、援軍を期待してもよろしいのでしょうか?」
「それが約定であるからな。ロムルス王国はブレイブの傘下に加わっている以上、勇者であるレンジ様を掲げている我らパラディアも無下には出来ん。しかし、余所を優先して自国が滅ぼされたのでは意味がないのも確かだ。援軍を派遣するにしても、ある程度自国の安全が確保されてからになるのは言わずとも分かるな?」
「ハッ! 意表を突かれて後手を踏んではおりますが、ロムルス王国とて騎士や兵がいないわけではございません。独力でも、ある程度は持ち堪えられましょう」
「ならばよい。……ではな。俺たちはもう行く。お前たちがどこを目指すかは分からんが、努々気を付けることだ」
「ハッ! 殿下方も御武運を!」
そんなやり取りのあと、デュランとクロウは再びグリフォンを飛翔させる。
「これで上手いこと奴らがどこぞの町なりへ逃げ込んでくれれば、一筋の希望にはなるだろう。実際に俺たちが動いていることの証言者にもなる」
「そのためにも、とっととパラディアへ向かわないとな」
「……率先して寄り道を主動している貴様が言えることではないと思うのだがな?」
「そう言われちまったら返す言葉もないが、そっちに利益があるのも確かだろ?」
「まあな。だから、この程度の小言で済ませているのであろう?」
「へえへえ。まったく、ああ言えばこう言うこって……」
夜天の下、高空でデュランとクロウの軽口が交わされるのであった。