「ここは……アマンドか」
建物を出たパスカルは、グルリと周囲を見渡して呟いた。
アマンドは妹であるリーゼロッテが代官を務める、パスカルにとっても縁深い場所である。端から端まで知っているとは言わないが、軍人という役職に就いていることもあり、アマンドの住民レベルには詳しいつもりだ。場所をよく知っておかなければ、活かし方だって思い浮かばないのだから。
そんなパスカルの判断をして、現在地はアマンドであると認めざるを得なかった。
「いやはや、話には聞いていたけれど、実際に体験すると驚くことこの上ない。便利ではあるけれど、悪用されると危険でもある。……ドグマだったかな? それの知識を一定以上修めている者でないと使い方が分からない。自由自在な長距離間の転移は出来ない。そういう諸々を込みで、安全面での許容範囲ギリギリだろうね」
続いて、そんなことを言いながらしみじみと頷いた。
一度別の場所を経由したとはいえ、極めて短時間でガルトゥークから到着したのだ。普通に考えてあり得ない早さである。
起動者のみが利用できるというわけでもなく、限度は分からないがある程度までは同行者もまとめて転移できる点を考慮すると、利便性は相当に高い。
まあ、だからこそ悪用された場合の危険性が大きいのもまた然り。
その点を踏まえて、正しく扱うためにはドグマの知識が必要というのは、現状において極めて合理的なセキュリティシステムだと言えた。
「そうでもないと、流石に私たちとしても転移陣の設置を許可できないわよ。まあ、勝手にやられればそれまでではあるのだけど、わざわざ許可を求めてくるのが
パスカルの言を受け、転移に便乗してきたシャルロットが補足を入れた。
「しかし……アマンドはガルアークでも髄一の商業都市だと伺ってはいましたが、普段から夜中もこれだけ騒がしいのですか?」
周囲をキョロキョロと見渡しながら問いかけたのはリリアーナだった。
リリアーナの言う通り、確かに夜中とは思えないほどの喧騒が聞こえてくる。
「いえ。我が街にも歓楽街がないわけではないですが、流石にここまで喧騒が響くことは……」
答えるリーゼロッテの声が徐々に弱くなっていった。
転移などそうそう経験することではない。それは公爵令嬢であるリーゼロッテも変わらず、他の面々もまた然り。だからこそ、そんな異常経験をしたことで、少しばかり気持ちが浮ついたとしても何らおかしくはないだろう。
しかし、そんな異常手段を用いてまでアマンドに戻ってきたのは何のためだったか。言葉を重ねるうちに、彼女は――それ以外の面々も――その理由を思い出したのである。
「まずは現場へ向かいましょう。状況を把握するにはそれが一番です」
リーゼロッテの言葉に全員が同意を示し、一行は駆け出した。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
辿り着いたのは西門付近だった。ここまでくると、喧騒の内容もよりハッキリと分かる。あれやこれやと叫び声が入り混じっているが、それが示すのは『魔物が攻めてきた』という事実。
幸いにして、未だ門は破られていない。それは目視でも確認できた。
だが、切迫した状況にあるのは明らかだ。ある者たちは外壁の上からひっきりなしに矢やら礫やら魔法やらを放ち、ある者たちは門が破られたときのためにバリケードを築いている。
外壁の外から聞こえる魔物の雄叫びも喧しい。それだけで、ちょっとやそっとの数でないことが分かる。
「状況を知らせなさい!」
リーゼロッテは、恐れることなく渦中へと割って入った。
「ああ!? 見りゃあ分かんだろうが! ――って、リーゼロッテ様!?」
手近な場所にいた冒険者の男は振り向きながらに怒鳴り、それがリーゼロッテだと分かると驚愕を露わにした。
冒険者の叫びは、瞬く間に伝播した。リーゼロッテ様だ! リーゼロッテ様だって!? 次から次へとそんな声が沸き起こる。
「もう一度聞くけど、状況は?」
「へ、へい。今日の夕方当たりでしたかね。西の森の方から魔物の群れが攻めてきた! って門番の叫び声が上がりまして。そっからはてんやわんやですよ。騎士に兵士にメイドさん方に俺たち冒険者にと、とにかく総動員です。一番危険なのは西門っすけど、西門だけに気を配るわけにはいかないってんで他の門にも人を配置してバリケードを築いて……てなところです。早く気付けたのが幸いでしたね」
「なるほど。――いかがいたしますか? お聞きの通り、状況は最悪に等しいですね。我が街だけを見ればそうとも言い切れませんが……」
リーゼロッテが敢えて言葉にしなかった部分も、一緒に来た面々であれば理解するのは容易かった。
「北方各所のみならずアマンドでも、ですか……。となれば、我がセントステラが例外だと言い切ることは出来ないでしょう。無理を言いますが、私どもとしては一刻も早くセントステラに向かいたく思います」
口火を切ったのはリリアーナだった。
その願いは尤もだった。未だ偶然の可能性は捨てきれないが、偶然と言い切るには状況が悪すぎる。
「その方がよろしいでしょうね。――オーフィア様の方は大丈夫ですか?」
ここからセントステラまでの道中は、オーフィアの契約精霊であるエアリアルに乗っていくことになる。彼女の都合が悪ければ、どれだけリリアーナが望んだところで足踏みせざるを得ない。
「こちらは大丈夫ですけど、逆にこの街は大丈夫なんですか? たしか、新種の魔物と遭遇したのってここから西の森なんですよね?」
「そう伺っております。……が、それらの強力な魔物に関しては、基本的に私とアルマ様で対応いたします。他の武装メイドもいればパスカル様もおりますので、おそらくは何とかなるでしょう」
「お任せ」
「これでも国境守備の指揮官だからね。純粋な実力では劣るかもしれないけど、そこは他でカバーするさ」
そう言われれば、オーフィアもそれ以上の言及はしなかった。
アルマの実力はオーフィアもよく知っているし、技量だけで言うのであればアリアはオーフィアたちをも凌駕している。
パスカルについてはリーゼロッテの兄ということくらいしか知らないが、指揮官の戦い方が一介の戦士とは一線を隔していることくらいは知っている。良き指揮官は、率いる者たちの戦闘力を底上げするのだ。
また、幸いなことにパスカルはリーゼロッテの実兄だ。その分だけ、アマンドの者たちが指揮を聞き入れやすくもなるだろう。
「分かりました。では、私たちはセントステラに向かわせてもらいます。――ここでエアリアルを召喚しても?」
「構いません。むしろ、私たちのいないところで召喚される方が困ります。殺気だった兵や冒険者に攻撃されるかもしれませんし、そうなっても止められませんから」
「行きがけの駄賃にある程度は魔物を仕留めていきますので、防衛にお役立てください」
オーフィアが質問すればリーゼロッテが答え、ここから飛び立つのであればとアマリが提案した。
「お願いします。また後日、無事の再会を果たしましょう。――皆、場所を空けなさい!」
リーゼロッテの言葉に従い、僅かながら空白地帯が作られる。
「エアリアル!」
その空白部分に、オーフィアの声に応えてエアリアルが姿を現した。
巨鳥を模した精霊の背に、アマリ、オーフィア、セントステラ勢が次々と乗っていく。
アマンドの住民の驚きを余所にエアリアルはグングンと飛翔していき――
「青き稲妻、迸りなさい! TONITARS!」
高空からアマリが雷撃のドグマを放った。
それはさながら裁きの雷。幾条もの雷に貫かれ、その身を灼かれ、外壁の外にたむろしていた魔物たちは、その大半が塵と化した。
その戦果を確認することもなく、エアリアルは瞬く間に遥か彼方――セントステラ方面へと飛び去って行った。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
エアリアルが去っていくのを見送ったリーゼロッテたちは、すぐさま外壁の上へと駆け上った。アマリが行使した先ほどの雷で魔物に如何ほどの損害を与えたかを確認する必要があったからだ。
果たして視界に映ったのは、夜闇の中、自己主張するかのように点在する熾火であった。無論、あくまでも比喩表現であり、その実態は雷に灼かれた魔物である。
やがて生命が尽きたのか、魔物は塵へと帰り、同時に熾火の一つも消えた。
「凄いな。魔術とは豪い違いだ。威力と言い範囲と言い、たった一人が行使したとは思えない。この目で見ても信じられないよ」
パスカルが力なく呟いた。
「以前、イオリ様も同じ術を行使したことがあります。その時にも思いましたが、緻密なまでの制御技術ですね。余計な被害を齎しておりません」
続いてアリアも口を開いた。
何が言いたいのかはすぐに分かった。あれほどの雷が降り注いだのだ。普通に考えて、外れたものもあるだろうし、地面が灼けていてもおかしくはない。しかし、その痕跡は見当たらない。あくまでも、雷を食らい、その上で生き残った魔物に帯電しているだけなのだ。
すなわち、物理的な雷とは一線を隔している確かな証明であった。到底、現行の魔術では真似できそうにない。
「取り敢えず、一掃されたと判断してもよろしいのでしょうか……?」
「その判断は早計。森の中にはまだ犇めいてる。ごちゃごちゃとしてて正確な数は分からないけど、数十じゃ利かない。少なくとも数百はいる。今のは第一波と考えるべき」
リーゼロッテの呟きに、アイシアが警告した。
精霊とは『意思を持ったマナ』であり、その中でも高位に位置するアイシアの言葉だ。そう簡単に無下にしていいものではない。
実際、アマンド西の森は広大だ。
リーゼロッテが代官として派遣され、それにより今の規模にまで発展・拡大したアマンドだが、その過程で森の木を少なからず伐採している。あくまでも伐採したのは外縁部だが、外縁部の伐採だけで済ませられたのも事実である。
もちろん、木材の利用目的は多岐に亘るため、いま以て定期的に伐採は続けられている。
それでもなお『広大』と評すことが出来るほどには、西の森は広大なのである。野生動物に害獣に魔物が棲息していることは知っているが、その全容はアマンドも把握しきれていないのだ。
然るに、数百以上の魔物が潜んでいたとしても何らおかしくないのである。リオたちは以前に森の中で新種と遭遇しているため、他にも未発見・未確認の魔物が棲息している可能性を否定はできない。無論、まだまだ新種がいる可能性も。
「長期戦になるか……」
苦い表情でパスカルは呟いた。
「一応、緊急時のマニュアルは作成してありますが……」
「後で確認はさせてもらうが、アレンジする必要はあるだろうな。魔物と人間を比べた場合、純粋なキルレシオは魔物の方が上だ。ゴブリンを相手取るだけなら人間の方がまだ有利だが、そこにオークやコボルドが加わるだけで難易度は跳ね上がる。それが現実だ」
「事実です、お嬢様。ただ、純粋な数で比較した場合、人間の方が総数が多いと言われています。それ故に、普段は魔物も迂闊には攻め込んでこないと……。利益にありつきたいのは、魔物も人と変わらないということなのでしょう。魔物の犠牲者を比較した場合、狩人や冒険者、地方の集落が多いのはそのためだと考えられています。片や相手の集落に踏み込み、片や数の割に備えが弱い。魔物が餌とするには打ってつけですからね」
「今は、その前提が崩れたと言うことね……。おそらくは、上位存在による指令が下ったことで……」
そうでなければ、こうもタイミングよく魔物が同時行動を起こす筈がない。可能性だけなら偶然も否定はできないが、現実的ではない。
そして、アマンドのすぐ傍には魔物の棲息地と化した広大な森がある。魔物を仕留めることで魔石が手に入り、魔石は現代社会において必要不可欠な資源だ。それ故に、どの国も適度な間引きはしても殲滅し尽くすことはない。殲滅してしまえば、魔石の入手が困難になるからだ。
まあアマンドの場合、森が広大に過ぎて魔物を駆逐するのも現実的ではないという事情もあるが……。
為政者目線で見れば、魔物は煩わしくも必要不可欠な存在なのだ。だからこそ、魔物の犠牲になる者たちがいたとしても、ある程度は織り込み済みである。――決して、犠牲になる者たちには言えないことではあるが。
言ってしまえば、人と魔物は持ちつ持たれつで回っていたのだ。少なくとも、それが国家の運営に携わる者たち――貴族の認識である。
その前提条件が崩れてしまったのが現状だ。上位存在がどのような指令を下したかは分からない。それが事前に下された指令なのか、はたまたリアルタイムで下されている指令なのかも。
指令の内容は分からないが、指令が下されたのはほぼ確実であり、だからこそ各地の魔物たちは一斉に行動を起こした。
そして指令の内容が分からないからこそ、一波だけで終わるのか、二波三波と続くのかも分からない。――それは多大なストレスとなる。
「街全体で適度な緊張感を維持することが必要だ。そうでなければ乗り越えられない。そうしたところで乗り越えられる保証がないのが厄介だけどね。――ただまあ、希望があるのも事実。たとえ魔物が一斉行動を起こしているのだとしても、全ての街町が魔物の棲息地近辺に存在するわけではないからね。どこかしらには余剰戦力がある筈だ」
「それを増援として手配することを、私に求めるわけですね?」
パスカルの言葉を受け、シャルロットが訊き返した。
「ご明察です。王女殿下を使い走りにするようで心苦しいですが、緊急事態ということでお引き受け願いたい」
「承りました。そも、これはアマンドだけではなくガルアーク王国の――引いてはシュトラール地方全体の問題でもありますからね。王女である私が動くのは至極当然ですし、仕事が一つ二つ増えたところで誤差の範疇です」
文句を言うこともなく、シャルロットはパスカルの頼みを引き受けた。
「そう言っていただけると助かります」
「リーゼロッテ、写しでいいから、出立前に詳細な地図を頂けるかしら?」
王城には国内各所の情報が定期的に集約されるが、定期的である以上は時間差が存在するし穴もある。どうしても各所の最新情報には及ばないのだ。
「分かりました。一先ずは代官所へ向かいましょうか。――コゼット、ナタリー、あなた達はここに残って皆の統制をおこなってちょうだい。私たちが代官所で方針を練る間にも、二波目が来ないとも限らないから」
かしこまりました、という二人の返事を受けて、リーゼロッテたちは代官所へと向かうのであった。