精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第59話:アマンド②

 シャルロットとアイシアは、地図を片手に航路を選定し、今しがた出立した。

 エアリアルに飛び乗っていった面々を見送った時にも思ったものだが、精霊には夜闇の支障などないらしい。なんとも羨ましいものである。……リーゼロッテとパスカルは、理由は異なれど全く同じ感想を抱いた。

 

「さて。必要経費だったとはいえ、些か時間を費やしてしまったね。――二波目の動きはまだないのかな?」

「報告は上がってきておりません。もっとも、同じ街中とはいえ門から代官所までは距離がありますので、時間差で届いていないだけという可能性も否定はできませんが……」

 

 代官所の会議室にて。席に腰掛けたパスカルが問うと、アリアが答えた。

 リーゼロッテとパスカルは、揃って航路の選定に協力していたため、そちらはアリアに丸投げしていたのだ。

 已むを得ない処置である。本来なら王女であるシャルロットと言葉を交わすだけでも一定の格が必要なのだ。非常事態にして異常事態であるが故に緩和されているが、それにも限度がある。

 そして、この異常事態においては、援軍が見込めるかどうかというのは非常に大きい問題だ。

 アマンドは大都市に分類される以上、尚更に援軍を求めづらいのだ。大都市であるが故に、理屈上は一定以上の自己防衛力を保持しているからである。

 ならば、余剰戦力は余裕のない場所へ向けるべき。……たとえ同じクレティア公爵領内であったとしても、そういう意見が出るのは半ば当然なのだ。

 その理由は信用によるものもあれば嫉妬によるものもあるだろうが、そういう意見が出ると想定される以上は、反論を用意するのも半ば必須である。

 冷たい話、王家にとっての優先順位の問題だ。一大商業都市であるアマンドの存在は、もはやガルアーク王国にとってなくてはならない存在なのだ。その護りを優先するのは当然である。

 だが、それを真正面から伝えれば反感が募る。相手次第では理解も得られるだろうが、誰もが誰もお行儀のいい存在ではない。

 そのため、その事実を伝えつつも、口八丁手八丁を以て不満を緩和するのが望ましい。いざともなれば王家の威光でゴリ押すが、反感が無いに越したことはないのだから。

 また、シャルロットは幼いながらに聡明だが、その聡明さは全方向に通じるものではない。当然ながら、得意な方向があれば苦手な方向もある。

 王城であれば補佐役も同席しているが、今は流石に同行していない。そうなるとシャルロット単独で相対せねばならず、苦肉の策としてリーゼロッテとパスカル両名による詰め込み教育をおこなっていたのだ。

 そんなことをしながら同時に現場指揮を執るなど、如何なリーゼロッテとパスカルでも不可能である。

 

「まあ、そこまで気にしていたらきりがない。現時点で報告が入っていない以上は重畳と思っておこう。――ところでアルマさんは?」

「アルマさんでしたら現場に向かいました。ここにいても出来ることはないとのことで……」

「そうか。彼女はガルアークの所属じゃないから、その行動を強制は出来ないが……。実際のところ、彼女はどうなんだい? アテにしていいのかな?」

 

 アルマとの付き合いが薄いパスカルとしては、是非とも確認しておかなければならないことだった。

 

「とても。本人に言えば怒りますが、エルダードワーフの種族特徴として見た目以上に怪力です。それが精霊術によって更に強化されるわけですから、物理的な攻撃力はピカ一です。また、これも種族故なのでしょうが、大工仕事や鍛冶仕事が得意で、その腕前は下手な技術者を凌駕しています。――正直、今までの環境はこちらとしても損失ですよ。貴重な技術者に逃げられて、その腕を活かしてもらえていなかったわけですからね」

「純粋な技量で言えば私の方がまだ勝っていますが、ハッキリと言えば技量だけですね。私の身体強化はあくまでも魔剣頼りですから、自前で強化できる彼女に比べて融通が利きません。パワーファイターとスピードファイターの違いと言ってしまえばそれまででしょうが……」

 

 リーゼロッテとアリアの返事は、とても肯定的なもの。直接的な戦闘力としても期待ができ、その上で大工・鍛冶仕事も優秀とくれば文句の付け所がない。

 パスカルとしても、正直に言って好ましい。この状況下、頼れる人材が多いに越したことはないのだから。

 

「バリケードの構築や何かにおいて、意見をもらうべきだろうね。叶うなら、装備の応急修理なんかも」

 

 正規の軍人であっても、貴族出身か平民出身かで求められる役割は違う。基本的に、貴族出身者は指揮官コースを走り、平民出身者はそれ以外のコースを走る。平たく言えば『使う者』と『使われる者』の違いである。

 一人一人を比べた場合、正規兵は特定分野を高いレベルで修めているが、それ以外の習熟は低いことがザラだ。一方、冒険者なんかは個々の習熟レベルはそれなりだが、その代わりに多方面を修めていることが多い。

 言ってしまえば、役割分担の単位の違いに過ぎないのだが。『軍』という広範囲での役割分担が為されるが故に、軍人はその分野に集中できる。一方の冒険者は『パーティ』という狭い範囲での役割分担故に、個人に求められるものが多いのだ。

 アリアみたいなのは例外中の例外である。子爵家という貴族階級出身故に平民より高レベルの教育を受けており、その時点で一般的な冒険者とはスタート地点が異なるのだ。ソロで活動できたのもそれ故だろう。まあ彼女の場合、確かな才能を有しているのも事実だろうが。

 

「確かにそうですね。限られた資源を有効的に活用しなければいけない状況ですし……」

 

 現状はどうしても籠城戦を強いられる状況にある。確かにアマンドはガルアークきっての商業都市であり、他に比べれば資材も豊富にあるが、それも有限である。決して無限にあるわけではない。

 そして、他も襲われている可能性が高い以上、状況に一段落付いたら、アマンドはその肩書故に復旧資材の提供を求められるだろう。それを断ることは出来ない。出来たとしても、精々が提供数に制限を設けたり、優先順位を付けることぐらいだ。

 

「まあ、陽が昇ったら夜会の参加客も順次領地に戻っていくだろう。明るくなりさえすれば、飛行船の運用も可能になるわけだし。それは王都における護衛対象の減少を意味し、それだけアイオライト卿に余裕が生まれることを意味している。日に数時間だけでもアイオライト卿の支援を得られるのであれば、状況は大きく改善されるだろう。魔物だって有限なわけだしね」

「なるほど……。タイミングを見計らっての奇襲。まさに乾坤一擲の一撃。さりとて、普通に考えればその全てを投入する筈もありませんか」

「僕たちにとってのイレギュラーが魔物による一斉行動だとするならば、向こうにとってのイレギュラーはこちらがその情報を早期に得られたことだろうね。加え、エクスクロスが転移陣を用意しておいてくれたおかげで、限定的ではあるが即座の帰還・行動も叶った。これは大きい」

 

 北方、ベルトラム、セントステラ、そのいずれも夜会の会場であるガルトゥークからは距離がある。つまり、それだけ行き来に時間が掛かる。

 勇者召喚の際も起こったことだが、魔導通信具は一斉稼働によりパンク状態に陥っている。送られてくる情報は混ざり合って訳が分からない有様だ。まず間違いなく、送っている情報も同様の目に遭っていることだろう。

 それ故に、王都が各所の状況を正確に掴むのには時間が掛かった筈だ。異常が起こっていること自体はすぐに判明するだろうが、それだけだと動きようがない。結果、正確な情報を掴んだ時には既に手遅れ。――そうなっていたとしても、決しておかしくはなかったのだ。

 だが、転移陣の存在がそれを覆した。

 北方の各所で魔物が一斉に行動を起こしたことが分かった。

 その異常性故に、他の場所でも同様のことが起こっている事態を危惧できた。

 結果、少数ではあるが即座に人を派遣することが叶った。セントステラだけは例外だが、それでも普通に戻るよりは早い。

 

「先の見えない籠城策は下策だが、決してそういうわけではないからね。である以上、僕たちがすべきは状況が変わるまでしっかりと籠城することだ。そのためにも、リーゼロッテ。陽が昇ったらノワに飛行船を派遣してくれ。ノワの住民を回収すると同時に、僕らが使える人材を増やし、魔物たちの食料となるのを防ぐ」

「結果として備蓄食糧の消費も早まるわけですが、状況を鑑みれば已むを得ませんか……」

 

 苦い表情でリーゼロッテは頷いた。

 魔物は人を食らうことを躊躇わない。そして、ノワの町はアマンド近郊にあり、その防衛力もアマンドには遠く及ばない。魔物にしてみれば、ノワの町はアマンドを落とすための食糧庫にしか思えまい。

 ならば、この状況下でアマンドに人を残しておく意味はない。結果として人材が分散されることになるし、アマンドが大打撃を受ければノワの町もやっていけないのだから。ノワの町はアマンド近郊という好立地故に発展が叶ったのだ。あくまでもアマンドありきなのである。

 

「君には苦労をかけるけどね。……人が増えることにはメリットもデメリットもある。それが分かっている以上、あとは如何にしてデメリットをメリットに転じさせるかだ。そして、それを思考し施行するのが上に立つ者の役目でもあり、腕の見せ所でもある」

「言うのは簡単ですけどね。まあ、やるしかないんですけど……」

 

 状況を整理しつつ、リーゼロッテとパスカルは対策・方針を練っていくのであった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「魔物どもがまた攻めてきやがったぞおおおーーー!」

 

 見張り台からの叫びが響き渡る。

 コゼットとナタリーの協力を受け、バリケードの再設置や簡易工房の設営をおこなっていたアルマは、途端に作業を中断して外壁の上へと駆け上った。僅かに遅れ、コゼットとナタリーも駆け上ってくる。

 森の方向を見やると、確かに魔物の群れが視界に入る。燦燦と灯かりを焚いているとはいえ、夜ということもあり視界が利かなかったのだろう。思いの外距離が近い。

 

「ゴブリン、コボルド、オーク……魔物の中でもメジャーどころね。けどまあ、数は多いけどこれなら――」

「ブモォォオオ!」

 

 コゼットの言葉を遮るように、雄叫びが響き渡った。

 おぞましさを感じとった身体が、ビリビリと震える。今までに感じたことのない重圧だった。

 次いで、ドシン! ドシン! と地鳴りがした。外壁の上にまで伝わる震動。

 

「――前言撤回。果てしなくヤバいわね……」

 

 その正体を捉えたコゼットは、即座に前言を翻した。

 コゼットの視線を追い、アルマとナタリーもそれに気付いた。

 牛頭の巨人――ミノタウロスがそこにいた。

 

「伝承も存外バカにならないものね。牛頭の巨人って、そのまんまの特徴じゃない……!」

 

 どうにか気合を入れようとするコゼットだが、その声はどうしようもなく震えていた。

 伝説の中にのみ存在を謳われていた魔物。それが現実に現れると、これほどまでに恐ろしいのか!

 

「あれがミノタウロスですか……。数は一体。これならどうとでもなりそうですね。アレは私が相手をしますので、他をお任せしてもよろしいですか? タイマンを張ることさえ出来れば、それほど労せずに仕留めることは可能だと思います」

 

 コゼットとナタリーが震える横で、アルマは平常心を保っていた。問うその言葉にも一切の震えはない。

 コゼットは驚き――直後に納得した。そう言えば、夜会の会場でも目撃していたではないかと思い出す。まあ、あれは頭部だけの亡骸だったが、決して仕留められない相手ではないという証明でもある。

 そう考えれば、条件次第ではアリアも倒せそうではある。ミノタウロスを倒し得る身近な存在に思い至った瞬間、コゼットとナタリーの震えは治まった。

 

「代官所にミノタウロス出現の報を! それと、ミノタウロスはアルマ様がお相手くださるので、私たちは他の魔物が邪魔をしないようにフォローに徹します! アルマ様はアリアとも渡り合える実力者ですので、私たちが心配するだけ無駄です! 気を削いで足を引っ張ることにならないことを優先! よろしいですね!?」

 

 コゼットとナタリーは、リーゼロッテの侍女の中でも上位に入る。アマンドにおいて、その発言力は生半なものではない。

 

「了解しました!」

「こっちもオーケーだ!」

  

 然るに、正規兵も冒険者も、不満を言うことなく肯定で返した。

 

「まずは弓による一斉射! 次いで魔術による一斉射! それが終わり次第、近接戦に覚えのある者だけで切り込みます! 魔物を仕留めることよりも、自身の生存を優先! その上で、アルマ様に邪魔が入らないように努めます! 厳しいですが、腕に覚えがあるのならやって見せなさい!」

 

 それを受け、今度はナタリーが指示と激を発した。

 

「おおよ!」

「やってやろうじゃねえか!」

「日ごろの訓練の成果、とくと示すぞ!」

 

 冒険者と騎士が威勢のいい返事を上げ、気合を入れる。

  

「撃てえええぇぇぇ!」

 

 そして、魔物に矢の雨が降り注ぐのだった。

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