矢嵐から続く魔術の一斉射。それによりゴブリンの大多数が滅ぼされた。生き残りもいるが、ダメージを負っていない方が少ない。そして、それはコボルドやオークも同じである。
「攻めるぞ! 続け!」
「アルマ様の邪魔はするなよ!」
言うや否や、コゼットとナタリーは外壁から飛び降りた。そのままなら死ぬか、良くて重傷を負うかという行為だが、身体能力を強化していればその限りではない。本人の能力にもよりけりだが、外壁を足場として駆け降りることだって可能となる。リーゼロッテお抱えの武装メイドの中でも上位に位置する二人であるから、つまりは十分に勝算があっての行いであった。
「この!」
「邪魔!」
二人の目的はオークだ。この場にはゴブリン、コボルド、オーク、ミノタウロスという四種の魔物がいるが、単体の強さ順ではゴブリン≦コボルド<オーク<ミノタウロスとなる。ゴブリンは最弱の魔物と言われており条件次第では子供でも仕留めることが出来るのだから、強者が強力な魔物に当たるのが順当な選択だ。
死にかけの雑魚にトドメを刺しつつ、二人は手分けしてオークへと突き進む。
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「お二人に遅れるな! 我らも往くぞ!」
「大物はリーゼロッテ様の侍女と騎士たちに任せて、俺らはとにかく数を減らすぞ! 弱っているとはいえ油断するなよ!」
騎士たちと冒険者たちもそれぞれに動いている。魔術で身体能力を強化した騎士たちは二人とは別のオークへと進み、門からある程度離れた場所で縄梯子を使って外壁から下りた冒険者たちはゴブリンやコボルドへ向かう。
ベテランの冒険者ともなれば、ベテランだからこそ自分たちの実力を過信しない。魔物を過小評価しない。大多数の冒険者は一対一だとゴブリンにも勝てないからであり、そのことを骨身で理解しているからだ。
大多数の冒険者は、魔術が使えない。使える者がいないわけではないが、使えない者の方が圧倒的に多いのである。
拳や武器であれば、滅茶苦茶に振り回すだけでも、当たれば相手にダメージを与えることが出来る。
しかし、魔術にはそれが通用しない。魔術の発動には『術式契約』という前提があり、必須なのである。そして契約さえしてしまえば、実践レベルでの使用も短期間で可能となり、誰でも一定の効果を保証できるという長所を持つ。
だからこそ、為政者はそんな便利なものを必要以上に広めるわけがないのである。反乱防止という観点で見れば当然のことだ。
かといって、全く広めないのも効率が悪い。それ故に境界を設けるのも、ある意味では当然のことである。
その違いが、外壁からの折り方に如実に表れていた。
少数のゴブリンに襲われた村の者が、運よく返り討ちにすることができ、それによって自分の実力を過信し、冒険者で身を立てることを目指し、初めての仕事で現実を思い知る。……よくある話であり、珍しくもなんともない。その大半が、現実を思い知ると同時に亡くなるのもまた。
初手でそんな経験をするからこそ、生き延びれた冒険者は自分に自信を持つ。それ自体は悪くないが、『自信が過信へと変じて身を亡ぼす』なんて話も、やはり珍しくはないのである。
ベテラン冒険者とは、要所要所で自制を利かせると同時、運を味方につけてきた者に他ならない。
「おらよ!」
「そら!」
自身の弱さを知り、それでいながら今まで生き延びてきた彼らは、相手が最弱のゴブリンだろうと、手負いだろうと、決して油断しない。卑怯だ何だと言われようが、複数で袋叩きにすることを厭わない。
コボルドがゴブリンより強いとされているのは、その俊敏性故だ。耐久性はゴブリンと大差ない。怪我を負い十全に動けなくなれば、それだけ攻撃を当てるのも容易くなる。
オークはゴブリンより鈍重だが、ゴブリン以上に巨躯で攻撃力も耐久力もある。ある程度の実力があれば、攻撃を当てるだけなら容易い。しかし、そこらの武器ではダメージを与えられないし、攻撃に耐えられる防具も中々ない。
パーティでオークと渡り合い勝利できれば中級、ソロで討伐できれば上級、なんて言われ方もしているくらいだ。
それを知悉するが故に、冒険者たちはオークへは向かわない。ゴブリンとコボルドの討伐に専念する。
誉れは欲しいが、死んでしまったら意味がない。そのように自制できるからこそベテランと呼ばれるまでになったし、ベテランを維持していられるのだ。
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騎士たちは数人単位に分かれてオークに当たっていた。最低限、『指揮官』、『攻撃手』、『防御手』、『遊撃手』が組み込まれている。
「よし! 雑魚は冒険者たちが片付けてくれている! 俺たちは豚野郎に専念できるぞ!」
その内の一人である指揮官が、状況を確認して叫んだ。
訓練を積み、魔術を修めている騎士であっても、オークは強敵だ。余所見をしながら戦える相手ではない。かといって集中し過ぎると、状況に置いて行かれることも珍しくはない。だから、適宜状況を確認し、それを伝達する者が必要不可欠なのである。
返事は上がらないが、指揮官は気にしない。きちんとオークを相手取れている以上、気にする必要はない。返事を寄越すべく気を逸らして、それでやられてしまったら元も子もないからだ。訓練を積み重ねる中で、彼らはそのことをよく分かっている。
「ムンッ! ……ぐうっ!」
オークの繰り出したこん棒による一撃を、防御手はその盾で見事に防いだ。その威力と膂力により後退るも、体勢を崩してはいない。
「もらった!」
攻撃手はその隙を逃さない。銀光一閃。繰り出した剣がその首を斬り飛ばす。
「いや、実戦で使うのは初めてだけど、凄いなこれ……」
「それを言うなら、こっちの盾もだ」
「一部の武装メイドと騎士を対象に、リーゼロッテ様から下賜されたっていうやつか?」
魔物を倒してホッと一息。指揮官が次のターゲットを見定める間に、彼らは雑談を交わす。話題の対象は、自分たちの持つ剣であり盾だった。
「ヘキサグラム精霊国だったか? そこのドワーフが鍛えたっていう触れ込みだっけ?」
「そうそう。そんなだから、国内でもそんなに広まってはいないらしい。それをある程度数を揃えて、惜しげもなく配下に与えるんだから、リーゼロッテ様は大したお方だよ」
「あの方のためなら死ねるぜ、俺は」
「その気持ちは分からんでもないが、死ぬよりは生きて忠を尽くせ。……さて、雑談は終わりだ。次の目標へ向かう。――さっきお前たちも言っていたが、その新作は全員に与えられたわけじゃあない。それを与えられたのが複数所属している俺たちの班は、それだけ役に立ってみせなきゃならん。いいな?」
『了解!』
そして、彼らは次の目標へと足を進める。
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「この武器、凄いわね」
オークまでの道中、当たるを幸いに次々と魔物の首を斬り飛ばしながら、ナタリーは微笑を浮かべた。
メイドたる者、主人の傍に侍ることが多く、それ故に普段から取り回しの良さを優先して武器を選んでいた。それでいて、一撃の威力不足を手数で補うことを選択した。その果てに行き着いたのが、短剣の二刀流である。幸いにして、ナタリーにはそれを可能とするだけの技量があった。
そんなナタリーに対し、リーゼロッテは二振りの短剣を下賜した。
アマンドの騎士団に下賜された物と同様、精霊の民の里で作られた代物だ。ただ、騎士に下賜された物と違い、こちらは里の最長老の一人にしてエルダードワーフであるドミニクが手ずから鍛えた逸品物だ。
特性として、身体強化の術式と、剣身の先に魔力の刃を形成する効果を秘めている。魔力刃の威力とリーチは使い手次第。双方を均等に上げることも出来れば、威力は低めながら極端にリーチを伸ばすことも出来るし、逆にリーチは実際の剣身のまま威力だけを跳ね上げることも可能である。
便利ではあるが、使いこなそうとすれば難しい武器でもあった。与えられてからそれほど時間が経っていないこともあり、ナタリーも使いこなせているわけではない。
それでも、単に短剣として扱うだけでも十分な戦果を叩き出していた。使い手であるナタリー自身の実力、作り手であるドミニクの技量、そもそもの原材料の良さ、諸々要因を並び立てることは可能だが、何よりも武器の威力が大きいことが最たる要因だ。これが武器である以上、ダメージを与えることができなければ意味などないのだから。
「『首刈り姫』の異名、私がもらっちゃうんじゃないかしら……?」
ナタリーは静かに自問した。
侍女長であるアリアが、まだ冒険者だった時代に名付けられた異名。それが首刈り姫である。
別段羨ましい異名ではないが、そう名付けられるだけの実績を残しているのは間違いない。早い話、戦闘の特色として首刈りが挙げられたということだ。
冒険者時代である以上、当然ながら現在のアリアが愛用している、リーゼロッテから下賜された
正直、ナタリーとしては致死の厄剣に頼らずしてそんな真似をおこなっていたこと自体信じ難くはあるのだが、実行されていなければ、そもそもそんな異名が付けられることもない。
その点で鑑みれば、まだまだ純粋な実力ではナタリーはアリアに劣っている。それはナタリー自身も認めるところだ。
しかし、一刀よりは二刀の方が戦果を挙げやすい面があるのも否定はできない。そして、今現在ナタリーが使っている得物が、それだけのスペックとポテンシャルを秘めているのも事実である。
「フッ……!」
そして、呼気と共に今一度繰り出された一撃は、見事にオークの首を刎ね飛ばした。
「まさか、オークまでこうも簡単に……」
実に恐ろしい武器を下賜されてしまった。――これほどの武器を下賜された事実を嬉しく思う反面、かつてないほどの緊張がナタリーを襲うのであった。
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「いいね、いいね! ご機嫌だね!」
一方のコゼットはかつてないほどにハイテンションだった。
「う~ん! 強力ぅっ!」
その理由は、零れ出る言葉に端的に表れていた。
戦う男女を比べた場合、女性はスピードファイターに、男性はパワーファイターになりがちだ。必ずというわけではないが、筋力などの成長傾向を見れば、自ずとそのようになってしまう。
その点で言えば、コゼットも例に洩れず速さを活かして戦うタイプだ。――にも拘らず
一般的に出回っている剣は、『切れ味そこそこ、耐久性そこそこ』であることが大半だ。使いやすさを追求した末の一つの結果ではあるし、そのことをコゼットも否定しない。しかし、魔物を相手取るには心許ないのである。
平たく言うと、魔術による強化が考慮されていないのだ。切れ味強化などの武器その物を強化するタイプであれ、使い手の能力を向上させるなどといったタイプであれ、そこを考慮されて作られていない以上、魔術を用いれば耐久限界もそれだけ早く迎えることになる。
その前提を踏まえつつも例外に当たるのが、重量級武器である。武器自体の『重さ』を一つの威力として見出している以上、重量級武器は総じて頑健に作られる。これであれば、女性が身体能力を強化して振り回したところでそう簡単には自壊せず、『重さ』で攻撃するのだから切れ味などは二の次だ。撲殺だろうが斬殺だろうが殴殺だろうが刺殺だろうが、相手を殺すことには変わらないのだから。
華奢な女性で構成される侍女軍団が、斧槍だの何だのを得物にしているのには、こういった理由が大きい。己が技量を活かして軽量級武器で戦っているアリアやナタリーが例外と言っていい。
とはいえ、扱うのが女性である以上、威力と耐久力を兼ね備えた軽量級武器があるのなら、それに越したことがないのも事実である。
そして、現在コゼットが扱っている武器こそが、リーゼロッテより下賜された該当物である。一言で言えば『手甲鉤』だ。
ネタ武器感満載な代物だが、ブラックワイバーンを素材に作られており、その時点で威力と耐久性は申し分ない。その上で、風を纏わせることで更なる斬撃強化も見込めるし、古代魔道具級と同様に身体強化も掛かる。ドミニク作ということもあり、十分過ぎるほどの逸品物だ。
「楽勝! ――いや、ちょっと信じられないくらいに楽勝だわ……」
ノリノリのまま、苦戦することなくオークを仕留めたコゼットは、そこで漸く落ち着きを取り戻した。
余りにも上等すぎて、武器を使うのではなく、武器に使われかねない。そんな危険性がある。
冷静さを取り戻したコゼットは、直前までの醜態を思い出し、深々と溜息を吐くのだった。
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「これがミノタウロスですか……。改めて近くで見れば、なるほど、大きいですね。そして、顔は牛……と。魔物を仕留めた場合、大半は魔石を残して塵になりますが、何かしらの素材を残す場合もある。肉とか残しませんかね……?」
「ブモ! ブゥモ! ブモオォォ!」
ミノタウロスが次から次へと繰り出す巌の大剣を軽々と避けながら、アルマはミノタウロスを観察した。
巨体に見合う膂力と、重量物に見合う破壊力はある。巨体故にリーチも大きい。
アルマ自身、実際にシュトラール地方に赴いて分かったことだが、魔術と精霊術の違いは殊の外大きい。
そうして考えれば、魔術をメインにするシュトラール人にとっては確かに難敵なのだろう。伝承に謳われるのも納得だ。
しかしその一方で、アルマは冷静に結論を下した。
自分の敵ではない。敵にもならない。里の周辺に出没する害獣の方が、よっぽど手強い。
地面に振り下ろされた大剣が轟音を立てる。余裕を持って攻撃を回避したアルマは、そのままミノタウロスの身体を駆け上った。
「取り敢えず、とっととくたばってください」
その勢いのまま、メイスをミノタウロスの顔面に叩き込んだ。
「グゥッ……!?」
たたらを踏み、耐えきれずにミノタウロスは尻餅をつく。
「これで終わりです!」
アルマはその顔面へ、今度は跳躍の勢いを付けてメイスを振り下ろした。
「……残念。お肉は出ませんでしたか」
魔石を残し、それ以外は塵と化したミノタウロスを見やり、アルマは残念そうに呟くのだった。
原作でリーゼロッテのメイドさんたち――コゼットやクロエが、ハルバードなどという重量級武器を扱っている理由を考察してみました。