「お恥ずかしいところをお見せして……」
再び場所を岩の家へと移したわけだが、セリアはそう言って縮こまっていた。
まあ、それも無理はない。ついさっきまで、文字通りにセリアは暴走していたのだから。
ゼルガードという巨大人型ロボットを初めて目にしたセリアは興味津々となってアレコレと訊きまくり、それが異世界産の魔導機械であり、ドグマという、これまた異世界で使われている魔法を何倍にも増幅して行使すると聞けば、更に興奮したのである。
自分の興味ある分野に限っては異常なまでに熱を上げる、一言で表せば『ヲタク』そのものの行動であったが、イオリたちもイオリたちで魔術や精霊術には興味を持っていたために嫌がることなく応じた結果、こうして再度岩の家に戻ってくるまでには数時間の開きを要していた。
背丈はともかく、セリアはこの中で年長の立場にあり、責任感も相応に強い。それ故に、自らの行動に羞恥心を覚えずにはいられなかったのである。
「いえ、こちらとしてもためになるお話を聞けましたし……。しかし驚きました。セリアさんはベルトラム王国における魔術の第一人者というお話は聞いていましたが、精霊術にもお詳しいんですね」
「精霊術に関しては、ほとんどがアイシアから聞いた話ですけどね」
そう謙遜するセリアではあるが、魔術士としての観点からの精霊術に対する考察は、大いに唸らせるものがあった。同じ事柄に対してであっても、立場が違えば見え方や捉え方も異なってくるものである。精霊術を行使するリオの精霊術に対する考えと、魔術を行使するセリアの精霊術に対する考えの相違は決して捨て置けるものではない。
「すみません、セリア……」
リオは人差し指で頬を掻きながらセリアへと謝った。
結婚式場から拉致して早々に、日を跨いで別行動を取ることになってしまったのだ。美春たちを放っておけなかったのも事実だが、あまり褒められた行動でないのも確かだ。
密かにアイシアが砦に拘留されているリオから岩の家を受け取ることができたからその間の住まいには困らなかったものの、その間はセリアとアイシアも停滞を余儀なくされることになってしまったのだから。
まあ、逆にリオがいないからこそ、セリアはその間をアイシアとの交流に使うことができ、その一環で精霊術についての知識を得ることができたのだから、まるっきり時間の無駄ではなかったのだが。
ただ、精霊術の知識が増えてしまったからこそ、異世界の魔法であるドグマとの相違点や何かが余計に気になってしまったのは皮肉でしかない。
「それでこれからの行動についてなんですが、ガルアーク王国の王都に行くことになってしまいました。国王陛下からの召喚状もあるため行かないわけにはいきません」
そう前置きして、リオはセリアに別行動となってからの経緯を語った。
「ああ、あの光の柱はそういうことだったのね……。そういうことであれば私としても協力するのに否はないけど、どれくらい拘束されることになるのか分からないのがネックね。真実はこうだけど、表向きには結婚式場から攫われた身だからね。家族に余計にな心配をかけないよう、家の隠し部屋に書き置きでも残しておきたかったのだけど……」
セリアの思いは尤もである。しかし、イオリたちに付き合った結果としてリオが拘束されてしまったために、それもできずにいたというわけだ。
サラリと隠し部屋の存在を告げられたが、まあ貴族の邸宅ともなればそういうこともあり得るだろうと、イオリたちは納得した。
「ああ、なるほど。そういうことであれば、先にそちらを済ませますか?」
「いいの? 国王陛下からの召喚なんでしょう?」
「それはそうなんですけどね。心残りがあるまま作業に従事されたとして、どれだけ本気で取り組めるかという問題もあります」
「そう言われたら否定はできないけど……」
「付け加えると、ドグマと精霊術を駆使すれば移動時間は大幅に短縮できますからね。協力を要請するとは言いましたが、その時点ではセリアさんがどこにいるかまでは分からなかったので、それだけしか言えなかったこともあります。総合的に考えれば、その程度の猶予はありますよ」
「そこまで言うのであれば、お願いしてもいいかしら?」
そんなわけで、まずはセリアの家族にセリアの無事を伝えることにしたのであった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
セリアの家に向かうことを決めた一行だったが、その前にアマンドへと立ち寄っていた。魔獣教団の術士服を始めとした着替えを持ち歩いていたアマリを除き、女性陣は須らく着の身着のままだったからだ。如何に魔法で清潔感を保っているとはいえ、心情的に限度というものがある。
また、書き置きを残すにしても、家が監視されている可能性を踏まえれば、前以て用意しておいた方が無難である。便箋なり何なり、そのための道具を購入する必要もあった。
女性陣が主に衣服の購入に勤しむ間、イオリとリオは自分たちの衣類の他、食料品を始めとする生活必需品なんかの購入に取り組む。本来なら旅の身であることを踏まえれば入念に厳選する必要があるのだろうが、岩の家なりホープスの結界空間なりと保管場所には困らないため、そこら辺は割と雑である。
「……なるほど。以前にアマンドをお勧めされた理由がよく分かったよ」
アマンドの各店を見て回ったイオリは納得の表情で呟いた。
文字の違いこそあるものの、日本で見聞きした名前が各所に存在するのだ。パスタの露店なんかもある。そして、アマンド一と言われるリッカ商会は特にラインナップが豊富だ。これを偶然の一致で片付けるには無理がある。リオの同類――前世の記憶持ちがリッカ商会に所属している可能性は大きかった。
「……ちょっとアタックしてみるか」
そう呟き、イオリはおもむろにリッカ商会の店員へと近づく。
「すみません」
「はい、何か?」
「いえ、この店は故郷で見聞きした物と同じ名前の商品が豊富にあるので、ちょっと気になったものでして。可能なら命名した担当者さんなりに話を伺えればと思いまして……」
「申し訳ございません。そういうお客様が来られるかもしれない、来られた場合は伝えるように、という指示は出ているのですが、命名されたのは他ならぬ会頭であり、生憎と会頭は現在不在なのです。貴族様の結婚式に出席するべく、暫く前にベルトラム王国へと発たれました」
「そうですか……。ご丁寧にありがとうございます。この街には旅の途中で寄っただけなので、また立ち寄った際に伺わせてもらいます」
「然様ですか……。大してお役に立てず申し訳ございません。せめてお客様の名前を伺わせていただけませんか?」
「ああ、これは失礼しました。俺はイオリといいます」
「イオリ様ですね。会頭が戻られましたら、イオリ様が来られたことは必ず伝えておきますので」
店員とのやり取りを終えたイオリは、その足でリオの元へと向かった。入手したばかりの情報を伝える。
「なるほど。命名者は他ならぬ会頭で、その会頭は不在ですか……」
イオリの話を聞いたリオは、僅かに俯き何事かを考え込む様子を見せた。
「何か気になることでもあるのか?」
「なんでも、ここ最近西の森に赴いた者たちが行方不明になっているのだとか……。棲息する魔物に襲われたのだろうと判断しているようですが、中には冒険者もいるようなんですよね。冒険者だからこそ、そういうことも珍しくないと言えば珍しくはないのですが、場所が近郊だからこそ、慣れや判断も利くと思うんです」
「まあ、冒険者の全員が全員ごろつきと大差ないってわけじゃないだろうしな。危機管理意識はあって然るべきだろう。――まあ、こっちに来て最初に遭遇した冒険者はアレだったが……」
いくら何でも、アレを全ての冒険者に当て嵌めるのは酷である。それに、イオリたちに軽く伸されはしたものの、実際に戦い慣れてはいる様だったし、だからこその油断・慢心を衝いた部分も大きい。
「西の森か……。出立前に軽く様子を見に行った方が良いかもしれないな。この街は流通の温床だし、ここが打撃を受ければ些か以上にヤバすぎる。考えすぎかもしれないが、勇者召喚と合わせると実際に何らかの異常が起こっている可能性もある」
「大々的には知られていないだけで、各地で異常が起こっているから勇者が召喚された。或いは、異常が起こるから勇者が召喚された。物語の鉄板でもありますし、確かにその可能性がないわけではありませんか……」
元より情報共有がしづらい世界だ。通信機がないわけではないようだが、それはあくまでも都市間・国家間を繋ぐための物であり、一般にまで広まっているわけではないとのことである。
ならば、各地で異常が起こっていても、広く共有されていない可能性は十分にあった。いずれ報告は上がるにしても、最初のうちは現場判断で処理されても不思議はない。
そして今現在、この街の代官であるリーゼロッテ・クレティア嬢は不在ときた。もちろん代理はいるだろうが、この状況で事が起こった場合、対処できるかは不安視せざるを得ない。
言ってしまえば『鶏が先か、卵が先か』である。どちらにせよ、勇者召喚自体が極度の異常事態であるのは間違いなかった。
異常が起こっているという点においては、リオとしても否定しきれなかった。
改めて考えると、自分自身が前世の記憶持ちであり、そればかりか知らずの内に人型精霊とも契約していたという異常の権化だ。
また、ベルトラム王国においてリオが冤罪を掛けられるきっかけとなったのも、ある種の異常――ミノタウロスという魔物が関わっている。普通に考えればあんな場所で遭遇する筈のない魔物であり、それと遭遇したからこそパニックが起こり、そうして引き起こされた事態の責任を負わされたのだから。
ベルトラム王国を出奔した後、未開地を超えた先にある両親の故郷、『ヤグモ地方』に向かう過程で自分以外の前世持ちとも出会い、その人物は今や自分の義妹となっている。
その義妹が狐獣人だったことから、亜人族にして精霊術の使い手が集う『精霊の民の里』の住人とも親交を持つことになり、精霊術を始めとする様々な技術を学んだばかりか、高い技術で作られた魔道具の数々も贈られた。
そうして実際にヤグモ地方を訪れてみれば、母親は『カラスキ王国』の姫であり、父親はその護衛だったことが判明。隣国である『ロクレン王国』とのゴタゴタが起こった結果、出奔という形で逃がされたことを知った。つまり、リオは非公式ながらカラスキ王国の王族に連なる立場なのである。
果てには勇者召喚と、前世の自分が死ぬ四年前に行方不明になった筈の幼馴染みとの再会だ。そこに更なる異世界の魔法使いも絡んできている。
改めて考えると、リオの周りには異常が溢れていた。正直、これほどの数の異常事態と遭遇すること自体が異常と言えるだろう。ハッキリ言って、前世におけるファンタジー系創作物の主人公もかくやという有様である。
「どうした?」
「いえ、改めて考えてみると、俺も結構な異常事態に遭遇していたな……と」
自然とリオは遠い目をすることになった。ならざるを得なかった。
前世では『二度あることは三度ある』ということわざがあったが、こと『異常』で捉えるのならリオが遭遇したのはそれ以上だ。そしてこれほどまでに遭遇しながら生きてきたのなら、これから先も遭遇する可能性は高い。実際、現在地の近辺でそれらしいことが起きている。
見て見ぬ振り、気付かぬ振りをすることは可能だが、そうしたところで異常の規模が拡大・深刻化してから遭遇する可能性は捨てきれない。むしろ、これまでのことを考えると何らかの形で関わることになるのではなかろうか。
だとするなら、今のうちに調査に赴き、対処できるようならした方が結局は楽な気がしなくもない。『急がば回れ』というやつだ。
まあ、自分一人で考えたところで結論が出せるものでもない。今のリオは一人旅をしているわけではないのだから。どうするにせよ、周りの意見を訊く必要がある。
首を横に振ったリオは、自分に言い訳をつけて結論を後回しにした。
そうして、買い物を終えた女性陣とも合流して話し合った結果、満場一致でセリアの家に向かう前に軽く西の森の調査をすることが決まった。
これは一行の誰しもが、種類や大小は異なれど、異常に関わりがあるからでもあった。異常らしき事態が起こっていると知って無視しきれるものでないのは、道理と言えば道理である。
また、アマンドが流通の要という点も大きかった。
人選については、戦闘能力のない美春と亜紀は岩の家で留守番をし、アイシアが護衛に残る。絶対の保証はないが、精霊術による結界があるため大丈夫だろうという判断だ。
その一方、調査に向かうのは、イオリ、アマリ、ホープス、リオ、セリアとなる。些か人数比が偏っているが、これはセリアが同行するためだ。魔術の知識と使用に関しては問題のないセリアも、戦闘となるとそうはいかない。それでもセリアを同行させるのは、あくまでも調査を目的にしているからだ。何かが起こっているにせよ、ドグマ、精霊術、魔術の三方面から調べれば、その分だけ分かることもあるだろうという判断である。実際に戦闘を行うのはイオリとリオがメインの予定だ。
とはいえ、さすがに『今日これから早速調査を!』というには時間が遅すぎることもあり、翌日の早朝から取り掛かることも決められたのであった。