精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第7話

「何だ、あいつら……? 魔物なんだろうけど、見たこともないぞ……」

 

 森の中、木々の隙間から遠目に見えるその存在を確認したリオは、怪訝そうな声を零した。

 

「人型の魔物みたいだけど……でも、本当に何かしら? 今は出奔中だし、元より魔術の研究がメインではあるけど、曲がりなりにも教師の端くれだし魔物にもそこそこ詳しいつもりではあったのだけど、全然心当たりがないわ」

「セリアもですか?」

「ええ。むしろ、未開地を超えてヤグモ地方まで赴いたっていうリオですら見たことがないっていうのが……。正直、そんな魔物がアマンドという大都市の近くにいて、今まで発見されずにいたっていうのが信じられないわ」

 

 リオとセリアが小声で交わす。二人が知らない以上、イオリたちが知る由もない。分かることがあるとすれば、『新種』や『未発見』に分類される魔物ということだ。

「しかしまあ、そういうことなら理解できなくはない。森に入った人たちはアイツ等にやられたんだろう。中には逃げようとした人もいただろうが、逃げられなかったんだろうな」

 

 自らの意見を述べたイオリは、僅かな間黙祷を捧げた。

 その魔物たちは一体だけではなく複数体が存在していた。肌色が灰色の個体と浅黒い色の二種類だ。この広大な森の中、見える分が全てとも思えないが、灰色の個体の方が多そうだ。

 

「セリアさんの言う通り、如何に広い森とはいえ、アマンドほど大きな街の近くに棲息していながら今まで存在を認知されていないってのは、普通に考えて想像しづらい。自然的なものか人為的なものかはともかくとして、異常と考えていいだろうな」

 

 新種の魔物が目撃されたとなれば、その情報は国の垣根を超えて共有されるものである。それが大都市の近くとなれば尚のことだ。

 しかし、現実としてあの魔物の情報はない。森を訪れるに当たりアマンドでも事前に情報を集めてみたが、それにも引っ掛からなかったのだ。つまり、アマンドでも認識していないことになる。

 

「人為的っていうのは? あの魔物を用意した人がいるとでもいうの?」

「人とは限りませんけどね。ただ、大概の創作物において、勇者召喚っていうのは魔王なりとセットになっているものです。そして、魔王が目覚めたり、或いは復活が近くなったりすると、新種の魔物が現れたり既存の魔物が強化されたりするのもある意味ではお約束です」

「あくまでも作り話だけど、実際に勇者が召喚されている以上、そういう可能性もあり得るということね? 確かに、そう言われると……。千年前に魔族と人が争ったという人魔大戦の折、人に味方した六賢神が遣わした使徒、それが勇者と言われているわ。そして、その勇者が再び召喚された……。つまり、人魔大戦が再び起こるということ……? そう考えれば、あれは魔物ではなく魔人……?」

 

 セリアは顎に手を当てて考え込む。考えを整理しているのだろうが、口から零れ出ているその内容は、決して否定できるものではなかった。

 

「人魔大戦と言えば、精霊術を伝えた六大精霊は、七賢神に請われて西方へ救援に赴き、以後の消息が不明とのことです。未開地には精霊を祀る人々の隠れ里があるんですが、そこで祀られている準高位精霊のドリュアス様がそう仰っていました」

「七賢神? 六賢神ではなく?」

「ええ。さっきの人々の中には亜人もおり、亜人の中には人間より長寿な者も少なくありません。そんな彼らとドリュアス様が揃って言う以上、信憑性は高いと思います」

「行方不明になった六大精霊と、六人の勇者。そして勇者は召喚されたときから神装という自在に出し入れ可能な武器を保有しており、知らぬ間に精霊と契約状態にある可能性が高い。シュトラール地方では六賢神と伝わっているが、未開地の方では七賢神と伝わっていることの齟齬。……ハッキリ言って、六賢神とやらにはきな臭さとかうさん臭さしか感じないんだが? 賢神の数の齟齬も、最後の一柱は他の六柱によって追放されたとか始末されたとか、そんなところじゃないのか? いやまあ、その最後の一柱が事をしでかした可能性も否定はできないが……」

 

 断片的な情報も、集まれば筋道を付けられる。未だ情報不足なのは事実だが、現在の情報からでは愉快な考えは浮かばなかった。そして、この世界の住人ではないイオリにとって、賢神に対する畏敬などありはしない。

 

「現在の情報からだと、どうしても二つの可能性を想像しないわけにはいきませんよね。すなわち、神装それ自体が行方不明になったという六大精霊であるという可能性、或いはその物ではなくても神装に封印されている可能性を……」

「どちらであろうと、それを行ったのは賢神であり、半ば騙し討ちに近い感じで行われた可能性が高いな。そうでなければ、六大精霊が行方不明として扱われ、件の精霊を信奉する人々やドリュアスという準高位精霊が、その事実に一定の理解を示していることと、現在も辺鄙な場所に逼塞している状況そのものがおかしい。真実を知らないからこそ、大戦という断片的な情報から無理にでも納得せざるを得ないんだろう」

 

 その推測を、セリアは否定することができなかった。曲がりなりにも六賢神を信奉する身としては反論して然るべきなのだろうが、現在得ている情報からだとセリアも同意せざるを得ないからだ。

 

「取り敢えず、そこに関しては置いておきましょう。今はまず、人が行方不明になっていることの原因と思しき、あの魔物なり魔人なりに対処するのが先決です」

「……確かにな」

 

 リオの言に同意したイオリは、深呼吸をして気分を切り替えた。そしてスマートホンを取り出す。件の魔物か魔人か分からない存在を撮影するためだ。情報を収集するにしろ第三者に説明するにしろ、映像証拠があって困ることはない。

 アマンドの代官であるリーゼロッテはリオ同様に前世の記憶持ちである可能性が高く、真実そうであるのなら映像証拠にすんなりと理解を示すだろう。

 大元であるガルアーク王国に対しては、国王の近くに勇者である沙月がいるため、そちらの協力を得ればどうとでもなる。

 この手のことは、結局のところ『上』の理解さえ得られればいいのだ。

 

「はい、アマリ」

「はい、受け取りました」

 

 イオリは取り出したスマートホンをアマリに手渡した。戦闘が不可避なのは仕方ないが、森という地形も相俟ってドグマの使用に自主的な制限を掛けざるを得ないのが実情だ。

 そんな中、相手は未知の魔物か魔人である。放出系のドグマを使わないのであれば、徒手空拳による格闘がイオリの戦闘スタイルだ。これでは撮影している余裕などない。

 一方のアマリは援護役である。戦闘に参加しないわけではないが、位置取りとしては後衛であり、少なくともイオリよりは撮影する余裕があると思われた。

 

「準備はいいですか?」

 

 二振りの短剣を手に持ったリオがイオリに問いかける。

 

「ああ」

 

 籠手に覆われた拳の具合を確認したイオリは端的に答えた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「ッ……!? 想像以上にタフだな!」

 

 拳を叩き込んだイオリは、思わず舌打ちをした。今のイオリの拳は金属製の籠手に覆われているのだから、その分だけ威力も向上している。少なくとも、砦から王都に向かうまでの間に遭遇した魔物が相手であれば、間違いなく絶命させていた筈の威力はあった筈だ。それを受けて生存しているのだから、舌打ちくらいはして然りだろう。

 とはいえ、そもそもの目的は調査なのだから、それはそれで貴重なデータである。戦い慣れていることもあって、イオリが動きを止めることはなかった。相手の反撃をきっちりと躱す。

 だが、相手は一体だけではない。他の個体もイオリへと攻めかかった。しかし、イオリは焦ることなく対処する。躱した上で反撃の拳を見舞った。その次の相手には蹴りを叩き込む。

 そうして複数を相手取り僅かな時間的余裕を得たわけだが、喜んでばかりもいられない。何せ、そこらの魔物ならば軽く絶命する攻撃を食らっておきながら、その何れもが未だに動いているからだ。

 それでも、動きの制裁が欠けたことから確かにダメージは与えたと判断できる。

 

「殊更打撃に強いのか。それとも単にタフなだけか。さてどっちだ……?」

「どちらかと言えば後者な感じですね。少なくとも、精霊術で強化しないとこの短剣ではダメージすら与えられませんでした」

 

 イオリの呟きに答える声があった。リオである。他の個体たちを相手取っていたが、ここまで下がってきたようだ。

 

「マジか……」

 

 そんな二人の視線の先で、見る間に新種は精彩を取り戻していく。タフなのに加えて、異常なまでの回復力を備えていることが判明した。

 

「いやまあ、確かにこれなら不用意に遭遇した場合、逃げられなくても不思議はなさそうだ」

「実際に対峙して改めて思いました。こんなのが複数もこの森にいて、その存在を今まで認識されていないなんて本当に異常ですよ」

 

 二人揃って顔を顰めた。

 

「撮影の程は!?」

「バッチリです!」

 

 イオリが後方に叫ぶと、アマリが叫び返してきた。取り敢えず、タフさ具合と外見は伝えられると考えてもよさそうだ。

 

「最低限のデータは取れた。相手の数も多いし、長々と付き合ってもいられない。一気に仕留める!」

 

 イオリの姿がその場から消える。かと思えば、打撃音が響き渡り、次々と新種たちが宙へと吹っ飛んでいく。それも、ある一点をめがけて。

 そうして中空に集められた新種たちへと砲撃が放たれ――

 

「これが秘術:電光切禍だ!」

 

 そこにイオリの声が響き渡り、トドメとばかりに飛び蹴りが叩き込まれた。

 初見ということもあるのだろうが、リオも動きを捉えきれなかった。それでも確認できた部分はあり、何となく前世のテレビ番組で見た仮面の特撮ヒーローを想起した。あまり詳しくはないが、それでもシリーズとしては長寿番組ということもあり、決して目にする機会がなかったわけではない。

 

「超速で動いて連撃を叩き込んだのか……。あの速度からして、身体能力だけじゃなく肉体強度も強化していると見るべきだろうな。そうでないと、肉体が耐えられない筈だ」

 

 リオは今しがたの術に対する考察を口にした。術式が必要という部分では魔術と同じだが、汎用性は桁違いだ。少なくとも、現行の魔術では肉体強度を強化することはできない。ドグマの汎用性は、精霊術に匹敵ないしは凌駕するかもしれない。

 新種に視線を移すと、大半の身体がボロボロと崩れて粉々になるところだった。僅かに生き残りもいるが、敢えて生かされたのだと分かった。おそらくはドグマによるものだろうが、その場に拘束されているからだ。

 

「取り敢えず、異常にタフで回復力があるのは間違いないが、それでも決して仕留められないわけじゃないのは分かった。……が、条件の成立が少しばかり難しいのも間違いない。そんなわけで、首を刎ねるなり心臓を突くなりしてみてくれ」

「ああ、やっぱりそういう理由があって生かしたわけですか……」

 

 イオリの言葉にリオは嘆息する。もっとも、そうでもなければ生かす必要もないだろう。

 相手のタフさを上回る威力の攻撃を、相手の回復速度を上回る早さで叩き込む。これがどれほどの難題なのかは考えるまでもない。イオリやリオであれば可能だが、誰しもが二人ほどの戦闘能力を持っているわけではない。

 ならば、もっと簡単に仕留められる方法を模索するのは道理だ。そして、相手が人型であるのは事実なのだから、まずはそれらを試すのも間違いではない。少なくとも、首を刎ねられたり心臓を貫かれれば、間違いなく人間は死ぬのだから。

 短剣をしまったリオは、改めて愛剣を手に取った。精霊の民の里から譲り受けた剣は、容易く新種の首を刎ねる。首を刎ねられた新種は、同じく身体が崩れて粉々となった。

 今度はもう一体の心臓へと剣を突き刺す。

 

「グアァァ!」

 

 ドグマで拘束され、その上で心臓を剣で貫かれたにも拘らず、新種はなおも生きていた。動こうとしているのだろうが、ドグマに拘束されていることもありそれも叶わない。何度か雄叫びを上げた末、新種は絶命した。

 

「並外れた生命力を持っているのは分かっていたが、心臓を貫かれても即死しないとはな……。それに、死体すら残らない。少なくとも、俺が砦から王都に遭遇した魔物は、その全てが死体を残した。だからこそ、素材を回収できたわけだからな。しかし、魔石こそ残したものの、コイツ等にはそれがない」

「ええ、正直に言って驚きです」

「予定を変えた方が良さそうだ。セリアさんの家へ向かう組と、一足早く王都へ向かう組に分けよう。勇者召喚と関係する可能性が否定できない以上、新種に対する注意喚起を促してもらった方が良いだろう。死体が残らないということは、第三者に対する説明や証明が難しいということでもあるが、幸いにして俺たちはスマートホンで撮影していたからな。その機能を知る者に対してならば十分な説得力を持つ」

「ですね」

 

 順当に考えれば、まずは最寄りのアマンドへと報告すべきなのだろうが、二人は敢えてその選択肢を除外した。アマンドの代官であり前世の記憶持ちの可能性が高いリーゼロッテがいるのならばともかく、生憎と現在はベルトラム王国へと赴いていて不在であるらしい。つまり、説得材料があっても説得力が低いのだ。これでは時間の無駄となる可能性の方が高い。

 しかし、国王の近くにはスマートホンを知る沙月がいて、しかも勇者として扱われている。大々的な発表こそまだだが、その発言力は国王とて無視しきれないものがある。

 調査を切り上げ岩の家へと戻った一行は、方針の変更について話し合った。

 結果、イオリ、ホープス、リオ、セリアがセリアの家へと向かい、アマリ、アイシア、美春、亜紀が一足早く王都へ向かうことになるのであった。




勇者が召喚された以上、それに値する理由を模索するのはおかしくないことだと思います。頻繁に召喚されるのであればまだしも、めったに起こらない事態なのは確かですし。
そんな状況下で、異常にタフで回復力があって倒したら死体が残らず、更には数いるものの一般的に認知されていない魔物と出くわせば、勇者の謂れから魔人と結び付けて考えても不思議はないと思います。
また、倒すのが面倒な割に死体が残らないので、第三者への証明が難しいのも問題です。一行が血相変えるのも無理はありません。
ただし、イオリたちには便利道具のスマートホンがあります。通話こそできませんが一部のアプリは使えますし、ドグマで充電も問題ありません。
勇者の沙月という伝手もありますので、彼女の影響範囲内の相手であれば説得も比較的容易です。
その結果、本作のフランソワ国王陛下は原作以上に面倒な舵取りを強いられます。
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