「美春ちゃん! 亜紀ちゃん!」
応接室の中、二人の名を叫んだ沙月が駆け寄り、そのままひしと抱きしめた。
「お久しぶり――と言うほどには日も経ってませんけど、お久しぶりです、沙月さん」
二人も抱きしめ返すものの、心情的には沙月に比べると些か余裕があった。それは孤独感の違いでもあるだろう。見知らぬ場所に跳ばされたのは同じでも、美春たちは見知った相手が近くにおり、沙月はいなかった。その差は想像以上に大きなものであっても不思議はない。
実際、意図せずして生き別れになったものの、未だ一月も経っていないのだ。今まで暮らしていた日本であれば、沙月とてここまで感極まることはないだろう。
「アマリ姉ちゃんは分かるけど、そっちのもう一人の姉ちゃんは?」
沙月と一緒に部屋に来たものの忘れ去られた感のある雅人が、アイシアを見ながら言う。
再会の喜びで溢れ出た涙を人差し指で拭いながら、沙月もまた視線を移す。
「はい。こちらがアマリさんで、私たちと一緒に跳ばされてきた人です。こちらがアイちゃん――アイシアさんです。リ……ハルトさんの契約精霊でもあります」
「契約精霊。この娘が……」
「うん、アイシア。よろしく」
端的に言葉を返したアイシアは、その場で霊体化してみせた。そして、数歩離れた位置で実体化する。
人間でないことを分からせるには、百言を費やすよりもこの方が手っ取り早いという判断だろう。アイシアは絶世の美貌とスタイルを誇る桃色髪の美少女だが、その人間離れした美しさを除けば、傍目からは人間と大差ないのである。
「驚いたわ。本当に人間じゃないのね……」
「ん? でも、ここにアイシア姉ちゃんがいるってことは、魔術に詳しいっていうリオ兄ちゃんの仲間の人にも会えたんじゃねえの? そういや、そのリオ兄ちゃんやイオリ兄ちゃんもいねえし……。どうなってんの?」
奴隷商やら魔物にも遭遇したことで沙月以上には耐性が付いていたのか、室内を見渡しながら雅人が口を開く。
「それは――」
「ああ、ちょっと待った。先にこっちも紹介する人がいるから」
説明するべく口を開いた美春を遮り、沙月がもう一人の同席者を指し示した。王女であるシャルロットだ。
一行が現在いる応接室は王城内の一角であり、この場にいる面子の中ではシャルロットが家主に当たる。再会の喜びはあるが、いつまでも場所を提供してくれている家主を無視するわけにはいかなかった。
「ちょっと待って。先にこうした方が良いと思う」
それを更に遮ったのはアイシアだった。返答を聞くことなく美春の元へと歩み寄ったアイシアは、その両手を美春の頬へと添え、額へと口づける。驚く周囲を余所に、亜紀、雅人へも同様の行為を行った。
「仮パスを結んだ。一時的にだけど、これで私を介して通訳される」
「そうなのですか? ……『私はこの国の第二王女、シャルロット・ガルアークと申しますが、伝わっていますか?』」
アイシアの言葉を聞いたシャルロットが、小首を傾げながらも言葉を放つ。当然、シュトラール語だ。
ここ最近はほぼ一日中シュトラール語の勉強漬けの毎日を過ごしている美春たちだが、時間の足りなさもあり理解しきれてはいない。ゆっくりと話してもらった上で単語程度なら意味を拾えなくはないが、その程度のレベルなのが実情だ。
「え!? 『あ、はい、伝わりました。この国の第二王女、シャルロット・ガルアーク様ですね? 私は沙月さんの友人で綾瀬美春――こちら風に言うならミハル・アヤセと申します』」
だというのに、シャルロットの言葉がきちんと分かったのだ。思わず驚いた美春だが、直前のアイシアの言葉を思い出して無理矢理に納得した。そして言葉を返す。それは当然ながら日本語であったが、シャルロットにはシュトラール語で伝わった。
「ミハル様ですね。ええ、そちらの言葉もきちんと伝わりました」
そのやり取りにより、双方の間で意思の疎通がなされたことが証明された。
それは、たとえ一時的な、この場限りのものであっても会話に不都合することはなくなったいうことであり、だからこそシャルロットは溜息を吐かざるを得なかった。
「どうしたの、シャルちゃん?」
「いえ、精霊であるというアイシア様が使った以上、今のは精霊術ですよね? 先日にイオリさんが使われた、異世界の魔法だというドグマもそうですが、こうもポンポンと現行の魔術では不可能な真似をされますと……」
語尾は濁したが、シャルロットが言いたいことはその場の全員に理解できた。
習得は比較的容易で、実践レベルでの使用も短期間で可能であり、ある程度の個人差はあるもののほとんどの人間が行使可能で一定の効果を保証できる。……これが魔術の利点であり、だからこそ広く使われているわけだが、どこまで行っても術式に依存してしまう欠点がある。魔力をどれだけ注ぎ込もうと、術式以上の事象を起こすことはできないのだ。
利便性の高さが謳われる魔術ではあるが、汎用性という点では明らかに精霊術にもドグマにも劣っている。シャルロットとしてはそう思わずにいられなかった。
「言いたいことは分かりますが、ドグマに関しては比較対象が悪すぎるかと……。私が言うのもなんですが、ドグマにおける術式の開発は、本来なら長い長い研鑽の果て、一生涯にできるかどうかという非常に困難な代物なんです。既存術式の改良とかならそこまでではないですけど、新規術式の開発に関してはそんなものです。理を超えるのがドグマの本質であり、そのために必要で重要なのが破壊の意思――どんな障害があろうとも自らの欲望を貫き通す意思です。ですので、逆境に追い込まれたことによる新規術式の開発は理屈の上だと分からなくはないですが、だからといって複数の術式を開発してみせたイオリ君は相当にぶっ飛んでいるんです」
かく言うアマリ自身、創造のドグマの開発には大いに絡んでいるし、そもそもが二人で協力して放つことを前提にしている術式だ。他のドグマに関してもイオリに教わって使用可能になっているし、以前はピーキー過ぎて十分に扱えなかったゼルガードも今ではイオリと遜色ないくらいには扱うことができる。……イオリのことをぶっ飛んでいると評すのであれば、アマリもまた負けず劣らずにぶっ飛んでいる。
「精霊術の場合、契約している精霊の属性や位階によって、出力、範囲、精密度、習熟速度等が増加するから、比較対象に挙げるには私やハルトは問題がある。私はハルトと契約する以前の記憶を忘れてるけど、人型の精霊は最高位とされる高位精霊もしくは準高位精霊だけとされているから」
人型精霊であるアイシアと契約しているリオの場合、一般的な精霊術士よりも遥かに優れた術士となるし、アイシアについては言わずもがなだ。
「『隣の芝生は青く見える』って言うけど、今のシャルちゃんはそういう心境なんでしょうね」
今までは身近なところに精霊術の使い手などおらず、だからこそ是とできていたのだろう。しかし、今のシャルロットは『上』を、『可能性』を見せられた状態にある。魔術に対してもどかしさを感じるのは無理のないことだった。
「……そうですね。羨んでいても仕方ありませんか……。さて、だいぶ脱線してしまいましたが話を戻しましょうか!」
首を横に振ったシャルロットは、気を取り直してそう言った。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「……なるほど」
経緯を聞いたシャルロットは、それだけを言って沈黙した。情報を整理しているのだろう。
「ハルトさんの件に関しては分かりました。旅の身の上だそうですし、どこに何の用事があってもおかしくはありません。赴けばいつ解放されるかも分からない以上、先に用件を済ませるのはおかしなことではありません。いつまでも無視されるとなれば困りものですが、用事を終えたら来ると言うのであれば、そこまで目くじら立てることでもないでしょう。それを防ぐためにイオリさんも同行しているのでしょうし、召喚状も自国民が相手でないのであれば横紙破りに等しい面があるのは事実ですしね」
やがて口を開いたシャルロットは、リオたちの行動に対して理解を示した。
「……問題なのは、こちらですね」
そう言ったシャルロットは、難しい表情でアマリのスマートホンを見やる。
沙月の仲介もあり、限度はあれ、この小さな道具に音と映像を残しておける機能があることをシャルロットは知った。目の前で実際に撮影してもらえば、否が応でも納得せざるを得ない。
そうして納得してしまえば、だからこそ撮影された映像の異常性が際立っていることが分かった。……魔物も、二人の人間も。
「私はとんと戦闘に縁の無い人間ですが、それでも分かることがあります。……イオリさんとハルトさん、強過ぎません? いや、イオリさんに関しては軽く報告書で読んでましたが……」
「そっちなの!? いや、その気持ちは分からなくもないけど……」
小さな画面の中には、新種と思しき魔物が沢山映っている。こちらは主にイオリが対峙した相手をメインに撮影しているようだが、少なくとも十体以上はいるだろう。その数が多いからこそ、どうしてもイオリに焦点が当たっている。そして、離れた場所でリオが戦っているのも偶に映っている。
魔物たちは殴られては吹っ飛び、蹴られては吹っ飛び、その直後こそ動きに精彩を欠いているが、少し経てばそれも取り戻している。終いには心臓を剣で貫かれても即死はせず、死ねば魔石こそ残すものの、その身体はボロボロと崩れている。
耐久力に回復力、死んでも死体が残らない事実。確かに新種と思しき魔物の異常性は十分に伝わってくるし、広く注意喚起を促す必要があるだろうという進言にはシャルロットも同意する。
それはそれとして、そんな異常極まりない魔物をポンポンと吹き飛ばし、終いにはまとめて倒しているイオリと、身体を拘束されているとはいえその首を呆気なく斬り飛ばすリオ。同じ人間だからこそ、異常と言うのであれば二人の異常性の方が際立っている。
「たぶん、二人ともそれぞれの術で強化しているんだろうけど、たとえ強化したところで私には同じ真似できそうにないんだけど……」
勇者として召喚された沙月の言である。
「取り敢えず、お父様も呼びましょう」
国王たるフランソワは暇ではない。……と、それだけを言えばシャルロットも同じなのだが、成人していない分だけ自由が利いた。
一方、フランソワには政務と言う名の仕事がある。しかも国王であるからして、その判断が大なり小なり国の行く末に影響を及ぼす。である以上、容易に時間を捻出することは不可能であった。この場にも、同席はおろか顔出しすらしていない。
「簡単に言うけど、難しいんじゃない?」
「それはそうなんですけどね。注意喚起を促すのには同意ですが、規模を考えるとお父様の許可がいるのは確かです」
王女である以上、シャルロットの言でも一定の効力は持つが、やはり国王と王女では『重み』が違ってくるのは事実だ。
「それに、あくまでも推測に過ぎませんが、新種の魔物ではなく魔人の可能性もあるのでしょう? 諸々を鑑みると、私自身、その可能性を否定はできません。尚更お父様の判断が必要です」
毅然とシャルロットは言った。幼くとも王族であり、それに相応しい教育も受けている。魔従教団で上層階級とも付き合いのあるアマリ、皇グループという巨大企業を経営する一族の娘である沙月、精霊であるアイシアを除き、根が一般人である美春、亜紀、雅人の三人は気圧された。
「と言うわけで、私はお父様に声をかけてきます。皆さんはこの部屋で自由にお過ごしください。まあ、政務が忙しいでしょうし、声をかけたところでお父様が来られるには時間が掛かるでしょうけど、私は声をかけたらすぐに戻ってくるつもりですので」
相手は国王であり、本来なら呼びつけられる相手ではない。しかし、ここには例外を通せる人物である勇者の沙月がいる。とはいえ、やはり相手は国王なので、娘であるシャルロットが自分で声をかけに行った方が安牌である。少なくとも、そこらの兵士や使用人に任せられる案件ではない。
「そう? 何だか悪い気がするけど、そういうことならお願いするわね」
沙月を始め、各々がシャルロットへと軽く頭を下げる。本人が自分で言っているとはいえ、王女を使い走りにして何とも思わない面子ではないのだ。ただ、相手が相手のために任せざるを得ないのが現実である。
そうしてシャルロットが部屋を出ていき、一行は束の間のお喋りを堪能するのであった。
アイシアと仮パスを結んだことで、美春たちの言語は一時的に都合よくなってます。日本語は日本語のままで、シュトラール語は日本語に変換されて、といった具合です。
発声の方も同じですね。シャルロットにはシュトラール語に変換されて聞こえます。
結局のところは音の振動ですから。美春たちは日本語で話してますが、シャルロットに届く頃にはシュトラール語に変換されてます。
新たな攻撃の会得は、X本編だとスパロボでは定番となった『強化イベント』の一言で済みますが、魔従教団の常識に照らし合わせて考えると主人公は物凄くぶっ飛んだことをやってます。
イオリとアマリ、どちらを主人公にしたかでやった人物は変わりますが、逆に言うと二人とも同じくらいの素質を持っていることになります。
DLCだとサブの方がメインパイロットを務めるシナリオがあり、そのシナリオだと性能が引き出しきれないように描写されてますが、それからも激戦は繰り広げましたし、加えて時間が経っていることもあり、本作ではサブに設定されているアマリも主人公時と遜色ないほどに成長している設定です。
映像越しとはいえ、そんなぶっ飛び主人公の戦闘シーンを目撃すれば、新種の異常性よりもそっちの方に驚くのは無理もないと思います。