高慢残念系美神の眷族なんだが、愛してもいいか? 作:神崎せもぽぬめ
現在の迷宮都市は暗黒期の情勢を鑑みて、各主要施設に堅牢な防備が施されている。そのうちの一つに【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶場が含まれていた。
”武器とは己の半身”
至言でもあるこの真理に従うならば、武器を奪うことは冒険者の手足を捥ぐことに等しいこと。
そんなことあってはならないと、今日も彼女は炉に火を焚べ、鉄と向き合っている。
神ヘファイストス。
「フッ────!!」
下界において無力であるはずのヘファイストスの細腕が槌を振るい、まるでそれが当然というかのように容易く鉄の形が変わる。
しかし、この空間には、もう一柱いた。
「久しぶりね?ヘファイストス」
問い掛ける声音は、ただ美しい。
どこまでも艶やかな金色の髪を揺らし、もう一柱の女神────超常の美の化身、アフロディーテがヘファイストスに話しかけた。
「……えぇ、そうね」
だが、ヘファイストスはおざなりに返答した。
それも当然。
天界にて一時期付き合っていた二人の破局したキッカケは、アフロディーテによる自分勝手な浮気のせいだからだ。
よりにもよって
それはアフロディーテの方もわかっていた。
「相変わらず暑苦しいわね、
「なら出ていくことをお勧めするわ。出口は右よ」
「お気遣いどーも。ま、むさ苦しい
もっともアフロディーテは蒸し返す熱さよりも、ぶり返すトラウマによる震えを止める方が辛いのだが、ヘファイストスにはどうやら気付かれていないようだった。
強がるように口角を上げ、みっともなくガクガク震える足を一歩ずつ踏み出して、アフロディーテはさも当然のように言う。
「武器を作って欲しいの。私の子の昇華祝いに」
ギィ────ン、と。
完璧なはずの槌の軌道が僅かにズレる音。
もう一度炉に武器未満の鉄の塊を押し付けて、口を開いた。
「貴女の子……【歌劇王】が?」
「ええ。Lv.6よ!」
「……そう」
「それでね、あの子ったら────」
アフロディーテの自慢話をよそに、炉から取り出し、また槌を振り下ろし始める。
キィンッ、キィンッ、キィンッ。
寸分の狂いもないタイミングで鉄が鳴る。
それを間近で聴きながら女神ヘファイストスは、当然だと思っていた。
自らの鍛冶の腕の話ではなく、アフロディーテの眷族────アドニスのことだ。
何故ならばあの子には信念がある。
何にも誰にも変え難い、筋の通った決意がある。
以前遠目ではあるが、ヘファイストスは見たことがある。彼の振るう剣を。
武神でも軍神でも、ましてや戦神でもないけれど。彼と共に戦い続ける剣は、きっと幸せなのだろうと、鍛冶神のヘファイストスはただそう思った。ヘファイストスだから、そう思った。
「…………フゥー」
やがて、ある程度まで打ち続けていた鉄を傍にある水桶に入れる。
ジュワァ……────
水で冷やされるその音が残響に変わるまで見届け、そっと引き抜く。
美しい刀身は、部屋を照らす僅かな灯火さえも眩く輝かせた。
「うん、まぁまぁね」
打ち損じた時は少しヒヤリとしたが、悪くも良くもない出来栄えに仕上がった。
良くも悪くもない、つまり人類基準にすれば素晴らしい出来栄えということ。
「それで?なんの話しだったかしら?」
「んでもって……って、は?聞いてなかったの?」
「当たり前でしょう?というか要件を言ったらさっさと出てっていや寧ろ私の手で槌で帰らせてあげましょうか天界に」
「ピィ!?ナマ言ってすんませんっしたァ!」
レベルを上げたのはアドニスだけでは無い。
アフロディーテも旅先で何度も厄介な事件を引き起こし、その度に涙目になりながら謝り続け……その結果、謝罪の究極奥義────土下座という概念に自力で到達していたのだ!!
美しい放物線を描き、跳躍。
そこから翼のように黄金の長髪をはためかせ、翻った体勢で着地と同時に土下座へとシームレスに移行。
ただの土下座じゃない。ド級の土下座。ド下座だ────!!
「何巫山戯てるの?」
「…………」
ちょっとしょんぼりしながらアフロディーテは立ち上がった。
「こほん」
アフロディーテはひとつ咳をして誤魔化す。
彼女はこの仕草を有耶無耶にする最強の仕草だと思っているのだ。
「はいこれ。アドニスの前の得物だったものよ」
「……まさかこれを修復して打ち直せって言うんじゃないでしょうね?」
アフロディーテが差し出したのは風呂敷に包まれた、言わば剣の残骸だった。
粉々……というには大きすぎるものの、そう受け取っても過言では無い有様のそれに、若干こめかみが引き攣る。
「流石に違うわよ。これっっっぽっちも武器にキョーミないから、あの子がどんな武器使ってるのか説明できないのよ」
「ジグゾーパズルってあるじゃない?」とアフロディーテは言って、剣の破片から元の形を見出す作業に入った。
ヘファイストスはそれをただジッと見つめる。
(両刃の刀身……長さは60
違和感を覚える。
何ら特徴もない片手剣に。
そして気付く。
(!!刀身が
視線を剣に固定したまま、ヘファイストスは尋ねた。
「アフロディーテ、彼はこれで一体、何を斬ったの?」
多くの冒険者は斬れ味より、頑強な得物を好む。
それは
だから普通に使ったのなら、刀身が平等に摩耗することなんてありえない。
故にヘファイストスは考えた。余程特殊な相手だったのかと。
「無限に湧き出る
「!!」
「三日三晩斬り進んで漸く魔石を見つけて倒したらしいわ。私は途中まで見てたけど流石に眠くなったから最後まで見れてなかったわ」
無限に回復する手段を得た、階層主級の怪物をたった一人で相手取り、三日三晩戦い抜いたのならば、それはランクアップに相応しい偉業なのかもしれない。
(けれど……本当にそれだけ?)
だが疑問が残るのは確かだ。
むしろそんな怪物相手に、刀身の摩耗を調整して戦うなんて無謀もいいところ。
(まぁ、これ以上の詮索はヤボよね。スキルに関わる話かもしれないし)
そこまでで一度思考の渦から意識を引き上げる。
「ま、大体どんな得物を使っているか分かったわ。それで、オーダーは?」
「これと同じ規格の
「
文字通り決して壊れない武器。それが
どの冒険者にも人気で、欠点といえば多少威力が下がるところだが……それでも最高級のであれば第二等級武器程度の威力は保証される。
しかし
というより、実用性が皆無なのだ。
「ますます分からなくなったわね……彼の事が」
「ま、保険よ保険。何事も必要でしょう?」
そう言われたら我慢するしかない……というか未知こそを望む神だからこそ、ここで聞くのは
「ハァ……完成までは三日……いえ、二日で間に合わせる。それで良いかしら?」
「ええ文句は無いわ。支払いはウラノスに付けといて」
「却下」
「えぇ〜」
「言っとくけど、私に色仕掛けと泣き落としは効かないわよ?やられたら多分、殴り殺しちゃうかも」
「ヒェッ」
「……もう用事は無いでしょう?仕事の邪魔だから早く出て行って」
「お、覚えてなさいよぉ〜……!!」
アフロディーテは慌てて『魅了』を引っ込めて走り去っていく。三下のような負けセリフを添えて。
「つくづく変わらない
ヘファイストスをややあって槌を握り締めると、再び炉へと向き直った。
………きっと苦手意識がまだあるアフロディーテがわざわざ自分に頼み込んだ理由を察せない程、ヘファイストスは鈍くない。
天界での浮気の件は許しはしないが────それはそれとして。アフロディーテが自身の眷属のために動こうとする心意気に対して、ヘファイストスは最高の武器を創ることで応えようと思った。