※この世界における遊戯王カードの効果は現在調整中です。 作:月日は花客
都合上モンスターがガンガン喋るのと、オーバーロード側の設定捏造が激しいのでご注意ください。
世界が汚染物質に呑まれて何年経ったか。
変わらない日常、防毒マスク越しに見る世界はいつも褪せていた。
私はいつも通り、仕事着から緩い部屋着に着替え、美味しいとは言えない完全栄養食を咀嚼する。モサモサと口の中の水分がもっていかれる感覚はいつまでも慣れる気配が無い。
しかし、何事も身体が資本と言うし、空腹ではまともに頭も働かない。追加で糖分補給にブドウ糖配合のラムネを噛み砕き、口の中に残った甘味を微炭酸の無糖ウォーターで流し込む。
仕事帰りのルーティーンのようなもので、これもまた、変わりのない日常の動作だ。
私は首のアダプタに髪が巻き込まれないようにヘアゴムで結ぶと、部屋の中央に陣取った仰々しい機械に座る。
首にコードを取り付け、ヘッドセットを付けて起動すれば、視界は電子の世界に飛び込んだ。
今日は、この世界が終わる日だ。
「ギリギリセーフッ! あ、火炎瓶もう来てたんだ」
「お疲れ〜、いうて俺も5分前とかだけどな。これで六人目だ」
「メインルームにはいないみたいだけど」
「最後にNPCに一言挨拶してくるってよ。それぞれ担当区域に散らばってんじゃないかな」
「ああ〜……私もやろうかな」
「まぁあと20分はある。俺はもう終えてきたから、ここで待機中」
ここは仮想世界。機械の中にある、造られた楽園。
DMMO-RPG「ユグドラシル」内に集まった弱小ギルド、「シャカパチ禁止同盟」のギルドホームだ。
華美でないシンプルな広間で、大テーブルと11脚の椅子、小テーブルが幾つかと大きなクッションが置かれた、まるで富裕層のリビングみたいな空間。床は柔らかいカーペットが敷かれていて、寝っ転がっても身体が痛くならない。
いつもはここに様々なアイテムや賑やかしの季節ものの家具が置かれているのだけれど、今日はそんな生活感は無く、少し寂しい。何より私と火炎瓶──正式プレイヤー名「火炎瓶おじさん」しかいないからだろう。
私はギルド内のマップを開き、そこに書かれているネームタグから誰がログインしていてどこにいるのかをざっと把握した。
ここはゲームの世界。
あと20分で終わる、私たちの第二の楽園だ。
ユグドラシルというゲームは、自由度が高くクオリティの良いゲームとして、約12年の間DMMO-RPGというジャンルの最前線を走ってきた。
プレイヤーは自分や作ったNPCの見た目や性能を自由に弄り、そしてギルドやプレイヤー間で競い合い、時には協力して冒険を楽しんだ。
運営の意向でマスクデータが異様に多く、やり込み勢の悲鳴は毎日のように聞こえてくる。
基本的にどのギルドも何かしらコンセプトがあったりして、メンバーやNPCの見た目もそれに合わせられている事が多い。何かしらモチーフがあったとしても、大多数はオリジナルのキャラクターであり、プレイヤーが考えた設定が付けられている。
プレイヤーは自分の理想を作るため、日夜レアアイテムやデータクリスタル収集に走るのだ。それが正しい遊び方だろう。
しかし、我々シャカパチ禁止同盟は違う。
自分のアバターこそオリジナルだが、作ったNPCはほぼ全てがオリジナルではない……既存の版権キャラである。
ユグドラシルはこの自由度の高いクリエイトツールを販売するにあたって、「一部著作物オープンプロトコル」という宣言を出した。
簡単にまとめると、ユグドラシルにおいて他の会社などが保有するキャラクターを制作しても良い。というものだ。
もちろん幾つか制約は存在するし、それを破った場合のペナルティはとても重い。公式サイトに名前が晒され、アカウントは凍結され違約金が発生し、また個人で裁判を起こされてもユグドラシル制作会社は何も援助を行わない。
ユグドラシルはR18的な行為や設定には厳しいので、まぁ、余程の馬鹿じゃないと違反はしないだろう。私たちもそれをしっかり確認して作り上げたので、違法ではない。
それで、なんのキャラクターを作り出したのかと言うと、「遊戯王」というカードゲームに出てくるキャラクターだ。モンスターと呼ぶのが正しいか?
遊戯王は昔に販売されていたカードゲーム及び漫画アニメで、所謂レトロ趣味の一つとなる。
制作はほとんど終了しており、紙でできたカードは数十年前に販売終了、漫画やアニメも終わり、細々とオンラインで対戦できるアプリが運営されているくらいだった。
対戦するメンバーの名前を大体覚えてしまえるくらいの過疎ジャンル。動画サイトにも上がっているのは数個で、再生数は全て一桁。ネットの話題にすら上がらない。
そんな遊戯王に、魅せられた人が集まって作ったのがこのギルドだ。
そもそも何故ユグドラシルで遊戯王を模しているのかと言うと、ユグドラシル販売直前に遊戯王が唯一遊べる公式アプリがサ終したからである。
後続アプリなども無く、もう残るはカードプールを検索できるWikiくらいしか稼働しない事になったのだ。
最早身内同然となっていた私たちプレイヤーは焦った。
このままでは遊戯王ができないし、遊戯王で繋がった大切な縁を失ってしまうと。
そんな中、ユグドラシルの発売と例の宣言があり、こうして「ユグドラシルで遊戯王をやる異常者集団」が出来上がったのである。
ユグドラシルではアイテムも自由に作れるため、カード状に加工した紙にテクスチャを貼り付ければ遊戯王カードは簡単にできる。ユグドラシル内で強い効果なんて付けなくて良いから、楽に量産できた。
こうしてユグドラシルという新たな居場所を手に入れた私たちは、カードで遊びつつ自分のデッキにいるモンスターのNPCを作ってみたり、居場所代としてちょこちょこ課金しながら、ゆる〜く遊んでいたのだ。
メンバーはたった11人。
大きなギルドはそれこそ100人や50人といるから、少な過ぎるにも程がある。
ついでにギルドランキングもほったらかしているので、ランキングは最後の方はほぼ圏外、動きが無さすぎて新規入団希望者もゼロとギルドとしてはゼロ点のチームである。
邪道な遊び方をさせてもらっている以上礼儀として課金したり、ビルドを組んだりしてきちんと遊んでいた部分もあったが、ガチ勢には程遠い仕上がりだ。
神器級装備は碌に無いし、世界級ともなると夢のまた夢。
身内で楽しめればそれでいい。気楽な内輪ノリで続けていた。
幸いにもメンバーは誰一人欠けることなく、こうしてサービス終了の日にも集まる約束を取り付けたのである。
私はギルド内を自由に移動できるチョーカー型の装備によって、ギルド10階の自分が作ったエリアに転移した。
チョーカーは金の鎖にカード型の宝石が嵌め込まれたもので、ギルドメンバーは全員持っている。主にギルド内での転移に使用するが、外部のプレイヤーは入れないカード倉庫や特殊施設に入るための鍵でもある。
10階はギルドでの最上階ということもあり、厳重に守られているので転移しないと一苦労だ。
鮮やかな空が見え、雲を足場にするこの階は私が使うデッキである【天気】をイメージしたものになっている。今は穏やかな晴天だが、侵入者が来たら雪や雷、雨とコロコロ変わる。しかも天候操作系の魔法は弾く仕組みなので、ここにいるNPCが有利な状況で戦えるのだ。
そんな10階を守るボスモンスターで、私のエースモンスターでもある天使が、奥の虹を模した椅子に淑やかに座っている。
目を閉じた柔らかな表情、艶やかな絹の髪。周囲には虹を描くための絵の具が浮いている。リンク3モンスター【虹天気アルシエル】だ。
気合いを入れたレベル100NPCであり、カードの使い手として愛着もある。
他のモンスターは、異常なければ普段の警戒ルートを飛行しているのだろう。
私は何もアクションを起こさないアルシエルの隣にある空いた椅子へ座り、ただ黙って彼女を見つめた。
かなりカードのイラストに忠実に作れたと思う。性格なんかはわからなかったから、私なりに解釈したデータを入れたのだけれど、穏やかな笑みはまさに理想のアルシエルだ。
NPCはプレイヤーが指示を出さないと動かない。意思も無いのだから、話しかけてもただのごっこ遊びに過ぎない。
それでも話しかけてしまうのは、ギルドの皆が自分のカードに確かな想いを持っているからだろう。
私も、あとちょっとの命である彼女に声を掛けたかったのだ。
「終わっちゃうね、アルシエル。別に、ユグドラシルが終わったらまた別の、遊戯王ができそうな所を探せば良いんだけどさ」
一人でデッキを回すのは、練習には良いがやはり相手がいないと寂しいものだ。botではない、意思ある相手が。
だからこそ、ユグドラシルが終わってもこのギルドメンバーは新しい場所を探すだろう。
デッキも変わらないけれど、こうしてユグドラシルのNPCとして育てたアルシエル達とはお別れだ。
「私はユグドラシルが終わっても遊戯王は続けるし、デッキもこのまま変えないつもり。やっぱり相手が苦労して出したモンスターをデッキに戻す瞬間が一番楽しいしね」
アルシエルは何も言わないし、こちらを向くこともない。
それでも、なんだか口がよく回った。
「まぁ、ギルドメンバーでの勝率は悪いけどさ……もっと安定して勝てるよう、頑張るから。ふふっ、また性格悪いカード入れやがってって言われるかもだけど。でもスキドレ対策できてないあっちが悪いんだし。こっちはか弱い天使しかいないもんね」
天気モンスターの攻撃力はアルシエルが最高の2400だ。せめて3000は欲しかったと何度思ったか。まぁ攻撃力が無いなら他の面で補えば良いだけだ。
スキドレ、魔封じの芳香、ネクロバレー。使える害悪カードはとことん活用するのが私スタイルだ。
「ありがとうね、ユグドラシルが終わっても、また別のどこかで会いに行くから。待ってて欲しいな。……それじゃ、もう行かなくちゃ」
黙ったままのアルシエルの髪をそっと撫でて、私は10階を後にした。
のんびり空を眺めたりしていたらもうユグドラシル終了まで5分しかない。あわてて転移でホームに戻ると、ギルドメンバー全員が揃っていた。
何か予定や都合で来れないメンバーがいなかった事に、ホッと息を吐く。
様々な種族がいるから、画面がとても騒がしいけれど……その景色ももうあと数分の命だと思うと、寂しい。もっとユグドラシルが続いて欲しかったな。12年はすっごい長寿なんだろうけど。
「おーいギルマス、遅いって!」
「カウントダウン勝手に始めちゃうとこだったわ〜」
「ギルマスーどうしよクラッカー足りない」
「いらんだろそれ」
わやわやと広間で椅子に座ったり寝転がったりと自由にしているギルドメンバー。
しかし誰もがそのどこかにデッキケースを着けているんだから面白い。
サービス終了を体験するのはこれで二回目だけれど、彼らとの関係はこれでは途切れないのだと強く感じる。それに安心して、私も笑って輪の中に入った。
「クラッカー鳴る前に接続切れるでしょ。あ、サ終見届けたら全員
「忘れたやつはギルマスが個チャにスタ爆するからな!」
「鬼電かけるから覚悟しとけよ〜」
刻々と進んでいく時計ウィンドウを横目に、ユグドラシルが終わった後の話し合いの場を改めて伝えておく。
元々か細い遊戯王アプリから繋がった仲なので、チャットアプリとはいえ個人情報を明かす事に特に抵抗は無かった。遊戯王アプリがサ終するまで、毎日のように対戦しお互いにデッキの相談や意見交換を行っていたから、最早本名や顔を知らないことなんて些事だ。
「いや〜ユグドラシルも終わりかぁ」
「チャットでいつでも話せるけど、他の良いツール見つけるまでは対戦できないね」
「どーせ終わるんだし黄金林檎のシャンメリー開けよ。勿体無いとかもう無いし」
「味覚機能は無いけど?」
「こーゆーのは気分だよ、気分! ほら、グラス持って」
メンバーの一人が、飲むと大きなバフを得られるレアアイテム、黄金林檎のシャンメリーを開けた。期間限定品だったのと、バフが会心アップに与ダメアップ、HPが0になった時一回代償無しで蘇生というとんでもなく強い効果のため、これまで死蔵していたのだ。
ユグドラシルでは味覚は機能しないため、飲んでも味は感じられないのだが……確かに、なんだかパーティ気分でグラスを受け取った。
一口飲めば、やはり何も味はしない。
何に配慮したのか酒じゃなくてシャンメリーだし、味は無いしそもそもデジタル空間で喉の渇きは潤せないからほぼ飲み物としての価値は無いものの、それらしい金色の泡立ちは私の心を少し浮き上がらせた。
「あと10秒!」
「9!」
「はーち!」
私が最後だったが、きっと全員NPCに別れは告げただろう。もう二度と、まるで実体のような彼らと一緒に動けるなんてできないかもしれないし。
ユグドラシルプレイヤーとして正当ではなかっただろうけど、良い夢を見させてもらいました。と、ゼロになるカウントダウンを笑顔で見届けた。
そして、世界は暗転する──筈だった。
「マスター」
優しげな、知らない誰かの声が聞こえた。
【クリーマ】
二つ名:極彩色の天気予報士
使用デッキ:天気
レベル:100
カルマ値:極善
役割:回避型タンク、バッファー
種族:熾天使など
職業:ヴァグランツ、クレリックなど
主要NPC:虹天気アルシエル
ギルド「シャカパチ禁止同盟」のギルドマスター。
種族は天使だが羽は無い。代わりに背中から常に虹色の絵の具が垂れるようなエフェクトが付いている。
中性的な声に中性的なアバターをしていて、性別不詳。
全体的に白く、所々に極彩色の画材のような装備を着けている。髪型はゆるく波打った白髪をゆるく縛ったロングヘア。
カルマ値こそ極善だが、デュエルでの戦法はスキドレ魔封じネクロバレーマクロコスモス熱き決闘者たちと割と害悪。
ギルド内ではまとめ役兼ストッパー。真面目で穏やか。
リアルでは貧困層生まれだったが、描いた絵が富裕層の目に留まり、アトリエで依頼された絵を描く画家として生活している。アナログ派。
生活に余裕がある部類のため、ユグドラシルには定期的に課金をしていた。