※この世界における遊戯王カードの効果は現在調整中です。 作:月日は花客
「…………ん?」
カウントダウンが終わり、ユグドラシルでの楽しかった日々を思い返して数分。
もうとっくにサ終の時間は過ぎているというのに、未だこうして私たちは立っていた。
他のメンバーも、だんだんと首を傾げだす。
「サ終の時間過ぎてるよね?」
「強制ログアウトされてないけど……運営のミス?」
「最後の最後で時間ミスるとか、ユグドラシル運営ならやりかねない」
終了の処理に時間がかかっているのだろうか、と思ったが、その割には動作が軽いし、皆の声もはっきりとわかる。
何人かがGMコールやお知らせウィンドウを出そうと手を動かすが、どうしてかその動作は途中のまま止まってしまった。
繋がらない、と誰かがポツリと呟く。
本格的な不具合だろうか。感動の終わりに水を差された気分で、私はグラスのシャンメリーを煽る。
「──は?」
思わず、声が出た。
口の中に広がるりんごの甘み、炭酸の爽やかさ、ほんのりと香る蜜の匂い。
ユグドラシルでは味覚と嗅覚は機能していない筈なのに、その高級シャンメリーと言って良いだろう味わいがはっきりとわかる。
気のせいかともう二、三口飲めば、やはり優しい甘さとよく冷やされた炭酸の刺激が喉まで伝う。
明らかに、バーチャルのそれでは無かった。
「味が……わかる……」
「運営にも繋がらないし、なにこれ」
「というか時計ウィンドウ消えてるし、UIが開けないよ」
「絶対なんかおかしいって! ゲーム内で味覚が機能するわけないんだから!」
味覚問題は、単にユグドラシルのみ味覚が機能しないよう設定されているのではなく、国が電脳法という法律でしっかりと基準を決めている。
今更、ユグドラシル運営がそれを破るとは思えない。
何度か私も運営に〈伝言〉を飛ばすが、途中で糸が切れるように終了してしまう。
ギルドマップやコンソールも開けなくなっているようだ。明らかな異常事態にメンバーの不安の声が上がる。
私はシャンメリーの衝撃は一度置いて、状況の確認に動くことにした。このままでは混乱が波及してよろしくないことが起きそうだ。
「はい、みんな注目!」
手を叩いてそう叫べば、メンバーは全員こちらを向いた。
さて、どうするべきだろうか?
運営にも繋がらず、コマンド関連も開けないとなると、ログアウトした方がいい不具合状況だ。だがログアウトコマンドは呼び出すことができない。
一先ず、運営からのアクションが来ない以上下手に動くと危険かもしれない。
「取り敢えず運営に繋がらないのとUIが呼び出せない現象が起きてるみたいだから、不具合を考えて何分か待ってみよう。重篤なバグなら運営もすぐ動いている筈。落ち着いて全員座って、報告を待ってみよう。10分経っても何も無かったら強制ログアウトの手段を試すってことで」
不具合が起きている以上運営もそれに対応するため動いている筈。報告より先に致命的なバグを修復している可能性もある。ここは一度待ちの姿勢をとり、コードで繋いでいる身体に被害が行かないよう大人しくした方が安全だろう。
そこらへんの安全機構はちゃんとしているだろうが、念のためだ。味覚等本来解放されていないはずの知覚があるため、現実の認識や感覚に影響が及ぼされる可能性がある。
そういう事故も無いわけでは無いのだから。
「りょーかい。綺麗に終われると思ったらこれだよ〜」
「明らかに異常だしなぁ。すぐ修復されるだろ」
「あんまり時間がかからないと良いんだけど……」
時刻はもう深夜だ。明日も仕事がある人が多い。
私もまだ完成していない絵を進めないと、パトロンが何を言ってくるかわからない。早めに修復が終わって欲しいものだが……。
一応何をすれば良いのか決めたから、メンバーの不安感もそこまで酷くはなさそうだ。11人もいるとそれぞれが向く方向がバラバラになってしまうと、まとめるのにも苦労する。ギルドマスターとして、言い出しっぺの法則でリーダーになったとはいえこういう時はちゃんとせねば。
「そういえば、こうして全員が揃って大テーブルに集まるのは久しぶりかもね」
「確かに、前回はクランが攻めてきた時だったっけ?」
「あー、まぁ普段は使わないからな、このテーブル」
ユグドラシルにログインするということはイコールでデュエルするか、NPCの育成をするかのどちらかだったので、大テーブルは置物になっていた。
一時的にアイテム置き場になっていたり、誰かの調節中のデッキが広がっていたりと、ギルドメンバーが話すための場所として使われていなかったのだ。大抵はデュエルする時は小テーブルか床でやるし、寛ぐなら一応個室も別にあるので。
見回せば、竜人や人間、人狼にアルラウネと、多種多様な種族が並ぶ。
一応他ギルドやクランが攻めてくることもあったので、それぞれ戦闘用にビルドは組んでいる。11人しかいないのでカツカツになりながらも頑張ったものだ。
全員がレベル100にしたのは、ユグドラシルを初期からプレイしておいて100まで上げないのは毎日ログインしている以上失礼ではないか? という話し合いの結果だ。
メンバー皆邪道な遊び方をしているとわかっていたので、長くこの場が続くよう何日かに一回はちゃんとユグドラシルを遊ぶ時を設けていた。
それか、デュエルに負けた時にNPCのレベル上げを罰ゲームで行うなどの遊び方に利用したりもしていたし。
その甲斐あって、ギルドメンバー全員、ひとりはレベル100NPCを持っている。正直自分のアバターよりも、好きなテーマのカードをモチーフにしているNPCのレベリングの方がやる気があった。
私のアルシエルも、何度かメンバーにレベル上げに行かせたことがある。皆わりかしフリーにNPCを扱っているため、ちょいちょい担当の階から出して外に連れて行っていたし。
こんな弱小ギルドを倒しても利が無いからね。まともにランキングも上がらないだろうし。防衛に割く戦力が少なくて済むのは良いのか悪いのか。
「あの時は焦ったわ〜PVPなんてまともにしたこと無かったんだもの」
「初期の異形種狩り以来……でしたね」
「攻めてきた時に全員揃ってて運が良かったよな」
クランはギルドより規模が小さいとはいえ、ガチガチに対策を固められていたら負けていただろう。そもそもこのギルドもクラン程の人数しかいないのだから。
あの時は三階まで侵入されて、全員慣れないプレイヤー相手の戦闘に消耗しながら防衛した。正直、私たちよりNPCの方が動きが良かったと思う。
ユグドラシル内でカードシャッフルは上手くなったが、人数の多い戦闘行動は下手なままだ。
当時を懐かしみながら、広間の壁に飾られたファイルのような本を見る。シャカパチ禁止同盟のギルド武器だ。
中にはメンバーのデッキと同じカードがファイリングされていて、一見コレクションアイテムに見えるが、しっかり攻撃性能がある武器だ。他ギルドのように厳かに飾らず、壁の棚にポンと置いてあるので威厳は何も無い。
中のカードはデッキが更新されると自動で中のカードも切り替わる仕組みが取られていて、ギルドメンバーのデッキケースと連動している。
このファイルを作ったときも、試行錯誤を重ねて皆で作り上げた思い出が今も楽しい。
そうしてみんなでユグドラシルでの思い出を振り返っていたら、10分はあっという間に過ぎた。
しかし、運営からの連絡は来ず、状況は変わらないままだ。
「じゃあ、強制ログアウトの方向で」
「まず誰が試す?」
「じゃあ、自分行きますよ」
どこか怪しげな雰囲気を纏った、オッドアイの男がそっと手を上げた。アカウント名は「水槽仮説」。方界使いで、デュエルの時以外は冷静な人だ。
アバターはいつも胡散臭い笑顔で固定されているが、この場にいる全員が、彼が展開に重要なパーツを除外された時の悲痛なクソデカ発狂を聞いているのであまり怖くない。
ではお願いしますとGOサインを出せば、水槽仮説は冷静に強制ログアウトの手段をとった。
「『企業たちは悪政によって不当な差別を助長しており、我々は団結しこの環境に革命を起こさねばならない。私はこの思想に賛同してくれる同志をここで探しています』」
運営が察知したら即ログアウト及び凍結処理を施されるだろうセリフだ。
リアルは巨大企業が実質的な政権を握っており、人は富裕層と貧困層に明確に分けられている。しかしどちらの層も不満は持てど、今を生きるために反体制思想は持たないものが殆どだ。
しかし、たまにこういった思想を持ち行動に移す人間も現れる。そしてそういったものは大抵ユグドラシルのようなオンラインゲームの通信やチャットで同志を募っている。
取り込みたい貧困層は大抵室内でできるオンラインゲームくらいしかやる事がないからだ。
しかしユグドラシルを作っている会社もその巨大企業の一つであり、当然不利になる思想をばら撒く行為は許されない。
それにメッセージの連投やbotによる荒らしは即刻排除対象だ。
一時期は数が酷かったから、こうした定型文を口にすると自動で強制ログアウト措置が施されるシステムが追加されたのである。
水槽仮説が言った内容は正にそれドンピシャなのだが、彼はログアウトされる事なくまだ椅子に座っていた。
「強制ログアウト措置も取られませんね」
「うーん、ログアウトがブロックされた感覚は無いね。まるでログアウトっていう仕組みそのものが消え去ったみたいだ」
「というか、消えてたり薄いはずの五感がやけにはっきりしてるよな。さっきから」
「……まさか、ゲームの中に取り込まれちゃったとか?」
冗談のように呟かれた言葉を否定する声はすぐには出なかった。
さっきから、まるで現実のようなリアリティのある感覚が自分たちを取り巻いているし、ログアウトやUIといったゲーム的要素が丸ごと排除されているのである。
フィクションのような出来事が本当に起こるわけがないとハッキリ言い返せなかったのだ。
「……一回、ここから出てみる? ギルド内や外はどうなってるか確かめよう」
「賛成。不具合が起きてるのがこの空間だけの可能性もある。……一応」
「ギルマスの指示に従おうかな。このままだと何も進展しなさそうだ」
メンバー全員の賛同が得られたので、私は思い切って広間の扉を開けた。
メインルームは10階からしか来れないが場所的には5階にある。侵入者が入る用の扉ではない、ギルドメンバー用の扉を開ければ5階の廊下に出ることになる。
さてどうなっているか、と前を向けば……目の前にあるはずの無い壁が広がっていた。
いや、壁じゃない。
NPCだ。
NPCが集まって壁のようになっている。
「マスター! 心配しておりました」
5階には配置していない、雲の上で上品に座っているはずの天使様が、笑顔で目の前に存在していた。
この日、私は初めて彼女の声を知ったのだ。
【火炎瓶おじさん】
二つ名:恐怖!火事場の中年
使用デッキ:R-ACE
レベル:100
カルマ値:善
役割:支援、バッファー
種族:人間
職業:エレメンタリスト(ファイア)など
主要NPC:R-ACEタービュランス
ギルド内最年長。
赤いフルフェイスマスクに、アーマーのついた防火服を着ている。腰には筒型のロケットブースターのようなものが装着されている。マスクの下は無精髭のあるおじさんの顔。リアルとほとんど変えてないらしい。
身長が高くガタイも良いので、同じ人間種と並ぶとハッキリ目立つ。
気の良いおじさんであり、年長者としての落ち着きもある。クリーマの次にストッパーになるが、エキサイトした他メンバーを止められないとわかると即座に傍観者モードに移るためあまり役には立たない。
デュエルは堅実。勝つことよりも、どれだけ自分のモンスターを活躍させられるかを重視するタイプ。負けても良い勝負ができたら満足。
ユグドラシルでは全体にバフをかけつつ適宜攻撃やタンクを担う万能手。
リアルでは消防士として働いた後、肉体の衰えによって引退。その後は工場勤務をしながら趣味に没頭している。貧困層だがあまり貧困していない。
両親や妻も既に亡くなっており、その遺産も堅実に貯蓄していた為、生活や肉体的にも余裕があった。
そのため、ユグドラシルにもそこそこ課金している。定期的に定額納めるタイプ。