欠けたものはお前だけ
月を見ると、少し郷愁感に襲われる。紅魔館で月見をしたことはなく、紅魔館に住む前の夜中は咲夜を守ることに専念していたため、更に見ることはなかった。つまり俺は今、偽の郷愁感に襲われているということだ。帰って寝よう。季節は秋、少し普通の服では防寒具を必要とするような季節。俺の着ている季節ごとに何故か色が変わるこの服は、防寒面でも素晴らしいことをしてくれている。何とびっくり、何故か寒くない。そういう魔道具的なものでは、とも疑った。だが魔力がない。恐らくは神具的なものだろう。ありがたく使い倒そうと思う。
「…ねえまーちゃん。思ってたんだけどさぁ」
「何だ?」
「その服、女子用とかじゃないよね?」
「…何を言ってるんだ静葉。俺が着て、こんなにも体格的に合っている。つまりは男用だ」
「そうよねぇ…人の子の服なんて詳しく見たことないのよね。長いこと見てるのは妖精の服だし。あ、そうだ。妖精の服に似てるわ」
「あいつらは季節ごとに服が変わらないだろ」
実際俺も初めて見た時はそう思った。だがそうではなかった。以前、というよりも紅魔館に住む前くらい以前、咲夜が寒いと言ったため妖精の服をぶんどろうとしたことがあった。結果から言えば失敗。服を脱がすことはできたが、少し離れると空気に混ざるかのように消えた。その妖精のところに戻っていた。ので仕方なく妖精の住処と血で暖を取った。その時の経験から、俺が妖精だったり妖精が俺の家に住み付いてたりしない限りはこれが妖精の服とは言えないわけだ。
「まーちゃん、お客さんよ」
「誰だ。名前くらい聞いたか?」
「霧雨ちゃんよ!さ、遊んでらっしゃい!」
「穣子、断っといてくれ」
「そうよ穣子。今まーちゃんは私が描く絵の被写体で忙しいんだから」
「…姉さん、冬はまだだよ…?」
「今年は紅葉が少し早くてね。その分終わるのも早かったのよ。三ヶ月分の貯蓄が九月中盤に潰えた時の絶望は凄まじかったわ。春からちょくちょく集めてたのに。」
「ああ、だから今年はあんなに焦ってたのね。」
霧雨の誘いを断ろうと顔を出すと、そこにはデカい落ち葉の塊を俺に投げてくる霧雨がいた。魔法陣で難なく防ぐが、一体どうしたのか。入れ知恵でもされたか?文句を言われるような覚えもない。いや、なくはない。ただそれでも投げられるようなことはしてないはずだ。扉を開けて社から完全に出る。何だよ、俺が何かしたってのか。まるでそこら辺の狼のような睨み方をしてきて。そう思えば箒で突いてきたり。なんだ?訳がわからないぞ。狐か?
「…いや、風邪引いた」
「何だ今の行動は?」
「わがらん…げほっ」
「辛そうだな。永琳のところに行くと良い」
「風邪で、魔法、あんまり」
「…アリスがいただろ」
「森の中、花粉いっばい…ぶじゅっ!」
「鼻水をここで出すな。しかし、目印として立ってる魔法陣を頼りに来たか。消すかなこれ」
空間移動魔法で永琳までの道を繋げる。が、息の荒い霧雨にはそれも難しかったのか服を掴んできた。仕方なく魔法陣に座らせて永琳のところへ進む。何だか全体的に白い場所に出て、都合よく背後に椅子があったためそこに座らせてもらう。永琳がこちらを見る。目線はすぐに試行錯誤でもしているのかわからん手元に戻るも、すぐに目線がこちらに。気持ちの悪い眼球運動だ、是非とも控えてもらいたい。自宅療養くらいなら風邪でも出来るだろう。寝かせて帰って終わりになるな。
「季節の変わり目によくある風邪ね。というか完全に体調崩しただけ。早寝早起き、規則正しい生活を心がけて。薬はこっちで出しておくわね」
「ゔー…」
「吐くなよ」
「吐き気の薬は錠剤だから、飲んだ後に吐かなければ大丈夫よ。魔理沙、他には何かある?」
「なぃ」
「そう。後は…うどんげ、気分だけでも」
「あ、私いたんですね?喋らなかったからてっきり」
「仕事しろその耳引きちぎってケツに挟ませるぞ」
「2本ですか?」
「片方は噛ませてやる」
「…わかりました。」
永琳の話であれば、このうどんげの能力は気分を変えたりする光線?音波?を出すものらしい。出来ることはかなり多い。だがその分繊細なんだとか。…精神によく効く、と言った謳い文句の薬と似たものだろう。吐きそう、辛い、喉が痛い、そんな気分を少し和らげたりするような能力だ。というかぶっちゃけ永琳なら真似事くらいは出来るだろう。俺もおそらく音波やらなんやらを出すことはできるはずだ。気分が良くなるかどうかは知らない。後普通にこのうどんげが少し嫌いだから真似事したくない。
「…良し、これでだいぶマシなはずよ」
「ありがと鈴仙…」
「師匠、薬取ってきますね」
「お願いね。間違えたらさっき言われてたことするから」
「…全力で対処します」
「患者が咲夜じゃなくてよかったな。無駄話した途端お前の視界は宇宙を彷徨っていたぞ」
「ひっ」
そして、実質永琳と二人きり。いや、霧雨もいるにはいるが、話ができない。気分を良くしてもらっても病は続いているのだ。結局気分は悪くなる。紅魔館在住である門番の能力と同じだろう。一時的、気分だけ。永琳がこちらに向き直り、何故かチラチラとこちらを見ている。見るな気持ち悪い、何を見ているのかも知らんが、気分は良いものではない。割と殺意が湧くチラチラ具合だ。早く視線を机に移せ。そう念じていたら、かなり重めの唇が開いた。
「貴方、どこかで会ったことあるでしょ」
「ねえよ」
「そう?例えば…月とか」
「ない。行ったことはおろか、見たのは去年が初だ」
「私たちが異変を起こしたって日ね。本当に会ったことないの?」
「ない」
永琳「普通に考えてワープしてくるやつが何人もいてほしくない。スキマババアでさえ苦労してるのに。」