イシュトヴァーンよ永遠なれ   作:デブレツェン

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どうもデブレツェンです。ハンガリー時代の友人に会って参りました。お変わりないようで安心。明日、合格発表ですので多少影響あるとは思います。そしてユニークアクセス3000、ありがとうございます。こんな小説に付き合っていただき、本当にありがとうございます。情報量が多いですね今日は。

今回は文体を変えてみました。ちょっと比喩表現多め。

さて、自分語りはこの位にして、行きましょう。第十一話、上陸を阻止せよ。です。


第十一話 上陸を阻止せよ

「撃てええ!」

海に向けて一斉に放たれた金色の砲弾たち。それが、軽く放物線の勾配を描いて、どこまでも飛んでいく。その様子を見るスタメナは、我ながら素晴らしい行動をしたなと思った。これから、この戦争を終わらせる一手になり得るのだから。

まるで流星群のように飛ぶ砲弾は、水平線をも知らぬ様子で、速度を落とさず飛んでいく。誰も、双眼鏡から目を離せない。その『流星』が、どう転ぶのかをどうしても見届けたかったのだ。全員がまるで蜻蛉のように目をまんまるにして遠くを見据える。そこには必ず船が写っていた。どれも、密集せず感覚を空けている。潮の匂いが、ふわりと漂ってきた。今日は、西風。ロウリアの向こうには積乱雲。

「これが、もう少し前のことだったらなあ。」

スタメナはふっと嘲笑うように溜息をつく。そして、冗談混じりにおいと声をかけた。あの雲、どうにかしてこっちにもってこい、と。

「ご冗談を。砲兵はスーパーマンでは御座いません。しかしちょっと危ないですね。航空攻撃はよしときましょう。」

その意味を分かっているのか、彼は無線機を取って本部に連絡し始める。それは本来私の手柄になる予定だったが、まあ少しはくれてやることにした。空気が重苦しいけど軽い。また深呼吸をすると、磯の匂いがついぞ鼻の中を通り抜けていく。その間だけは、その兵士の戦慄きも、騒めきも、がちゃがちゃする音も、全てを忘れられた。そして、彼は後から気づく。この、音速程度に遅い涙が、頬を伝っていった。

「ああ、海だ。俺は海に憧れていたんだ。」

海の香りがまた私を興がらせてくれる。この海と、私は踊りたい。それだけだった。それだけが私の心を武者震いから救い出してくれていたのだ。

「……」

「司令。分かりますよ貴方は海に行きたいって言ってましたから。」

その言葉を聞いてハッとした。そうだ私はスタメナじゃない。ハンガリー国防軍所属スタメナ少佐である。この、大きくて小さな海に敵がいるなら撃つしかないのだ。サファイア色の綺麗な海であることを、初めて恨んだ。余計に傷つけたくない。

「閣下!」

「……次弾装填急げ!」

同時に、美しい海には火の手と傷跡がばしゃりと上がる。遠くの海、悶絶する彼らの声を聞きたくはない。だがそれは同時に自分たちの戦争という非道を、正当化することにも使えるんじゃないか。

こんなに美しくて優しくて、あったかい海なんだ。沈んでも、きっと苦しまない。それは誰にでも平等だ。自然、いや、この瑠璃色の海は、誰にでも平等に、優しく死を与える。ただ、肺を塩漬けにされて死ぬのはちょっとごめんかもしれないけど。

「………次弾装填!」

着弾観測なんて、聞こえない。聞きたくない。それが外れることは、この海を汚すことを意味する。反面命中は殺人を意味する。だから、あとは頼んだぞ。本当に。君に当てないように極力努力する。でも彼らを弔えるのは、君だけなんだ。僕らができるのは、ただ殺すだけ。いくつも当たる火柱と、炸裂する木琴の音。心なしか水柱は少なくなっていた。彼らがニュアンスを読み取ったのか、それとも単に夾叉なんかから命中精度を上げただけか。

「……どうだ。」

「命中、命中、近し、遠し………」

その時、まるで呼び声のようにぶわっと西風が吹く。スタメナは慌てて帽子を深く被り直した。ロウリア艦隊は、未だ近づいて来る。やっぱり、この感じ今夜は雨だろう。

「司令!だめです上陸されます!」

「下がれ砲兵は。俺は引かない。」

「どうして!」

くるりと振り返って、スタメナは低く大きな声を響かせた。

「俺は、この場所の司令官だからだ!指揮系統を失った軍がどうなるか、分かっているだろう!」

そうしてスタメナは東へ行く砲兵と、反対の方角へ向かう。ああ、なんでこうも清々しいんだろう。戦争をして、その上にこうも部下を裏切っているのに。目の前にざあざあと鳴き声をあげる海を見ると、もうどうでもいい気がしてきた。

「司令官!司令官!どうかご自愛ください!上陸戦なんて、死ぬだけです!司令官!」

実際戦力が足りないのは事実。でも、それが司令官を務める者をも使うべきかと言われるとちょっと遠い気がするけど。砂浜と、草が生えた共存地帯へと到達する。そこに、思い思いに隠れるなり銃を構えるなりする兵士たち。その多くは民兵と警察。額に脂汗をかいているあたり、やっぱり初めてなのだろう。ロウリアの船が目前へと迫る。それが、きっとバリスタか何かで上陸支援をすることはわかっていたので、すかせるように塹壕も作った。スタメナが塹壕に入ると、いつしかの団長が隣に居た。

「ああ、閣下ですか。ついに、ですね。」

逃れられない運命を、私たちに見せつけるように飛び出す弓矢。矢は、どうしてだろう。さっき我々が放ったあの金の流星に似ている気がする。そうして、浮かべた涙をぐっと飲み込み、チャンバーチェックを済ませてオルガに向き合った。

「おい、今に声が聞こえるぞ。ガタイのいい大男たちの、唸り声が。」

白い砂浜の前に掘られた塹壕に、小さな緊張が走る。これから、みんな人殺しになるんだ。みんなして、一緒に。空はまだ青い。まるで、この美しい海のように。私はタバコを吸うように、吸って、吐いて。再び深呼吸して肺を潮風で満たして。そしてそのいの一番の声を聞いた時。私は全員に向かって叫んだ。

「撃てええええええ!」

金属音が炸裂すると、オルガたちが少し遅れて銃を構える。弓矢とバリスタは、優先して撃つように言った。私は兼ねてより、こういうタワーディフェンス的なゲームが好きだったが、その主人公がこんな気分だったとは、今日知ったことである。

「ぐあああああああ!」

間も無くコンパウンドボウの民兵の腕に、報復するかのよう矢が生えて悶絶させる。白い砂浜に、赤い絵の具がぴたりと落ちた。やっぱり多少怪我を防ぐ小手じゃ、効果はないらしい。

「弓矢だ!奴らには弓矢がある!」

小賢しいことにこの弓矢はまるでロングボウ。ここまで射程があるとは思っていないし、何より水際での防衛に成功しないとあとがないと上は考えた。実際そうだと思う。大いなる青にいくつも赤黒い血と黄色い油が混じるが、それでも敵はやめない。航空攻撃がそろそろ欲しい。そう思った時。

「………しまった。雲行きが!」

さっきまで、この海の鏡合わせのように綺麗だった空が、急に閉ざされたよう暗くなったのだ。これでは、飛行機を飛ばすのはまずい。

「ちくしょう!ちくしょう!」

私は塹壕から思いっきり体を出して、目の前に居る鎧という鎧を撃ち続けた。小さくて、綺麗なオレンジがヒュンヒュンと飛び交い、私の心をずきりと痛めていく。それが、当たるたびに砂浜というパレットへ赤のコントラストを咲かす。やがて、私が意図しないうちに矢の雨が少しだけ止んできた。しかしそれでもこの圧倒的な数には到底敵わない。どうしてこうなったんだ。俺たちの平穏な生活を、返して欲しい。男たちの顔を見ると、そんな風に言っているようにも見えた。私もそうだ。鏡をここに持ってこなくてよかったとつくづく思う。

「……退くぞ!」

「しかし、それでは街が!」

「……これ以上どうする。」

警官隊が盾を持ちつつ拳銃を炸裂させる様子。悶絶する民兵や怪我人たち。赤く染まる海とその砂浜。これが、因果応報なのか。これが、私たちがしてきた事なんだ。

「……しゃらくさいっ!」

それでも、私はやるしかない。やるしかないんだ。だが目の前に居る兵士に撃とうとしても、かしゃかしゃと空切る音が鳴るばかり。それならば、最後の手段だ。

「うらあああああああ!」

敵軍で砂浜が埋め尽くされ、スタメナがナイフを持って塹壕から飛び出そうとしたときだった。右から、オルガの微笑みが見えた気がする。その、まるで計算され尽くしたように、自身に満ちた顔が。

「計画通り!」

オルガが私の手をぐいっと引っ張って塹壕から引き摺り出す。

「おい。」

「大丈夫。」

そして、私にとって油絵の具のこびりついたパレットと化した砂浜を見つめる一同。私だけが理解できていない。まさか、これが。

「サプラーイズ」

なんだろう、下の方でカチッと音がした気がする。そう思うと同時、一挙に砂が空へと舞い上がり、赤い破片となって再びその純白無垢へとぶち撒けられたのだ。

「作戦成功。」

そう。これは、砂浜に事前に爆薬を仕込んでロウリア兵を一網打尽にする作戦。スタメナはこう見えて綿密に計算等をしていたので、そのことを把握する暇がなかったのだ。しかし、それだけに止まらない。巻き上げられた粉塵が、やたらと消えないのだ。

「これは?まさか煙幕!」

「ええ。さあ、それじゃあ第二戦線に逃げましょう。」

こうしてスタメナとオルガが逃げたのを最後に、この砂浜での戦いは終了した。ロウリアの将兵の死者は1000を超し、こちらの負傷者は20人ほど。ロウリア兵たちは、煙をモロに吸い込んでむせていたが、意識を取り返すと目の前の敵陣地はもぬけの殻だったという。後の話だが、白い砂浜は赤く染まったことからここは「ピロシュ海岸」と、そう呼ばれたそうだぜ。

ロウリア兵たちは、当然ながら呆気に取られていた。あれほどの応戦を見せていた相手が、いきなり大きな魔道を見せつけ、消えたのだ。まるで、マジシャンのような所作にびっくりする剣士たち。その剣を前に向けながら、そろそろと静かに歩き始める。仲間の成れの果てが転がったパレットを越え、その珍妙な要塞を越え、そこは街。窓が見える家。ここから僅か300mほどしか離れていないじゃないか。その、不思議な距離感にロウリア兵たちはそのえもいえぬ違和感を拭えない。

「………きた、ロウリア兵だ」

「静かにしろオルガ。気づかれれば終了だ。」

この兵士が見ている建物は、言わばすべてフェイクである。実際に家だが、そこは家といいつつ家ではない。戦車だったり武器だったりを輸送、貯蔵するシステムも隠すシステムもある。そう、あちらの見立てであるまるでマジシャンのようというのはあながち間違いではなさそうだ。そこに居るのは、先ほど引いた民兵たち。そして、こちらに最大限近づいたそのとき。

「……撃て。」

ロウリア兵の1人がすたっと倒れる。その様子はまるで、病気か何かで倒れたよう。ロウリアの指揮系統は混乱に陥った。何故なら、向こうに言わせてみればまるで透明人間が攻撃したようにしか見えないからだ。

「ど、どういうことだ!いきなり倒れたぞ!」

「な、なんだ!幽霊だアアアアアアアア!」

もちろん幽霊ではない。だが、オルガは少しだけその初々しい様子が面白かったみたいだ。その気分は、お化け屋敷か何かで客を驚かすお化け役のよう。

「面白がるんじゃない。俺たちは人殺しだ。」

そう言いながらもロウリア兵再びぱしゅっと撃つ。絡繰が暴露るまでは、これで踊らせるのもいいだろう。向こうも気づいていはするだろうが。

その時がしゃんと音がする。ロウリア兵が叫び悶絶する中、私は何が起きたのかわからなかった。

「トラバサミだよ。原始的だが、結構効くよ。」

「ええ…確かハーグ違反だろ。」

「ここは前の世界じゃない。」

そうはいうが、それならクラスターとかもっと効果的なものを使って欲しいものだ。まあ、民兵に言うのは無理あるが。その鉄にかかる赤い血が本当に生々しい。

「……なあ、これきりにしないか。これを使うのは。」

「そのつもり。」

しかしその時、そんなことを言えないことが起きる。第二波だ。この、十数万の人の波がこちらに向かってきたのだ。こんな小細工は通用しないだろう。それに活気付いたのか、萎えていたロウリア兵たちは一気にこちらへ走り出す。

「おいおい、どうするんだ。」

「……」

「え、ノープラン!?」

「……うん」

嘘だろ。やっぱりダメだなんだ。思えば、さっきの爆撃で飛んだのもいいとこ数千。俺たちじゃ止められないんだ。この数万の兵士たちを。その絶望が、まるで砂時計を逆さにするように私に降りかかってきた。砂は焼けたように真っ白で、私を無気力に陥れるのだ。いや、まだだ。諦めねば勝利の女神は微笑んでくれる。きっとガブリエルは、俺たちに手を差し伸べてくれる。イシュトヴァーンは、俺たちを見ている。この1000年の歴史を、そう易々渡してくれてたまるか。何か、何かないのか。

その時私は魔法にかけられたようにはっと閃いた。そう言えば、さっき私は切り札を逃してやったじゃないか。雨がぽつりぽつりと振り始める。その中、それと対照的に私の心は、勝利という明るい光に満たされていったのだ。

「おいオルガ、まだ時間稼げそうか?」

「ええ?まあいけますけど。」

「なら大丈夫だ。」

そして、腕時計を見る。時計が丁度12時になる時だろう。あいつは、そういうきっちりとしたことが好きだから。

「あと15分耐えろ!」

「15分でいいなら、」

「やってやりますよ警察の名にかけて!」

「わしゃあまだ、死にとうない。やるぞ。」

鼓舞が終わるとその刹那から、銃を窓に出し撃ち始める一同。俺たちがやらねばならない。ここの上陸を許してはいけない。家を盾にして撃ち続ける。笑ってはいけないのに、それに少し笑ってしまった。国民を守るはずが、国民の財産に守られてしまった。

「フラッグアウト!」

手榴弾を投げると、それに呆気に取られたロウリア兵3人が死ぬ。それをみた数人が戦慄いて倒れる。そうしてこの屍人の山を、この鉛の殺し屋を以て作るのが俺たちの仕事。

「あと13分!」

「おい、時間稼ぎゃいいんだろ!?俺たちはもう弾がねえ!」

「分ける!口径は!」

「いらねえよ。それに、俺たちゃそんな小さいタマじゃないんだぜ。ああ、弾はねえがな」

まさか。こいつらまさか。

「俺たちにはシールドがある。」

右手にナイフ、左手にシールド。この警察用のシールドは、弓と投石ならどうにか弾ける。だからと言って接近戦に向いてるわけじゃないが。それをスタメナも分かっている。だから止めるし、そんな無茶はさせたくない。そんなの、ビリヤードの8番を最初から突きに行くが如き自殺行為だ!

「やめろそういう思い切った行動をすると死ぬのが相場だぜ。」

「そりゃあホラーゲームの話でしょう。」

そして、陳列した警官隊がまるで壁のようにロウリア兵に立ちはだかる。

「ポーンの気持ちも分からない奴が、クイーンを手に取ってたまるかあああああ!かかれええええ!」

『おう!』

「……行こう。僕たちは援護射撃をするのです。」

「待ってくれ、やめろ!」

ロウリアの前にまろび出る警官隊たち。それを見て、近接兵なら勝てると踏んだかロウリア兵たちが滝のように殺到する。

「行けええ!ハンガリー軍をめためたにしろおお!」

「させるかあああああああ!」

ロウリア兵の声が響き渡り、私の中の警鐘を鳴らした。何が、ポーンの気持ちが分からぬ者だ。俺が、1番分かってなかった。こんな軽々しい気持ちで戦いに臨むのは、私くらいな物だった。私はキングじゃない。ポーンでもクイーンでもない。むしろ、そのポーンに到底及ばぬほど矮小な存在だったのだ。戦いは、まだ繰り広げられている。私の目前で。

「お、おい、撃て。援護するんだ!」

建物に篭りながら拳銃を構える私。何故か、初冬のはずなのに溶鉱炉のよう熱い。汗が、止まらないんだ。

「合点承知!死なせてたまるか!」

そうだ。その通りだ。例えどうあっても、奴らの家族にこの海岸の砂を持って帰らせる訳にはいかない。いかないんだ。

「うあああああああ!」

弾を込め、狙いをつけて引き金を引く。やっている作業は極めて単純なはずなのに。それなのに。どうしても、その一発一発を送るごとに、まるで思いっきり走ったような疲労感に襲われてしまうのだ。血飛沫がかすむ海岸線に打ち上げられるが如く飛び散る。鉄の臭いが鼻を穿つと、その臭いの持ち主の首が、私の方をじっと見つめている気がしてならないのだ。

「くそう!」

ついに、身構える警官隊たち。その一瞬の出来事が、まるでスローの幻灯のように、やたらと長く見えた。ナイフを振り上げる、黒くて青い男たち。こうするしか、なかったのか。きっと、まだ家に入っていれば。

「ううん、ダメだったと思う。数十人の弾幕が無くなれば、きっと今頃奴らに……」

そうだよな。やっぱり。そう思ってどうにかなるものじゃないが。後悔と懺悔の念が、まるで風船のようにふうっと心の中に膨らむ。

「……くそ…くそ…」

やっぱりだな。そうだな。俺は、そうなんだ。そういう奴なんだ。ポーンより矮小で、間違いない。国民も、仲間も戦力も守れない、そんな『キング』なんだよ。

傷口を押さえて、右手の警棒で剣を受け止める警察官。その顔に、今でも涙が浮かんでいたのを忘れない。透明だったはずのシールドは、すでに血肉のこびり付いた醜い物に変わりつつあった。

「おい、大丈夫か!退け!退けえ!」

警官はそれでも引かない。そのうち、ロウリア兵の波は少しずつ薄れてきた。この事実にメンタルをやられて逃げるのも居たようである。猛攻を警棒で返り討ちにし、石のように動かぬ警察官たち。皮肉にも、それは警察として本来あるべき姿だとも思えた。

「退いてくれ!頼む!」

にっこりと笑うだけで、ひたすら格闘戦を繰り返す警察官たち。もうダメだ。ロウリアは倒せども、警官は助からない。そう思ったその時。

「おいスタメナ司令!約束の15分ですぜ!」

瞬間、上からついぞ朝に見たような金色の放物線が飛び出す。向かう先は、この上陸を繰り返す不届きものたちだ。

「……あいつら…!やめてくれよ俺は涙に弱いんだ!」

「司令官、泣いてる暇はありません。」

コンパウンドボウを持った兵士が話しかける。包帯に、赤い血が滲んでいるあたりまだ病み上がりに近い状態だろう。

「……そうだな。よし、民兵団は、手薄になった左に回り込んで伏せながら撃て!気づかれれば、大丈夫だ。石のように頑固な連中がいるからな!奴らを少し見習ってもらう!そして、工兵は砲撃の着弾地点付近に有刺鉄線を張るんだ。と言っても、既に置いてあるのをスイッチをおして、電流を流し上にだすだけだ。」

オルガの肩を掴むと、呪いをかけるように揺さぶる。

「おい頼んだぞ」

「分かった。分かったから離せって。ところで、こんな無茶できるのか?」

「ああ。誰かさんが仕掛けたトラバサミのおかげでな。地雷の方がいいんじゃないか?」

「いやだよ。戦後処理が面倒くさい。」

「はは、勝つ想定か。嫌いじゃないぞ。」

その肩からようやく手を離した。この作戦は、少々面倒だから。

オルガはすぐに走り出し、海岸の海風より何倍も早く走った。裏口から見えないように、息を潜める。ロウリアは相変わらず、1人2人と倒れる警官に夢中だ。その後ろ姿。曝け出した背中に、ライフルを向ける。

「撃てえ!」

破裂音が去ると、警官隊の方が幾分楽になる。それだけで、血みどろの怪物と化した警官は撤収する隙ができるのだ。だがそれでも、怪我人を引きずって逃げる以外はしない。

「おい、援軍!援軍!」

砲撃で足止めしたのが、ダムが決壊する如くざあっと雪崩れ込んだ。

「くそっ!」

ライフルを数発撃つたび、数人の命が消えていく。それだけ、自分が命を奪う精度は高くあった。

『狼狽えるな!警官隊を助けろ!』

こんなの強ちだ。無茶だ。ロウリアの無茶癖が司令官にも移ったのか。隠密できた初弾は打撃だったけど、それ以上何者でもない。

「もう、終わりだ…」

その時。砲撃というバリヤが雪崩の行手を阻んだ。混乱に陥り、茂みに足を踏み入れる。折角、索敵をして把握した罠の情報も、そのため爆破された初期の戦力もここで実質無駄にする事になった。そう、そこにはトラバサミが、剣山を彷彿とさせるほどしこたま仕掛けられていたのだ。

「ぐあああああああ!」

悶絶する彼らをよそに、砲撃が続く。持続的な砲撃に阻まれて、進めない彼ら。それだけじゃない。工兵が、物理的なバリヤを出すのを成功した。

「おお、すうっと有刺鉄線が立った!」

柔かい針金の有刺鉄線を折りたたんで、置いておくのは我ながらいいアイデアだと思ったオルガ。こうして、ロウリア兵は遠回りを強いられたのである。

「へっ!こんな壁きっt」

そう言って剣を祓ったものは皆、音も立てずに倒れていく。そうして閉じ込められた1000人ほどのロウリア兵。彼らは言わば袋の中のネズミ。袋小路というやつだった。それに対して、ギロリと睨みライフルを構えるオルガたち民兵。窓を乗り越えて正面からやってくるスタメナたち歩兵。元へ戻れば血を乗り越えた警官隊。後ろに引けば、有刺鉄線。こういうことか。これがしたかったのか。この小規模な包囲をしたかったから、あんな無茶を。思えば、弓兵が殆ど見られない。邪魔もされなかった。まさか。こいつは。

「弓を持つものは癖がある。利き目をよく使う事だ。ほら、銃使う時も目ぇ瞑るだろ?そんな感じ。で、ロウリア兵のデータ的に右目を瞑る奴が多い。奴らから見て右にいるぽまいらは、完全に眼中に無いってわけ。」

ロウリア兵たちに降伏を迫る一同。

「武器を捨てて降伏しろ!」

剣を振り上げて威嚇する大男に、オルガが気丈に振る舞う。その悪魔のような剣幕に圧倒されてよろけるロウリア兵。そこへ、波をかき分けてやってくる男が1人。

「私は総司令だ。」

そして、装飾に満たされた剣と弓を、白い砂と緑の草のコントラストに落とす。

「わかりました。以降は、捕虜として扱います。どうぞ、武器を捨ててこちらへ。後続の軍は。」

「……彼らはシャークンが指揮するので、どうとも。」

「そうですか……わかりました。それでは、警察官たちに任せるのは酷だな、衛生兵について行ってください。あの、白い服の兵士に。」

「ああ。全員、武器を捨てろ。」

その一言で、先ほどまで活気付いていたあの大男も大剣を捨てる。がらん、がさ、という音がして、鋼と金属がまた砂に落ちた。

「……おい、引いていくぞ!ロウリア軍が、引いていくぞ!」

「……とうとう、やったのか。」

私は決して守れなかった訳ではないのかもしれない。オルガが私の肩に手を置いた。あの時のような、潮風を体いっぱい吸い込んで。

「ああ、もうすっかり夕方だな。」

朝方に始まった戦いは、もう終わろうとしている。いや、終わった。この不思議な青い海は、結局僕らの味方だった。砂浜に溜まった硝煙の臭いと赤い絵の具は、すっかり流してくれて何より。同時に、幾分か自分の心も浄化された気がするのだ。

「よし、俺たちの勝ちだ。」

最後の一隻が逃げるのを確認してから勝鬨を上げるスタメナとオルガ。もう一度、反射させるように言う。

「俺たちの、勝ちだああああ!」

「おおおおおおお!」

「やったぜええええ!ふらあああああ!」

「よっしゃあああああああああ!」

明るい太陽の中、オルガが言う。

「僕の地元を守れてよかった、ありがとう。」

「国民を守るのが、俺の仕事だぜ。」

「ばか。そう言うんじゃないの。」

やがて夕日が水平線へと足を入れる。その沈む太陽の数倍、早く時間が進んでいる気がした。あっという間で、長かったこのロウリア戦。これで、大した時間稼ぎもさせないで済んだなら幸いだ。後ろの街を振り返る。そこに、死んだ英霊たちと、住民たちによる感謝の顔が張り付いていた気がした。自分の背後の太陽が、目の前にあるくらい長い時間をこのレティニエで過ごしたスタメナにとって、この夕日は単なる夕日とは思えなかったのである。

「ぼうっとしてないで一杯やったらどうなの?」

「あ、ああ。すまねえ。Egészségére。」

しかしその時、指揮官車に乗ってやってくるのが1人。

「あ、やべ副官」

「司令官んんんんんんん!なああああああぜこんな危険な事をしでかしてくれるのでしょおおおおおかああああああ!?」

「いやだアアアアアアアア助けてオルガああああああ!」

「僕に追いかけっこする体力はないね。」

喉にぐっとビールを流し込むオルガ。追いかける副官。この日、スタメナが得たのは勝利と名声だけじゃない。絆と自然。そして、守るべき人。今日の戦いを通して、彼は、強力でしかも大切な愛すべき親友を、3人得たのである。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか!よかった!」

ヴィクトルたちも時を同じくして、綺麗に整えられた部屋の中、ソファーに座って吉報を待っていた。ヤーノシュに至っては、その姿がまるで何か祈祷をしているようにも見えたと言う。ヴィクトルがカツカツ靴音を鳴らしながらシャンパンを無造作に持つ。

「俺たちの勝ちだ!」

「おう!」

「乾杯だヤーチンにヴィクトル!やったぜ。」

彼は綺麗な部屋の中に金色のシャンパンをぶち撒け始める。ソンバトヘイはそこをまるで滝を見るように、落ち着いて見ていた。一方ヤーノシュはそうではない。シャンパンファイトに進んで参加し、そしてロウリアの写しのような大量のにっくき書類に、そのシャンパンをぶち撒けてやった。その様子が、まるでビーナスが勝利に踊り水浴びをするように美しい。その子供のようなリアクションにソンバトヘイは苦笑してしまうが、この金色の驟雨という驟雨が、彼が大人であると言うことをしっかり示していた。

「全く、付いてけねえな。」

お祝いはするが、と一言付け加え、(暫定)翠星石と乾杯するソンバトヘイ。この、大人と子供のギャップに呆れる翠星石。

「全く、誰が片付けると思ってるですか。」

「俺だよ、オレオレ。」

「やめろ詐欺師。」

笑い声が響いた、甘く汚れながら綺麗な執務室の中。勝利の謳歌は続くのだった。




ここまで読んでいただきありがとうございます。
すげえ疲れるわ。これ。でもやり甲斐がすげえな。
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