タイトルがクソでかいフラグの気がしますが、気のせいだね!
第十三話 クリスマスまでには帰れるさ
クリスマスまでには帰れるさ。それは、その人が残した最後の言葉。重苦しい空気の中、国旗に包まれた最初の死者に、そっと花束が寄せられる。花の匂いが軽く一同の周りに漂った。死臭も、血の匂いもしない。静かな死という現実だけが、私たちに突きつけられた。兵士とか肩書はどうでもいい。ただ、1人の仲間の死というのが、こんなにもあっさりしているなんて。
彼は例の騎兵を討ち取った、負傷兵だった。集会場にあしらわれた、大きい鐘がかあんと鳴る。それに答えるように、青い空に再び静寂が訪れた。どういう顔をして、あの人たちに会えばいいんだろう。自分たちは、この偉大な英雄を殺してしまったのだ。それにせめてこの綺麗な花を手向けることしかできぬレーチェル。その自らの歯痒さに、透明色の涙を流すしかなかった。空は、あの時と同じく青い。
「………」
負傷兵アコスを眺めるレーチェル一同。後から気づいたように、1人、また1人とヘルメットを脱ぎ始めた。その目にはやはり悲しみが写っている。質素な木の棺と、花の香りに焼けた薬莢の匂い。彼が最後に嗅いだ匂いは、せめて後者の方であって欲しかった。どうしてだろう。どうしようもない涙が、気づけば溜まっていく。
「……この方、聞きましたよ。確かあのロウリアから、守ったって……」
市民の目にも涙が浮かぶ。人の死という絶対的なものと、感動と。そんなきっとぐちゃぐちゃに混乱した感情を持っているのだろう。僕らと同じように。その涙が棺にぽたりと落ちる。木の棺が、すこし濡れて黒く染まった。また、雨が降るようにぽたぽたと溢れる涙たち。その度に、彼の穏やかな顔と勇敢さがやたらと蘇ってきて、気づけば私はいつの間にか涙を落としていた。
「最後の最後まで、いい奴だったよ……アコス……」
彼が望んだ世界は、この炎が燃え盛る世の中じゃない。木々の騒めきがうるさくて。さんさんと照り映える太陽が眩しくて。金色に輝くのが弾丸でも砲弾でもなく、美しく艶やかな穀物で。そう考えるだけで、全員の目尻に熱い水が沸き、視界が掠めてきた。周りには、白い鳩が、その翼を羽ばたかせ青い空を巡っている。喉の奥が、ハバネロを飲んだみたいに熱くてもどかしい。人の死とは別の、しかし同じベクトルの悲しみが歩み寄ってきて。エルにとってもそれは同じだったのか。彼もまた、平生決して流さぬ涙を流しながら唇をくっと噛んでいた。そっと寄り添うように、その顔に白い布がかけられる。
「彼は、妻子がいるらしい。俺たちの負けだ。勝ったけど、負けたんだ。」
その意味を、みんなしっかりと胸の内に理解していた。この心持ちは、きっとこの場所にいなくちゃ分からない。それでも。それでもだ。
「ああ、俺たちの、負けだ。」
この戦いは、どうしてだろう。命という大きいものをもって大事なことを知った気がする。レーチェルの胸の内には、この戦いで何がいけなかったか。何が勝ったのか負けたのか。それをしっかり、真に理解していたのである。白い鳩は、まだその上を優しく飛んでいる。その羽が、あの白いベールにすとりと落ちる。とんだベールだな、とエルが泣きながら言い捨てた。涙が枯れそうなほど、みんな、泣いて泣いて。死んだ人なんて何人もいるはずなのに泣いて泣いて。
そこに、ハンガリーの旗に重ねてクワトイネのをもすっとかけてやるモイジ。冥土への道は、さぞ、寒かろう。そう言うが、そんなことを思っている人は誰もいない。ただ、そういう方法をとらねばどうしようもないほど悲しかったのだろう。
「……いいんです。ハンガリーとクワトイネは、勝ったのです。国として勝ったのです。」
女神パルテナのような優しい瞳でそう言うカナタ。その目にはもちろんあの涙が溜まっていた。この小さくて、大きな農業国の中、私は知った。この、悲しみと戦争の愚かしさを。その比喩が、きっとこの「葬式」なんじゃないか。そうだ。国として勝ったんだ。それでいい。これで、私たちがやれることが1つ増えた。出来ることはただ2つ。そっと花を手向けること、そして、国の勝利として語り継ぐこと。
「……申し訳ない…アコスさん……」
最初の犠牲者が送られると、青い空に黒い煙がもくもくと上がっている。白い鳩は、もう既に空から消えていた。
ヴィクトルは、雪のように白いベッドの上、高く登った太陽にきらりと照らされて目を覚ました。そっと、ベッドから起き上がると、昨日と同じスーツ姿。どうやらあのまま、相当長く寝ていたらしい。部屋を後にすると、ようやくこの場所がギイっと揺れていることに気が付いた。慌ててバランスを取り、どこか固定されたものに捕まるヴィクトル。どうしよう。嫌な予感しかしない。ここが何処なのか、この吐き気と揺れを以てして分かった気がする。
「おはようございますヴィクトル大統領、ソンバトヘイだよ!」
ドアを開けようと手を伸ばしたとき、そう言って向こうから開けるものだから驚いた。思わず飛び上がって、頭にたんこぶを作るところだったじゃないか。
「ああ、すみません。ここ、どこかわかります?」
「分かるよ多分船の上。それにいろいろ構造が古いからきっと……」
「おっと皆まで言うのはもったいない。」
「一撃殴っていいかい?…」
そしてがちゃりとドアを開けると、向こうには明るく水色の空。雲色のカモメが、機嫌良さそうに鳴いている。しかしヴィクトルは眉を寄せるばかりだ。その下は、もっともっと青い海だったのだ。そう、ここはロデニウス沖を超えた海上。磯の臭いがヴィクトルの鼻を抜けて、その顔にさらに皺を増やして行った。何故だろう、もうすぐ冬なのに妙に暖かい。
「やっぱりここはカイゼリン・エリザベートかよ。」
海水で、スケート場ほどツルツルになった甲板を、スーツ姿で歩くヴィクトル。どこもかしこも、綺麗にきらめく海と、潮の臭いばかり。いや、そんなことはいい。どうしてこんなことになったか聞かないと。
「なあソンバトヘイどうして俺たち船にいるの?しかも戦艦に。」
「防護巡洋艦な。そこんとこよろしく。」
「へいへい防護巡洋艦ね防護巡洋艦。」
ソンバトヘイが煙草を進めると、ヴィクトルは断った。もちろん、吸わないというのもあるが何より船酔いでただでさえ気持ち悪いのに、これ以上余計なものを入れたく無かったのだ。
「で、ここに居る理由は、アルタラス王国へ行くためだ。」
思わず飲んでいた水を吹き出すヴィクトル。確かにそういえば「プラセンタⅠ」の、いわば試写会としてこの国を利用する気ではいた。でも、あまりにも唐突すぎはしないか?
「大丈夫大丈夫!この、ハンガリーという国やたらフットワークが軽いからね。」
いや、それは作者が何をとち狂ったかこの小説をリアルタイム進行とかいう意味のわからないものにしたからだろ、とは言えず。
「さあさあ忙しい政治家さん。ご飯ですよ」
「おい今吐いたばっかりだろ。その目はどこに着いてる。」
「冗談じゃないね、俺はでんでん虫じゃあないよ。」
「こいつ何言ってるんだ。」
ため息をつきながら、ふわりと漂う甘い香りにむせるヴィクトル。いつもならきっとめちゃくちゃいい匂いなんだろうけど、今はちょっと嫌だ。申し訳ないけど、遅めの朝ごはんはパスさせてもらう。
「おい、お前今何時だと思ってる?」
「え、9時くらいじゃ」
「馬鹿が、もう12時だよぐははは」
「何がおかしい。」
それだけ言うとソンバトヘイは去っていく。ヴィクトルの眉間には眉が寄るばかりだった。海は嫌いだ。だって酔うから。
「見えてきましたよアルタラス王国!」
船員たちが興奮気味に甲板へと出てきた。その中には、リヒャルトの姿もある。ヴィクトルは、吐きそうなのを抑えながらもう一度深呼吸する。海の匂いが、鼻をすっと抜けて行った。
「リヒャルト艦長、ですか。ご無沙汰してます。」
「ああ、ヴィクトル大統領ですか。ところで、無知でお恥ずかしい限りですが、あれがアルタラス王国の船ですか?」
リヒャルトが指を指す方向には鵯上戸ほど赤いベースに、どす黒い地龍。金色のあしらわれた、あの旗はまさか。少なくともアルタラス王国のそれじゃあない。何故だろう。美しかった海が、また吐き気を催すような色に変わった気がする。ヴィクトルの鼻には、その海の臭いが通り過ぎて行った。
「いや……違うあの船は…!パーパルディア皇国の旗だ!」
なぜここに居るのだ、遠く離れ…てはないけど他国の船が。しかも、見るとまるで狼のように群れている。ということは艦隊か。
「どうしましょう、あれ。」
アルタラスには、とりあえず先に使者を送っておいた。だからこちらが来ることは承知している。でも、あの艦隊はどうなんだか。あんな船が来るなんて聞いてない。流石にアポくらいしてくれてもいいんじゃないか。
「艦長大変です。あれ、多分パーパルディアの観察軍です。しかも領海侵犯中。」
何故だろうとんでもなく面倒臭いにおいがする。確かに、ヴィクトルは言った。仮想敵と。だがそれにしたってあんまり早いんじゃないか。わざわざこの狼を怒らせる行動をしないが吉か?
「……攻撃する気がないうちには放っておく。」
「あっ攻撃しました」
「終わった。なあんでこっちの世界の人間は門前払いと先制攻撃がデフォルトなんだよおおおおおもおおおおおお!」
叫ぶソンバトヘイとリヒャルトだが、向こうはそれを知れず、黒色の砲弾をアルタラスの丘陵に向けて撃っていた。緑が裂けて、花が飛び上がる。その様子が海からでも見えていた。アルタラスとの戦争が、思ったより早いのかもしれない。しかし何故だろう。どうしてあんな何もないいわば「お花畑」に撃つのか。さすがにミスにしても、ズレすぎである。工場とかに撃つがいいだろう。
「……連中の手口だろうよ。ああやって、攻撃してパーパルディアの兵器の威力を誇示するんだ。」
「ひでえやっちゃ。まあ、見なかったことにするか。よし、警告するぜおめえら!」
「「「了解!」」」
合図をすると、メガホンを取り出し、一旦火を吹くのをやめた戦列艦に、ずんずんと近づいていく。その風に靡く旗は、今や赤白緑の旗。ハンガリーの代表として、堂々と海を白く切る女帝はついにその黒く煌く砲塔をならず者に向けた。しかしやはり、リヒャルトの胃袋は辛いものを食べたみたいにヒリヒリと痛んでいた。青く美しい海の上、悠々と行くその船はまるでかつてのヴェネツィア共和国のようで。本当に、リヒャルトの懐かしさを刺激してくれた。涙が溢れ出そうなのを堪えて、すっとメガホンを持ち、声を張り上げて戦列艦に告げる。
「こちらはハンガリー海軍である!貴艦はアルタラス王国の領海を侵犯している!繰り返す!貴艦隊は領海を侵犯している!」
反応はない。ただ、その返事とばかり白いマストをばっと張って、まるで軍艦鳥のような豪速で動き始める戦列艦。聞こえなかったのだろうか。一応世界共通語を電光掲示板に写したのだが。そう考えるリヒャルトの前に、あまりにも予想外な一撃が放たれた。艦砲弾は艶やかな魔光を帯びて、こちらに向かう。下には、波打つ瑠璃色の海。その時、リヒャルトはこの船が幽霊船のように、いや、それ以上に感ぜられたのである。
「い、いかん!」
しかしどうやら運がよかったみたいで、その黒い悪魔たちは水柱を上げて青い海へと落ちて行った。ここまでされ黙っているほど、リヒャルトは仏じゃない。
「……ヴィクトル大統領これは明白に攻撃を受けてますよねそうですよね」
「えっいやパーパルディア皇国と戦争する体力はな…」
「こ れ は 明 白 に 攻 撃 を 受 け て ま す よ ね ?」
「アッハイソウデス」
「よおしぽまいら!装填は済んだかぁ?」
「「「サーイエッサー!」」」
「よおし!それじゃあ装填手いいか?」
「勿論です艦長!」
「よおし!じゃヴィクトル大統領たち、甲板からとんずらこきますよーん」
「あれリヒャルトってこういうキャラだっけ……」
「細かいことはいい!さあ発射!」
その時甲板中にどんと衝撃が走り、主砲が赤く火を吹く。火薬の臭いが、甲板に充満した。そっと鼻を摘むヴィクトル。さっきまで当たり一面に漂っていたはずの、海の香りや酔いはもうどこにもない。ただ、この燃え盛る戦列艦と美しかったあの光景が、ぼうっと炎に包まれて溶けていく。音を立てて燃える中、木の片だけが、海にぷかぷか浮いていた。あの時の悠々した姿はもうない。ただ、燃える布たちだけた青い海の上、意気地なく生き残っていた。
「命中、命中!今回は調子いいですね?」
「ああ。何しろ、気分が上がってるからな。」
こんな、サファイアを散りばめたような海に、夢見た海賊船たちが沈んでいく。それはリヒャルトだけじゃない。それと、現実とが戦う虹色に輝く夢だ。リヒャルトの口がへの字から少しずつ緩む。さながら気分はピーターパンといった所。反対に、目の前には地獄のような光景が広がる。それでも諦める気がないのか、ぐっと白いマストをもう一度張り直す敵の艦隊。彼らにはもう、さっきの余裕はない。当然だ。さっきまで鹿くらいの物だと思っていたそれが、ぐあっと牙を剥いてきたのだ。狼は、今や狩られている。涙も血の一滴も、流さずに。海は相変わらずとても寒く、青い色をしていた。気づくと、海は綺麗になっていた。ただ、本当に元に戻ったのかは疑問だが。
「……プラセンタを使うまでなかったな。」
「ええ大統領。勿論です。プロですから。」
「やっぱりなんか変わったよなあ」
頭をばりばりとかくヴィクトル。しかしリヒャルトの目はずっとその海賊船へと向いていたのだ。そっと十字を切るリヒャルトとヴィクトル。きっとこの世界が祝福された世界なら。傷つけることも、傷つけられることもなかったのに。ヴィクトルは、敵と味方という運命をひどく恨めしく思い、また顔に皺を寄せた。でも、それはさっきの様に不機嫌じゃない。毎度のよう変わる海の色は、今度は深く悲しい藍色になっていた。そのまま船員たちが続いて十字を切り、最後敬礼する。ソンバトヘイも、同じ様にゆっくりと十字架を切った。そして、感化されたように敬礼をする。彼らは海賊船なんかじゃない。立派に戦った軍人だ。例えそれが悪法に基づく物でも。例えそれが歯が立たなくても。彼らは諦めなかった。彼らは軍人だったんだ。そんな当たり前の事を、ヴィクトルは怒りで見失っていたのだ。ヴィクトルは、決まりが悪そうに顔を沈めた。ソンバトヘイが、そっと手を添える。
「敬礼の一つでもしてあげよう。それが、俺たちのできることだ。」
ああ。ああ。そうだ。そうだな。ヴィクトルがもう一度、燃える船に向き直る。その勇敢な船は、未だ半分ほどが沈んだ、不恰好な姿で残喘を保っていた。ヴィクトルが、涙をぐっと堪えて敬礼をする。ここで泣いちゃいけない。泣くのは、自国民にとっても彼らにとっても望まれないことでしかないから。やがてデッキの上には、全員が並び立っていた。青い海が、相変わらず綺麗だ。その日、このパーパルディア軍人もまた軍人であると学んだ一同。彼らが敬礼をする理由は単に社交辞令でもない。ただ、その命の燃え方に感動をしたことこそが、この敬礼に詰まっているのだ。
「一同、敬礼!」
燃える船に敬礼をする全員。ヴィクトルの目は、何か覚悟の座った軍人のような目をしていた。ソンバトヘイがそれを見て少しだけ口元を緩める。その時。我々に別れを告げる如く最後の一隻が、ざばんと白波を立てて沈んで行った。妙に長くて、綺麗な時間だった。
「さあ、まだ仕事は終わっていない!いざアルタラスへ!」
戦いが一つ終わろうとする時、もう一つの戦いが、幕を開けようとしているのだった。
ここは、ロウリア王国の宮殿。パタジンと国王ハーク・ロウリア34世たちが、焦茶色の木机を囲む。蝋燭の火が、行燈のようにぼやっと辺りを照らす。それでもやっぱり暗いな、とパタジンは思った。でも、今はそんなことを言う暇はない。どうすればいいのだ。この、国王が行った作戦は蛇足どころじゃない。いや、勿論成功すればきっと稀代の名君になれたろうし成功する手立てがないこともなかった。ちゃんと、「ハンガリー」対策もした。しっかりと。しかしそれでもダメだったら、もう打つ手がない。あの時はっきり認めていれば良かったんだ。あの「ハンガリー」には勝てない、と。自殺行為の上陸も。首都の攻撃も。残ったのは、エジェイに閉じこもる敵の兵力と、我々の敗北だけじゃないか。しかし、そうは言えない。この国王も流石に眉間に皺を寄せて、こっちをぎらりと睨む。心なしか、その圧に蝋燭の火が揺らいだような気さえがした。
「………艦隊はほぼ全滅状態で連絡が取れず…ハンガリー上陸は失敗…制空権は完全に喪失…首都攻撃は失敗…ハンガリー艦隊へのワイバーンでの攻撃は、先読みされたのか軍港に船は一隻もなく、ただエアカバーを薄くしただけ……どういうことだこれは!!リスキーな作戦といえ、いくらなんでもあまりに酷い為体だ!」
いや、あんたの作戦だよ。と、言いたい気持ちをぐっと堪えて一行は押し黙った。しかし、王の言うことも一理あるなと思ったパタジン。いくらなんでも、こんなに強いなんて。自殺覚悟の作戦とはいえ、ここまでぼこぼこにやられるのはおかしい。勿論格上だということを加味しても、その損害数が余りに多いからどうもパタジンも信じられないのだ。だが、それでも分かることはある。
「……我々は、とんでもない国に喧嘩を売ってしまった……少なくとも、奴らはどうあれ我々より格上だ!」
パタジンが机をどんっと叩く。地図と兵士を模した模型が、くらりと揺れた。連動するようにちかちかと蝋燭が揺れる。ハークは、何も言わずにその様子を見守っていた。ただ、怪訝な顔をして地図を眺めながら。
「……残存した戦力を全て国内へと集めよ。最後の防衛をする。だが、これは余の責任だ。」
パタジンがはっと振り返った。まさか、この国王は最後の最後、全てを賭けた作戦を実行したのはまさか。
「いけません国王陛下!そんな事をしては国王陛下が!」
「良いのだ。もし首都防衛が失敗したら、貴様らは、無能たる我を突き出し降伏するが良い。」
ハークはタバコのように、白くて深いため息をつく。この国王がやっていたことは、ある意味正解だった。作戦が成功すれば大逆転勝利。負ければ、この無茶な作戦を立案した自分に全責任を被せて我々は逃げ仰ることができる。これが、ハークの狙い。このいわば玉虫色のあらましは、最初からどう転ぼうが彼の思い通りだったのである。リスクすら、自分の犠牲で相殺する。この国王に、主人であることも忘れてパタジンはぞっとするのだった。
「……とにかく、これからは守勢となるだろう。本土防衛騎士団に命じよ!一歩たりとも、この地にハンガリー軍を入れるなと!国民は、この国が滅ぼうと生きながらえるのだ。強姦も略奪も、させてたまらん。」
パタジンは、暗い部屋の中涙を拭く。誰も、この「無能」を攻めようとはしない。ただ、またあの時のヴィクトルが目をして、全員が地図を眺めた。地の利は人の和に如かず。奴らがそういう奴だと言う事を嫌と言うほど知った。パタジンたちがまた、模型を並べ直す。
「国王陛下、何なりと。」
そうして、作戦の準備が整うと決まりが悪そうにパタジンが問いただす。その目に、もはや迷いはない。
「……総力を上げて守れ。以上だ。」
蝋燭の火が、またふっと揺らいだ気がした。
アルタラス王国に着いた一行は、その静けさにまず驚かされた。なんというか、どこもかしこも閑古鳥が鳴いている。本当にそんな感じ。あんな事があればそりゃ当然だな、と思うヴィクトル。しかし、その艦隊が絶えてからも出てこないのはちょっとおかしかった。この、戦列艦が関の山とも言える環境なら、物珍しさから見にきてもおかしくないのに。
「おーーい誰かいませんかああああ?」
「やめとけヴィクトル。」
勿論、大きい声を出すと近所迷惑というのもある。しかし何というか、ソンバトヘイはそこはかとなく嫌な予感というのを感じ取っていた。ほら、そこの建物の影。そこから刺股を持った村人が、「おっぱいのペラペラソース!」なんて言って飛び出して来たりして。
「あのな、古いぜソンバトヘイ。」
誤魔化す様ににこっとするソンバトヘイだが、問題はそこじゃあない。
「私たちは、ハンガリーの者です!パーパルディアではございません!」
すると、次第にこのかちこちに凍った街から、人がそっと1人、2人と出て来た。皆、何か武器を持っている。そこへ現れる豪華な服装に包まれた男。とは言っても、キラキラとして眩しいんじゃあない。何というか、品位のある格好にヴィクトルは好感がとても持てた。あのパーパルディアとは、対象的だな。そう思うヴィクトルは、まずその男に頭を下げる。
「ご、ご機嫌麗しゅうございます。アルタラス王国の皆様。私は、ハンガリー大統領のキラーイ・ヴィクトルと申します。」
するとその品のいい男は、そっと手を差し伸べながら答えた。
「おお、これは光栄だ。私はこのアルタラス王国の国王、ターラ14世といいます。飛んだ無礼を働いた事、申し訳ない。ようこそアルタラス王国へ。あの戦いっぷり、しかと見ておりましたよ。」
ぐっと手を握り、代わる代わる握手を交わすヴィクトルとソンバトヘイ。その手についた傷の、なんと多いことか。きっとこの傷は、何か善良なことに手をたくさん使ったからついたのだろう。
「して、今回はどのような用事で?」
敢えてもったいぶるターラに、ヴィクトルは少し苦笑した。きっと、向こうの策略ならパーパルディアから守ってくれと言いたいのだろうけど、自分からじゃなくてこっちから言う体にして欲しい、という婉曲的なメッセージなんだろう。
「はい。我が国は、貴国と国交と、同盟を結びたく存じ、参りました。引いては、インフラや武器、駐在員の許可をお願いしたいと考えております次第です。」
「いやいや、勿論歓迎だよ。さあさあ、さっさと済ませましょう。」
やっぱりそういうことだろう。と、思いソンバトヘイを見るとやはり苦笑い。そりゃあそうだ。恐ろしいパーパルディアにこれだけワンサイドゲームを仕掛けて、あまつさえ対等に接している。食い気味になるのも無理はない。
「……ところでですが、先程の艦隊は?一応、確認をしておきたいのです。」
するとターラの顔がわかりやすく暗くなった。彼はその面持ちのまま続ける。城へと続く馬車の中、話を続けることになった。
「……あれは、彼の暴虐無尽なパーパルディア皇国の船です。列強第4位に数えられる列強国。そして、第三文明圏唯一の列強です。」
彼は聞いた。その、卑劣極まる所業の数々を。植民地支配、強奪、理不尽な要求。ヴィクトルとソンバトヘイの頭には、その怒りの業火がよく感じられた。なぜか、目の前でその炎が燃え上がっている気さえもする。そして、この国もまたその被害者の1人であると知ったのだ。彼らが要求されたのは、鉱山と王女。しかも後者は完全に好みだというから酷い。ヴィクトルの心の中で、再び怒りの葡萄が実るのを感じた。だめだ、だめだ。と、自分自身を振り払うヴィクトル。カタカタと揺れる馬車の中、またヴィクトルにとって辛い時間が始まった。外の景色は、相変わらずしいんとしていて。そして、和やかで。そこからは殆ど耳に入っていない。
「……文明圏外であれば、何をしても良いと奴らは思っています!お願いです!あの悪魔から、我々を助け出してください!」
文字通り泣き縋るターラに、また困った顔をするヴィクトルとソンバトヘイ。俺たちは、何だ。神か救世主と同類に思われてるのか。でも正直パーパルディアと喧嘩するのはごめんだし、どうしようかと目配せするヴィクトル。それが途轍もなく面倒くさい物だと知っているソンバトヘイは、わざと目を逸らして口笛を吹いてみせた。
「……ま、まあまあ顔を上げてください国王陛下。一旦、食事にでも致しましょう。食べ物の他にも、さまざまなお土産を持って参りました。」
驚いた顔をするターラ。弱みを完全に握らせたのに、この対応。いかん。より神格化が進んでしまう。どうするんだよ。当たり前の対応を見せるだけで優しいと思われるなんて、ちょっとこの世界に不本意さを感じたヴィクトルだった。
「え、ええ!?よ、要求は!?何もなさらないのですか!?」
「え?あ、ああ……石炭をちょーっとばかり頂ければ……」
ちょっと待ってくれ、これもいけない。ターラが何かこう、詐欺の様なものを疑い始めた。ソンバトヘイは相変わらず目を逸らしている。あいつ、船に戻ったら酷い目だな。
「えっと、その、宮殿にまもなく到着します。そこで、懇談会と行きましょう。」
所変わって宮殿。一通りの歓迎を受けたあと、大理石に敷かれたカーペットを上る。その道を国王より先に行かせられるヴィクトル。ヴィクトルは、また苦笑するしかなかった。というか、今日はずっと苦笑している。どうして国王が先に行かないんだよ本当の話。警備員に連れられるがまま、すたすたと歩く一行。対して歩く暇もなく、ヴィクトルとソンバトヘイは白いテーブルに座らされた。そしてあれよと言ううち自分の顔が映るほど銀色に磨かれた皿が置かれる。このままでは、外交の場ではなく、歓迎会だ。いや、まあ歓迎会で間違いはないんだろうけど。ソンバトヘイは相変わらず目を合わせない。しかし、国王が来るのを見計らい、ソンバトヘイがやっと動いた。やればできるじゃないか。こいつめ。
「ああ、そうそう。そうでしたターラ国王。私、ソンバトヘイが直々に腕を振るいまして、このポガーチャを持って参りました。」
ポガーチャは、ハンガリーで食べられる小さなパンのこと。このパンが本当に美味い。ヴィクトルはソンバトヘイに、なぜという視線を向けるがまた目を逸らしやがった。
「おお、これは美味いパンですな。それに油が多い。兵士の糧食として適切なものでしょう。」
「仰る通り、これはかつて兵糧丸としても使われていた物です。」
ソンバトヘイは、やっぱりやり手だなと思うヴィクトル。そこからは、真っ赤なスープだの、でかい肉だのをいただいて一通りの食事が終わる。勿論その間の会話もとても弾んだ。ソンバトヘイは、彼の趣味であるサーベルについて話したり、魔石について聞いたり、国の生い立ちだったり……もうそれは外交が要らないほどの事を話してくれた。このソンバトヘイという男、ヴィクトルを犬と例えるならこいつは猫だ。誰でも手懐けて、会話術を駆使し外交を有利に導く。ナプキンで口を拭くソンバトヘイを見るあたり、どうやら遠慮なく頂いたらしい。言わば、こいつは遠慮なく頂きながらも色々説明したんだ。並の対応力じゃあない。
「ところで、そろそろお土産のお披露目といきましょうか?一応、武器があります。」
「おお、丁度いい。それでは、中庭へ向かいましょう。軍事関係のことでしたら、そちらでやるがいいでしょう。」
まるでヴィクトルを置き去りにする様に、中庭へと向かう二人。何だろう。とても疎遠感を感じる。あの二人だけなんて言うか、こう、肩組んで飲みに行くサラリーマンみたいな関係に見えて仕方がない。外からぶわっと風が吹き込んでくる。風が、ヴィクトルの心の琴線をそっと撫でて行った。その、緑色にざわめく小さな平原にあるのは、古い鎧たち。その懐かしくも優しい光景がヴィクトルの心を癒してくれた。すっと息を吸い、深呼吸をするヴィクトル。暫く海の匂いばかりで、まるで塩漬けになりそうだった肺に、緑の空気が充満した。空気が美味い。風がまたヴィクトルの肌をそっと撫でる。ヴィクトルは、思わずふっと吹き出して、口をくしゃりと歪めてみせた。子どもの頃、とっくに失ったはずの気持ちが、この庭で蘇ってきたのである。
「おおい、待ってくださいよお!」
子供の様に中庭に駆けるヴィクトル。それを見たソンバトヘイとターラは思わず笑ってしまった。だって風のせいで、髪がボサボサなんだから。
「ぶはは!お前その髪の毛、ニワトリかよ!」
「あっははははは!いやあ、これはまたおかしいですなあ!」
その後、この空気がぶち壊しになるとも知れず、ヴィクトルはソンバトヘイの元へと辿り着く。
「では、お待ちかねのお土産。まずこれです。」
取り出したのはCz75。チェコスロバキアの拳銃だ。その、艶々と煌めく黒さに思わず魅了されるターラ。しかし、真骨頂はこれから。それをヴィクトルは、鎧に向けて構えてみせた。その姿が格好いいのか、ターラから褒め言葉が聞こえる。
「これは、我が国の武器です。これを我が国の兵士は、最低一人一丁は携帯しております。」
そう言うとヴィクトルは引き金を素早く引いた。目の前の、黒い鎧にすぱんと穴が開く。続いて、隣の鎧、また隣の鎧と立て続けの撃つヴィクトル。ターラは言わば、空いた口が塞がらない、と言った状況だった。
「それだけではございませんよ。このサーベルも、どうぞご自身でお試しください。」
試しにと、黄色く干された藁を斬るターラ。すると、特に苦戦することもなく的が半分になる。この切れ味に、ターラは先程のような驚いた顔をする。ターラは少なくとも、このアルタラスにとって絶対に必要な存在だと思った。ハンガリーという国は、この感じどうやらパーパルディアとはやりたくないらしい。あれだけの軍事力があれば、パーパルディアも一捻りだろうに。ただ、我が国は違う。そのハンガリーに、とにかくどうにでもしてキャリーして頂かねば。それこそが、ターラの考えているゴールドマップだったし、策略だった。ターラが、呆気に取られたようにへにゃりと座り込む。そこへ、ぱさっと落ちる藁の片割れ。緑色の草花が、へたり込まれて潰れていた。
「大丈夫ですか国王陛下!」
いや、大丈夫だ。大丈夫なんだけど大丈夫ではないかもしれない。ここまでとは、よもや思うまい。しかもまだ「お土産」が残っているそうじゃないか。そのお土産を、もう見る気はさらさらないけど、それでも見たいと思ってしまう。この、ハンガリーに最も近づけるから。
「……ああ。すまない。それで、最後のお土産というのは。」
「……ああ、それはですね。こいつですよ。」
ヴィクトルが合図をすると、ゆっくり、慎重に太った豚ほどの大きさの箱が持ち出される。それが3つ、木箱に入れられて並んでいた。
「1つはコンパウンドボウ。我が国の物理学に沿って作った、最も強力な弓矢です。しかしメインはこれではありません。そう、これこそがパーパルディアを滅するための兵器。」
ああ、やはりそうだったのか。と、ターラは気づいた。何故、こうまでしてアルタラスにオブセッションするのか。その答えは、ここにあった。やっぱり、我が国に合う以前より、あの狼どもを知っていたのだ。駆除しあぐねた奴らは、次に襲うであろう羊を探して強化する。そうすれば、100倍楽に戦えると言う算段だ。早い話言ってしまえば、代理戦争。いや、ちょっと語弊があるだろうか。兎に角、似た様な感じである。特に、我が国の魔石に言及しないあたり、この国は科学文明。アルタラスの常識は通用しない。この、剽軽者たるソンバトヘイという役者とヴィクトルという監督は、実に見事だった。俺から、何か弱みを聞き出すためにここまでするとは。ターラは、別に反駁する気はないが一旦邪推をしてみる。そうすることで、本質を見ることができることもあるから。多少申し訳ないとは思うがこれは向こうの失敗だからと、自己弁明をするターラであった。
「さて、こちらでございます!我が国の爆弾、『プラセンタN』です!」
これは、言ってしまうと試作段階で作ったものの余り物。ただし、勿論威力に関しては遺憾無く発揮できるし、範囲はちょっと狭いし使い勝手も悪いが、パーパルディア程度にはよく効くだろう。
「この爆弾は、中に多くの小型爆弾が仕掛けられています。この、射出装置を用いて発射してください。」
二つ目の箱も同じく白い布が剥がされ、中身が露出した。そこには、この庭と全く違うおどろおどろしい緑が鎮座していたのである。
「こ、これはどのような兵器ですか?」
「はい。発射後、この大きな爆弾が裂けて、中から無数の爆弾が飛び出し広範囲を爆撃する兵器です。近々、ロウリアで使うでしょう。」
ヴィクトルの説明が終わると、ターラは冷や汗を掻きながら言った。
「驚いた。ここまでハンガリーが凄いとは。」
「ええ。勿論ですよ。パーパルディアの好きにはさせない。それだけはお約束します。」
「それでは、手続き等のため、明日も残っては如何かなヴィクトル大統領。丁度、軍事訓練もある。」
「では、お言葉に甘えて。そうだ。ここの防衛隊として、戦果を上げたレティニエ民兵団とスタメナ率いる自走砲中隊を送る案もありますよ。」
「よく分かりませんが、同盟国ですからどうぞ、援軍は大歓迎です。」
そうして中庭を出ていくヴィクトルとターラ。空には青い幽天が広がっている。緑の芝生は、青空に照らされて機嫌良さそうに揺れていた。
「あ、おい、このソンバトヘイ大臣を置いてくんじゃないよ!」
さっきのヴィクトルのように駆けるソンバトヘイ。アルタラス王国での外交は、まだ始まったばかり。そして、だんだんと近づく恐ろしい影。言わば、ハンガリーに忍び寄る足音が鎧混じりの足跡から、軍靴の音へと変わっただけだった。それに気付いていながらも、ヴィクトルはまだ表舞台では動かない。何故ならば、なるべくその影を怒らせたくないから。
そうして昼下がりの宮殿を後にして行った。その出口には、ハンガリーとアルタラスの旗が、重ね、交わって置いてあったのである。
如何でしたか?
次回から、プラセンタⅠの実戦投入(ロウリア戦)と、オルガ率いるレティニエ民兵団とスタメナ率いる自走砲中隊を描いていきます。まあ、言わばもう既に主役をパーパルディアに奪われつつあるんですよね、ロウリアって。可哀想に。ちなみにポガーチャはガチでどこでも売ってます。何処のでもハズレはないです、正直。安いので4〜10個くらいは買って貪り食いましょう。うん、おいしい!!
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それでは次回もお楽しみに!
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