イシュトヴァーンよ永遠なれ   作:デブレツェン

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どうもこんにちはデブレツェンです。すっかり寒くなりましたね、もうクリスマスシーズンですよ。

UAがついに5000を突破しました。お気に入り登録14も、ありがとうございます!高評価も頂けて幸いです。

これからはズバリ!パーパルディアが主役でしょう!ちなみにダブルヘイクというのは、「二脚式火縄銃」のことです。射程はまあ、現代技術あるからパーパルディアよりマシですが威力はうん。

それではどうぞ、十八話です。




第十八話 戦争への道

「ああ〜疲れた……」

埃だらけで黄ばんだ粗末なベッドに、うつ伏せに横たわるマーサ。窓からは、もう日はさしてこない。今日はもう休んで良いだろうか。技術に差があるとは言え、敵陣のど真ん中で情報を堂々盗んでいるんだ。精神的に来るものだってある。

「マーサお疲れ〜!今日はご飯奢るよ?」

マーサは馴れ馴れしく肩を揉んでくる手を振り払って言った。本人は善意でやってるのはわかってる。それでも、やっぱり人の金を盗んで食うのは癪だ。相手が例え、敵であっても。だってやってることはただの泥棒じゃないか。そんな変な生き方は、したくない。

「情報泥棒がな〜に今更格好つけてるのよ。さ、食べたいもの言って。それに、全部が全部盗んだものって訳でもない。ちゃんと資金も使うわよ。あと、パーパルディア皇国の調査って、庶民の生活や物価の把握も含むのよ。それも私たちの仕事なんだからね!」

やっぱこの人のテンションついていけない。どうしよう、本当に疲れているのに。私をまるで、ケージから引き摺り出すみたいにこっちに連れて行くのだ。

「……まあそれならいいか。何か適当に食べよう。」

「そう来なくちゃ!可愛い弟子のお願いだもんね、」

ああそういう事か。この人やっぱり私のお願いってことにして美味い飯食いたいだけじゃないか。私をそういう欲望のダシにするのは本当やめていただきたいものだよ。まあ、悪い気はしないけど。

そうして石造りの建物を抜けると、まだやっぱり明るい。日は西に傾いても、まだここまで暑いんだなと思ったマーサ。夜は、まだ遠い。

「じゃあ、何処かで適当にひっかける?私の匙加減で。もちろん、庶民の生活水準を調べるのも仕事の内よ仕事のうち。」

貴女仕事を隠れ蓑にして引っ掛けたいだけなのバレバレですよ。と、言いたいところだけどまた良い様に丸め込まれる気がしたので、やめた。外に出ると、やっぱり冬の小嵐がぴゅうぴゅう吹き付ける。それでも、誰も寒い思いをしてなさそうなあたり、列強だなと思ったマーサ。頬が赤く染まるのも知れず、黒いブーツをかつかつと鳴らす。空高く飛ぶ白い鳩を見て、思わず苦笑してしまった2人。だってこんなにガッツリ、戦いを仕掛ける気でいるのにおかしくって。

とにかく私たちは、どこかこじんまりした酒場で夕食を取ることにした。からん、ころんと小さな音が響く。中は意外と空いていて、どこか寂しいけど暖かい雰囲気が漂っていた。そして、かわいい木の机に腰掛ける。ちなみに水は出ない。というか、海外ではレストランで水が出ないのが普通だ。この国も例外じゃないらしい。まあ、エブリンとマーサには慣れっこだが。

「いらっしゃいませ。何にします?」

「まだ考えているの。取り敢えず、2つビールを貰える?」

「かしこまりました。」

やっぱり、こういう近代的な格好だからか。上位列強の者だと思われてるらしい。いや、それとも単に客だからだろうか。まあ、どちらでも構わないが。

「で?マーサ。ちょっとはいい男でも見つけた?」

「セクハラですよ今時そういうの。」

流石に、この人を調子に乗らせちゃいけないな、と思ってついに文句を言い始めたマーサ。だがエブリンは続ける。

「だってね、いつまでもこんな仕事するわけに行かないでしょう?いつかちゃんと辞めてしまいましょうよ。結婚を機に。」

「そう言って結局今の今まで貰ってもらえなかった貴女が言っても説得力な…いてっ!」

「そういうのは禁句よ?」

ああだめだ。口は災いの元って本当その通りだ。エブリンは笑っているが、その目は全然笑っていない。

「……ご注文のビールです。お客さんたち、ムーからかい?何の仕事してるんだ?」

いきなり明るくて砕けた態度になった店主に驚くマーサ。だが、エブリンは動じない。本当、こういう所があるからついて行きたいと思うんだ。

「納棺師よ。いろいろ考えさせられる仕事だから。この子火夫なの。」

「ああ……そうだな。」

もちろんそんなの出まかせだ。これだって、1つテンプレートとして覚えさせられる物語。

「この子、いい相手が見つからなくてピリピリしてるのよ。」

「怒りますよそろそろ。」

眉を顰めるマーサと、それに懲りずにまだ顔いっぱい笑うエブリン。なんと言うか、どっちもどっちだなと思う店主だった。とりあえず、いつも庶民や雑兵が食べているような食い物を頼んだエブリン。焼いた肉を頼むと、店主はまた苦笑したという。隣の火夫が野菜やらスープを頼む前で、こんな事をするなんて残酷だと思ったからだ。ちなみにだが、もちろんそういう筋書き。

「……本部からの連絡は?」

「やあねえ、またお客さんだって。」

こうやって含みのある会話をして何年経っただろうか。つまりは、また敵が出てきたらしい。仕事は仕事。だが面倒ばかり回ってくるのはごめんだ。今度は、海軍基地と空軍基地の位置を把握しろと言うらしい。スパイはスーパーマンじゃないんだよ。

「……食べ終わったら行きましょう、次の場所は決まったわ。」

エブリンはコップを少しだけつまらなそうに回しながら言った。エブリンも私も、コップの中身は一向に減っていない。もちろんそうだ。多分もう察知されている。今日を少し豪華に飾ろうとしたのは、その記念か。

「宿は引き払っておきます。」

「ええ、そうして。」

次の場所ではどうするべきか。もっとコソコソするか、それとも大胆に動いてしまおうか。

「私はもっと大胆に動こうと思う。返り討ちにできるでしょう、多分。」

「舐めすぎですよ。きっと、向こうもそういう訓練を受けてます。」

それに敵は諜報員だけじゃない。うろつく皇国兵、歩く市民。その全てが言わば私たちを冷ややかに見守る目玉なんだ。さっき皇国兵とすれ違ったあの時。あの時でさえ私は冷や汗を流しかけたのを忘れていない。

「ええもちろん。上手と戦うのはやめましょう。」

「全く、情報泥棒って楽じゃないですね。やり甲斐もないし。あの時私があんな事をしな……いいえ、やっぱりいいです。」

「そうね……貴女もいろいろ大変だったもの。」

エブリンは少しだけ顔を落として、考え込むように黙った。一間開けた後、さっきみたいに笑って見せる。

「でもねマーサ。」

エブリンはその黒い手袋で私の手を包む。冷たく凍てついた手に、暖かい温もりがじわじわと染み込んでいった。懐かしい、かつて私が子供だった時みたいな温もり。それに頬を少しだけ色付けてしまう私だった。

「私たちに限らず、人生には大胆に踏み込まないといけない道もある。そうして失敗した、落ちた人ももちろんいる。私みたいに、ね。でもその人をバカにしちゃいけないのよ。だって……」

もう一度、頬を紅潮させて言うエブリン。その瞳に、迷いは全く写っていない。なんて、綺麗な眼なんだろう。これが、スパイなのか。それともこれだって演技なのか。何が何だかもう分からない。

「……貴女は、何処が落とし穴かをしっかり分かっている人でしょう?私もそう。だから落とし穴の場所を教えてあげるの。それも、国っていうとっても大きいものに、ね。」

エブリンが私を包む手が、だんだん柔らかく優しくなるのを感じる。暖かい料理が目の前に置かれてようやく手を離してくれた。

「さ、食べちゃおう?私たちの未来に乾杯。」

私は手の温もりの余韻を噛み締めながら、心の中で乾杯をした。妙に長い時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスマーケットからちょっと前の出来事。スタメナはレティニエの海を見て佇む。まるでこの国は、戦争への道をどんどん登っている気がしてならないな、と思った。もちろん、そこを登れとせかす奴が悪い。まして、登らねえと殺す、みたいな無茶な内容を突きつけられたのなら尚更。

「……不快の極みだよ、本当。」

せっかくの日曜日が明けたと思えばこれだ。次にはきっと出撃だから、準備をしておけだって。頭が割れてしまいそうだよ。

「で、ぶうたれていると。ほら水。」

「サンキュー……」

きらきらと、この海と同じように輝くガラスを傾ける。スタメナの口に、懐かしい味の水が広がっていった。冷たい、そして柔らかい。欧州の水は、だいたい硬い水だからきっとこれは何処かから持ってきたんだろう。

「……どう、驚いた?これ。」

「軟水だな。でも、ふるさとのとは違う。」

スタメナは何か怪しむように冷たい水瓶をじっと見つめた。その水が、一体何処から来たのか。それだけが気になってしょうがない。

「これはアルタラスの物だよ。」

オルガがスタメナに手を携えて言った。冷たい風が、コートの間を縫うように抜けて行く。

「美味しいだろう?なあ、それがもし目の前にあるなら飲みたいと思う?」

「思うな。絶対に。」

スタメナは腕を組んだまま答えた。オルガがぱっと振り向いて言い正す。まるで、何か儀式をするみたいに真剣に。

「じゃあさ、僕たちは人間様の口に入りに行くべきなんだよ。変な例えだけど、ごめんね。だって、僕らはただの水じゃないか。そこにあるだけで、死んで、また何かに生まれ変わって、また死ぬ。水と変わらないさ。どんなに美味しい水でも誰も価値に気付いてくれない。ならばいっそ……」

一度だけ、この白い砂浜と青い海に静寂が訪れた。暖かかった日がだんだん沈むのを感じる。まるで、スタメナの心のように。

「いっそ、さ。不思議の国のアリスみたいに、『私をお飲み』って態度で居ればいいと思うんだ。私たちはそうやって、飲まれにいくだけ。だからいいの。別に、この戦争がどうあろうと。」

オルガがいい終わると、スタメナが深くため息を溢した。呆れたんじゃない。感嘆したんじゃない。ただ、タバコも吸ってないはずなのにその息がとても白く深くて。

「……水は、流れている。もしくはそこでずっと凪いでいる。君はどうだい。自由に陸地を這い、泳ぎ回り、走り続ける流水であるのと、ただ飲み物としての価値を見出されて自由さを殺すのと。」 

やがてスタメナがゆっくりと夕日の方向を向く。そこには、呆気からんとした態度のオルガが居た。自分もあったな、こんな時期が。

「……私は前者でありたい。それが私が戦争に反対する理由だ。」

ぽんとオルガの頭に手を置くと、大きなコートをまるで引き摺るように歩き出すスタメナ。水の入った瓶は、もうその手にはない。ただ、からころと冬の木枯らしに揺られて音を鳴らすばかりだった。

「……なら、なんで貴方は軍人に?」

軍隊での癖だろうか。わざわざ回れ右を正確にしてこっちに向き直る彼が居た。彼は、ちょっとだけ寂しそうな顔をして言う。まるで、「皆まで言わせないでくれ」と言わんばかりに、困った顔をして。

「……さあな、何でだろうな。」

バカだったな、とオルガは自責の念に駆られた。彼もまた、ちゃんと自由に生きたかったのだ。私は志願者。彼も志願者。でも、戦争への志願者じゃない。それでも、戦うべき運命がある。ならば、どうして人は戦うのか。そこまで遡っちゃあ、もうダメだな。

「……星でも見ようか。蠍座が綺麗に見えるよ。」

「おいおい、忘れたのか?」

「ああ、僕としたことがうっかりしてたよ。世界が変わったんだった。」

一番星のやっと輝いてきた空に、手を仰ぐ2人。2人にとって、軍務とは何か。今は分からなくていい。だが、いつかは分かっていたいものだ。空には紫が広がり、月星が輝き始める。そこに、蠍座も大三角も描かれることは、ついぞ無かった。

「さあ、何だかくさくさして来た。キャッチボールでもしようぜ。」

こうして2人の軍人は黄昏時の海岸を登って行くのだった。ゆっくり、ゆっくりと。

 

 

 

 

 

 

クリスマスマーケットに行っている間のこと。明るい静かな部屋の中ヘッペシュは椅子に深く腰をかける。そして、久しぶりに出会う書類を眺めていた。最近は空ばかりだったから。まるで霜焼けのように冷たい空気の中、ヘッペシュは透明なメガネをかける。

クリスマスはもう近い。何だか緑や赤、白なんかで彩られた部屋が余計喧しく見えてしまった。なんというか、もう少しあたたかい色を出して欲しい。だって、こんなに寒いのだから。余計に寒くしたってどうする。と、そう思う自分も居れば他の自分もいる。全く、不思議な者だな。クリスマスというのは。

「おい、これどういうことだい。」

だが、せっかく掛けたメガネはすぐに外すこととなった。もちろん、吐息に曇って見えにくくなったわけじゃない。かと言って、壊れた訳じゃない。彼はその目に映るものが、どうしても信じられなかった。いわば、文字通り「目を疑った」のだ。

「こ、こんなこと出来ると思うなよこの野郎!」

ヘッペシュが叫ぶ先には、いつの間にやらひょこっと現れた(暫定)翠星石。そいつは、知らんふりをするみたいに口笛を吹かせているが、そんなことは通用しない。

「いやあ、でも?この予算案はもう大統領も目を通しているですよ?いい反応をしてましたし。」

「ヴィクトルぅ!あいつううう!」

だとしてもこんな、哨戒艇5隻とフリゲート1隻の増産計画なんざ無理だ。陸軍は、一応充実してる。が、それも別に非の打ち所がないというわけじゃない。何より、何処からその金が湧いてくるというんだ。

「ああ、お金はロウリアの船を売り捌いて手に入れるです。」

なるほどなるほど。取らぬ狸の皮算用とはこういうことだな。ヘッペシュは頭を抱えて、机に突っ伏した。ステンドグラスの光がちょっと減っている。もう、着実に日が暮れているのだな。

「いいかこの野郎分かってるのか。買い手は一体何処にいる?」

「1つはアルタラスです。もう一つは、これはまだ構想段階ですが……」

少し恐縮そうにする(暫定)翠星石。その様子を見て、ヘッペシュの眉は余計八の字に寄るばかりだ。

「……もう一つはフェン王国です。こちらもまた、理不尽な要求を突きつけられているです。」

「なるほど?」

何しろ聞いた話によると、どうやらそのフェンには木がしこたま生えているそうだ。それも、建材だったり船にむいてるような。そういえば、パーパルディアの主力は戦列艦と聞いた。ならばそこを狙ったのやも知れない。もちろん仮説に過ぎないし、フェンとも話は付いていない。まして、どこにあるのか、全てが不透明な情報なのだ。あんな事を言っておきながら、少し情けない。そう思ったのか、ヘッペシュはバツが悪そうに笑った。

「……で、そのフェンはこれを2000隻買う金があるのかね?」

「ないです。ですから、運輸会社を設立して、シャークン含め様々な元軍人を雇います。」

なるほどそういうことか。負けたロウリアは膨大な軍を持て余すだろう。そうすれば、自然と軍縮に向かう。そうしてできた言わば大量のニートを、雇い入れることができると。またそれで、石油輸送と武器・商品輸送、船団護衛をしたりして小銭を稼ぐ。石油のために払った金は、その会社から税金か何かの体で巻き上げるわけか。

「一応、特殊賠償金とか、奉納金とか。何か、そういうのを考えるです。」

「まあ、どうにかして金は巻き上げようか。売上金が1番手っ取り早いと思うが。」

それでも、裕福なうちは特に文句を言うまい。まして、スポンサーはこの戦勝国なのだから。スポンサーに金を払うのは、ちょっと変かもしれないが細かいことはいい。

「……まあ発案者は粗方リヒャルト司令だろうな。」

あの海軍狂いめ、今度は何だ。海軍機を作れとか言い始めるのだろうか。そう思うだけで頭が痛い。そうしてまた頭を抱えるヘッペシュだった。外では、まだ風が吹いている。ちょうど、日が暮れたころだった。

「てゆーか何だよ。しかも魚雷まで作れというのか!金も技術もナイ!」

「技術はあるですよ。ハンガリーってそういう産業、ちょっとだけやってるのです。まあ、EU内で分担するですから、一部部品ですが。」

「ですですうるせええええええ!」

ヘッペシュがまるで怪物に変貌するみたいに怒りを爆発させてしまった。どうしよう。鉄道もバスも破壊せんとばかりの勢いだ。ましてや兵器を作ってくださいなんて口が裂けても言えない。

「とにかく………今の状況をまとめてみるです!」

「あ、ああ……そうだな。」

ちょっと落ち着いたのか、少し静かになったヘッペシュがクールダウンしてまた紙に向かう。こんな感じに纏まった。

 

・哨戒艇5隻とフリゲート1隻、できれば海軍機の増産

・石油問題

・ロウリアでの運輸会社設営

・アルタラス王国もしくはフェン王国へのガレー船の輸出

・そのフェン王国への使者の派遣

 

「……こんなもんかな。そういえば条約ってどんな感じだ?」

「確かこんな感じです。」

 

・ロウリア王国とクワ・トイネ公国、ロウリア王国並びにハンガリーは、直ちに戦争行為を中止する。

・ロウリア王国は、各国に別途賠償金を支払う。

・ロウリア王国は連邦制を採用して、かつて押さえつけた国家の権限を認めること。

・ロウリア王国は各国に以下のようにガレー船を提供すること。ハンガリー2000隻、クワトイネ公国100隻、クイラ王国100隻

・ハンガリーは、ロウリア王国、クワ・トイネ王国、クイラ王国に現地経営の運輸会社を設立し、これを認めること。

・ハンガリーは各国に武器供与をする。

・ロウリア王国は直ちに亜人の差別をやめ、奴隷身分の解放をすること。

 

「……まあいいんじゃないか。賠償金はいくらくらいだい?」

「ざっと3000億フォリントくらいですね。」

結構高いな。赤字が全部返せるじゃないか。いや、まあ国外への借金はありがたく踏み倒させて頂いたが。それでもそこそこ金がいる。

「ていうか払えないんじゃないか?」

だから、300億で勘弁してやろうという意見もあるらしい。払う気が無くなるほど大きいと、帰って居直る可能性だってある。

「もちろんこれは形式上です。実際はもっと少ないですよ。」

それはそうだな。第一次世界大戦の二の舞を舞うことになるのは、やはり良くないから。あの時のドイツの暴れようときたら、我がハンガリーも相当に手を焼いたものだ。

「……まさかこうして、戦勝国として講和のテーブルに着くとはな。」

自分の目の黒いうちにもしかしたらハンガリーが覇権を取るのではないか?そんな、ほぼ不可能な期待をうっすらと寄せてしまうヘッペシュ。いけない。野心を剥き出しにしては、全ての動きが読まれかねないだろう。いずれにせよ今のままじゃまずい。金も何もかも、全部が足りないから。

「何にせよ、貿易先は広げるに越したことはない。おい、行ってこいフェン王国に。」

「え?」

「ああいや、使者を送れってこと。」

じゃあそういうことだから、と言い残し部屋から出る。外では、ちらほら星も見え始めた頃。空の雲行きが何だか怪しい。何だか文字通り、この先に暗雲が立ち込めている気がしてならない。それでも進むしかないのだが。

「ハンガリーも、偉くなったもんだな。こうやって条約を結べるようになったんだから。」

もちろん、皮肉でもないし嫌味でもない。ただ純粋にすごいと思っているだけだ。この国の、今置かれている立場を。そして、それをヘッペシュは一種の驚きも持ってして受け止めているのだった。それも、いい方向性の。空はもう暗い。まるで、この国が向かう玉虫色の将来みたいに。

「あいつ、ここまで来て分からねえのかな。」

空を仰ぎながらヘッペシュが物思いに耽る。そう、あの1人の人間が居るからこんなことになっているのだと。

「パーパルディアと戦争する準備なんてしやがって。」

となるとやっぱりなんだか匂う。どうしてもこの裏で、この国を戦争に持ち上げている者がいる気がしてならないのだ。無論、こちらの船をさっさと撃とうとするのは碌じゃないだろうし、ロウリアなどから聞く限りは話も通じないと見える。だから結果的に合ってはいるが、誰かが、何かがこの国を戦争に向けている気がしてならないのだ。ヘッペシュは後ろを振り返る。何か、私を見ているのか。この生ぬるい感じをどうすべきだろう。パーパルディアと戦争させる意味とは、一体何だ。

「……炙り出してやるか。いっそのこと。」

こうして冬の寒い広場を下っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

一方、噂のアルタラスでは着々と戦略準備が為されていた。いや、いくつか言うとまず「噂の」と言っていいのかは分からない。だって、国民はあんまりこの国のことを知らないのだから。というか、まだ転移より一か月程度。この見慣れた青い海でさえも、まだ一か月の付き合いだったのだ。エマはそう実感する。兄貴が一等航海士でよかった。でなければ、自分たちはきっと右も左も分からず制海権を諦めたろうから。

ちなみに今日来たのは単に防衛だけじゃない。勿論、物品の輸送やらも兼ねているのだ。イメージしやすいのは、第二次世界大戦中の鼠輸送みたいな。とにかく軍艦をそんなことに使わなくてはいけない状況に、仕方がないとはいえエマはちょっと悲しさを覚えた。

「おいエマ、搬送を手伝ってくれ。」

海岸では、筋骨隆々の男たちが汗を流しながら木箱を担いでいる。一方私はと言うと、別に何もしていない。だって、私は力がない女の子だよ?と言うと決まって兄のアンドルが言うのだ。

「今はそんなの関係ねえよ。力無くても1人増えた方がいい。」

「やめろアンドル。それじゃあ、指揮官に挨拶をしてきてくれ。それからこの武器の説明と、戦略の見直しを。」

「はいはい。」

私はブーツを少し深く履き直すと、鉄の甲板を降りて草地へと向かう。そこに、腕を組んで立つ男が1人。エマはそちらへ向かって歩き出した。三つ編みの金髪を、潮風にぶらつかせながら。

「お嬢さん、どうしたんですか?ここは危険です。」

「いいえ、ハンガリー軍の者です。」

そう言っただけで、目に見えるように青くなる指揮官?の顔ときたら。私は苦笑しそうで、その溢れんばかりの笑いを堪えるのに必死で。

「……申し遅れました。私、アルタラス王国王族直属上級騎士、リルセイドと申します。」

「私はバートリ・エマなn…じゃなくて……です!掃海艇マルギットの艦長を務めています!」

「よろしくエマ艦長。女同士なら話易い所もあるだろう。」

笑顔を浮かべて手を差し出すリルセイド。エマは、ああ、と少し納得した。こういう人が指揮官ならば、確かに私の方が幾分やりやすだろうなぁと、今更ながら思ったのである。

「……ところで、早速このダブルヘイクなる武器を使わせていただきました。とても、素晴らしいです。風神の矢は、もう既に要らないのかもしれません。パーパルディアには、威力でも射程でも劣るので。」

「そのことですが、その……歩兵や魔獣に向けて撃ってはどうです?」

リルセイドがはっとしたようにこちらに向き直った。まるで、「それだ」と言わんばかりに目を輝かせる。この風神の矢というもの、中々値段が張るらしくそうボンボン撃てる物ではない。だからこそ、艦載用に限定していたのだが。それがかえって逆転の発想になってしまったのだ。もちろん発案者はヴィクトルであるし、国王には伝えたが、現場まで迅速に伝わることはまだ無かったようである。

「ダブルヘイクは、今は6門しかありませんがこれからも輸送します。」

一応それは本当だ。まあ、もちろん一定数金を取る気はあるが。リルセイドはハンドガンを取り出すと、それを前に構えてみせる。その構え方が、まるでブーメランを構えるみたいでおかしくて。ついに、さっきまで堪えてた苦笑と一緒にぶっと吹き出してしまった。

「あの、リルセイドさん、ごめんなさい、あんまりおかしくて…つい…」

「何だ。ならどう使うか教えてくれ。」

「はいはい。こう使うの。」

腕と手を掴み、正しく持たせるエマ。それを見て微笑むのは兄オルフィーだった。そして、再びうんうんと頷く。

「言っとくけどね兄さん、これは僕、アンドルのアイデアだよ?」

「何、どっちだっていいさ。」

男たちが木箱を必死に担ぐ中、指揮官とそれに準ずるご身分の方々が丘に集まって色々とやっていた。緑色の丘に、ひゅうと風が吹く。小さい花がりんりんと揺れる姿を見て、エマは少しだけ元気が出た。

「この弓矢は素晴らしいな。」

「おおお!この射程!パーパルディアの魔導砲を超える!」

「この高速の魔道は、どうやって作るのだ?」

各々が何というか、新しい玩具を得た子供みたいにガチャガチャいじり始めるので収集がつかない。

「皆のもの!勝手に触ってはいけない!使用は訓練に限るように!………すまないねエマさん。」

「だ、大丈夫……です。」

アルタラスの兵士たちが、新しい「玩具」を使って訓練をしている様子。それを見てエマは、平和が崩れることをまざまざと感じさせられたのだった。

「……それと、プラセンタⅠについてですが……艦隊に向かって撃ちます。上陸戦力と、軍艦を削ぐのです。後に、制空権は対空砲で取るつもりです。こちらに、2つだけですがあります。あとは、ストレラでどうにかしましょう。それとアルタラス王国にワイバーンがあれば、お願いします。我々はその後に出撃です。上陸部隊はダブルヘイクと拳銃、コンパウンドボウと風神の矢で対処しましょう。あとは我が国の部隊も間に合えば。」

聞き慣れない単語がマシンガンのように連ねられて困惑するリルセイド。エマはそれを見て、少しだけ申し訳ない顔をした。

「……とにかく!どうにかなる事に変わりないので!」

「あ、ああ…それならいい。」

外はもう、闇に飲まれたみたいに暗い。こうして、アルタラスでの戦いが、幕を開けるのだった。12月11日、夜の出来事。明日あたり雪が降りそうな、寒い寒い日に。

 

 

 




いかがでしたか?パーパルディアはそろそろ出てきます。次回から動き出しますよ。果たして、防衛準備は間に合うのか?防衛できるのか?エブリンとマーサは、どう動くのか?お楽しみにして頂けると幸いです。

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次回、観察軍、死す!デュエルスタンバイ!と言いたいところですがまだゴリゴリには戦いません。ちゃんとワンクッションございます。血気盛んな方には物足りないやもしれませんが、お許しください。

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