土曜日に大学の授業、日曜日に旧友との食事がありました。という訳で遅れてますすみません。あとファイアーエムブレムやってサボっt……いえなんでもないです。
午前授業が始まりましたので、無理のない範囲で更新速度を上げたいと思います。
それではどうぞ。第十九話です。
ここは、パーパルディア皇国。白い宮殿が、青い空の元聳え立っている。見る所によると、やっぱりこの宮殿はおかしいなと思ったマーサ。この白い柱の1つ1つにさえも、こんな豪華な装飾があるのだ。まるで、「俺は凄いだろ、金持ちだろ。」と自慢げに言っているような気さえするのだ。スネ夫かよ、本当に。いや、個人でやってる分にはスネ夫の方がマシだな。それも、向こうは貶める意図は一切ないんだし。それにしてもまだこうやってコソコソ動き回っているのに、気づいかないとは間抜けだな。
「…してアルデよ。この問題についてどう思う?」
「はい。先日、アルタラスに向けて監察軍が出航しました。」
「そうか。アルタラス王国に向けたのは、単に数の暴力と、指揮官の怠慢で起きた悲劇だ。もう無いようにしっかり言っておけ。」
いや、違うそうじゃ無い。どうするんだよ、これ。今日にはもう場所を変えて空軍基地を見つけないといけないのに。これは誰が見るというんだ、ここからクライマックスだというのに。このままどこまで勘違いをしてくれる物だろう。ロウリアが対空兵器を増やしたように、小賢しい抵抗をするのだろうか。いや。きっとしないだろうこの体たらくなら。いつだかエブリンは言ったっけ。落とし穴の場所を知っている失敗者は、絶対軽視してはならないと。この国は、その落とし穴に何度も引っかかる国なんだな、と思った。そうして、メモ帳にペンを走らせたのである。
「……して、この辺をうろついている鼠は?」
「はい。何処の者かは分かりかねますが、既に宿を包囲しました。まさに袋の中の鼠でしょう。」
マーサは、苦笑ではなく何というか、失笑した。だって相手が何も無い所に、さっき駒を動かして空になった場所にわざわざ突っ込んでくれるのだから。太っ腹な皇帝陛下に感謝しないとな。ハンガリーのスパイ網を舐めていただいては困る。まあ、流石に察知する能力がある事だけは救いだが。
「うむ。良い報告を待っておる。」
いや、申し訳ないけどその場所はもぬけの空だよ、とは口が裂けても言えず。
「……ところで、改めてハンガリーについてはどう思う?」
その言葉を聞いた瞬間に、まるで猫のように背筋をぴくっとさせるマーサ。ついぞ、その胸ポケットのペンさえも取り出すほどに。
「ああ、あの国ですか。確かにロウリアに比べて強いですが、皇軍の敵ではございません。」
そう結論づけて貰っては困る。別に我々は戦争屋じゃない。君たちと違ってね。1人でそんな皮肉を言うのもちょっと虚しくなってきた頃だし、そろそろ戻るとしようか。ここでずっと一人芝居をするのはごめんだし。
「……こちらヘーヤ。嗅ぎつけられた。これ以上の潜入は危険かつ困難と判断。今回の電通をもち撤収する。」
バッチに向かって話すと、マーサはその城をそそくさと出ていく。まるで、食い逃げをするとんでもない客みたいに。
「残念だったよ。もう少しだけでも情報を抜き取りたかったのに。」
外では、やはり同じように晴れている。こんな、戦争に似合わないほど。
「ああ、マーサ!待ったのよ本当。」
「ごめんなさい教官。心配かけて。」
いいえ、と言うとエブリンは頬に手を当てた。あの時のように、温かい手を。手袋に包まれてるくせにこんなにあったかいなんて。その母親のような眼差しが、やっぱりこういう役目にあってはいけないものだと思えてならない。後ろから、かたんことんと石が風に吹かれる音がする。
「……教官は、怖くないんですか?」
「何が?」
「全てがです。」
あんまり寒いのか。マーサの吐息は白く凍っている。さっきの温かい手が、もう懐かしくなってきた。その後ろから吹き付ける風は、もう止んでいる。どうしてだろう。さっきまでびゅうびゅう吹いてたのに、気の所為だろうか。
「……手袋、つける?」
「いいえ、遠慮します。」
そのままスタスタと道を行くマーサ。エブリンが追いかける。それがまるで、この立場の逆転のようで。マーサは少し申し訳なさそうに頬を赤てから、少しだけ歩くスピードを落とした。外は、相変わらず寒い。太陽の光もまた差しているはずなのに。どうしてなんだろう。季節というのは、とても不思議な者だな。と、マーサはいまさらのように思うのだった。
「…私、別に怖くないわけじゃないのよ。例えば……さっきから私たちをつけている兵隊さんとかが、ね。」
はっとするマーサ。そういえばさっきから石が動く音もしたし、風の音も止んだ。詰まる所、何か環境が変わったのだ。それが、分かったはずなのに。平和の葛藤はどうしてこうも狂わせてくるんだろう。
「マーサ!!」
エブリンはそれだけ言うと、左手の袖で隠しながらトカレフを渡す。黒光りするそれを少しスライドさせる。かちゃん、と乾いた音がした。これから私は、本格的にやらなくちゃいけないんだ。やらなくちゃ。いや、殺らなくちゃ。ごくりと、生唾を飲み込む。黒い帽子をくっと下げて、俯きながらも頷くエブリン。私の額には、冷や汗が浮くばかり。息遣いも、まるで瀕死の患者のように荒い息遣いへと変わった。あの時の記憶がまざまざと蘇ってくる。
「落ち着いて、深呼吸するのよマーサ。」
さっと物陰に隠れるエブリン。向こうはもうマスケット銃を、窓の隙間から構えている頃だろうに。彼女は何も動揺する様子すら見せてくれない。
「……は、はい。分かってます分かってます教官」
「いい?何も殺さなくてもいいの。姿を見られなければいい。貴女だけ逃げなさい。」
そんな、それは私の我儘だ。こう言うことをしなくてはいけないと分かっていた。それでも、やっぱりいざ前にすると違う。ロウリアに向かったコロナ中隊には改めて尊敬するよ。だってこんなことを淡々とやってのけるのだから。
「……いいえ、できます。」
「よろしい。ついてきなさい!」
つい、ふっと吹き出してしまうマーサ。だって、さっきとのギャップが酷いから。
「……教官、私やっぱり怖くないです。」
「分かってるわよ。ほら左よそ見しない。」
その時彼女の放った金色の弾丸が、私の肩の上を掠めていく。ひゅっと一瞬だけ音が聞こえて、そして首筋に生暖かい液体が迸った。もちろん、私のものじゃない。
「……ありがとうございます。」
「お礼には及ばないのよ。」
煙をふっと吹き消してみせるエブリン。しかし休んでいる暇もない。裏路地に、サーベルを持った兵士が2人出てくる。もちろん挟み撃ちに。
「後ろ任せたわよマーサ。」
「は……じゃなくて、ええ!エブリン!」
そのまま黒い拳銃を前へと向ける。マーサのその目には、もう迷いはない。ただその未来だけを、見据えていたのだった。そのまま目の前へ向けて1発の弾を放つ。金色の弾丸は、まっすぐと飛んでいった。まるで最初から、皇国兵しか目にないが如く。
「…ま、まずい応援を要請し…ぐっ!」
ばたりぱたりとあっさり倒れる4人の兵士。エブリンもどうにかなったみたいでよかった。しかし、嗅ぎつけられたことは事実だし何よりマスケット銃相手にどれだけやれるか。
「……まずいわね。ここ、包囲されてる。」
言われてみれば、と思いマーサもよく目を凝らす。この太陽も届かない暗い路地。そこから見える明るい窓に、マスケット銃を持ったのが1人か2人。なるほど四面楚歌ってわけだ。
「……どうする?」
「選択肢は2つ。1つ目逃げる。2つ目戦う。さあどっちがいい?」
「逃げましょう。窓を伝っていけば他の家にも行けるでしょう。」
「不法侵入の前科で市民からも追っかけられるわよ?」
「それは正面突破しても同じでしょう。」
やれやれという風に首を振るエブリン。本来そうしたいのは私の方だよ憎たらしい。
「それにしてもヘマしたわねえ貴女。つけられてたなんて。」
「……おかしい。人の気配なんて一切なかった。一体、何が私を見てたの?」
いや。今は考えている暇なんてないな。そう思い直すとマーサとエブリンはまた路地を駆け出す。何か打開できないか。打開策はないのか。この、本当に袋の中の鼠のような状況で。
「……考えて…考えるのよマーサ。」
「ああ〜残念、タイムリミットよ。向こうさんがやってきたわ。」
「窓に逃げて!」
「はいはい。」
仕方なさそうに窓をよじ登るエブリンに、マスケットの音が炸裂する。煙が辺りを漂った。これじゃあ、相手の位置だって掴めはしない。
「急いで行くわよマーサ。逃げるんならもう逃げるしかない。新しい宿まで行きましょう。」
「待ち構えてたりして。」
「なら他国の領事館に逃げるの。例えばそうね……ムーとか。」
「受け入れてもらえますかね。」
「さあ。でも、それなら確実に数日稼げる。何より、この国とハンガリーをうだうだに巻き込めるし。強制送還もしなくちゃいけない。その時脱走しておさらばよ。」
そんなめちゃくちゃな。それならまだ馬鹿正直に宿にでもいったほうがいい気さえする。
「とにかく今は今よ。さあ、マスケッターが追いかけてくるから逃げるわ。」
エブリンが朽ちた家の中を駆け出す。申し訳ないけど、これも国のためなんだ。そう少しだけ祈るマーサだった。
「居たぞー!射殺し……」
言い終わる前に、エブリンの拳銃が火を噴く。こういう所だな。エブリンさんは。呆れつつも着いていくマーサ。銃を持つことがこんなに清々しいなんて、思っていなかった。しかし、そんな余韻に浸る暇もなく湧く皇国兵。小賢しいことに、一斉射撃で仕留めるおつもりのようで。
「何かないの!?」
「下がってマーサ。」
するとエブリンはその黒服の後ろから、これまた黒く光る銃身を取り出した。これは、MP5。サブマシンガンという、近接戦と殲滅におあつらえ向いている銃。それを取り出すと言うことはつまり。
「一気に行くわよ!」
引き金がカチッと音を立てると、銃が唸り暴れる。ばばば、という音が響くたびに倒れる皇国兵。銃口から出てくる光が、なんだかものすごく眩しい。もちろん私もトカレフで応戦したよ。しかし、エブリンのそれは私とは全然違う。これでは、もう誰も生き残ることは出来ないだろう。
そうして暫くしないうちに、彼らはまさに、「蜘蛛の子を散らした」ように逃げていった。ひとまずどうにかなったみたいだ。
「……あとは、どうにでもなるでしょう…」
「大丈夫ですか教官。」
古傷が痛むのか、それとも持病か。単なる疲労か。その分別はどうも付かなかったが、エブリンはどさっと臭い路地に座り込む。陽の光が、ものすごく懐かしい。
「行きましょう教官。もう少しの辛抱です。」
かくして、「情報泥棒」たちは、その路地をまっすぐ反対へと進んで行くのだった。
空の上で青いサファイア色の海が、ざばんとうねる。その波の上を何というか、つけつけと進む木の船たち。それが目指す先は、緑の大地が広がるとても綺麗な場所。そこを、メチャクチャにする命令を心底恨むほどの。そしてその場所こそハンガリーが守ろうとしている、あのアルタラス王国だったのだ。彼らこそがパーパルディア皇国の軍隊。たしか名前を、「皇国監察軍」と言った。そしてハンガリーやアルタラスにとって、こちらもまた最も厄介な敵の1つだという。空が、まるでそれを祝うように青く晴れ渡っている。やっぱり皇国は恵まれているな。そう、ポクトアール提督は思った。魔道砲がきらりと、青銅色に輝く。この輝きも、やっぱりこの「祝福の空」あってこそだなあと言いたげにポクトアールは笑う。
「それにしても、どうしてアルタラスは此処まで強気に出たのだろうか。」
彼らだけでは事実、この皇軍に勝つのは難しい。もちろん監察軍は旧式であるということも加味して、だ。一体、どんなアテや保険があるのか。向こうだって馬鹿じゃ無い。きっと、何か考えがあってこそこの巨人に抵抗しようと、初めて思うはずだ。いや、言い換えよう。頼むからただの馬鹿であってほしい。でなくば我々が沈むやもしれない。そんな途轍もなく嫌な予感がして、ポクトアールは早くも冷や汗を流し始めるのだった。だって、何もなしに前の監察軍がそう、あっさりやられるなんて。そんなのは、皇国かそれ以上の技術がなくば無理だ。まして、文明圏外の蛮族ではなおさら。
「……本当に、こんなことが必要なのだろうか。それほど強いとも思えぬ。」
そう言えば話忘れた。元々我々は、皇国監察軍の中でも東。フェン王国あたりの蛮族を担当している。だが、今回急遽としてアルタラスに来ているのだ。理由は明白。さっき言った通り、監察軍が全滅したからだ。まあ、早い話戦力の引き抜きというやつである。無論恐らくだが上に失態を知らせたく無いから、だろうな。だって、艦隊の増援を頼むということは負けたということだから。
「さて、そろそろアルタラス王国の訳だが……」
今回、指揮官も流石に懲りたのか知らんが、とにかく前と同じようなのを出せば返り討ちに会う可能性だって無きにしもあらず。そこで今回は、持ってきたのだこの旧式竜母を!
「ワイバーンロードの力、とくと思い知るがいい!」
そうだ。私は指揮官なんだ。いや、私もまた、と言うべきだろうか。何れにせよやるしか無いんだ。
「よし、全速前進!このままアルタラスへ行け!」
彼にとっていまは、文字通り順風満帆だった。そう、いまは。
「大変だ!アルタラス沖に、監察軍の艦影が!」
風の中コートを抑えるアンドルが叫んだ。彼は何と言ってもものすごく目が良い。本当に、異常なほどに。まあ、レーダーとか言う便利グッズのせいで出番が減っているが。彼だけだったよ。青く畝る波の向こうに、その戦列艦を見据えたのは。さっきまでそっと揺れているだけで、おとなしかったはずの澄んだ海が。その海が黒く分厚い雲に包み込まれた。雨か雪か。ただ凍れる空気の中固唾を飲む一同。風がどんどん吹き付けてきた。心なしか波がぐわんと暴れるのが、少しずつ強くなっている気がする。本当、「畝る」という言い方が適しているくらいに。
ーこれでは、大砲は滅多なことがないと当たらないな。
そうアンドルは思い、口角をくっと釣り上げて見せた。少なくとも、この黒い空は僕らの味方。しかし同時に、その戦列艦たちが暗雲の向こうに浮かんでるせいだろうか。とても恐ろしく強く見えて。そう、まるでブラックパール号のようにも見えてしまったのだ。この戦いには、まさに文字通り暗雲が立ち込めている気がしてならない。暴風が、潮の匂いをどんどんかき消していった。そして、彼の胸にもまた何と言うか、イヤな予感が。そう、彼は味方と断定するのがあまりにも速すぎたのだ。
「くそっ、レーダーが不調だったから助かったぜ!今すぐ出航!」
「ええ!?どう頑張っても1時間は」
「大丈夫全部やっておいた。」
やっぱりこいつは気が効くとつくづく思うオルフィー。エマはとても準備がいいから。ところがどっこい、そんな時間は実質稼がれてしまったみたいだ。速い。とにかく、帆船のくせにとてもスピードが速い。その海鳥が如き速度。さっき例えたブラックパール号というのは、まるで嘘ではなかったし、強ち間違いじゃ無かったのかもしれない。
「奴らは、風神の涙なる魔法で加速するらしい!」
「いかん!今すぐ出航!いざとなったらクラスター爆弾をさっさと撃て!」
「ダメだ!今出ると嵐に飲まれるかもしれん!それにクラスター爆弾の餌食になるぞ!」
「そんな事を言ったって!」
たしか、元寇の神風だったか。たまにこの嵐という奴は戦局を変えるくらいの活躍をしてみせるので困ったものだよ。今回は味方についてくれるからいい。ただし、こいつは相当な気まぐれ屋だからこれも困った。
「どうするんだよ!プラセンタは一発しかないんだよ!」
「嵐で勝手に沈むのを待つんだ!そうすればいい!」
「あの速度見てないのか!?あんなの悠長に待ってればすぐに上陸される!水際でもいいから防衛しないと!」
「みんな、一旦落ち着くんだ!」
声を張り上げてみせるオルフィー。彼が、この場の総司令官だからか。それとも、ただ単に熱くなった自らを悔いるのか。彼らは黙り込む。ひゅうひゅうという風の音だけが、静かな空に響いていた。
「……いいか、兎に角やるしかないんだ。目の前の戦いが怖いのもわかる。かと言って気候が裏切るかもしれないと思うのもわかる。だから、賭けるしかないんだ。どちらかに。」
強い風が僕らに磯の匂いを運んでくる。不吉な船たちは、もう目と鼻の先。されど海に出ればすぐ沈むかもしれない。出たとて、どれほどの時間稼ぎになるかも分からない。でもタダで上陸を許せばそれはそれで不味い……まさに八方塞がり。四面楚歌。そんな言葉だけが、全員の頭の中をぐるぐると回ってくれよるのだった。
「……俺は行くべきじゃないと思う。もうすぐダブルヘイクの射程にも入る。だから、待っていればいい。」
静かな風の中で、まずはオルフィーが口を開いた。さりとて周りの顔はこの空模様みたいに真っ暗なまま。誰も否定もしない。誰も肯定もしない。ただ、暗い顔を浮かべて悩むだけ。そんな中、袖口を風に躍らせていたアンドルが、同じく口を開いた。
「……僕は行くべきだと思う。嵐が今すぐ起きて船が沈むなんてそんなの、不確定要素でしかない。今すぐにでも戦うべきだ。」
「エマはどう思う?」
全員の痛い視線が、まるで剣山のようにエマを貫く。そのハリセンボンのような視線を掻き消すように首を振ると、一間開けてからいった。
「……私は、まず交渉すべきと思う。」
周りにどよめきが漂ってきた。こんな、会ってすぐ砲撃してきた戦力に交渉だなんて。何を考えているのか。
「……何れにせよ今戦えばどちらの特にもならない。ならば、運要素である嵐が過ぎるまで時間を稼ぎ切る。そうすればこの舞台は私たちの勝ち。こちらも戦力の温存ができる。さらに遠征をしている向こうが、物資なんかでは不利に傾くはず。」
なるほど一理は通っている。ただし、あんなまるで獰猛な獣のような勢力にだ。そんな軍隊に無防備に近づけば恐らく大砲をどかんで終わってしまうだろう。殊に、こいつの装甲じゃ尚更。
「……向こうはきっと耳を貸さないぞ!」
その時、エマのうっという声が響いた。そのまるで、地獄から響くような低い唸り声。その後に続くぎりっという歯軋りの音。そして、また顔を上げるとその顔は涙に濡れていた。きっと、今までのがみんな爆発したんだろう。熟れすぎた果実が弾けるみたいに。
「兄さんたちこそ可笑しいよ!ロウリアの時からずっと!ずっと話もしないで目の敵にして!こんな真似までして!支援したから何よ!攻撃したから何よ!それならまず報復じゃなく交渉で解決するのが文明国でしょ!?相手が例えどんなに獰猛でも紳士的に振る舞えば心を開いてくれるかもしれない、そんな当たり前のことも兄さんたちは忘れちゃったの!?」
「落ち着けエマ」
「義をもって恨みに報ゆ、北風と太陽みたいにゆっくりと優しく、そういうのが今の国でしょう!?一度でも外交官を送った?一度でも交渉をした?噂だけで判断して私たちを振り回さないで!」
「エマそれ以上は」
「それなのに何よ?私たちは都合のいい国の持ち駒じゃないのよ!」
「エマ!!」
静かで風だけが残っていた虚空に、ぱちんという乾いた音がこだまする。アンドルが止めようと思ったがもう遅い。その時には、もうあの白くて華奢だったエマの顔はない。ただでさえ冷たい風が刺すその肌に、赤い腫れができるばかりだった。
「いい加減にしないか!いいか言葉で言って分からない連中なんだよ!そいつらには一度痛い目に会ってもらわなきゃ分からねえんだ!こんな風にな!」
「もうやめてくれ兄さん!今喧嘩しても良いことはないよ!」
そうだ、悪いのはパーパルディアなんだ。一度も話したことのないその国への恨みは、どんどん募るばかり。そうして、僕らの怒りの葡萄はどんどん実っていく。それに、気づいていた者はまだ居なかった。この、エマという妹を除いて。
「………すまない、やり過ぎた。痛むか?」
「いいえ兄さん、いいのよ……私の我儘だった。」
「そんなことは…」
また静かな時間が訪れる。しかしそれでも近づく戦列艦。結局時間がないのに変わりはない。どうすべきだろう。
「……なあエマ。知ってるか。北風と太陽はもう一個勝負をしてたんだ。」
それが、何を意味しているのかわかっていたんだと思う。エマはゆっくりと、首を縦に振ってみせた。海からの北風がまた、ひゅうひゅう吹き付ける。
「帽子を飛ばす勝負。そこでは、北風が見事な勝利を迎えた。だから必要なんだ。力技も。この世には。」
エマの顔に涙が浮かぶ。わかっている。そんな事は分かりきっているはずなのに。
「……だから。今回普段なら絶対に下さない命令を下す。」
雲が少しずつ晴れて、神々しく日がさす中。彼は一言だけ、力を込めて放った。
「今だけ戦争を楽しめ。無双しろ。せめて、勲章くらいは噛み締めて帰るんだ!全てを忘れろ!」
暗い中で、そう叫ぶ声。戦争へのその悲痛な叫びは、みんなに届いたと言う。まだ、ヒリヒリと頬が痛む。あれからあんまり時間が経っていないころのことだった。エマはヒリヒリ痛むその頬を押さえていた。しかし、その手をすっと離すと、はるか海の戦列艦に向けて祈る。いや、違う。きっと海に祈っているんだ。あれが命乞いの訳がない。きっと、ワインレッドになったすべての土地へ。ルージュに映った全ての国へ。エマは祈りを捧げていたんだ。
ここは、いつもお馴染みハンガリーの事務室。狭い部屋にパチパチと暖炉の炎が明るく燃えている。ロウリアとの交渉も終わったのか。ヴィクトルはふかふかの椅子に座りながら背筋をくっと伸ばす。このなんというか、寒いほど白い紙には、それはもう色々書かれている。しかしながら多いのはやはり、「外交」の二文字だった。
「やったぜ。投稿者 変態糞大統領。」
「お前マジでやめとけ。」
まあ色々あったけど結局あのあとは親善式典などをして終わり。条約も締結したし、ロウリア次第と言った所。あとは、奴さんがこちらを攻撃したと言うのがあれば完璧だよ。こうして羽を伸ばすと分かる。俺たちはずっと頑張ってきたんだって。まあ、そんな雰囲気に似合わないほど暗いこの空。こいつだけは恨もうと思うが。とにかく、全てが順調に進んでくれて嬉しいってことだ。
「というかヴィクトル。パーパルディアに送ったのか?」
「ああ。外交官をな。コロナ中隊をいくつか護衛につけた。カイゼリン、エリザベートも道中護衛する。」
そこまで言うと、ヴィクトルはポテトの袋をばりっと開けた。油臭い土の匂いが部屋に充満する。外はきっととても寒いのだろうか。白い雪がただしんしんと積もっている。どうしてだろうか。暖炉の火もものすごく温かい。そっと、暖炉に近付くヴィクトル。段々と、温もりが強くなってきた。凍てつく自分達の心も、溶かしてくれればいいのに。そんな叶わない願いさえ。今はどうしても欲しくなってしまうんだ。
「……果たしてあのパーパルディア相手に、どれほど話が通じるものかは。」
「そりゃあたかが知れてる。だから僕らはほしいんだよ。先に攻撃された被害者って事実だけが。」
「あのなあ。実力主義のこの世界じゃ通用せんぞ。」
寒い部屋の中で、そっと指を折り曲げるヤーノシュ。ぱきっと乾いた音が響き渡った。ステンドグラスから陽の光が、いつものように差し込む。そこに立つと、まるでステンドグラスの鏡合わせのようにヤーノシュの影が映った。どうしてだろう。ここまで温かいのに、冬のいうのは心底恐ろしい。デメテルの娘を攫ったハデスが、ちょっと恨めしい。そんな、政治家らしからぬことを考えるヤーノシュ。何、大丈夫だ。きっとヘッペシュやヴィクトルも同じようなしょうもないことを考えている。一回や、2回くらいは。
「ま、とりあえず話せるだけ話してみるよ。戦争を避けたいのは事実だし。彼の国もそんなに言うほど非常識じゃないよ。」
「ほんとかなあ?」
やめとけと言う割には、君だってゴロリの真似をするじゃないかと言うヴィクトル。いつもの風景に、呆れる部下たち。でもそれは悪い呆れじゃない。きっと、この人間味にあふれた世界にほっこりとしているんだと信じている。多分。おそらく。メイビー。
「で、海軍の造船計画は?」
「ああ。100mを超える巨大な哨戒艇を最低3隻は作りてえ。加えて駆逐艦も。」
おいおい、そんなの無茶だよ。とでも言いたげに言葉を失い首を振るヤーノシュ。一応言っておくともちろんそんなのは無理。造船所だってどんなに頑張っても数ヶ月から半年くらいは絶対にかかると言うのに。ミサイル駆逐艦なんて夢のまた夢としか言いようがない。哨戒艇は、一気に3つは厳しいかも知れないが、頑張ればいけるかも。まあ、100m越えはやっぱりどうしても厳しいものがあるが。というか、鉄はどうしたんだ鉄は。
「ああ?鉄ならロウリアから輸入する。鉄鉱石がとことん取れねえからねえ。」
しかしその輸送にも結局船。前と同じじゃないか。何も進歩してない。結局船に原点回帰してくるんだから。はあ、と大きなため息をつくヤーノシュ。ステンドグラスの向こうには、青く輝くドナウ川。そこで100m越えの哨戒艇を作れと?残念だけど、この華奢な川でそんなものを作るのは無理だな。
「おい、造船所作れというのか?」
「もちろん。これからも、ハンガリー海軍は進化させるぜ。」
だめだこの戦艦バカは。こいつは、そうだった。海軍に憧れているのがいけない。このままじゃ予算の半分以上を海軍に突っ込むと言う、某大日本帝国もびっくりのムーブをし出したらどうしようか。いや、とヤーノシュはまたあのステンドグラスに向き直った。流石に杞憂だな。そんな事はしない。ただ、ヴィクトルのやる通り造船業と海軍は絶対に優先しなくてはいけない事。ロウリアの賠償艦で輸送してもらっているけど、いつまでもそうする訳にはいかん。国産船の生産は急務だ。
「まあ、だからと言ってこれは早い気がするけどな。」
そうして使いこまれた暖炉を棒でガサガサと弄るヤーノシュ。こんなになるまでどうして放っておいたんだ、とぶつぶつ小言を垂れる辺り、結構面倒見がいいらしい。
「ヴィクトル、薪!」
「ほい。」
「新聞紙とマッチ!」
「ほい。」
こうして明るいステンドグラスのもと、彼らはまた火を起こす。なんてアナログなんだと思うかも知れない。でも、それほど電力を節約しなくちゃいけない現状。例え大統領でも。ヤーノシュが老兵で良かったとヴィクトルはまたつくづく思う。だって暖炉の使い方わかるやつなんてほぼいねえもん。
この現状が、ハンガリーの玉虫色の未来を表してるなと思うヤーノシュ。そして、またはあっとため息をつくのだった。
いかがでしたか?
次回から本格的に戦闘に入ります。お楽しみに!
ところで翠星石のキャストドールが出ますね。お値段役15万円!!びっくりするほど高いですわ!!アルバイトを行う予定ですが多分無理です。お疲れ様でした(死亡)
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