ポケモン世界でどう生きるのか   作:ポケモンマスターにはなれない

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幼年期 2

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 ジュンサーさんへラルトスの1件を語り終え、そして、登録端末の画面が、白い光で私の顔を照らしていた。

 表示されているのは――

「新規登録:ラルトス」

 ボタンを押すだけのこと。

 けれど、心臓の鼓動が速くて、なかなか指が動かなかった。

 昨日まで“ただの野生ポケモン”だったラルトスが、今日から“私の仲間”になる。

 あの夜、体を抱き上げたときの、あたたかさと震えを思い出す。

 ――守りたい、って思ったの。

 勝ちたいとか、強くなりたいとか、そんなことよりも。

 深呼吸して、登録を完了させた。

 ピッという音と共に、ボールのライトがふわりと光を放つ。

 ラルトスの気配が、胸の奥に優しく響いた。

 

 

「出ておいで、ラルトス」

 ボールの光が開き、白い影が床に降り立つ。

「……ラル!」

 ラルトスは一瞬まぶしそうに目を細め、それからこちらを見上げて微笑んだ。

 ほんの少し前まで、熱に浮かされていたとは思えないほど、元気な顔だ。

 私はそっと手を差し出す。

 「もう、だいじょうぶ?」

 ラルトスはその小さな手を伸ばして、私の指先に触れた。

 ――すっと、温度が伝わる。

 頭の奥に、やわらかい声が響いた気がした。

 ありがとう。

 そう伝えられた気がした。

 思わず息を飲んで、笑ってしまう。

 「……こちらこそ。助けられたのは、私の方かも」

 ラルトスは首を傾げ、少しだけ照れたように顔を伏せる。

 私はその様子を見つめながら思った。

 ――ああ、この子と一緒に歩いていけるんだ。

 強さとか、勝敗とか、そういうものとは少し違う“何か”が、

 今、胸の中で灯っている。

 でも。

 私の中には、もうひとつ気になる存在がいた。

 「……ねぇ、ラルトス。私、行かなくちゃ」

 ラルトスが小さく瞬きをする。

 「ちょっとだけ、話をしに行くの。大事なことを、伝えに」

 そのままラルトスを抱き上げた。

 

 

 向かう先は職員室。

 昼下がりの光が窓から差し込み、床の上に揺れる。

 扉の前で立ち止まり、深呼吸した。

 胸の鼓動がやけに大きく響く。

 ――行こう。

 ノックをして、ドアを開ける。

「失礼します」

 中には、黒髪をまとめた女の先生がいた。

 穏やかな声でこちらを見て、微笑む。

 「どうしたの? 顔、真剣ね」

 私はラルトスを腕に抱えたまま、一歩前に出た。

 「先生……私、お願いがあるんです」

 「お願い?」

 「ジグザグマを――あの子を、私のポケモンにしたいです」

 先生の目が少しだけ見開かれる。

 「スクールの子を? どうして?」

 喉が乾いて、でも言葉は止まらなかった。

 「最初は授業で借りただけでした。でも、あの子と過ごすうちに気づいたんです。

  私、勝つためじゃなくて――その子と、一緒にいたいんだって」

 静かな職員室の中で、自分の声だけが響く。

 先生は黙って聞いていたが、やがてペンを置いて立ち上がった。

 「……簡単なことじゃないわ。あの子はみんなの練習相手だもの」

 「わかってます。でも、それでも――欲しいです。

  私、責任を持ちます。ちゃんと面倒を見て、守ります」

 先生は少し目を細め、こちらを見つめた。

 「ふふっ……あなた、ほんとに真っ直ぐね」

 彼女は引き出しから書類を取り出し、机の上に置く。

 「本気なら、この書類に名前を書いて。

  それと――証明してみせて。

  ジグザグマが、そしてそのラルトスがあなたを本当に“選んでいる”って」

 「……証明、ですか?」

 「ええ。明日、私とバトルをしなさい。

  結果じゃないわ。見たいのは、あなたたちの関係よ。

 形式は2VS2。ダブルバトルは知ってるかしら。本来ならもうちょっと成長してから勉強する範囲なんだけど。せっかくだしやっちゃいましょうか」

 私はしっかりと頷いた。

 「はい」

「私はエネコとポチエナを使うわ。では明日よろしくね。」

 ラルトスが小さく鳴く。

 ――がんばって、というように。

 その声に背中を押されるように、私は笑った。

 

翌朝。

 いつもより少し早く目が覚めた。

 まだ外は薄いオレンジ色で、校庭の砂も朝露に濡れている。

「……おはよう、ラルトス」

「ラル」

 ラルトスはすぐに目を開けて、私の顔を見上げる。

 昨日の夜、先生が言っていた。

 ――「明日の朝、校庭で待っているわ。準備をしておいで。」

 眠れなかった。

 不安というより、胸の奥がずっと熱くて。

 戦うというより、“確かめる”ために立ちたいと思っていた。

「ジグザグマも、もう準備できてるかな」

「ジグ!」

 ボールの中から元気な鳴き声が返ってくる。

 思わず笑って、私は上着を羽織った。

 校庭に着くと、先生はすでに待っていた。

 風に髪をなびかせながら、穏やかに微笑んでいる。

 その隣には、エネコとポチエナ。朝日に毛並みが光っていた。

「おはよう。……早かったのね」

「眠れなくて」

「ふふ、それは良いことよ。気持ちが前を向いている証拠だもの」

 先生はそう言って、軽く頷いた。

 その目は昨日と違って、真剣そのものだった。

「ルールは昨日話した通り。――二対二のダブルバトル」

「はい」

「勝ち負けにこだわる必要はないわ。

 私が見たいのは、あなたとポケモンの“つながり”」

 その言葉に、ラルトスがこちらを見上げた。

 ジグザグマも足を踏み鳴らす。

 もう迷いはなかった。

「行こう、みんな」

「ラル!」「ジグッ!」

 朝の光が校庭を包む。

 その中で先生が指を上げた。

「――では、はじめましょうか」

 

 

「いくわよ。エネコ、ポチエナ!」

「ニャッ!」

「ガルルッ!」

 先生の足元に、可愛い見た目とは裏腹に鋭い視線の2匹が並ぶ。

 対する私は、ジグザグマとラルトスを前に立たせた。

 ラルトスは少し不安げに揺れている。

「大丈夫。私がいる」

「ラル……!」

 戦いの始まり。

 

「エネコ、ねこだまし!」

 「ポチエナ、かみつく!」

 先生の声が鋭く響いた。

 私は瞬時に計算する。エネコの素早さ、ジグザグマの耐久、ポチエナの攻撃力。数字が頭の中で交錯する。

 ……このままじゃ、確実に負ける。

 エネコが前に跳び、ジグザグマの動きを止めた。

 その隙にポチエナが牙を光らせて、ラルトスへと迫る。

 

 ――まずい。あの距離じゃ、間に合わない。

「ラルトス、テレポート!」

 

 青い光が弾け、ラルトスの姿が掻き消えた。

 次の瞬間、ポチエナの牙は空を切り、ラルトスはフィールドの反対側に現れる。

 先生も目を細めた。

 私は息を詰めながら、頭の中で次の手を探る。

 ラルトスに打点はない。ねんりきも通らない。

 それでも——勝ち筋はある。

 

 ラルトスが小さく震えているのが見えた。

 怖いのは、わかる。でも、逃げない。

 その姿に、何かが閃いた。

「……ジグ!」

「ジグッ?」

「ラルトスを、乗せて!」

 

 

 ジグザグマが驚いたように鳴く。

 けれどすぐに、理解したように背を低くして構えた。

 ラルトスがふわりとその背に乗り、目を閉じる。

「走れ、ジグ!」

「ジグザァ!」

 土煙を上げて駆け出す。

 そのスピードにエネコの動きが追いつかない。

 先生が指示を出す間もなく、ジグザグマは低い姿勢のまま滑るようにフィールドを横切り、エネコにたいあたりをくりだす。

 それを見送ったラルトスはジグザグマの後隙を消すようにテレポートの光をまといながら、走る軌跡の中を瞬間的に移動していく。

 

 そして、ポチエナの前に現れた瞬間、ジグザグマが体当たりを叩き込んだ。

「グッ……!」

 ポチエナが弾かれ、床を転がる。フィールドが静まり返る。

 先生が少しだけ驚いたように笑った。

 

 

「――面白い戦い方ね」

 先生が目を細める。

「でも、まだ終わりじゃないわ。エネコ、たいあたり!」

「ジグ、かわして!」

「ジグッ!」

 ジグザグマが地を蹴って横へ滑る。

 ラルトスはその背にしっかりとしがみつき、ふわりと宙に浮くように姿勢を保った。

「ラルトス、“ねんりき”!」

「ラルッ!」

 走る軌跡に合わせて青い光が弾け、エネコの体を再びとらえる。

 風が巻き起こり、エネコがよろめく。

 だが――倒れない。

「まだ立ってる……っ」

 先生の指示がすぐに飛ぶ。

「こっちも忘れてないわよね!?ポチエナ、たいあたり!」

「グルゥッ!」

 低い唸りとともに、ポチエナが一直線に突っ込んできた。

 重い衝撃音。

 

 ジグザグマとラルトスが同時に吹き飛ばされ、床を転がる。

「ジグ! ラルトス!」

 

 二匹が苦しそうに体を起こす。

 ポチエナが間髪入れず、ジグザグマへと走り出した。牙が光る。

 

「ポチエナ、“かみつく”!」

「グルァッ!」

 その瞬間――私は息をのんだ。

 頭の中で、距離・速度・反応時間を一瞬で弾き出す。

 間に合う、ギリギリで。

 

 

「ラルトス、“ねんりき”――ジグザグマに!」

 

 

「ラルッ!」

 青い光が、味方を包む。

 ジグザグマの体がふわりと浮き、ほんのわずかに後ろへ滑る。

 次の瞬間、ポチエナの牙が空を切った。

「ジグッ!?」

 

 間一髪。ポチエナの突進が外れ、ジグザグマが床に着地する。

 先生が目を見開いた。

「まさか、味方への“ねんりき”で回避を……!」

 私の心臓が激しく跳ねる。

 計算通り、ギリギリで。

 でも――今の私は数字よりも、あの二匹を信じていた。

 ラルトスが息を切らしながら、それでも立ち上がる。

 ジグザグマが短く鳴いて、ラルトスを背に再び構える。

「いこう、もう一度……!」

 私の声に、二匹が同時にうなずいた。

 

「ポチエナ、エネコ、もう一度――いくわよ!」

 先生の声が鋭く響く。

 エネコが立ち上がり、瞳に闘志を宿す。ポチエナも負けじと唸り声を上げた。

 まだ戦う気だ。先生も本気になっている。

 私の頭の中で、何十もの可能性が弾ける。

 どんな動きが来る? どこまで持つ? 数値で見れば、勝率は――三割。

 でも、そんなのもう関係なかった。

 

「ジグ、もう一度走って! ラルトス、集中して!」

「ジグッ!」「ラル!」

 二匹が息を合わせ、駆ける。

 エネコが飛び出し、“ねこだまし”の体勢を取った瞬間――

「テレポート!」

 ラルトスの体が光に包まれ、位置がずれる。

 エネコの一撃は空を切り、すぐに体勢を崩す。

「今!」

 ジグザグマが床を蹴り、体当たりを叩き込んだ。

 その衝撃でエネコがバランスを崩し、ついに地面へと倒れ込む。

「エネコ、戻って!」

 先生がモンスターボールを構える。

 

 

 残るはポチエナ。けれど、息は荒く、足も重い。

 それでもポチエナは、低い姿勢で吠えた。

「……最後まで、全力でいくわ。ポチエナ、“たいあたり”!」

「グルゥッ!」

 低い唸りとともに、ポチエナが一直線に走り出す。

 その突進は鋭く、重い。

 ジグザグマも負けじと地を蹴った。

「ジグ、“たいあたり”で迎え撃って!」

「ジグザァ!」

 教室の空気が震える。

 二匹の足音が重なり――ぶつかる。

 鈍い衝撃音。

 互いの体が押し合い、床を削るように力をぶつけ合った。

 レベル差、筋力、体重。

 全部、ポチエナの方が上。

 数値で見れば、勝てるはずがない。

 けれど私は、もう数字だけを見ていなかった。

「ラルトス!」

「ラルッ!」

 ラルトスが短く鳴き、青い光を放つ。

 “ねんりき”がジグザグマの体を包み、背中を押すように力が流れた。

 ジグザグマの足がわずかに前へ出る。

「いけぇぇぇぇッ!」

 

 

 叫ぶと同時に、衝突の力が一気に逆転した。

 ジグザグマの体当たりが押し返し、ポチエナが弾き飛ばされる。

 床を滑って転がり、静かに動きを止めた。

 静寂。

 ほんの数秒、誰も声を出さなかった。

 

 

 ジグザグマとラルトスは肩で息をしながら、それでもこちらを振り返って元気そうに尻尾を振った。

「やった……!」

 私の声に、先生がふっと息を漏らした。

 厳しい表情の中に、少し柔らかい笑みが浮かぶ。

「……負けちゃったわね」

 先生は帽子のつばを整えながら、こちらを見た。

「面白い戦い方だったわ。ポケモン同士の連携で、力の差を埋めた。ジグザグマも、ラルトスも本当にいい子ね」

 私は息を弾ませながら、それでも笑って返す。

「無我夢中で…でもきっと偶然じゃなくて」

 先生は静かにうなずいた。

「うん。勝ち負けより大事なこと、ちゃんと掴めたみたいね」

 そう言って差し出された手を、私は両手でしっかり握り返した。

 あたたかい。

 そのぬくもりが、私の胸の奥まで届いた気がした。

 

 ☆

 

 夕暮れ、窓の外がすっかりオレンジ色に染まっていた。

 部屋の小さなテーブルには、お菓子の袋と紙コップに入ったジュース。

 ジグザグマはその袋を鼻でつつきながら、カサカサと音を立てている。

 ラルトスはその横で、私の膝の上にちょこんと座っていた。

「今日は……本当に、楽しかったね」

 ぽつりと口にした言葉に、ラルトスがこちらを見上げる。

 その表情は読みにくいけれど、わずかに口元がゆるんだように見えた。

 

 ジグザグマも得意げに尻尾を振っている。

「先生、強かったけど……二人と一緒なら勝てるって思えた」

 私は笑って、ジグザグマの頭をなでた。

「ラルトスも、あのときテレポートで助けてくれてありがとう。あれがなかったら、たぶん負けてた」

 ラルトスは少し照れたように目を細め、私の手の上に自分の手を重ねてくる。

 その小さなぬくもりが心に残った。

「ねえ、これからも一緒に戦ってくれる?」

 そう尋ねると、ラルトスは小さくうなずき、

 ジグザグマは「グマッ!」と元気よく鳴いた。

「うん……じゃあ、今日はその記念日だね。ラルトスとジグザグマ、これからよろしく」

 紙コップを掲げて乾杯する。

 

 ジュースの甘い泡が舌に弾けて、胸の奥まで熱くなる。

 勝ち負けだけじゃない、ポケモンと心を通わせるバトル。

 それを初めて感じた日。

 

 ――でも、心のどこかで、引っかかっていた。

 ラルトスの体に残っていた傷跡。

 怯えたように眠るときの小さな手の震え。

 拾ったあの日、誰かに“実験されていた”と先生が言っていた。

「……あの人たち、なんでそんなことをしたんだろう」

 私は小さくつぶやいた。

 

 ラルトスは俯いたまま、私の服の裾をきゅっと握る。

 答えを持たないその仕草が、逆に何より雄弁だった。

「大丈夫。もうあんなところには戻さない」

 私はラルトスの頭をそっと撫でた。

「それに……いつか、知りたい。あの組織が何をしていたのか、どうしてそんなことをしたのか」

 夜風がカーテンを揺らす。

 ラルトスが小さく「ラル」と鳴いた。

 その声を聞きながら、私は静かに誓った。

 戦う理由ができたんだ――ただ勝つためじゃない。

 守るために、知るために。

 今夜、私の人生が本当に始まった気がした。

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