条文の奴隷だった俺は、異世界で神の条文を書き換える   作:べ¥

2 / 4
翻訳、及び改竄

 最初に感じたのは、湿った土の匂いと、背中に当たる木の根の硬い感触だった。

ゆっくりと目を開ける。視界に飛び込んできたのは、鬱蒼と生い茂る木々の天蓋。その隙間から、見たこともないほどに青い空が覗いていた。

「……森、か」

 

 身体を起こし、周囲を見渡す。見渡す限り、巨大な木々が立ち並ぶ、深い森の中のようだ。自分の服装は、死んだ時に着ていた安物のシャツとスラックスのまま。靴も履いている。ポケットを探ると、空っぽの財布と、液晶がバキバキに割れたスマートフォンが入っていた。当然、電波は立っていない。

 

 まず、状況を整理しよう。

 ここは、あの『システム』が言っていた「新たな世界」で間違いないだろう。所持品はこれだけ。食料も水もない。土地勘もゼロ。客観的に見て、極めて生存が困難な状況。下手をすれば、数日で死ぬ。

(……ま、それもいいか)

 

 一度死んだ身だ。今さら命に執着もない。そう思った時、腹の虫がぐぅ、と情けない音を立てた。どうやらこの身体は、俺の厭世的な思考とは裏腹に、生きることを諦めていないらしい。

「……仕方ない」

 

 重い腰を上げ、歩き始める。まずは水の確保が最優先だ。地形的に、水は低い方へ流れる。下り坂を探して進むのが定石だろう。幸い、森の中は歩きにくいものの、危険な動物の気配は今のところない。木漏れ日が差し込む静かな森だ。鳥の鳴き声のようなものも聞こえる。

 十分ほど歩いただろうか。目の前の木の幹に、何か文字のようなものが彫られているのに気づいた。近づいて見ると、それは確かに文字だった。だが、見たこともない形をしている。アルファベットでも漢字でもない、曲線と直線が複雑に組み合わさった文字だ。

 その瞬間、視界の端に何かが現れた。半透明のウィンドウが、まるでARグラスの投影のように、俺の視界に重なって表示される。

 

────────────────

【█████████ █████】

【██████:████████████████████████】

────────────────

 

文字化けしたテキストのような、意味不明な記号の羅列だ。

「……これが、あのシステムが言っていた、言語パッケージか?」

 

 俺は試しに、その文字列を凝視してみた。すると、不思議なことが起こった。記号の羅列が、ゆっくりと形を変え始めたのだ。まるで、ピントがぼけていた画像が徐々に鮮明になっていくように。脳の中で、何かが激しく働いているのが分かる。文法構造の解析、音韻の推定、意味の類推――それらが高速で行われている感覚。

数十秒後、テキストが読める形になった。

────────────────

【警告:この先、魔獣の縄張り】

【備考:武装なき者の通行を推奨せず。迂回路は東へ三百歩】

────────────────

 

 読めた。異世界の文字が、日本語として理解できた。

そして同時に、木の幹に彫られていた文字も、意味を持って見えるようになった。それは、この世界の言語で書かれた警告文だった。

「……なるほど。最初は翻訳機能を介して理解し、慣れてくると直接読めるようになる、という仕組みか」

 

 便利なシステムだが、それと同時に、不安も募る。この機能は、あの忌まわしい「定義改竄」のスキルと連動しているのだろう。つまり、俺がこの世界の言葉を理解できるようになるほど、スキルを使う準備も整っていく、ということだ。俺は警告文の指示に従い、東へ迂回することにした。魔獣とやらに遭遇するのは、今の無防備な状態では自殺行為だ。

 さらに三十分ほど歩くと、小さな泉を見つけた。透明な水が湧き出ている。喉の渇きに耐えかねて駆け寄ろうとしたが、その手前で足を止めた。泉のほとりに、色鮮やかなキノコが数本、生えている。真っ赤な傘に白い斑点。いかにも毒々しい見た目だ。

 その瞬間、また視界にウィンドウが表示された。

────────────────

【█████:█████████████】

【██████:████████████████████████】

────────────────

 

 今度は、先ほどよりも早く翻訳が完了する。おそらく、一度解析した言語の構造が学習されているのだろう。

────────────────

【名前:オオベニタケモドキ】

【説明文:猛毒を持つキノコ。傘の部分に致死性の神経毒を含み、摂取した場合、全身の痙攣と呼吸困難を引き起こす。食用には絶対に適さない】

────────────────

 

やはり毒キノコか。近づかないでおこう。

俺は泉の別の場所で水を飲んだ。冷たく、少し甘みがある。生き返る心地だ。ひとまず、脱水症状の心配はなくなった。だが、食料の問題は残る。このまま森を彷徨っても、何も食べられるものが見つからなければ、結局は餓死する。俺は周囲を見回した。木の実のようなものがいくつか落ちている。それを拾い上げると、またウィンドウが表示される。

────────────────

【名前:セキナの実】

【説明文:この森に自生する木の実。甘みがあり食用に適する。ただし、未熟な実には軽い毒性があるため、完熟した赤褐色のものを選ぶこと】

────────────────

 

 これなら食べられるようだ。周囲を探すと、赤褐色に熟した実がいくつか見つかった。口に含むと、甘酸っぱい味がする。悪くない。ひとまず、水と食料は確保できた。だが、これだけでは不十分だ。木の実だけでは、カロリーも栄養も足りない。

 

 俺は、先ほどの毒キノコのことを思い出した。

 あのウィンドウに表示されていた「説明文」。あれは、俺の「定義改竄」のスキルによって認識されているものなのだろう。ということは、あの説明文を書き換えることができれば――。

 

 いや、待て。落ち着け。

 前世で、俺は自分の判断で人を死なせた。書類の一文が、誰かの命を奪った。あの時と同じ過ちを、ここで繰り返すわけにはいかない。もし、あのキノコの定義を書き換えて、それが失敗だったら? もし、見落とした条件があったら? 俺は死ぬ。それだけならまだいい。だが、もしこの書き換えが、この世界の何か大きなバランスを崩すとしたら?

 

 俺は、慎重に考えを巡らせた。

 まず、スキルの仕様を正確に理解する必要がある。あのシステムは言っていた。『編集内容が対象の本質から離れるほど、多くの魔力を必要とする』と。つまり、無茶な書き換えはできない、ということだ。石ころを金塊に変える、といった根本的な改変は、莫大な魔力を消費する――おそらく、俺が持つ魔力では不可能だろう。

 では、キノコの毒性を無害化する、という書き換えは?

 これは、キノコという存在の根本を変えるわけではない。ただ、その化学的性質の一部を変更するだけだ。現実世界でも、加熱や調理によって毒性が失われる食材は存在する。つまり、「このキノコの毒は、特定の処理によって無害化される」という情報を追加することは、それほど大きな改変ではないはずだ。

 

 だが、それでも慎重にならなければならない。

 俺は、まず小規模な実験を行うことにした。対象は、足元に転がっている小石だ。小石を拾い上げると、ウィンドウが表示される。

────────────────

【名前:石英の欠片】

【説明文:ありふれた鉱石の一種。特に用途はない】

────────────────

 

 俺は、この説明文を書き換えてみることにした。ただし、大きな変更ではなく、既存の情報に少しだけ追加する形で。脳内で、文章を構築する。まるで、契約書のドラフトを作成するように。

 

『この石は、光を反射する性質を持つ』

 

 『確定』の意思を込める。

 その瞬間、身体の中から何かが抜け出ていくような感覚があった。疲労感、というのが近い。だが、激しいものではない。ほんの僅かだ。目の前のウィンドウが更新される。

────────────────

【名前:石英の欠片】

【説明文:ありふれた鉱石の一種。特に用途はないが、光を反射する性質を持つ】

────────────────

 

説明文が書き換わった。そして、手の中の石を見ると、確かに表面が以前よりも僅かに光沢を帯びているように見える。

「……本当に、書き換わった」

 

言葉が、現実を上書きした。

 それは、俺が前世で夢見た、言葉の絶対的な力そのものだった。だが、今の俺の心を満たしたのは、歓喜ではなかった。背筋が凍るような、深い、深い恐怖だった。この力は、使い方を間違えば、前世と同じ過ちを繰り返す。いや、もっと直接的に、もっと取り返しのつかない形で。

だが――。

ぐぅぅぅ、と、腹が再び鳴った。空腹は、俺の恐怖よりも、ずっと正直だった。俺は深呼吸をし、覚悟を決めた。もう一度、あの毒キノコの元へ戻る。そして、ウィンドウを開く。

────────────────

【名前:オオベニタケモドキ】

【説明文:猛毒を持つキノコ。傘の部分に致死性の神経毒を含み、摂取した場合、全身の痙攣と呼

吸困難を引き起こす。食用には絶対に適さない】

────────────────

 

俺は、この説明文の末尾に、一文を追加することにした。

『ただし、この毒性は、摂氏八十度以上で十分間以上加熱することにより、完全に分解され無害化される』

 

 これは、根本的な改変ではない。キノコの性質に、条件付きの例外を追加するだけだ。現実世界にも、加熱で毒が分解される食材は存在する。だから、この改変は比較的小さなコストで済むはずだ。

 

『確定』

 

 ぐらり、と世界が揺れた。先ほどの石の時とは比べ物にならない、大きな疲労感が襲う。膝をつき、肩で息をする。だが、立っていられないほどではない。魔力は、まだ残っている。

ウィンドウを確認する。

────────────────

【名前:オオベニタケモドキ】

【説明文:猛毒を持つキノコ。傘の部分に致死性の神経毒を含むが、この毒性は、摂氏八十度以上で十分間以上加熱することにより、完全に分解され無害化される。適切な処理をすれば、食用に適する】

────────────────

 

 書き換わった。

だが、まだ安心はできない。これは、あくまで「定義」が書き換わっただけだ。本当に安全かどうかは、実際に試してみなければ分からない。俺は、慎重に次の手を考えた。いきなり自分で食べるのは危険すぎる。まずは、小動物に試してもらうべきだ。幸い、森の中には小さなネズミのような生き物がいる。罠を仕掛けて捕まえるのは難しくないだろう。

 俺は簡単な罠を作って、一匹のネズミを捕まえることに成功した。そして、焚き火を起こし、例のキノコを加熱する。十分以上、しっかりと火を通す。加熱したキノコを小さく切り、ネズミに与える。ネズミは警戒しながらも、空腹だったのか、それを食べた。

 俺は、じっと観察する。五分、十分、三十分。

ネズミに異常は見られない。痙攣も、呼吸困難も起きていない。それどころか、元気に動き回っている。

「……成功、か」

 

 それでも、俺はさらに1時間待った。遅効性の毒である可能性もある。だが、結局、ネズミは何の問題もなく、そのまま森へ逃げていった。ようやく、俺は自分で食べる決心をした。改めてキノコを採取し、丁寧に加熱する。十五分以上、念入りに。そして、ほんの一口だけ、口に含む。

 味は、悪くない。少し歯ごたえがあり、ほのかに土の香りがする。それから、また数時間待つ。体調の変化を注意深く観察する。結果、何も起こらなかった。腹痛も吐き気もない。むしろ、空腹が満たされて、少し元気が出てきた。

「……本当に、無害化できた」

 

俺は成功した。この世界の「定義」を書き換え、毒を食料に変えた。だが、喜びは湧いてこなかった。代わりに、重い疑問が心を支配する。

「俺は今、何をした? この世界のルールを、勝手に書き換えた。その結果が、本当にこれで終わりなのか?」

 

 契約書の一文が、見えない場所で別の誰かを傷つけたように。この書き換えも、俺の知らない形で、何か副作用を産むのではないか?その不安は消えない。だが、それでも俺は生きなければならない。その夜、俺は焚き火のそばで眠りについた。明日は、人間の集落を探そう。この森の中で一人で生きていくのは、限界がある。

 だが、その前に――。

 俺は、自分のスキルについて、もっと理解を深める必要がある。どこまで書き換えられるのか。何が制約なのか。そして、この力を使った時、この世界に何が起こるのか。それを知らなければ、また前世と同じ過ちを繰り返すことになるのだから。

 

 

 

 翌朝、俺は森の中を歩き続けた。昨日見つけた木の実と、加熱したキノコを携帯している。当面の食料は確保できた。だが、この森はどこまで続くのだろう。もう半日近く歩いているが、人の気配は全くない。と、その時。

 遠くから、悲鳴が聞こえた。女性の声だ。そして、何か獣のような咆哮。俺は一瞬、躊躇した。関わるべきではない。他人のトラブルに首を突っ込むのは、前世で俺を破滅させた原因の一つだ。だが、足は勝手に音のする方へ向かっていた。森の木々を抜けると、開けた場所に出た。そこで、俺は光景を目にする。

 一人の少女が、三匹の小型の緑色の人型生物――おそらく、ゴブリンと呼ばれる魔物だろう――に追い詰められていた。

 

 少女は亜麻色の髪をポニーテールにした、十代後半くらいの年齢に見える。革のベストとキュロットスカートを着た、冒険者のような格好だ。手には短剣を握っているが、三対一では分が悪い。ゴブリンたちがじりじりと距離を詰める。少女の背中は、すでに大きな木の幹に阻まれている。逃げ場はない。

 俺は、その光景を見て、動けなくなった。助けるべきか? いや、助ける義務はない。俺には関係ない。この世界に来て、まだ一日しか経っていない。自分の生存さえ確実ではないのに、他人を助ける余裕などない。

 

 少女が叫んだ。

「誰か...誰か助けて...! 私、まだ...まだ妹を守らなきゃいけないのに...!」

 

 その言葉が、俺の心を抉った。妹を守る。家族を守る。そのために、生きなければならない。それは、前世の俺にはなかった願いだ。俺は誰も守れなかった。それどころか、俺が作った言葉が、誰かの家族を奪った。

くそっ。

 

俺は、自分でも理解できない衝動に駆られ、飛び出していた。

「おい、そこの緑の!」

 

 ゴブリンたちが一斉にこちらを振り向く。鋭い牙を剥き出しにして、威嚇の声を上げる。俺には、戦う力はない。武器もない。魔法も使えない。あるのは、あの忌まわしいスキルだけだ。だが、俺は、目の前の理不尽を見過ごすことができなかった。

 ゴブリンの一匹が、俺に向かって走ってくる。粗末な棍棒を振り上げて。

俺は、咄嗟に足元を見た。ゴブリンが走っている地面に、太い木の根が張り出している。ウィンドウを開く。対象は、その木の根だ。

────────────────

【名前:ブナの木の根】

【説明文:森に自生するブナの木の根。地表に露出しており、踏むと僅かに滑りやすい】

────────────────

 

俺は、説明文を書き換える。

『――この根は、表面が非常に滑りやすい苔で覆われており、踏んだ者は確実に転倒する』

 

『確定』

 魔力が消費される。だが、木の根の性質を少し強調するだけなので、それほど大きなコストではない。ゴブリンが木の根を踏んだ瞬間、派手に転倒した。まるでバナナの皮を踏んだかのように、四肢を空中に投げ出して。

「今だ、逃げろ!」

 

 俺は少女に向かって叫ぶ。だが、残りの二匹のゴブリンが、俺と少女を挟み撃ちにしようと動き始めた。

 俺は次の手を考える。周囲を見回すと、少女の近くに茂みがある。

────────────────

【名前:ハリイバラの茂み】

【説明文:鋭い棘を持つ低木。接触すると皮膚に傷を負う】

────────────────

 

この茂みの説明を書き換えるよりも、もっと効率的な方法がある。俺は、茂みの向こう側にある木の幹に意識を向ける。

────────────────

【名前:老樹の幹】

【説明文:樹齢百年を超える老木の幹。非常に頑丈】

────────────────

 

これを書き換える。

『――この幹の表面は、強い光を反射し、まるで逃走経路のように見える錯覚を起こさせる』

 

『確定』

 ゴブリンの一匹が、その「光」に釣られて、茂みに突っ込んだ。悲鳴を上げて、棘だらけになって転げ回る。残るは一匹。

 だが、俺の魔力はもう限界に近い。頭がくらくらする。これ以上、大きな書き換えはできない。その時、少女が動いた。俺が二匹のゴブリンを無力化した隙に、彼女は残る一匹に向かって短剣を投げた。短剣はゴブリンの肩に突き刺さり、ゴブリンは苦痛の叫びを上げて森の奥へ逃げていった。残りの二匹も、仲間が逃げたのを見て、慌てて森へ消えていく。

 

俺は、その場に膝をついた。魔力を使いすぎた。意識が遠のきそうだ。

「大丈夫!?」

 

 少女が駆け寄ってくる。その顔には、驚きと感謝が混じった表情が浮かんでいる。

「あなた、どうやって……あのゴブリンたちを……」

 

 俺は答える気力もなかった。ただ、息を整えることに集中する。少女は、俺の状態を見て、何かを理解したようだった。

「魔力を使いすぎたのね。大丈夫、私が村まで連れて行ってあげる。少し休めば回復するわ」

 

 彼女は俺の腕を取り、肩を貸してくれた。

「……なんで、助けた」

 

 俺は、自分でも分からないまま、ぽつりと呟いていた。

「関わるべきじゃなかった。他人のために、能力を使うべきじゃなかった。また、間違えるかもしれないのに...」

 

 少女は、不思議そうに俺を見た。

「でも、あなたは助けてくれた。それが全てじゃないの?」

 

 俺の「正しさ」は、前世で誰かを殺した。今回だって、もし俺の判断が間違っていたら、この少女も、俺も、死んでいたかもしれない。だが、その言葉を口にする気力はなかった。

「……名前は」

「リィナ。リィナ・エルフィールド。冒険者ギルドのFランクよ。まだ駆け出しだけどね」

 

 彼女は、屈託なく笑った。

「あなたは?」

「……月人(つきと)だ。識月人(しき つきと)

「ツキト。変わった名前ね。でも、覚えやすいわ」

 

リィナは、俺を支えながら、村への道を歩き始めた。

「ねえ、ツキト。さっき、どうやってゴブリンを転ばせたの? 魔法? それとも、スキル?」

 

俺は答えなかった。

この能力のことは、誰にも話すべきではない。前世の教訓だ。力を持つ者は、必ず搾取される。だが、リィナは気にした様子もなく、明るく話し続けた。

「まあ、いいわ。教えたくないなら、無理には聞かない。でも、私の命の恩人であることは変わらないから。絶対に、恩返しするからね」

 

 その言葉に、俺は何も返せなかった。恩返し、か。俺は、恩を返されるような人間じゃない。むしろ、罪を背負った人間だ。

 だが、それでも――。

 

 彼女の温かい手が、俺の腕を支えている。前世で、誰にも看取られずに死んだ俺に、今、誰かが手を差し伸べている。その事実が、僅かに、俺の凍りついた心を溶かしかけていた。

(……いや、期待をするな。)

 俺は、その感情を必死に押し殺した。だが、心の奥底で、小さな声が囁いていた。もしかしたら、今度は違うかもしれない、と。

 その夜、リィナの案内で小さな村に辿り着いた俺は、彼女の家の客間を借りて休むことになった。眠りに落ちる直前、俺の脳裏に、冷たいシステムメッセージが浮かび上がった。

 

【通知:あなたの世界適応度が基準値に達しました】

【通知:定義改竄の使用回数:4回】

【警告:世界システムに、権限外の定義改竄を検知。該当データの特定を開始します】

 

 この世界には、俺を監視する「何か」がいる。

 そして、俺の能力は、その「何か」にとって、イレギュラーな存在なのだろう。だが、それが何であろうと、もう関係ない。俺は、この世界でも、言葉と共に生きていくしかないのだから。

 今度こそ、誰も傷つけずに済むことを願いながら、俺の二周目の人生が、静かに動き始めた。 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。