テレビで本物のキラによるビデオテープが流れた翌日。
眞の携帯に、不審な着信が届いた。
誰だ?と訝しみながら出ると、通話口から聞こえてきた声に、思わず目を見張る。
「流河さん……!?」
『突然すみません。月君からもう聞いているかもしれませんが、落合さんにも捜査協力をお願いしたく、こうして電話しました』
「は、はぁ……それは私も願ったり叶ったりですけど、その、いいんですか?」
一般人の眞に直接電話をするのは、軽率な行動ではないのか。そういう気持ちで聞くと、Lは何てことないように言う。
『問題ありません。それでは、迎えを寄越しますので、その者に着いて来てください』
「は、はい……」
そうして通話が切れると、タイミング良く眞の前で一台の車が止まった。車は誰もが知るような高級車で、思わずギョッとする。
大学の前に高級車が停まると、大変目立つ。
現に、道行く学生達はこそこそと話していた。
眞は顔を隠すようにして慌てて中の運転手に挨拶し、Lの待つ捜査本部へと向かった。
捜査本部に着くと、L本人が出迎えた。相変わらず草臥れたTシャツとジーンズを履いている。
「お待ちしてました。ここでは、私のことは竜崎と呼んでください」
「わかりました」
竜崎の後に続き、ティーセットの並んだテーブルに座る。辺りを見渡しても、竜崎以外の人間は見当たらない。
眞は首を傾げて、コーヒーを啜る竜崎に尋ねた。
「他の捜査員の方は、いないんですか?」
「別室で捜査をしてもらっています」
「……はぁ、そうですか」
自分だけ別室に通されたのは、キラ関係者と疑われているからなのか。
それとも、他に別の意図があるのか。
竜崎と二人きりというのは、どうにも座りが悪い。
竜崎はマイペースに、ショートケーキのいちごを突っついているし……。眞は、自分の前にも用意してあったコーヒーを啜った。
……コーヒーを飲みながら、暫し逡巡する。
竜崎がわざわざ二人になるようセッティングしたのは、何か意図があるはずだ。彼は夜神月をキラだと疑っている。ならば、「キラ事件の調査仲間」として近くに居る眞も疑わしいはずだ。
何を聞かれても良いよう、心構えをしておこう。
そうして眞が警戒心を高めていると、ケーキのてっぺんから落ちたいちごを皿の上で転がしながら、竜崎が口を開いた。
「落合さんは何故、キラを追っているんですか?」
竜崎の黒く、濃い隈を携えた目が眞を射抜く。
眞は気分を落ち着けるように、しかし竜崎にバレないよう、短く息を吐いた。
「……キラは、犯罪者であれば誰であろうと殺す。でも、それが冤罪だったら?情状酌量の余地がある者も殺すのか?私はキラの……一個人の裁量で行われる殺人を、強く許せないだけ」
眞がそう言うと、後ろに居たオーエンがケタケタ笑う。
「自分の母親を殺した罪を隠したいだけの臆病者のクセに、よく回る口だナ!」
死神の笑い声が部屋に響く。不快な笑い声に耐えるよう、眞はぎゅっと膝のあたりで拳を握った。
「……そうですか。眞さんは、正義感が強い人なんですね」
竜崎はそう言うと、席から立ち上がる。どうやら、他の捜査員に会わせてもらえるようだ。
二人が捜査員達のいる別室に行くと、二人に気付いた捜査員達がぞろぞろと近付いてきた。
「警察庁局長の朝日です」
「松井です!」
「相原です」
「模地です」
死神の目で見るまでもなく、全員偽名だ。
眞はにっこり笑って応じる。
「落合です。よろしくお願いします」
捜査員達と話す眞の背を見ながら、竜崎は考える。
落合眞については、当然、彼女と接触したその日に調べ尽くしている。
彼女の経歴は、夜神月と異なり至って普通だ。父親は商社の営業部長で、母親は専業主婦。その母親はつい四ヶ月前に亡くなっている。
……丁度、キラ事件と重なる時期だ。
しかし母親の死因は風呂場での転倒、事故死だ。キラは心臓麻痺で人を殺す。加えて、落合眞の母親に前科はない、ただの一般市民だ。そんな人間をキラが殺すとは思えない。
唯一、可能性があるならば……落合眞が「カイン」であり、キラと同じ能力を持っているということ。
だが……と竜崎は、喫茶店での彼女の発言を思い出す。
これまで唯一彼女だけが、夜神月がキラでも可笑しくないと話した。夜神月は自身の仲間であるにも関わらず。
カインとキラが協力関係ならば、わざわざ夜神月の疑いが深まるような発言をする必要はない。
そもそもカインとキラは協力関係であっても、一枚岩ではないのか……。
キラは幼稚で負けず嫌い、行き過ぎた正義感を持つ裕福な家庭の育ち……というのが竜崎のキラのプロファイルだ。
対してカインは、殺人を商売にするリアリスト。そこに正義感は無く、手段に見境なく金が必要な立場……。
二人の生育環境は真反対と言っていいだろう。
竜崎はドカッとソファーに腰を下ろして虚空を見つめ、無意識に親指の爪を食んだ。
そもそも何故、カインとキラは協力関係なのか?キラはプライドが高く、他人を信頼しないタイプだろう。あの「サイト」に何かヒントがあるのか……。
しかしいくら思考を回しても、情報が足りなければ堂々巡りだ。竜崎はふぅっと息を吐き、ソファーに寄り掛かってふらふら前後に体を揺らした。
ちらり、と竜崎は再び眞に視線を向ける。彼女は熱心にキラ事件の捜査状況を聞いているようだ。竜崎は先程の彼女の様子を思い出す。
正義感に燃えるような発言をしていたが、しかし、彼女の目は驚くほど冷え切っていた。あれはキラを肯定しているというよりは、心底「どうでもいい」と思っているように竜崎には感じられた。
「……竜崎、さっきから彼女の方をちらちら見て、どうしたんだ?」
竜崎が思考に耽っていると、いつの間にか背後にいた月に話しかけられる。竜崎はゆっくりと月を振り返った。
「先程、落合さんと二人で少し話しました。落合さんはキラを許せないと言いましたが……彼女からは微塵も正義感を感じられません」
「……確かに、彼女と正義感というのは無縁に見える。何か、別の目的があってキラを調べているのかもしれないな」
月の発言に、竜崎はそうですか……と呟いて前を向いた。そして親指を咥えたまま言う。
「月君は、彼女の別の目的を何だと思いますか?」
「……それは僕がキラなら、彼女の目的がわかるだろうって言いたいのか?」
「はい」
月は震える拳を握りしめて、やがて大きく溜息を吐いた。付き合ってられないとばかりに踵を返す。
そんな月の背を、じっと竜崎は見つめていた。