NoSide
四年振りの再会を果たし、身代金の事を始めとした諸々の話をした後、ティグルとエレン、リムは公宮内の訓練場に来ていた。
ティグルはそこでエレンに命じられ、三百アルシン(約三百メートル)先にある的に命中させる事になる。
しかし、兵士の一人に渡された弓は非常に出来が悪い物で、渡された四本の矢の内、一本目、二本目は的に当たらず、周りに集まっている兵士達の嘲笑がティグルに向けられる。
だがそんな中、ティグルは自分に弓と矢を渡した兵士の視線が気になっていた。
秀麗な顔立ちに、艶やかな黒髪を肩まで伸ばした優男は、ティグルを嘲笑う事無く、まるで「お前の実力を見せてみろ」とでも言う様な目で彼を見ていた。
その事を訝しながらも、ティグルは気持ちを切り替える為に深呼吸し、ふと周りを見渡すと、城壁の上を黒い影が走るのが見えた。
影は城壁の上から
「危ないエレン!」
ティグルはエレンに向かって叫ぶ。
「アリファール」
しかし、エレンはその場から動こうとせず一言呟くと、激しい旋風が巻き起こり、風に絡めとられた矢は軌道が逸れ、地面に落ちる。
リムは直ぐ様狙撃者を捕らえるよう命じるが、兵士達がいる場所から射た矢は狙撃者には届かず、剣や槍を持った兵が城壁に上がるが、距離が離れ過ぎている為、このままでは逃げられてしまう。
そんな中、ティグルは三本目の矢を弓につがえ、狙撃者に向けて放つ。矢は大きな弧を描き、狙撃者の足を射抜き、狙撃者はその場に踞り、兵士達に捕らえられる。
ティグルの弓の技量を目の当たりにして、兵士達は愕然とした表情をティグルに向け、ティグルに弓を渡した優男も驚きを露にしている。
そんな状況にティグルは肩をすくめながら四本目の矢を手に取りながらエレンに問いかける。
「一応訊くが、まだやるか? エレン」
ティグルの問いかけにエレンは振り向きながら答える。
「いや、充分だ。よくやった、ティグル」
心底嬉しそうな顔でエレンはティグルに笑いかける。
「ええ、本当によくやりましたよ。ティグルヴルムド=ヴォルン」
「っ!! 誰だ!?」
突然訓練場に響いた覚えの無い女の声に、ティグル、エレン、リム、そして兵士達の間に再び緊張が走る。
暫くして、物陰から一人の女性が姿を現す。特徴的なデザインの大鎌を持つ、青みがかった長い黒髪の女性に、エレンは覚えがあった。
「お前・・・、ヴァレンティナ!?」
女性の名はヴァレンティナ=グリンカ=エステス。エレンと同じジスタート七戦姫の一人として、オステローデ公国を治める女性である。
彼女の突然の来訪に、エレンは警戒心を高める。
「何故お前がここにいる。お前の公国とここはかなり離れている。通りすがり、という訳では無さそうだが?」
険しい表情のエレンの問いかけに、ヴァレンティナは表情を変える事無く答える。
「ええ。今日はここにいる私の将来の右腕に会いに来ました」
「何?」
ヴァレンティナの言う事の意味が分からず、エレンは訝しげな顔をする。そんなエレンを余所に、ヴァレンティナはティグルに近づく。ティグルの前に立つと、ヴァレンティナは微笑む。
「久し振りね、ティグル。四年前よりも更に腕を上げたのね」
「まぁ・・・な。ティナも元気そうで何よりだよ」
「ええ。でも、成長したのは弓の腕だけじゃない」
ヴァレンティナ、ティナは右手を伸ばし、ティグルの頬に当てる。
「ちょっ!? ティナ!?」
突然のティナの行動にティグルは頬を赤くして狼狽える。
「一目見て分かったわ。ティグル、あなたはこの四年間で多くの事を経験して、あの頃と比べて一回りも二回りも成長してる。やっぱりあなたには私の右腕としてオステローデに来てもらうしかないわ」
ティナはティグルの頬に手を当てたままエレンの方を向く。
「という訳だからエレオノーラ。ティグルを私に譲ってちょうだい。勿論タダでとは言わないわ。あなたがティグルに要求した身代金の倍の金額を支払うわ」
屈託ない笑顔でとんでもない事を口にするティナ。
彼女の言った事にティグルとリム、そしてライトメリッツの兵士達は唖然とする。
「・・・・・・・・、言いたい事はそれだけか? ヴァレンティナ」
そんなティナに、エレンはワナワナと身を震わせ、彼女は顔に幾つもの青筋が浮べていた。
「今すぐティグルから離れろぉぉおおおおおおおおおお!!!!」
エレンは腰にある自身の
ガキィィィィィン!!
「はぁ〜、乱暴にも程がありますわよエレオノーラ?」
しかし、エレンの斬撃はいつの間にかティグルの頬から手を離したティナの持つ竜具『封妖の裂空』の異名を持つ大鎌、エザンディスによって受け止められる。
「ちっ!!」
攻撃を防がれたエレンは後ろに後退し、距離を取る。
「全く、客人に斬り掛かるなんて、戦姫以前に人としての品格を疑いますわよ?」
やれやれ、と肩をすくめながら言われたティナの言葉は、エレンの怒りの感情を逆撫でにする。
「黙れ!! そもそも貴様を客として招いた覚えは無い!!」
顔を真っ赤にしながらエレンはティナに食って掛かり、そんなエレンにティナは面倒くさそうに溜め息をつく。
「仕方ありませんね。ティグル、今から少々この子の相手をしなければならないので話はまた後で」
そう言ってティナも同じくエザンディスを構え、エレンと向き合う。
一触即発の緊迫した空気が訓練場に流れる。
そこへ、公宮に仕える侍女らしき女性が現れる。
「戦姫様! 失礼いたします」
「何だ!?」
「ひっ!?」
しかし、頭に血が上ってるエレンは不意に侍女に殺気混じりの怒号をぶつけてしまい、ぶつけられた侍女は恐怖のあまり、その場にへたり込んでしまう。
「おっ、おいエレン!! いくら何でも八つ当たりはまずいぞ!」
ティグルは慌てて侍女の元へ駆け寄る。
「大丈夫か?」
「は、はい・・・」
余程怖かったのか、侍女は小刻みに震えている。
「すまない。今彼女は少し虫の居所が悪いみたいなんだ。ほら、立てるか?」
震える侍女に優しく微笑みながらティグルは手を差し伸べる。
「あ・・・、ありがとうございます」
手を差し伸べられた侍女の震えはいつの間にか止まっており、侍女は少し顔を赤くしながら手を取り、立ち上がる。
「それで、エレンに何か用事があったみたいだけど・・・」
「あっ、はい。実は、戦姫様にお客様がお見えになっているのですが・・・」
「そうか。お〜いエレン! お前に客が来てるらしいけど、どうする?」
侍女の話しを聞いたティグルは、少し離れた所で今だティナと対峙しているエレンに問いかける。
「今忙しい!! 後にしろ!!」
「・・・・・・、はぁ〜。どうやらまだ頭が冷えていないらしい。悪いけどお客人には少し待っててもらえるか?」
「それが・・・、その・・・」
戸惑う侍女の様子にティグルは首を傾げる。
「一体何の騒ぎなの? これは」
再び訓練場に覚えの無い女性の声が響く。声のした方を向くと、そこには三人の女性がいた。
「全く、来客を待たせるなんて、ホントに戦姫としての教養がなってないわね」
一人は青色の髪をショートヘアにまとめた槍を持った少女。
「って、ヴァレンティナ!? どうしてあなたがここに!?」
もう一人は錫杖を持った、緩やかなウェーブを描く淡い金髪の女性。
「それよりあそこにいるのはやはり!」
そして、もう一人は右目が金色、左目が碧色の、鞭を持った赤い髪の少女。
その三人に女性にティグルは覚えがあった。
「ミラ! ソフィー! リーザ!」
ティグルは三人の愛称を呼んだ。
そう、この三人はエレン、ティナと同じジスタート七戦姫である。
青髪の少女はオルミュッツ公国のリュドミラ=ルリエ。
金髪の女性がポリーシャ公国のソフィーヤ=オベルタス。
赤髪の少女がルヴーシュ公国のエリザヴェータ=フォミナである。
ティナに続き、新たに三人の戦姫の登場に、リムを始めとするライトメリッツ兵達はまたしても唖然とし、ティナも少なからず驚いている。
「「ティグル!!」」
ティグルに名前を呼ばれた三人の内の二人、ミラとリーザは嬉しそうに顔を綻ばせながらティグルの元に駆け寄る。
「久し振りねティグル。また会えて嬉しいわ」
「あなたがジスタートにいると聞いた時は本当に驚きましたわ」
「驚いたのはこっちだよ。二人とも、どうしてここに?」
仲睦まじそうに言葉を交わすティグル、ミラ、リーザの三人。
ビュオォォォォォッ!!
「うおわぁっ!!」
「「っ!!」」
刹那、強い旋風が巻き起こり、ティグルの体を浮かせる。宙に浮いたティグルはミラ達の傍から離れ、エレンの近くに下ろされる。
「・・・・・・・・・・・・」
「エ、エレン?」
アリファールを鞘に納め、無言で近づいてくるエレンに、ティグルは困惑する。
ギュ!!
「「「「「なっ!?」」」」」
「エ、エレン何を!?」
ティグルの目の前まで来たエレンはその場にしゃがみ込み、ティグルの体を力一杯抱き締めた。
エレンの突然の行動にミラ、ソフィー、リーザ、ティナ、リムは声を上げて驚きを露にし、ティグルもまた顔を赤くして慌てふためき、訓練場にいるライトメリッツの兵や侍女達は言葉を失う。
「お、おいエレン!!」
「動くな」
腕の中でもがくティグルを、エレンは一言で大人しくさせる。
「もう少しで良い。このままでいさせてくれ」
そう言われたティグルはもがくのを止める。それから数分程ティグルを抱き締めていたエレンは満足げな顔をして、ティグルから離れた。
「すまないティグル。だが、おかげで元気が出た」
エレンは再びアリファールを抜き、ミラとリーザがいる方へ歩いていく。
「お前は少し下がっていろ。私はあのコソ泥共の相手をしてくる」
一方、ミラとリーザは先程までとは打って変わり、不機嫌を露にした表情でエレンを睨んでいた。
「何の真似かしら? エレオノーラ」
「なに、私の許し無くティグルに馴れ馴れしくする貴様らを叩きのめしてやろうと思ってな。その為の力をティグルに貰っていた」
「ティグルは私の恩人。彼と再会を喜び、旧交を暖めるのにあなたの許しが必要なのかしら?」
「当然だ。ティグルは私の
「人をもの扱いするなんて、本当に教養がなってないわね、エレオノーラ」
「ふん。人の公宮に勝手に押し入る貴様らに言われたくないな」
言葉を交わしていく内に、ミラとリーザの額に青筋を浮かんでいき、自分の竜具を持つ手に力が入る。
ミラは『破邪の尖角』の異名を持つ槍、ラヴィアスをエレンに向けて突きつけ、リーザは『砕禍の閃霆』の異名を持つ鞭、ヴァリツァイフを握りしめる。
エレンの持つアリファールを旋風が包み、ミラのラヴィアスが冷気を発し、リーザのヴァリツァイフに紫電が走る。
三者共に闘気は充分。訓練場にいる者達は巻き込まれない様に、三人から距離を取る。
今正に、三人の戦姫の戦いが始まろうとしたその時、
「ティグル!!」
またしても訓練場に女性の声が響く。声のした方を見ると、そこには綺麗な黒髪を短く切り揃えた女性がいた。呼吸の間隔が短い所から、どうやら走って来たのだと思われる。
「サーシャ・・・」
ティグルの口から人の名前らしき言葉が零れる。
黒髪の女性がティグルを見つけると、女性の顔は嬉しそうに綻び、目尻には涙が溜まっていく。
「ティグル!!」
女性はティグルに向けて走り出し、そのままティグルの胸に飛び込み、彼に抱きついた。
「なっ!? サ、サーシャ!?」
「会いたかった。ずっと、君に会いたかったよ。ティグル」
ティグルの胸の中で嬉し涙を流す女性、レグニーツァ公国の戦姫、アレクサンドラ=アルシャーヴィン、サーシャの腰には彼女の竜具『討鬼の双刃』の異名を持つ双剣、バルグレンが収まっていた。
訓練場にいる者達は最早何が何だか分からなくなった。
無理も無い。王都であるシレジアならばともかく、一つの公国に七戦姫の内、六人が同時に、しかも何の招集も無しに集まる事等、殆ど無いに等しいのだから。
そしてそれはエレン達、戦姫も同じであった。
「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」
サーシャの突然の登場にエレン達は開いた口が塞がらない状態だった。
「ティグル・・・」
「サ、サーシムグッ!?」
「んっ・・・」
「「「「「なあっ!?!?」」」」」
暫く抱き合っていると、サーシャは不意にティグルの首に手を回し、潤んだ瞳でティグルを見つめながら顔を近づけていき、やがて、二人の唇が重なった。
その光景を目の当たりにしたエレン達、そしてライトメリッツの兵と侍女達は只でさえ開いていた口を更に、もう顎が外れるのではないかと思う程開けた。
「・・・、ずっとこの日を待っていたよ。ティグルに僕のファーストキスをあげられる日を」
ティグルとサーシャは唇を重ねてから数秒後、サーシャは重ねた唇を離し、頬を軽く赤らめながら、心底嬉しそうに微笑んだ。
「なっ・・・!? なっ・・・!? なっ・・・!?」
サーシャとは対照的に、ティグルの顔はドンドン赤くになっていく。
「何をやっているんだサーシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
そして、ライトメリッツの公宮に、エレンの叫びが響いた。
それから暫くの間、訓練場はパニックとなった。
公宮に仕える侍女達は黄色い歓声をあげ、兵達は呆然とその場に立ち尽くしていた。
そして、戦姫の内、エレン、ミラ、リーザは顔を真っ赤にしながらティグルとサーシャに食って掛かり、ティナは顎に手を当ててブツブツと何か呟き、ソフィーは微笑ましそうな顔をしていた。
そして・・・、
「何が・・・、一体どうなっているんだ・・・」
ティグルに粗悪な弓を渡した優男、ルーリックの呟きが聞こえたティグルは、それに激しく同意したかった。
結局、騒ぎが治まったのはそれから数時間後の事だった。
因みに・・・、
「・・・・・・・・・・・・・・・、何だろう? ものすご〜く仲間はずれにされた様な気がしてならない・・・」
ジスタートから遠く離れた大地で、巨大な斧を持った少女がそんな事を呟いたとか、呟かなかったとか・・・。