サーシャSide
セレスタの町での戦いから数刻後、僕達は現在、モルザイム平原にてテナルディエ軍と対峙している。
町で打ち取った敵兵は三百。追撃を逃れた敵兵と敵の司令官は本隊との合流を果たした。
総数が三千と言うのが本当なら、敵は現在二千七百。僕達は一千の内、百騎を町の守備に回した為、現在九百。依然として三倍の差は変わらない。
ティグルは敵がモルザイム平原まで逃げると予想。彼曰く、そこならば突進力と貫通力に優れたブリューヌの騎士の力を最大限発揮出来るらしく、僕達はそこで敵を迎え撃つ事にした。
兵は僕とティグルとエレンが四百を率い、残りをリムが率いる。
「怖いかい?」
自分達の三倍の敵を目の当たりにして、僕は隣にいるティグルに尋ねる。
「怖いな。・・・でも、負ける気はしないな」
「僕もだよ、ティグル」
自信に満ちた笑みを浮かべて答えるティグルに釣られて僕の頬も緩む。
「嬉しそうだな、サーシャ」
「エレン・・・。うん、そうだね。僕は今凄く嬉しいよ。こうして君と、ティグルと
「ふっ、そうか。私もだサーシャ」
エレンは満足そうな顔をした後、アリファールを抜き、高々と掲げる。やがて笑みを消し、掲げた剣を鋭く振り下ろす。
「突撃!!」
さあ、
NoSide
エレンの号令と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。
ジスタート軍の騎兵四百が大地を蹴り、テナルディエ軍に向けて進軍する。
対するテナルディエ軍の第一陣は槍を構え、ジスタート軍に向けて矢を放つ。
「アリファール!!」
ジスタート軍の先頭を走るエレンが剣を振るうと風が吹き、敵の矢を全て蹴散らす。
その後ろでティグルは矢を三本同時に弓につがえ、一気に放つ。ティグルの放った三本の矢はそれぞれ敵兵の頭を射抜き、射抜かれた敵兵三人は力なく倒れる。
「つくづく常識はずれな弓の腕前だなティグル!」
「それは褒め言葉として受け取るぞエレン!」
「それで良い!」
エレンの冗談を軽く流しながら矢を放つティグル。
「うぉおお!!」
「!!」
その時、側面から敵兵がティグルに向けて斬り掛かる。
「ぐあっ!?」
「悪いけど、ティグルには指一本触れさせないよ」
しかし、不意打ちを仕掛けた敵兵は、ティグルの傍らに控えていたサーシャによって打ち取られる。
「油断大敵だよティグル。もう少し後ろにも気を使ってくれ」
「助かった。でも、俺の後ろはサーシャが守ってくれるから、何の心配もいらないさ」
屈託ない笑顔で言うティグルに、サーシャは呆れ半分嬉しさ半分、と言った顔で微笑む。
「全く君って奴は・・・。エレン! 後方は僕に任せて、君は突き進め!」
「ああ! そうさせてもらうぞサーシャ!」
サーシャに後押しされ、エレンは敵軍に向けて進んでいく。
テナルディエ軍はエレンに向けて槍を突き出すが、エレンはそれを巧みに避け、アリファールを振るい、次々に敵を打ち倒していく。
一方、後ろでは、ティグルが弓を引き絞り、敵の軍旗や指揮官、遠くの弓兵を狙い撃ち、サーシャは常にティグルの傍らに控え、ティグルに襲い来る敵兵を打ち取っていく。
エレン達の活躍により、テナルディエ軍の第一陣は崩壊。
突破したエレン達の前に主力の騎士隊で構成された第二陣が姿を表す。ここまで勇猛な戦い振りを見せたジスタート軍も、突進力に優れたブリューヌの騎士を前に、徐々に後退を強いられる。
エレン達が第二陣と戦い始めてから暫くして、戦場に角笛の物の様な音が響き、それを合図にするかのように、テナルディエ軍は左右に分かれる。
そして、左右に分かれた騎士達の後方から、黄銅色の鱗を持つ巨大な竜、
「まさか!? 竜を兵として飼いならしたのか!?」
大地を踏みならし、地竜がジスタート軍に襲い掛かり、ジスタート軍に大打撃を与える。
ティグルは地竜の目を狙い討つが、特殊な膜で保護された地竜の目は傷つく事無く、ティグルが放った矢は弾かれてしまう。
(まずい・・・! このままじゃ・・・)
正面の竜と左右の騎士隊に阻まれ、ジスタート軍は更に劣勢に陥る。
(こうなったら!!)
ティグルが何かを決心した様に弓を強く握り、矢をつがえようとする。
「駄目だティグル!」
しかし、その手をサーシャが掴み、ティグルを止める。
「サーシャ! でも・・・!」
「心配はいらないよティグル。ここを持ちこたえれば勝機が見えてくる!」
「え?」
死力を尽くし、何とか踏みとどまろうとするジスタート軍。
その時・・・、戦場に鬨の声が上がる。
「突撃せよ!!」
リムが率いる四百の別働隊が戦場を大きく迂回し、テナルディエ軍の側面を突く。
「よし! リム達の突撃のおかげで、敵の全身が止まった!」
「言っただろうティグル、勝機が見えてくるって。これで地竜も片付く」
「え?」
「ティグル。特別な力を持っているのは、君だけじゃないんだよ?」
サーシャが視線を向ける先には、地竜と対峙するエレンの姿があった。
「竜とは予想外だった。だから褒美に、ちょっとした技を見せてやる」
エレンに呼応するかのように、アリファールが光を帯びる。
戦場に吹く風がアリファールに集まり、集まった風はやがて小さな嵐となり、更に圧縮され、荒れ狂う暴風の塊と化す。
「
剣を振り下ろすと同時に、旋風と共に風の刃が地上を掛け、地竜を飲み込み、やがて地竜の体は真っ二つになり、その骸は大地に転がった。
「なっ・・・」
「これで地竜はいなくなった。さあ、反撃だよティグル」
「サーシャ! 今のがもしかして・・・」
「そう。あれが
「あれが・・・」
骸と化した地竜を呆然と見つめながら、ティグルは改めてエレンやサーシャ達、ジスタートの戦姫の力を目の当たりにした。
地竜が倒れた事を皮切りにジスタート軍の反撃が始まった。
リムが率いる別働隊を攻めるべく、テナルディエ軍の本隊より離れた四百の兵が接近。これを聞いたリムは後退。追撃してきたテナルディエ軍の別働隊は仕掛けられた罠に嵌まり敗走。
地竜が打ち倒された事と、別働隊の敗走の報告を聞いたザイアンは激しく動揺。そんなザイアンの元に後方より約二千の敵が出現した。という報告がもたらされる。
その報告を聞いたザイアンは更に動揺し、第二陣を後退を命令。ザイアンの部下は懸命に考え直すよう彼に訴えかけるが、ザイアンはそれを一蹴。
この時、ザイアンは気付かなかったが、本隊の後方に出現した敵の実際の数は百足らずで、二千というのはライトメリッツからアルサスに来るまでに使用した替え馬だけであった。
ティグルは敵の本隊が布陣する一帯が夕暮れになると山や森の影により、見晴らしが非常に悪くなる事を知っていた為、この策を思い付き、それは見事に的中。戦況を大きく変えた。
敵の後退に伴い、戦場の流れは完全にジスタート軍のものとなった。
エレン達は後退する騎士隊に激しく食らいつき、更にリムの率いる別働隊も合流。二方向から攻められ騎士隊は遂に崩壊。エレン達は敵の本隊に辿り着く。
サーシャSide
途中、予想外の出来事はあったものの、僕達は遂に敵の本隊に辿り着いた。
「この期に及んで、逃げられると思うな! ザイアン=テナルディエ!」
敵の総大将に向けるティグルの言葉には静かな、それでいて確かな怒りが込められているのが分かった。
当然と言えば当然だろう。彼にとってアルサスはかけがえのない宝だと言っていた。その宝を傷つけられて、怒りを抱かない筈が無い。
「逃げるだと・・・? バカな!! 国を裏切り、敵であるジスタート軍を招き入れておきながら!! この悪党が!!」
「俺を悪党呼ばわりする前に、自らの所業を省みてはどうだ!」
「何?」
「罪無き民達を苦しめ、家を焼き、財貨を奪う。正に盗賊の所業だ。俺に言わせれば、貴様らの方がよっぽど悪党だ!!」
「民? 民だと? 民がどうだというのだ? 奴らは雨後の茸の様なものだ。戯れに切って捨てようとも時が経てばまた勝手に増える。何を気に掛ける事がある」
「ッ!!」
敵の総大将の言葉に、思わずバルグレンを握る手に力が入る。
(こんな奴が、国を代表する貴族の片割れだって言うのか・・・)
「下衆だな」
エレンの言葉に僕は心から同意する。やはりこの国はティグルが忠義を尽くすに値しない。
「俺に貴様の考えは理解出来ないし、するつもりもない。だが一つ、確かな事はある。俺は、俺の領土を荒らし、民を苦しめた貴様らを許すつもりはない!」
「貴様・・・、ぬけぬけと・・・」
敵の総大将は部下達から槍と盾を強引にもぎ取り、単騎で前に出てくる。
「勝負しろヴォルン! 俺と貴様との一騎打ちだ!」
「血迷ったか」
僕は呆れた声を発しながら、首を取るベく前に出ようとするが、その前にティグルが無言で馬を進める。
「なっ!? まさか、やるつもりなのか? 待つんだティグル!」
ティグルを止める為に慌てて前に出ようとする僕を、エレンが腕を伸ばし、押しとどめる。
「エレン!?」
「やらせてやれ、サーシャ。これはあいつの戦いだ」
「だけど!?」
「大丈夫だ、心配するな。ティグルがあんな奴に負ける筈ない。私達は只あいつを信じればいい」
「エレン・・・。うん、そうだね」
エレンの言う通り、僕はティグルの勝利と無事を信じて彼を送る事にした。
(必ず勝って、そして無事に返って来てくれ。ティグル)
NoSide
互いに単騎で前に出たティグルとザイアンはそれぞれ武器を構えながら向き合う。
ザイアンは弓しか持たないティグルを嘲笑うが、ティグルはそれを無視し、ザイアンに向けて矢を放つ。
ティグルの放った矢はザイアンが持つ盾に防がれる。続く二本目、三本目の矢も、同じく盾に突き刺さる。
やがて付き合い切れないと判断したザイアンは槍を構え、馬を走らせ、対してティグルは四本目の矢をつがえ、弓を引き絞る。
刹那、二つの騎影が交差する。
ザイアンの繰り出した槍はティグルの頬を掠め、ティグルの放った矢は今までのモノと同様、ザイアンの持つ盾に突き刺さっていた。
しかし突然、ザイアンが槍を落とし、苦悶の声を上げる。彼の持つ盾をよく見ると、四本の矢は全てほぼ同じ箇所に命中していた。それ故に四本目の矢は盾を貫き、ザイアンの右手を深く抉った。
ティグルはとどめを刺すべく、五本目の矢をつがえる。
しかし、ティグルが矢を放つ前に、ザイアンの配下の兵が彼を守るべく動きだす。エレンも同じく突撃命令を出す。
両軍がぶつかり合う混乱の最中、ティグルは真っ先に駆けつけたサーシャとジスタート兵に守られ、ザイアンもまた、自軍の兵に助けられ、姿を消す。
「全く、一時はどうなるかと思ったよ」
サーシャはティグルの傍により、彼の頬の傷を撫でる。
「切っただけみたいだけど・・・、戻ったらちゃんと手当を受けるんだ。いいね?」
「分かったよ、サーシャ」
「あまり僕を不安にさせないでくれ」
ティグルを気遣うサーシャの表情は、正しく大切な人を思う少女のそれであった。互いに微笑み合うティグルとサーシャ。
その二人の間を、突然強い風が吹く。テナルディエ軍の方を見ると、視線の先から
「あの高さでは、風の刃は届かない」
悔しそうな表情のエレンの呟きがティグルとサーシャの耳に届く。
(このまま奴を逃がすのか)
弓を握るティグルの右手に力が入る。
『竜を撃ちなさい』
刹那、謎の声がティグルの頭に響く。
ティグルはその声に聞き覚えがあった。
(今の声・・・、四年前の、あの時の・・・)
『もう一度言うわ。竜を撃ちなさい』
(声の事も気になるが、今はそれよりも・・・!)
気持ちを切り替えたティグルは矢筒から矢を抜き、弓につがえ、引き絞る。
すると、つがえた矢の先端に黒い光が集まる。
それだけではない。エレンの持つアリファール。サーシャの持つバルグレンからそれぞれ銀、赤の粒子が放たれ、ティグルの矢に集まっていく。
「待つんだティグル! その力を使っちゃ」
「サーシャ」
言い切る前に、ティグルはサーシャの言葉を遮る。
「今ここでザイアンを逃がす訳にはいかない。何より、あいつにはアルサスを荒らした報いを受けさせなければならない」
「ティグル・・・。分かったよ。それが君の決断だというのなら・・・」
サーシャの言葉を聞いたティグルは軽く頷き、再び飛竜に狙いを定め・・・、そして・・・、
ティグルは黒、赤、銀の三つの光を帯びた矢を放った。
放たれた矢は飛竜に向けて一直線に飛んで行き・・・、
ザイアンが乗る飛竜を穿ち貫いた。
穿たれた飛竜は力無く落下し、平原の隅にある沼に墜落。乗っていたザイアン諸共、二度と浮かんで来る事はなかった。
「ティグルヴルムド=ヴォルンが、ザイアン=テナルディエを討ち取ったぞ!!」
戦場にエレンの声が響き、ジスタート兵から勝鬨が上がる。テナルディエ軍の兵達は、指揮官ザイアンの死により、戦意を喪失。潰走した。
斯くして、モルザイム平原の戦いはティグル、エレン、サーシャ率いるジスタート軍の勝利に終わった。
そしてこれが、後に英雄として語り継がれるようになる若者、ティグルヴルムド=ヴォルンの、最初の戦いであった。