秋の頃だった。
冷たい風が高層ビルの谷間を縫うように吹き抜け、ガラスの壁面にぶつかっては乾いた音を立てる。静かで、どこか寂しげな光景だ。
だが、その静けさとは裏腹に通りには明るい笑顔の人々があふれ、浮き立つようなざわめきが夜の街を包んでいた。
日が沈みきる頃、街はすっかりハロウィンの装いに染まっていた。夕暮れの空が深い紫を帯びると、街灯や店先にはオレンジと黒の装飾が輝きだし、通りに並ぶジャックオーランタンがゆらゆらと揺れたいた。仮装をした子供たちは「トリックオアトリート!」と声を張り上げ、家々を駆け巡っては、大人たちの笑顔と共にお菓子を受け取っている。
中には渋る大人もいたが、そんなとき子供たちは悪戯っぽい笑みを浮かべ、まだ未熟な“個性”を使って渾身のトリックを披露した。指先から水鉄砲を飛ばしたり、関節をぐにょりと曲げて見せたりと、彼らなりの精一杯のトリックで周囲を驚かせていた。
本来、公共の場での個性使用は禁止されている。だがこの夜ばかりは、通りに立つ警察官やヒーローたちでさえ柔らかい表情を浮かべ、子供たちのはしゃぐ姿を見守っていた。
カフェやレストランの窓際にも、蜘蛛の巣を模した飾りやゾンビのオブジェが置かれ、不気味でありながらもどこか温かみのあるハロウィンの空気が漂っている。
商店街の広場では仮装コンテストが開かれ、あたりは人でごった返していた。化け狐、悪魔、ゾンビ、フランケンシュタインなど。思い思いの衣装に身を包んだ参加者たちが笑顔を交わし、ハロウィンを心ゆくまで楽しんでいる。その中でも特に注目を集めたのは、“異形型”の個性を持つ者たちだった。彼らは仮装と個性の境界を曖昧にしながらも、見事な存在感を放っていた。
優勝を飾ったのは、狼男の仮装をした異形型の狼の個性を持つ青年。二足で立つ狼そのものの姿に、観客の歓声が湧き上がる。彼の笑顔には、誇りと少しの照れが混じっていた。
────個性
この世の中には、そう呼ばれる力がある。
始まりは中国、軽慶市。光を放つ赤子が生まれたというニュースだ。その奇跡のような報せを皮切りに、世界の各地で“超常”が発見されていき、やがて人々はそれを“日常”として受け入れ始めた。
その常識を超えた力、“個性”と呼ばれるものは、ほぼ例外なく生まれつき備わり、4歳までに発現するという。
科学者たちは個性の構造を解き明かそうと試みたが、その多様さは分類すら困難であった。とはいえ、一般的には以下の3種に大別されている。
一つ、発動型。
自身の意思で能力を顕現させる最もスタンダードな形。
二つ、変形型。
自らの肉体を変化させるタイプ。
三つ、異形型。
“個性”の影響で、生まれた時から身体が変化している者たち。
中にはこれらが複合した個性を持つ者もいるが、大半はこの3種に分類されている。
さて、ここで注目すべきは“異形型”である。
先ほどコンテストで優勝していた狼男の青年がまさにそれだった。彼は人間の両親から生まれたにもかかわらず、最初から狼のような姿をしていた。全身を覆う毛、鋭い爪、金色の瞳。それらを受け入れ、こうして人前に立つことができるのは、きっと彼が温かな家庭に育った証だろう。
だが、すべての異形型がそうとは限らない。
まったく人の形を留めぬ姿で生まれる者もいる。理解のない者たちから向けられる偏見と差別。それは、たとえ血の繋がった両親でさえ乗り越えられない壁になることもあった。
* * *
ハロウィンの夜。
宴も最高潮に達したその頃……
街の喧噪から少し離れた大きな病院の中では、ハロウィンのパーティーとはまるで異なる緊迫した空気が漂っていた。産婦人科の明るい蛍光灯の下、一人の大きな狐のような耳をした女性が出産の時を迎えていた。医師たちは真剣な表情でモニターを見つめ、助産師たちは彼女の手を握り、優しく声をかけている。
女性は汗にまみれ、苦しそうに息を荒げながらも、赤ん坊を産むために全力を尽くしていた。
「もう少しだ、頑張って!」と、励ます助産師の声が響く。医師が赤子の頭を確認しながら告げた。
「見えてきた、あと一押しだ!」
その声に背を押されるように、女性は必死に息を整え、深くいきんだ。数秒後、
「きゅわん!きゅわん!」
甲高く、しかしどこか人ならぬ音色を帯びた産声が部屋に響き渡った。
「異形型の赤ちゃんだわ」
「犬かしら?」
「私、初めて見た……本当に動物みたいね」
助産師たちは目を見開き、次の瞬間には微笑んでいた。その姿がどんなであれ、新しい命の誕生は等しく尊い。安堵の息が漏れ、室内には小さな奇跡を祝福する温かい空気が流れた。
「おめでとうございます!」
助産師がそっと赤子を母親の胸に抱かせる。ふわふわとした黒い毛に包まれ、犬のような顔立ちをしたその子は、まだ拙い呼吸を繰り返しながら母の体温を感じていた。
「健康な子だ、しっかりしている」
医師の言葉に、周囲は一瞬だけ安堵の表情を見せた。だが、その幸福は儚かいものだった。女性の顔色がみるみるうちに悪くなり、血の気が引いていく。医師が慌ただしく指示を飛ばし、看護師たちが駆け回る。だが止まらない出血が、彼女の命を削り取っていった。
「お医者さん……」
と、か細い声が漏れる。
「話さないで!すぐに治療しますから!」
「私……、大変な事をしてしまったの……」
「後でいくらでも聞きますから」
「私に、後はない……ここで助かったとしても…」
女は震える手で我が子を抱きしめた。温もりを確かめるように、その小さな体を胸に寄せる。
「手を出してはいけないものに、手を出してしまった……頼ってはいけない人に、頼ってしまった……。それで、この子は生まれたの……」
血の気を失った唇がわずかに動く。
「この子はきっと、平和には生きられない。平穏には過ごせない。それでも、私のお腹で育てたからかな、急にお母さんとしての自覚が湧いてきたのかも……子供が貰えるならなんでもいいと思っていたのに、今はこの子に平和に生きてほしいと思っているわ……」
声がかすれ、途切れがちになる。
医師の「出血が止まらない、急いで!」という声が響く。だが、彼女の瞳はもう遠くを見ていた。
「ねえ、知ってる?黒い狐って“平和の象徴”なんですって……オールマイトと、同じね……」
命が燃え尽きようとする中でも、彼女の手は赤子を離さなかった。
「だから……この子の名前は、狐太郎……私の大事な息子……化野狐太郎よ……この名前、忘れないでね、貴方は可愛い息子。あなたは、なんであろうと……私が産んだ、愛しい子供だってね……」
最後の言葉を紡ぐと、彼女の手は静かに落ちた。
瞳の光も、ふっと消えるように失われていった。
部屋には、赤ん坊の小さな鳴き声だけが残された。新しい命の誕生と引き換えに、一つの命が静かに終わったのだった。
* * *
あのハロウィンの夜から時が流れた。
都会の喧噪から少し離れた、静まり返るような住宅街。夕方の光が傾き、規則正しく並んだ家々の窓が一斉に明かりを灯していく中、その一角にだけ時間が止まったような家があった。
家の外壁はくすんだ灰色に変色し、かつて白かったであろうペンキは剥がれ、黒ずんだ筋を作っていた。郵便受けは歪んで口を開け、錆びついた門扉は半ば壊れかけた状態で風に揺れ、ぎぃ、ぎぃ、と不吉な音を立てている。表札には“化野”と掠れた文字。
その家の前を通りかかった子供たちが、下校途中のはしゃぎ声を響かせながら指を差した。
「やーい、お化け屋敷ー!」
ひとりが笑いながら石を投げ込む。石は乾いた音を立てて玄関先に転がった。けれど、家の中からは何の反応もない。窓のカーテンは閉じたまま、風にわずかに揺れるだけ。子供たちは急に怖くなったように顔を見合わせると、笑い声を残して駆け去っていった。
庭は荒れ放題だった。伸びきった草が背丈ほどにも達し、誰も手入れをしていないことが一目でわかる。塀の隙間から侵入した蔦が家の壁を這い縦横無尽に伸びていた。通り過ぎる風に草が擦れ合い、ざわざわと乾いた音を立てる。
外観がそうであるなら当然、中はさらに酷かった。
玄関を開けた瞬間、鼻を突く腐敗臭が押し寄せる。ダイニングに足を踏み入れれば、まず目に飛び込むのは積み上げられたゴミの山。黒いゴミ袋が床を覆い尽くし、破れた隙間からは古びた新聞や食べ残しが覗いていた。空気中にはカビの匂いが漂い、湿気がまとわりつく。
床には洗濯物が無造作に積まれ、服やタオルが床を埋めている。シンクの中には食べかけの料理がそのままの姿で腐り果て、なにかの液体がゆっくりと滴り落ちていた。その腐敗の上にはハエが群がり、ぶんぶんと低い羽音を響かせている。
そして、部屋の一角。冷たい闇が滞るキッチンの片隅には、小鳥や蛙、イタチといった小動物の死骸が積み重なっていた。その上には無数の虫が集まり、かすかな蠢きとともに湿った音を立てている。冷蔵庫の扉を開けば、そこにも変色した食材と白や緑のカビが広がり、鼻を突く臭気が吹き出した。
そんな異様な空間の中、ひとりの男が料理をしていた。
中年ほどの年齢。生気のない顔をした彼は何かをフライパンで炒めていた。油の焦げる匂いと腐臭が混ざり、空気は濁っていたが、男は気にも留めない様子だった。
その姿を、一対の瞳が見つめていた。蜂蜜色の瞳。だがそれは人間のものではない。瞳の主は、一匹の狐……いや、狐によく似た異形の存在だった。大型犬のようなその獣の毛皮に覆われた体は、光を吸い込むように黒かった。
獣は静かに男の傍に歩み寄ると、口に咥えていたものを床に落とした。鈍い音とともに転がったのは、アナグマの死骸。どうやら、彼自身が狩ってきたばかりのものらしい。
「おとうさん」
少年のような声が、獣の口から発せられた。
男はその声に反応してゆっくりと顔を上げたが、焦点の合わない瞳は宙を泳ぐばかりで、獣の姿を正しく捉えることはなかった。
「おかしいなぁ……今、呼ばれたような気がしたんだけど……」
困惑したように頭を掻き、男は再び料理に向き直った。
「とってきた」
獣が言う。
「……ああ!コタロウか、また動物を獲ってきたのか、やめなさいって言ったのに……」
男はようやく獣……狐太郎の存在に気づいた様子で、足元の死骸を見下ろすと、ため息をつきながらそれを掴み上げた。
「ペットの躾って難しいんだなぁ」
そうぼやくように呟き、そのまま死体の山へと放り投げる。狐太郎の金色の瞳が、その軌道を無言で追った。感情は読み取れず、ただ淡々と見つめているだけだった。
「ほら、これを食べなさい」
男はポケットから何かを取り出し、床に放った。大型犬用のジャーキーだった。
「大丈夫だよ、お母さん達はもうすぐ帰ってくるからね」
男は狐太郎の頭を撫でた。手つきは優しかったが、視線はどこか遠く、焦点が定まらない。その眼差しは、狐太郎を見ているようで何も見ていなかった。
「出産の為に病院に行ったっきり戻ってこないんだ。大きな男の子なんだって。多分異形型だって言われてたんだけど、どんな子なんだろう?」
男の声は、夢を語るように柔らかい。狐太郎の胸の奥に、何か冷たいものが静かに沈んでいった。
「こたろうだよ」
「名前、もういくつか案を考えてるって言ってたなぁ。平和の象徴に因んだ名前なんだって。オールマイトって分かるかい?……いや、わかんないよね」
「へいわのしょうちょう」
「きっともうすぐ帰ってくるよ、息子を連れてね」
「ここにいるよ」
「うん、うん。どんな子かなぁ……ベッドとか、普通の規格で大丈夫なのかなぁ」
会話は噛み合っていなかった。
狐太郎の言葉は届かず、男の心は過去に囚われていた。狐太郎はじっと男の背中を見つめた。その視線には、悲しみでも怒りでもない、形容しがたい静寂が宿っている。
「……あえるといいね」
「会いたいなぁ、耶子……」
狐太郎のかすかな言葉に応えるように男は呟いた。男の手は再びフライパンを握り、焦げる匂いが漂う。油が跳ね、夜の家は再び不気味な沈黙に包まれた。
薄暗い電球の下、異形の少年と壊れた父の生活は静かに、しかし確実に狂っていっていた。
男は受け入れられなかったのだ。
最愛の人がこの世を去ったという現実も、唯一残された形見である息子が人の形をしていなかったという真実も。その両方を拒んだ彼の心は、壊れる代わりに書き換えを選んだ。
妻は出産後の体調を崩し、いまだ病院で静養中。息子もまた、母と同じ病院で入院している。そして、そこから彼が引き取った“狐太郎”は妻がひとりで寂しくないようにと送ってくれた“ペットのコタロウ”。
誰がどう見てもおかしな話だ。
だが、男の中ではそれが揺るぎない現実だった。
時間は流れ、季節が巡っても、彼はまだ妻の帰りを待ち続けている。
腐りかけた記憶と共に、彼女のために料理を作り続けているのだ。
食べる者などもういないのに。それでも男は毎食、三人分の食事を丁寧に用意しては、やがて捨てる。
狐太郎は腐敗臭に満ちた部屋をゆっくりと見渡した。空気は重く湿っており、長年の汚れが壁に染みついている。
油で曇った窓の隙間から外を覗くと、近くの家の前を仲睦まじい夫婦が笑いながら通り過ぎていった。その笑い声が、奇妙に遠く感じられる。
───なるほど。あれが、やりたいのか。
狐太郎は静かに理解した。
だが、相手はもうこの世の者ではない。死者は何も語らず、生者の人生に関与することなどできない。
「出来た」
不意に男の声が響く。
気づけばテーブルにはすでに3つの皿が並べられていた。夫婦の分はやや大きめのプレートに、子供の分はカラフルなプラスチック皿に盛りつけられている。
大人用の皿には大葉と大根おろしを添えたハンバーグにレタスとトマトのサラダ、そして茶碗によそった白米。子供用の皿には、小ぶりのハンバーグと野菜スティックが並んでいる。
男は飲み物を運び終えると、満足げに小さく息をつき、腕で額の汗を拭った。その背後で崩れたゴミ袋がガサリと音を立てたが、男は一瞥すらくれない。
まるで家族が集まるのを本気で待っているように、椅子に腰を下ろした。帰ってきていない母子のためにご飯を作るという異常性も、もはやまともに認識していなかった。
だが、もちろん誰も来ない。
狐太郎はそこにいるが、男にとって彼はあくまで“ペット”であり、家族ではない。人間の食卓には加われない。与えられたのは、床の上のドッグフードだけだった。
男は手持ち無沙汰にリモコンを取り、テレビをつける。スピーカーから、甲高いアナウンサーの声が響いた。
『恐怖!!秋の心霊特集!!』
スタジオの芸能人たちが軽妙な声で騒ぎ立て、わざとらしい笑い声が部屋に満ちる。男はぼんやりと画面を見つめ、何の感情もない表情でそれを眺めていた。
10分、20分、30分と、時間だけが過ぎていく。皿の上の食事はすっかり冷え、油が白く固まり始めていた。
「今日も帰ってこなかったなぁ、まだかなぁ」
なんて言って、いつもならこの後男は残飯を捨て、風呂に入り、2階で着替え、そして夜の街へ仕事に出ていく。それが化野家の日課だった。
だが、今日は違った。
『へぇ!この幽霊、旦那さんなんですか!?』
『ええ、奥さんともう一度会いたいという強い念が、写真に映り込んでしまったのでしょうね』
────どこも、同じだな。
狐太郎は、心の奥で冷ややかに呟いた。
『奥さんが天寿を全うなされた後、きっと天国で再会できますよ』
『そうだといいですね、深い愛で結ばれてるみたいですから』
天国で再会。
狐太郎の蜂蜜色の瞳が、ゆらりと光を宿した。無機質な光が、徐々に熱を帯びる。
────そうか。死ねば、会えるのか。
「……あいたい?」
「会いたいよ」
問いかけに男は迷いなく答える。
その声には、かすかな希望が滲んでいた。
「ふかく、あいしてる?」
「愛してる、愛してるんだよ、耶子」
男はテーブルに顔を伏せ、肩を震わせた。
止めどなく涙が溢れ、嗚咽が室内に広がる。
「知ってたよ、全部知ってた!だから帰ってきてくれよ、耶子……俺は怒ってない……むしろ、ごめんなぁ、謝らせてくれよッ!耶子ぉ……ッ!」
狐太郎は、泣き崩れる背中をじっと見つめていた。その瞳に、哀れみも、怒りも、優しさも浮かばない。ただ、静かに男の壊れゆく姿を見届けているだけだった。
やがて男は涙を拭うように顔を上げると、何事もなかったかのように動き出した。テーブルの食事を一皿ずつ手に取り、無造作にゴミ袋へ放り込んでいく。湿った音とともに、生ゴミの山に新しい層が積み重なった。衝撃に驚いたのか、隙間からゴキブリが這い出てくる。それを見た狐太郎は、無意識のうちに前足を振り下ろした。クシャッという小さな音とともに動きが止まり、再び部屋に静寂が訪れる。
男はそれにも気づかず、いつものように風呂場へと向かった。ほどなくして短いシャワーの音が響く。やがて足音とともに階段を上がっていく気配がした。
狐太郎はその背を追った。
床を滑るように音もなく進み、階段のそばで身を低く構える。男が身なりを整え階段を降りようとした、その瞬間。
狐太郎は男に飛びかかった。
不意を突かれた男は当然足を踏み外す。バランスを崩し、重力が一気に男を引きずり下ろす。腕を伸ばすが空振った手は何も掴めない。
ゴン、ガタン、ガッ────
と、階段に体を打ちつけながら転げ落ちる。そして最後の一段に叩きつけられた瞬間。
───────グキリ。
首の骨はあっけなく砕けた。
室内は静まり返る。男の体は階段の下に無様に横たわり、虚ろな瞳は天井を見つめたまま動かない。その顔から血の気が失せ、唇が紫がかっていく。
狐太郎はゆっくりと階段を降り、倒れた男の傍に立つ。死者の魂は“天国”と呼ばれる場所へ行く。テレビが言っていた通りならば。
「……あえるといいね」
数分の沈黙の後、狐太郎は踵を返す。
器用に前足で扉の取っ手を押し下げ、軋む音を立てながら外へ出た。その瞬間、秋の夜風が冷たく室内を吹き抜け、腐敗した匂いと共に、空虚な家の奥まで流れ込む。
生誕の夜から、ちょうど2年が経った10月31日の夜。狐太郎は風に身を乗せるように跳び出し、ひとたびも振り返ることなく去っていった。