『さーて、それじゃあ第一種目といきましょうかね!!これはいわゆる予選よ!毎年ここで多くの者が涙を飲むわ!!さて、運命の第一種目は!!』
ミッドナイトの声がスタジアムに響き渡った。巨大モニターに映し出されたルーレットが回転し、ぐるぐると目まぐるしく種目名が切り替わっていく。観客席からは期待と緊張が入り混じったどよめきが上がり、選手たちは固唾を呑んで見守った。やがて画面が止まる。
表示された文字は、障害物競走。
瞬間、ざわめきが弾けた。
これは雄英伝統の予選。全11クラス総当たりで行われるサバイバルだ。スタジアムの外周4キロを走り抜けるそのレースは、ただの競争ではない。ルールはひとつ、“コースを守れば、何をしても構わない”。
スタート地点は非常に混み合っていた。詰め込まれた生徒たちが互いの肩を押しあう。空気は熱気と緊張で重く、汗と恐怖が入り混じった匂いが鼻を刺す。
(なるほど。これなら仕掛けやすい)
ソロは唇の端を僅かに吊り上げ、静かに息を吐いた。
『スタートぉぉおおおお!!』
ミッドナイトの叫びと同時に地面が震えた。生徒たちが一斉に飛び出し、押し合い、掴み合いながら走り出す。だが、すぐに詰まった。前列の者がもたつき、後方の者が押し寄せて、人の壁が出来る。
その瞬間、轟が動いた。
低く息を吐くと、掌から白い冷気が噴き出す。地面を這う氷が音を立てて広がり、触れた足元を一瞬で凍りつかせた。バキバキと破裂音が響き、生徒たちの動きが次々と止まる。凍結した靴底が剥がれる音、悲鳴、転倒の衝撃音が混じり、場が一気に混乱に包まれた。
(なるほど、なら俺はこうしよう)
ソロの姿がぐにゃりと歪む。肉体が波打ち、骨格が変形し、皮膚の色が淡く透き通る。やがて現れたのは、風をまとうような細身の少女。彼女、いや、彼の変身した風の妖精、シルフィードが口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。その笑みを見た瞬間、緑谷の背に冷たい戦慄が走る。
(いきなり全力で仕掛けてくる気だ!アレが何かは分からないけど!!)
足裏に力を込め、咄嗟に身構えた。
「そぉ〜れ!」
ソロが指を後方へ向けた瞬間、スタートゲートを中心に暴風が発生した。猛烈な逆風。耳を劈く風鳴り。砂と氷片が渦を巻き、生徒たちを容赦なく吹き飛ばす。
視界が白い靄に包まれ、肌を切るような冷気が突き刺さる。氷と風の合わせ技。凍りついた地面に叩きつけられた生徒たちは、咄嗟に身を丸めて防御する。頬が赤くなり、息が凍りつく。唇が紫に変わり、皮膚の表面がジリジリと焼けるように痛む。
「にゃーはっはっは!風邪をひかないように気をつけて下さいね!」
ソロは軽やかに宙を舞い、暴風の中心で笑っていた。髪が乱れ、瞳は獣のように光る。ソロは楽しげなわらいごえをあげている。
『こいつぁー厳しい!!いきなり氷と風の洗礼だぁーッ!!早く抜け出さないと体温がどんどん奪われていくぞぉッ!!福州ソロ!スポーツマンシップに則ると言ったそばから正々堂々と後続を妨害だー!!』
『正々堂々の使い方おかしいだろ』
以前のウンディーネのように、街一つを飲み込むような大津波を起こせばドッと疲れてしまうが、このように範囲を限定した能力であれば10回は余裕で出来る。変身するだけならあまり疲れないから、乱発しなければ体育祭は乗り越えられるはずである。
凍てつく吹雪の中、ソロは姿を元に戻すと軽やかに着地し、走り出した。ちなみに、ソロの細胞から作った体操服を貰えることになったので、それを着用している。変身して元に戻っても体操服の状態に戻れるので便利だ
閑話休題。
先を走る2人に後ろから「甘いわ、お二方!」と声がかけられた。2人はチラリと振り返る。A組の生徒達だ。彼らは実力で氷と風のトラップを抜け出してきた。
「クラス連中は当然として、思ったより避けられたな」
(もう少し脱落するかと思ったけど、まあいいか)
呼気が白く、頬に冷気が残る。後方にはまだ風が荒れ狂っており、動けぬ生徒たちが地面に伏していた。その姿を一瞥し、ソロは愉快そうに笑う。軽やかに地を蹴り、前方を走る轟の背を捉えた。そして、その先に大きな影が見えた。入試で現れた巨大ロボット、0ポイントヴィランだ。
鉄の巨体が軋む音を響かせ、無数のレンズが光る。
その脚が地面を踏み鳴らすたびに地面が震えた。
(さて、どう切り抜けるのが面白いかな?)
ソロは舌先で唇をなぞり、目を細める。ただやるだけでは退屈だ。どうせなら、観客が息を呑むような登場を。轟は氷でロボットを封じようとしているが、おそらく、ただ凍らせるだけではないだろう。
崩壊すれば、彼も巻き添えを食う。きっとそれでも、崩れやすい危険な形で凍らせる。
ソロはそう判断すると、轟が不安定に凍らせた巨大ロボットの下へと迷いなく突っ込んでいった。そして次の瞬間、巨大なロボットが轟音を立てて崩れ落ちる。衝撃とともに砂煙が舞い上がり、ソロの姿はその中に飲み込まれた。
だが、煙の奥で彼の唇がゆるやかに吊り上がる。
『おっとォ!!入試一位がロボットの山の下敷きだぁー!!大丈夫か福州ゥゥゥ!?』
『アイツわざと潰されたな』
次の瞬間、咆哮と共に瓦礫が吹き飛んだ。炎が吹き上がり、焼けた鉄が宙を舞う。煙の向こうから姿を現したのは、全身を黒い鱗に覆われた巨竜。黄色く光る双眸が、観客席を睨み据える。
『エンターテイナーめ……』
相澤の呆れ声が、マイクを通じて低く響いた。
ソロは四肢で瓦礫を粉砕しながら、身を捻り、羽ばたいた。ゆるやかに巨体が舞い上がる。
(後は一気にゴールまで飛んでしまおう。でも速攻で勝っちゃあつまらないよな。デッドヒートを演出しよう、その方がきっと楽しい)
ドラゴンに変身したソロは悠然と空を滑空し、彼は轟のわずか前方を飛ぶ位置をキープした。
(ぶっちぎりじゃ盛り上がらねぇってか……舐めやがって)
地上を走る轟は、舌打ち混じりに上を飛ぶソロを睨み上げる。汗が頬を伝い、吐く息が白い。彼の顔は静かな怒りに染まっていた。ソロ達はそのまま数々の障害を突破し、最終関門へとたどり着く。一面の地雷原、その名は“怒りのアフガン”。
見渡す限りの荒野に地雷が埋め込まれているのだ。当然、怪我をするような代物ではないのだが、それでも問答無用で足を止めさせる程度の威力はある。しかし、注意深く目を凝らせばわずかに土が盛り上がっているのが分かる。だが一歩でも誤れば、即座に爆発の餌食だ。
だが、空を飛ぶドラゴン……つまりソロには無関係である。高みを行けば地雷など届かない。そう思っていた、その時だった。
──────ドンッ!
と、唐突に右の翼が爆ぜた。空気を裂くような音と共に、炎が羽を焼き焦がす。巨体が一瞬でバランスを崩し、身体が傾いた。
「なっ!?」
思考より先に、次の爆発が頭部を襲う。衝撃で視界が真白に弾け、鼓膜が一瞬麻痺した。痛みと轟音の渦の中、ドラゴンは制御を失い、地面へと叩き落とされた。
落下の瞬間、地雷が連鎖的に爆発し、たくさんの煙が上がる。
「テメェらッ!!宣戦布告の相手を間違ってんじゃねぇぞッ!!」
爆煙の向こうから怒号が響いた。爆豪だ。目を血走らせた彼がこちらを睨みつけている。ソロを叩き落としたのは彼である。
土煙の中、ソロは翼を震わせて立ち上がる。その隣では、ドラゴンの巨体を盾にして爆発を凌いだ轟が冷たい視線を送っていた。空気が重くなる。視線と殺気が交錯する。
「ハッハッハ!貴方はエンターテイメントをよく分かっていますね!良い演出だ!痛かったけどちょっと面白い!」
「お遊び気分かよッ……舐めプのクソカスが!!」
爆豪の怒声が爆発音に掻き消されながらも響く。彼は爆発を推進力に変え、一気に2人を追い抜いていった。ドラゴンの姿のまま追いかけても良いのだが、
爆豪の妨害で先ほどまでのようにうまく飛べないことが予想できる。ソロは痛いのが嫌いだし、できればあまり攻撃は喰らいたくない。巨躯であるが故の欠点。小回りが利かず、爆豪のような瞬発力にはなかなか対応できない。
ならば、別の姿になればいい。
「次はこっちで遊ぼうか!」
ソロの身体が淡く光り、形を変え始める。筋肉が収縮し、骨格が歪み、翼の形状が変化する。黒い羽毛が生えた異形の姿。上半身は鷲で、下半身は獣。伝説上の生物、グリフォンだ。
地を蹴る。
その脚力は凄まじく、地面を抉って風を巻き上げ、それでいてなお機敏な動きで地雷を避け、ソロは一気に2人へと迫った。
「悪く思っていいですよ!」
鋭い鉤爪が閃き、轟と爆豪の頭を文字通り鷲掴みにする。そして、2人の身体が同時に地面へ叩きつけられた。2人の呻き声と共に、地雷が再び連鎖的に炸裂した。ソロはそのまま飛び跳ね、後ろ脚で2人を踏みつけ、勢いを殺さずに跳び上がった。
『A組トップ3の三つ巴だー!!お前ら好みの展開だろー!?1位を取るのは誰だーッ!!?』
実況の声にスタジアムが沸く。氷が弾け、火花が舞い、砂煙が視界を覆う。轟がソロの翼を凍らせ、ソロが爆豪を蹴り飛ばし、爆豪は轟の足元を爆破する。互いを牽制し合い、足を引っ張り合うデッドヒート。
だがその背後、さらに巨大な爆発音。
『偶然か故意かー!?A組緑谷、爆風で猛追だー!!?』
土煙を裂いて緑谷が飛び出す。瞬く間に3人を追い抜き、風を切って駆け抜ける。ソロは焦り、氷の張り付いた羽を力任せに砕いて再び飛び上がる。轟は氷で足場を作り直し、爆豪は怒声を上げながら加速した。
『先頭の三人が緑谷を追う!!共通の敵が現れれば人は争いを止めるのだ!!争いは無くならないがな!!』
『何を言ってるんだお前は』
緑谷は必死だった。
(クッソ!まずい!失速した!このままじゃ抜かれる!せっかく掴んだチャンスを逃すわけには……!!)
彼は瞬時に決断した。手にしたロボットの破片を地面へと叩きつける。再び地雷が爆ぜた。閃光、衝撃、爆風。右の轟、左の爆豪、上空のソロ、3人同時に妨害された。そして次の瞬間、緑谷が煙の向こうから飛び出した。地雷原を一気に突破し、全速力でゴールへ駆け抜けていく。
『さあさあ!!誰が予想できたこの結末!!今一番にスタジアムへ帰還するのはこの男、緑谷出久ぅぅぅぅ!!!!』
スタジアムが爆発したかのような歓声に包まれる。続いて2位で飛び込んできたのは、美しいグリフォン。その身体が徐々に歪み、人間の姿へと戻っていく。ソロの顔には、悔しさと羞恥が入り混じっていた。
(恥ずかしい、あまりに恥ずかしい……盛り上げつつ1位を取るはずが、普通に抜かれた……ユウちゃんに見られてたら、絶対笑いものだ)
自嘲気味に顔を覆い、深く息を吐く。だが、次の瞬間にはいつもの笑顔を取り戻し、「やってくれましたねー!」と爽やかに緑谷へ声をかけた。その背後から、轟と爆豪がほぼ同時に駆け込んでくる。息を切らし、砂まみれの顔で互いを睨みつける。そして、続々と他の生徒たちもスタジアムへとなだれ込んできた。
予選通過者は全部で43名。
次からがいよいよ本戦となる。
* * *
第二種目は騎馬戦。参加者は2〜4人のチームを自由に組み、騎馬を作る。基本ルールは通常の騎馬戦と同じだが、一つだけ異なる点がある。それは、たった今行われた障害物競走の順位に応じてポイントが振り分けられることだ。
与えられるポイントは下から5ポイント刻み。つまり、42位が5ポイント、41位が10ポイント……と続く。だが、1位だけは別格。与えられるポイントは、1000万ポイント。要するに、これは1000万ポイントを巡る戦いなのだ。
制限時間は15分。
それぞれ自分のポイントが書かれたハチマキをつけ、奪い合う。ハチマキを取られても、騎馬が崩れても即失格にはならない。個性の使用も当然アリ。ただし、崩し目的の悪質な攻撃は禁止だ。
(えー!!ますます後悔。1位取ってたら注目の的だったじゃないか……!)
ソロの所持ポイントは2位、205ポイント。宣戦布告までした手前、緑谷、爆豪、轟とは組めない。となると他に面白い駒を探すしかない。
(そういえば……いたな、1人。変わった個性の男が)
ソロは視線を巡らせ、目当ての少年を見つける。
その背後に忍び寄ると、音もなく腕を回して口を塞ぎ、笑顔のまま肩を組んだ。
「ハロー!僕はすんばらしく優秀な男、福州ソロ。そんな凡百じゃなく、僕と組みませんか?ちなみに返答は不要です。断ったら貴方の個性を公表しますので。つまり、僕にバレた時点で貴方の選択肢は消えてます!にゃっはっは!」
少年はもがき、少ししてから深くため息をついた。
A組トップと組めるのなら、文句を言う筋合いもない。
「入試トップが、なんでわざわざ俺を選ぶんだ」
「……」
「……もうバレてんのかよ。組むって言ってるんだから、そんな警戒しなくてもいいだろ。いや、だから身振り手振りじゃ何も分かんねぇって」
ソロはため息をつき、今度は手話を試みる。
が、「手話も分かんねぇ」と一刀両断された。仕方なく諦めたソロは、頭の中で作戦を整理する。騎手は自分でもいいが、必ずしもそうである必要はない。さてどうしたものかと悩む。
そんな中、小柄な影が泣きそうな顔でソロの袖を掴んだ。峰田だ。
「福州ゥゥゥ!!頼むオイラと組んでくれ!!入試の時からの仲だろ!!」
「ハロー!初めましておチビさん。ひょっとしてだけど、人違いじゃないかな!?」
「消してんじゃねぇよ記憶からよぉぉ!!女と組みてぇけどダメなんだよ!オイラちびだから馬にはなれねぇし、騎手じゃ誰も乗せてくれねぇ!!でもお前が化ければ何人でも乗せられるだろ!?オイラのモギモギ超くっつくから!!相手の足止めできる!!」
「ワオ!期待してなかったが悪くない案です!いや、素晴らしい!君にもエンターテイナーの素質がある!」
「お前が騎手じゃないのか?」
「騎手は貴方がやってください。名前は?」
「……心操人使だ」
ソロが馬を務め、峰田が足止めを行い、心操が敵を操る。となれば、動きが止まった敵からポイントを奪う遠距離戦力が欲しい。
「では心操人使。今から最後の1人をスカウトに行きます」
「誰だ?」
「A組の生徒ですよ。優秀だし、彼女にしましょう。断られたら貴方が洗脳してください」
「お前……クラスメイト相手に容赦ないな」
ソロは目的の少女に歩み寄る。
「蛙吹梅雨〜!僕と組んでくださ〜い!おねが〜い!」
「ケロケロ?どうして私なの、福州ちゃん」
「遠距離から相手のハチマキを奪える人が欲しくて」
「それこそ貴方が鳥にでも化けて奪えばいいんじゃないかしら?」
「いやいやいや、僕は馬をやるので、そうもいきません」
「あら、驚いたわ。爆豪ちゃんも轟ちゃんも、緑谷ちゃんも騎手なのに貴方は馬なのね」
「勝つのに騎手である必要はありません。それに、僕が馬の方が盛り上がります!」
「……何か考えがあるのね。分かった、貴方のチームに入るわ」
「蛙吹梅雨、感謝します」
「梅雨ちゃんと呼んで」
「では蛙吹梅雨チャン。早速、作戦会議をしましょう!」
快く頷いた蛙吹により、洗脳の必要はなくなった。
それでも心操は複雑な表情を浮かべる。先ほどまで容赦なく洗脳しようとしたくせに、何で何もないような顔して梅雨ちゃんと呼べるんだと1人で何とも言えないモヤモヤを抱える羽目になったのだった。