お狐フレンズ   作:佐倉シキ

16 / 43
秘密

 

 

 

「あれ〜、あれれ〜?おかしいなぁ。こっちじゃなかったっけ?」

 

人混みの中でひときわ場違いなほどのんびりとした声が響いた。キョトンとした顔を浮かべ首を傾げるその女性は、両手で地図をくるくると回している。緑谷が彼女に気づいたのは、ちょうど轟に声をかけていた時だった。

 

見覚えのない人物だった。

藤色の長い髪が電気の灯りを受けて柔らかく光を反射する。前髪には少しクセがある。切れ長のアーモンド型の瞳は澄んでいて、花のような虹彩の瞳はどこか不思議な印象を与えた。

 

(迷ってるのかな……?)

 

地図を逆さまにしたり、うーんと唸ったりするその様子は、どう見ても迷子のそれだった。緑谷は見ていられず、そっと歩み寄った。

 

「あの、どこか行きたいところがあるんですか?」

 

声をかけると、女性はパッと顔を上げ、ぱちぱちと瞬きをした。轟は少し離れたところで、興味なさそうにしながらも様子を見守っている。

 

「あら、あらら?貴方と、それに奥の貴方には見覚えがあります!」

「え、あ……さっきまで体育祭に出てたから、じゃないですか?」

「いいえ、それもあるけどそうじゃない。貴方は派手に自爆していた子」

「ぅえ!ええ、まあ……」

「そして奥の貴方は……」

 

女性はくすりと笑いながら轟を指差した。

 

「弟と戦ってた子!」

「弟?」

「人を馬鹿にして嘲る、サディスティックな自称エンターテイナーよ」

「福州の事、すか?」

「花丸大正解!」

 

緑谷は思わず「ええ!?」と声を上げた。

まさかのソロのお姉さん。驚いてまじまじと見れば、確かに面影があった。顔の雰囲気がどことなく似ている。轟も、少し興味を引かれたように近づいてくる。

 

「私、福州ユウです!ねえ君たち、あの子がどこに居るか分かる?」

 

ユウは小さく息を弾ませながら、周囲を見回した。どうやらソロを迎えに来たらしい。しかし一人で出歩くのは慣れていないようで、完全に迷っていた。

 

(これは……チャンスかも)

 

緑谷は胸の内で思う。ソロのことを直接知る機会など滅多にない。横で轟もまた、静かな目を向けていた。むしろ緑谷よりも興味を抱いているようだった。

 

「あの……」

「うん?」

「福州の事、聞いてもいいですか?」

 

ユウは一瞬きょとりと目を見開いた。

次の瞬間、その目がいたずらっぽく細められる。

 

(あら?あらあらあら?これはもしかして……)

 

——アイツ、もしかして興味持ってもらってる?

 

内心でそう思い、ユウの表情にはわずかに嬉しそうな色が浮かんだ。

 

「と、いいますと?」

「不躾ですいません。福州、個性婚で生まれたのかって聞いたら“自分の事は自分でも分からない”って言ってたもんだから、気になっちまって」

「あら。へぇ、あの子そんな事言ったんだ。やっぱりね」

「やっぱりって?」

「だって雰囲気が少し違ったから。あの子偶にああなるのよ。雰囲気が少し変わるって言うかなんと言うか……」

 

ユウはそう言いながら、歩調を緩めて二人の隣に並んだ。午後の日差しが廊下の壁に反射し、三人の影を長く伸ばす。風が少し吹いて、ユウの髪がふわりと舞った。

 

「う〜ん、そうねぇ。詳しいところは本人から聞くしかないのよね。私が話すのはフェアじゃないとか、そうやって格好つけて言いたいところなんだけどね」

 

彼女の声色は明るいが、どこかに微かな寂しさが滲んでいた。

彼のことを知って欲しい。そして、分かってあげてほしい。自分もわかってあげたい。そうは思っているのだが、

 

「残念ながら、私も知らないのよ」

「えっ!?お姉さんなのに!?」

「ええ、そうです。お姉さんなのに私はあの子の事を何も知らないの、一から十までね」

「どういう、事ですか?」

 

緑谷と轟は顔を見合わせ、同時に首を傾げた。

 

「実はね、ソロは無個性だって言われてたのよ」

 

ユウの一言に、空気がぴたりと止まる。

 

「……え」

 

緑谷は思わず声を漏らした。無個性。個性のない人間。その言葉が、胸の奥を鋭く突いた。オールマイトに個性をもらうまでは、自分も何も持たないただの無個性の人間だった。だからこそ、緑谷は痛いほど分かる。個性がないという事実が、どれほどの無力感と孤独をもたらすか。

 

(まさか……福州くんも無個性だった……!?誰かから、個性を貰ったってことか!?)

 

脳裏に過った考えに、冷や汗がつうっと背を伝った。自分と同じなのかもしれないと、期待と不安が入り混じる。

 

「ソロはね、12歳になっても個性が発現しなかったのよ」

 

ユウの声には、どこか遠い記憶をなぞるような柔らかさがあった。

 

「でも最初は、そのうち何かしらの個性が出るだろうって言われてたの。気づいてないだけで、きっと潜在的に何かあるんじゃないかって、みんな少しだけ期待してたのよ。

私とそっくりな子だった。紫の髪に黄色い瞳、子供の頃は瓜二つ。私もぼんやりしてて、初めて個性を使った時期は遅い方だったから、同じじゃないかって思ってたの」

 

彼女は懐かしむように視線を上げ、まつげの影が頬に落ちる。

 

「あの子ね、足の小指に関節がなかったの。知ってる?関節の話」

「はい。確か、昔の研究ですよね」

 

緑谷は反射的に答える。

 

「足の小指に関節があるかないかって、生き物は不要なところを退化させる。小指の関節は必要ない。だから、関節がなくなるように進化する。ない人の方が型として新しい。その事から、個性がある人は関節がなくて、個性がない人は関節があるって」

「まぁ、詳しいのね」

「え!?え、えぇまぁ!昔ちょっと!いろいろ調べたことがありまして!」

「ふぅ〜ん」

 

墓穴を掘ったか、と緑谷の心臓が跳ねる。こんな話、普通は授業で軽く触れる程度だ。ここまで覚えている方が珍しい。だが、彼はかつて無個性だった。個性という現象を誰よりも渇望し、調べ尽くした。だからこそ、詳しいのだ。

 

「ソロね、4歳のときにレントゲンを撮ったのよ。個性のことで病院に相談に行って。それで関節がなかったから、そのうち個性が発現するだろうって思われてた……けど、いつまで経っても出なかったの」

 

ユウの声音がわずかに沈む。

 

「そんなことも、あるんですか?」

「……あったのよねぇ。私は気づけなかったんだけど、どうもそれが原因で、学校でいじめられてたみたいなの。“無能の無個性”ってね」

 

緑谷の喉が詰まった。胸の奥を、遠い痛みが突いた。その言葉は、かつて彼自身を最も深く傷つけた言葉とよく似ていた。

 

「ウチの両親もね、自分たちの家の格を守るためか知らないけど……ソロが無個性かもしれないって分かってからは、世間から隠すようになったのよ」

 

ユウの目は暗く揺れていた。

 

「使えない子どもって思ったのか、あからさまに扱いが雑になってね。家庭内別居みたいな感じで、ソロも不登校に。私も会わせてもらえなくなったの。……酷い話よ。何もできなかった私が言えたことじゃないけど」

 

緑谷は言葉を失った。無個性として蔑まれた経験があるので、気持ちは痛いほど分かる。年齢の近いユウも、その頃はまだ幼かったはず。子どもの身で、家庭の理不尽に抗えるはずもない。それでも、彼はどうにか慰めの言葉を探し、口にした。それは陳腐でありきたりな励ましだったが、ユウは微笑み、静かに礼を言った。

 

「それでね、“無個性かも”を“無個性確定”にしたくなかったのか……お母様はまた病院に検査をしに行くのを渋ってたの。でも流石にこれ以上は待てないってことで、中学生になる前にソロをもう一度病院に連れて行くことにしたのよ。そうしたら、大変なことになっちゃってね」

「え、どうしたんですか?大変って……大喧嘩にでも?」

「ううん。ソロ、家出しちゃったの」

「えぇ!?」

「ウチのバカ両親はそれすら隠そうとしてね!警察に金を握らせて、こっそり探させたらしいの!ヒーローも使わずよ!そのせいで結局見つけられなかったわ!」

 

轟が眉をひそめた。

 

「見つけられなかったって……でも、アイツ今いるじゃないですか」

「そうなのよねぇ」

 

ユウは苦笑を浮かべた。

 

「半年間、家出してね。突然帰ってきたの。薄汚れた服を着て、髪もボサボサで、まともに歩けないくらい疲れた様子でね。それで“修行してきたんだ”とか、“森で狐と会ったんだ”とか、おかしなことを言い出して。しかも、“個性を使えるようになった”って両親に言ったのよ。それも、異ぎ……いや、これはいいか。

どう考えても、もっと掘り下げるべき話なのにね、変身なんてすごい個性だったものだから、両親は大喜びしちゃってさ。よく分からないまま、今に至っちゃったのよ」

 

小さく息を吐き、眉尻を下げる。

 

「絶対、聞かなきゃいけないことがあるのに、聞けないまま成長しちゃって……ますます何も聞けなくなった。あの子の秘密。半年間の家出。その間に一体何があったのか。ソロは……あの子は……。私、ダメなお姉ちゃんね」

「そんなことないですよ!」

 

緑谷の声が思わず強くなる。その真っすぐな言葉に、ユウは少しだけ目を細めて微笑み、疲れたように小さくため息をついた。そして、背伸びをして、軽く首を回す。

午後の陽光が、彼女の藤色の髪を淡く透かしていた。どこか遠く、あの“家出した少年”の影を探すようにユウは窓の外を眺める。

 

「でもね、いつまでもウジウジしていられないわ」

 

ユウはふっと柔らかく笑った。

 

「ちょっと怖かったけど、何か進展が得られればと思って……私があの子を雄英に入れたらどうかって勧めたの」

「え!?貴方が福州くんに言ったんですか!?福州くんは両親から言われたって……」

「私が両親に言って、両親があの子に言ったってこと。まあ、皆様ご存知の通り性格がかなりアレだから、なんか不快な思いをさせちゃってるかもしれないけど、そこはごめんなさいね」

「いやいや!全然!かっちゃ……僕の幼馴染も中々な性格してますから!慣れてます!」

「慣れちゃダメだと思うわよ……」

 

ユウは呆れたように笑った。

 

「まあとにかく、福州の家の狭い世界だけで生きてほしくなかったの。お節介だろうけど、もっとたくさんの人と関わって、広い世界を知ってほしかったのよ。雄英高校はトップでしょ?そこなら安心して任せられるかなって思ったの」

 

その言葉には、姉としての静かな祈りが滲んでいた。

 

──そうすれば、何か変わるかもしれない。

 

誰か、本当に信頼できる相手と出会えるかもしれない。誰にも話せない秘密を、誰かに打ち明けられる日が来るかもしれない。

 

雄英なら、ヒーローたちの中なら、きっと。そう信じて、彼女は弟を送り出した。そして、今目の前にいる二人を見て、ユウは柔らかく微笑む。

 

「2人もあの子のことを気にかけてくれてる。お姉ちゃんは嬉しいです!」

 

その笑顔は、花が咲くように明るかった。

「ありがとうね」と言われ、緑谷は一瞬で顔を赤く染めた。心臓が跳ねる。どうしても綺麗な女性には弱いのだ。緑谷は視線を逸らし、逃げるように周囲を見回した。看板が目に入る。そこには控え室と書かれていた。

ここが目的地だ。そう思い、ユウに伝えようとしたその瞬間、中から声が聞こえた。

 

(……あれ、かっちゃん?)

 

間違いない。爆豪の声だ。しかも、誰かと話している。緑谷が息を潜めて耳を澄ますと、その誰かの声もすぐに分かった。

 

(福州君……!?)

 

ドアは半開きで、二人の会話がはっきりと漏れてくる。

 

「テメェ、なんで最後変身やめやがったッ!!」

「ははっ……しつっこいですねぇ、本当に。実に感心するほどしつこい!またその話ですか?何度でも言ってあげますよ。僕が戦いたくなくなったからです。痛いのも、怠いのも、もう飽きたんです。それ以上でも以下でもない。だから諦めてくださいよ。鬱陶しい」

「なんだと!?最後の最後で舐めた事しやがったテメーが悪ぃんだろ!?」

「勝ったのに何をそんなに噛みついているんです?いいじゃないですか、楽して勝てたんですから。普通なら“ラッキー!”って上向いて感謝でもしておけばいい。ほら、言ってみましょうよ、say ラッキー!」

「あ゛あ゛!?ラッキーな訳ねぇだろクソが!!あんな勝利はクソなんだよ!!クソッ!!」

「まぁ、そうくるでしょうねぇ。轟焦凍も緑谷出久も、あなた方はそろって理解不能ですよ。何をそんなにムキになっているのか……まったく、面白い」

「面白い訳ねぇだろうがっ!!舐めプした奴に勝ったところで意味がねーんだよ!!」

「にゃはっ!そんなこと、僕の知ったことじゃぁありませんってばぁ!あなたの不満も怒りも苛立ちも、全部ぜ〜んぶ、僕にはどうでもいいんですよ!僕はやりたい事しかやりませんから!」

 

(け、喧嘩してる……!!)

 

緑谷は思わず冷や汗を流し、背筋を強張らせた。

ユウは横で「これも青春かしらねぇ」と、どこかズレた調子で呟く。

 

「……チッ。ンな事言いにきた訳じゃねーんだよ」

 

爆豪の声が、少しだけ落ち着いた。

 

「はぁ?では今度は何の御用でしょう?罪の懺悔とか?告解室ゴッコでもしたいんです?いいですよ、特別に神父に化けてあげましょう。アーメン。……で、あなたの罪?あれはね、許されませんよ。内容は存じませんけど……まぁどうせ貴方らしい苛烈なイジメとか、その辺りでしょう?」

 

ソロの軽口を無視し、爆豪は黙った。短い沈黙。呼吸の音だけが聞こえる。やがて、彼はゆっくりと息を吸い、吐き出した。その一瞬の空気の重みに、ソロが首を傾げる。

 

「俺の勘違いだったら、それでいい」

「何ですか一体」

「テメー……異形型だろ」

「おや……」

 

確信に満ちた声。

その響きに、緑谷は思わずドアにかけていた手を止めた。中の空気が一瞬で変わる。張り詰めた沈黙。まるで刃が擦れ合うような、静かな緊張が流れた。

 

「正確には異形型と変形型の複合個性ってところか」

 

爆豪の声は低く、しかし確信に満ちていた。

 

「………」

 

緑谷は何と言うべきか分からず言葉を飲み込んだ。

 

「テメェが最後、ふざけた事をする前。人の姿なのに、まるでドラゴンが地面を踏み締めた時みたいにコンクリートが抉れた。考えられるのはテメーのパワーがドラゴンレベルなのか、体重がドラゴンと同等以上に重いっつー事」

 

爆豪の言葉は断定的で、理詰めだった。轟や他の戦いを思い返し、地面が崩れた瞬間のソロの足の入り方、重心の遷移。そうした細かい記憶を丹念に並べていく。

 

「へぇ?」

「だがそれはねぇ。殴り合えば分かる。テメーの体重はその姿の適正だった。パワーも怪力だがあそこまでじゃねぇ。じゃあ何でか、ふざけた事をした理由がアレだとしたら、理由は何なんだって考えた。テメーの変身は2、3秒かかる。その時間で、体が作り変えられ、徐々に姿が変わるって事だ。つまり少しずつ体重も変化する。ドラゴンに化ける時は人間の姿の体重から、ドラゴンの適正体重まで変化する」

 

爆豪は細部を丁寧に拾っていく。口調は荒いが、その思考は冷静だ。変身にかかる時間、体の作り替え、質量の移行、彼はそれらを繋げて、一つの仮説を組み立てる。

控え室の空気は重く、二人の距離がいつもより近く感じられる。緑谷はドアの影から、2人の会話を盗み聞きしていることを忘れそうになりながら、息を詰める。

 

「また何か大きな物に化けようとしたのなら、地面はああやって抉れるだろうよ。だがあの場でそれはねぇ。デカブツに化けた所で爆破の的になるだけだ。テメェはカスだがバカじゃねぇからその程度は分かっていた。だったら何か?あの時テメーは疲労困憊。それでも、俺はまだ何かに化ける力があるのかと思ったが、逆だったんだ。もう化ける体力も殆ど残ってなかった。そうなると、変身が解けかかったって事だろ?」

 

爆豪の推測を聞き、緑谷の胸の中でいくつものピースが繋がっていく。疲労が変身の継続を阻むという可能性。身体の維持にかかる負荷。それが限界に近づいたとき、人間の外殻は崩れかける。

 

「え?」

 

緑谷は思わず漏らし、慌てて口を手で塞いだ。だが彼の驚きは既にその面に現れていた。中の2人には聞こえていないようだが、緑谷の胸は早鐘を打ち、手のひらに汗が滲む。

 

控え室の中、爆豪とソロはにらみ合っている。爆豪は鋭い眼で詰め寄り、ソロはそれに対して不気味に口角を吊り上げる。追い詰められているはずのソロの顔には、どこか底知れぬ余裕が混じっていた。

 

「元々テメーは異形型だったんだ。会うたびに身長が俺より高かったり低かったりと変わってたから、何だコイツとは思ってた」

 

爆豪は真実を突きつけた。

 

「天狗の団扇を俺が壊した時、どうなるのかと気になってそれを見たら、黒い動物の体毛みたいなもんが散ってた。あれが証拠だ」

「にゃはッ!アッハッハッハ!!中々素晴らしい洞察力ですね名探偵!」

 

ソロが浮かべる笑顔は場違いににぎやかだった。

 

「テメー笑ってんじゃねーぞ!!テメェは戦いよりも人間の姿を保つことを優先しやがったんだ!元の姿を見られたくなかったからか!?

それとも!元の姿だと俺を殺しちまうからか!?“人死なんか出したくない”ってそう言う意味だろ!?元の姿なら俺の爆発にも耐えられた!元の姿なら、俺程度ぶちのめせたと考えてんだ!!それをこのままやっても痛くて楽しくないから、だと!?

あ゛あ゛!?舐めてんじゃねーぞ!!ンな下らねぇ理由で戦いをぶん投げやがって!!おかげで俺は不完全燃焼だわクソが!!」

 

爆豪の声は怒りで震え、唾が飛ぶほどの荒々しさで連なっていく。その声の凶暴さは、長丁場で蓄積された苛立ちと、真剣勝負を望む純粋な欲求の裏返しだ。彼の拳がぎゅっと強張り、筋が盛り上がる。胸の内の熱が、言葉となってあふれ出す。

 

「元気いっぱいに難癖をつけないで下さいよ、名探偵。そう大声を上げられると耳が痛い。……あ、物理的な方の意味でね。

それにしても、“下らない”とは手厳しいことで。僕だってね、一応は繊細なんです。ほら、ご覧の通り。大事に抱えてきた小さな秘密を、こうしてズカズカと踏み荒らされて……もう、顔が真っ赤でしょう?異形型だなんて、先生と家族くらいしか知らなかったのに。まあ、その人たちにだって実物はお見せしたことありませんけど。……だって、バケモノだ!って怖がられちゃいますからねぇ?」

「ふざけてんじゃねーぞボケが!!テメェ如きにビビる訳ねぇんだよ!!あ゛ぁクソッ!!どいつもこいつもがマジで立ってる場でテメーだけは最後の最後まで舐めプだ!!ムカつくんだよ!あ゛ぁ!?ムカつくなぁッ!!」

 

爆豪の怒りは、もはや制御されない洪水のようだ。拳を固め、床に力を込める。彼自身が期待していた完膚なき勝利がふざけた態度で奪われたことが、全くもって我慢ならないのだ。

 

「はいはい、分かりました、分かりましたとも。そんなに本気でやれと駄々をこねるなら……」

 

ソロは小さく息を吐き、態とらしい仕草で額に手をやり肩をすくめる。そうして、うっすらと目を開けて爆豪の方を見る。口角を上げ、ニヤリと笑いながら。

 

「今ここで貴方を噛み殺せばよろしいんですね?……いやぁ、随分と血の気の多い願望ですね。血の気が多いと言うか、血を失って死ぬ事になるんですけど!」

 

ソロの声は不敵で、その一言が部屋の温度をさらに下げる。笑っているのに、目には鋭い光が宿る。

 

「上等だわ!かかってこいや!この場でぶっ殺してやるッ!!」

 

爆豪が叫ぶ。胸の内部に蓄えた炎を全て噴き出すような勢いだ。

 

「それでは僭越ながら……噛みつかせていただきますね。僕の本気が見たいのであれば、それを引きずり出せるように頑張ってください」

 

ソロから明確な敵意が迸った。

その瞬間、空気がぐっと重くなる。瞳孔が細く収束する。それはまるで獲物を見据える肉食獣の目だ。

 

次の瞬間、地面が軋みヒビ割れる。体重が増したのだと誰もが理解する。肌がみるみる黒く染まり、手足が変形し、指の先から硬質な爪が突き出した。長く、鋭く、硬い、ドラゴンの爪。ここでもう一度戦うつもりなのだ。

 

その姿を見た瞬間、爆豪は闘志を滾らせて笑った。掌から火花が弾ける。

 

次の一撃で、確実にどちらかが倒れる。

そう思わせるほど、二人の間には濃密な殺気が立ちこめていた。控え室の空気が振動し、床が微かに鳴る。

 

だが、それは流石にまずい。緑谷が慌ててダメだと叫ぼうとするより先に、轟が動いた。

 

氷結が2人の間に発生する。

その冷たさに思わず、爆豪もソロもびくりと動きを止めた。変わりかけていたソロの身体が時間を巻き戻すように瞬く間に元の人間の姿へ戻っていく。肌の色が薄れ、爪が縮み、骨が元に戻る。その度に、骨の擦れるような鈍い音が響いた。

 

「さすがにそれ以上はやめとけよ」

 

氷の向こうから、轟の冷静な声が落ちる。その声に、張り詰めた糸が切れたような気がした。

 

「あ゛あ゛!?」

「轟焦凍と、緑谷出久……あ。ユウちゃん……」

 

ソロが小さく呟いた瞬間、彼の顔色がみるみる悪くなり、額に汗が滲む。口元が引きつり、何か言い訳を探すように目線が泳ぐ。ぴゅーと態とらしい口笛を吹いたが、音は妙に裏返り、下手くそすぎた。

 

緑谷は一歩踏み込んだものの、そこで言葉を失う。何を言えばいいのか分からない。ソロの事情はあまりにも重すぎる。無個性で虐められていたという点は分かる。だが、そこに名家という重圧が加われば、想像の及ばぬ苦しみがあるのだろう。

緑谷自身は普通の家に生まれた。守られた環境で生きてきた。その差はあまりに大きい。ユウがそっと手を振った。それを見たソロは、まるで悪さをして叱られるのを悟った犬のように、申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「帰ろっか」

「ん?」

 

ユウが柔らかく言うと、ソロが間の抜けた声を出す。

 

「アンタ疲れてるでしょ?だから私、この子達に案内してもらって迎えに来たのです!それと、今日は外泊するってお父様に伝えてあるから、こっちの家に泊まろうと思ってるのよね〜」

 

ユウの声は普段通りだった。あえて何も触れず、いつも通りを演じるような自然さがあった。その穏やかな調子が重く沈んでいた空気を少し和らげる。

 

「オッケー、ならマック寄ろうか!サムライマックが僕を待ってる気がするよ」

「じゃあ行くぞー!弟よ、お姉ちゃんは迷うので、出口まで案内して!」

 

ユウは楽しげに手を振り、ひらりと踵を返す。軽やかに部屋を出て行く背中には、気遣いが感じられた。

ソロはその背中を目で追い、すぐに後を追おうとする。だが、ドアの前で一度立ち止まった。轟と緑谷を振り返り、軽く眉を上げる。

 

「聞いてましたね?」

「うん。……ごめん」

 

緑谷は正直に頷いた。目を逸らさないようにして。

 

「にゃは!ヒーロー志望の皆様って、揃いも揃って趣味が悪いんですねぇ。人助けだの正義だの言いながら、盗み聞きに勤しむとは……いやぁ、実に、実ぅに趣味が悪い!」

「わりぃ」

「ま、構いませんけどね?いつかはバレると思っていましたし。どうせならタイミングを見計らって、ドッカーンと派手にネタバラシして差し上げようと思ってたんですよ。ただまあ……僕がちょーっと未熟だったのと、そこに有能な名探偵が混ざっていたせいで、予定より前倒しになってしまったわけです。いやぁ、困った困った、ははッ」

「ごめんね」

「ああ、そんな顔しないでくださいって。別に気にしてませんよ?誰にも見せたことはありませんでしたけど、先生方は最初から把握していましたし。単に、貴方たちには言っていなかっただけです」

 

ソロの口調は軽い。秘密が暴かれたというのに、怒りも焦りも見せない。

 

(じゃあ、ユウさんの言ってた秘密って……福州君が実は異形型って話じゃないのか)

 

緑谷は心の中で呟く。

まだ、何かが隠されている気がした。ソロは小さく頭を下げ、ひらひらと手を振る。

 

「じゃ、また明日」

 

軽くそう言って、部屋を出て行った。

 

残された3人の間に、重い沈黙が落ちた。

緑谷が振り返ると、爆豪が不機嫌そうに舌打ちをしている。

 

「爆豪……お前デリカシーねぇのな。アイツが怒らなくてよかったな」

「うるっせーわ!!!」

 

轟の呟きに、爆豪が即座に噛みつく。

その声が控え室に響き、緊張の残滓をかき消すように弾けた。

 

室内には、氷の溶ける水音と、3人の微妙な空気だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。