体育祭から二日が経った。
振替休日も終わり、生徒たちは思い思いにリフレッシュして雄英へと戻ってきた。その日は朝から冷たい雨が降っていた。
ソロは席に腰を下ろし、窓の外をぼんやりと眺めていた。曇天の下、雨粒が斜めに流れ、ガラス越しの景色を歪めている。
(思ったより早く本来の姿のことがバレたな。緑谷出久と轟焦凍は案外冷静だった。爆豪勝己も怒鳴っただけで終わったし……雄英の連中は意外と寛容だ。ハロウィンの夜以外では、いつどこでだって化け物だって罵られて攻撃されてきたのに。
いや……コイツらだって、俺を見たら、やっぱり化け物だって思い直すかもな……そんなもんだろ、どうせ……)
自嘲気味に笑みを浮かべるが、その頬もすぐに緩む。思考がふと止まり、違和感に気づいた。
(あれ……?今の考え方じゃ、まるで本当は見られたくないみたいじゃないか?……ビビったのか、俺?)
自分の頬を軽く指先で叩く。冷たい皮膚の感触だけが返ってくる。その“借り物”の顔に、微かな違和感が走る。
(……俺は俺だって、忘れちゃいけねぇ。俺は“福州ソロ”じゃない。いつまでもこうしてるわけには、いかないんだよな。多分)
雨音が強くなる。
校舎の屋根を叩く音が重く響く。
(“ソロ”として、コイツらとずっと一緒なんてのはありえねぇんだよな……いつかは俺に戻る訳で……俺に戻って……)
窓を伝う雨の筋を目で追いながら、ソロはぼんやりと空を見上げる。どこまでも灰色で、どこまでも沈んでいた。
(……俺って、この先何がしたいんだろ)
「おはよう」
静かな声に、思考が途切れた。
顔を上げると、そこに轟が立っていた。
「ん?ああ、おはよう」
それだけのやり取りだった。
珍しい光景にクラス全体が一瞬ざわついたが、すぐにガヤガヤとした空気に戻る。だが相澤が教室に入ると、一瞬で静寂が戻った。
ミイラのようだった包帯はすでに外され、以前の顔がそこにある。相澤曰く、リカバリーガールの治療がオーバーなだけらしい。生徒たちは半信半疑の視線を送っていた。
「んなことより、今日のヒーロー情報学はちょっと特別だぞ」
相澤の言葉に教室がピリッと引き締まる。
だが、続く一言で空気が一変した。
「コードネーム、つまりヒーロー名の考案だ」
一瞬の静寂ののち、歓声が爆発する。スタンディングオベーションだ。体育祭の熱がまだ残る中、生徒たちは自分の未来を夢見て胸を躍らせた。
次に控えるのはプロからのドラフト指名だ。
本格的な採用は2、3年生からなので、今回のはあくまで先方からの興味である。その集計は既に出ていた。
「例年よりも偏っているな」
1位はソロの6089票。2位は轟で、5523票。3位は爆豪の3556票。4位の常闇が360票という数字を考えると、上位3名の突出ぶりは異常だった。
「まあ、僕が1位なのは当然でしょうね。ヒーローの方々は実に見る目がある。大変素晴らしい。花丸百点を与えてあげましょう」
「何でお前が上からなの?」
「人格面は最下位なんだけどな」
「映像だけじゃ分かんねぇからな、しょうがねぇ」
「え、最下位は爆豪勝己でしょう?」
「なんだとコラァ!!俺は人の不幸を笑ったり勝負を投げ出したりはしねぇぞクソが!!」
「福州は雰囲気が上品だから得してるだけだな」
「爆豪は雰囲気からして下品だからな」
「殺すぞしょうゆ顔テメェ!!」
「ほらな」
教室中に笑いが広がる。
爆豪の順位がやや低いのは、どう考えても人格面のせいだった。一方、福州は言葉こそ棘だらけだったが、立ち居振る舞いや言葉遣いには妙な品があった。そのギャップが評価を緩和したのだろう。加えて、彼の個性はどんな局面でも応用可能、まさに万能。
さて、プロからの指名を踏まえ、職場体験の準備としてヒーロー名を決める。名前は象徴であり、責任であり、未来を決定づけるもの。仮にのつもりでつけても、後にそのまま定着するのが常だ。
相澤は自分のセンスにまるで自信がないらしく、判定を担当するのはミッドナイトに一任された。
そして15分後。
完成した者から順に発表していくことになった。
最初に青山が発表した案、“ I can not stop twinkling”。あまりに強烈なセンスにクラスが一瞬ざわつく。流れが完全に大喜利の方向へ傾きかけたその時、蛙吹がまともな案を提出して、なんとかクラスの空気を立て直した。
(危なかった……エンタメ魂に火がつくところだった。んー、にしても全然考えてなかったな。
……あ、そういえばソロが昔言ってたっけ。ヒーローになったら、って妄想してたって。ならそれ使わせてもらうか。今の俺は“福州ソロ”だしな)
ソロは頬杖をつきながら皆の発表を横目に眺める。そして自分の番が来ると、淡々と告げた。
「……変身ヒーロー、ミラージュ」
「いいじゃない!響きも綺麗だし、個性にも合ってるわね!」
ミッドナイトの艶やかな声が響き、即座にGOサインが出た。その後ろで爆豪が紙を突き出す。「爆殺王」などという名前は当然却下だった。
「アッハッハ!蛮族!」
「黙れクソロン毛!!」
* * *
職場体験は一週間。
行き先は各自の自由だが、基本的には指名してくれた事務所の中から選ぶことになる。指名がなかった者には、学校がピックアップした40の事務所リストが配布される。
しかし、ソロの前にあるのは分厚い書類の山。ざっと数えて120枚。それらをパラパラと捲りながら、彼はもう一度深く息を吐いた。
(……多すぎる。誰も興味ねぇ)
個性との相性や有名どころだけを絞って渡してくれれば助かったのに、なぜか五十音順で全掲載。まるで電話帳のようだった。
「福州くん、すごい数だね」
ため息を聞きつけた緑谷が近寄ってくる。その後ろには麗日も顔を出し、何やかんやでクラスメイトたちが自然とソロの周囲に集まった。
「うわ〜、何枚あるのこれ?」
「120枚ですねぇ」
「えっぐ」
「どこにするか決めた?」
「いえ、さすがに多すぎて。ご覧のように困っています。トホホ」
「わざとらし」
ソロが書類の束を緑谷に渡すと、緑谷は目を輝かせてぱらぱらとページをめくりながら息を呑んだ。
「すごい!トップヒーローの名前がこんなにたくさん!!」
「緑谷出久。貴方はどこが良いと思います?」
頬杖をついたまま、ソロが軽い調子で尋ねる。途端に緑谷のスイッチが入った。もはや彼の持ち芸とかした、緑谷のブツブツとした早口の分析が始まる。
「そうだね、まずトップヒーローの面々は外せないと思う。エンデヴァー、ホークス、ベストジーニスト、エッジショット、クラスト、ヨロイムシャにミルコ。リューキュウ、ギャングオルカ。本当にすごいなビルボードランキングに乗る名前がこんなにたくさん。
福州くんの個性“変身”との相性を考えると、個性“剛翼”で空を飛び、その羽自体を武器にして戦うホークスとかが良いと思う。他にも個性“ドラゴン”でドラゴンに変身して戦うリューキュウ。個性“シャチ”でシャチっぽい事が沢山できるギャングオルカなんかも相性が良さそうだよね。福州くんの個性は本当にたくさんのことが出来るし、彼らの仕事っぷりは参考になると思う。
ただ福州くんの個性は変身だけじゃなくて変身した生き物の能力も使えるから攻撃力の高いエンデヴァーやミルコなんかの所でも問題なさそうなんだよな。あのドラゴンの炎や女の子の風も凄かった。
いやそうなるとむしろトップには拘らず逆に今福州くんが苦手とするものを伸ばせる所に職場体験に行くっていうのもありだよね。何が苦手なのか分からないけど。
というかまずこれだけ汎用性が高い個性なんだから戦い方より救助の仕方を学ぶっていうのも良い経験になるよね。海難救助が得意なセルキー、山岳救助が得意なプッシーキャッツ。あ、そうだ!大きな体で戦うMt.レディなんかも」
「長い長い長い長い」
勢いよく喋り出して止まらなくなった緑谷を麗日が止めた。周りに集まった面々がぬるい笑顔を浮かべて緑谷を眺めている。緑谷は慌てて口を押さえ、「ご、ごめん!1人で喋りすぎた!」と謝る。
そんな中、ソロは静かに赤ペンを走らせていた。緑谷が挙げたヒーローたちの名前をノートに書き、思案顔でそれを眺めている。書かれている文字は意外にも癖が強く、麗日が覗き込んでも読めなかった。
「さすがや……デクくんの早口についていって何か書いとるわ」
麗日は少し引き気味に呟いた。
数秒後、ソロが顔を上げる。
「ありがとう、緑谷出久。決めました」
「良かったら聞いてもいい?」
「当然!」
軽く息を吸い、ソロは椅子から立ち上がった。
「ドラグーンヒーロー、リューキュウのところです!彼女がその個性でどのようにヒーロー活動を行なっているのか、ものすごぉく興味があります!」
「そっか!凄くいいと思う!リューキュウの個性は文字通りドラゴンに変身するものでそのパワーの前では並大抵のヴィランは簡単に倒されちゃうし、それに彼女は優しくてフレンドリーだって」
「オッケーオッケー、分かりましたからもういいですよ緑谷出久。詳しくは自分で調べます」
「ご、ごめん!」
「ははッ!ヒーローの話になると、貴方は本当に前のめりですね」
ソロは肩を揺らして笑った。彼の表情がやわらいでいるのを見て、緑谷は心底ホッとしたように息を吐いた。
* * *
──後日、東京都。
「ねえねえねえ!貴方、リューキュウに雰囲気ちょっと似てない?ドラゴンに変身できるお揃いの個性だからかな?」
「あははっ!普通に気のせいですよ、気のせい!よ〜く見てくださいな、ほら、全然似てないでしょう?一致してるのなんて目の色くらいじゃないですか。その目、ビー玉みたいにコロッとしているなぁとは思いましたけどね。ひょっとして本当にビー玉だったりします?」
「ふふっ、おかしなことを言うね?目はビー玉にはならないよ!ビー玉も目にはならないし!不思議!」
「不思議なのは貴方ですね!」
「うんうん、不思議!」
と波動ねじれは笑いながら、ぴょんぴょんと跳ねる。
「ねえねえ、それでね、それでね!ドラゴンに変身できるんだっけ?ちょっと変身して見せてよ!比べてみたい!」
「ねじれ、その子の個性はドラゴンだけじゃないわよ。もっと幅広いの」
ねじれの背後から落ち着いた声がした。
「え!?凄いね!!ねえねえ、じゃあ私に変身してみてよ!できる!?ねえ、できるでしょ!?」
「にゃはは、元気な人ですね」
ソロは圧倒されていた。あまりにも勢いのある先輩に、思わず半歩引いてしまう。彼の脳裏に浮かんだのはユウの姿だった。あの人と同じ、純粋な目をしている。だからこそ、無下にはできなかった。
「苦手かも……」
「何が苦手なの?ねえねえ!」
「貴方の事だと思うけど……」
リューキュウが小さく笑いを漏らす。
その視線を感じて、ソロは観念したように息を吐いた。
「……わかりました、少しだけですよ」
次の瞬間、彼の輪郭がふっと揺らぐ。そして目の前に、もう一人の波動ねじれがまるで鏡のように立っていた。
「わあ凄い!私がもう一人いる!不思議!こういうのドッペルゲンガーって言うんだよね!?ねえ知ってる?ドッペルゲンガー!?」
「知ってる知ってる!でもドッペルゲンガーって見たら死んじゃうんじゃなかったっけ?怖いね!」
「怖いね!ねぇねぇそれどういう感じなの!?私の個性も使えるの?私の記憶もわかるのかな?私のお母さんの名前分かる?不思議!」
「個性は使えないよ」
「えっ!?なんで!?」
「だってね、この個性ってあくまで肉体を変形させてるだけなんだよね!遺伝子とか細胞とか、そのへん全部を一から作り替えてるわけじゃないの。つまりねぇ、個性因子までは変化してないんだよ。だから他人の個性なんて使えるはずないじゃん?
尻尾が生えてるとか、そういうちょっとした外見の真似ならまあ出来なくもないけど……。でもそれだって、個性因子で動かしてるわけじゃないから、結局はぜ〜んぜん別物なんだよねぇ!」
「じゃあ何で火を吹いたり風を起こしたりはできるの?不思議だねぇ」
「……考えたことありませんでしたね。確かに。そう言うものだと思ってたな……まあ、僕の個性のミラクルでしょう!個性って不思議不可思議摩訶不思議なものですし!」
「そうだね!ねえねえ!体を作り替えてるだけなら、私に変身しても私のことは分からないってこと?体の形を変えても中身は貴方のままってことなんだもんね?」
「そうだよ!脳みそも私のもののままだからね!身長とか体重も割と適当!」
「頭痛くなってくるわね……」
リューキュウはこめかみを押さえながらため息をついた。
「はい、そこまで。福州、元の姿に戻りなさい」
ソロの体がゆらりと揺れ、輪郭が崩れていく。瞬きの間に光が収まり、そこにはいつものソロが立っていた。だが、ねじれの興味はまだ尽きない。
「ねえねえ、その髪の毛ってどうやってくっつけてるの?オシャレだね!オリエンタルだね!あ、そうだ!変身ってどんな感じなの?痛い?痛くない?ねぇねぇ!」
「……」
ソロは軽く笑って無言のままスルーした。どうやら、こういう圧にはもう慣れたらしい。ねじれが一方的に喋り続ける間、リューキュウが静かに咳払いをする。
「とりあえず、仕事の説明から始めましょうか」
声にピリッと空気が引き締まった。ソロはすぐに姿勢を正し、真剣そうな顔にして耳を傾けた。
ヒーローの基本は犯罪の取り締まりだ。事件発生時に警察から応援要請が来るので、それに従って出動する。報酬は歩合制。逮捕協力や人命救助など、貢献度を申告し、それを専門機関が審査して給料が支払われる。
その日の任務はパトロールだった。
ねじれが案内役を務める。基本的には市街を歩くだけの単調な任務のはずが、ねじれの止まらぬお喋りのおかげで退屈する暇もなかった。ただ普通に歩いてただけなので、ねじれにもう少し人助けをしようねと注意されてしまった。
──そして時間は過ぎ、職場体験の最終日。
ソロが資料の整理をしていると、背後からふわりと風が動いた。ねじれがぷかぷかと浮かびながら、真上から彼を覗き込んでくる。距離が近い。彼女の髪が光を受けて、水面のように揺れていた。
「ねえねえ知ってる?今日は保須市の方まで行くらしいよ。ここからだとちょっと遠いね〜」
「おやおや、おやおやおやおや……ひょっとして、ヒーロー殺しですか?」
「そうそう!何でヒーロー殺すんだろうね〜?酷いよね〜?何でなんだろう?ヒーローが嫌いなのかな?」
ソロは腕を組み、目を細めた。
「思想犯ってやつでしょう。言葉では何ひとつ勝てなかった方々が、最終的に暴力という単純明快な言語に逃げ込む。実にわかりやすい負け犬の末路ですね!でもまあ、暴力は意思表示の手段としては効率がいい。僕も言葉で通じない相手にはつい手が出ちゃう質でして。つまり僕も彼らも、同じ穴の狢……いえ、同じ穴の負け犬ですかねぇ」
「そっかぁ〜。じゃあ貴方も負け犬なの?」
「イヌ科ではありますからねぇ。だから僕が負けたら、それはもう立派な負け犬の完成です。噛みつきますよ」
「ねぇねぇ、ヒーローだから痛いことはしちゃダメなんだよ?知ってる?」
「ワン!」
その会話を背に、コスチュームに身を包んだリューキュウが歩み寄る。
「ふたりとも準備はいい?これより保須市へ向かうわ。包囲網に参加する」
「了解!」とねじれが元気よく返事をし、ソロも軽く頭を下げた。
──新幹線の車内。
リューキュウが静かに資料を読み、ねじれが隣で弁当を広げる。
「駅弁何買った?何買ったの?気になる!」
「僕はヒレカツサンドです」
「えー!いいなぁ!私はね、幕の内弁当!」
「美味しいですよね、幕の内弁当」
「そう!好き!ねえ、幕の内弁当って何で幕の内って言うか知ってる?」
「もちろんですよ。僕はすんばらしく賢く優秀な男ですから。歌舞伎の幕間に由来しているんです。芝居と芝居の間、幕の内に食べるから」
「へえぇ!そうなんだ、知らなかった!ミラージュは物知りだね〜!」
「にゃは!知らないのに聞いたんですか!」
「うん!気になったから!」
ねじれは無邪気に笑いながら、幕の内弁当を頬張る。ソロは小さく笑い、ヒレカツサンドを頬張った。
そうして40分ほど電車に揺られて、保須に到着した。
「穏やかそうな街だねー。ここにヒーロー殺しがいるんだ?」
「直近の被害者はここで出ているし、ヒーロー殺しは3、4人は殺してから街を去る。だから、まだいるはずよ」
リューキュウがそう言いながら他のヒーローと通信を取っている中、
「──ッ」
ソロの全身に電流が走った。鋭い五感が“何か”を捉えた。いる。間違いなく、アレだ。肌の下の血が騒ぎ、指先まで力がこもる。覚えのある、あの嫌な気配。
「なになに?どうしたの?」
ねじれが覗き込む。
「にゃは!脳無の気配!」
ソロは両手で頬を挟み、楽しげに牙を見せて笑った。その声を聞いた瞬間、ねじれとリューキュウの表情が一変し、即座に警戒態勢に入る。
「ミラージュ、気配はどこから?」
上から、と言いかけた瞬間、空から影が落ちてきた。影は一瞬でさらに接近し、
「ッ、ぐッ……!!」
ドゴッと強烈な衝撃音がして、ソロの身体が地面を転がる。肺から息が漏れ、骨が軋む。ねじれが反射的に頭を上げると脳無が獣じみた動きでケタケタと笑っていた。
ねじれは即座に衝撃波を放とうとするが、そこにもう一つの影が飛び込んできた。
「脳無が二体!?」
「ねじれ!市民の避難を!」
「うんっ!」
リューキュウは咆哮とともに巨大な竜へと変身し、地を揺らす勢いで脳無を押さえ込む。ソロの安否が気になるが、悠長に見てはいられない。彼女も脳無の力を押さえきれず、歯を食いしばったその瞬間、
街の奥が爆ぜた。煙と火柱が上がる。
「ミラージュ!!」
「問題なし!!」
声が返る。見れば、こちらも黒い竜の姿に変じていた。漆黒の鱗に金の瞳、尾が唸りを上げて地面を薙ぐ。脳無の巨体が弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
敵は四足獣のような異形。狐のように長い耳を立て、「ケケケ」と気味の悪い声を上げる。挑発するように尾を打ち鳴らす姿に、ソロは笑った。
「おっとぉ?今のは僕をおちょくってるって解釈でよろしいんですよね?いやぁ〜、困りましたねぇ……そんな挑発されると、つい噛みちぎって殺したくなっちゃうんですよ!」
「冷静に対処するのよ!」
「もちろんですとも!僕はいつだって冷静です!オラ死ねェェッ!!」
「冷静に対処してッ!」
2体のドラゴンと2体の脳無が対峙する。次の瞬間、脳無たちは同時に突進した。リューキュウは片方を掴み押し倒す。ソロはもう片方の攻撃を躱し、背後へと回り込むとガブリと噛み付いた。
竜の牙が脳無の背中を離さない。骨の砕ける音、血肉の匂い。咆哮を上げた脳無をそのまま空へと投げ飛ばす。そして、胸の奥が熱を帯びる。
「はァあああっ!!!」
炎が吐き出された。空を焦がし、脳無を包む。
(同じ相手に、二度も負けてられねぇよ!今度こそ殺してやるッ)
ソロがそう考えた時、リューキュウの声が耳に届いた。
「私たちのように大きく姿を変える個性のヒーローは、大胆で、それでいて慎重でなければならないの」
脳無を押さえ込みながら、リューキュウが語る。
「建物を壊さず、民間人を怖がらせず、その上でヴィランを殺さずに捕まえる。簡単じゃないわ」
金色の瞳が、もう一人の竜を見据えた。
さらに高火力の炎でトドメを刺そうとしていたソロは、その目を真っ直ぐに見返す。
「怪物になる個性だからこそ、怪物になってはいけない。私たちはヒーローなのだから」
「……えぇ!知っておりますとも!僕は化け物ではありませんからね!」
追い討ちをやめたソロの頭上から、黒焦げの脳無が落下してきた。その身体は焼け爛れているのに、なおも立ち上がる。皮膚が裂け、筋肉が蠢く。
リューキュウが歯を食いしばる。腕に伝わる圧が強まり、押し返され始めた。
「爆発した地点にはエンデヴァーがいる。彼なら問題ないわ。私たちは、ここでこのヴィランを捕らえる!」
地面にひびが走り、土煙が舞う。
「本来ならプロの仕事だけど、今はこの場に私たちしかいない。やるわよ、ミラージュ!責任は私が持つ!」
「ええ!了解了解!了解ですとも!」
ソロが牙を剥き、笑った。その視線の先では、脳無の目に狂気の光が宿っていた。