お狐フレンズ   作:佐倉シキ

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ヒーロー殺し

 

 

 

 

幾度目かの攻撃の末、ついに脳無が沈黙した。

焦げた臭いが立ちこめる瓦礫の上で、巨体が崩れ落ちるように倒れ込む。オールマイト対策で作られた個体とは違い、どうやらこの脳無はそこまで強化されていなかったらしい。

リューキュウの方もすでに戦いを終えており、戦場にはようやく安堵の空気が流れはじめていた。

 

「にゃは!見ましたか見ましたか!?このミラージュの大活躍大躍進!僕ってやっぱり、凄くすんごいですね!」

「えぇ、そうね。見てたわよ。よくやったわ」

「皆々様も覚えておいてくださいね!僕はすんばらしいヒーローのミラージュ様です!」

 

焦げ跡の残る瓦礫の上で、元の姿に戻って胸を張るソロの声が、喧噪の静まった街に響く。竜の巨体から戻ったリューキュウが手を振ると、避難していた子どもが泣き笑いのような顔で小さな手を振り返した。空気中にはまだ戦闘の熱が残っているが、建物の損壊も最小限。悪くない成果だ。

 

そこへ、避難誘導を終えたねじれが風のように舞い戻ってきた。

 

「ねえねえ凄かったね!ドラゴン2匹で映画見てるみたいだったよー!」

 

そう言いながら、彼女は弾ける笑顔でソロの背をバンバン叩く。軽快な音が続くたび、場の張り詰めた空気が少しずつ和らいでいった。

 

だが、ソロの頭の中には何かが引っかかっていた。

ほんの小さな違和感。波のように寄せては返す思考のざわめき。「う〜ん」と眉間に皺を寄せたその時、ソロの鞄の中でスマホが震えた。

 

「なになに?友達?」

「クラスメイトですね〜」

 

軽く答えながら画面を開くと、そこには位置情報が送られていた。

 

(緑谷出久?)

 

対象はクラス全員。一斉送信で送られてきた座標は、保須の細い裏道。通常のヒーロー活動範囲から外れた場所を指している。

 

(救援要請か……?)

 

指先が止まる。助けに行くべきか?自問する。自分と彼は、多分だがそこまで親しいわけでもない。轟や飯田あたりならこのメッセージの意味に気づき、向かうだろう。ならば己が出る幕ではない、そう思いながらも、胸の奥で何かが引っかかる。

 

「余計なお世話というやつですかね……」

「何が〜?」

「仲良しでもない相手に手を貸すなど、どうかなと思いましてね。出しゃばりは邪魔でしょう!僕ってば、お節介ではないのでね!」

「う〜ん?」

 

ねじれは不思議そうな顔をして、ふわりと宙で首を傾げた。その瞳には曇りがない。まるで迷いという言葉を知らないような、澄み切った光だった。

 

「ねえねえ知ってる?ねえ、知ってる?」

「何ですか?」

「ヒーローって、お節介して出しゃばるお仕事なんだよ?」

 

彼女の声は柔らかいのに、なぜか強い。

真正面からまっすぐにソロの目を見据え、彼女は言葉を続けた。

 

「仲良くも無い、名前も知らない一般人を助けるのがヒーローのお仕事だから、あまり関係ないんじゃ無いかな?」

「ん〜」

「どうかなって思ったって事は嫌じゃあ無いんでしょ?手を貸して欲しいと言ってる相手がいるんなら手を貸してあげなよ!余計なお世話かもしれないけど、その時はその時だよ!余計なお世話をするのがヒーローのお仕事なんだってミリオが言ってたもん!」

 

ミリオが誰かは知らない。

だが、その言葉に宿る真っ直ぐさは否定できなかった。ヒーローを目指す以上、助けを求める声を無視する理由はない。面倒くさい。正直、他人の窮地を助けるより、その滑稽な姿を眺めるほうが好きだ。けれど、今だけはその考えを押し退けた。

 

(緑谷出久は人助けが楽しそうだったし、俺様もやってみるか……ガチ人助け)

 

ソロは小さく息を吐き、立ち上がる。警察とリューキュウの横を通り抜けようとしたその時だった。

 

「ケケケ」

「おや、脳無?」

 

焦げ跡の残る路面の上で、拘束された脳無が笑っていた。その声は喉を削るように濁り、壊れたスピーカーのように響いた。焦げた皮膚の隙間から泡のような息が漏れるたび、異様な匂いが漂う。

 

「ひ、ヒヒ、ヒーロー…ゴッコ……カ?」

「ははッ!脳無が喋った!マジかよ!」

 

ソロは思わず素で笑いをこぼした。まるで壊れかけた機械が急に歌い出したような滑稽さがあった。

 

「ワレラノ、プロト「えいっ」

「にゃ!?」

 

脳無が何かを言いかけた瞬間、ねじれの放った波動が容赦なく直撃した。衝撃波が地面を揺らし、焦げ跡をさらに広げる。脳無の身体が跳ねるように硬直し、そのまま完全に沈黙した。

 

「ねえねえ。ひょっとしてこの脳無、今なんか言ってた?ていうか喋れるんだねえ?何を言おうとしたんだろうねえ。動き出そうとしてるように見えたから、ついついえいってやっちゃった」

「さてさて、脳無は文字通り脳無しでしょう。コレも戦い方に知性を感じませんでしたから。これらの話す言葉に意味はないかもしれませんね。プログラムされた音を発しただけかも。んん〜、でも気になる〜」

「へえ、そうなんだ。喋れないんだねえ、お喋りは出来ないんだ?なんで喋れなくなっちゃったんだろう?気になるなぁ」

「人造人間だからでしょう。ソイツらは脳みそ弄られてる出来損ないなんですよ」

 

ねじれは膝を折り、興味津々といった様子で脳無を覗き込む。その瞳には好奇心が宿っていて、恐れの欠片もなかった。一方のソロは、脳無の残した言葉に引っかかっていた。

 

(我らのプロト……?俺のことだよな。あいつ、こっちを見て言った……まさか……)

 

胸の奥がざわつく。静かに唸るねじれの隣で、ソロも顎に手を当て、同じように首を傾げた。

 

「うーん、うーん」

 

ねじれは宙にふわふわと浮かびながら、両手の人差し指をこめかみに当ててクルクルと回りはじめる。陽光を反射する青い髪が、円を描くように揺れる。その独特な仕草が、戦場の緊張をどこか滑稽なものに変えていった。

 

「ねえねえ、脳無の事が心配だから私はこっちに残っても平気かな?どう思う?」

「え、ああ……」

 

完全に思考が停止していたソロは、ねじれに話しかけられたことでようやく再起動した。生返事にねじれは不思議そうに首を傾げる。彼女はソロの表情を覗き込もうとしたが、今この瞬間だけは顔を見られたくなかった。

なぜなら、ソロの脳裏に浮かんだのは、あるひとつの可能性。もしそれが事実なら、とんでもない爆弾だ。胸の奥から愉快さがこみ上げ、頬が勝手に吊り上がってしまう。

 

(まずい、ここで笑うのは不謹慎にも程がある)

 

そう思い、ソロは慌てて右手で口元を覆い隠した。

 

「救援は僕1人で向かいます!こちらも大変ですし、先輩は残ってください!ぜーんぶすんばらしく優秀な僕に任せていただいて構いませんよ!」

「う〜ん、大丈夫?」

「ええ!ええ!問題ありませんとも!元気いっぱいですので!」

 

ソロはねじれに向かって、わざとらしいほど自信満々の笑みを見せる。その笑顔の裏には、胸の内に湧く様々な感情が入り混じっていた。

 

「僕はとぉっても強いので!貴方はリューキュウの援護をしてください!」

「うーん……分かった!リューキュウには私から言っておくね!」

「感謝感激雨霰!ではではおさらば!」

 

軽やかに一礼したソロの姿が隼へと変わる。羽ばたきの風圧が砂埃を巻き上げ、彼は空へと鋭く飛び立った。

 

 

 

 

    *   *   *

 

 

 

 

猛禽類の鋭い視界がすぐさま異変を捉える。

街路の先、緑谷と飯田が赤いマントのような物を纏った男をぶっ飛ばしていた。その男は何度も攻撃を浴び、最後には轟の張った氷の上に落下して動かなくなる。

 

(ありゃ?本当に余計なお世話だったかな?)

 

空中で静観していたソロは、緑谷たちが勝利を確信したのを見て軽く息を吐く。しかし次の瞬間、倒れたはずの男、ヒーロー殺しがゆらりと立ち上がったのだ。血に濡れた刃を飯田に向け、殺意のこもった瞳が鋭く光る。

 

(おっとっと!殺されちまうぜ、仕方ないから俺様が助けてやるよ!)

 

飯田の命が散る。そう悟った瞬間、ソロは動いた。

 

「飯田!!避けろッ!!」

 

轟が叫び、緑谷が腕を伸ばす。だが、ヒーロー殺しの動きの方が速い。刃が振り下ろされる瞬間、飯田の喉がひくりと鳴り、恐怖で目を瞑った。

 

その時、

 

突風とともに大きな影が視界を覆う。そして、重い衝撃音。ヒーロー殺しの頭部を、鋭い鉤爪が掴み取っていた。鷲の上半身、獅子の下半身。グリフォン。その巨体が敵を地面に叩きつけ、路面の石が粉砕される。硬質な音とともに埃が舞い上がり、振動が足裏を震わせた。

 

グリフォンは羽を大きく広げ、次の瞬間、骨が軋んでその姿を変える。現れたのは、仮面の奥で金の瞳を細めたソロ。ヒーロー殺しが身じろぎしたのを確認すると、容赦なく後頭部を踏みつけた。

頭蓋骨が地面にぶつかる生々しい音を、まるで舞台上の効果音のように踏み鳴らしながら、彼は仮面を外して真紅のマントを大仰に広げ、陽気に笑う。

 

「はい諸君拍手ー!!拍手喝采大歓声をどうぞ!褒めて褒めて褒めちぎり、語彙の限りを尽くして崇めて奉り、平伏すことを許可します!さあ、どうぞ!」

「福州君!」

「福州!」

「呼ばれてないけど真打登場!視聴者3人でも暴走電波は絶好調!福州ソロことミラージュがお送りさせていただきました〜!ほらほら拍手〜!」

 

緑谷と轟の声が響く中、ソロはなおも楽しげに踵へ体重をかける。

 

「アハ!ヒーローは遅れてやってくるものなのです!良いとこ全部奪っちゃってごめんなさいね!」

 

踏みつけた足にさらに力を込め、ぐり、と地面に押しつける。皮靴の下で何かが沈み込む鈍い音がした。緑谷は思わずたじろぎ、血の気の引いた顔で声を上げた。

 

「ちょ、もう意識ないって!」

 

ソロは顔を上げ、陽光を背にして笑う。

 

「油断大敵!油断禁物!相手を拘束するまで気を抜くべきではなかったですね!飯田天哉は危うく首が落ちていたかも!にゃは!そうなっていたらいつ振りの斬首かな!明治!?」

「そ、そうだね……助かったよ、ありがとう」

「気絶してるか?」

「えぇ!ぐっすりバッチリ夢の中です!」

「じゃあ拘束して通りに出よう。縛れるもんはあるか?」

「紐ならありますよ!亀甲縛りにしましょう!それとも全裸にしますか!?是非とも辱めましょうよ!LETS恥辱刑!」

「しなくていい」

「念の為武器全部外しておくね!」

 

冗談半分の軽口を交わしながらも、4人は連携してヒーロー殺しを拘束した。ぬるい風が通り抜け、焦げた臭いと血の鉄臭さが混ざり合う。彼らは戦いの反省会を行いつつ、表通りへと出る。

 

3対1、しかも相手の失態があったからこそ勝てた。そう轟は冷静に分析していた。あの刃の鋭さ、動きの速さ。ほんの一瞬でも判断を誤っていれば、飯田の命も、自分たちの誰かの命も確実に散っていた。

 

ヒーロー殺し、ステイン。

その名が、静まり返った通りに重く響く。彼がただの犯罪者ではなく、確かな理念を持つヴィランであることを、全員が肌で感じていた。

 

「そうだ、福州君はどうしてここに?リューキュウの事務所って結構遠いよね?」

「警察はヒーロー殺しを捕まえる為の包囲網を計画していたんです。リューキュウにもその要請が届いていましてね。せっかくだからと着いてきたと言うわけですよ」

「成程、それで」

「しかし何故か、真っ先に現れたのは脳無でした!懐かしい気配に僕、もうドキがムネムネ!ヴィラン連合とヒーロー殺しは仲間だったのでしょうか?」

「え!?脳無と戦ったの!?大丈夫だった?」

「えぇえぇ当然!問題ないですよ!うふふ、あは!アッハッハッハ!」

 

ソロは笑う。いつもの自信ありげな笑みではなく、愉快そうな笑みだった。

 

「ウフフ、なるほどなるほど理解納得!もしそうだとすれば得心がいくというやつです!ああ愉快!愉快愉快!……僕ってば、全部分かったかもしれません!」

「え?」

 

どう言う意味だろうと、緑谷は考えた。

戦いの後だと言うのに酷く楽しそうだ。と言うか、分かったって、もしかして……。

 

(福州くん、自分の事は自分でも分からないって言ってたけど、何かヒントを得たのかな?)

 

ソロに質問をしようとしたら、顔面に衝撃を感じて緑谷は地面を転がった。小さな老人が緑谷を蹴り飛ばしたのだ。彼の名はグラントリノ。緑谷の職場体験先のヒーローだ。

 

そして他の救援要請を受けたヒーロー達も集まってきた。そんな中、グラントリノはソロの顔を見て、驚いた顔をした。

 

「おまえは……」

「はい?誰ですか?」

「いや、覚えてないのなら別にいい」

 

片眉を上げて怪訝な顔をするソロにグラントリノは背を向ける。緑谷はグラントリノに近づくとこっそりと尋ねる。

 

「グラントリノ、福州君の事知ってるんですか?」

「ん?あいつ福州って言うのか」

「え!?知り合いとかじゃないんですか!?」

 

さっきの訳ありな感じは何なんだと尋ねると、「前にちょっとな」と曖昧に返された。そうやって集まったヒーロー達で話し込んでいた時だった。

 

「緑谷ッ!!」

「危ないッ」

「ぇ?」

 

ソロが咄嗟にキョトンとする緑谷を突き飛ばした。

 

「福州君!」

 

次の瞬間、羽の生えた脳無がソロの頭と肩を鷲掴みにして飛び立った。

 

「俺様を鷲掴みにするとか何様だテメェッ!」

 

舌打ちをしてから見下ろすと、 下では緑谷が飛び上がり救助に向かおうとしているのが見えた。だが、その後ろ。

 

(ヒーロー殺しッ!!)

 

己を縛る布を隠していたナイフで切り裂いたステインが、建物などを利用して飛び上がり、あっという間に羽の生えた脳無の背後を取った。そして、

 

「偽物が蔓延るこの社会も、徒に力を振り撒く犯罪者も……粛清対象だ……」

 

ステインは脳無の頭に刃物を突き立てた。

間違いなく致命傷。脳無は完全に死んだ。だがその微妙な動きのせいで爪が頭に突き刺さり傷がついた。ステインは顔から血を流すソロを抱えて軽やかに着地をする。

 

「全ては正しき社会の為に……」

 

ステインは譫言のように喋り、眼前に立つヒーロー達を睨んだ。

 

「偽物……!!」

 

その圧に、全員が体を硬直させた。

No.2のエンデヴァーですら僅かに気圧されたのだ。

 

「正さねば……誰かが、血に染まらなければ……中途半端な偽物共のせいで悲劇が生まれる。繰り返される!!“英雄”を取り戻さねばッ!!」

 

ステインは満身創痍ながらも力強く足を踏み込む。

気圧された。皆が皆、ステインの圧に耐えられず、ジリジリと後退する。

 

「来い!!来てみろ偽物共!!

 

俺を殺していいのはッ、本物の英雄(オールマイト)だけだッ!!!」

 

一部のヒーローは尻餅をついていた。恐怖があたりを包み込む。それでも何とかしなければ、そう思って緑谷がステインを見ると、ステインは立ったまま気を失っていた。

 

それを見てようやく皆が安心した。

  

 

 

ソロは大量の血を流して沈黙する脳無を見おろす。その死骸を眺めていればなんとも言えない感慨が湧いてくる。

 

(“手を出してはいけないものに、手を出してしまった。頼ってはいけない人に、頼ってしまった”……ひょっとして、そう言うことだったのかな?お母さん)

 

ソロは生まれた直後のことも覚えている。母は子供の黒い肌を見て察したと言っていた。化野の一族は遡っても黒い肌の個性なんて存在していない。そもそも、異形型だって1人もいない。

 

(遺伝子検査でもしてみようかな!?俺の体はどうなってるんだろう?)

 

よく考えれば、分かることだった。

ここまで情報が揃えば、鈍い自分でも理解できる。

母の懺悔、父は子供ができない体質、黒い肌、強すぎる個性。そして脳無に感じた、あの得体の知れない“親近感”。そして先ほど脳無が発した言葉。

 

(ハハ……まさか、そんなことがあるとは驚きだ。首謀者は誰だ?一体、誰が、何のために俺を……俺は、じゃあ……マジで人間じゃなくて……化け物……)

 

思考が途切れる。

次の瞬間、感情が急激に沈んだ。何より驚いたのはその沈みそのものに対してだった。

 

(おかしいな。だから何だって言うんだろう。俺は俺だ。それに変わりはないはずなのに)

 

ショックを受けている? 

 

この俺が? 今さら?

 

ソロは首を傾げた。

分からない。分からないのに、胸の奥で何かが軋んでいた。最近確かに、“何かが変わっている”。

 

(というか、なんであの時、緑谷出久を咄嗟に庇ったんだ?放っておけばよかったのに。なのに、身体が勝手に……)

 

まさか……絆された?

 

まさか、本気で仲良くなろうだなんて……思ってしまったのか?

 

 

──偽物の分際で。

 

(あれ?あれれ?おかしいなぁ……)

 

ただ、“福州ソロ”として生きていればそれでよかった。死んだ“ソロ”の人生を借りて、バケモノではなく人間として生きる。それが目的だったはずだ。面白おかしく過ごして、飽きたら化けの皮を捨て、新しい人生を盗めばいい。それだけの話だったのに。

 

(ウッソだろ……俺、チョロすぎるでしょ)

 

気づけば、楽しくなってきていた。

人と話すことが、笑うことが、本気で楽しいと感じていた。いつか手放すはずの人生なのに。隠し通せるはずのない偽物の日常なのに。

 

中学の頃はこうではなかった。

距離を作り、ただ、普通の陽気な人間のふりをしていた。だが雄英では、どうにも上手くいかない。

 

心が動く。

 

揺れて、ほどけていく。

 

気づけば、この生活を失うことが怖いと思い初めてしまっている。

 

「……馬鹿じゃねぇの」

 

小さく呟いて、ソロは重たい息を吐いた。

それは笑いでも嘆きでもない、底の見えないため息だった。

 

(なぁ……昔みたいに、いろいろ教えてくれよ。ソロ。俺は……どうするのが正解なんだ)

 

だがその問いに、答えてくれる者はいなかった。

 

 

 

 

 

      *    *    *

 

 

 

 

「冷静に考えると……すごいこと、しちゃったね」

「そうだな」

 

病室。白い壁、薬品の匂い。

緑谷、轟、飯田の3人はそれぞれ包帯を巻きながら話していた。

本来なら、そこにソロの姿もあるはずだったが、「もう治った」の一点張りでさっさと帰ってしまった。出血のわりに傷は浅かったらしい。

 

「あんな最後見せられたら、生きてるのが奇跡だよ。僕の脚だって……殺そうと思えば殺せてたと思うんだ」

「ああ。俺は、あからさまに生かされた」

 

轟は自分の傷跡をじっと見つめ、考える。そして、殺意を向けられながらも立ち向かった飯田を称えた。助けに来たはずが、逆に助けられてしまったのだ。

 

「そういえば、少し気になったんだけど」

「何だ、緑谷」

「福州君のことだよ。……“分かった”って、何が分かったんだろうって」

 

緑谷の脳裏には、あのときのソロの顔が焼き付いていた。戦いの後、血を流し、静かに立ち尽くしていた彼。

 

(……すごく、寂しそうに見えたんだ)

 

緑谷は思い返す。

距離を置いた場所で頭を押さえ、沈黙していたソロの姿。

 

「顔色、悪かったな」

「彼も彼で謎が多い」

「うん……ちょっと、気になっちゃって」

 

胸の奥に、引っかかるものがある。

 

(福州君……昔は無個性だったって。もしかして……僕みたいに、個性をもらったのかな)

 

気になる。

気になって仕方がない。

だって、あんなに寂しそうだったのだ。

 

 

まるで、誰かに助けを求めているように。

 

 

「よし、決めた!」

「何をだ?」

「直接、福州君に聞いてみる!」

 

緑谷は強く拳を握った。

体育祭の頃から、いつかは聞いてみたいと思っていた。

 

(“余計なお世話”はヒーローの本質ですよね、オールマイト!)

 

脳裏に、あの孤独な背中が蘇る。

血を流して、それでも笑おうとしていた彼の姿。

その背中が小さく見えて、どうしようもなく胸が痛んだ。

 

(福州君は、何か秘密を抱えてる。多分そのせいで苦しんでるんだ)

 

「余計なお世話、上等!」

 

ぐっと拳を握りしめ、緑谷は立ち上がった。

 

(福州君は、羽の生えた脳無から僕を助けてくれた。ステインの時もそうだ。だから今度は、僕の番だ!)

 

決意が、緑谷の瞳に宿った。

迷うことのないまっすぐな瞳は友を救うヒーローのそれだった。

 

 

 

 

 

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