職場体験が終わった翌日の朝。
1年A組の教室は大きな笑い声に包まれていた。原因はただ一つ、教室中央で不機嫌そのものの顔で立ち尽くす爆豪だった。
彼の髪型は普段の爆裂したような逆立ち方とは程遠い。妙に几帳面で、まるで古い映画のキャラクターのように整いすぎている。見事な8:2分けだった。瀬呂と切島は机に突っ伏して腹を抱え、涙を浮かべながら肩を震わせていた。息が続かないほど笑っている。
その隙を逃すまいと、ソロが一歩前へ躍り出た。
「ハロー爆豪勝己!どうした爆豪勝己!今さらイメージチェンジのお披露目ですか!?いやぁ〜良い髪型ですねぇ!ねぇ、写真を撮ってもいいですか!?いいですよね!?
そのハイセンス、いやハイセンスすぎる髪型には誰もついていけませんよ、まさか昭和からのタイムスリップ?それともベストジーニストに強く感化されちゃった感じですか!?
はいはい、にっこり〜!……うん!うんうん!最高ですね!真面目そうな髪型に般若みたいな顔面の組み合わせ、完全にチグハグで……もうピカソの絵画を生で見せられてるみたいな気分ですよ!これぞ芸術だ、ブラボー!
いやぁ、これはベストジーニストのファンになっちゃいそうです!僕の人生でもトップレベルに愉快愉快!きゃは!にゃはは!愉快愉快!!ほら、あなたも笑いなさい!はいニッコリー、ほらほらスマ〜イル!」
「テメーはまじでぶち殺してやるから表出ろ」
爆豪の声は地鳴りのように低く、怒気で歪んでいた。しかしソロはまるで子犬にじゃれつかれているかのようにけたけたと笑い続ける。切島に「その写真くれ!」と言われれば即座に頷き、さらには「間違えた」と言い訳しつつクラスのグループラインにまで流した。爆豪がついに堪忍袋の緒を切り、ソロら3人に飛びかかった瞬間、ボンッと爆豪の髪が大きく爆ぜ、逆立つように元の姿へ戻った。
そんな騒ぎの中でも、教室には成長した1年A組の空気がある。A組の面々はみなそれぞれ、職場体験で得難い経験を積んだと言える。その中でもひときわ過酷だったのは緑谷、轟、飯田、そしてソロの4人だろうと上鳴は行った。
その言葉に、ソロは爆豪と互いの腕を掴み合いながらも、器用に声だけ返した。
「ノーノー!僕は最後の最後にちょこっと手を貸しただけです!頑張ったのはそこの3人でしょうね!」
緑谷は慌てて首を振り、そんな事ないし、ソロの救援がなかったらもっと酷い目に遭っていたはずだと、強い気持ちで訂正した。上鳴はそれを聞いて胸を撫で下ろすようにため息をついた。「エンデヴァー来てくれて良かったな、流石No.2だぜ」と安堵の声を漏らす。
ソロは病室にいなかったため知らなかったが、彼ら職場体験に来た生徒が個性を使った件は違法行為に当たるため、すべて隠す事になったらしい。轟の炎でステインに火傷を負わせたため、表向きにはエンデヴァーの手柄として処理し、3人の名誉を守ったのだ。
ちなみにソロの場合は個性を使わなければどう考えても脳無に殺されていた。そのため、完全に正当防衛として認められた。
「俺ニュースとか見たけどさ、ヒーロー殺しってヴィラン連合ともつながってたんだろ?もしあんな恐ろしい奴がUSJに来てたらと思うとゾッとするよ」
「でもさぁ、確かに怖ぇけどさ…尾白動画見た?アレ見ると一本気っつーか、執念っつーか…カッコよくね?とか思っちゃわね?」
その瞬間、緑谷が慌てて上鳴を咎める。被害者が出ている以上、不用意な称賛は許されない。上鳴もすぐに失言に気づき頭を下げた。だが飯田は首を横に振る。気にしていない、というよりも、もっと深いところで理解している顔だった。
確かにステインは信念の男だった。そしてその強さに魅力を感じる者が少なくないのも事実だと思う。だが、その果てに彼が選んだ手段は粛清。それはあまりにも残酷で、決して肯定されるものではない。
飯田は自分がそこに踏み込んでしまった事実を苦々しく噛み締めながら、それでも力強く言い切った。
「どんな考えを持っていようと、そこだけは間違いなんだ。俺のような者をもうこれ以上出さぬ為にも!!改めて俺はヒーローへの道を歩む!!」
その宣言には強い決意が宿っていた。胸の奥の痛みや後悔すら彼を前へ押し出しているようだった。
「さァそろそろ始業だ!!席につきたまえ!!そして福州君と爆豪君はいい加減取っ組み合いを止めるんだ!!」
飯田の鋭い声が教室に突き刺さった。だが当の爆豪は微塵たりとも引く気がない。手のひらで小さな爆発をパチパチと弾けさせ、ソロへ殴りかかろうとしていた。ソロはその手首を掴み、爆風が自分へ向かないよう押さえつけている。
「聞いているのか!?席に着くんだ!!」
飯田が眼鏡を押し上げて叫ぶが、爆豪は怒りを爆発させて怒鳴り返す。
「うるっせーぞクソメガネ!!コイツぶっ殺してからだ!!」
「クラスメイトに対してぶっ殺すなんて物騒な事を言うんじゃない!!」
「ぶっ殺すッ!!!!」
「パワーは僕の圧勝なのに、どうやって殺すつもりなんですかぁ?ねぇねぇ、8:2ヘアーのド短気ボーイくん?さっきから“たったの一センチ”も僕を動かせてませんよ?……ははっ!悔しい?悔しい?ねぇ、ねぇ、どうなんですかぁ?ほらほら、ほ〜ら!頑張れ!頑張れぇ!もっともっと頑張れっ!」
「テメーはマジでぶっ殺すッ!!!!!!」
「にゃっはっはー!力よわぁ〜い!これって本気なんですかぁ〜?」
「福州君は煽るんじゃない!!初日から何で君たちはそうなんだ!!コラっ!やめるんだ!!」
飯田は2人の元へと向かい、喧嘩を止めようとくる。引き剥がそうとして、ソロの押さえつける力がどれほど強いかを理解し「福州君きみ力凄い強いな!?」と素で驚きながらもなんとか2人を引き剥がした。
そして、それぞれの背を押して席へ座らせる。緑谷はその一連の騒動を見て思わず頬を緩めた。爆豪のその怒りやソロの幼稚な煽りすら、A組の日常に戻ってきたのだと感じさせてくれたからだ。
* * *
「ハイ私が来た。ってな感じでやっていく訳だけどね。ハイ、ヒーロー基礎学ね!」
いつもの豪快さとは違い、ややヌルッとしたテンションでオールマイトが教室に入ってきた。その登場の妙な様子にクラス全員が察する。
“私が来た!!”シリーズ、ついにネタ切れだ、と。
今まで毎日違うバリエーションを披露してきたのだ。さすがのエンターテイナーも限界らしい。本人は否定するだろうが、クラス全員は確信していた。ソロは心の中でそっと同情を送った。
「よし少年少女!今回やるのは救助訓練レースだ」
オールマイトが指を一本立てる。
今日使うのは運動場γ。複雑に入り組んだ細い路地が走る小さな町のような施設だ。高低差もあり、視界は悪く、曲がった途端に行き止まりという場所も多い。
ルールはシンプルだ。
決められた4〜5人のグループごとに走り、街のどこかでオールマイトが救難信号を出す。街の外側から一斉に飛び込み、誰が一番早く辿り着くかを競う。
「えー……ずりぃや、こんなん福州一強じゃねーかよ」
「皆さま、ご苦労さまでした。ええ、ええ、貴方たちなりにはよく頑張ったと思いますよ。……あくまで“貴方たちなり”には、ですけどね?」
「ほら見ろもう勝った気でいるぞコイツ」
「勝った後のコメントじゃん」
「傲慢だな」
軽口が飛び交う中、レースの開始合図が鳴り響いた。
A組全体が職場体験で大きく成長したため、動きは全体的に鋭く、地面を蹴る音すら以前とは違う。特に緑谷の動きは目を見張るものがあった。個性を使うたびに自身の体を壊していた以前とは違い、少しだが、個性を使いこなせるように進化していた。
もっとも、それでも足場を踏み外したがため最下位になったのだが……それもまた緑谷らしい。
ソロの走るグループは、轟、上鳴、砂藤、麗日、蛙水だった。スタートの瞬間、ソロは体を軋ませて隼へと姿を変えた。
結果は圧勝。
2位は轟、3位が蛙水。4位は麗日。普通に足で走るしかない上鳴が最下位となった。
そして授業が終わる頃。
オールマイトはふっと表情を変え、誰にも気づかれないように緑谷をハンドサインで呼び出す。緑谷は小さく頷き、授業後に彼の元へと向かった。
* * *
改まった呼び出しというだけで、緑谷の胸はぎゅっと縮むように強張っていた。静まり返った部屋に案内され、席に掛けるよう促される。ぎこちない動作で椅子に腰を下ろすと、背筋は自然と棒のように固く伸び、手のひらはじっとりと汗ばんでいる。
「色々と大変だったな。近くにいてやれず、すまなかった」
静かに落とされたオールマイトの声。
その低さと柔らかさの奥に、深い反省と責任が滲んでいた。プロのヒーローが担うべき危険な任務を職場体験の学生に背負わせてしまった。それはたとえ事情があったとしても、彼の誇りが許さないのだ。
緑谷は胸の奥が熱くなるのを感じた。
だが、話はそこから本題へと滑り込んでいった。
ステインとの戦闘。そして、血を舐められた件。
ワン・フォー・オールが“持ち主のDNAを取り込むことで継承される”という事実。その仕組みを改めて思い出した瞬間、緑谷の背中を冷たいものが走る。
ステインに個性を奪われるのではないか。
それを考えただけで呼吸が浅くなりかけたが、オールマイトはすぐに否定した。継承には渡す側の意思が絶対に必要だ、と。
緑谷は胸を撫でおろした。しかし、では何故呼び出されたのか。疑問が浮かんだ瞬間、オールマイトは重い口を開いた。
「ワン•フォー•オールは元々ある一つの個性から派生したものなんだ」
張り詰めた空気が少しずつさらに重く沈んでいく。
オールマイトはワン・フォー・オールの根源、そのオリジンを語り始めた。
「オール•フォー•ワン。他者から個性を奪い己のものとし、そしてそれを他者に与える事のできる個性だ」
それは、超常黎明期という荒れ果てた時代の物語。個性という概念自体が世界を揺るがし、人々が適応できず、秩序が崩壊した。
そんな混沌の時代に、いち早く人々をまとめ上げる人物がいた。その人物は人々から個性を奪い、圧倒的な力で勢力を広げていったのだ。計画的に人を操り思うがままに悪行を積み、その男は瞬く間に悪の支配者となった。
「その話がどうワン•フォー•オールに繋がるんですか?」
「オール•フォー•ワンは“与える”個性でもあると言ったろ。彼は与える事で信頼……あるいは屈服させて行ったんだ。
ただ、与えられた人の中にはその負荷に耐えられない人も少なくなかった。個性が体を攻撃して、体調を崩して死んでしまう者。後は物言わぬ人形のようになってしまう者も多かった。それこそ、ちょうど脳無のように……ね」
緑谷の脳裏に、ユウの話がよぎる。
かつて無個性とされていた少年が、半年間の失踪を経て、突如強力な個性持ちとして帰ってきた。あの不可解な話が。
「でも一方で、与えられた事で個性が変異し混ざり合うと言うケースもあったんだ。
悪の支配者には弟がいた。無個性の弟だ。正義感の強い男だった弟は悪になった兄と争い続けた。そんな弟に彼は“力をストックする”という個性を無理矢理与えた。その理由は今となっては分からない」
「まさか……」
「うん。無個性だと思われていた弟にも一応個性は宿っていたのさ。自身も周りも気付きようのない、“個性を与える”という意味のない個性が。
“力をストックする”個性と“個性を与える”個性が混ざり合った。これがワン•フォー•オールのオリジンさ!」
オールマイトは知っている。あの悪の支配者はまだ存在している。しかも、ヴィラン連合の裏側で動いている可能性が極めて高い。
緑谷は無意識に拳を握りしめていた。
緑谷はいずれ、巨悪に立ち向かわなくてはならない。自分が継いだ力の意味を、今日ほど重く感じたことはない。
会話が一区切りしたような空気が流れたとき、緑谷は小さく口を開いた。
「あの、個性を与えるって話なんですけど……その、オール•フォー•ワンは誰にでも……子供にでも個性を与えたりするん、ですかね?」
「子供に?まぁ、必要だと判断すれば与えるんじゃないかな?何か気になる事でもあるのかい?」
緑谷は一瞬だけ言葉に詰まり、唇を噛んだ。人のことを勝手に話すのは良くない、そうわかっている。それでも、胸の中でずっと引っかかり続けているのだ。
「あんまり、人の事をこうやって勝手に話すのは良くないと思うんですけど、その……福州君の事で気になる話があって」
「福州少年の?」
「はい……」
緑谷の小さな声が、静かな部屋に落ちた。
緑谷はユウから聞いたソロの話を、必要最小限にまとめつつオールマイトへ説明した。元々は無個性だと言われていたこと。半年ものあいだ家出をしていたこと。帰ってきたあと突然、説明のつかないほど強大な個性を発現したこと。そして、姉が雰囲気が変わったと感じるほど、人となりに微妙な変化があったこと。
その断片を聞いた瞬間、オールマイトの顔色がわずかに揺らいだ。
「まさか……!?その話、本当なのかい!?」
驚きと警戒と、そしてどこか焦りのにじむ声だった。
「本当だと、思います。ユウさんがそんな嘘をつく理由がないですし……それに、これは僕の主観なんですけど、ユウさん自身、本気で福州くんのことを心配しているように見えました」
緑谷は言葉を選びながら続けた。
ふと、気になっていた点が口をついて出る。
「ただ……ひとつ引っかかるのは、福州くん本人も“自分のことはよくわからない”って言っていて。
……よく考えたら変ですよね。何がわからないんだろう。半年の家出の間に記憶喪失になったとか?でも、そんな素振りはなかったし、そんな話も聞いていない。じゃあ……何が、わからない……?」
次第に独り言のようにぶつぶつと考え込み、いつものように思考の海に沈みかける。その様子を見ながら、オールマイトもまた深い思索に沈んでいた。
彼の脳裏をよぎっていたのは雄英に潜むスパイの可能性だ。
USJ襲撃。あの事件は内部情報が漏れていたからこそ起きたのだと思われている。そして、緑谷から聞いたソロの話は、その疑念と奇妙に符合してしまう。
(……まさか。福州少年が……?)
もし本当にソロがオール・フォー・ワンから個性を与えられた者だとしたら。それは、ほぼ確実に彼の“手先”ということになる。
胸の奥が、重く沈んだ。
(私も、個人的に彼の話を聞いてみるべきかもしれない。もしオール・フォー・ワンの手先なのだとしたら、助けなければ殺されてしまう可能性が高い)
“自分の事は自分でもわからない”という発言。
それは、意識もないまま、本人の知らぬところで何かを埋め込まれ、操られている。そんな最悪の可能性すら示していた。
話はひと段落し、区切りの良いところで面談が終わる。緑谷が深く頭を下げて退出していく。その姿を見送った瞬間、オールマイトは静かに大きく息を吸い込み、筋骨隆々の姿へと変身した。
そして、探していた人物の姿を見つけると、その眼前に降り立った。
「福州少年!!」
「うわびっくりした」
ベンチでぼんやりと乳酸飲料を飲んでいたソロは、突然目の前にオールマイトが降ってきた驚きで、思わず紙パックを握り潰してしまった。
「お話、しよ?」
「乙女かよ!あはは!」
大笑いしながらツッコんだソロは、しかし面白がったように二つ返事で了承する。2人は人通りのないベンチへ移動し、並んで腰を下ろした。
オールマイトの表情は真剣そのものだった。
「少し、君に聞きたいことがあってね」
「お!なんですかなんですか?ついにオールマイトも僕の魅力に気づいちゃいましたか。いいでしょう、なんでも聞いてください。スリーサイズとか?好物とか?それとも服の趣味とか?」
「いや……その話はまた今度でいいよ。私が聞きたいのは、君の“個性”の話だ」
その目を見た瞬間、ソロはようやく空気を読んだ。
(あ、これマジなやつだ)
「最初に謝っておくよ。ごめんね。私は、君の話を聞いた」
「ほうほうほう……謝るってことは……なるほど、僕が緑谷出久たちに言った話でしょうか?“自分のことは自分でもよくわからない。知りたければ自分で調べてください”ってやつですね。それを緑谷出久が貴方に話して、貴方は“答え合わせ”に来たって感じでしょうか?」
「うーん、少し違うかな。実は……それ以前の話も聞いたんだ」
「以前……と言うと?」
「君が、昔は無個性だったと言われていたって話さ」
その瞬間、ソロの指先がほんの僅かに跳ねた。微細な反応だったが、オールマイトの眼はそれを見逃さない。その僅かな揺れすら見逃すまいと、彼は慎重に、ゆっくりと言葉を選びながらソロの表情を観察した。
「ふ〜ん……そういえば、貴方の弟子みたいな緑谷出久も、昔は無個性だったって言っていましたね?で、その共通点に縋りついて、僕から何か為になる話でも聞けると思った……そういう浅〜い算段?」
ソロは脚を組み替えながら、気楽な調子で言った。しかしその軽い言い回しの奥には、相手の狙いを探る思惑があった。
「いや、それも違う」
「おっと、今日は僕の勘が鈍いみたいですね。悉く選択肢を外している」
オールマイトの声音は淡々としていたが、その目はソロを真っすぐに射抜いている。
「君は半年間家出をして、帰ってきた時には個性が使えるようになったって聞いたよ」
「そうそう、その通りその通り。長くて険しい旅路の果てに、僕は立派に育ちましてねぇ。姿は逞しく、頭脳は冴えわたり、個性の扱いもパーフェクトなすんばらしいエンターテイナーに変化したというワケです!」
オールマイトはそこで、静かに呼吸を整えた。
彼の表情がさらに引き締まる。
「一つ、一つだけ聞きたいんだ。絶対に嘘はつかずに答えてくれ」
「良いでしょう良いでしょう!誓って嘘はつきません!授業を教えてもらっている恩義もあるし、僕は貴方が嫌いじゃない!なんなら誰かに誓いましょうか? 神か仏か、天使か悪魔か……いや、そうだ!友に誓おう!僕の生涯で唯一の友に誓います!」
「そこまでしなくても良いんだけどね……」
ソロのわざとらしいまでに芝居がかった身振りに、オールマイトは少しだけペースを崩し、控えめに咳払いをして気持ちを立て直した。
「その個性、ひょっとして……誰かから貰ったものだったりする?」
「違いますよ。全然違う。これは僕の生まれついての力です」
「誓って?」
「ええ、誓って。貰い物ではありません」
その目は濁りも揺れもなく、真っすぐ返していた。オールマイトは様々な人々を見てきた。その経験から断言できる。ソロの言葉に嘘はない。
もちろん“記憶を消されている可能性”までは否定しきれないが、疑いを積み上げればキリがない。
その時、ソロがふっと目を細めた。
「オールマイト。貴方は脳無を作った親玉の手先が僕なのではないかと警戒しているのではありませんか?」
「ッ!?誰かから、聞いたのかい?」
「ははッ!お金持ちの情報網というのは実に愉快でしてねぇ……!軽く耳を傾けているだけで、世の裏事情が勝手に耳に入ってくるんです。便利でしょう?
さて、脳無とやら……あれは複数の個性を寄せ集めて無理やりこしらえた哀れな人間パッチワークだと聞いていますよ?個性を与えるだなんて、ドえらい遊びを思いつく存在がいますねぇ?そんなオバケみたいな力を持つ誰かさんが、ヴィラン連合の親玉。
そして、あの出来損ないの木偶人形も、その誰かさんのお手製ってワケでしょう。貴方はその御大層な個性ブリーダーを追っている。
で、先ほどの誰かから個性を与えられたのかという質問。あれを踏まえると……ふむふむ……僕がその悪の親玉と通じてるんじゃないかと疑ってる訳だ!そしてそれはつまり、ヴィラン連合の内通者!
だって情報が漏れていると考えるほうが、と〜〜っても筋が通る。USJ襲撃があんなに都合よく起こるなんて、普通ありえませんからね!つまり、つまりつまり!スパイがいる……かもしれないっ!わぁ、なんだかとってもワクワクしてきますねぇ!」
オールマイトの顔から表情が抜け、わずかに陰が落ちる。
「……すまない。嫌な気持ちにさせた」
「いやいやいや! 嫌な気持ちになんてなりませんよ! 疑って当然ですし、疑われて当然の立場です。ですが残念、スパイは僕じゃない」
「残念なんかじゃないよ。違って良かったと思っているさ」
そこでソロは、何かを思いついたように手をぽんと打った。
「そうだ!オールマイト、僕も一つ質問をしてもよろしいですか?」
「何だい?」
「絶対に嘘はつかないでくださいね。これでお互い様という事にしましょう」
「分かった。ただ機密事項もあるから、それは答えられないって事でいいかな? フェアじゃなくて申し訳ないんだけどね。話せない事もあるから」
「当然それで構いません。ではQUESTION!脳無が人の腹から生まれてくる事はあるのでしょうか?」
想像の斜め上をいく問いに、オールマイトは思わず眉を寄せた。
「いいや、違うよ。脳無は人から生まれてこない。あれらは改造人間だ」
「全て?」
「捕獲した脳無は全て調べた。それらはすべて、死体から作られていた」
「なるほどなるほど」
ソロは立ち上がり、背伸びをして肩を回すと、満足げに何度も頷いた。
「ありがとうオールマイト。また一つ、僕は僕のことを理解した!」
「そうなのかい?それが何かを、聞いてもいいかな?」
「ダメダメ。エンターテイナーはミステリアスでなければ。知りたければ勝手にしらべてください!僕はそれを咎めませんから!」
踊るように振り返り、両手を広げ、まるで舞台に立つ道化のように笑う。
「とりあえず、秘密の質問はこれでお互い様って事ですね! 僕は授業がありますし、そろそろ帰らせてもらいます」
「ああ、すまないね、時間を取らせてしまって」
「いえいえ! No.1とお喋り出来て光栄でしたよ!」
軽やかに手を振りながらソロは校舎へ向かう。
その背に、風が冷たく吹き抜けた。
───脳無の言葉、“プロト”。あれは恐らく“プロトタイプ”
───母の言葉、“手を出してはいけないものに手を出した”
───父の、子供が作れない体質
───そして、自分の、複雑で強すぎる個性
そこにオールマイトから与えられた情報が加わる。
(あともう一手……確信に至る情報が欲しいな〜)
胸の奥で、ぞわりとしたものが蠢く。
それを誤魔化すように軽く鼻歌を歌いながら、ソロはクラスへ戻っていった。