お狐フレンズ   作:佐倉シキ

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友達

 

 

 

さて、そんな緑谷は置いておいて、舞台は森の中。制限時間もあるため、ソロはとうとう強硬手段に出る決断をした。

 

「どうするつもり?」

「鼓膜を潰します」

 

ソロは両腕にドラゴンの鱗を纏わせ、「そぉ〜れ!」と場違いなほど軽い声でふざけ、尖った爪をそのまま自分の耳へ突き立てようとした。その瞬間、耳郎が反射的に手を伸ばし、力任せに止めた。

 

「バカッ!!」

 

鋭い鱗が彼女の掌を裂いた。皮膚がざくりと割れ、鮮血がじわりと流れ出る。痛みで眉を歪めた耳郎を見て、ソロはすぐさま変身を解いた。

なんの真似だと気持ちもあったが、耳郎の声に気付いたのか、森の奥から、狙い澄ました特大ボイスが一直線に飛んできた。

 

地鳴りのような音圧が叩きつけ、2人は思わず耳を押さえて地面に這いつくばる。頭蓋が内側から殴られたように震え、脳がぐわんぐわんと揺さぶられる。プレゼントマイクは普段はギャグ担当のように見えがちだが、音という武器の凶悪さは本物だ。

一度ハマれば逃げ場がない。音は、対策が極めて難しい。

ソロは身を丸めながら、必死に声を押し殺して耳郎へ囁いた。

 

「何の真似ですか?」

「鼓膜を潰すなんておかしいだろ!?」

「いやぁ、別におかしくないですよ!リカバリーガールが待機しているのならすぐに治してもらえるでしょう?」

 

自信満々のソロに、耳郎は押し殺した息でため息をつく。

 

「あのさ、その考え方。あんま良くないと思う」

「えぇ〜、何でですか〜?」

「いやだって、治す前提で壊すって、そんなん絶対プロの現場で通用しないじゃん!これは実戦を想定してるんだろ?それなら、リカバリーガールはいないものとして考えるべきでしょ!」

 

ソロは納得したように頷きつつも、口調は一切揺るがない。

 

「う〜ん、一理ある……あるにはありますけれど、それだけですね!ご意見には一応うなずけますが、もしここが実戦だと仮定するのなら、僕たちがこうして首をかしげている間にも、どこかで被害者は増えていくんですよ?……あぁ恐ろしい!それならば優先されるべきは最善かつ最速の無力化手段に決まっているでしょう。たとえリカバリーガールが不在で、傷をすぐ癒せない状況だとしてもね?怪我を恐れて決断を鈍らせるなんて、そんな愉快じゃない選択肢を僕は推しません。まず敵を黙らせる。それが結局いちばん合理的なんですよ?」

「それは、そうだけど……ッ」

 

耳郎は言葉に詰まる。

正論でねじ伏せられているわけではない。どちらも正しい。だからこそ、議論は平行線のまま進まない。このままではソロは迷いなく鼓膜を壊し、プレゼントマイクを倒しにいくだろう。

 

最善、最短、最速。

それが彼の結論。

 

(それは、分かってる!)

 

理解はできる。しかし、納得だけはできなかった。

 

「何が気に入らないんですか?」

「友達が、自分から傷付こうとしてるんだ!普通止めるだろッ!?」

 

その一言に、ソロは目を大きく見開いた。

完全に想定外だったようで、本気で鳩が豆鉄砲を食らった顔をしている。

 

「友、達……?」

「え、そう思ってたのウチだけなの!?やば、超恥ずかしいんだけど……」

 

耳郎は顔を真っ赤にし、腕で顔を隠す。

だがソロはそこには注意も向けず、小声でぽつりと呟いた。

 

「友達、友達か……うん」

 

どこか遠い記憶を思い返すように。

そういえばユウと友達を作ると約束していたのを思い出す。どうすれば友達になれるのか分からず悩んでいたが、どうやら気付かないうちに達成していたらしい。

なるほど、こういうものかと腑に落ちた。

 

そして──

 

「にゃは!いいですよ!僕のことを友達と思ってくれても!」

「何!?その上から目線は!!」

「そうですかそうですか!貴方は僕の友達だったのですね!ならば緑谷出久や轟焦凍はどうなのでしょう?彼らは僕の友達ですか?」

「し、知らないよ!!友達なんじゃないの!?将棋とかさしてたしさ!!」

「ふぅん、成程。じゃあ今度緑谷出久とも将棋をさしてきますか……あ、貴方もやります?」

「今のは将棋をすれば友達だって意味じゃないから!!」

 

2人の間に、なんとも言えないゆるい空気が流れる。だが、そんな空気など知ったことではないプレゼントマイクが容赦なく追撃を繰り返す。遅かれ早かれ、本気で対処しなければまずい。

 

耳郎がふと足元に目を落とした、そのとき──

 

「なあ福州!アンタ虫には化けられるのか!?」

「は?ぜってぇ嫌」

「察するの早!?てか口調崩れすぎだろ、そんなに嫌なの!?でも嫌とか言ってる場合じゃなくない!?」

 

つまり耳郎は、虫に化けて気付かれずにプレゼントマイクの足元を通り抜けろと言いたかったのだ。

 

「虫って音聞こえて無さそうじゃん!いけるでしょ!」

「聴覚が悪いだけで無い訳じゃないんですよ。至近距離で食らえばその振動で普通にノックアウトですし、それ以前に、いくら僕でもちんけな虫ケラに化けるなんて、天地がひっくり返っても御免です!あんなのに化けるくらいなら死を選びますね!」

「プライド高いな!そのプライドの為に負けても良い訳!?負けたら赤点だよ!?」

「もちろん僕の感情も大いに関係ありますけど、それ以上に重大な問題がありますよ。虫サイズになったら、踏まれた瞬間僕はペッタンコです。Yes、DEAD or DIE!選択肢がどちらも死なんですよ!」

「そ、それはまずいな……」

 

耳郎は頭を抱える。

一方でソロは、ぽんと何かを思いついたように指を鳴らした。

 

「耳郎響香、体を張れますか?」

「……当たり前じゃん」

「では僕が貴方をゴールまで連れて行きます!」

「どうするつもり?」

「できれば虫には化けたく無いのですけど。妥協します。エンターテイメントはやはりド派手でないとね!」

 

ソロは耳郎の腕を掴むと、軽々と肩へ乗せた。

次の瞬間、ソロの身体がぐにゃりと波打つ。皮膚がゆっくり溶けていくように変わり、骨格がねじれ、肉が変化して巨大なムカデへと変貌した。

 

その質量、存在感、肌を焼くような異形の圧。

森が、ざわりと震えた。

 

もはや一匹の虫ではない。

それは山のような巨体を持つ怪物だった。

 

プレゼントマイクは待ち構えていた余裕の姿勢のまま、盛大に目を見開いた。

 

「What!!?」

 

ソロがこれまで化けた生き物の最大はドラゴンだった。それは鯨ほどの巨体だったが、今目の前にいるムカデは、明らかにその倍以上もある。

 

緑谷が横目で見ただけで息を呑む。

 

「デカすぎないッ!!?」

「藤原秀郷の大百足かね、渋い選択だ」

 

言ってる場合ではない。巨大ムカデが地面を軋ませながら一気にマイクへ肉薄した。マイクも当然、個性で迎撃する。だが虫は他の動物より聴覚が劣るぶん、通常より近づける。とはいえ音圧は十分凶器で、一定距離まで耐えたところで、

 

「ひゃー!うるせ〜!」

 

ムカデソロがばたりと倒れ込んだ。

その方向はもちろん、

 

「オイオイオイオイ、こっちに倒れてくんじゃねー!!」

 

プレゼントマイクの真上だった。

 

轟音を立てて巨体がのしかかる。

他の獣なら撃墜され辿り着けないが、この質量なら話は別だ。マイクは悲鳴を上げて横へ飛び退き、結果的にゴール前から退いてしまった。

 

その瞬間、ムカデの頭の上から耳郎が跳ぶ。

着地と同時にゴールへ向けて一気にダッシュした。

 

「甘い!!逃す訳ねェだろ!!」

 

マイクはすぐさま声を放った。

だが耳郎には届かない。

 

ムカデが素早くとぐろを巻き、巨大な身体を壁のように立ち上げて音を遮ったのだ。結果として、耳郎の耳に届いたのは少しうるさい程度の振動だけ。それは彼女にとって脅威ではない。

 

抑え込まれた音圧の裏側で、耳郎はそのままゴールを駆け抜けた。

 

とぐろの中にすっぽり閉じ込められたプレゼントマイクは、抵抗を諦めたようにため息をつく。

 

「何だよオイ、福州。それが出来んならハナからそうすりゃ良かったのに。あの無駄な時間は何だったんだ?」

 

戦いの決着がついたため、ムカデの巨体がほどけ、ソロは元の姿へ戻る。森に静けさが戻り、マイクはその場にどっかりと胡座をかくのだった。

 

︎「虫って気持ち悪いの代表格でしょう?カッコいい可愛い間抜け面……この辺りは立派にエンターテイメントとして昇華できますが、気持ち悪いはねぇ……扱いづらい!不快は芸にならないんです!」

「そんな理由!?」

「ええもちろん!僕にとって一番大切なのは常に面白いか、面白くないか。愉快か、不快か。ただそれだけですとも!今回は初めて化けるタイプでしたから多少ドキドキしましたが……成功して良かった!ラッキーラッキー、ベリーハッピー!」

「初めてを実戦で成功させたってのか?やってくれんじゃねーの」

「ふっふっふ、“友達のため”ってやつですよ!どうです、ヒーローみたいでしょう?ねぇ、マイク先生。褒めてくれていいんですよ!」

「おう!凄かったぜ」

「はッはははは!まあね!」

 

ソロの視線の先では、ゴール付近で耳郎がこちらに手を振っていた。元の姿に戻ったソロも軽く手を挙げて応える。腕を上げた瞬間、ピシッと妙な痛みが走った事に首を傾げるが、痛みは一瞬で引いたのでそれもすぐに忘れた。

汗の匂いに混ざる土と葉の匂い、試験の緊張がようやくほどけていくその瞬間、リカバリーガールのアナウンスが校内スピーカーから響いた。

 

『報告だよ。3組目の条件達成チームは福州、耳郎チーム!!』

「にゃー、流石に1組目にはなれませんでしたか!ちょっとショックです!」

「十分でしょ、ウチらよくやったよ」

 

耳郎が嬉しそうに手を掲げて近づいてくる。

ソロも同じ高さまで手を上げ──

 

パチン!

 

乾いた軽快な音とともに、二人はハイタッチを交わした。互いの掌がぶつかる一瞬だけ、心臓の鼓動が誇らしげに跳ね上がった。

 

 

 

 

 

      *    *    *

 

 

 

 

 

どんよりとした空気が教室の一角を支配していた。

湿気を帯びて沈殿しているような、気を抜くと心まで引きずられそうな重い雰囲気。その中心にいるのは4人の生徒だった。

 

上鳴、芦戸、砂藤、切島。

要するに、実技試験の失格組である。

 

試験クリアできなかった者には林間合宿はなく、代わりに補習地獄が待っている。彼らはその現実を前に魂が抜けかけていた。

 

「みんな……土産話、楽しみにしてるからね……ッ!」

 

芦戸はとうとう耐え切れず涙声になってしまう。切島は励まし、砂藤は頭を抱え、上鳴は現実逃避するように机に突っ伏している。

 

そんな沈痛な場面に、バタンと勢いよくドアが開いた。相澤が無表情のまま入室してくる。

 

予鈴が鳴ったら席につけというのがいつもの台詞だが、今日は言う必要もない。彼らはドアが少しでも動いた瞬間には、既に全員席へ戻っていた。反射神経が研ぎ澄まされすぎていた。

 

相澤は教壇に立つと、無駄なく本題へ入った。

 

「おはよう。今回の期末テストだが」

 

そして、少しだけ間を置いて、

 

「残念ながら赤点が出た。したがって……

林間合宿は全員行きます!!」

 

「「「「どんでん返しだぁ!!!」」」」

 

叫びが爆発した。

4人はガタガタ震えながら歓喜に咽び、机を叩いて喜ぶ。

 

筆記での赤点はゼロ。

ただし実技では切島、芦戸、上鳴、砂藤、そして瀬呂、口田の6人が赤点扱いとなった。

 

今回の試験は教員側が勝たせる隙を残していた。生徒がどう戦略を立て、どう動くのかを見る試験だったからだ。彼らが本気でやれば、生徒の大半は瞬殺される。

 

現にプレゼントマイクが最初から本気なら、ソロたちは今の比ではない爆音で即ノックアウトされていた。もしそうなれば、ソロは迷わず初手で自分の鼓膜を破壊していたに違いない。

 

……などという想像はさておき。

 

林間合宿は夏休みに一週間かけて行われる。

出発までの猶予はまだ1週間以上。

 

「あ!じゃあさ、明日休みだしテスト明けだしって事で、A組みんなで買い物に行こうよ!」

 

葉隠が陽気に提案した。みんなでワイワイと、合宿に必要な備品を買い揃えようというわけだ。

 

「おお良い!何気にそういうの初じゃね!?」

「おい爆豪お前も来い!」

「行ってたまるか、かったりィ」

「轟くんも行かない?」

「休日は見舞いだ。……福州は行くのか?」

「やる事がありますので。みなさん、僕がいないからって寂しくて泣いちゃう、なんて可愛い真似はしないように気をつけてくださいね?」

「誰も泣かないよ」

「ノリが悪いよ空気を読めやKY男共ォ!!」

 

峰田が不満を爆発させるも、爆豪、轟、ソロは微塵も気にせず帰り支度を進めている。

 

緑谷は慌てて立ち上がった。ソロが教室を出ていくのを見て、荷物を抱えたまま廊下へ飛び出す。

 

階段へ続く通路で、ようやくソロに追いつく。

 

「福州くん!」

 

振り向いたソロの金色の瞳が、階段の上から見下ろす緑谷を静かに捉える。その一瞬、薄い光を受けて揺れる瞳は、どこか不安定な炎のようで、以前よりも小さく映った。

 

緑谷は喉の奥が固くなるのを感じた。

入学当初のソロは自信に満ちて、加虐的で、意地が悪いほどに余裕があり、そして常に機嫌がいい。不気味なほどにブレない男だった。

 

だがいま目の前にいる彼は以前と比べると滲み出る雰囲気が静かすぎて、どこか浮いている。安定しているように見えて、その実、妙な危うさがあった。

 

(……ちゃんと、聞かないと)

 

胸の内で小さく呟く。

 

「あ、あのさ……話したい事があるんだ」

 

言葉にしてみると緊張が露わになる。

ソロは少しだけ目元を緩め、軽く肩をすくめた。

 

「ははッ!皆さん本当に僕に興味津々で。好きですねぇ、まったく。そんなに熱い視線を向けられると照れてしまうじゃありませんか。……まあ、いいでしょう。僕もちょうど、貴方たちとお喋りしてみたい気分でしたので」

 

滑るように軽い声音。

そのあっけらかんとした調子に、逆に緑谷の方が面食らった。

 

「え、あ!う、うん!ありがとう!」

 

あっけらかんと言われ、むしろ緑谷の方が取り乱してしまった。

 

「あのさ、君のお姉さんから色々聞いたんだ、実は」

「ユウちゃんから、と言うと……家出前の話でしょうか?」

「そ、そう。その辺に関しても、いや……それ以外にも色々話してみたいんだ、君と。それで、今度の土曜か日曜って時間取れたりしないかな?できれば君の話を聞きたいんだ」

 

ソロはほんの一拍だけ、深い沈黙を落とす。

 

「好奇心ですか?」

「うん、半分くらいは、多分」

「にゃら!正直ですね!」

 

乾いたほど明るい笑い声が、階段の吹き抜けに反響する。しかしその直後、彼は淡々と、あまりにも自然な調子で告げた。

 

「申し訳ありませんが、合宿までのスケジュールはぎっしりなんですよ。調べ物をして、遊んで、遊んで、探し物、そしてまた遊んで仕事と大忙しです。残念ですが、貴方のご要望にお応えする余白はありませんね」

「え!?あ、そ、そうだよね!ごめん!急にこんな事言って」

 

慌てて引き下がる緑谷。その慌てぶりを一瞥してから、ソロはふと真顔になる。そして不意に問いを投げた。

 

「緑谷出久、僕と貴方は友達ですか?」

「えッ!?」

 

緑谷はソロの表情を探る。ふざけた色は一切ない。彼はただ、真剣に答えを求めていた。緑谷は息を吸い、腹の底を決めるように頷いた。

 

「うん。僕は君のこと、友達だと思ってるよ」

 

その言葉を聞いたソロは、小さく「ふぅ〜ん、友達なんだ」と囁く。その声には、いつもの調子も作り物の笑顔もなく、ひどく自然で静かな温度があった。

 

「緑谷出久、合宿の時でいいですか?」

「え……」

「貴方とゆっくり話せるタイミングがあるとすれば、それは合宿の時だと思います」

 

合宿で、話す。

その意外な提案に緑谷は目を丸くする。

 

「轟焦凍と……爆豪勝己も呼びましょう。一応彼は僕が異形型だと見抜いた男ですし」

「本当にいいの?その、無理してるとかなら別に」

「無理なんてしていませんとも。僕はいつだって自由気まま、気分の向くまま風のように生きています。今はね、ただ僕が貴方たちと話したいと思ったからそうしているだけ。理由なんて、それで十分でしょう?」

 

言い切る声音は、不可思議なほど軽やかだった。ソロは肩に掛けていたカバンを軽く持ち直し、くるりと踵を返す。

 

「それまでにちゃんと話をまとめておきますよ。どこまで話すかは未定ですけど」

「うん。ありがとう福州くん。待ってるね」

「ええ。貴方達がすべてを知ったあとで、先ほどの質問をもう一度させていただきます。それでもなお、僕を“友達”と呼んでくださるのか……楽しみにしていますよ」

 

ソロはそういうと、背を向けたまま片手を軽く上げ、ひらりと振る。その手が階段の影に消えていくまで、緑谷はじっと見送っていた。

 

ソロの足音はやけに軽かった。

軽いのに、どこか深い穴へ落ちていくような音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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