お狐フレンズ   作:佐倉シキ

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夜のおしゃべり

 

 

 

 

個性を伸ばす訓練。

それはすなわち、己の限界を確実に越えていく、容赦のない負荷の積み重ねだった。

 

八百万と砂藤は、ひたすら食事を押し込みながら個性を絶え間なく発動させていた。胃の容量が悲鳴を上げてもさらに栄養を詰め込んでエネルギーを生み出す。その苦行のせいで、2人の顔は既に若干青ざめている。

 

麗日は山道の斜面を、まるでボールのように転がされていた。ゴロゴロと転がるたび視界がぐにゃりと歪み、地面と空が乱暴にひっくり返る。そのたびに胃が逆流しそうになり、三半規管が悲鳴を上げる。だが、それでも転がされ続けるのが今回の訓練だった。

 

爆豪は湯船の中に手を突っ込んで個性を放ち続けていた。高温の湯が汗を洗い流すどころか逆に熱気がまとわりつき、肌の下で溜まっていく熱が腕の毛穴から吹き出すようだ。爆ぜる火花の音がひたすら反響し、本人の体力と精神をどんどん削っていく。

 

峰田は、ひたすらモギモギをもぎ続けた。指先がじんじんと痛み、皮膚が薄く擦れて赤くなり、関節が痺れてきても止めることは許されない。

 

尾白と切島は互いの拳や肉体をぶつけ合い、衝突する度に乾いた打撃音が森に響いた。

 

轟は湯船の中で氷を生成し続けていた。当然炎も自前だ。熱と冷気の反復は体内のバランスを狂わせ、知らず知らずのうちに体力をごっそり奪っていく。

 

瀬呂は延々とテープを出し続けていた。肩から先が鉛のように重くなり、指先は痺れ、テープが皮膚を擦る摩擦熱がじんじんと肌を焼く。だが、そこを越えなければ意味がない。

 

まさしく地獄絵図である。

 

許容上限のある発動型は、その上限の底上げ。異形型、複合型は、個性に関わる器官そのものの鍛錬。どちらにしろ、心身を酷使することに変わりはない。

 

ちなみにソロは、単純に技の効率化を指示されていた。変身した状態で何度も技を繰り出し、疲労を少なく使えるようにする為だ。あとは変身のバリエーションを増やすことだろうか、覚りやメドューサなど、今はできないが有用な能力を使えるようにも練習するよう言われている。

中々ハードである。しかしそんなソロには、もう一つ気にかかることがあった。ラグドールの個性だ。“見た人間のすべての情報を読み取る”その力は、つまり──

 

自分が“化野狐太郎”であることを見抜かれた、ということにほかならない。

 

どうしたものかと少し悩むが、結局のところ対処法はない。黙っているか、指摘されればその時に考えるしかない。どうしようもないことは考えても無駄という、彼らしい結論に落ち着いた。

 

 

 

 

     *   *   *

 

 

 

「己で食う飯くらい己で作れ!!カレー!!」

 

プッシーキャッツの声が森に響き、A組の生徒たちは疲労困憊の体をひきずりながらカレー作りに取りかかった。鍋を支える腕がぷるぷる震える者、包丁を握る握力が残っていない者、眠気で目が据わっている者。だが手を抜くことは許されないと念押しされる。

 

災害時、避難先で人々の体力と心を支える食事を作る訓練だ。そう受け取った飯田は、ただ一人異様なほど張り切っていた。背筋は正しく伸び、声だけは元気いっぱいだ。

 

ソロは、轟と並んで野菜を切りながら声をかけた。

 

「轟焦凍、ちょっと何か考え事をしていただけますか?」

「ん?ああ」

 

ソロは深く息を吸い、意識を目に集中させる。瞬間、瞳がじわりと黒く染まり、茶色の虹彩の中に怪しく広がった黒い瞳孔が浮かび上がる。妖怪“覚”の瞳だ。

 

「貴方は今……腹が減ったと思っていますね」

「!……すげぇ。よく分かったな」

 

本当は全く見えていなかった。

ただの勘。しかし見事に当たったらしい。

 

「いやそんなん誰でも当てられるわ」

 

瀬呂のツッコミが入った。

そこへ、向こうから芦戸の声が飛ぶ。

 

「そんな事より轟ー!こっちに火ィちょーだい!」

 

轟はため息をひとつつくと、鍋の前に移動し、掌から静かに火を出した。かつて忌避していた赤い炎が、今は自然な動きで彼の手のひらから生まれる。鍋底がじゅっと熱を帯び、野菜の香りがふわりと立ちのぼった。

 

数十分後。

ようやくカレーが完成した。

 

味は……正直、微妙だ。

けれど疲労と空腹という最高のスパイスのおかげか、口に入れれば不思議と温かく、心の底にまで染み渡るような気がした。

 

森に落ちる夕日の赤が鍋の縁を照らし、生徒たちの表情にはやり切った安堵と、明日も続く過酷な訓練への覚悟が同時に浮かんでいた。

 

「このじゃがいも皮残ってる、切ったの誰?」

「福州じゃね?」

「めざといですねぇ。この僕の数少ない、唯一無二と言ってもいい弱点を見つけ出すなんて。そう、実は僕、細かい作業は苦手なんですよね」

「大袈裟な言い方!」

「お前案外不器用なのな」

「文字も癖あって汚ねぇもんな」

「意外性の塊」

「は?傷付きました。人によっては唯一無二の独創的な文字で暗号のようだと大変好評なのに」

「それ汚いって意味だよ」

「ハッ、下手くそ」

「あ゛?」

「あ゛ぁ゛?」

「やめるんだ2人とも!!食事中にまで喧嘩をするんじゃない!!」

 

そんな軽口と火花が混じった騒がしい食卓も、ひとしきり終われば静寂が戻る。皆が食器を片付けに立ち始める中、ソロは周囲を見回した。緑谷の姿が見当たらない。

 

(おやおや、どこに行ったのだろう?)

 

そう考えた矢先だった。

 

「福州、ちょっといいか」

 

不意に相澤が背後から声をかけてきた。

 

「なんですか?」

「少し話がしたいんだが、今時間いいか?……誰か探してたのか?」

「緑谷出久を探していました。大事なお話がありましたので」

「……大事な話?」

「ええ、多分とても大事なお話しです。今日しようと約束していましたので、どこに行ったのかなぁ、と」

 

相澤はその言葉に少しばかり眉を寄せると、すぐに深く頷いた。

 

「……じゃあ俺はまた後日でいい。俺のも大事な話だ。なるべく早めがいい、そうだな……明日の肝試しの後、時間空けとけ」

「はぁ、分かりました」

 

そう言い残して去っていく背中を見送りつつ、ソロは軽く首を傾げる。次の瞬間、鼻の奥に意識を集中させ、空気を静かに探った。緑谷の匂いは、少し離れた場所に漂っている。洸太と一緒だ。どうやらカレーを届けに行ったらしい。

 

後片付けが終わり、生徒たちが三々五々解散していく中、ソロは轟を呼び止めた。

 

「轟焦凍、少しおしゃべりしませんか?」

「ああ、分かった」

 

ソロの声音に何かただならぬ気配を感じたのだろう、轟は短く頷いた。

 

「爆豪勝己、貴方も来てもいいですよ」

「あ゛ぁ゛!?」

 

反射的に怒鳴る爆豪だったが、興味だけは隠さず結局ついてくる。やがて山道を降りてきた緑谷を無事確保すると、3人とともに少し離れたベンチへ向かった。爆豪だけは並んで座るのが癪だったらしく、腕を組んでそばに立つ。

 

「さてさて、さぁて……お話すると申してもですねぇ?貴方方がどこまで知りたいのか、何を聞くつもりなのか、そして僕がどこまで語って差し上げるべきか……いやはや、その取捨選択が実に悩ましいところでして!」

「テメー話まとまってねぇのに呼び出しやがったのか!?」

「ええ!初めて人に話すものですから、どうしたものかなと今なお迷っています!」

 

ソロは「うーん」と短く唸り、しばし考え込む。

その顔には軽さと躊躇が入り混じり、口元に影のような微笑が浮かんでいた。

 

「よし、貴方達から僕に質問してください。僕は答えられる範囲でその質問に答えます。誠意を持ってね」

 

3人を見渡すと、轟がまず緑谷に視線を向けた。

お前から聞くべきだ、と静かに促すように。

 

「……君は、君自身の正体について分かったって言ってたよね。それを教えて欲しいんだ。無個性だって言われていた君が、どうやって今に至ったのか」

 

緑谷は真剣そのものの瞳でソロを見据えていた。

無個性という単語に爆豪がかすかに目を見開き、緑谷を、そしてソロを順に鋭く見る。

 

「あはは、いきなり核心を突くとは性急ですね」

「オールマイトが君は関係ないって言ってたけど、やっぱり気になっちゃって。あ、いや!疑ってるとかじゃないんだよ!ただ、僕も……昔は無個性だったから」

「貴方には生憎な話ですけど」

 

ソロはフッと、どこか愉快そうに口角を持ち上げた。その笑みは軽やかでいて、底の方に何かを隠しているようでもあった。

 

「僕は生まれた時から個性を持っていましたよ。4歳の頃に発現しています。確か……そうですね。4歳になってすぐの頃に、鹿に変身しました」

 

その言葉は、水面に落ちる小石のように静かに放たれた。だが、その静けさとは裏腹に、緑谷の心の中には激しい波紋が広がった。

 

「どういう事だ?だってお前の姉さんは、弟は12歳になっても個性が発現しなかったって言ってたぞ。だから検査に連れて行こうとして、その前に家出しちまったって」

「ええ、事実ですね。間違いありません」

「なのにお前は今、4歳になってすぐに個性が発現したって。じゃあ家族に黙ってたのか?個性が出たって……それなら何で家出した?」

「確かに個性が発現したと、家族には言っていません。仕方ないですよね。家族はもういなかったので」

「家出中って事か?」

「家は出ていましたよ」

「福州は4歳の頃にも家出をしたってことか?」

「していません」

「それは、おかしい」

 

緑谷の喉が、ごくりと小さな音を立てた。

どこかで齟齬が生まれている。根本的で、存在の根に関わるような違和感。

 

その違和感が、まるで心臓を撫でていくようだった。

 

緑谷は背中をじっとりと汗が伝うのを感じた。見えない何かが、この会話の奥に潜んでいる。目をそらしたくなるほど恐ろしい何かが。

 

ソロはそんな緑谷の動揺を楽しむように、いつものあの、どこか妖しげな笑みを浮かべたままだ。

 

「おかしい事なんてありません。僕は嘘をついていませんから。全て真実を話しています。誓ってもいいですよ。神でも仏でも、天使でも悪魔でも、唯一無二の友にでも」

 

その声音はやけに柔らかい。

 

「いや、そこまでじゃなくても……えっと、じゃあとりあえず、話を続けるね……それで、個性が自分のものだっていうのは分かったよ。

だとすると君の正体って何の話なの?ますます分からなくなる。確かに君の個性は、家族の個性と比べても飛び抜けて強いけど、そこまでおかしいものではない。突然個性が変質するっていうケースもよくあるしね」

「まぁ、そうですね。それだけなら違和感はありません。おかしい事は何もない。でも、疑問を抱くのは単純な話です」

 

ソロの笑顔が、ほんの少し傾いた。

そのわずかな変化が、人ならざる何かが頭をもたげたように見える。笑っているのに、目が笑っていない。彼の影だけが、ぐにゃりと形を変えたような錯覚。

 

緑谷は、鼓動が乱れる。

 

「ではもう一歩、僕のセンシティブな秘密に踏み込みましょうか」

 

ソロは何かを告げる予告のように指を一本立てる。

 

「一つ、お父さんは無精子症だった」

「は?え、それって……子供ができない体質って事?」

「その通りです。カルテによると、妊娠させられる確率は文字通りの0パーセントでした。可哀想に」

「じゃあ、お前と姉貴は養子だったのか?」

「いいえ。ユウちゃんは正真正銘、福州家の娘ですよ」

「え、待って、話がこんがらがってきたよ。じゃあ君だけが養子って事?」

「当たらずとも遠からず、と言ったところでしょうか?でも、当たってる様ですごく遠い。すごく遠い様ですごく似ている」

「言葉遊びはやめてくれ、どういう意味だ」

「そういう意味です。少しはご自分で考えてみてはいかがでしょう?」

 

ソロの問いかけは、不気味なほど優しかった。

子どもに謎解きを与える教師のような、しかし答えを知られたくない者のような、そんな矛盾した微笑。

 

轟は眉間に皺を寄せ、静かに考え込む。

緑谷はもう完全に思考が止まり、ぽかんと口を開けていた。爆豪はその空気に耐えられなかったのか、鋭い舌打ちを響かせた。

 

「じゃあ仮にテメェだけが養子だと仮定して、テメェの秘密って何なんだよ。そんな小せぇ事じゃねぇだろ。馬鹿みてぇにウダウダと長々しく語ってねぇでさっさと答えを言いやがれ」

「貴方は退屈な方ですね。エンターテイメントを全く理解していない」

 

ソロは呆れ混じりのため息をつく。

 

「エンターテイメントなんでどうでもいいんだよ、クソ道化が」

「仕方ありません。ではセンシティブな秘密二つ目と行きましょう。爆豪勝己の言っていた様に、僕は間違いなく異形型です。それもかなり特殊でして、生まれた時から四足獣でした」

「は……?」

 

その瞬間、空気が完全に凍った。

 

緑谷と轟は同じ表情をしていた。目を大きく見開き、口がわずかに開いたまま固まる。理解が追いつかず、しかし言葉の意味だけは脳に刺さってしまった人間特有の沈黙。爆豪は怪訝な顔で2人を見る。

 

森の風が、ひゅう、と吹き抜けた。

その音が、まるでここから先が本当の地獄だと告げる前触れのようだった。

 

緑谷は言葉の意味を咀嚼しきれないまま、額にうっすら汗を浮かべていた。

 

「いや、確かに異形型なだけで無個性な人も存在しているけど……ユウさんはそんな事……だってあの人、自分によく似た藤色の髪に黄色い瞳の男の子だって。生まれた時から異形型だったのなら、そんな事……」

「そうですね」

「君は……何を、言ってるんだ?」

 

ますます混乱した声音で、緑谷は縋るように問いかけた。声は震え、目の奥には理解の追いつかない不安が揺れている。

 

ソロはそれを楽しむように、深く笑った。

 

「ふッはは!僕は異形のバケモノです。ええ、爆豪勝己の推測通り、本当は人の姿をしていない」

「え、いや!バケモノなんかじゃないよ!君は…ッ、僕を何度も助けてくれたじゃないかッ!!」

「迫真のフォローですねぇ。そういうつもりで言った訳ではないのですが、緑谷出久は優しいですね。とりあえず、ありがとうとだけ言っておきます」

 

ソロがゆっくり瞬きをした。

その一瞬で、獣のように研ぎ澄まされていた瞳の色が、ふっと元の柔らかな色相へと戻る。緑谷は安堵とも困惑ともつかぬ息を漏らした。

 

「じゃあお前は、やっぱり普段から人の姿に変身して生活してるって事だよな?」

「ええ。昔の姿から成長した姿を予想して、その姿に化けています」

 

緑谷が眉をひそめて、静かに問いを重ねた。

 

「でも、異形型の人もたくさんいるし、態々そんな事しなくても受け入れてくれると思うけど」

「あはは!狭くてA組のクラスの扉すら多分潜れないんですよ、流石に不便でしょう」

「そんなデカいのか」

「なってみろや」

「うん?」

「その本性とやら、今見せてみろって言ってんだ」

「かっちゃん!」

 

緑谷は慌てて爆豪の肩を掴む。爆豪の瞳には臆する気配はない。

 

しかし、ソロは静かに微笑んだ。

 

「そのつもりですよ」

「えっ……ちょっと、今ここで!?だ、だめだって!!」

 

緑谷は声を裏返して取り乱すが、ソロは楽しそうに首を傾げた。

 

「上等だわ!今ここで優劣つけてやる!!体育祭の時みてーな舐めプは許さねぇからなッ!!」

「まあ今すぐに見せるつもりはないんですけれど」

「なんッなんだテメーは!!肩透かしもいい所だボケが!!」

 

苛立ちを隠さない爆豪に対し、ソロは掌をひらひらと振る。

 

「合宿が終わったら貴方達を僕の家に招待します。私有地の森がありますので、どうしても見たいと言うのなら、そこで見せて差し上げますよ」

「ここと変わんねーだろ今見せろや!!」

「変わりますよ。ここには他にも人がいる」

 

言い終えると同時に、ソロの気配が沈み込んだ。空気が重くなる。まるで獣の牙が喉元へせまったような、冷たい殺気が肌を刺した。

 

瞳孔が獣のように細くなり、手足の筋肉に力が入り、足元の土がめり、と沈む。変身に入ろうとする瞬間特有の圧、その体重が、いま確実に人間の範疇を逸脱しつつあった。

 

緑谷も轟も爆豪でさえも、一歩、二歩と反射的に後退した。だが、ソロはすぐに変身を中断し、息を整えて微笑を取り戻す。

 

「テメーさっきから何なんだふざけてんのかッ!!」

 

爆豪の怒声が響くが、ソロはあくまで飄々とした調子で答えた。

 

「あはは、貴方達はもう知っているでしょう。僕の変身は、変身対象の生態に引き摺られると」

 

ゆっくり言葉を区切り、指先で自分の胸元を軽く叩く。

 

「人間の姿でいる今だからこそ、こうしてまあ、多少は穏やかでいられるんですよ。ほら、ハウンドドッグ先生だって激情が振り切れると人語が怪しくなるでしょう?あれと同じ……いえ、あれなんか目じゃないんですけれど。

 

僕の本来の姿は怪物です。偶に、なんだか不思議なくらい暴れたくなるんです、あの姿だと。……運動不足なんですかね?本気で腹を立てたら、きっと理性なんて端から残らない。暴れ回って、噛み砕いて、ちぎり捨てて……目についたものを片っ端から殺そうとするでしょうねぇ。

 

だって僕、血の滴る生肉が大好きなんです。ほら、噛んだ瞬間にじゅわっと溢れるあの鉄の味……たまりませんよね?ねぇ、想像するだけでお腹が鳴りませんか?」

 

その声は日常会話のように軽やかだったが、言葉の内容はあまりに生々しく、轟も緑谷も息を止めた。爆豪だけは睨み付けるのをやめない。

 

「だからこそ、見たいのならば誰もいない場所にしましょう。流石に苛立ちに任せてクラスメイトを殺めてしまえば心が痛む」

「俺らがテメーぶっ飛ばすのが先だわ、テメーの牙が他の奴らに届く前にボコボコにしてやんよ」

「︎えぇ〜〜っ!?貴方にそんなことできるとでも?本気で?ほんっとうに??いやいやいや……まさかとは思いますけど、僕から誰かを守れるだなんて本気で思っちゃってるんですか?

ひゃはっ!冗談きっついですよ!そんな大それた幻想、どこで拾ってきたんです?新聞の占い欄ですか? それとも今のって寝言ですか?」

「テメェうっぜぇんだよこの煽りカス!!いいからかかってこいやー!!」

 

爆豪は一気に距離を詰め、胸ぐらを掴みかからんと手を伸ばした。その瞬間、ソロは肩をわずかに動かし、爆豪の勢いを利用して逆方向へと投げ飛ばす。

 

爆豪の背中が地面に叩きつけられる直前、彼は爆発を起こして体勢を立て直した。爆風で地面がえぐれ、砂塵が舞い上がる。爆豪はゆらりと立ち上がり、手のひらを爆ぜさせて威嚇する。

 

ソロはそんな爆豪の荒々しい気配を受けてもなお、挑発するように口角を上げた。それが更なる火種となり、爆豪のこめかみが跳ねる。

 

「それで、他に質問は?」

 

ソロがあくまで平然と問うと、緑谷は頭を抱えた。

 

「正直、わからない事が余計増えたって感じだよ。ミステリーを解いてる気分だ」

「エンターテイナーはミステリアスなんです」

 

ふと轟が口を開いた。

その声は低く、探るように慎重だった。

 

「なあ福州。これは単純な疑問なんだが」

「何です?」

「父親が子供ができない体質っていうのと、姉さんの存在が繋がらない。不倫か養子って可能性がでかいが、そのどちらでもないんだろう?」

「ええ」

「姉さんは間違いなく福州家の血の繋がる娘なんだよな?」

「はい」

「つまり、父親とも?」

「もちろん」

「お前はどうなんだ?」

「不倫でもなければ養子でもありません。そして彼らとの間に血の繋がりはありません」

「……あの人は自分によく似た弟だったって言っていた」

「そうですね」

「お前の親は誰だ?今何をしてる?」

 

その瞬間、ソロの笑い声が弾けた。

 

「あははははッ!ウミガメのスープをやってる気分ですね。答えましょう!母は僕を産むと同時に死にました。父は2歳の頃に母の元へと行きました」

 

轟と緑谷は同時に息を呑んだ。

 

「ますます分かんなくなってきたぞ……」

 

2人が顔を見合わせる中、爆豪だけが、まるで何か嫌な予感を覚えたかのように、険しく目を細めていた。

 

「テメェ、誰だ」

 

爆豪の声は低く、地を這うような重さを帯びていた。さっきまでの喧騒を打ち消すほどの静寂が一瞬、周囲を覆う。緑谷はその声音に潜む異様さを察し、思わず肩を縮めた。汗がつっと背中を伝い、喉がきゅっと細くなる。轟もまた、何かに気づいたかのように、いつもの冷静さよりさらに深い陰を表情に落としていた。

 

そんな3人の様子を眺めながら、ソロはゆっくりと口角を釣り上げた。

微笑ではなく、獣が牙を隠さず笑っているような、底の読めない、艶めいた笑み。その姿だけで、空気が薄く感じられる。

 

「お前の話が全て真実だと仮定すると、姉貴の話と矛盾する。どっちも真実だとするならば、答えは一つだろ。姉貴の話す“福州ソロ”と、テメェは別人だ」

 

爆豪の推論は核心を突いていた。

緑谷は意味を掴めずに口を開閉するしかなく、心臓が落ち着きなく跳ねている。

 

「……ははッ!」

 

とんでもないことを問われていると言うのに、ソロはただ愉快そうに笑った。緑谷はますます混乱に沈み、ただソロの名を呼んで縋ろうとするが、言葉にならない。

 

ソロは軽々とその場を跳んで近くの岩の上に立つ。

月光に照らされた舞台俳優のように、腕を広げ、芝居がかった動きで告げた。

 

「話は全て真実だけども“僕”は全て嘘!さて、それじゃあ俺様はだれでしょう?」

 

軽やかに一回転すると、岩の上から3人を見下ろす。その顔は楽しげで、しかしどこか深い狂気を孕んでいた。

 

「“僕は、僕の事がわからない”って……」

 

緑谷のかすれた呟きを、ソロはひょいと拾い上げた。

 

「おっと、その話だったな。

結論から言うと俺は無精子症の旦那とその妻の夫婦から生まれた。だけど、お母さんは浮気をしてなかった。そこが妙だろ?にもかかわらず、お母さんは死ぬ前に罪を犯したなんて言っていた。じゃあ、その罪が何かって話だが……どうやら手を出しちゃいけないものに手を出したってことらしい。

この前、実家に戻ったんだよ。ほら、テメェらがモールでヴィランに絡まれた日な。で、勝手に家を漁って、お母さんの隠してた日記を見つけた。鍵付きだったから……まあ、ぶっ壊したけど。そこに全部書いてあった。お母さんが手を出したのは、よく分からん実験だった。治験みたいな、でも普通じゃねぇやつだ。不妊の女を集めて、超絶強い個性を持った子どもを人工的に作って産ませるっていう計画。言っちまえば人造人間……的なやつだな。

不妊治療はうまくいかねぇ。養子も嫌。知らない男の精子提供だって嫌。かといって浮気なんてできない。でも自分の子供は欲しい。追い詰められたお母さんは……気づいたら犯罪組織のその実験に巻き込まれてたってわけだ。危険さに気づいて途中で逃げたみたいだけど、その頃にはもう、俺は堕ろせないくらい育っちまってた。で、 偶然生まれたのが俺ってわけだ」

 

俺。その一言が、空気を一段冷たくした。

緑谷はその変化を正確に捉えられず、ただ混乱の海に沈んだままだ。

 

「証拠でもあんのかよ」

「名探偵の次は犯人役っぽいセリフを言うんだな、お前は。……証拠はもう見た、理解した。俺は俺の存在を理解した。USJと保須市でな、後輩に会ったよ」

「は?……お前何を、まさか……ッ」

 

轟の瞳が大きく揺れた。

彼は口を開きかけて、しかし飲み込む。

その沈黙だけで察しているのがわかる。

 

爆豪もその意味に辿り着いたのか、不機嫌に顔を顰めながら黙り込む。

 

緑谷だけが取り残される。

いや、本当は気づいている。

ただ、心が拒んでいるだけだ。

 

ソロは肩を揺らし、愉快そうに声を上げた。

 

「お前ら雑魚どもがビビってる時にも俺様はアレに親近感を抱いたよ。それと同時に対抗意識?コイツにゃ負けたくねぇなって、本能的なもんだ。それが証拠で十分だろ」

「誰にも言ってねぇのか?」

「あっはは!言うわけないだろ。あくまで俺の直感だぜ?証拠なんかひとつもねぇしな。

……でもよ、そう考えると、俺が自慢げに振り回してきたこの個性も、本当に自前のもんなのか怪しく思えてくるな!だって強すぎるだろう、俺の個性。確か前に言ったろ、“俺も誰かに何かの目的で作られたのかも”って……あれ、冗談じゃなく本気で合ってたかもしれない訳だし。

そういやオールマイトに“その個性は誰かからもらったのか”って聞かれた時、“誓って違う、自前だ”って即答したけどよ……今思えば、あれも嘘になっちまったかもしれねぇ。いやぁ、こりゃ悪いことしたわ!」

 

口調が一気に崩れ、洗練された声色が剥がれ落ちていく。華やかで艶のある中低音は消え去り、代わりに現れたのは聞き覚えのない、深みのあるハイバリトン。だがどこか妙に自然で、そちらの方が本物の彼だと納得してしまうほどだった。

 

「と言うわけで、楽しいお喋りはここまでだ。俺の話を聞いた後どうするかはテメェらの自由だぜ、好きにしたらいいさ。どうせラグドールにも全部バレてる。合宿が終わりゃ俺の学園生活も終了かもしれねぇな」

 

ソロは野生的な仕草で肩を回し、喉の奥で笑いながら踵を返す。

 

「……ちょっと惜しいぜ」

 

そう呟いて歩き出した背中に、緑谷は思わず声を上げた。

 

「ねぇ……何でそんなことを話す気になったの?」

 

ソロは足を止め、ゆっくり振り返る。

逆光で顔の大半は暗く沈み、瞳だけが獣のように光って見える。職場体験の時にも感じた、寂しげな気配。

 

「さてさて、何でかね?不思議なもんだ。俺はずっと、俺が何者か分からないでいた。それでいいと思ってたよ、面白おかしく生きられりゃそれでいいってな。

だってのに、この様だぜ?俺は俺が何なのか分かったはずなのに、また俺のことが分からなくなってる。こんな無意味な行動とってさ!

テメェらのあたふたする様を笑ってやろうと思ってたのに、どうもそんな気分になんねぇし……。

 

……昔は俺様、こんなんじゃなかったんだけどな」

 

そう言うと、ため息をついて怠そうに首を傾ける。

 

「……なあ、改めて聞くけどよ。テメェら、こんな訳の分からない怪物のことを本気で友達だなんて思えるのかい?大切な人だろうとなんだろうと、俺様の気まぐれで嬲り殺すかもしれねぇのに」

「福州くん……ッ」

「……あばよ」

 

鼻を鳴らしてそう言い残し、軽く手を振りながら「はぁ〜、なんか怠ぅい」と呟いて歩き去った。地面を踏むたびに砂が軽く舞い上がり、その背中は闇の中にゆっくり溶けていく。

 

残された3人の間に、重く息苦しい沈黙が落ちた。

誰も言葉を発せず、ただ胸の奥で不気味に膨らむ不安を押し殺すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

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