お狐フレンズ   作:佐倉シキ

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この上なく悪い事

 

 

 

 

3日目の訓練が終わり、夜の深い闇が森全体を包んだ頃。

 

「肝を試す時間だー!!」

「エンターテインメントの時間だー!」

 

芦戸とソロが昼間の疲労を吹き飛ばすほどの明るい声をあげた。長く厳しい訓練ののちに待ちに待った娯楽。肝試しがやってきたのである。2人とも頬を緩ませ、胸の内のウキウキとした喜びを隠しきれていない。

 

だが、その喜びは唐突に叩き落とされた。

 

「大変心苦しいが補習連中はこれから俺と補習授業だ」

「ウソだろ!!!!!」

「ひゃーッ!!はっはっは!!!」

「肝を試させてくれ!肝を試させてくれ!」

「誰か助けて!私達負け犬にもエンターテインメントを!!」

「ばいばい負け犬。補習頑張ってくださいね、僕達は肝試しを楽しんできますので」

「わおーん!!」

「わんわん!!」

「うるさいぞ」

「キャンッ」

 

補習組の5人は全力で逃げようとするが、相澤の前にその抵抗は何の意味もなく、あっという間に襟首を掴まれてズルズルと建物の中へ引きずられていった。口田は最初からおとなしくついていった。

 

プッシーキャッツはその騒動をまるで見なかったかのように、整然と肝試しのルール説明を開始した。

 

脅かし役の先攻はB組。A組は2人1組で3分ごとに暗い森へと出発する。道の中央に吊るされた、自分の名前入りのお札を回収して戻ること。脅かす側の直接的接触は禁止だが、個性を使って驚かせるのは許可されている。

 

そして問題となるのは人数だ。

2人1組、そして補習で6人が抜ける。A組は21人だから、どうしても1人余る。

 

ペア分けは以下の通りになった。

一番手は常闇と障子。

二番手は轟と爆豪。

三番手は葉隠と耳郎。

四番手は八百万とソロ。

五番手は麗日と蛙水。

六番手は尾白と峰田。

七番手は飯田と青山。

そして最後に、ひとりで歩く緑谷。

 

 

やがて肝試しが幕を開け、9分後。八百万とソロの番となった。

 

「行きましょう福州さん」

「オッケーオッケー、楽しんで行きましょう!」

 

二人は並んで夜の森の小道へ足を踏み入れた。

 

月が枝葉の隙間から光を落とし、細い道を照らす。しかしその光は頼りない。足元の落ち葉は一歩ごとに乾いた音を立て、その音が静寂を破るたびに森全体の静けさが増したかのような錯覚すら覚えた。

 

八百万は恐怖というより、未知の体験への緊張で背筋を伸ばしていた。ソロはというと、楽しげに最後になるだろうその空気を味わっている。

 

八百万が口を開く。

 

「私こういうのは初めてですの。福州さんはどうですか?」

「もう呆れるくらいやりました。僕ってこうみえてバリバリの野生児なんで」

「あら、そうですのね。上級者と一緒なら気が楽ですわ。そうだ、肝試しとは何かマナーのようなものはあるのでしょうか?」

「ゴースト達も精一杯努力してこちらを驚かしにきている訳ですので、驚いてあげた方がよろしいかと。渾身の悲鳴を上げて場を盛り上げるのがマナーです」

「なるほど。つまり、特段驚けなくても悲鳴をあげた方が良いのですね」

「ジェットコースターだって怖くもないのに悲鳴を上げる人はいるでしょう。あれはその方が楽しいからです」

「形から入るといわけですのね」

「うぎゃーッ!!とか、そんな感じで腰でも抜かすと愉快ですよ」

「それは少々わざとらしすぎるのでは?」

「ふっふっふ……僕のターンが楽しみです!僕の変身で、皆が青ざめて悲鳴を上げる……その瞬間を想像するだけで、胸がドキドキワクワクして仕方ないんですよ!

八百万百も見たいでしょう?聞きたいでしょう?僕がどんな怪異をお見せするのか!あぁ〜、皆の顔が歪むのが楽しみすぎて……もう、笑いがこらえられない……ひゃっひゃっひゃ!」

「もう楽しそうですわね」

「楽しいですよ!肝試しは後半からが本番!僕が登場した途端、悲鳴の大合唱で楽しいパーティの始まりです!常闇踏陰も闇の狂宴と言っていたでしょう?まさに、それです!!」

「まあ、常闇さんも肝試しのプロフェッショナルでしたのね」

 

暗闇の中、ふたりは話しながら歩き続けた。もっとも、八百万はニコニコと相槌を打つことがほとんどだったが。

ソロは匂いで、音で、誰がどこに潜んでいるのか理解している。脅かし役の仕掛けも先に見透かしている。それでも、エンターテイナーとしての矜持か大げさな驚きの芝居を続けていた。

 

八百万も次第に調子が出てきたのか、ソロの芝居に合わせて可愛らしい悲鳴を上げ、ふたりで森に笑い声を響かせていた。

 

そんな平和な時間の最中だった。

 

「……ん?」

「どうかしましたか?」

 

ふとソロの表情が変わった。

鼻先がわずかに動く。

 

「焦げ臭い……」

 

八百万は首を傾げるが、何も感じない。

ソロがもう一度、静かに深く空気を吸い込んだ。

 

——その瞬間。

 

「ッぅぐ……」

 

刺激臭。刺すような化学臭が鼻腔を焼き、気管を針で刺すように痛めつける。

 

「有毒ガスだッ!」

「何ですって!?」

 

ソロの叫びより早く、足元へ薄い煙が這い寄ってきた。闇の底から湧き上がるように、地面を滑るように広がり、白い靄はみるみる内に濃度を増していく。

 

呼吸しただけで喉が焼ける。肺の奥がじりじりと痺れ、八百万は本能的に咳き込みそうになる。

 

ソロは迷うことなく八百万の身体を抱え上げ、軽やかにその場から跳んだ。直後、先ほどまで二人がいた地面一帯を白煙が覆い尽くす。煙が触れた草は、音もなく黒ずみ、枯れたように萎びていく。異常事態だった。

 

「どうして有毒ガスが、なにか事故でも起きたのでしょうか?」

 

八百万が眉根を寄せて問う。夜の森はさきほどまでとは打って変わり、静かで、不気味で、息を潜めて何かを待っているようだった。

 

「事故というより事件ですね!あっはは!事件の香り!」

 

ソロはわざと軽い声音で言ったが、その目は獣のように鋭く光っていた。

 

「え……」

「覚えのない匂いが一つ、二つ……ん〜、ガスと煙のせいでちょっと分かりにくい……」

 

八百万の背筋に冷たいものが走る。ただの肝試しの空気ではない。

 

「まさか、ヴィラン!?」

 

八百万が息を呑む。

 

「恐らくそうです。他の生徒と合流しましょうか、弱虫どもは危険かもしれませんので!」

「それでしたら近くにB組の鉄哲さんと塩崎さんがいらしたはずですわ」

「了解です。ではとりあえず、そこに向かいましょう」

 

ソロは煙の届かない場所へ八百万を丁寧に下ろした。八百万は即座に個性を使う。

 

「つけてください。ある程度の有毒ガスなら防げます」

「ワオ!感謝感激雨霰!」

 

創造されたガスマスクを装着し、2人は森の奥へ駆け出した。2人の足音が、さっきまでの肝試しとはまったく違う緊迫感を持って響く。

ほどなくしてB組の生徒たちを見つけた。鉄哲と塩崎、そして泡瀬。塩崎は地面に横たわり、意識が朦朧としている。

 

八百万はすぐに駆け寄り、息を切らせながらガスマスクを差し出した。鉄哲はそのまま周囲のB組へ配るため塩崎を抱えて走り去り、ソロと八百万は泡瀬に案内されて別方向の救援へ向かった。

 

葉が揺れる音、遠くの叫び、そして……濃くなるガスの臭い。そのすべてが、状況が既に異常である事を示していた。

 

数人にマスクを渡し終えたそのとき、鋭い声が突然頭の中に響いた。

 

『A組B組総員!プロヒーロー、イレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!!』

「これは……」

「マンダレイさんのテレパスですわ」

 

八百万とソロは視線を交わす。

空気が一段重くなる。

 

これは、もう遊びではない。

ヴィランによる襲撃だ。

 

『ヴィランの狙いの一つ判明!!生徒のかっちゃんと、福州くん!!2人はなるべく戦闘を避けて!!単独では動かない事!!』

 

「……へぇ、やっぱり僕に会いたくなってしまったみたいですね」

 

ソロの口調は軽い。しかしその瞳は深い底を覗かせるように冷たく細められていた。

 

『分かった!?2人とも!気をつけてね!!』

 

八百万は息を呑む。

ヴィランの標的がソロ。この場で最も危険だ。

 

生徒たちにマスクを届けたい。しかしソロを連れ回せば狙われる可能性が跳ね上がる。かといって別れるわけにはいかない。どちらかを選べば、必ずどちらかが危険に晒される。

 

(私、どうすれば──)

 

─────焦るな。

 

─────冷静に。

 

(もう以前のように慌てない、冷静になれば良いのです。大丈夫、簡単な事……だって福州さんは何にでもなれるのだから)

 

それはソロの実力への信頼から引き出す決断だった。

 

「福州さんは今すぐ別の姿に変身してください。そうですね、ここに来ていない生徒に化けてください!」

「オッケーオッケー、任されたし!」

 

ソロが切島に変身しようとした、その瞬間だった。

 

森の空気が変わった。

草の擦れる音、落ち葉が押しのけられる気配、鳥や小動物が一斉に逃げ出すざわめき。

 

(……何かくる)

 

ソロの変身が止まった。

八百万が怪訝そうに眉を寄せ、彼へと視線を向ける。

 

(速いッ!これは───)

 

「脳無ッ!!」

 

ソロが咄嗟に八百万と泡瀬を突き飛ばしたのとほぼ同時、木々を裂く轟音とともにそれらが飛び込んできた。

 

「あ゛───────」

「縺ゅ?∝シ溘□縲ょシ溘?∬ヲ九▽縺代◆」

 

夜の闇の中から現れたのは、2体の脳無だった。

 

一体は、異様なほど醜悪な姿をしていた。頭が二つ。男と女の顔が融合したような不気味な造形で、口元は痙攣するように震えている。体の至るところからは巨大な棘が盛り上がるように突き出している。

もう一体はひょろりと細長い体つきだが、頭部には拘束具のような金属が食い込んでおり、口は犬のように長く伸びている。足の関節は肉食獣のように湾曲し、そのぎょろりとした黄色い瞳がソロを真正面から射抜いた。

 

「あ゛あ゛──────」

 

筋肉が軋む音が聞こえるほどの速度で、二つ頭の脳無が腕を振り抜いた。

ただの一撃。しかし重さも速度も、もはや生物のものではない。岩を容易く砕く質量がそのまま拳に凝縮されたような一撃。

 

「ぐはッ……!」

 

ソロの身体は一撃で飛ばされ、折れた枝や木を巻き込みながら地面へ叩きつけられた。木が二、三本、連続して粉砕されていく鈍い破壊音が森に響く。

 

「福州さん!!」

 

八百万の叫びが響く。しかし二つ頭の脳無は一切の反応を返さない。ただプログラムされた兵器のように、最初から決められた獲物、ソロだけを狙って突進してくる。

 

倒れたソロの元へ、脳無の影が覆いかぶさった。

 

「ッ、良いだろう!やる気だな!」

 

倒木の下敷きになりかけた身体をソロは無理やり動かし押し上げた。額から血が垂れ、片目へと流れ込み視界が赤く染まった。それでも痛みを顧みず、ソロは獣じみた笑みを浮かべる。頬の乾きかけた血が皮膚を引きつらせ、その痛みすら闘志の火種へ変わっていく。

 

「俺様とテメェら脳無!!どっちの方が強いか今ここで決めようじゃないか!」

 

叫んだ瞬間、ソロの体がぶれ、次の瞬間には天狗の姿へと変貌していた。

赤い肌、面の下から覗く鋭い眼光。手にした羽団扇をひと振りすると空気が爆ぜるような風圧が発生し、二つ頭の脳無の巨体を森の奥へ吹き飛ばした。木々が一斉に折れ、木片と土煙が夜空へ舞い上がる。

 

吹き飛ばされた脳無の横で、口輪をつけた脳無はぼんやりと立ち尽くしている。そして、理解不能な声をあげながら、

 

「遘√□繧医?√Θ繧ヲ縺ェ繧薙□繧」

 

そう言って、両手を高く上げた。

まるでこちらを煽っているかのような不気味に挑発的な動きにソロのこめかみへ青筋が浮く。ただでさえ、脳無に感じる親近感、そして懐かしいような匂いに、まるで、“お前の仲間はコイツらだ”と言われているような気がして苛立っていたのだ。ソロの眉間に深い皺が刻まれる。

 

「その、挑発……度胸があるのか頭が悪いのか……どっちでもいいけど、テメェ今すぐ後悔させてやる!」

 

ソロは二つ頭の脳無の攻撃をさばきつつ、両手をあげている脳無へ鋭い視線を飛ばす。

 

「菴薙′螟峨↓縺ェ縺」縺。繧?▲縺溘?ら李縺?h」

「何言ってるか分かんねぇんだよッ!」

 

脳無が意味不明な叫びをあげると同時にソロは姿をドラゴンへ変え、その巨体をもって脳無へ爪を突き立てる。そして口腔深くから炎を噴き上げた。脳無の胸元から火柱が上がり、焼けた皮膚の匂いと脂が弾ける音が森へ広がる。

 

「辭ア縺??√d繧√※縲∝シ溘?√d繧√※」

 

なおも喚く脳無へ追撃。

ソロは大きな尾で薙ぎ払い、その巨体を横へ吹き飛ばす。脳無がよろけた瞬間、一気に組み伏せ、両腕でその身体を掴み地面へ叩きつけた。地面の苔がめくれ、土が大きくえぐれるほどの衝撃。

 

(脳無の気配は更にもう一つある。そいつはまだ遠いが、こいつらより遥かに危険な気配だ。すぐに終わらせないとな)

 

戦闘の最中でも、ソロの感覚は鋭いままだった。

肌の表面で空気がひりつき、別の脳無が暗闇の奥で呼吸している気配が背筋をじりじりと焼く。焦燥が湧き上がる中、ソロは姿をカマイタチへと変えた。

 

「あ゛あ──────」

「喧しいんだよ木偶人形がッ!!」

 

刃のような風が森を走り抜ける。

透明な風の鎌が二つ頭の脳無の手足を切り裂き、一瞬にして動きを奪った。口輪の脳無はほとんど動かないため後回しにする。切断面からは筋繊維が露出し、ぐにゃりとうねりながらすぐに再生しようと蠢いていた。

 

ソロは元の姿へ戻り、荒い呼吸を押し殺しながら構え直す。

 

(体が痛ぇッ、クソ!気持ち悪ぃ!なんなんだよッ!)

 

「諤悶>繧医?∫李縺?h!」

 

口輪の脳無が何かを叫びながら、再び両手を高く上げる。

 

「なんッなんだテメェ!降参のつもりならとっととそっちの二つ頭連れて失せろッ!そうしないならぶち殺すぞッ!」

「福州さん逃げましょう!落ち着いてください!貴方は狙われている!戦う必要はありませんわ!」

「……チッ。まあ、確かにその通りですね。了解です」

 

ソロが八百万へ視線を向けようとしたその時、足首に冷たく感触が巻き付いた。

 

「蠑溘?√?縺??∝シ溘¥繧」

「あ゛あ゛あぁぁぁぁ!」

「何でもう動けんのッ!」

 

二つ頭の脳無の手だった。腱を断たれ、ぶら下がるだけのはずだった腕が動いていた。大きな手がソロの足首を握り潰すように掴む。圧迫が骨の芯まで食い込んだ。次の瞬間、ソロの体は地面から引き剝がされ、脳無の腕力で宙に浮いた。そしてそのまま、地面へ叩きつけられようとした。

 

だがそうなる前に轟音が空気を揺らした。八百万の生み出した大砲が火を噴き、砲弾が一直線に脳無の横腹へ激突する。脳無の巨体が一瞬だけ硬直し、ソロの身体が無造作に宙へ投げ出される。落下寸前に滑り込んだ泡瀬がソロを両腕で受け止めた。

 

「逋セ縺。繧?s?」

「あ゛あ──────」

「傷が再生しています!斬撃は無意味かもしれません!私が弾を作りますので泡瀬さんは手伝ってください!」

「分かった!」

 

八百万の声は緊迫した戦場の中でもよく通る。彼女の言葉に泡瀬が即座に反応し、駆け足でその横へつく。八百万は次々と砲丸を創造した。泡瀬がそれらを大砲に装填し、迷いなく打つ。放たれる弾丸が脳無たちへと正確に飛んでいく。

 

二つ頭の脳無は気味が悪いほどしなやかに体をくねらせ、砲撃を避けながら再びソロへと突っ込んできた。しかし砲撃の鬱陶しさに苛立ったのか、標的をソロから八百万へと切り替える。

 

「あ゛ぁぁ」

「げ、こっちきやがった!」

 

八百万の特殊なネバネバ弾が二つ頭の体に張り付き、黒い皮膚にぬめりをともなってまとわりつく。腕や脚が重く引かれ、動きがわずかに鈍る。それだけでも十分、流れがこちらへ傾いた。

 

ソロは一瞬にして再びドラゴンへと姿を変えた。そして尾を一閃させる。しなった尾が脳無の胴を横薙ぎに撃ち抜く。骨の軋む嫌な音が耳に届き、脳無の身体が数メートル先へ跳ね飛ぶ。

 

火を噴こうと喉奥に熱をためかけたものの、周囲の仲間への被害を思い、ソロは今度は自制した。だが脳無は、肉が捻れたままのような姿でありながら、またも立ち上がった。

 

「なんてタフなの」

「でも俺らが押してる!これ勝てるぞ!」

「もう一体そばに居ます!油断しないでください」

「マジかよ……ッ」

 

ソロの胸中には焦燥が渦巻いていた。3体目の脳無が近くで不気味な動きを続けている。動かず腕だけを上げ続ける脳無も意味が分からず、気味が悪い。影が揺れるたびに、心臓の鼓動が一度跳ね、注意をそがれる感覚に苛まれた。

 

「縺ソ繧薙↑谿コ縺輔l縺。繧�▲縺�」

「うるッせぇなぁ!テメェはなんなんだよさっきから!」

 

ノイズのように耳へ刺さる脳無の声が、神経をじりじりと灼く。堰を切ったように怒気が爆ぜ、ソロは鉤爪を振り下ろした。口輪をはめられた脳無の胸へ突き立てると、ぐしゃりと肉が裂ける感触が掌へ返る。硬い骨に爪先がぶつかり、衝撃が腕へ鈍く響く。さらに牙を剥き、肩に噛みついた。肉を引き千切る勢いで振り回し、そのまま地面へ叩きつける。

 

だが、それほどの損傷でさえ脳無は蠢きながら再生し、ゆらりと再び立ち上がる。

 

「ッ、テメェ……!!」

「キリがないッ」

「福州さん!私に策があります!」

 

苦々しく眉を寄せながらも、ソロは八百万の声に反応し、彼女の元へ向かう。荒い息を吐きながら高さを合わせるように身をかがめ、次の策を聞くために頭を下げた。

 

「いくらやっても治ってしまうのならキリがない。それならば拘束するしかありません」

「どうやるんです?貴方のネバネバ弾はあまり効果がないようですが」

「ええ、ですからネバネバはやめます。縛りましょう」

「縛る?」

「相澤先生の時と同じ形でやってみますわ」

 

八百万は焦りを喉奥に押し込み、滑らかに説明を続ける。周囲の爆音と叫びが散り続ける中でも、彼女の頭脳は冷静に状況を解析し続けていた。新たに創造された拘束具は、相澤の武器に極めて近い形状をしていた。

 

「福州さんの力と比較して考えると、恐らくこれで抑えられるはず。それに今は泡瀬さんもいますので」

 

束ねられたニチノール製の紐が八百万の手から生まれ、巨大なカタパルトへ載せられる。緊張でわずかに硬い動作だったが、迷いは一切なかった。

 

「やりますわよ。準備はよろしいですか」

「ええ」

「おう!」

「菴輔b蜃コ譚・縺ェ縺九▲縺」

 

その瞬間、二つ頭の脳無が跳び込んできた。その拳が一直線に迫る。

 

ソロは真正面からその一撃を受け止めた。衝撃は腕を軋ませる。だがソロは表情一つ変えない。ただ、踏みとどまるために全身の力を絞り、爪が地面に食い込むほど強く踏み締めていた。

 

ソロは大きく顎を開き、脳無の頭にガブリと噛みつく。骨が軋む手応えを歯の裏に残したまま、ソロはその脳無を口輪の脳無へ向かって乱暴に放り投げた。重い肉塊同士が衝突する音とともに、二つの頭から伸びた黒い棘が口輪の脳無の胴を容赦なく貫く。串刺しになった二体をソロはそのまままとめて豪快に空へ放り上げた。

それを見て八百万は即座にカタパルトを発射する。ロープが空中で花開き、しなるように広がる。

 

その様子をしっかりと見届けたソロは、地面を舐めるように低く身構え、腹から炎を噴き出す。吐き出される炎が一瞬でロープ全体を包み込み、灼熱の温度が金属を真っ赤に変色させた。

 

「ニチノール合金は加熱によって瞬時に元の形状を復元する形状記憶合金!今です泡瀬さん!!」

 

高熱を浴びたロープがバキンと瞬間的に縮む。脳無の身体に巻きつき、蛇のように締め付けた。

 

「縺?≧縲∫李縺ッ!」

 

二つ頭の棘がさらに深く突き刺さり、口輪の脳無は喉の奥から血を噴く。拘束が完全に締まった瞬間、泡瀬が飛び出した。勢いよく地面を蹴り、ロープへ触れた途端、彼の個性が発動する。焼けた金属が溶けるように脳無と癒着し、溶接されていく。金属と肉の焼ける匂いが周囲へ広がり、脳無は転がりながら言葉にならない叫びを上げた。

 

「縺壹▲縺ィ諤昴▲縺ヲ縺溘?」

 

もはや声を上げることしかできない。

 

「雋エ譁ケ縺ッ繧ス繝ュ縺ィ蛻・莠コ縺倥c縺ェ縺?°縺」縺ヲ」

「か、勝った!」

 

泡瀬が歓喜の声を張り上げ、八百万と勢いよくハイタッチした。それを見てソロも巨大な竜の体を器用に起こし、同じように両手……いや、両前脚と言うべきか。それを持ち上げた。分厚い竜の掌と人間の小さな手が軽い音を立てて触れ合う。

 

「菴輔′豁」隗」縺句?縺九i縺ェ縺九▲縺溘?」

「脳無は拘束しました。B組の生徒達を救護しつつ私達は撤退しましょう。もう一体が来る前に」

「そうするべきですね」

 

ソロの身体が揺らぎ、ドラゴンの姿からゆっくり人へ戻っていく。骨格が縮み、鱗が皮膚へと吸い込まれるたび、痛みが全身を走った。

 

ドラゴンのまま飛び去るのが最速なのは分かっている。だが空を飛べば敵に見つかる危険が跳ね上がり、撃ち落とされれば八百万と泡瀬の命はない。そして周囲を不気味に徘徊する、もう一体の脳無の存在も気になっていた。

 

とりあえず2体は倒した。ならば今すぐここを離れるべきだ。そう結論づけた矢先、ほんの思いつきのようにソロは後ろを振り返った。

 

「あ゛あ゛ぁぁぁああぁぁッ!!」

 

拘束された二つ頭の脳無が、ありえない力で身を起こしていた。皮膚が裂け、ぐにゃりと肩の肉を押し破るようにして新たな腕が伸び出す。

 

その異形の腕が、八百万たちへ向けて振り上げられた。

 

八百万と泡瀬は驚愕し、咄嗟に身を縮めて顔を腕で庇った。しかしソロの反応は彼らより早かった。両腕を瞬時に竜の形へ変化させ、脳無の腕を強引に振り払う。その勢いのまま間合いへ滑り込む。

 

ソロは脳無の首と肩を鷲掴みにした。力を込める。筋肉が軋み、掌の中で骨の嫌な手応えが確かに伝わる。

 

そして、

 

───────グキリ。

 

首の筋肉が千切れ、骨が砕けて折れた。二つ頭の脳無は糸が切れたように地面へ崩れ落ち、痙攣を始める。ソロはそのまま体を押し込んだ。二つ頭の棘がもう一体の身体へさらに深く突き刺さっていく。血が溢れ、口輪の脳無の四肢が痙縮し、砂埃を細かく跳ね上げた。

 

その無様な姿を見ると、ソロの内側で何かが満たされていく。他者の命を握り潰し、支配し、奪う。その行為がソロの全身を熱と快感で満たした。

 

「どうだい、木偶人形。俺様の方が上だろう」

 

そう言って微笑みながら八百万の方へ振り返る。

 

「無事ですか?八百万百」

「え、ええ。すみません。油断しましたわ」

「しょうがないですよ。僕も、この状態で動けるとは思いませんでしたし」

 

ソロは二人を脳無達から離れた場所まで誘導し、ひとりで様子を確認するため再び歩み寄る。痙攣は続いているが、呼吸はまだ途切れていない。

 

(ついつい殺っちゃったけど、これは俺がまた人を殺めてしまったという事になるのかな?)

 

これは“人”なのか?

“人”と言っていいのか?

 

ソロはゆっくりと首を傾げ、考え込む。

 

「譛?譛溘↓謨吶∴縺ヲ」

「まだ何か言ってるのですか?貴方もお喋りですねぇ」

 

二つ頭は完全に死んだようで沈黙している。しかし口輪の方はまだ息があるのか、細く弱い声で何かを言っている。あまりのしぶとさにソロは呆れたように鼻を鳴らした。

 

「ぉ、お…どう゛…と……」

「いやいや、どっちかと言うと貴方が弟でしょう。僕が先輩だ、敬え」

「ア…だ…は……ソロ、じゃ……な゛ぃ……ぁのご、じゃ…な゛ぃ……」

「……は?」

 

ソロの心臓がひとつ、跳ねた。

嫌な予感が背骨をじわりと冷やし、皮膚の下をゆっくり這い上がってくる。

 

ソロは脳無の顔を正面から覗き込む。口輪の隙間から漏れる息は弱く、黄色い瞳がじっとソロを見ている。その虹彩は、ソロが知っている色だった。淡く花びらのような柄の入った、あの独特の色。

 

震える腕が持ち上がり、ソロを指差す。

 

そして、

 

「あ、ア゛なた…、だレ…?ソロ……は……ド、こ……?」

「……ぁ……っ……」

 

その瞬間、世界から時間という概念が刈り取られたかのようだった。

鼓動も、空気も、音も、すべてが消え去り、ただその声だけがソロの胸に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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