お狐フレンズ   作:佐倉シキ

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脳無•プライマル

 

 

 

 

獣が、そこに立っていた。

 

黒い毛並みの狼とも狐ともつかない異形の巨体は見上げるほどに大きく、大型トラックと並ぶほどだ。地面に四肢を据えるたびに鈍い衝撃が大地へ伝わり、低く重い地鳴りが周囲に広がる。赤黒い鬣が風にたなびき、獣の輪郭を妖しく輝かせ、その存在を異様に際立たせていた。

 

狐めいた顔には鋭利な牙がぎっしりと覗き、噛み砕くための機能に特化したような形状をしている。金色に光る瞳は獰猛そのもの。そしてその黒く肥大化した筋肉の作りは、脳無とどこか酷似していた。不自然に発達した筋繊維、個性による強制的な変質、理性を欠いた暴力の気配。すべてが脳無を連想させる。

 

「福州少年……」

 

オールマイトの声には迷いと痛みが混ざっていた。

 

その声を聞きつけるかのように、オールフォーワンが愉悦を滲ませる。

 

「ふふ、素晴らしい姿だろう?オールマイト。まさしく怪物だ」

 

次の瞬間、獣は喉奥を震わせて吠えた。高音が軋み、中音が割れ、低音が地面を這うように重なる。どの動物にも属さず、人間の喉では絶対に作れない音。鐘が破れるようなそれは、生き物が発する声ではなく、ただ衝動が音になって喉から漏れ出たかのようだった。

そしてそれは咆哮というより、衝撃波と呼ぶべき音量だった。空気が軋み、強烈な振動が街を走り抜ける。周囲のビルのガラスは耐えきれず、次々と破砕音を上げて崩れ落ちた。

 

夜の街に突如現れたその姿は悪夢そのものだった。

 

「プロトタイプ」

 

オールフォーワンが楽しげに呼ぶ。その声に反応して獣、ソロがゆっくりと振り向く。その金色の瞳には、爆発的な殺意と苛立ちが混ざりきって煮え立っている。

 

「暴れてくるといい。本能のままに全てを壊し、殺し、喰らい尽くしてこい。君は全部嫌いだろう?化け物だと迫害してきた、全ての人間達が。ずっとそうしたかったはずだ」

「待て福州少年!!」

 

オールマイトの叫びを振り切るように、獣は身をひるがえした。その瞬間、塀がまるで紙のように弾け飛び、巨体は外の大通りへ向かって跳ねるように走り出す。地面が砕け、アスファルトが簡単に抉れた。

 

追うことすら許されない。

オールフォーワンが、オールマイトの道を塞いだからだ。

 

「許さんぞ!オールフォーワン!!」

「何故だ?アレが彼の本来の姿だよ。知っていただろう?異形型、個性“化け狐”。彼は異形型だと申告していたみたいだし、何もおかしな事は起きていないぞ。一体何を許さないっていうんだ?」

 

拳と拳が激突し、衝撃で道路がめくれ上がる。拳風だけで周囲の瓦礫が吹き飛び、戦場に砂煙が渦巻く。

 

「君は知らなかっただろう。プロトタイプという怪物のことを」

「プロトタイプじゃない!福州ソロだ!そして福州少年はバケモノなんかじゃない!」

「ああ、“福州ソロ”?君は本当に彼のことを何も知らないんだね。彼はそんな名前じゃないよ。というか、アレを見ても世間はそう言えるかな」

 

オールフォーワンが指さす先の大通りからは、煙が立ち上っていた。爆発の匂いが風に乗って流れてくる。建物が倒壊した振動が地面を伝い、オールマイトの顔に焦燥が濃く刻まれる。

 

(まずい……!)

 

「彼は脳無のプロトタイプとも言える存在でね。今の脳無の作成メソッドができるよりも前、僕は強い個性を持った人間を人工的に作り出せないかと苦心していたんだ。だが知っての通り、個性を後天的に人間に埋め込むと廃人になる事が多かった。故にこそ、まずは一から人間を創り出す事にした。受精卵や胎児の段階から操作する方が可能性が高いと判断したんだよ」

 

オールフォーワンの声は淡々としていた。

しかし語られる内容は、生々しく不気味で、そして取り返しのつかない残酷さを孕んでいた。

 

「たくさんの細胞を集め、受精卵を作って女の体に移植した。だが先ほど言った通り、その殆どは上手くいかなかった」

 

実験の記録を読み上げるように、彼は続ける。母胎が強力な個性に耐えられず、赤子ごと死亡した例。母体は生きていても、胎児だけが流れる例。そもそも受精卵が着床せず育たない例。すべてが失敗で終わっていった。

 

「1000人以上、様々な母胎に埋め込み、それらは悉く死んだ。よってこの実験は建設的ではないと判断し、破棄された」

 

“破棄された”

その言葉があまりにも軽すぎて、オールマイトは怒りに歯を食いしばる。

 

「驚いたよ。とっくに死んだものと思っていた母胎が生存していて、胎児はすくすくと育っていて、しかも死産でなかったなんて。母親は死んだみたいだけどね」

 

語りながら、オールフォーワンは楽しげですらあった。

 

「いやぁ、惜しい事をした。母胎、化野耶子が生きていれば他にも産ませることができたかもしれないのに。とっくに火葬されていたから、細胞も採取できなかった。自分が手を出した実験は、面倒になっても最後までしっかりやらなきゃダメだね。いい教訓になったよ」

 

その言葉に、オールマイトの拳が怒りで震える。

 

「僕たちが彼の存在に気づいたのは、USJの事件の時だった。協力して実験を進めていた研究者は自分の研究内容をしっかりと覚えていた。様々な細胞を合わせた受精卵を母胎に移し、そして成長段階に合わせて、別の個性を少しずつ追加していったんだ。

 

確かあの個体に入れたのは……異形型個性の“怪物”。同じく異形型個性の“妖狐”。発動系個性の“リアル”、これは偽物を本物にする個性だね。変形系発動型個性の“モンスター”。自然現象を自在に操る“大自然”、これは蓄積タイプで使い勝手が悪かったから僕には必要なくてね。後は増強系の“膂力強化”あたりを入れてみたのだったかな?

こうした様々な個性が完璧な配合で混ざり合った結果、生まれたのが彼だ。一つ一つは大して強くもない個性だったけど、うまく噛み合った。そうしてまるでひとつの個性のようになったんだろう。まあ、全てを完璧に使えているわけじゃないのは惜しいけどね。それでも十分さ。

 

あれほど強すぎる個性が、自然に生まれてくるはずがないだろう?

気づかなかったのかい?不思議だとすら思わなかったのかな?彼の力は他の個性と明らかに一線を画していたじゃないか。

 

ちなみに、彼の本来の個性因子を調べてみたけれど、せいぜい変形程度のものだったよ。

 

本当は変身した対象の個性も使えるところまで狙って遺伝子操作したんだけどね。そこは上手くいかなかったようだ。まあ、死んでいないだけで上出来か。初期の脳無実験では、個性因子が暴走して、個性疾患のようになり死ぬケースが多かったからね。彼が今もこうして生きているだけでも、奇跡的な成功例なんだ。

 

彼は脳無のプロトタイプ。始まりの脳無。

……脳無・プライマルとでも呼称しようか。いつまでも試作品なんて呼び方じゃ、さすがに彼が不憫だからね」

 

オールフォーワンは楽しそうにつらつらと語る。

その声は、重く冷たく、長い年月をかけて熟成された悪意だけが発することのできる音色だった。

 

「彼は“福州ソロ”なんかじゃないよ」

 

オールフォーワンは淡々と告げる。

福州ソロの両親とオールフォーワンは一切関係がない。ソロ……いや、狐太郎の母は化野耶子だ。福州ではない。

 

「彼の生まれた時の名前は化野狐太郎。ハロウィンの夜に母を殺して生まれた怪物さ。何で福州ソロの皮を被っていたのかは詳しく知らないけれど。ひょっとして、犬同然の扱いをされ、ドッグフードばかりを食べさせられる日々に嫌気がさしたのかもね。それでお金持ちの子供を殺して、その顔を奪ったのかもしれないよ」

 

その言葉に、オールマイトは痛ましそうに眉根を寄せる。異形型個性が差別を受けるのは、残念ながら珍しい話ではない。ましてや四足歩行の、完全に獣にしか見えない姿で生まれたなら、社会が与える仕打ちは想像を絶するものだ。虐げられ、追われ、飢え、恐怖に晒され続ける幼い命。オールマイトはそれを想像し、胸が締め付けられるような痛みを覚えていた。

 

「彼はね、本当は世界の全てが大嫌いなんだよ」

 

オールフォーワンの声は愉悦を含み、毒のようにねっとりとした湿り気を帯びていた。

 

「産まれてからずっと、畜生扱いしてきた連中。街に降りれば化け物だと罵られ、森へと追いやられた。お腹が空いて食べ物を盗めば個性で攻撃される。腹立たしいだろうね。全てが腹立たしいだろう。何も知らず、のうのうと生きる民間人達。下らない正義を語るヒーローも、馬鹿馬鹿しい理由で暴れるヴィランも。……全部全部が大嫌いなんだ」

「そんな事はない!!お前が勝手に彼の気持ちを語るな!」

 

オールマイトの怒号が夜気を震わせる。しかしオールフォーワンはまるで意に介した様子もなく、喉の奥でくつくつと笑った。

 

「そう見えたのは彼が人間のフリをするのが上手だったからだよ」

 

そして、口角を吊り上げながら人差し指を立てる。

その仕草は妙に優雅で、しかし底知れぬ恐怖を孕んでいた。

 

「証拠はあるよ。僕はね、彼に福州家の3人を混ぜ合わせて作った脳無を2体プレゼントしたんだ。そして彼はそれを殺した」

「ッ……なんて事をッ!!」

「生き餌は大事だからね。獣の本能を刺激してくれる」

 

オールマイトの怒りは爆発しそうだった。だがオールフォーワンはその激昂を、ただ楽しむかのように見つめていた。人の苦悶を肴に酒をすする怪物そのものだった。

 

「ふふ、彼は君たちヒーローとは根幹から異なっているんだよ。だからね、プライマルはそっちにいるべきじゃないんだ。彼には弔の仲間になってもらう。鬱陶しい鎖も既に解き放った」

「鎖……?」

「今言っただろう。福州家の家族さ。福州ソロに拘りがあるのか、彼らがいる限りプライマルは福州ソロとして生きようとするみたいだからね。本当は誰かに自分を見つけて欲しいと思っていたのに、なんていじらしい子なんだろう。

可哀想だったから邪魔なあの娘達を攫って、脳無に変えて、彼の前に送り込んだんだ。彼が楽しく生きるのに邪魔になりそうな連中の掃除くらいは手伝ってあげようと思ってね。

あの子は本能的に脳無が嫌いだからね、嬉々として嬲り殺してくれたよ。

 

あーあ、オールマイト。もう、取り返しがつかなくなっちゃったね!」

 

その言葉を聞いた瞬間、オールマイトの胸中で何かが爆ぜた。腹の底から煮えたぎる怒りが吹き上がり、血が沸騰するような錯覚すら覚える。

 

冷静な判断など吹き飛ぶほどの激情だ。

 

「貴様はッ、いつもそうだ!!そうやって人を弄ぶ!!壊し!奪い!つけ入り支配する!!

 

私はそれが!!許せないッ!!!」

 

足元こアスファルトが弾ける。

衝撃で破片が空へ散り、周囲の建物の窓ガラスがビリビリと震える。オールマイトは地を蹴り、雷のような速度でオールフォーワンへ飛び込んだ。

 

オールフォーワンも腕を構え、迎撃の体勢を取る。夜の街で交差した二つの影が、次の瞬間、激しくぶつかり合った。

 

爆音。

そして吹き荒れる衝撃波。

 

衝突の中心から巻き起こる暴風が瓦礫を跳ね上げ、街路樹を揺らす。拳と拳がぶつかるたび、骨が軋む音と振動が空気を揺らした。全身の筋肉を容赦なく酷使した痛みがオールマイトを襲うが、彼は歯を食いしばり、ただ前へ進んだ。

 

この悪を止めるために。

 

 

 

 

 

      *   *   *

 

 

 

 

 

闇夜を切り裂くように、その巨大な獣は街を疾走していた。舗装された道路は鋭い爪に抉られ、アスファルト片が火花のように四散する。黒々とした毛並みは夜闇に溶け込み、ただ赤黒いの鬣だけが不気味な光を帯びて揺れていた。黄金に輝く双眸は、闇の中で獲物を探す捕食者そのもの。いや、それ以上の禍々しさを帯びている。

 

人々の叫びが風に乗って届く。街は完全なパニックに陥っていた。その声が一つ響くたび、狐太郎の胸の奥で、ぐらりと感情が揺れた。愉悦とも不快ともつかぬ、泥水のような感情が入り混じり、泡立ちながらふつふつと煮え立つ。

 

──怯えろ。慄け。平伏せ。黙れ。消え失せろ。死ね。

 

過去に彼を排斥した者達。見下し、拒絶し、恐れ、守りも救いもしなかった者達。

 

あの時の弱い自分ではない。もう違う。もう何も怖くない。だから今望むのは、彼らが逃げ惑い、絶望に沈む姿を目の前でじっくりと味わうことだけだった。

 

本当はゲームも好きだし、美味しいものも好きだ。くだらない話だって嫌いじゃない。だが、一度この感情が表に出てしまえば、そんなものは全部塵になった。

 

今はただ、世界のすべてが腹立たしい。

 

なんでこうなる。なんでこうなった。

 

苛立ちが胸を焼き、その炎が脳を揺らし続ける。

頭の中で叫びが渦を巻き、壊せと脈打つ。

 

だから踏み躙る。

だから叩き潰す。

だから、ぶっ壊し続ける。

 

目についた車はタイヤごと押し潰され、一瞬で形を失う。歩道橋は体当たりされた瞬間、あっという間に崩れ落ちた。周囲の街灯が割れ、闇がさらに濃くなる。

 

その時、狐太郎は自分の進路の先にありえないものが存在していることに気づく。爪を突き立てキィッと火花を散らしながら急停止し、視界を塞ぐ巨大な氷山を見上げる。冷気が獣の身体を刺す。

 

止められた、という事実に、獣の内側で怒りが爆ぜた。喉の奥が震え、呻き声が溢れ出る。

 

前足が振り下ろされ、硬質な氷は一瞬で砕け散った。砕けた破片を咥え、そのまま勢いのまま攻撃してきた人物、轟へ向けて吐き捨てるように投げつける。だが破片は紅蓮の炎に触れた瞬間に蒸発し、何の意味も成さなかった。

 

氷と炎の少年、轟は正面から獣を睨み返す。対する狐太郎も、獣の低い唸り声を響かせ、殺意を孕んだ瞳で睨み返した。

 

「合宿の夜、お前が言ってたのはこういう事だったんだな」

 

返ってくる言葉などない。

ただ喉奥で鳴る、獣の低いうなりだけが応えた。

 

轟は力を込めて、獣を丸ごと氷漬けにしようと膨大な冷気を放つ。しかし巨大な前足が地を打つだけで、その氷は容易く砕け散った。割れ飛ぶ氷片を踏み砕きながら、獣は轟に飛びかかり、そのまま噛み殺そうと顎を開いた。だが横合いから蹴りが飛び込み、獣の顔面を強く弾いた。

 

「落ち着くんだ福州くん!このままでは死者が出てしまう!!」

 

飯田の声。だが獣はその叫びに耳を貸すはずもなく、彼の機動力を苛立ちに歪んだ視界で追いかける。驚異的な脚力で跳び回る飯田を叩き潰そうと、巨体からは想像できない速度で足を振り下ろした。衝撃が地面に走り、コンクリートが砕け散る。巻き上がる破片の下で飯田の影が揺れた。

 

再度足を振り上げようとする。が、足が動かない。

粘りつくような何かが足首にまとわりついていた。

 

「よせ福州!自分が何やってんのか分かってんのか!?」

「正気に戻ってください!!」

 

だが獣は強靭な筋力で足を引き剥がす。ベリッ、という耳を刺す音と共に、コンクリートが粘着質の塊と共に軽く引き上げられた。

 

「なんつー馬鹿力だよ。八百万!次の弾!」

「はい!」

 

弾が装填されるのを視界の端で察知すると、獣は近くの車に爪を突き立て、一息に潰して持ち上げた。そして2人へ向かって車が投げ放たれる。

 

「忘れたかよ福州!」

 

切島が飛び込み、硬化させた身体で車を受け止めた。衝撃が切島の全身を包むが、彼は踏みとどまる。

 

「俺はぜってーブレねぇぞ!!」

 

その言葉に呼応するように、獣の体毛がバチバチと逆立つ。苛立ちが皮膚から直接漏れ出しているようだった。また一歩踏み出そうとした瞬間、上空から圧縮された衝撃が降ってくる。

 

「5%、デラウェアスマッシュ!!」

 

拳が叩き込まれた衝撃で地面が爆ぜる。だが獣は顔をわずかに振っただけで、ほとんど痛みを感じていないようだった。

 

(5%じゃびくともしない!!これが福州くんの本来の姿!!異形型、個性“化け狐”!!)

 

オールフォーワンの中継を見て、緑谷は理解していた。いま、自分が成すべきことも。

 

「君を、止めるッ!!」

 

ボロボロに腫れ上がった拳を構え、緑谷は獣を見据えた。その気迫の変化に気づいたのか、獣の視線がゆっくりと緑谷へ向く。

 

その瞬間、獣は彼らを、ただの虫ではなく倒すべき敵だと認識した。叩くだけでは死なない。潰す意思を持たなければ殺せない、“敵”。

 

目が合った。

 

「ッ!!?」

 

──────威圧感。

 

空気そのものが圧縮されるような、凄烈な殺意が緑谷を貫いた。皮膚が粟立ち、息が詰まる。喉の奥が勝手に震え、肺が小さく縮む。

 

その一瞬、ほんの刹那の怯み。

それだけで獣は間合いに入り込んでいた。

 

(ッ!?まずい、避けないと!!)

 

迫る牙。

骨ごと噛み砕くための顎が、すぐそこまで迫る。

 

「どっけ!!クソデクッ!!!」

 

爆豪が獣の口内へ爆破を叩き込み、緑谷を力任せに弾き飛ばす。直後、振り抜かれた太い足が地面を抉り、2人がいた場所のコンクリートを粉砕した。

 

「かっちゃん!!」

「やると決めたからにゃ怯んでんじゃねー!!この煽りカスぶっ潰す予定が早まっただけだろうが!!!」

 

爆豪が両手から激しい爆光を散らしながら獣へ飛び込む。だが連撃を浴びせても、獣はただ楽しげに、効いてないぞと意地悪く口角を吊り上げるだけだった。

 

「クソがッ!!舐めやがってッ!!」

「爆豪の攻撃効いてねーのかよッ」

「いや、効いてはいるはずだ」

「無闇矢鱈に戦っても勝てる相手ではなさそうですわね」

 

(そうだ、考えろ。考えるんだ)

 

個性とは、身体能力の延長線上にあるもの。

ならば、弱点もまた必ずどこかにある。

 

「彼の性格から対応を考えよう!」

「痛いのが嫌いで、細かい作業は苦手!」

「そんで嫌になったら全部投げ出すクソガキだ!だったら嫌になるまでボコってやるだけだろうがッ!!」

 

彼の性質。それを掴んだ瞬間、空気が変わった。

 

「ならまずは情報を増やそう。面倒臭いのは嫌いだろうし。それと試験の時に分かったんだけど福州くんは騒音に弱い」

「そんなら多分光も同じじゃねーか?」

「確かに!」

「それなら、私に任せてください」

 

八百万は胸元に手を当て、深く息を吸うと、脂汗を流しながら創造を開始した。皮膚の下でエネルギーが熱を帯び、次々と生まれ出たのは、ネバネバ以外の3種類の弾。閃光弾、音響弾、激辛弾。そして、その全てを撃ち出すための大型砲を二基。

 

「いつ、どこから、どれが撃たれるのかを常に考えなければなりません。これはかなりのストレスになるはず」

「えげつなぁ」

 

爆豪と轟が時間を稼ぐ間に、八百万は大砲を地面に据え付ける。切島と八百万が砲座につき、余った一つは手の空いた者が順に扱う。

 

全員の視線が交差した瞬間、行動は始まった。

 

爆豪の爆破が夜を照らす。狐太郎の巨体が爆音に反応して突進しようとした瞬間、轟の冷気が白い塊となって地面を走り、彼の足を凍らせた。氷は獣の一振りで粉砕されたが、その衝撃で頭をぶつけた狐太郎は、元々負っていた怪我の痛みもあり、巨体をよろめかせる。

 

その隙を逃さず、空中で方向転換した爆豪が狐太郎の背へと爆発を叩き込んだ。

 

「死ねやぁッ!!」

 

鮮明な爆光が毛皮を逆立たせる。痛みに獣が喉を震わせた。だが、次の瞬間、爆豪を噛み砕こうとした巨大な顎が開く。その前に砲声が鳴り、弾丸が飛んだ。狐太郎がネバネバを嫌って首を振って避けたその瞬間、炸裂したのは閃光弾。

 

「──ッ!!」

 

闇夜が一瞬、昼に変わる。狐太郎は顔をしかめ、反射的に2本足で直立した。影が地面を覆う。その高さは、優に10メートルを超えていた。

飯田と緑谷が同時に走り込み、巨大な後ろ足を蹴り飛ばして転ばせる。彼は地面に張り巡らされたネバネバの罠に気がつくと、無理やり体を捻ってそれを回避した。

 

そんな風に攻撃を重ねるほどに狐太郎の苛立ちは増していく。毛皮が逆立ち、尾が膨れ、爪がコンクリートを削る。頭脳より本能が勝り始めた。

 

爆豪、緑谷、飯田の3人が高い機動力で縦横無尽に攻め込む。だが、巨体の狐太郎は動きこそ彼らより遅いが、受け止める力があまりにも強い。回避はできなくとも、迎撃はできる。

 

そして、狐太郎は大きく息を吸い込んだ。

 

胸郭が膨れ、空気が周囲から吸い取られるように静まり返る。

 

 

「まずい!!皆さん離れてッ!!」

 

「───────ッ!!!!!!!!」

 

 

 

次の瞬間、咆哮が炸裂した。

 

爆風のような衝撃。空気が震え、鼓膜が焼けるほどの振動が走り、周囲の建物のガラスというガラスが一斉に破砕音を上げた。街灯が揺れ、舗装路に細かな砂が跳ねる。

 

プレゼントマイクとの戦闘を見ている彼らには、この音の暴力がどれほど危険か既に痛いほど知れている。

 

3人は思わず耳を押さえ、動きが止まった。

 

その一瞬で、狐太郎は尾を横薙ぎに振り抜いた。凶悪な尾の一撃が爆豪を吹き飛ばす。続いて飯田を巨大な前足で弾き飛ばし、最後に動けない緑谷へと左前足が降り下ろされた。

 

(避けられないッ!)

 

「緑谷!!」

 

切島が地面を滑るように飛び込み、緑谷を突き飛ばす。直後、切島の硬化した体が巨体に踏み潰され、地面に深々とめり込んだ。

 

「切島くん!!」

 

邪魔が消えたと判断した狐太郎は、八百万の砲座を飛び越え、街の奥へ走り出す。残された地面が揺れ、引き抜かれた足跡から切島の姿が露わになる。

 

「悪い緑谷!引っ張り出してくれ!」

「切島くん!怪我は!?」

「俺は無事だ!潰されるだけじゃ傷付かねぇよ!んな事より早く追いかけねーと!」

 

緑谷は切島の腕を掴んで引き上げ、八百万、轟とともに再び走り出す。心臓が苦しいほど脈打ち、肺が焼けるように痛い。それでも言葉は迷いなく口をついた。

 

「絶対に、救けるんだ」

「ああ」

 

前方で、白い閃光が爆ぜた。爆豪の閃光弾(スタングレネード)だ。狐太郎が目を潰され、バランスを崩した巨体をビルへと倒れ込ませる。そのビルの一角が砕け、瓦礫が舞った。

 

その隙間に、民間人の姿が見えた。

 

(まずい──ッ)

 

緑谷は脚に全身の力を込めて駆けた。怪我の痛みで体が悲鳴を上げる。

瓦礫を払いのけて起き上がった狐太郎の耳が、微かな泣き声を捕らえる。振り向いた先、瓦礫に押し潰され、傷だらけで震える女性。なんとか外敵を追いやろうと泣きながら石を投げる。

 

 

 

「ば、バケモノ……」

 

 

 

その一言が、狐太郎の心臓を直接殴った。

 

怒りでも、混乱でもない。

もっと根深い、沈殿していた感情が一気に噴き出した。

 

同じ知能を持つ。言葉も通じる。

それなのに、姿形だけで人間から分別され、化け物と罵られ、石を投げられた。

 

 

 

痛かった。

怖かった。

辛かった。

悲しかった。

寂しかった。

 

 

 

その全てが脳裏で燃え上がり、視界を赤く染める。理性が吹き飛び、殺意だけが残る。

 

蜂蜜色の瞳が細まり、牙が露わになる。獣は女性へ向かって前足を振り上げた。逃げ場はない。振り下ろすだけで終わる。

 

「ダメだッ!やめろぉぉぉおおおおッ!!!」

 

叫びは悲鳴にも怒号にも聞こえた。緑谷の体が風を裂き、全身の筋肉が悲鳴を上げるほどまでに緊張していた。視界が白く瞬く。思考よりも先に体が動き、ただ“救わなきゃ”という一心で飛び込む。

 

SMASH!!

 

衝撃音が大気を震わせ、緑谷の強烈な蹴りが巨大な狐の頭部へめり込んだ。骨と肉が軋む感触が足裏を通じて伝わり、衝撃が自身にも跳ね返る。腕はもう使えない。だから足だ。制御できたのは奇跡だった。

 

狐太郎の巨体が弾丸のように吹っ飛び、開けた場所まで転がり、土煙を巻き上げながら着地しようと体勢を整えかけた、その瞬間。

 

轟の氷結が地面から一気に立ち上がり、獣の全身を白く覆う。氷が張り付く甲高い音が響いた。

 

「悪いがこれ以上暴れさせねぇぞ」

 

息は白く、轟の両手から立ちのぼる蒸気がゆらめく。

 

狐太郎は怒ったように体を捩じり、氷を砕こうとする。暴れに暴れ、氷の表面にひびが走った。その顔に、何かが勢いよく叩きつけられた。

 

ネバネバ弾だ。

粘着質の液体が口元を固め、顎の動きを封じる。

 

「貴方を連れて帰ります!」

「しっかりしろよ!なぁ!福州ッ!」

 

叫びが重なる。だが獣の瞳はただ黄色く濁り、獣性だけが支配していた。

 

そして氷に包まれ動きの止まった狐太郎の真上、影が落ちる。獣の瞳がぎらりと黄色く光り、上を睨んだ。

 

「ふざけてんじゃ、」

 

轟音。爆豪の掌が光に満ちる。回転しながら落下する。

 

「ねぇぇぇッ!!!!!」

 

叫びは空気すら震わせた。

 

爆豪の榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)が、回転によって増したいきおいのま狐太郎の頭部へ直撃し、爆炎と砂埃が爆ぜた。

 

「やったか!?」

「いや、多分……」

 

煙が晴れていく。

そこには、まだ巨体を揺らしながら地面を踏み締めて立つ狐太郎の姿があった。

 

毛並みは乱れ、呼吸は荒く、額から血がにじむ。それでも崩れない。体育祭で一度だけ考えた、あの耐えて戦うという選択。その時は面倒くさくて投げ出したが、今回は違う。

 

頭部には偶然負っていた大怪我。その傷口に直撃したため、本来なら倒れてもおかしくない衝撃だった。それでも倒れない。

 

狐太郎は顔が傷つくのも気にせず、爪を口元へ突き立てると、皮膚ごとネバネバ弾を力任せに引き剥がした。血の匂いが一気に周囲へ広がる。

 

「まあ、この程度で倒れるんならあんな大口叩かねぇよな」

 

轟が荒い呼吸を整えながら言う。

 

緑谷の脳裏には合宿の時の彼、戯けた行動の裏に覗く寂しさ、孤独、変わる自分への怯えがよぎった。彼は化け物なんかじゃない。だけど今の彼は、心も体も限界を超えている。

 

「絶対、負ける訳にはいかない」

「ああ」

「誰も傷付けさせず、福州くんを倒すんだ」

 

緑谷の言葉に、轟と飯田が頷く。

 

狐太郎は視線だけを動かし、3人を一人ずつ睨みつけた。胸の奥からどす黒い怒りが滾る。

 

壊したい。

全部、壊したい。

目の前の障害物を、力のままに引き裂きたい。

 

前衛の3人が飛びかかる。咆哮を警戒し、時間差での連携攻撃。狐太郎にとってはただただ鬱陶しい。

 

ならば、

 

狐太郎は突然方向転換し、まるで逃げるように反対方向へ全力で駆け出した。

 

「あ、逃げたッ!?」

「嫌になったのか!?」

 

飯田の声が響く。だが緑谷は胸に引っかかる違和感を覚えていた。

 

(……違う。逃げた…?いや、今の動き……何かがおかしい……)

 

だが、追う以外に選択肢はない。

飯田、爆豪、緑谷はすぐにその巨体を追撃する。

 

緑谷が振り返る。轟は氷で追ってくるが、八百万と切島はもう遠い。

 

「っ!!引き離された!!皆戻って!!」

 

警告と同時に、狐太郎は風を切って反転した。爆豪と飯田が攻撃に入るその瞬間まで引きつけてから、一気に戻ったのだ。

 

「狙いは切島くんと八百万さんだ!!」

 

避難が済んでいない住宅街ゆえに、轟は最初ほどの大規模氷結を張れず、飛び越えられる。狐太郎は一瞬で八百万達の前へ跳び込んだ。

 

切島は咄嗟に庇って立つ。その体を、獣は容赦なく咥え上げた。生々しい噛みしめる音と、切島の苦鳴。しかし硬化のおかげで噛み砕かれはしない。

 

それでも勢いのまま、遠くのビルへと投げ飛ばされた。空を切る音と、ビルに叩きつけられる重たい衝突音。次に八百万へ前足が振り下ろされ、彼女の体が弾き飛ぶ。

 

「テメェッ!!」

 

最初に戻ってきたのは轟だ。炎と氷を使い分けるが、獣を倒すには温度も強度も足りない。狐太郎は彼の氷結を粉砕し、近くのビルを爪で破壊すると、崩れ落ちた瓦礫をそのまま轟へ叩きつけ、さらに踏みつけた。

 

残りは3人。

 

あまりの速さに、緑谷は思わず奥歯を噛み締める。

 

(強いッ!!これが……彼の本気……!)

 

緑谷と飯田が飛び掛かる。その瞬間、狐太郎は深く息を吸い込む。

 

「また咆哮か!」

 

2人が咄嗟に耳を塞ぎ、爆豪は瞬時に上へ逃れる。

だが、咆哮が来ない。

 

「ブラフか!?」

 

一瞬の隙。

狐太郎の尻尾が薙ぎ払われ、2人は弾き飛ばされる。

背中に衝撃が走り、次の瞬間にはビルが破壊され、瓦礫が雪崩のように降り注ぎ、2人を押し潰す。

 

残るは、爆豪ただ一人。

 

「ふざけてんじゃねーぞ!!クソ狐ェェェ!!!」

 

爆豪は地面を蹴り、空気を裂いて接近。頭部へ向けて爆破を叩き込む。先ほどの戦いで、頭への攻撃が有効だと気づいていた。

 

しかし、

 

「ッ……」

 

狐太郎は近くの車を咥え、そのまま盾にした。ガラス越しに、中で怯える民間人の姿が見える。

 

爆豪の顔に苦渋が走る。

 

「クッソがぁッ」

 

攻撃できない。狙えば民間人が死ぬ。次の瞬間、車が投げつけられる。爆豪は避けきれず、ビルへ叩きつけられた。

 

 

 

そして、止める者は誰もいなくなった。

 

 

狐太郎は路肩に止まっていたバスを爪で踏み潰し、そのまま天へ向かって、咆哮を高く、高く、響かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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