お狐フレンズ   作:佐倉シキ

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受験

 

 

国立雄英高等学校

 

静岡県に聳える、名門ヒーロー養成施設。

受験当日とあって門前には全国から集まった中学生たちが蟻のように群れ、ざわめきと熱気が立ちこめている。

 

ソロはその光景を車内から眺めていた。

通うにあたり、横浜の本邸からは距離があるため、当主が新たに静岡に別荘を購入したのだ。卒業まではそこを拠点とする。まるでソロが落ちることなど有り得ないと信じ切っているような決定だった。信用というよりは、脅迫だが、ソロ自身も失敗するつもりなど毛頭ない。

世の中の大半は取るに足らぬ弱者であり、彼にとっては下等生物の類に過ぎない。そんな雑魚どもに負けるなど、想像の外だった。

 

まあ、気まぐれに面白そうなら負けてやることもあるかもしれないが。少なくとも今日ではない。

 

福州家の黒塗りのリムジンが校門前で停まる。ソロが降り立つと、近くにいた丸顔の女子生徒が思わず「ブルジョワや……!」と声を上げた。羨望と驚愕の入り混じった瞳が、彼の背に突き刺さるが、ソロは気にも留めない。悠然と微笑みながら、白い息を吐いた。

 

ガラス張りの巨大な校舎が朝日に輝き、少年少女の心を奮わせる。だが、その光景に感嘆を覚えることなく、ソロは淡々と歩みを進めた。

 

(いくらでも踏み潰せそうな人ばかりだけど……たまに噛み応えのありそうなやつもいるか)

 

流石に雄英を受けようという者たちだ。

街で見かける凡庸な弱者とは違い、空気がわずかに研ぎ澄まされている。その中でも金髪の少年がひときわ目を引いた。

 

(あの顔……見覚えがあるな)

 

どこか品性を欠いた目つき、しかし内に荒々しい覇気を宿す。あれは確か、以前ヴィランに襲われていた少年だ。ヘドロのように流動する厄介な敵を前にしても、臆することなく粘り強く抗っていた。

 

(泥を口に突っ込まれても尚、喰らいついてたな。根性だけは認めてやる。……まあ、見てて不快な絵面だったけど)

 

名前は、確か……バクゴウ。

 

その隣には、真逆の印象を持つ少年がいた。天然パーマにそばかす、気の弱そうな眼差し。肩はすくみ、手は震え、冷や汗が頬を伝っている。

 

(記念受験か?それとも、何か秘めた力でもあるのか……)

 

そう考えていると、その少年が躓いて派手に転んだ。

 

(……いや、秘めたるものはなさそうだ)

 

ソロは小さくため息をつき、目を細めて会場へ向かった。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

『今日は俺のライヴにようこそー!!!

エヴィバディセイヘイ!!!!!』

「ヘイッ!!!」

「ナイスなお返事サンキュー!!」

 

雄英が誇る大ホール。受験生たちが一堂に会し、緊張と期待の入り混じった空気が満ちている。

その中心でマイクを握るのはボイスヒーロー、プレゼントマイク。

 

ソロは反射的に、全力の声で応じた。

放送部でラジオごっこをしていた身としては、プレゼントマイクのテンションはお手本そのもの。自然と身体が反応したのだ。

 

だが、他に声を上げる者は一人もいなかった。

 

皆緊張で声を出す余裕もない。いや、そもそもこの空間で叫ぶ度胸を持つ人間など、ほとんどいないのだ。

 

ソロはそんなことどうでもいいと思っている。

彼は常に自分のやりたいことをするだけだ。その結果、周囲の数名は驚愕し、さらに数名は露骨に眉を顰めた。

 

プレゼントマイクが「YEAHHH!!!」と叫んでも、やはり反応したのはソロだけだった。

 

試験の概要はこうだ。

十分間の模擬市街地演習。個性に役立つ道具の持ち込みは自由。市街地には三種類の仮想敵が配置され、それぞれ撃破難度に応じてポイントが与えられる。目的は、その仮想敵を行動不能にし、より多くの得点を稼ぐこと。ただし、他者への妨害行為は禁止。

 

(ん?……配られたプリントには“敵は4種類”と書いてあるけど、なんか別枠の仮装敵でもいるのかな)

 

そう思った矢先、よく通る声がホールに響いた。

 

「質問があります!」

 

眼鏡をかけた真面目そうな少年が、勢いよく立ち上がった。

 

「プリントには四種類の敵がいると記載されております!もし誤りであれば、日本最高峰である雄英において恥ずべき痴態!我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!」

 

(真面目だな……)

 

確かに彼の言うことは筋が通っている。

大企業や有名な学校、機関においてはたった一つのミスが致命傷になる事も多々ある。分かりやすい例で言えばバイトテロ。株価が暴落する。有名になればなるほど些細なミスが大きなダメージとなるのだ。

だが雄英のような名門がそんな誤植をするなどするとは考えにくい。質問した少年はやがて周囲を見回し、他の受験生に説教を始めた。そしてその矛先はソロにも向かった。

 

「そこの紫の髪の君もだ!君は単純にうるさいぞ!我々は遊びに来ているのではないんだから、一々大声を上げないでくれ!ふざけているのか!」

「わはは、手厳しいですね貴方は!ド真面目です!」

「当然だ。我々は真面目に、ここに、人生を賭けているのだ!」

「いやいや失敬。ですがね、エンターテイナーのプレゼントマイクが、生徒たちの緊張をほぐそうと声をかけてくれたんですよ?僕たちはその心意気に応えるべきじゃありませんか?

人助けを志す者が、相手の呼びかけを無視するとは何事です!貴方方の心の冷たさに僕がびっくり仰天ですよ!まさしく大横転!びっくりしすぎて椅子からドンガラガッシャンと転げ落ちるところでした」

「ッ……!そ、それもそうか。確かに……ぼ、俺たちは先生の呼びかけを無視してしまっていたのか。失礼した!教えてくれてありがとう!」

 

少年は真剣に頷き、席に腰を下ろした。ソロは頬杖をつきその様子を見下ろす。

 

(マジでド真面目かよ、おもしろ)

 

口元には愉悦の色を帯びた笑みが浮かんでいた。

 

『オーケーオーケー!素敵なお便りサンキューな!4種類目の敵はいわゆるお邪魔虫!マリオのドッスンみたいなもんだ!!』

(やっぱりね)

『各会場に1体、所狭しと大暴れしてるギミックよ!』

 

要するに、倒しても何の得にもならないただの障害物。暴れているという点においては確かに邪魔以外の何ものでもない。周囲の受験生の中にはゲームみたいだなと笑う者もいた。

 

「有難う御座います!失礼しました!」

『俺からは以上だ!!最後にリスナー諸君へ我が校の校訓をプレゼントしよう!!かの英雄、ナポレオン=ボナパルトはこう言った!“真の英雄とは不幸を乗り越えていく者“!!

 

更に向こうへ!Plus Ultra!!!

 

それでは皆、良い受難を!!!』

 

プレゼントマイクの声がホールを揺らす。

受験生たちは一斉に立ち上がり、更衣室へと流れ込む。それぞれが動きやすい服装に着替える中、ソロは黒のジャージ姿に着替える。

 

雑談をする者、緊張を抑えるように深呼吸を繰り返す者。中には手に“人”と書いて呑み込む者までいる。だがソロはというと、ただ一人、退屈そうに空を見上げていた。

 

『はい、スタート〜!』

「にゃは!急!」

 

あまりに唐突な開始に、ソロはわずかに出遅れる。だがその笑い声の直後には、誰よりも先に走り出していた。

 

『実戦じゃあカウントダウンなんてねぇんだよ!!走れ走れッ!!賽はとっくに投げられてんぞ!?』

 

一瞬、受験生たちの群れが慌てた。

それぞれが自分の持てる全てを使って駆け出す。

 

先頭を行くソロが後ろを振り向いたその時、市街地の建物を粉砕しながら仮想敵のロボットが出現した。コンクリートが裂け、鉄筋が飛ぶ。

 

『標的捕捉、ブッ殺ス!!』

「随分と景気良く壊しますねぇ。派手なのは、僕も大好きです!」

 

装甲の表記は“1ポイント”。

 

「ではまず1ポイント、いただきます」

 

瞬間、ソロの両腕を黒い鱗が覆う。

陽光を弾く艶やかさは、まるでドラゴンの甲殻。

 

『ブッ殺───』

「さようなら」

 

風が裂けた。

ソロの拳が閃光のように走ると、ロボットの頭部は一瞬で潰れ、胴体が遅れて破裂した。破片が弾け、黒煙が上がる。

 

(は?弱すぎてつまらないな、これじゃ)

 

続く背後の気配。振り向くより早く攻撃をしゃがんでかわし、相手の顎を拳で打ち抜く。鉄が軋み、火花が散る。3ポイント。強度は上がっているが、やはり歯ごたえがない。

 

これで4ポイント。

まだ1分も経っていない。

 

(この程度で落ちたら恥だな)

 

そのまま、壊して、壊して、壊して、拳が踊る。足が鉄を砕く。破壊の瞬間にしか生まれない熱が、血を滾らせる。

 

(暴れるのは好きだ。全力で遊ぶのはやっぱり楽しい)

 

鉄屑が散る中、ソロはふと立ち止まった。この試験は、本当に戦闘力だけを見るものなのか。

 

ビルの上に跳び上がり全体を見渡す。演習場のあちこちで、怪我を負って動けない受験生、泣き叫ぶ者の姿がある。

 

(なるほど、そういう事か)

 

倍率300倍をそのままにしている理由。それはふるい落とすためではなく、見極めるためだ。

 

(人助けポイント……みたいな?“ヒーローの資質”を見る試験か)

 

既に40ポイント以上を稼いだ。

ならば多少の時間を費やしても痛くはない。

 

(ソロがここを目指していたのなら、彼はきっと助けただろうな)

 

だって福州は優しかったから。

そう胸中で呟くとソロの瞳が変質する。猛禽類のような瞳で辺りを見渡す。

 

そして、見つけた。

瓦礫の下でもがく、小柄な少年。頭部に球体状の何かがついていて、泣きながらそれを投げ散らかしている。

 

ソロはビルから飛び降り、足に黒鱗を纏う。

着地と同時にその小柄な少年に襲いかかっていたロボットを一撃で粉砕。少年は「ぎゃー!!」と悲鳴をあげて頭を覆った。

 

「た、たたた、助かったぜ!でもどうせ助けられんなら女が良かったなオイラは!運命の出会い的な奴が欲しかったなオイラは!イケメンに助けられてもなんか超悔しいぜ。よりによってイケメンとは!」

「ハロー、おチビさん。元気そうで何よりです。それではサヨウナラ」

「待って待って待って!白馬の王子様でよかった!世界が輝いて見えるぜヒーロー!この瓦礫どけてくれ〜!このままじゃオイラ丸焼きたこせんべいに」

「丸焼きたこせんべい!?是非見てみたい!どうやるんですか!?見せてください!僕が手を貸しますので!」

「急に目を輝かせんな!!押すな!押すなってば!!あ゛ーーッ!!!」

 

瓦礫が軋み、少年が悲鳴を上げる。

それを聞きながら、ソロは満面の笑みを浮かべた。

 

ギャーギャーと喚く少年を、もう少し苛めて遊んでやりたいところだった。だが、妨害行為はヒーローのやることではない。ソロはそう判断すると瓦礫を軽く持ち上げ、あっけなく少年を救い出した。

 

『後4分〜!!』

「やべぇ!時間がねぇ!!助かったよ、ありがとな!でもこっからはライバルだぜ!じゃあな!!」

「バイバーイ」

 

軽く手を振り、別れを告げる。

その後も彼は、壊して、助けて、壊して、破壊と救助を繰り返していった。途中からはつまらなすぎて飽きてしまったが、十分なポイントは稼いだ。

 

やがて、近くの会場から轟音が響く。

金属が砕け散るような衝撃。あれは尋常ではない、強力な個性だ。ソロはちらりと音の方を見やり、眉を上げる。

 

(へぇ、随分と派手でいいね)

 

驚きと僅かな興味を覚えたその次の瞬間、

 

『終了〜!!!』

 

プレゼントマイクの張りのある声が、全会場に響き渡った。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

試験場の裏。

巨大なモニター群に各演習場の映像が並び、数名のプロヒーローたちが食い入るように見つめていた。

 

「実技総合の成績、出ました」

「今年は随分豊作だねぇ」

「筆記の方も平均して高水準だわ」

「レスキューポイント0の合格者、ヴィランポイント0の合格者。……珍しいこともあるもんだ!」

 

その面々は、雄英高校の教師陣である。

 

「特にこのトップ2人は優秀だ。2位の爆豪くんは後半、疲労で他が鈍っていく中でも、派手な個性で敵を寄せ付けず迎撃を続けた。タフネスの賜物だな。

そして1位の彼。総合力がとても高い。動きも洗練されている、無駄がない。個性届の概要を見る限り、どうやら本気を出さずにこの成績。いやぁ、相澤君。今年のA組は凄いんじゃないかい?」

 

話を振られた無精髭の男、相澤消太は、鬱陶しげに眉を顰める。

 

「他者を助ける気のない生徒と、遊び感覚のまま飽きたら投げ出す生徒。……どちらもヒーローに向いているとは思えませんがね」

「それをヒーローに育てるのが君の仕事だろう」

「見込みがなければ除籍します。希望のない者に時間をかけるのは、合理的じゃない」

「そうならないことを祈っているよ」

 

相澤は無言でモニターを見つめた。

確かに、1位の生徒の成績は非の打ち所がなかった。だが、どうにも引っかかる。

 

助ける時は笑っていたが、その目は冷めきっていた。そうした方が良いと判断したから助けた。それだけの行為。ポイントが得られるから救った。それ以外の理由はない。そういう人間の目をしていた。

 

もちろんただの勘だ。だがその勘が、妙に胸をざわつかせる。今年の担当クラスは癖の強い連中が多くなりそうだ。

 

相澤は深く息を吐き、椅子に背を預けた。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

受験が終わっても、入学までにはまだ猶予がある。

ソロは別荘地に運び込まれた家具の設置や、生活必需品の買い出しに追われていた。それが片付くと、いつも通りの生活へ戻る。

菓子をつまみながらのネットやテレビ、合間にゲーム。気まぐれに山を駆けて体をほぐす。そんな退屈で快適な日々を過ごしているうちに、雄英からの手紙がポストに届いた。

 

封は古風なシーリングスタンプで閉じられている。ペーパーナイフで丁寧に開封すると、中には一通の手紙と小さな装置が入っていた。

 

「……なにこれ?」

 

見たことのない機械を机に置き、しげしげと観察していると……

 

バッ、と光が弾けて空中に映像が投影された。びっくりして思わず投げた。

 

『私が投影されたァァ!!』

「お、オールマイト!?」

 

半信半疑ではあったが、まさか本当に雄英に赴任していたとは。投げ飛ばした先で機械が起動し、オールマイトの映像が投影されていた。

 

『驚いたかな!?実は私は君たちの代から雄英に勤めることになってね!サプライズとして合格通知に登場させてもらったんだ!!さて早速だが本題に入ろう!!

福州ソロくん!君は文句なしに合格だ!!筆記試験は満点!!実技試験は敵ポイント61ポイント!これは第2位の記録だ!!』

「……はァ?この俺様が2位?」

 

ソロは僅かに眉をひそめた。

あの会場の受験生たちの力量を思えば、これで十分と思っていた。だが、慢心していたのか。10分でこれ以上の得点を取るには、救助活動をすべて捨て、最後の巨大ロボットも無視して、徹底的に破壊に徹するしかなかっただろう。

 

(あの程度の試験で命の危険なんて、あり得ない。……ならやっぱり助ける必要なんてなかったか。もっとロボット壊してれば良かったや)

 

そんな考えが頭をよぎった、その時……

 

『だが我らが見ていたのは敵ポイントにあらず!!レスキューポイント!!ヒーローとは命を賭けて人助けをするお仕事だ!

試験においては、怪我を顧みず、不利を顧みず、他者を助けることが出来るか!?そこも見させてもらったんだ!!

という訳で福州ソロくん!!レスキューポイント20!!総合して81ポイント!!

 

雄英高校、首席合格だ!!

 

胸を張って来ると良い、福州少年!!

君のヒーローアカデミアへ!!』

 

「……ふうん。まあ、総合1位なら許容範囲かな?オッケーオッケー、I’m CHAMPION!」

 

牙を見せて笑い、ソロは手紙を丁寧に仕舞った。ヴィランポイントでも1位を取りたかったが、まあいい。結果がすべてだ。結果は1位だったのだ。彼は軽やかに椅子を回し、これから始まる新しい日々への支度を始めた。

 

 

 

 

 

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